日常エッセイ−14

「失業中の娘を持つ親」

(1999年1月1日執筆/1999年9月4日加筆)



 25歳にもなって職にも就かずにフラフラしている娘を持つ親の心境と言うのは、一体どんなものだろう。一般的にはよく分からないが、少なくとも私の両親の態度を強いて言葉で表すなら「大らか」だ。心中は分からない。が、就職活動は辛うじてしていても、アルバイトもしていない言わば無収入の娘を、ウチの両親は咎めることなく飼っていてくれる。
 ありがとう。父さん、母さん。私が成功したら、楽させてあげるね。それまで生きててくれるか分からないけど……。

 我が家の父はサラリーマンを経験したことがない。彼は好き勝手なことをして生きてきて、その上社会的成功を収めたラッキーな人だ。
 負け知らず挫折知らずの人は、いざという時に弱いと言うが、父は負けたことも挫折したことも多分ないと思う。ゆえに、ブッチギリでイキイキしている。そのイキイキのレベルたるや壮絶なほどで、ウチの父に会った(気分的には「遭った」)人は、良い意味でも悪い意味でも「……スゴイ人だな」(※注:「凄い」はあくまでカタカナ)と思うことだろう。

 ウチは典型的な「鷹がトンビを生んだ」例なのかもしれない。話は逸れるが、私のH.N.の「鷹瀬」の「鷹」は、「私だって鷹が生んだ子供なのだから、種の変更をせずに鷹になりたい……」という願いが篭められている。

 ──ふーむ……。今こじつけた理由の割にはサマになっているので、このまま事実にしてしまおう。

 話を戻そう。
 とにかく、イキイキした父と違って私はしがない一般人のため、そんなふうに「自分が地軸」の人生を送っている父を恨めしく思い、「いつか痛い目見ないかなー」などと仄かに期待してしまうこともあるのだが、彼は今年で73歳。よほどのことがない限り、もうこのままゴールまで逃げ切るだろうと予想される。

 こんな父を見て幼少時代を過ごしたことが、私の人格形成にどれだけ影響を与えたのかは計り知れない。私は世にはびこる「サラリーマン」がどんなものなのか、本当に知らなかったのである。当然、「会社に縛られる人生」「残業地獄」「同僚との付き合い」など、会社に属すことによって発生するストレス全般に関して無知だった。異世界の話だった。私がサラリーマン社会に属すことが出来なかったことに、父の存在が大きく関わっているのは明白だろう。
 父は「皆がやっているんだから、お前もやれ」というようなことは、ただの一度も口にしたことがない。父の基準は「自分の力で食って行けるかどうか」にかかっている。どんな手段でも、生きて行けるだけの金を稼ぐことが出来れば構わないのだ。

 私が安定した大企業N社を辞めると言った時に、父は反対はしなかった。反対はしなかったが、
「かぁ〜。お前もそーやって場当たり的に生きて、今後どうするつもりだ? よくもまぁそんな姿勢で『私だって生きてます』なんて恥ずかしげもなくイケシャーシャーと言えるな。一体お前に何が出来るんだ? 口ばっかり達者で、何もねぇじゃねーか。そんなことばっかり繰り返してると、今にどうしようもなくなるぞ」
(※注:この口調を文字ベースではお伝えできないのが残念です。そりゃもう心を抉るような勢いのある口調を想像して頂きたい。多分、考え付く限りの江戸っ子オヤジの口調を想像しても、100%の再現率には達しないでしょうけど)
と、散々脅された。
 尤もなことしか言われなかったので、黙って聞いていた。
 とりあえずこの時点では次の会社(=Q社)が決まっていたので、この程度の説教で済んだが、Q社を辞めることになり、次が決まっていないという段階になると、3時間に渡る説教が繰り広げられた。やはり尤もな内容だったため、項垂れて聞いていた。

 とりあえず表向きは私の安易な退職に呆れていた父だが、その反面、大企業をアッサリ捨てた私の生き様を、少しは好ましく思っているようだった。割合的には「呆:誇=9:1」程度だと思うが。
 どうしてそのことが分かったのかと言えば、本人の口から聞いたからだ。ある日、父がウチに来た銀行員相手に、こんな話をしていたのを立ち聞きしてしまった。
「何? あんた、年末は30日まで働いてるの?! かぁーっ、凄いねぇ。ウチの娘はなぁ、去年N社に入社して6ヶ月で辞めて、その後残業が一切ない会社に1年就いて、それも辞めて、今は無職だぞ。でもあんたより貯金はあるぞ、きっと。アイツもまぁ最近珍しく人間らしい生き方をしてるよ。うっしゃっしゃっしゃっしゃっ
 父は父なりに、娘を愛しているのだろう……か。いや、単に追い詰められているのかもしれない……。だが、娘に隠れてこんなことを言っていたのか、と、ちょっと感動した。
 しかし、父さん……これは自慢のつもりなのか? 銀行マン相手にぷー太郎の娘を自慢する親がどこにいるだろう。もしかして、父さんって親馬鹿?
 ──と、私が喜びつつも動揺していると、この後にちゃんと
「まぁ、でも今のご時世、あんなことやっててマトモに生きていける訳がないけどな。アンタみたいにガツガツ働いてる人間が一般的にささかやな幸せを手に入れる程度でね。ああいう生き方してたらこの世の中で不幸まっしぐらね。わっはっは!」
と高らかに笑っていた……。廊下でこっそり聞いていて、「やっぱ端から見ても不幸まっしぐらかぁ……」と妙に深々と頷いてしまったのだった。

 しかしやっぱり私は思うのだ。ゴリゴリ働いてリストラになってる中年の人々を見ると、救いがないほど可哀相だ。あんなに会社に忠誠尽くして、その報いがコレ?ってカンジじゃないか。私なんていつクビになっても全然ショックじゃないぞ! えっへん!(←間違ってる)

 私があまりにも筋金入りで「現代日本の会社」ひいては「世の中の体質」に抵抗しているので、父もその姿勢自体は認めてくれているようだ。父が言いたいのは、「そこまで言うなら言うだけのことをやってみろ。会社に属さないでも稼げるような手立てを考えろ」と言うことなのだろう。分かっている。
 遅いスタートだが、これから頑張るつもりだ。

 一方、母は私の失業をどう見ているのかというと、これまた理解ある態度を示してくれている。
 最初からそうだったのか、私が「サラリーマンなんて哀しいよ、虚しいよっ、何にも無いんだよっっ!」と言い続けた結果、私色に染まったのかは分からないが、「物書きになりなさいよ、物書き!」と言うのが彼女のここ数年の口癖だ。

 母はボランティアで月1回の割合で老人ホームの手伝いをしている。このボランティアは私の高校が主催していた企画で、子供が卒業してしまった今でも、有志は引き続き活動に参加しているのだ。
 この月1回のボランティアで母以外に私の同級生の母親が3人ほど集まる。この時に娘の近況報告などが交わされる訳だが、娘たちの立場は4人4様。医者の卵、銀行員の一般職、大手メーカーのシステムエンジニア、そして私が無職。

 私が失業してすぐのボランティアの前日、母は
「『お嬢さんどうしてる?』って聞かれたらどうする? アナタが無職だって言わない方がいいわよね?」
とビクビクしていた。私は
「自分からその話題は振らないでくれたら別にそれでいいよ。変に嘘は吐かないようにね。適当にどうぞ」
と言った。すると、案の定聞かれたらしい。「お嬢さん、お仕事は忙しいの?」と。すると母は思わず
「……別に、普通よ」
と答えてしまったと言う。いくら裏暗いトコロがないとは言え、娘の失業を他人に報告するのはなかなか勇気がいることらしい。何にしても、こうやって人は嘘を重ねて行くのだろう……。

 私の話題をさっさと移して、母は他の3人の様子を聞いた。すると、自分の娘の状況とは掛け離れた現実をまざまざと見せ付けられたと言う。
 医者の卵は想像通りと言うか、当たり前と言うか、寝る間もないほど働いている。
 銀行の一般職だった子は、真面目に働いていたら総合職に移されてしまい、残業が増えて、給料が減ったと言う。おまけにボーナスも不況のためカットされ、「こんなに働いてるのにコレだけっ?! やってらんないわよっ!」と言いながら、家で自棄酒を呑む毎日らしい。
 大手メーカーのSEの子は、やはり毎日深夜に帰ってきて、家では寝るだけの人生を送っていると言う。正月は4日しか休めず、親が旅行に誘っても、くたびれ果てて4日間寝て過ごしたらしい。

 家に帰ってきた母はこの話を一通り私にすると、最後にこう言った。
「アナタ、それでいいわよ。皆の話聞いてて、アナタの生き方のほうが全然マシだと思ったわ。結局みんな、趣味とか生き甲斐がないからそんな仕事オンリーの人生を疑問もなく歩んでられるのよ。アナタはやりたいこともあるし、彼女たちとは違うんだから。もうこの際、ここまで来たんだから頑張んなさい。その代わりもうちょっと真剣に頑張りなさいよ」
 励まされた。勇気が出た。母親はどこまで行っても子供の絶対的な味方だと痛感した。
 ──目指せ印税生活!!

 余談だが、去年の暮れの大掃除を手伝っていたら、母が一言。
「アナタがいると助かるわ〜。来年もこの時期失業してなさいよ〜」
 ヤケなのか本気なのか……。どっちにしても母さんもいつも前向きな訳ではないらしい。捨て身の物言いが心に染みた一件だった。

 話を戻そう。
 私の周囲を見ると、完璧に2種類に別れているように思う。
 有能がゆえにゴリゴリ働いてしまうタイプ(と言うか…それが出来るタイプか?)と、そういうことから逃げて逃げて逃げまくって、どこで見付けてきたんじゃい!と思わせるほどエアスポット的な楽〜な仕事に就いているタイプと……。
 やはり人間、適材適所ってコトなのだろうか。
 なんにしても私の友達はサラリーマンではない人の割合が高い……。類友とは真実の言葉なり。

 他人の生き方と自分の生き方を比較するのは、あまり良いことではない。だが、「何に忠誠を誓ってるの?」と聞きたくなるくらいゴリゴリ働いている人を見ると、自分の生き方は間違っちゃいない!と強く思うのだ。
 こんなふうに考えられるようになったのは、考え込むにはもってこいの1年間の失業期間と、その間に急かすことなく無収入の娘を飼っていてくれた両親のお陰だと思う。

 精神的な余裕を与えてくれた大らかな両親に、骨の髄から感謝したい今日この頃である。



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