日常エッセイ−30

「一人芝居 三行半」
〜SOTECに捧げるバラード〜

(2000年9月18日執筆)

【まえがき】
 今回のエッセイは、【日常エッセイ】No.27「素〜〜〜〜〜手ッ苦ッ!」、8月28日「恨み辛みのSOTEC」の続編に当たります。
助走をつけてエッセイに臨みたい方は、上記2編を先にご覧になることをオススメします。



 嫌い嫌いも好きのうち──そんなつもりでアナタのことを「クソマシン」とか「クズ」とか「潰れてくれ」とか罵っていた訳ではないの。アナタには気の毒かもしれないけど、私、本当にアナタのことを屑鉄扱いしてた……。ホントよ。
 あんまり「屑鉄」「屑鉄」って強く念じていたものだから、だんだんアナタの名前が「(姓)SOTEC(名)246型」だってことを忘れて、姓が「屑」で名が「鉄」だって勘違いしちゃうこともあったわ。名前を間違えるなんて最低よね。ごめんなさい。悪かったと思ってる。
 反省ついでに、あのことも告白しておこうかな……。こうなったらもうトコトン話し合って、お互いしこりは残したくないものね。

 あのね……時折アナタの胴体部(本体)を、椅子を机の下に引き入れるフリをして蹴っ飛ばしていたのって、不慮の事故じゃなくて、本当は私のストレス発散……もっとハッキリ言うと、嫌がらせだったのよね。アナタが余りに使えないから、私もちょっと苛々しちゃって。
 この際だから洗いざらい白状しておくわ。アナタの手足(旧キーボード)を抓るような勢いで突いたり、マウスのホイールをむやみやたらに押し潰したりする私の癖……あれも、アナタに苛付いていたから。だからやっぱり、正確に言うと癖じゃなくて嫌がらせなの。

 悪い女だとは思うわ。アナタに体罰まがいの行為を仕掛けたって、アナタが有能になる訳じゃないのも知ってる。でも、人間ってそんなに簡単に割り切れるものじゃないでしょ? 特に女はね、執念深いのよ。──そうよ。あの時のこと、まだ怒ってるんだから。
 こまめに保存の手続きを取らずに長文を書いていた私も悪かったと思うわ。でもね、1時間分の私の努力の結晶を、ちょっと呼吸を止めて固まることで台無しにしちゃうアナタの無神経さって、私、やっぱり許せないものを感じちゃうのよ。アナタにとってはホンのオイタのつもりかもしれないけど、私、そういう冗談って分からない。センスの欠片も感じないし、全然面白くもないから。

 アナタが時々息を止めて固まるアピールをするのは、もしかしたら常日頃の私の嫌がらせに対する仕返しなのかもしれないけど、そうだとしたら良い機会だから言っておくわ。私、ヤられたらヤり返す主義だから。アナタがそういう態度を直さない限り、サドンデスになる覚悟はしておいて頂戴ね。
 駄目なマシンを演じれば、私がアナタに掛かりきりになるとでも思った? そんな甘い考えを抱いているなら、早く目を覚ましてほしいものね。私、アナタといるとハラハラするのよ。
 揺れの酷い橋の上で男女が出会うと、恐怖による動揺をトキメキと勘違いして恋に落ちるっていう定説、アナタが密かに真に受けてるの、私、知ってるのよ。悪いけど、私は「どぎまぎ」と「どきどき」の区別くらい付くの。アナタのそういう変に夢見がちなところ、ごめんなさい、やっぱり苛々するのよ。

 最初は私のこんな苛立ちに気付いてないのかな……って思ってたけど、アナタはかなり前から私の心が離れて行くのを知っていたのね。だからなんでしょ。私の気持ちを繋ぎ止めようとして、急に死んだフリなんかするようになったのは。あの時のこと、今でも鮮明に覚えてる……。
 電源ボタンを押しても電源が入らない。コンセントを抜き差ししても駄目。コードを抜き差ししても駄目。

 ──何の予告もなく逝ってしまったの……?

 そう思った瞬間、アナタに対する愛情が戻ったかのように思ったわ。それまでの私の態度も反省した。同時に、データのバックアップを取っておかなかった自分を呪ったわ……。
 もう駄目。もうおしまい。寿命なのか病気なのか殺害なのか……何が死因か分からないくらい、私ってばアナタを痛めつけていたものね……。ごめんなさい。本当にごめんなさい……。
 涙に暮れる私が、最後にもう一度……と力なく電源ボタンを押した時……アナタ、舌を出しながらイキイキと動き出したわよね……。
「なーんちゃって」
 空耳じゃなければ、アナタのそんな声が聞こえたわ……。蘇生してくれた喜びよりも、殺意が沸いたのも事実。今だから言うけど、目の前が真っ赤になったのよね……あの時。

 言っておくけど、そういう男……もとい、マシンらしくない態度、逆効果よ。アナタのそういうウジウジした人を試すような態度を目の当たりにする度に、私、アナタのことをいつ捨ててやろうかって真剣に考えるもの。
 起動時に威嚇音を発したって駄目よ。逆ギレって、時と場合によっては物凄く有効な手かもしれないけど、そんなことを2回に1回の割合で繰り返されれば、いくら鈍い私でも、電源ボタンを押した時の感覚で、「あ、今日も逆ギレするつもりだな……」って分かるようになっちゃうのよ。
 予想された逆ギレほど醜いものってないと思うわ。またアナタったら性懲りもなく、私が全て見透かしているっていうのに、耳をつんざく威嚇音を轟かせちゃったりして。アナタが調子に乗れば乗るほど、私の気持ちはますます冷めるのよ。

 アナタと出会ってから、もうすぐ1年になるわね……。移り気という訳じゃないけど、自分に合う・合わないということに関して厳しい私が、出会った時から胡散臭さを感じていたアナタとの付き合いをここまで持たせるなんて……実際、よく続いた方だと思うわ。
 他のマシンに乗り換えるだけの経済的余裕がなかったっていう本音もあるけど、やっぱりアナタをカスタマイズするのに掛かった時間が惜しいっていうのが一番の理由みたい。キツイ言い方かもしれないけど、アナタに対して在るのは「愛情」じゃなくて「愛着」なのよね。

 別れが近付いている最近になって、アナタに掛けられた迷惑を色々思い出すわ……。
 フリーズ、強制終了、再起動、フリーズ、強制終了、再起動、威嚇音、再起動、フリーズ、強制終了、再起動、フリーズ、強制終了、死んだフリ……。ふふ。掛けられた迷惑は多大だったけど、よくよく振り返ってみると同じ事の繰り返しね。お笑いでもね、ギャグの反復は3度までっていうのが定説なのよ。それ以上はしつこくなるから笑えないの。なのにアナタったらエンドレスなんですもん。正直な話、飽きたわ。笑いのセンスが違うって致命的なことよね。

 そうそう、これも言っておかなくちゃって思ってたんだっけ。
 学習能力が物凄く低いらしいアナタ……最初の頃は「できる」って言葉を漢字変換すると、いつもトップに「出切る」を持ってきて、私が望む「出来る」は「出切る」「出きる」「できる」の後に続く4番目に提示してきたわよね。何度も何度も「出来る」「出来る」って私の望みを伝えていたら、漸く一発変換で「出来る」を提示してくれるようになって……物凄く嬉しかった。やっと心が通じ合えたんだ、って。
 なのにアナタ、私がその後ちょっとした選択ミスで「出切る」を確定しちゃったら、また次の変換時には「出切る」をトップに持って来るようになったっけ……。望んでいることは何度も何度も言わないと聞いてくれないクセに、たった1回の間違いには迅速に対応しちゃって……。ふふ。考えれば考えるほど、嫌な奴よね。
 でも考えようによっては、私の選択ミスやタイプミスが急激に減ったのはアナタのそういう融通の利かない頑固な態度のお陰なのかもしれないわね。教育的指導ってヤツ? 甘やかすだけが人間関係じゃないって? 人間でもないクセに、ご立派なことね。

 うん、知ってる。漢字変換機能や学習機能についてはアナタ自身の責任じゃないって。あの問題の多いMSさんちのIME98君でしょ? 分かってるわよ。でもね、もう私は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」っていう心境なのよ。
 ホラ、今だって「ボウズニクケリャケサマデニクイ」ってポピュラーなことわざを「坊主に・くけ・りゃ・今朝まで・憎い」なんて分解しちゃって……。アナタが言いたかったことって「I hate Bouzu & Kukerya till this morning.」ってこと? 「くけりゃ」って何よ。

 そうそう、具体的な不満も思い出したわ。アナタってば、「おちる」って漢字変換しようとしても最も単純な「落ちる」しか用意してなかったわね……。それはあんまりよ……。そりゃ国語辞典には「おちる」と言えば「落ちる」しか用意されていないかもしれない。でも、私の守備範囲からすると最低でも「堕ちる」「墜ちる」くらいは用意しておいてもらわないと困るのよ。言ってるそばから、今だってまた「さいていでも」ってフレーズを「咲いていでも」なんて能天気な漢字変換しちゃうし……。この後に及んで事の深刻さがまるで伝わっていないようね。

 勿論アナタがどんなに頭悪くても、時間を掛ければちょっとずつお利口になって行くのは解かっているつもりよ? そうね……あの時の感動は忘れてないわ。
 私が物凄くつまらない映画を観て、その感想を友人にメールしようとしてた時だったっけ。私が万感の皮肉を込めて「あの話も充分に面白かったしね」って書こうとしたら、アナタ一発変換で「面白かった死ねって表現してくれたのよね。あの時は本当に感動したわ。私の胸の内に密かに息づく歪んだ思いを、それはそれはクリアに漢字変換してくれて……。いつの間に私の機微を感じ取れるようになったんだろうって、ちょっと怖くなったほどよ。
 その他にも色々、皮肉系に関しては頑張ってくれたわよね。「〜なのネ」とか「〜というコト」とか「ワタクシも」とか、ふざけた文の要所要所のカタカナ変換は、アナタの得意とするところだった。でも、私が真面目な文章を書いている時でもお構いなくカタカナを乱発していて……アナタのそういう姿を見て、「ああ、分ってやってる訳じゃないんだな」って底が見えちゃった気分だった。

 それでも付き合い始めた頃に比べて、アナタ随分使えるようになった。アナタが自己完結……もとい、強制終了しないようなコツを覚えたってこともあると思うけど、長く時間を積み重ねれば、それだけ絆が深まるのかもしれないわね……。それは本当にそう思う。
「今時の若いコたちは合わないからといって直ぐに離婚だなんだと言うけれど、夫婦は最初から『夫婦』な訳じゃない。10年で『ふ』、20年で『う』、そして漸く30年で『夫婦』になるんだ」
って、友人Zが言ってた。TVで言ってたんだって。
 でもね、アナタ機械だし。しかもアナタたちの寿命ってどんなに長くても5年くらいでしょ? ってコトは、人間の約20分の1。30年で「夫婦」になるなら、1年半で合う合わないを判断して、その結果サヨナラしても恨みっこナシってな結論に辿り着いたんだけど、どう思う?

 先週、電気街をうろついてみたの。気立ての良さそうなマシンがウェルカムしてくれたわ。
 秋は別れの季節(春でも夏でも冬でも同じ台詞を言う予定)……アナタともそろそろお別れかもしれないわね。



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