過去の職場&就職体験記 (1)大企業での地獄−04

第4話「営業研修日記(後編)」

(1997年4〜5月執筆/1999年8月加筆)


 さて、ブッチギリの「営業研修日記」もいよいよ後編です。初っ端から飛ばしていますが、最後にはまぁまぁ自分のペースを掴んだようです。
 とにもかくにも、協調性のない人間がサラリーマン、しかも営業に配属されると、どんな悲劇が待ちうけているか、そういうことを感じ取って頂ければ幸いです。





 1997年4月25日(金) 
 米沢まで工場見学に行った。新幹線で片道2時間10分。帰り、女子4人のボックス席に座ってしまい、やることが無いので寝た振りをしていた。他の3人も最初はお喋りをしていたが、その内雑誌を読むなど一人一人が別行動をし始めた。すると男子が来て、「なんだよ、個人行動に走っちゃって、やだなぁ〜」などと余計なことを抜かしてくれたお陰で、この言葉を切っ掛けに、後ろに座っていたアドバイザのH野さんを中心に座談会が始まる。私以外の3人の女子は、席を立ってH野さんの近くの座席に座って話し込んでいた。
 話題はもっぱら恋愛について。親しくもない人間の恋愛事情なんか聞いた所でまったく面白くないので、参加せずに少し離れた座席で寝た振りをしていると、こんな会話が聞こえてきた。
「あーゆーの、どう思います? ムカツキます?」
「……って言うか、あーゆー人っているんだよねぇ」

 ………………。コレって私のことだよねぇ。
 私、確かに付き合いは悪いし、こういう時シラけ切ってると思うけど、こんなこと言われるほど酷いコトしてるのかなぁ……。少なくとも、むやみにつるんで影で人の悪口を言うような真似はしたことないぞ。言う時は目の前で言うように心掛けてるし。(←心掛けるな、そんなもの)

 大体、会話に参加しないとなんでムカつかれなきゃなんないの? 仕方ないじゃん、興味ない話題なんだもん。面白くもないし。そう思っても私、「そんな話つまんないから止めてよ」なんてコト言わないでしょ? 人それぞれだと思って、放っておいてるのに。どうして周囲は私を放って置いてくれないのかなぁ。それに女子は全員参加してるかもしれないけど、話に参加してない男の子なんかたくさんいるのに……。なんで私だけが攻撃対象になるんだろう。女子が少ないから、その中でちょっと違うコトすると目立つのかなぁ。

 人と違うコトをしている人間がいるとそんなに目障りな訳? 確かに協調性って大事だと思うけど、こんな帰りの新幹線の中でまで強制参加しなきゃイケナイほどの会話か? 仕事だったら協力するけど、興味ない雑談くらい参加しないことを許して欲しいよ……。それともこれも仕事の内ってコト?
 なんだかなぁ。切ないなぁ。

 コンタクトをしていたため、長時間目を閉じているとマズイ。目薬を注したかったが、今この瞬間に目を開ける訳にもいかず、仕方ないので、涙腺を緩めて涙で瞳を潤した……。自分のしていることがエラく滑稽に思えた一瞬だった。薄目を開けると、車窓から見える夕日が綺麗だった……。

 そう言えば、毎日H野さんに提出する報告書の感想欄に「(営業の研修を受けて)こんなことやるのかと思うと気が重い」的なことを書いたら、H野さんが紙面が真っ赤になるほど大量に返事をくれた。でも主旨は簡潔だった。
「前向きに考えましょう」
 ………………。私、多分H野さんと同じ方向、向いてないんだよねぇ……。

 ちなみにこの日、初月給の日だった。給料は基本給が全額振り込まれていた。普通、初めの4月分は基本給の半分だったりするのに、全額振り込まれている……。「何にもしないで20万円弱」と言うのは恐い。きっと「何かしても20万円弱」なのだろう……。今辞めるのが一番コストパフォーマンスが良いに違いない。


 1997年5月9日(金) 
 またもヤルのかビジネス・マナー、ってことで、2度目(正確には3度目)のビジネス・マナーの講義を聞くことになった。
 今回も凄い。前回より馬鹿馬鹿しさは抑えてあるものの、基本的に馬鹿馬鹿しいのは変わらない。「実際にやってみないと(実演しないと)勘が掴めない」という言い分は分かるが、それでも二人組にさせられて、延々と演技をするのはなぁ……勘弁してほしかった。
 今回の講義のヒットは、「客が抵抗をした時の対処法」だ。7つほどあるのだが、その中の5番目が秀逸! ズバリ、「聞き流し法」! この「聞き流し法」の説明文をテキストから忠実にここに写す。(※デジカメ購入による資料追加をしました)

【聞き流し法】
 断わり文句が客の習慣になっている場合や、ふっと客の口から何かの拍子にでてきたような反対に対して、聞こえない振りをして話を進めていったり、話題を変えたりする方法である。
 例:「アハハハ……。ところで御社では……」

 …………………。おーい……。いいのか? こんなことして……。イイ歳した大人が「聞こえない振り」をビジネス・テクニックとして使う……。しかもそれがマニュアルに載っている方法ときてる……。世の中狂ってるよ。

 この「客が抵抗した時の対処法」の講義と実演会で既にグッタリしている私に、畳み掛けるように始まったのが「ビジネス禁句」のコーナーだった。
 一般にビジネスの商談の際に、話題に上らせてはいけない事項があると言う。それが「ビジネス禁句」である。例えば「政治・宗教の話」「客の欠点・弱点」「客の出身地・出身校など」など。この講義になった時、一人の男子が質問した。
「野球の話で自分が巨人ファンであることは言ってもいいんですか?」
 …………あのなぁ……。お前、いくつだ? 勘弁してくれ……。と、グッタリしている私を尻目に、事態はどんどん思わぬ方向へ転がっていった。こんな質問をする奴も凄いが、先生も凄かった。先生は真面目な顔をしてこう言ったのである。
「そうですね……相手が明らかに阪神ファンならマズイでしょうね」
 …………センセイ……頼むよ……。精気を吸い取られる私への試練は、ここで終わらなかった。こんな先生も凄いが、周りの奴らはもっと凄かった。

 ──彼らの遣り取りを黙々とノートにメモしていたのである……っ!

 うわ〜〜〜んっ! もー、やってらんないっっ!! なんで暴動が起きねーんだよ〜〜〜っっっ!!! それとももしかして、みんなで私を担ごうと……?! って、そんな訳ないよね……。も〜〜ヤダ〜〜〜〜ッッ!!


 1997年5月12日(月) 
 私も大概クラスに馴染んでいないが、周囲の人と1対1で話せばそれなりに楽しくなってきた。私の言っていることや感じていることを理解してくれている人も出て来た。見付けた、と言った方が良いかもしれない。まぁ、ただ単に私の勢いに圧されて頷いているだけかもしれないが。
 とにかく、このように個々の人々に対して嫌悪感は薄れるものの、集団に対する嫌悪感はいまだ健在。個人的に話している時は普通なのに、集団になると人が変わったようになる人が多い。悪気はないのは分かるが、この空間に慣れることは出来ても馴染むことは一生出来ない気がする。


 1997年5月15日(木)〜16(金) 
 宮崎台の研修センターで1泊2日の合宿。2日目の最終カリキュラムは内示だった。いよいよ配属先が発表される。
 ──結果、42人中、8人が東京。それ以外は皆飛ばされた。
 九州1人、札幌1人、四国1人。営業マンの間では、以上を「国外異動」と呼んでいる。
 女子5人中、2人が関西支社、1人は中部支社、1人が立川支店、そして私が東京本社。幸運にも勝ち取った東京勤務だが、私の配属先「東京**本部K部」は、残業月平均100時間という部署らしい……。文句を言いたかったが、中部支社に飛ばされた子が泣いていたので、その場で文句など言える雰囲気ではなかった。
 中部支社に飛ばされた女の子は泣いていたが、男子のほとんどは笑っていた。北海道……つまり「国外異動」になった男の子など、「寒い所かー。やだなー」と軽く愚痴る程度だった。みんな覚悟が出来ているんだなぁ、と実感した。
 なんでこんなに従順なんだろう……。それがサラリーマンなのか?

 営業マンはゼロ戦である。行きの燃料しか積んでいないのだ。そしてゼロ戦機士たちは、自分に与えられた任務を何の疑問もなく遂行するらしい。


 1997年5月19日(月) 
 今日は皆、配属先が決まった後なので、色々とその話で持ち切りだった。
 立川支社に配属になった子の従姉妹の話だそうだが。その従姉妹、N社の関西支社、第一**本部に勤務していたが、30才になる前に過労死した。死ぬ間際に母親に電話したそうだが、最後の一言が
「お母さん……身体が動かない」
だったと言う……。こんな事実があるのに、よくN社に就職したな……。

 私は自分の配属された東京**本部K部ってトコロがどんな部署なのか気になって仕方なかったので、アドバイザーのH野さんに「K部ってどんな所ですか?」と聞いた。そしたら「うーん……ドロドロした部かな」という返事が返って来た……。これから配属される部署の印象を擬音で表された私の心情が分かるだろうか……。しかも「ドロドロ」って……。まだ見ぬK部に怯え、ちょっと死にたくなった。
 で、「残業とか多いんですか?」と聞いたら、H野さん。「基本的に営業は残業が付き物だからね。あ、でも、K部は営業の中でも特に残業が多い方じゃないかな」だって。
 ……「でも」っていう接続詞の使い方、間違ってねーかぁ?

 ま、それは置いといて。ここまでの会話で、既に私は配属されてもいないK部にビビっていた。それなのにH野さんときたら……追い討ちを掛けるんだもん。以下は私とH野さんの会話を忠実に再現したもの。
 私 「誰か実際にK部の方、知りませんか?」
H野 「ああ、俺の同期が6年前に初任配属でK部に配属されたよ」
 私 「で? 部の様子とかどうですって?」
H野 「さぁ。ソイツ2年で辞めたから」
 私 「え? 何で辞めたんですか!? やっぱり仕事が大変で?」
H野 「ああ、違う違う」
 私 「(ほっ)じゃあ、なんで?」
H野 「なんか偏頭痛が治まらなくなったんだって
 ………………ソレってムチャむちゃストレスやんけッッ!!


 1997年5月22日(木) 
 漸く、周りの皆のことが好きになったし、私の立場も確立されたと言うのに、明日でこのクラスともサヨウナラ。正直、寂しい。

 異動のため引っ越しをしなくてはならない人たちは大変。引っ越しの準備が色々あると言うのに、研修には出席しなくてはならない。こんなことならもっと早くから配属通知をするべきだ。内示が遅すぎる。迷惑だ。
 N社の関連会社が1人につき不動産物件を平均2〜5件ほど用意してくれるらしいが、その資料を渡されたのは今週月曜(19日)。26日から新しい配属先で、しかも引越しのための休みは1日もくれない。転勤を命じられた人達は、引っ越しの準備に物件捜しにと、余裕が全く無い。

 支店に行く人たちは、行ってから物件を見る時間が少々あるらしいが、その他の人たちは、書類だけで物件を探さなくてはならないらしい。「見て決める」コトが出来ないのだ。
 また、資料をくれる人たちが物件に詳しいならいいが、条件的には良い物件でも、治安が悪いなど、様々な詳細情報は個人的に調べなくてはならない。見てから決めたいと思っても、会社には5月26日から行かなければならないし、暇が全く無い。しかも、その間ホテル住まいをしようにも、費用は個人負担。信じられない。
 ──それでも文句を言う人は誰もいない。

 これが企業と言うものか。これがサラリーマンと言うものか。本当に私はこのままサラリーマンになるのか。いや、なれるのか?


 1997年5月23日(金) 
 なんだかんだ言っても、結局、結構好きになっていたクラスの皆。今ではK部に行くのが嫌なせいか、かなりこのクラスに固執している。せっかくやりやすくなってきた所なのに……。
 K部で私の直接の上司(というか指導者)になるのは女性でMさんという。会社案内のパンフレットにも載ってしまうようなバリバリのキャリアウーマン。周りの連中も言っていたが、
「女の下に女はマズイだろう……。絶対合わないって」
 ……私もちょっとそう思った。彼女の下では「女だから許して」の論理が通用しないことだろう。会ったこともないが、もう既に弱気。上手くやって行けるか不安。

 今日は最後の打ち上げ飲み会があるらしい。最後くらい参加してもいいかな……と思ったが、友人と遊ぶ約束をしてあったので、参加しなかった。結局私は最後までこのスタイルを通したなぁ……。それでも何とかやって行けるものだなぁ。「時が解決してくれる」って、本当に真実だと思う。

 なにはともあれ、1ヶ月掛かったが、大嫌いだった人たちが結構好きになった。今後もこうやってやっていけるのだろうか……。




 懐かしい日々、初々しい日々……。研修は毎回その度ごとに新鮮に辛かったけど、終わる頃にはいつも自分のペース(と言うか、スタンスと言うか)を築き上げていたように思います。キツイことを言っても「ああ、まぁ鷹瀬さんの言うことだし」で済まされ、単独行動に走っても「ああ、まぁ鷹瀬さんのすることだし」で済まされ、もしかしてこの人たち、物凄く心が広いんじゃ……と思ったこともあります。

 なんだかんだと言いつつ最終的にはその場に収まっているようなので、この調子で本配属になっても収まれると思っていました。それが間違いだったと気付くのに、そう時間は要しませんでした……。

 さあ、退職までの残り4ヶ月、興味のある方はどうぞ第5話にコマを進めて下さい。




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