はじめに−02
「脱サラ宣言!」
(1999年8月執筆)
中学生が高校生になるように、高校生が大学生になるように、そんな自然な流れで、大学生から社会人になれるものだと、私は思っていた。周囲を見ればみんな社会人をやっている。社会人と言うより、会社人と言うべきだろうか。とにかく、多くの人が当たり前のように1日のほとんど、そして1年の3分の2を会社で過ごし、毎日を過ごしている。こうした日々を積み重ねることで、一つの会社に何年も何十年も在籍し、人生を過ごすのか……。
大多数の人に出来ることが、自分にはとてもとても耐えられないと気付いたのは、実際に社会人になってからだった。
飲み会への強制参加、部内旅行に運動会、上司からの誘いを断ればどうのこうの──学生時代よりも遥かに幼く、理不尽な人間関係に辟易した。働きを評価されるならいざ知らず、絡み付くような付き合い地獄に耐えられなかった。個を殺し、それが美徳とされるサラリーマン社会に属することが嫌で、毎日泣いて過ごした。朝、駅のホームに立つと、線路にダイブしたくなったことも一度や二度ではない。
労働条件も過酷だった。しかし文句を言っているのは私だけだった。当たり前のように過酷な残業を淡々とこなす人達に囲まれて、気が狂いそうになった。「こんなのオカシイっ!」と訴えれば、「ワガママだね」と言われる日々。毎日朝から晩まで会社で過ごし、帰って寝るだけの人生。思わず「何が楽しくて生きているの?」と問い掛けたくなるような環境だった。
仕事が生き甲斐の人はそれでいいかもしれない。しかし、そうでない者まで一律に、強制的に、この「会社一色人生」に巻き込むのは、どうにかして欲しい。私は「仕事をしたくない」と言っているのではない。規則に定められた勤務時間以外の時間を強制的に拘束するな、と言っているのである。それが純然たる仕事ならまだしも(それでも月40時間を超えるような残業は人道的でないと思うが)、付き合いならば噴飯ものだ。
仕事をして、仕事をして、仕事をして……。そうして、疲れ切って、そろそろ仕事量を減らして若者に実行部隊になってもらおうか──。そう思った途端にリストラされた中高年の人々にとって、人生とは何だったのか。今さら会社に捨てられて、彼らには生き甲斐や心の拠り所があるだろうか。
──ある訳がない。そんなものを作る時間がどこにあったのだ。下手をすれば、家庭にいる時間が少なかったために、家族との絆さえ希薄になってしまっているかもしれない。
会社を中心に置いた人生は、非常に危険だ。自分以外のモノに縋って生きれば、それが無くなった時に立ち直ることが出来なくなる。そして追い討ちをかけるように、今の世の中、会社は信用できない。会社は人を簡単に捨てる。「サラリーマン」は「使い捨ての駒」と同義語になりつつある。
気付くなら早い方が良い。そうでないなら、一生気付かない方が幸せだ。だが私は、サラリーマンとして生きることの虚しさに気付いてしまった。
こうして私は、新卒時に勤め始めた大企業を半年で辞めたのである。一度リタイアすれば、もう二度と「大企業に勤めるステイタス」を得ることはないと知っていたが、躊躇いはなかった。
転職人生の幕開けは24歳の時だった。いつも将来が不安だった。今でも先行きが見えず、「これからどうしよう……」と悶え苦しむこともある。しかし、あの会社を辞めたことを後悔はしていない。過度の労働で精気を奪い取り、思考を麻痺させるような会社で、じわじわと殺されるくらいなら、自己を持ち続けながらイバラ道を歩んだ方がマシだ。
会社を辞めて気付いたことがある。私が辞めたのは、「大企業」ではなく「サラリーマンであること」だったのだと。私がもう少し大人で落ち着いていれば、大企業に勤めながら、精神的な脱サラに成功していたかもしれない。しかし、あの時はそんな余裕もなかった。これから先の人生で、「あの時辞めなきゃ良かった……」と思うことはあるかもしれないが、今言えることは、そうならないように努力する、ということだけだ。
会社を転々とするのなら、それなりのスキルを持っていないと、このご時世簡単に転職など出来ない。転々人生は必然的にスキルアップ人生となる。それは、ある意味、ひとつの会社で安穏と過ごすよりも、よほど大変なのである。それでも私はこの道を選んでしまったし、多くの人にこちらの道を勧める。もっと元気のある人には、起業、独立を勧めたい。それは、今の世情がかなり不安定だからだ。
昔のように終身雇用が保障されていた時代なら、一つの会社を勤め上げるメリットは大きかっただろう。だが、今は会社に自身を委ねるのは余りにも恐い。「万が一」の確率は「百が一」程度になってきてはいないか。
気力と体力がある若い内に、自分のやりたいことを見付け、自分磨きに精を出すのは、決して無駄ではない。
仕事で自己実現が果たせればそれに越したことはないが、私のしたいことは会社と言う社会では実現できそうもない。したいことをするためには充分な時間が必要になる。そのために、残業の少ない会社を選んで就職している。出来るなら業務も面白そうで、スキルアップ出来そうな方が良いな、という欲張りな性格のため、ついつい波瀾万丈の職場を選んでしまっているようだ。これは時として苦痛で、時としてネタになるほど痛快だ。
特に2番目の会社に関しては、余りに異常な出来事が日常茶飯事で起きるので、たまたま持っていた発表の場で公表したところ、好評(?)のため「就職最前線レポート」というタイトルで連載モノになってしまったほどである。元はと言えば、この「就職最前線レポート」こそが、今回のHPを作る切っ掛けになったのである。
深刻な話よりも面白おかしいエッセイが読みたいと言う方は、【過去の就職&職場体験記】の【(2)弱小企業での地獄】をまず読んで頂きたい。世の中、こんな嘘のような会社もあるのだ。一つの会社に収まり返っていては、こんなスリリングなドリーム体験は出来ない。まぁ、したくもないだろうが。
とにかく、私はここに宣言する。
サラリーマンであることは辞めた。二度とサラリーマンにはならない。どこかの会社に飼われるのはご免だ。私は、私が一番の人生を送る。したいことをして、理不尽なストレスから縁遠く生きる。どんなに苦しくても、会社で飼い殺しにされるよりはマシなのだから。
年を取って振り返れば、青臭く甘っちょろいことを言っているのかもしれない。だが、今感じている奮起する思いを、なし崩しにしたくはない。
私も大概浮き沈みが激しい人間なので、いつもこんなに勢いの良いことを考えている訳ではない。毎日のように「これでいいのか……」と不安になっている。しかし、それでも、ここまで来たら夢を叶えるために頑張るしかないのだ。そして、どうせ行動を起こすなら、早い方が良いに決まっているのだ。
もし同じような思いを抱えている同志がいれば、是非応援したい。頑張れ。そして、頑張ろう!
26歳の誕生日に……