日常エッセイ−22

「禁じられた遊び」

(1999年11月3日執筆)



 私の何を見てそう思ったのかはよく分からないが、あるとき友人が唐突に
「タカちゃんってさ、一人遊びとか得意そうだよね」
と言った。一人遊び──そう言えば結構よくしている……。
 言われた台詞は正直な話ちょっと普通ではないと思うが、実際問題として、私は一人で訳の分からない遊びに没頭することがある。そういう裏暗い(?)プライベートな部分を見透かされていることにも驚いたが、それよりも私は、私が想定するところの一人遊びを皆はやっていないらしいという事実の方にも充分驚いた。

 こういうこと(どういうこと?)は誰でもやっているとごく自然に思っていたのだが、他人に自分が日常生活で展開している一人遊びの一部をウッカリ披露すると、「ええっ? そんなことしてるのっ?!」と驚かれることがままあり、そういう外界の反応を目の当たりにする度に、「アレ? 皆はこういうコトしないのかな??」と、ちょっと居心地の悪い思いを持て余すこともしばしばある。
 しかし、私もこの一人遊びを他人の前では余りしないところを見ると、無意識の意識で「こんなことは人前でやるもんじゃない」と考えているからなのかもしれない……。

 一人遊びにはその時々でマイブームがあるが、比較的長い間続いているものの中に「変な歩き方」というのがある。「変な歩き方」とは、その名の通り、変な歩き方をして楽しむ歩行遊び。具体的には、繰り出すつま先を着地すると同時に外側に半回転させて体を軽く左右に回しながら歩く、というものである。
 真似をしたい人もいるだろう、という大きなお世話的配慮から、ここで詳しく説明しておこう。

【変な歩き方】
(1)右足を通常の歩行通り、一歩踏み出す。この時、踵はなるべく地面に着けずに爪先立ちで歩くことがポイント。
(2)踏み出した右のつま先が着地したと同時に、つま先を軸として体を右回りに軽く回転させる。
(3)そしてこの体がやや右に回転された状態で、今度は左足を一歩踏み出す。(※注:進行方向は体が回転された状態であろうとも常に一定、前を目指すこと) 先ほどの右足同様に、左足もつま先だけで着地し、今度は左つま先を軸に左側に体を捻る。
(4)そして再び右……。以下(1)〜(3)の繰り返し。
※注意点:体を振る回転角度は15〜30度ほど。より強度な遊びを楽しみたい時は最高で70度ほど。90度以上回転させるとバランスを崩しやすく、非常に危険。

 以上が「変な歩き方」である。
 擬音の助けを借りて状況をイメージ的に説明するなら「クイッ、クイッ」といった感じで体を左右に軽く振りながら(しかし体の軸は振らずに固定させるのがベスト)前へ前へと進んでいく、何とも愉快な歩行方法なのである。上記の注意点にも書いたが、よりスリリングな遊びを楽しみたい時には回転角度を70度に近付ければ良い。この時の擬音は「ぐりん、ぐりん」と言った感じか。
 なんにしても、ご興味ある方の前で実演できないのが残念である。(←チャンスがあれば実演する気か?)

 「変な歩き方」を長く楽しむためには長距離の直線が必要となるので、この一人遊びは家の中ではなく屋外で楽しむ傾向のものである。が、この歩き方を人がいるところで実行するのはマズイ。恥ずかしいと言うことも勿論あるが、それ以前にこんな歩き方を街中で遂行すれば、冷静にならずともかなり怪しい……。屋外でしか楽しめない「変な歩き方」は、更に「人っ子一人いない」「長距離の直線道路」でしか実行できないという、なんとも条件の多い一人遊びなのである。

 条件が厳しくなればなるほど、この遊びには希少価値が生まれ、当初は気の向いたときにしかやらなかった「変な歩き方」だが、気が付けばチャンスがあれば無意識にクイッ、クイッとやっているではないか!という中毒的なところまで来てしまっていた。
 最寄駅から自宅までの道は長距離の直線道路で人気もなく、会社からの帰宅が遅くなればクイックイッ、友達と会って遅くなればクイックイッ……。気分がノリノリの帰り道ではぐりんぐりんをこっそり披露することもあった。
 ──楽しかった。

 誰に迷惑を掛ける訳でもない「変な歩き方」は、修正の入らないまま私の日常生活に定着していった。一人遊びなだけあって、誰にも知られることなく「変な歩き方」は熟成されていった。バージョンアップや改良が施され、よりスムーズに、よりスピーディに歩くことが可能になった。
 ──やっぱり楽しかった。

 「変な歩き方」が実は危険な歩き方であると思い知らされたのは、この一人遊びが私の人生に定着して数年ほど経ったある日のことである。あの日の衝撃は今でも鮮明に覚えている。
 あれは友人Zとの北海道旅行の道中にて起こった事件だった。

 1998年9月20日(日)、北海道釧路湿原駅付近に、砂利の坂道がある。私と友人Zはそろそろ来る列車の到着時刻に合わせて、そのなだらかな下り坂を急いで歩いていた。
 一緒にいるのは気心の知れた友人Z。しかも彼女は私の数メートル前を歩き、私の歩き方など目に入っちゃいない。広大な北海道で開放的な気持ちになっていた私は、その砂利の坂道で思わず「変な歩き方」を仕出かしてしまったのである。

 序盤は調子が良かった。砂利道のため、靴と地面の摩擦抵抗が少なかったことも手伝い、スウィングは軽快だった。心の中で、「いつもより多く回っています〜」などと染乃助&染太郎の物真似なんかも特別に披露していた。「クイックイッ」だった歩き方はいつしか「ぐりんぐりん」とノリノリなものに勢いを増していった。確か歌も歌っていたと思う……。

 友人Zの立てる足音が「ザッ、ザッ」と歯切れの良いものに対し、私の立てる足音は回転している分「ジャリ、ジャリ」と妙に長かった。背後で上がる不審な音に友人Zが振り向いて私の「変な歩き方」を目撃してしまったが、開放的な気分に浸っていた私は「変な歩き方」を止めなかった。「楽し〜よ〜。Zもやってみたら〜」とかなんとか、薦め始めちゃっていた。

 裏暗いはずの一人遊びを人に披露できたことで気分は最高潮に達していた──その時である。変に勢い良く回転してしまった私はバランスを崩し、その場で前のめりに倒れこんだのである。
 転倒する瞬間、私は思った。

「こんな砂利道で膝なんか着いちゃったら、その一点に全体重が掛かって、すっごい痛いだろーなー。上手く手を着かないとどうぜ滑るだろうし……。なるべく圧力を分散させないと……」(※注:普通の靴で踏まれるより、ハイヒールで踏まれた方が痛い、というのと同じ原理)

 ──結果、私は驚いて振り向く友人Zの見守る中、大の字になって腹から砂利道に転倒したのである。本当に大の字だった……。砂利に顔を着けた状態で「上手く広がれた……」と状況確認をしたので、間違いない。
 自分的には「思惑通り! 万事OK」の状態だったのだが、端から見ればなかなか信じがたい風景だったのだろう。友人Zは最初声もなく、次に「大丈夫っ?!」と声を掛け、私が無事と分かると大爆笑したのである。
「あーっはっはっはっ!! いや〜、私、こんな漫画みたいな転び方する人、初めて見たよ〜〜〜っ!!!」
 まだ立ち上がっていない私に対して、友人Zのこの台詞はあんまりだとは思うが、確か私も自分の滑稽さに大爆笑していた記憶がある……。だってなぁ……「変な歩き方」をしていてバランス崩して大の字になって転倒って……どこを取っても間抜け過ぎ……。それこそ小学生くらいだったら転ぶこととかも時々あるかもしれないけど、いい年した大人が転ぶってのは結構末期的な事態ではないかと……。
 当時25歳、ハッキリ言って先行きは暗い。

 この一件以来、私もちょっとは学習した。「変な歩き方」は状況を考えずにむやみやたらに仕出かしていい遊びではないと。
 そもそもこの遊びが生まれた経緯なのだが、既にここに大きな問題があったのである。
 私が当時愛用していた靴は靴底が擦り減って大変滑りやすく、気を付けて歩かないと転んでしまう可能性がある、という局面に置かれることが多かった。そのため、今自分が歩いている地面は滑る種類の地面か、そうでないか、ということを確かめるために、つま先を回転させることでその滑り具合を調べることが日常だった。その内わざわざ立ち止まって滑り具合を確かめることが面倒になり、歩きながらつま先を回転させることで現在歩いている地面と靴底の摩擦を検討する、という歩き方が生まれた。これが徐々に楽しくなり、「検査」から「遊び」と言う形に進化したものが「変な歩き方」なのである。
 なんと、「変な歩き方」のルーツは、そもそも危険な状況を把握するために生み出された歩行方法だったのである!!(←馬鹿野郎)

 さて、そうそう道中で転んでは堪らんと、私も安全な状況下でしか「変な歩き方」を楽しまなくなった。こうやっていつしか私も「変な歩き方」を卒業してしまうのだろうか、ちょっと寂しい……と、たそがれていたある日、私は運命的な出会いをした。そして、「変な歩き方」に対する認識を決定的に改めたのである。

 1999年3月、天気の良い平日の午後。四谷付近の人通りの少ない道路を営業途中の私が歩いていると、私の約8メートル前方で学ランを着た少年が規則的に体を揺らしながら歩いていた。よくよく観察してみると、彼は踵を地面に着けずに歩いており、つま先を地面に着地させる度に体をクイックイッと回転させていたのである!
 間違いない! あの少年は「変な歩き方」をしている!!

 私はそれはそれは嬉しくなり、10年前に生き別れになった我が子と再会できたような心境になった。
 同志がいるって素晴らしい! 多分10歳以上年下の少年と同じコトをしている、という事実にはこの際目を瞑ることにした。
 前方を歩く少年は、背後にいる妙に真剣な私の視線には気付かず、楽しそうにクイックイッと「変な歩き方」を満喫していた。時々回転が激しくなり、ぐりんぐりんに発展する瞬間も見逃さなかった。「そうそう。調子が出てくると楽しいんだよねっ!」などと、心の中で勝手に共感し、話し掛けていた。

 なんだか嬉しくなった私が、遠方から一緒に「変な歩き方」を……と思ったその時である。前方から車がやってきて、私と少年は道の左端に避けなければならなかった。少年は道の端に避ける間も「変な歩き方」を中断しなかった。

 天晴れ! 見事な奴っ!!

 私は盛り上がった。どんな事態に陥ろうとも「変な歩き方」を中断しない少年の心意気が憎い! いいねぇ。やはり若者には明るい未来がある!(←意味不明)
 なんだかよく分からないが、私はウキウキしていた。

 車が完全に通り過ぎ、少年は再び「変な歩き方」のまま道の中央に寄ろうとした。事件が起こったのはその瞬間だった。
 少年は急に進路を変えたせいでバランスを崩し、斜め前方にあった電信柱に左肩から激突してしまったのである。遠目で見ていてもかなり痛そうなことは確実だった。車が来ても止めなかった「変な歩き方」を中断し、左肩を押さえる少年の後姿を見守りながら、私は痛感した。

 「変な歩き方」は、やはり危険だった……っ!

 私は「変な歩き方」の認識を改めざるを得なかった。この件以来、私はこの一人遊びを「禁じられた遊び」と呼んでいる。



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