日常エッセイ−36
「ズバッと解決!〜北朝鮮飢餓問題」
(2003年11月11日執筆)
このエッセイを公表した数日後にサイトの更新が完全に止まった場合、私は日本にいないかもしれません……。
グローバル化を目指す世界を嘲笑うかのように21世紀になっても完全無欠に閉ざされ、国の全貌が一向に表に流出しない近くて遠い国、北朝鮮。未知なるこの国絡みのニュースのキーワードと言えば、「拉致」「工作員」「テポドン」「核保有」「一糸乱れぬマスゲーム」「美女軍団」「プリンセス・テンコー」と、不穏なものか怪しいものばかり。国に対するイメージは、飢餓に貧困、マインドコントロールと、これまた厳しいものばかり。
そんな北朝鮮が、世界に向けて堂々と国を紹介するときに報道するのは、国民を総動員する勢いのお家芸、一糸乱れぬマスゲーム。事実、人口300万人の首都平壌でのマスゲームには10万人が出演しており、しかも1人の出演者に対して5人の代理が用意されているとなれば、稼動年齢人口の過半数が参加していると考えられ、国民総動員と言っても本当に過言ではないのです。………………恐い……恐いよ〜……。
恐らく誰もが息を呑む迫力の「一糸乱れぬ」団体妙技。まるで10万人がひとつの塊であるかのように滑らかに動き、誰一人間違えることなく次から次へと矢継ぎ早に見せます、魅せます。彼らほど「我々」という一丸系の主語が似合う国民も、そういないでしょう。
先程から連呼している「一糸乱れぬ」という形容詞、実はインターネットで検索した北朝鮮のマスゲームを紹介するサイトにおいてほぼ100%の使用率で、こんなことからも「一糸乱れぬ」と「北朝鮮のマスゲーム」は切っても切れない関係、つまり「一糸乱れぬ北朝鮮のマスゲーム」が既に単独の名詞として成り立っていることが分かります。北朝鮮で行われるマスゲームは、世界一般に浸透しているマスゲームとは一線を画すものなのです。
北朝鮮のマスゲームを見た後では、かの大英帝国バッキンガム宮殿の衛兵交代も、おままごとにしか見えません。
特徴のある黒い帽子に赤い制服。衣装ばかり豪華でも、動きは緩慢、動作は単純、バラバラ……とまでは言いませんが、よく見ると彼らが個別の人間であることが当たり前のように分かります。
整列している間も微妙にフラフラと揺れている身体に「なんじゃアリャ?!」と衝撃を受ける私にトドメを刺すように、バッキンガムの衛兵は、手足を大きく振り上げて行進して止まった後、少々乱れてしまった列を修正するためにすり足で移動したのです。そこここでじりじりと列を修正している衛兵をこの目で見たときには、「うっそ、マジっすか?!」と色めき立ちました。ある意味、ここまで来た甲斐があったゼ!とかなり興奮したのは記憶に鮮明です。これではどこからどう見ても人間技。「一般市民よりも凄い」程度じゃないっすか!
かの有名なバッキンガム宮殿の衛兵交代を一目見ようと、宮殿前は観光客で賑わっていましたが、私は彼らに向かって叫びたかった。「北朝鮮を見よ!」と。(参考写真は英国写真館の中のこちら)
この話を友人にすると、こんな情報も得られました。
「タイの衛兵さんも凄かったよ。ピクリとも動かなかったし、瞬きもしていないように見えた」私は思いました。個を尊重し、人間らしさを追及する西洋には、こういった非人間的行為は土台無理なのかもしれません。東洋と西洋の人間性には、根本的に大きな大きな違いがあるのでしょう。
欧米化が進み本来の気質が歪みつつある現代の日本には、北朝鮮の真似は絶っ対に出来ませんが(加えて、したくもない)、戦前の日本なら分かりません。何せ特攻隊が生まれた国です。大きく様変わりしてはいるものの、個を殺した団体行動を好む日本はやはりどう足掻いても東洋の国なのです。
バッキンガム宮殿の衛兵には申し訳ありませんが、人間らしく微妙に揺れる彼らを鼻で笑ってしまった私は、何も東洋が凄いと言っているのではありません。単に、全く違う根底を見た、と言っているのです。
さて、その西洋と180度対極に位置する「個を殺し、団体行動を追及する東洋」の(ある意味)最高峰、同じアジアからも「何考えてるのか分かンねえ」と恐れられる北朝鮮に話を戻します。
貧困飢餓に苦しんでいるはずの国民は、仮面のように変わらぬ笑顔で難易度の高い神技を次々に披露し、見ている者に思わず「……失敗すると殺されるのかも……」とさえ思わせるほどです。私は北朝鮮の人々が見せる笑顔ほど嘘っぽい笑顔はなかなかないと思っているのですが、世界的にあの笑顔はどう評価されているのでしょうか……。
全く同じ笑顔。全く同じ口紅の色。全く同じ化粧方法。「一糸乱れぬ」の形容詞の威力は、かなり広範囲に及んでいるようです。
北朝鮮へ旅行することは可能なようですが、非常に制約の多いものだと聞いたことがあります。全行程、北朝鮮が用意したガイド付きで、許可なく地元民と直接話すことは禁じられており、この規則を破った韓国人観光客が出国拒否に遭ったらしい、と韓国人の友人が言っていました。なまじ言葉が通じるから起きた悲劇ですネ……。(まぁ本当の意味では、悲劇はもっと根底にあるのですが)
日本語では「韓国」「朝鮮」と別の国のように聞こえるこの両国、英語では「South Korea」「North Korea」と、元々ひとつの国であったことが明確に思い起こされるワケですが、韓国人に「韓国は北朝鮮をどう思っているの?」と聞いたところ、「ヘンな国。よく分からないよ。全然情報は入って来ないし……」と、日本人並みの回答しか得られませんでした。言葉が通じる分、この違和感は私たちよりも強いかもしれません。
そんな北朝鮮ですが、私は一般人がこの国に旅行できると去年まで知りませんでした。また、旅行可能だとしても、ちょっと自ら進んで「行きたい!」という気持ちにはなれません。国の特異性とマスゲームを見たいという興味はありますが、「拉致」という単語がチラつくのは仕方のないことで、取り敢えずは実際に行った方々のサイトを覗くことで雰囲気を掴みます。
下記のサイトは北朝鮮を客観的に冷静に紹介しており、面白かったのでここに転載させていただきます。
「え,北朝鮮っていけるんですか?」
Yes,非常に自由のない旅行ですが,可能です.
● 事前に申告したルートで,
● 完全にガイドつきで,
● すべてバスで移動し,
● 夜中に勝手にホテルから出歩いたりしなければ,
可能です.料金は,めちゃくちゃ高い.韓国なら,「2泊3日で 29,800円」とかある一方で,フライトの都合から最低3泊4日,178,000円とかする.そんな旅行が楽しいかって,この国は非常に興味深い.とにかく,ほかのどの国とも違う.
<略>
この国は外貨を使ってほしいようだ.
外国人用に,兌換券(だかんけん)というお金があり,1ウォン 56円ぐらい.現地の人がどういうお金を使っているのかは,最後までわからなかった.この国にはもしかしたら,お金がほとんど流通していないのかもしれない,と思えるほど,お金が見当たらない.ガイドもその話を聞いても答えてくれない.外国人にとっては,US$,円,中国の人民元がそのまま店で使える.多分使える店は限られているのだろうが,使えない店にはそもそも行けないので,特に問題はない.それこそ最後は1円単位で日本円が使えたりする.
中村勇一郎's Travel Diary 北朝鮮
まず、事前に観光ルートを申告するというのは、要するに外国人に「作られた空間」を見せるためではないかと推測できます。この観光ルートを逸れたところに恐らく真の北朝鮮の姿がある筈で、それはとても外国人には見せられないものなのでは……と勘繰ってしまうのは、この国の異様なまでの閉塞性から来ているものなので、仕方ありません。
国民が海外に出ることもなく、物価の低そうなこの国が、法外な旅費を請求する観光客に外国通貨での支払いを求めるということ自体、これらの金は一般市民に落とされることなく完全に国の上層部が吸い尽くしているのでは……と疑われるし、その事実関係はともかく、一旅行者に「この国にはもしかしたら,お金がほとんど流通していないのかもしれない」と思わせるほど不自然な流通形態であることからも、通常の経済……どころか通常の社会生活がなされているのかさえ危うい感じです。
一方で、旅行中に外出を許可され、一般市民(一部疑問も残る)との交流もあったという管理人による、旅行の全行程の詳細が記され、最終的に北朝鮮に好意的な感想を抱いている非常に興味深いサイトも紹介しておきましょう。上で紹介したサイトの旅行記と、同じ場所に行ったのかと思うほど(ものの見方が)全く違った旅行記となっております。
−−−静かな、街。それが、もうひとつの、平壌の印象である。
よく、悪口を言う人の中に、平壌にたくさんある高層住宅の住居の中には、実は誰も住んでいなくて、夜になると、自動的に明かりを点灯させているだけだ、などとヤラセの説を唱える人がいる。
何日か滞在して、実際に住宅を尋ねる機会には恵まれなかったが、ホテルや街頭で観察したところ、これだけの数の人が、すべて演技者である、などということは、あまりに現実離れしていて、ありえない、という結論に達した。
だが、それにもかかわらず、この街は、妙に静かな印象を与えるのだ。
<略>
また、人通りも、少ない。日中の市内になると、かなりの人出があるが、ちょっと郊外になったり、夜間になると、人が少なくなる。それから、人が、わいわい騒ぎ立てて歩くことがない。あまり声高に雑談したり、夜に酔客がわめいていたり、ということがない。
人は、みな、粛々と歩いている。歩き方が、兵隊さんのように、規則正しい。両手両足をまっすぐに延ばし、前を見て進む。もちろん、よたよた歩く人もいるし、子供は不規則に歩くこともあるが、おおむねの人はまっすぐ機械的に歩く。
<略>
そうやっていると、そばのテーブルで飲んでいたおじさんや、通りがかりの通行人のおじさんなどまでが集まってきて、輪を作って話に参加する。珍しい外国人、しかも朝鮮語をしゃべれる人ということで、様子を見に来るらしい。こうして局地的に、大いに話が盛り上がってしまった。
この光景を見て、H嬢などは、少し涙ぐんでいる。
「あれ、どうしたんですか?」
「だって・・・こんなふうに平壌の普通の人たちと交流できるなんて、思わなかったんですもの。なんだか、泣けてきちゃって・・・」
こうして、我々と市民の交歓の試みは大成功に終わった。
・・・と書きたいのだが、この話には少し疑問も残る。
こういう屋台は、いつでも出ているのか。この祭典の期間だけ、わざと外国人向けに出している、見せるため、宣伝用の模擬店なのではないか、と。事実、後日、このアパートを尋ねてみたら、屋台はなかった。話によると、あちこち、場所を移動しているのではないか、ということだった。
また、売っている人たちは、民間の業者ではなく、公務員らしい。例えば、女の子の服が、みな同じ赤い制服のようなきれいな衣装だったりする。
だが、これが「ヤラセ」かというと、少し違うと思う。日本でも、お祭の縁日や博覧会の時、いろいろな屋台が出ることはある。ここでもやはり、祭典やメーデーの日には、臨時の店が出るのだろう。そもそも、この国の店はすべて国営商店だし、この国の人は、みな国家公務員なのだから、屋台が国営であっても、当たり前なのである。
また、あの多くの通行人の人たちまでが、すべて演技者であったなどということは、あまりにあり得ないことだ。テレビを見ていた群集や、屋台で飲んでいたおじさんまでが、嘘だなんて、思えない。
そんな詮索よりも、心に残ったのは、やはり人々の優しさだ。彼らは、皆、礼儀正しく、純朴で真面目な人たちばかりだった。
このサイトの著者は「これだけの数の人が、すべて演技者である、などということは、あまりに現実離れしていて、ありえない」と実体験を経て思ったようで、実際にこの目で見ていない私には何とも言えませんが、「10万人の一糸乱れぬマスゲーム」を実現出来る国民ですから、ありえるんじゃ……とつい思ってしまいます。観光客を騙そうと思っての「演技」はしていなくても、「洗脳」されている可能性は充分にあるのではないでしょうか……。
ただ、最後の台詞、「そんな詮索よりも、心に残ったのは、やはり人々の優しさだ。彼らは、皆、礼儀正しく、純朴で真面目な人たちばかりだった」という締め言葉には、実際に現地の人と交流を持った者にしか言えない重みがあり、その重みは北朝鮮に対するイメージを少々変える力を持っていると思います。
しかしどうしても、本当の意味での自由旅行が許可されていない国において、これが国民平均と考えることは不可能で、隠しても隠しても時々漏れ出てしまう北朝鮮の荒んだ現状は、私たちには想像も出来ないほど悲惨なのではないかと思います。人口2000万人強の北朝鮮、90年代後半には食糧難などで平均寿命は男子59.8才、女子64.5才(97年基準)だと公表されています。ガリガリに痩せた10歳くらいに見える少年が「16歳です。栄養不足のため、このような身体なのです」とドキュメンタリー番組で放送されていた北朝鮮こそが、本当の北朝鮮の姿なのではないかと思うのです。
そしていきなりこのエッセイは終結します。
中国雑技団の向こうを張って、北朝鮮のお家芸・マスゲームを輸出して稼ぎましょう。
10万人が遠征に赴くのは不可能でしょうから、厳選された100人程度の小集団で結構です。100人なんぞ、あなたたちにとってはゴミに等しい団体かもしれませんが、100人単位のマスゲームでも充分に感動出来るほど、世界の壁は低いです。あなたたちから見れば。
何もマスゲームに拘らずとも、ピンで活躍されている出演者のレベルも、既に世界レベルとして通用するほど高いのです。彼らもどんどん輸出して、稼いでもらいましょう。
世界に羽ばたく際には、自国で披露した10万人のマスゲームの記録をDVDなどに収めて大々的に売り出しましょう。ハリー・ポッターを凌ぐ売れ行きになることを期待しております。
あななたちはあのお家芸でかなりの国民を飢餓から救えるほどの財力を打ち立てることが出来るでしょう。
早く豊かになって、お腹一杯になって、異常行動に走らずに幸せになってください。
――以上、ズバッと解決! 北朝鮮飢餓問題でした。
【参考サイト】
中村勇一郎 Travel Diary > 北朝鮮 > マスゲーム
てじょんHP > 北朝鮮ミーハー紀行 > (9)「大感動マスゲーム」
「劇場国家」北朝鮮潜入記(1995) > マスゲームのスケールに度肝を抜かれる
雑学大作戦・知泉