日常エッセイ−24

「ドキドキのマンガ喫茶」

(1999年11月21日執筆)



 先週日曜日、正確には1999年11月14日(日)──私はズバリ暇を持て余していた。(こんな下らん一言にいちいち勢いをつけるな!って感じですねぇ……。でも何となく勢いが必要な一言だったのよ……)
 PCに向かってHPの更新に励むも良し、ゴロゴロと気だるく過ごすも良し。……………………いや、全然良くない。虚しい。あいにく天気も良いこんな麗らかな休日に、私は何をしているんだと、ちょっとたそがれた。

 24時間私の時間!という貴重な休日を、無駄に過ごすのは勿体無い。どうしよう。平日には出来ないことをしたい……。平日には出来ないことなんてたくさんある。でも朝寝坊したため既に午後……。今から出来るお手軽で、かつ今しか出来ないコトってなんだ?
 私は悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いて、私はふと、以前から是非読みたいと思っていた某少女漫画のことを思い出したのである。思いつく先がやはり何か虚しさを孕んでいることに、私は気付かぬフリをした。
 漫画──以前はそれはそれはよく読んでいたにも関わらず、最近ではめっきり読まなくなった。ここら辺りの詳細はいつか「少女漫画今昔物語」というタイトルのエッセイにて披露しよう。

 それはさておき、以前から読みたいと思っていた某少女漫画は、かなり真剣にしつこく読みたいっ!と思っていたものなのだが、同時に「絶対に買いたくないっ!」とも思っていた微妙な代物であった。立ち読みしたくても、確か10巻以上ある長編漫画で、しかもまだ連載は終了していない。連載が終了していれば、我が家近くにある図書館の漫画コーナーに入る可能性もあるが、連載中であればその可能性は低い。
 一度読みたいと思うと、さほどその漫画に対して執着はなかった筈なのに、どんどん読みたい気持ちが強くなるから不思議だ。私はもうその少女漫画が読みたくて読みたくて読みたくて堪らなくなった。面白いのかどうかも全然分からない。ただアニメ化されている漫画なので、一応メジャーな作品ではあるようだ。絵も単行本の表紙をちらりと見かけたことしかないので何とも言えないが、下手ではなかった。話が余程でない限り、どう転んでも楽しめるに違いない……! いーや、楽しいに決まっているっ! そう、貴重な休みを費やすのに値する程度には面白いだろうっ!! 面白くなければ困るっっ!!!
 ──幸いにも、私は自己暗示が比較的得意だった。

 盛り上がった気持ちのやり場は具体的行動で作ってやるしかない。直ぐに思い当たった先は、最寄駅付近にある、今営業マンたちの間で流行り(?)のマンガ喫茶である。しかしこの思い付きには、私のなけなしの理性さえもが躊躇するほど得体の知れない胡散臭さがあった……。だって……だってなぁ……。マンガ喫茶に26歳の女が休日に独りで行くって……ちょっと痛くないか? イタイよ〜……。
 平日昼間、それこそ営業マンたちが時間潰しのために入店するのに紛れて……というパターンならまだいい。しかし休日にマンガ喫茶を訪れるのには、確固たる意志が必要となる分、隠し切れない本気が痛さを演出してしまうように思うのだ。少なくとも私は、うららかな休日の午後、マンガ喫茶に26歳の女が独りで入店する現場を目撃したら、「うわ〜うわ〜! 見た? 見たっ?!」とか喜んじゃうと思う……。

 自分に裏暗いトコロがある人間ほど、ダークな部分に敏感なのは定説である。考えが自分に不利な方向に行き詰まりを見せたので、私は思いきって考えを捻じ曲げた。別に普通のサラリーマンだって利用している場だ。変に意識するから入りにくいのだ。きっと。ごく自然な態度を装って、「ちょっと時間が空いたから、暇潰しにたまたま入ったのよ。ホホホ」という路線を貫き通せばいいのではないか。
 ──よし、これならイケる。

 何となく自分を誤魔化し終わって、私は思いっきり余所行きの服を選んで、普段は余り身に付けないアクセサリーまで装着し、準備を整えた。歩いて10分の距離に出かけるのに、ここまで気合を入れることは少ない。恐るべし、マンガ喫茶。
 いざ出かけようと思ったときに、「これだけじゃやはり最初から入店目当てと思われるかも……」と不安になり、先月購入したMOドライブの空き箱(ソフマップの包装紙付き)を持って行こうか迷った。大きさも(他の空き箱に比べたら)手頃だし、いかにも「電気街での買い物の帰り道、ちょっと疲れたから休めるところを探していたの、うふ」ってな雰囲気を醸し出せるだろう。……出せるよねっ?! どうだろ?
 ──私は数分迷ったが、やはりMOの空き箱を持って行くことは断念した。たかだかマンガ喫茶に行くために、どうしてここまでしなくてはならんのか。基本的な疑問にぶち当たってしまったせいだった。

 表に出ると、良い天気だった。紅葉の始まった木々が目に眩しい。こんな素晴らしい休日の数時間を、私はマンガ喫茶で過ごすのか……。
 自分で選んだ道とは言え、なんだかどっと疲れる選択をしてしまったのかもしれない。

 思いきり悪くグズグズしていた私も、いよいよ最寄駅に到着し、マンガ喫茶を視野に入れると、そんな些末な考えは吹き飛んだ。今まで本気で入店しようなどと思わなかったので、マンガ喫茶が存在することまでは知っていたが、その在り方がどんなものか深く考えたことがなかった。だがこうして入店を意識して改めてじっくりとマンガ喫茶を観察すると、様々な難点が浮かび上がってくる。
 まず、この立地条件はマズイ。いや、所在地自体は駅から徒歩1分と、とても便利な場所にあるのだが……私が目指すマンガ喫茶は、薄汚いビルの4階にあったのであるっ! もし店が1階で道路に面していたら、「いや〜、ちょっとよく分からず入店しちゃいましたよ。アハハ。でもまぁこの際だから寄ってみましょうか」という無言の言い訳(?)が通用するようにも思うが(←まだ言うか)、こんなビルの4階なんて……。しかもそのビルは、入館する者を試すかのように裏寂れている。狭くて汚いエレベータの押しボタンは、触ったら何かの病気に感染しそうな雰囲気まで醸し出している。どうやったってかなり強い意志の持ち主でないと到着できないほど、4階のマンガ喫茶の敷居は高い。
 私は素知らぬ顔をしてこのビルの前を通り過ぎ、20メートルほど離れた位置でう〜ん……と悩んでいた。大きく掲げられた看板には30分190円とある。私はマンガ喫茶と総称して呼んでいたが、正確には「マンガ図書館」だった。こんなことはどうでもいいのだが。

 暫く悩んでいても道は開けなかった。あまり熱心にマンガ図書館を見上げていても怪しいモノがある。私は仕方なく再びマンガ図書館のビル前まで戻ろうとした。すると、戻る途中に「マンガハウス2階/1時間400円、延長30分ごと200円/飲み放題」という小さな看板を見つけた。なんと、マンガ図書館の隣にマンガハウスという同業他社があったのである。
 私はちょっと活気付いた。これだけマンガ喫茶が乱立しているということは、それだけ需要があるからなのだろう。マンガ喫茶を求めているのは私だけではない。マンガ図書館は4階で敷居が高いが、このマンガハウスは2階だ。マンガ図書館の方が料金的には安いようだが、少しでも地上に近い方が何となく安心だし、なんでも最初は思いきりが肝心さ。行くぞ! マンガハウスっ!!

 ……と、まぁこんな経緯で私はマンガハウスへ突入したのであった。家を出たのが13時30分。レシートの入店記録は14時10分とある。

 さて、マンガハウスの中の様子は……というと、エレベータの扉が開くとすぐ受付で、店長のおじさんは誰が来ようと動じるふうもなく入店時間を記録した紙を寄越し、「ごゆっくりどうぞ」と一声かけて客を店内に放す。そこから先の店内はもう漫画だらけの空間だ。蔵書数は2万冊らしい。
 まず座る席を決める。狭い店内に全27席、10名(全員男)が既に黙々と会話もなく漫画を読み耽っていた。2人組で来ている者、1人で来ている者、来店者には様々な形態があるが、態度は皆一様だ。一応飲み物も用意されており、更には飲み放題であるにもかかわらず、飲み物など飲んでいる目的の逸れた奴は1人もいなかった。彼らは「漫画を読みに来た」のであって、「ちょっと立ち寄った」のではない。誰の目も気にしない、誰のことも視野にすら入れていない様子の彼らは、いっそ輝いてさえ見える。彼らの意識は漫画以外の無駄なものには向かないのである。言い過ぎなのは充分承知しているが、ここは試験会場の雰囲気に似ている。堂々としたものである。
 私はふと、色々裏工作をした自分が恥ずかしくなった。MOの空箱を持参しないで良かった……本当に良かった。

 両脇が空席の場所を選んで荷物を置くと、私は自分のお目当ての本を探しに本棚へ繰り出した。2万冊の蔵書の内、4分の3は男性向きの漫画らしく、少女漫画は少なかったけれど、私が切望した少女漫画は無事見付かった。そこからは先達よろしく、11冊を飲まず食わずで黙々と読み、非常に有意義な時間を過ごさせてもらった。お目当ての漫画も私の期待以上に面白かった。この面白さも素直なものではないが、まぁとにかく満足だった。今の少女漫画は私のよく知る少女漫画とはちょっと違ってきているのかな……という発見もあった。
 約2時間で目的を果たし、ふと顔を上げて店内を見渡すと、女の子が4人に増えていた。彼女たちが入店したことなど微塵にも気が付かなかった。恐るべき集中力! 恐るべしマンガ喫茶っ!!

 実は私がマンガ喫茶を利用したのはこれが初めてではない。まだ学生の頃、私は1度だけマンガ喫茶を利用したことがある。同伴者は確か友人Zで、場所は池袋だったような気がする。あの時は「どんなもんか入ってみようか?」という軽い感じでの利用で、店ももっと広い敷地の立派なもので、更に路面で入りやすく、完全に喫茶店としての役割も果たしているような清潔でオシャレな雰囲気だった。
 だが、満足度で言うならば今回利用させてもらったマンガ喫茶の方が断然レベルが高い。と、言うのは、マンガ喫茶には漫画を読みに行くのであって、美味しい飲み物を飲みに行く訳でもくつろぎに行く訳でもないからである。店が立派で大きくなれば、当然利用客も多くなる。そうなるとお目当ての漫画が誰かに借りられてしまっている可能性が高いのである。
 この数少ない経験から学んだことは、「マンガ喫茶を利用するなら蔵書が多く席数の少ないサビれた店を」と言うことだ。客が10人しかいなければ、読みたい漫画の全候補すべてが重なることはまずない。心行くまで自分の読みたい漫画を独り占めすることができるのである。

 マンガ喫茶を利用したいが、何となく理性が邪魔をして入店できなかった方、案ずるより産むがやすしである。人の目が気になるのは入店前と入店後だけで、実際にマンガ喫茶に入ってしまえば店内にいる奴らは皆同志なのだ。思う存分漫画の世界に没頭できること請け合いだ。
 マンガ喫茶、恐るるに足らず! さぁ、勇気あるな方、一歩前進を!!



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