はじめに−06
苦しんでいる人へ
(2002年5月8日執筆)
こんなサイトを開設していると、悩んでいる方からメールを頂くことが時折あります。会社に勤めることの辛さ、今後の人生への不安、転職しようかどうしようか……等など。「分かる分かる」と頷けるものが非常に多いです。
メールを下さる時点で既に共感という名のフィルターが掛かっており、素の状態でこのサイトを見た多くの方は「この馬鹿女、一体何様? ふらふら生きてて威張ってんじゃねぇよ!」と思うことでしょう。私的にはフラフラ生きているつもりはありませんが、社会的に見て「フラフラしていると思われる生き方をしている」とは思います。
しかし、やはり少ないながらも共感して下さる方はいらっしゃり、そういう方が過去の私と同じような雰囲気で悩んでいるのを見ると、「こればっかりは時が経たないと解決しないからなぁ……」と思いつつも、なんとか心が軽くなるといいなぁ……と思います。
一方で、「時が経たないと解決しない」と言うのは、逆に言えば、悩みというのは本当に確実に時が解決するもので、渦中にあれば苦しくて苦しくて堪らないことでも、大抵の場合それは絶対に終わるのです。(世の中には終わらない苦しみもあると思いますが、取り敢えず、インターネットでWebサイトを読んでいる時点で、大丈夫って気がします……)
先日やはり苦しんでいる方からメールを頂きまして、私的に共感度の高いメールだったため、腰を据えてお返事を書いていたのですが、書き終えてこれはかなり私が言いたかったことかもなぁ……と我に返りました。
手紙という形態を取っているため書き方が非常にダイレクトで、これをここへの掲載用に直そうかとも思いましたが、どう直しても元の方がまとまりがあるので、一部削った状態ですが障りのない部分をそのまま掲載しようと思いました。
現在、会社を辞めたいけど……と深刻に悩んでいる方に。ある意味、呑気に生きている馬鹿者からのメッセージです。タイトル通り、別に苦しんでいない方は読まんで下さい。
A様
はじめまして、【脱サラ宣言!】管理人の鷹瀬です。
Aさんのメールを読んで、N社入社当初の鬱々とした気持ちをクリアに思い出しました。胃が痛くなるような辛い気持ち、よーく分かります……。私も毎日会社に行く度にどんどん辛くなったものです。連休明けがまた特に辛いんですよね……社会復帰するのが大変で大変で……。
そう言えば、私が辞めたのは本配属後の初めての長期休暇、夏休みの後でした……。
> 転職。
> 最近はこの2文字ばかり考えます。
> 「仕事が嫌で辞めるのは甘いよ」って言われるけど
> じゃあこのままイヤイヤ働けっていうのかよ!
> 10年後もこの仕事してるなんてオレはまっぴらごめんだ!
> と、いった感じです。
ああ、分かりますよ〜……。
転職を2回繰り返した私や、新卒で勤めた会社を3年目で辞めて公務員になった友人1名、4〜5年勤めた会社を最近辞めた友人2名の話、その他もろもろの実体験談を総合して言うならば、転職してさらなる地獄に陥った人と、良くはないけど取り敢えずマシになって転職を後悔していない人の割合は半々です。
私はもちろん後者ですが、最近転職に失敗している人を見て、「嫌だからと言って辞めるってのも難しいもんだなぁ……」としみじみ思います。しかし、この後悔している人たちは、前の会社が嫌で嫌で辞めたと言うよりは、比較的余裕のある悩みの末に辞めてしまった人たちなので、「それは君の判断ミス」とも思う面もある訳ですが……。
胃を壊すくらい会社が嫌、しかもそれが新卒早々ではなく、2年も時間が経ってから、という辺りを見ると、恐らくAさんは転職しても後悔しないタイプの方だと思いますが、それは次の会社にもよるので、軽はずみな発言は控えますね……。
私のケースで言うならば、N社に勤めていたら今の自分の留学しようという決断はなかったと思うし、安定はしていたかもしれないけれど、とてつもなく狭くてつまらない世界で生きることになっただろうと思えるので、今の色んな体験をしている自分の人生の方が絶対に良かった、と思えます。
もちろん、私の場合は「そう思える性格」という点や、女だからという逃げ道を抱えた状態での結果なワケですが……。
男性はやはり結婚を考えた際に、安定しているということを物凄く気にしているような気がします。知人などを見ていても。
でも、安定しているから結婚するけど、安定していないから結婚しないわ、という女性でいいの〜? それってまんま、アナタに食わせてもらおうと思ってます、ってのと同義語じゃないの〜?とか、ちょっと思ってしまいますが……。
「仕事が嫌で辞めるのは甘いよ」と言う人は多いと思います。特に、正統派のサラリーマンをやってらっしゃる方が周りにゴロゴロいる環境では、こちらの意見の方が主流なのは当たり前です。こういう考えに疑問を持つ人は、恐らく辞めてしまっていて既に会社にはいない筈ですから、残っているのはますますそんな純粋培養クンたちばかりでしょう。そんなピュアなリーマンの意見を聞いて怯む必要は全然ない訳で、我慢できる人はずっと我慢していればいいし、我慢できない人はしなければ良いと思うのです。
自分の人生の責任を取るのは結局は自分なのですから、他人に迷惑をかけず自己責任を取る限り、他人から「甘い」などと言われる筋合いはないのです。
でも思いますよね。嫌で辞めないなら何で辞めるんじゃい!って。
そりゃ1日2日で嫌で辞めるのは「根性なし!」と思いますが、私なんかも半年で辞めたので「根性ナシ!」と思われても当然だと思いますが、Aさんの場合は既に2年はきちんと耐えている訳で、それでも嫌になった&10年後もコレをしているのは嫌だと思うというのは、正当に見極めた結果、合っていないと言うコトじゃないか、と自然に思えますけど。
忙しい会社のサラリーマンでいると、自分の人生の大半をその会社で過ごしている訳で、新しい情報や、違った意見を聞く場面がほとんどありません。たった1種類の生き様ばかりが周りにあれば、「辞める」というのは物凄く特殊な生き様になってしまうと思いますが、他の社会に属してみれば、それは全然どうでもないアクションだったりします。
転職ばかりを繰り返している人には、だらしないと言うか、根性ナシと言うか、社会不適合者と言うか、まぁ正直な話、そういう面を持ち合わせた人が多いのは、確率の問題として事実です。しかし、何をもって「しっかりしている」と言うのか、と、そういう次元で見方を変えれば、絶対的に正しい意見と言うのは変わって来るでしょう。そして私なんぞは、絶対的に正しい意見として「幸せに生きること」というのが、誰にでも当てはまる一番重要なことではないかと思うのです。
ですから、大会社に勤めて、一定の年収を稼いで、綺麗なお嫁さんを貰って、ローンで一戸建てを買って……というのが幸せなら、それはそれでOKだと思いますし、結婚もせずにふらふらしていて、挙げ句の果てには放浪の旅に出たまま帰ってこない……というのも、本人がそれで幸せならOKだと思うのです。
とかく日本のサラリーマンは、隣の人と同じような人生のフォーマットを持っており、そこから外れるなどとは夢にも思わない傾向が強いと思いますが、一歩飛び出すことで、そのフォーマットがいかに効率の悪い幸せを作り出しているか、と感じてしまう人もいるわけです。
それはもう、どちらが良いかではなく、自分が何を求めているか、ですよね。
自分の話になって恐縮ですが、私はN社に勤めて辞めるまでの半年間、かなり辛かったです。本当に、毎日「何のために生きてるんだろう……」という大袈裟なレベルで悩んでいました。
そして辞めてほっとしたのも束の間、今度は次のQ社がかなり将来性のない会社だと知って、再び不安な日々を送りました。Q社を辞め、次の職が定まらない間もずーっと不安で、毎日毎日「今後どうしよう……」と考えて本当に憂鬱でした。
友達が結婚して行くにも関わらず自分がふらふらしている事実も、現実の不安に拍車を掛け、こんな具合で23〜26歳の間は心が軽くなったことがほとんどありませんでした。
もちろん、長い失業期間を経て、T社に就職しても不安な毎日ではありましたが、この頃になってこの不安は大分落ち着きました。ずっとIT業界にいるつもりはなかったので、「T社を辞めたらどうしよう」と常に考えていましたが、4年間深刻に悩みすぎたせいで、「これに関してはもう悩み抜いたし、コレに関してももう悩み済み」という具合で、新たに悩む材料がなくなったと言いますか、悩み飽きたと言いますか……。
今は今で28歳にして留学? フザケルナ、という感じですし、もちろん常識として帰ってきた後どうするのか、という不安はあるのですが、それでもやはり毎日が楽しいのです。
今のご時世、英語が出来たくらいではどこも雇ってくれません。しかも、私は英語を職業のスキルとして使うつもりではなく、単に外人の意見を聞きたい、自分の意見を言いたいと思っているだけなのです。そして留学そのものに対しても、自分に起こる様々な出来事に期待し、「これからどう転ぶか分からない」という事態を楽しんでいます。
──で、何が言いたいのかと言いますと、とことん悩む時期は、早ければ早いほど良いと思う、というコトと、動いている間に起こる不安は、動かずに起こる不安よりも精神衛生は良いのではないか、というコトです。
決して転職をそそのかしている訳ではありません。転職には「失敗」という結果もあるということを念頭に置かなくてはいけません。転職云々の話ではなく、Aさんは今物凄く苦しいのだと思いますが──それは体験した者として理解しているつもりですが──多分、その苦しさは絶対に終わります。私は比較的長くて4年も続いてしまいましたが、転職した友人に話を聞くと、全員こういう時期が半年〜2年ほどあるようです。でも、必ず終わっているのです。
「この苦しさは終わる」と思って苦しむのと、そう思わずに苦しむのだと、前者の方が同じ苦しくても大分精神衛生上かなり良い感じで苦しめると思うので、是非「終わる苦しみなんだ」と思ってみて下さい。
胃潰瘍も治ります! ……多分。
「動く」というのは必ずしも良いとは簡単に言えませんが、今に満足していないなら動く方が良いのではないか、と私は思います。そして、動くのは強い不満がなければなかなか出来ないと思うので、逆に考えると、強い不満を生じさせてくれる環境というのは、飛び立つためには必要な環境なのかもしれません。
不満もなく、疑問もなく、ゆるゆると時を過ごし、「アレ、これで良いのかな?」とか思い始めた頃に動くには難しい40歳、とか、ちょっと嫌ですものね。
30歳前はひよっ子です。外国では30歳を過ぎてから根本的に職を変える人などゴロゴロいるし、そういう生き方が珍しくないので、生きることに対してや、仕事に対して楽観的になれます。それが良いとも一概には言えませんが、こういう価値観があると知っているのと、他の可能性を全く視野に入れることが出来ないのとでは、前者の方が格段に「幸せに生きられる」状況だと思います。
さて、長くなってしまいました。ろくでもないメールですみません……。
でもあの悩みの最中にいると本当に苦しいんだよなぁ〜というコトを新鮮に思い出したもので……。
大丈夫、Aさんは社会人2年目なんですから、眩しいくらいに若いし、30までにはまだまだ時間があるし、動くにしても動かないにしても、考える時間はたっぷりあります。様々な面で余裕でしょう!
ウチの兄貴は26歳までどーしよーもないクズでしたが、今ではアンチ兄貴だった私ですら素直に「うわ〜兄ちゃん凄いなー」と思える人生を送っています。彼も27歳頃までずっと苦しかったみたいですし、悩みに悩んでいたようです。
なので、どうせ悩むなら早いうちに大いに悩んで、でも身体を壊さない程度に悩むように意志の力で調節してみて下さい。
では!
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【脱サラ宣言!】 管理人:鷹瀬
【e-mail】 takase@platz.or.jp
【URL】 http://www.platz.or.jp/~takase/
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上記メールでは、悩む悩まんということを主旨に話していますが、本当に職を変えることを主旨に話すならば、その内容は少々重くなります。
転職というのは目先のことだけでなく、先々の幸せまで考えてするのであれば、
「自分は何がしたいのか」ということを常に考えておくべきで、大前提の大きな目標として「自分が何をして稼いで生きて行くか」という点をクリアにしておく必要があると思うのです。
「次の職場で何を吸収するべきか」
「この職につくとどういうスキルが得られ、それをその後どう活かせるか」
別に稼がなくても自給自足が出来れば生きて行けるので、究極は「食べられる」ということになりますが。
自分の持っている(大袈裟に言えば)才能を使って、精神衛生上ヨロシクないことをなるべくせずに、幸せを感じる機会が多く持てるような生き方をするのは、とても難しいことだと思います。大体、才能と言ったって、それを稼ぐレベルにまで引き上げるのは困難で、たとえレベル自体を磨き上げたとしても、それが世の中のニーズとして成り立たねば稼ぐことはできません。豆を箸で掴むのが得意という才能があっても、それでどうやって食べて行くかは疑問です。
しかしこういった厳しい現実を、柔らかく希望をもって表現した文章がありますので、以前に日記の方でも紹介しましたが、改めて掲載しておきます。
どんな人でも、この世に生を受けて存在している人間に不必要な人は一人もいない。必ず何らかの役割が割り振られているものなのである。
好きだから、人に言われなくても一生懸命努力する。そして、その努力を正当に評価し、認めてくれる場をさがし求める。というのが人生なのではないか? と思っている。どんな分野でもである。
だから、そこにあるのは、運の良い人と悪い人の2種類だけ。運の悪い人でも、どこかで必ず必要とされる場があるはずなのだ。
(「島本和彦のなんトラ 第1回」より)
●島本和彦プロフィール……1946年生まれ。東京都出身。1973年『月刊バスケットボール』(日本文化出版)の創刊に取り組み、1975年より同誌の編集長を務める。その後『HOOP』創刊にも立ち会い、NBAやNCAAのテレビ解説も行っている。また、日本におけるNBAファンクラブ(HOOP HYSTERIA)の会長を務める。
さて、こうは言ったものの、自分に合ったこと、やりたいことを稼ぐ手段にできるのは非常に幸運なことで、仕事とは「自分に合っていようがいまいが、金を稼ぐ手段として仕方なくするもの」というのが一般的な位置付けかもしれませんし、私自身も(希望は違いますが現実は)そうだと思っています。
ここで大切なのが、「では、金を稼ぐ手段としての仕事はそういうものだと割り切って、それ以外に自分のやりたいことをやって幸せに生きましょう」ということなのです。少なくとも日本では、残業や休日出勤といった過労働のせいでこの基本原則が守られておらず、それが少なくない人々を鬱々とさせる大きな原因ではないかと考える訳です。
仕事が合っていなかろうと、クソつまらなかろうと、毎日の自分の時間さえ確保することができれば、「仕事は仕事。プライベートはプライベート」と割り切り、精神的にリフレッシュすることも可能ですが、仕事が合っておらず、クソつまらないと感じており、しかも自分の時間さえないとなれば、それは「辞めたい」と思って当然だと思います。何も良いところがないのでは、頑張ることだって出来ないでしょう。病は気からと言うのなら、こんな生活を続けていては必ず病気になると言っても過言ではありません。
もちろん、1億総我慢大国日本では「辞めたいからって辞めるのは我儘。みんな我慢してるんだぞ」という見方が多勢で、それはある程度までは頷けるのですが、ではその我儘が「まぁ辞めても仕方ない」に昇格するには、身体を壊すか精神を壊すか、取り敢えず周りが怯む程度の派手なアクションを起こさなくては認めてもらえないのが現状というのは考えモノではなかろうか……と悩んでしまいます。
──自分を壊す前に、自分の引き際を管理するのが大人ってモノじゃないの……?
そう考える私としては、入院するまで頑張る、ノイローゼになるまで頑張るというのは「立派」と言うよりも、(厳しい言葉なのは重々承知していますが)「自己管理能力がない」ということに通じると思うのです。
簡単に辞められない事情があるのは分かるのですが、結果的に身体や精神を壊してしまえば、その後振りかかるのは肉体的にも精神的にも、そして経済的にももっと大きなダメージですし、それをみすみす招いてしまうのは、やはり本人に責任があると思うのです。
辞めることは、時として続けることよりも勇気が要ることかもしれません。多くの場合は、続けることの方が大変だと思いますが、中には辞めることこそが英断にあたることもあります。(……中途半端な道路工事とか)
それはやはり自分自身で自分の人生に責任を持って、広い視野で自分の立ち位置を確認することから始めるべきなのではないかと、私は思っています。
さて、何だか理屈っぽいことを書いていますが、実際問題としては、こんなことを考えずとも目の前にあるものを誠実にこなしているうちに気付かないまま流れに乗っている人も大勢いますし、考えたって思考が空回りして全く良い方向に進まない人だって大勢いるでしょう。
運・不運、性格、状況、環境などが相俟って人生は形成されて行くので、こうだ!と言える訳もありませんが、それでも、取り敢えず2002年5月に私が何を考えていたのかをまとめておこうと思って書いてみました。