過去の職場&就職体験記 (1)大企業での地獄−06

第6話「本配属日記(前編)」

(1997年5〜7月執筆/1999年8月加筆)


 さて、前回の第5話にて、本配属先の大体の雰囲気をお届けできたと思いますが、アレは第三者の方に見せるように、随分冷静(?)にまとめた読み物トークでした。今回は当時の私の心情を、より生々しく、肉声に近い日記を掲載することで、多角的に大企業での私の苦しみを検討したいと思います。
 読み物としてはつまらないと思いますが、協調性のない人間が大企業の営業に属すとどんな風に壊れてしまうのかが、リアルタイムで観察できます。そういうポイントに興味のある方のみ、ご覧ください。浮き沈みが激しいのも見所のひとつです。
 では。





 1997年5月26日(月) 
 本配属初日。辞めたい。


 1997年5月27日(火) 
 朝、電車の中で吐きそうになった。辞めたい。


 1997年5月28日(水) 
 辞めたい。仕事内容を明かされる度に、辞めたくなる。
 大体、昼ご飯さえゆっくり食べられない。皆10分以内に食べ終え、すぐに机に戻る。息を吐く暇がない。先輩たちは親切のつもりで食事に誘ってくれるのだろうが、一人で食べたい。皆食べるのが早すぎて落ち着かない。営業の人たちは、米を飲むものだと勘違いしている。
 机に戻れば電話攻撃……。机に座っているのが嫌だ。恐い。鬱陶しい。
 今日はご飯を10分ほどで食べ、12:30から三鷹に向かい、その後府中へ向った。唯一の休息である昼休みさえ1時間は取れない。酷い。府中では17:10に解放され、直帰。18:15に家路につく。
 初めての外回りと言うこともあるのだろうが、半分ノイローゼ気味。


 1997年5月29日(木) 
 自分の順応能力が恐ろしい。
 電話にも慣れた。何となくやることも慣れた。歓迎会があったが、楽しくはなかった。と、言うか、正直なところ苦痛だった。詳しいことは「就職最前線トーク」に書く。愛想笑いに疲れた。でも、何となくやっていけそうだとは思った。でも、転職したい。


 1997年5月30日(金) 
 昼(12:15)まで会議が長引く。私には直接関係のない会議だったが、先輩Mさんは先に上がっていいとは言わない。一人でご飯を食べに行きたかったが「先にご飯食べに行っていいですか?」と聞くと、「一緒に行こうよ」と言われる。……親切のつもりだろうが、一人で食べたかった。ゆっくりしたい。


 1997年5月31日(土) 
 大学の友人3人に会う。話を聞くと、やはり私が群を抜いて悲惨な状況にいる。太鼓判まで押された……。


 1997年6月2日(月) 
 そんなに酷い一日ではなかった。と言うより、今後のことを考えると、かなり楽な一日だったかも知れない……。「残業が多過ぎる」「辞めたい」「営業なんてイヤ」的なことをほのかにガンガン言っているので、課長、Iさんを初め、色んな人に「ヤレヤレ……」と思われている。


 1997年6月3日(火) 
 外回りがないためか、書類作りがメインのためか、今日は面白かった。慣れる自分が恐い。Mさんが直接の上司で良かった。この人の指示なら嫌な思いを感じることなく従うことが出来る。部長は最悪だが、直接私の指導に当たる上司には恵まれたと思う。


 1997年6月5日(木) 
 今日は何だか、自分から進んで4時間も残業してしまった。ずっと強固にさっさと帰るように心掛けていたのに……。こうやっておかしくなっていくのかなぁ。


 1997年6月13日(金) 
 入社して初めてと言うくらいの忙しさ。さすが13日の金曜日。それでも友人と約束があったので、18時前には帰ったが。高校時代の友人と食事をしたが、人生について考えてしまい、別れ際はブルーに……。


 1997年6月16日(月) 
 仕事はきちんとこなしているが、積極性が無い態度が滲み出るのか、先輩たちに冷たい目で見られる。会議に参加してもまるでお客様状態なのでつまらない。


 1997年7月7日(月) 
 部長命令により、初の強制幹事をさせられた飲み会があった。
 新入部員歓迎会が19時から始まる。乙姫と彦星がデートをしていると言うのに、私は一体何をしているのだろうと虚しくなる。

 長方形の席で、一番隅に座る。目の前がコギャルのS井さん(注:S井さんは22歳一般事務職の営業補佐の女の子)だったので、既に嫌な予感はしていた。私の右隣がO沢課長、その隣がM崎さん。S井さんの隣がK原さん、その隣がY口さん。S井さんの前と言うこともあって、絶不調。S井さんのコギャルトークを延々聞かされる羽目に遭う。
 S井さんが「男をゲットするために会社に来ている」と、堂々と宣言しているのには、いっそ天晴れという感じ。
 冷房のガンガン効いた飲み屋で、「日焼けしちゃて、暑ぅい」と言いながらノースリーブになり、日焼けした肌を露にし、「すごく焼けてるなー」というY口さんに、「触ってみます?」と挑発していたのにはタマゲタ……。す……凄い……。生まれ変わっても私には真似できん。ある意味、ドラマのような世界を見せてもらった。世の中本当にこういう子が生息するんだー……と、ちょっと関心した。が、基本的にはグッタリした。

 ずっとシラけていると「付き合いも仕事のうち」「そんなんじゃ社会でやってけないよ」など、O沢課長に延々説教される。挙げ句の果てには「だから、ウチはババ引いちゃったってみんな言ってるんだよ」と言われた。尤もだけど、実際にそう言われていると直に聞くと辛い。ちょっと頭に来て、
「私、仕事はきちんとしてるつもりですけど。してませんか?」
と聞くと、こう言われた。
「報告書とかプレゼンとか見れば君が優秀なのはよく分かるよ。Mなんか君のこと凄く出来るって誉めてるしね。でもねぇ、君、全然ヤル気ないでしょ。分かるよ、そういう態度
 ヤル気があろうがなかろうが、仕事はこなしてるんですけど……。サラリーマンって、仕事が出来ようが出来なかろうが、付き合い悪いとすべての評価が悪くなるんだね……。挙げ句の果てには「ババ」呼ばわりですかい。
 確かに飲み会も欠席しまくってるし、付き合い悪い分、色々言われないようにプレゼンとか仕事面で頑張ったんだけど、結局無駄な訳ね。そんでS井さんみたいに飲み会全出席で、しなだれ掛かってお酒を注いじゃう子が可愛がられる訳ね。ふーん。

 ──ああ、なんか拗ねてるな。私も……。はぁ……。
 彼らの世界に入って、自分を曲げない私の方が悪いんだろうな、きっと。でも、私のこういうトコロを「それでもいいじゃないか」と言ってくれる人が一人くらい欲しいなぁ。寂しいな……。

 今日の飲み会の目的は、M嶋さんとU田さんの新入歓迎だった。M嶋さんは無口かと思いきや、S井さんに乗せられてノリノリだった。U田さんは飲み会の間、露骨につまらなそうだった。U田さんは正確にはK部に配属になった人ではなく、単に机の配置上、K部内にレイアウトされてしまっただけの人で、所属は本部長直属の部下らしい。なんでも凄く有能な人だという。そんな感じがする。いかにも「付き合いや飲み会は大嫌い」というオーラが漂っていて、ムチャムチャ私好みの人だった。
 飲み会も中盤に差し掛かった時、U田さんの隣に座っていたT課長が、
「どうですか? ウチの部の印象は」
とU田さんに聞いたら、U田さんは一言。
「暗いですね」
 ──カ……カッコイイ……。これだけドンチャン騒ぎをしているK部を見て「暗い」と称した真相は、「こんな下らないことに盛り上ってて馬鹿みたい」という意味なのだろうか。この解釈は私の願望か? 何にしても、それ以後T課長はU田さんには話し掛けず、U田さんも周囲とは会話をせず、視線を遠くに定めたまま煙草を吸っていた。その態度がいかにも「早く終わらないかな……」という感じでシビレた。是非お近付きになりたい。

 実力がある人っていいなぁ。私もこのくらいまで突き抜けたスタンスを獲得したいなぁ。U田さんって30代前半だから、8年くらいかけて今のスタンスを確立したのだろうか。K部の人でないというのが残念。しかしU田さんのシラけた態度を見る度に、なんとなくホッとするのだった。
 S井ちゃんは早速、M嶋さんにアタック。分かり易い子だなぁ……。U田さんにもアタックを掛けていたが、アッサリと無視されると、悔し紛れに「私あーゆー暗い人、嫌い」と言っていた。……本当に分かり易い子だなぁ。

 飲み会の終わりに、次回からの宴会の幹事を正式に任されることが公表された。本当は新人の仕事ということで「S井さんと鷹瀬さん」だったが、S井さんの「私、ヤダ」の一言で、「鷹瀬さんがメイン、S井さんがアシスタント」ということに変更。私がS井さんに「私、飲み会にはどうしても出られないの。お金の収集とか会場の手配とか、お膳立ては全部するから、それ以外の当日の進行役とかをやってくれない?」と頼むと、S井さんのお言葉。
「ダメダメダメー。私、飲んじゃうと全然ダメなの。進行役なんか出来ないモン。鷹瀬さんやって」
 ……お前は素面の時からダメだろうがっ!(怒) 一瞬、本気で殺意が芽生える。

 1次会が終わり、私とU田さん以外の皆は2次会へ。帰り際にK村さんから一言。
「鷹瀬、嫌だとは思うけど、皆やってきたことなんだから我慢しろ。今の上司は甘いから楽だけど、昔なんか厳しかったんだからね」
 皆、飲み会の最中は楽しく飲んでいるように見えるが、説教するときは真顔。そんなに嫌なら、どうして止めようとしないのだろう。

 帰ってから泣いた。
 最近、何かあるとすぐ泣くなぁ。昔はこんなじゃなかったのに……。我ながら弱ってるなぁ。いつになったら素の私に戻れるんだろう。それとも一生戻れないのか? こうやって何年も過ごすのか? それともいつか慣れるの? 飲み会とか幹事とか、愛想笑いとか楽しそうなフリとかに? そんなことするために会社に入ったの? それが出来なきゃ会社にいるなってこと?
 オカシイよ。こんなん絶対オカシイよ。

 夜H江から電話があり、今日あったことを泣きながら話した。するとH江が「今の鷹瀬にピッタリな漢文があるんだよ」と言う。以下がH江から教えてもらった話。
 中国の戦国時代の楚に、真面目で実直な正義感の強い屈原という役人がいた。屈原は周囲の役人がするような付き合いや収賄からは遠く離れて、高潔に生きようとした。有能な人物だったが、結局、周囲と馴染めないことが原因で、政治の世界で孤立してしまう。
 中央を追われた屈原は島流しのような目に遭い、その時に漢詩を詠った。

「皆踊れど、我踊らず。周囲酔えども、我一人冷めたり」

 屈原が世を嘆いていると、通りかかった漁師に「自分ばかり高潔ぶって、周囲に合わせることすら出来ないのは、単なる馬鹿者ですよ」と言い負かされ、世を儚んで川に飛び込んで自殺したという……。

 ──明日、図書館で屈原について調べてこよう。
(※屈原の詳細はこちらへ)


 1997年7月14日(月) 
 本部朝会にて、スピーチをすることになっていたので、何を話そうか散々迷い、結局、先日H江から聞いた屈原の話をすることにした。
 1フロア約100人の営業マンの前で、屈原の話をするのは勇気が要ったが、それでも私は屈原の話に固執した。どうしてもこういう考えの者がいるのだ、ということを言っておきたかった。スピーチの内容はこんな感じ。
 先日友人と今の現状を話したところ、鷹瀬のような考えで企業に属すと辛いのではないか、と心配されました。そんな鷹瀬にピッタリの話がある、ということで、中国のある高潔な役人、屈原の話を教えて貰いました。屈原とは……(略)。
 話を聞き進める内に、屈原の状況が他人事ではなくなってきて、私がいたく屈原に共感していると、友人はこんなオチをアッサリと披露してくれました。
「結局、屈原は世を儚んで自殺したんだ」
 そして、友人は最後の締め括りにこう言ったのです。
「鷹瀬、死ぬなよ」
 私の今の目標は、死なずに生きることです。

 この話で、最後のオチで笑った人少々(5〜6人)。深々と頷いていた人が1人。機会があったらこの人と語り合いたい。司会進行役の人は「難しい話でしたね」と言っていた。そりゃ、骨髄液までサラリーマンのアナタには理解できないだろうとも……って感じ。
 この日、部内朝会の前に、K村さんが「今日のスピーチ面白かったよ。オレ、あーゆーの結構好きだけど……」と言ってくれた。どこまで理解してくれているのか分からないけれど、この一言で随分気持ちが軽くなった。


 1997年7月23日(水) 
 J社、初受注。ちょっと嬉しい。I嶋さんと同行で茅場町まで行ってくる。帰りにお茶を飲むが、その時のI嶋さんの話。
「私結婚してるんですが、子供が5才で、いつも帰りが遅いもんだから、たまに家に早く帰ったりすると子供が『いらっしゃい』って言うんですよ。いやぁ、参っちゃいますね。上司の家も同じみたいで、夫婦喧嘩すると、子供が泣きながら母親の腕をひっぱって、『パパ怒らせたら、会社に帰っちゃうよ』って言われたんですって」
 I嶋さんは笑いながら話していたが、笑えなかった……。家庭って何?

 午後、H社にI上さんと行く途中、私が余りに「残業が多い」だとか「みんな働き過ぎ!」だとかブーブー文句を言うので、I上さんも頭に来たらしい。「オレら、給料分は働かなきゃね」とキツイ口調で言われた……。
 I上さんの言い分は分かる。って言うか、サラリーマンの鏡だなぁ、と思う。でもなぜそんなに会社に尽くすのだろう。何をもって「給料分」と言っているのだろう。残業・休日出勤までして、安月給で働いて、それが給料分なのだろうか。

 いつも不思議に思うのは、なんで彼らはこんなにも会社に対して忠義があるのか、という点である。自分たちが歯車でしかないことへの不安はないのか? リストラなどからも伺えるように、会社はいざとなったら私たちを簡単に切り捨てる。どんなに尽くしても捨てられるだろう。会社に心を捧げることがいかにバカらしいかとは考えないのだろうか。

 会社、辞めたい。
 サラリーマン、辞めたい。



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