過去の職場&就職体験記 (1)大企業での地獄−07
第7話「本配属日記(後編)」
(1997年7〜9月執筆)
仕事が段々責任のあるものになって行く。それがどうにもこうにも苦痛。今日は22時まで仕事をしたが、周囲は動く気配すらない。私には22時まででも苦痛なのに。辛い。辞めたい。でもどこに転職すればいいのか判らない。仕事が嫌。会社が嫌。
Y中君歓迎会。もちろん私が幹事。会費の収集から会場の手配、部内へのお知らせなど、すべて一人でやった。結局S井さんは何の手伝いもしてくれなかった。一応幹事は私とS井さんの二人でやることになっていたのに、これはあんまりだと思い、S井さんと仲の良い4年先輩のM崎さんに
「S井さんにも手伝うよう、先輩から言って頂けませんか」
と頼むと、
「あの子は一般職、君は総合職。立場が全然違うでしょ。あのアホのS井にマトモなことが出来る訳ないんだから、幹事は君一人で頑張りな」
と言われた……。M崎先輩ってS井さんと凄く仲良しに見えたのに、腹の中ではこんなこと考えてたんだ……。コワ……。
心中は乱れていたが、それでも「私、お酒も飲めないし、飲み会とか本当に大嫌いなんです」と食い下がったら、
「俺だって飲み会なんて大嫌いなのに、4年間後輩が来なかったから、その間ずっと幹事やってたんだよ」
と言われた……。M崎先輩って飲み会の席であんなに楽しそうにしているのに、飲み会大嫌いなの? 凄くショックだった。いっそ「飲み会大好き」と言われた方が良かった。
この後、M崎先輩と不毛な会話をしてしまった。
鷹瀬 「大嫌いなら私と一緒に欠席しましょうよ」
M崎 「そういう訳にはいかないでしょ」
鷹瀬 「どうしてですか? 規則でもなんでもないんだから」
M崎 「規則って……。飲み会欠席はマズイよ」
鷹瀬 「どうしてですか?」
M崎 「だってみんな出席してるんだから」
鷹瀬 「好きな人は自分が好きで出席してるんだから、いいじゃないですか」
M崎 「そんなことないよ。皆とは言わないけど、飲み会嫌いな人は結構いるよ」
鷹瀬 「じゃあなんでやるんですか?」
M崎 「だって、みんな出席してるんだし、そういうモンだろ?」
鷹瀬 「そういうモン、ってどーゆーモンですか?」
M崎 「それが社会ってモンなんだよ」
鷹瀬 「………」
いつも思うが、この根拠のない「そういうモン」ってなんだ? 誰も詳しく説明できないくせに、妙に確固たる真理に近い意見としてまかり通っている。飲み会が好きな人に「飲み会禁止!」と強制していないように、飲み会が嫌いな人に「飲み会参加!」と強制しないで欲しい。好きな人は参加すればいいし、嫌いな人は不参加でも構わないじゃないか。コミュニケーション手段として飲み会をしている、なんて言うのは、詭弁だ。全然コミュニケーションなんか取れてないじゃん。変にハイになって、馬鹿騒ぎをして、誰が何を考えているかなんて全然分からない。
社会に出て痛感したことは、心を無防備にして付き合える人がいない、ということだ。みんな腹の底で何を考えているか分からない。ごくごく自然に本音と建前を使い分けている。M崎さんなんてS井さんとあんなに楽しそうに話しているのに、「あのアホのS井にマトモなことが出来る訳ない」なんて酷い台詞を平気で言うのだ。
こんな世界、もうヤダ。
今日の飲み会の主役Y中君は今年の4月に入社した、私と同期の新人。彼も新人ということで、幹事は二人でやっても構わないだろう。本人も飲み会が大好き、とのことで、今日の飲み会が始まる前に「今後の飲み会の幹事、金管理とか会場手配は私がするから、飲み会に参加して進行役だけやってくれないかな。私、出来る限り飲み会は欠席したいんだ……」と頼んだところ、「いいよ」と快諾してくれた。
Y中君の了解は得ているので、私の自己紹介の時に「同じ新人と言うことで今後は二人で幹事をします」と公表する形を取ったら、先輩たちは「お! そう来たか。上手いねぇ、いいじゃん。二人でやれば」と言ってくれたのに、部長が一言、「駄目です」だと。私とY中君の間で了解が取れているのに、こんなことまで命令する権利、部長ごときにあんのっ!? クッソ〜っ!!
部長は今日も絶好調で、最後の締めでは「Y中は挨拶が非常にいい。礼儀は人の基本、見習うように」と言った。ちなみ「礼儀は人の基本」と言っておきながら、部長から出たY中君への質問は「君の彼女について紹介してくれ」だと。礼儀がどうのと言う前に、まずはテメーの人間性からどうにかしとけ。ふざけるな、バーカッッッ!
とにかく部長が鬼門。この人さえ居なければと何度思ったことか。
この日も泣きながら帰った。飲み会がある日で、爽やかに帰ったことって、いまだかつて一度もない。心底辞めたい。
明日のことを考えるだけで、胃が締め付けられるような感じが消えない。会社のことを忘れる瞬間はほとんど無いので、一日中、胃が締め付けられるような感覚。痛い訳ではないが、ストレスを抱えていることを体感している。
溜め息が途切れることはほとんど無い。ずっと胃は締め付けられる。ずっと身体が緊張している感覚が消えない。
これからもずっとこんな毎日を送るのかな……。今、楽しいことを何にもしてないもんなぁ。何のために生きてるのか分からないよ。死んじゃいたいなぁ。痛くない方法で。
明日から夏休みと思うだけで、心を支えてきた1週間だった。
浮き浮きとした帰り際、O沢課長から一言。
「夏休みのまま会社に戻って来ないなんて事のないようにな。下の階でいたんだよ。夏休み終わっても旅行先から帰ってこなかった奴。『四国巡業の旅』とか言って……」
Mさんからも一言。
「夏休み終わったら出てきてね」
辞める辞めると思われてるのがひしひしと伝わるわ……。
明後日から会社。しかし、そんなにブルーではない。と言うのは、別に前向きになったからではなく、この1週間で友人と遊びまくり、大分本来の自分に戻れたからだと思う。
会社の人と話していると、いつも薄皮を被ったような感覚があるが、友人と話していると、自分の言葉を話し、相手の生の声を聞いている感覚がする。こんなに違うのかと、しみじみ思った。1年早く社会人になった友人から、「会社で友達作ろうとしたって無理だよ。諦めな」と諭された。どこの会社もそんなものなのか。そう言えば、会社が楽しいって言ってる友人は一人もいなかったな……。
本部朝礼の最中に、貧血を起こしてしまう。途中で席を外したが、そのことで部長に嫌味を言われる。
いい加減、精神的に追い詰められてきた。緊急の仕事はないし、今日はサボる。結構ドキドキ……。「朝、吐いた」まで嘘を吐く……。T石さんが電話を取り、課長は電話口にも出なかった。今日一日の清々しいこと!! 明日から地獄なんだろうが、今は嬉しい。ふぅ……。
辞めてやるオーラが出ているせいか、最近では腫物に触るように扱われている。Mさんは凄く気を使ってくれている。有り難いが申し訳ない。定時を過ぎると外から電話を入れてくれて、「何も無いなら帰っていいよ」と一言言ってくれる。あの人は自分の物差しで人を判断しないので、とても心温まる。
ひょんなことから、転職先の話が転がり込む。10人程度の会社の広報。これは渡りに船なのか。一大決心をして、10月までに会社を辞めることにする。いまいち、この決断で良いのかと言う不安は常にあるが、これは多分、なるべくしてなったのだろうと思うことにした。
部長に退職の話を持ちかける。途中で課長も呼ばれ、3人で話す。何度も「考える時間が欲しいなら休職願いを出せばいい」と引き留められるが、辞退した。
部長に呼び出され、2回目の説得開始。いわく、「長期休暇をとることで話を進めてほしい」「辞めない方向で考え直せ」など。私が「Mさんに迷惑を掛けないことが第一。すっぱり辞めた方が傷も浅くて済む」と言ったら「Mのことは気にしなくていい」と言いやがった。これは本音だろう。結局、部長は自分の肩書きに傷がつくのが嫌なのであって、業務上の問題や、私に関わる人の負担などは全く考えていないと言うことが分かる。
帰り、Aちゃんと渋谷で会う。久し振りで凄く楽しかった。辞めることを話すと、「良かったね」と言ってくれた。友達っていいなぁ。コアな友達には恵まれてるよな。
そろそろ正念場。部長が「月曜日に話そう」と言っていたにも関わらず、お声がかからない。だから自分から「退職の件ですが……」と話を切り出す。「課長が帰ってきてから」と言うので、課長が帰ってきてから「部長が一緒にお話があると……」と言って話してもらう。
3度目の三者面談……。部長は相変わらず、「10月までに退職なんてダメです」と訳の分からないことを言っている。10月までに退職できるような手配はまるでしてくれていない。私に同情して、退職できるように取り計らってくれているのはむしろ課長の方。課長は話が分かって、私を説得するよりも上を説得する方向で話を進めてくれているのが分かる。
部長はこれだけ頑なに辞めると言っても、いまだに「困っちゃったな。あなたを採るのに莫大な費用が掛かっている」とこの後に及んで、言っても仕方ないことをグダグダ言っていた。挙げ句の果てには「あなたが辞めたら大学の後輩にも、あなたを推薦した先生にも迷惑が掛かる」とか脅しに掛かってきた。売り言葉に買い言葉で「教授には相談の上、了解を頂いてます」と言うと、調べかねない勢いだった。挙げ句の果てには「家庭訪問しようかな……」とプレッシャーを与えてくる。「とにかく、辞めます」という強気の姿勢で話を進めていたが、もう一度くらい呼び出しを食らうことになりそう。
こんなに嫌がっているのに、どうして引き留めるのか分からない……。それこそ、責任問題になるのだろうか。
帰り、慌てて大学の研究室に電話をする。先生と連絡を取って、会社を辞める旨を説明。その時の先生の言葉。
「辞めるの? はっは。やっぱりねー。鷹瀬さんにサラリーマンは無理だよ。しかも営業でしょ? 僕は初めからすぐに辞めるって分かってたよ。え? 迷惑? ああ、全然構わないよ。こっちに連絡あったら上手くあしらっとくよ。いやー、それにしても僕の予想より早かったなぁ」
………………。予想してたんですかい。何にしても理解ある先生で良かった。私が大学の研究室でイキイキできたのは、この先生のお陰なんだろうな。今更ながらに感謝の念で一杯。
帰ってから家でも母に口裏を合わせてもらう事にした。父に言うと、酷い目に遭った……。散々説教された。想像通りのもっともな説教だった。いわく、「なんにも勝負できるものが無くて、口先ばっかりでピーチクやってると、今にどうにもならなくなるぞ」と言われた。もっともすぎて痛い言葉だった……。
部長は今日も自分からは何も言わない。本部長にも話していないとみた。
O社に行く途中の電車の中で、Mさんに全て話す。Mさんは、快く納得してくれた様子。一番迷惑かける人なのに、本当に人間出来ている。それに比べて部長はまったく……少しは見習え。部長についても「あの人は古い体制の人だからね……」と同情してくれた。「その調子じゃ、いつまで経っても本部長に話さないかもね。女性の総合職が辞めると自分の査定に響くから、出来るなら揉み消したいと思ってるんだよ」と言われた。なるほど、そういうことだったのか。
部長は直帰、明日は休暇をとっている。課長が心配して、「明日電話くれると思うから……」と言ってくれた。課長はすごく親身になってくれているのが分かる。部長は保身に走っているのが分かる。Mさんも「課長は良い人だよ。私なんか捌け口にしてるもん」と言っていた。
部長は休み。午後に部長から電話があり、人事部の部長と面談をするよう言われた。結局は説得、もしくは調査といった面接。最終的には本部長がオッケーを出さなければ話が進まないらしい。
9時半より部長+課長の2人と面談。9月19日付で退職と決定される。書類を書くにあたって、「自己都合ということ以外は書かないように」と釘を刺される。部長の今までの媚びたような態度が一転して、冷たいものになっていたのには笑えた。「本人の意志が固いようなので。大変残念です」だと。
午後一には部長が家に電話を入れたらしい。母が出て「辞める辞めないは本人の意志ですから」と言ったらしい。
今日の朝会で皆に告知するのかと思いきや、今日はしないと部長が言う。12日(金)の朝に言うと言っていた。
今日の朝、部長が優先メールにて私の退職告知。誰も面と向かっては辞めることを口にしなかった。嫌だ嫌だと思っていた送迎会も、してくれるそうだ。有り難いことで……。
送別会をしてくれたが、有難迷惑だった……。だって、私がいてもいなくても関係ないただの飲み会だぞ。私抜きでやってくれればいいものを……。2時間が長かった。
Mさんの調子が月曜日から悪かったが、今日、本格的に悪くなる。症状は右腕の痺れ、呂律が回らない、真っ直ぐ歩けない、手が震える、など。昼過ぎに保健室に行ったところ、自律神経失調症と診断される。本人はショックだった様子。少し涙目だった。それでも今日も明日も、週末も忙しいと言う。泣けてくる。
保険室も、診断だけするのではなくて、活動停止通知くらい出すべきだ。ただ「安静にしましょう」と言うだけで、結局は何にもしてくれない。過労死したら責任とってくれるのか。周りも「そうなんだー。大変だね」で終わり。何の対処もない。また、Mさん自身も休まない。休めない、という気持ちは分かるが、会社より自分の身体の方がずっと大切なのに……。
ある意味、最終日だと言うのに、あっさりしたもの。別れの挨拶もようようしないまま帰った。引き継ぎのため、遅くまで居た。
Mさんの具合が心配。
最終出勤日。10時から勤労部から退社説明があり。私の他に、勤続6年目の男性が1人いた。
Mさんの体調は良くなっておらず、心配。こんなになっても勤めるのか……。自分の身体をボロボロにしてまで。おかしいよ。絶対オカシイ。
定時に課長の指揮で夕礼会をしてくれた。あっさりしたもの。花束とイオカード2万円をもらう。それから少々残業していると、外からF町さんが電話をかけてくる。帰り際はいる人達だけでエレベーターまで送ってくれる。なんだかいい人達みたいだ。参った。
──とにもかくにも、これにて終了。
[第6話に戻る] [第8話に進む]