過去の職場&就職体験記 (1)大企業での地獄−09

最終話「2年前を振り返って」

(1999年8月31日執筆)


 N社を辞めた時、そして次のQ社がちょっと異常な会社だと気付いて青くなった時でさえ、私はN社を辞めたことを後悔したことはなかった。しかし再就職のための面接をする度に、「はぁ、N社を半年で退職してしまったんですか……。勿体無いですねぇ」と言われた。再就職が普通よりも簡単に出来た(らしい)のは、N社のネームバリューによるものだと痛感する場面も多かった。サラリーマンとして生きるなら、N社は最上級の環境だったのだと、今更ながらに思う。

 しかし、私としては3社を経た今でも、N社を辞めたことは後悔していない。ただ、先行きが不安になることは多い。経歴書の汚れと年齢の上昇は、私に甘くない世の中を見せつけるようになった。私自身に生じ始めている焦りも、無視するにはなかなか厄介なモノだ。

 この1年というもの、大袈裟に言えば毎日のように、「今後どうしよう」とか「この先どうなるんだろう」とか、そういった類のことを考えているような気がする。これは現在無職で、しかも1週間後に新たな会社への就職が控えているからかもしれない。「また同じことの繰り返しになるのではないか」という不安は、転職を繰り返してしまった分、人よりも強いと思う。

 いっそ本当に就職などせずに、物書きとして生計を立てるべく努力するという選択肢も考えた。しかしそれは「単に就職したくない」という気持ちと似通っていて、私には危険な選択肢だと思った。しかも、「物書き」という職業は、なりたいという情熱だけで就ける職種ではない。「才能」というキビシイ制約が付いて回る職業だ。つい及び腰になってしまう。

 あれやこれやと考え過ぎて、物書きになりたいという目標を持っている割には、形振り構わずその目標に邁進することが出来ない自分を、どうしようもなく苛立たしいと思う。ただこれも性格で、後がない境遇に自分を追い込んで夢を追い掛ける人もいるだろうが、私の場合は足元がしっかり(?)した状態でないと、そもそも前向きな気持ちになれないという難点があるのを自覚している。そのため、無駄な就職はしたくないと思いつつ、「就職をしていない状態」でいることが恐いのだと思う。

 さすがに26歳という無邪気に夢を実現させるんだと言い切るには際どい年齢になって、のんびりはしていられない。そんな時、物書きになるという目標を抱えつつ、しかしその対極にある職を捨て切れない自分の中に、矛盾を見付けるより先に、私は自分が書きたいもの、自分にしか書けないものはこれだ思った。つまり、職に関して徹底的に掘り下げて考えて、それを文章にしてみようということだった。

 作家や役者など、創作に深く関わる人は、様々な体験を芸の肥やしにするだろう。多くのアルバイトを経て作家になった人は、その当時の体験を作品の中に反映しているかもしれない。だが、私は就職を芸の肥やしにするのではなく、就職そのものを芸にすることは出来ないかと思った。私の就職体験記や意見、考えを文章にしたいと思ったのである。

 学生時代、サラリーマン社会がどうなっているか、どんなものか、深く考えたことはなかった。サラリーマンはごく自然にサラリーマンであり、そこで起っている疑問や反発を、外部に発信してくれる人が周囲にいなかった。そもそも疑問や反発を発信するほど強く感じる人は、私のように1年も耐え切れずに会社を辞めているのかもしれない。何にしても、もし私が勤める前に私が書いた体験記のようなものを読んでいれば、少なくともN社に勤めることを躊躇したと思うのだ。

 過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。私はN社を辞めたことを後悔していないが、実はN社に勤めたことも後悔していないのだ。こんなふうにホームページまで作って意見を発信したいと思ったのは、やはりN社のお陰なのだろう。
 就職を目前に控えている学生には、企業という所がどんな所なのか少しでも垣間見ておいて欲しいと思うし、今現在無感動に生き、会社人間であることに疑問を抱いていないサラリーマンには、是非その枠を壊して、自分の可能性を見い出して欲しいと思う。

 皆が皆、夢を追い求めて好き勝手に生きれば、さすがに日本もちょっと傾くかもしれない。だが、脱サラをして冒険を始めるような人間は、それなりに自信があるからだろうし、どんなに頑張った所で少数派だ。心配しないで、どんどん脱サラしようじゃないか。
 ──私はそんなふうに思うのだ。



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