日常エッセイ−28

「寂庵法話集」

(2000年8月3日執筆)



 1999年の年明け早々、親戚の体調不良や伴侶からの言葉による攻撃など、色々なことが重なって、母が精神的に参っていた時期があった。
 そんなある日、母が何やら熱心に新聞の折り込み広告を眺めていた。一通り読み終わると、母はその遠目にもカラフルなチラシを丁寧に畳んで、重要書類の中に紛れ込ませているではないか。いつもは古新聞の山の横に溜められるだけのチラシを、母が特別扱いしているらしいことに少々の不審感は抱いたものの、それはほんのどうでもない日常のひとコマだったので、結局私はこのような事実があったことすら忘れてしまっていた。

 しかし何日か経って、母が再びカラフルなチラシをじっと見ている場面に出くわし、私はそのチラシが数日前に母の手にあったものと同じであると直感で分かった。
 興味を持った私は、
「なーに? 不動産かなんか? 良いマンションでもあった?」
と、何の気なしに母の手元を覗き込んだ。──そして固まってしまったのである。
「……な、ナニ、真剣にそんなもん読んでるのよっ!」
 私は少々の非難と動揺を露にそう言ったつもりだった。だが、母は妙に落ち着いた目を私に向けて、悪びれることなくこう言った。
「これ、聴いてみたいなーと思って……。ホラ、ここ。読んでみて」
 母の期待に満ちた視線を浴びながら、私は渡されたチラシを読む羽目に陥った。


〜瀬戸内寂聴の法話がご家庭でも聴けるようになりました〜
【瀬戸内寂聴の寂庵法話集】 CD12枚組


 この度、瀬戸内寂聴のご説法がいつでもどこでもお聴きになれるCDとカセットを、新発売いたしました。その名も「寂庵法話集」。この寂庵で毎月行われる法話を、平成元年から九年にかけて収録したもののなかから精選編集したものです。
 いち早くお聴きの方からは、「悩みが消えた」「心が軽くなった」「家庭にいながら寂庵のお話が伺えるなんて感激」など、毎日感動のお手紙が殺到中。早速あなたも全十二巻、お手元にお揃え下さい。

<拝聴者の声>
「寂聴さんのお話を聴いてから、今まで悩んでいたことが嘘のように受け流せるようになりました」
「主婦なんかつまらない、でも、こんなに奉仕の精神が必要な仕事は他にない。寂聴さんにそう言ってもらって、解放された気分です」



 ──こ……恐い……。
 こういう世界があることに対する否定の気持ちはない。人生経験の豊富な先達の話を聞き、心が和む、気持ちが軽くなる。大いに結構。「話」が「法話」であっても大した差はない。OKだ。法話を説くのが瀬戸内寂聴(尼僧作家)なら、身元が知れている分、安心感もある。
 法話を聴きたいと思うことは恥ずかしがるようなことではないし、宗教的な匂いがすることに対しての嫌悪感もない。オウムなどという馬鹿げた奇形を引き合いに出して、宗教をひと括りに毛嫌いするのは見当外れだと分かっている。
 だが、恐い。それまでこういう世界には全く縁が無いと思われていた母が、こういうモノを聴きたいと思うほど追い詰められているのかもしれないという事実が恐いのである。

 辛かったんだね、お母さん……。よく分からないけど、実の娘のクセに、瀬戸内寂聴より力になってあげられなくてご免よ……。

 私は震える手で母の宝物になりつつあるチラシをそっと返し、見なかったことにすべきか、それとも母の現状を正面から受け止めるべきか悩んだ。
 ──とは言え、そんなに深刻に悩んだ訳ではない。しょせん母は冷静な人だ。と、言うか、こういったことで我を忘れるタイプではない。ただ、「寂庵法話集に救いを求めるほど、煮詰まっているのか……」という事実そのものに、私は怯んでいたのであった。

 母の気持ちは解らないでもない。我が家の暴れん坊将軍=父からの言葉の暴力に対する鬱屈した気持ちは愚痴で晴らすことが出来ても、親戚=実の兄の体調不良という心配事は、愚痴レベルで気が紛れるものでもない。
 親しい人が病気を患ったり事故に遭ったりした時に、神秘的なものや神様仏様からの言葉に縋ってしまうのは、そんなに突飛な行動ではなく、誰にでもありうることだと思う。現に私も、父が肺癌かもしれないという時に取った行動は、一歩間違えれば宗教に嵌るだけの勢いがあった。「コレを飲めば癌も治る」などという薬があれば、信じ難いと判っていても、つい大枚をはたいてでも手に入れたくなるのが人情だろう。
 大切なのは、そのように追い詰められた時に「それでもコレは胡散臭すぎる」という明確な意識ラインを持ち続けることだと思う。

 以上のようなことを加味して考察した結果、縋った先が「寂庵法話集」という辺り、母の意識ラインは正常と言えると私は判断した。それどころか、目頭が熱くなるほどささやかな救いの手のような気がする……。
 こうして、何の手助けも出来ない実の娘は、2ヶ月後に迫る母の誕生日に合わせ、この「寂庵法話集」の購入を決意した。

 購入の申し込みは電話でも可能だったが、情けないことに私は、「大至急、『寂庵法話集』一丁!」と口に出して注文する勇気を持ち合わせていなかった。
 私は母が大事にしているチラシの、申し込みハガキになっている一部を切り取らせてもらい、私の名前で購入希望届を投函することにしたした。

 そんなこんなで、母を救うブツ、「寂庵法話集」一式が1999年2月17日に我が家に届いたのである。


 「寂庵法話集」の到来は、我が家にちょっとした嵐を巻き起こした。
 申し込みハガキの投函から商品の到着まで少々期間が開いたため、私はすっかり「寂庵法話集」を購入したことを忘れていた。コレクト(商品を届けられたその場で代金を払う形式)で申し込んだので、商品が届く時には私が直接玄関に出なくてはならなかったのだが、いかんせんいつ届くか分からない上に、忘れてしまっていたというダブルパンチの状況下で、「寂庵法話集」は我が家に迎え入れられることになったのである。

 当時の私は無職状態であったため、午前中は大体家にいた。だが、私の部屋は玄関のある階のひとつ上にあり、玄関のある階にいるのは父だけだった。
 「寂庵法話集」が我が家に届いたのは、私が夢の中にいた午前10時のことだった……。これが不幸の始まりでもあった……。
 昼頃に起きた私がのこのこ1階に降りて行くと、食卓の上にドドーンとこの問題のブツが置かれていたのである。大きさ20センチ×20センチ×30センチの箱……。
 最初にこの箱を見た時、私はこれこそが「寂庵法話集」であると、直ぐには分からなかった。何の気なしに宛名ラベルを覗き込み、次の瞬間、血の気が引いた記憶は今でも鮮明だ。


送り先:鷹瀬××(※注:私の名前)
差出人:日本通信教育連盟生涯学習局
商品名:寂庵法話大全集CD


 ……………………眩暈がした。
 自分で注文した商品である。届くことは勿論知っていた。何を購入したのか、解っているつもりだった。とは言え、生涯学習局という機関と縁を結ぶという行為は、私には荷が勝ちすぎたようだ……。字面からしてヤバそうに感じるのは気のせいか……。
 ペラペラのハガキ1枚で注文した物が、どっしりとした質量を伴って返ってきたことに、私はビビった。自分が仕出かしたことが、物品を目の前にしたことで急速に現実味を帯びてくる。
 目の前に置かれた箱は、開けてもいない内から相当の存在感を醸し出している。これが神秘か? これが法話の威力か?!

 私の動揺はなかなか収まらなかった。
 母は旅行でいない。今、家にいるのは私と父だけだ。そして私が受け取っていないこの荷物が既に食卓の上にあるということは……あるということは……。

 動揺する私の背後から、多分同じくらい動揺していたであろう人物がそっと現れた。「寂庵法話集」をその手で受け取った──父である。
「おい」
 気まずい雰囲気が立ち込める。まだ寒いこの季節に、嫌な汗をかくことになった私は、咄嗟には返事を返せなかった。
 父はコレクトで届いた商品を、確かめずに受け取るほど呑気者ではない。何を買ったのか、誰が買ったのか、どこから買ったのか……そんな基本的なことは充分過ぎるほど確認してしまっただろう。
 最低線、私の名前で申し込んでおいて良かった……。母が「寂庵法話集」に手を出したなどと知ったら、どんな惨事が巻き起こるのか。きっと父は、弱っている母に焼き鏝(ごて)を押し付けるような真似をするだろう。あの人はそういう人だ。
「おい」
 聞こえない振りを決め込む私を、父は許さなかった。このまま「寂庵法話集」を抱えてこの場から脱兎しても、あまり意味はない……どころか、自ら積極的に末期的な演出をしてしまうことになる。
 仕方なく、私は平静を装って、素っ気無く返事をした。
私 「……なに?」
父 「……(この間私をじーっと見ていた)……お前になんか届いてるぞ
私 「ああ、知ってる」
父 「……(何か言いたげにじーっと見ている)……(諦めたようだった)……(気を取り直したようだった)……昼飯は何だ?」
私 「カレー」
 ………………世の中にこんなに特殊な寒い会話を交わしている親子が、一体どれだけいるというのか。
 本当は、
「伴侶に苛め抜かれた母さんが寂聴に救いを求めてるから、誕生日プレゼントに買ってやったんだよ」
と言ってやろうかとも思ったのだが、そんなことしたら父の母イジメが更に悪化して、母はますますストレス生活を強いられることになるので、黙っておいた……。私が購入して聴くと言う方が、総合的に判断して当たり障りがないだろう。

 無職の娘が「寂庵法話集」を購入していた──父の目に映るこの事実は、私が母に動揺したのと同程度の動揺を父に与えたことだろう。が、それでバランスが取れている気がする。
 父は、母の気苦労を少しは思い知った方がいい。そしてその小細工をするためには、私という変換機が間に立った方が軋轢が少なくて済む。
 苦労するのだ。こういう家庭の子供でいるということは。


 我が家に波紋を呼び起こした「寂庵法話集」は、私にとって充分に興味深いものだった。動揺と興奮が相俟って、宅急便の箱を開ける手は震えていたように思う。
 初めてお目に掛かる「寂庵法話集」は、期待以上にインパクトのあるシロモノだった。扉に仏像が掘ってある木箱に12枚のCDがびっしり。法話集まで付いてるお買い得商品だったらしい。
 12枚のCDに仏像の彫り物付収納木箱、そして法話集。届いた商品を確認し終えた私が発した台詞は、ただ一言だった。
「っひょお〜〜〜〜〜」

 旅行から帰った母は、私からの贈り物に色めき立ち、暫くの間は夜な夜な法話を聴いていた。彼女の部屋から瀬戸内寂聴の声が漏れ聞こえる度に、私に微かな戦慄が走った。「……本当にこれで良かったのだろうか……」という疑問も抱いたが、幸か不幸か、母は飽きっぽい人だった。

 1999年9月13日現在、「寂庵法話集」は母の部屋にある棚の上に放置されている。背の高い棚のため、椅子や台に乗って覗かないと、法話集の存在は伺えない。2万9千円も投げ打ってプレゼントしてやったと言うのに、随分な扱いではないか。
 文句を言うと、母は居直ってこう言った。
「毎日真剣に聴かれるよりマシでしょ」
 ………………コノヤロウそう来るか。
 私が心配するまでもなく、母は既に立ち直ったらしい。苦しい時の神頼みを体現しているような人である。
 何にしても、良かった良かった。

 母想いの娘は、見向きもされなくなった「寂庵法話集」を見詰め、そっと安堵の溜め息を吐くのであった。


【追記】
 心配事はすべて片付いた訳ではない。「寂庵法話集」が置かれている棚は、母の寝床の枕元にある。地震が来た時に、埃を被った「寂庵法話集」が、罰という形態を取って彼女の頭に直撃しないことを、今では影ながら祈っている。



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