日常エッセイ−10
「報告」
(1999年2月執筆)
先日、3年前に家庭教師のアルバイトをしていた時の教え子である大介(仮名)から、2年ぶりに電話があった。高校合格の報告である。今年に入ってこんなに嬉しいことは初めてというほど、私は喜んだ。大介が受かったこと自体、もちろん嬉しいが、3年前に1年間ほど付き合っただけの彼が、わざわざ報告をしてくれたことが、私には嬉しかったのである。
大学生の時、私は当時中学1年から2年にまたがる約1年間、彼に数学を教えていた。
最初に顔合わせをした時の大介は、教えている間中そっぽを向いたり、集中しなかったりで、かなり厄介な少年だったが、中学1年の男の子と言うのはこんなものかな、と私は焦りもせず、大した注意もしなかった。私には弟もなく、中学生の男の子がどんなものか比較するだけの材料がなかったのである。
何回かの授業を通じて、彼がお喋りで、非常にユーモアのある少年だと分かり、私たちは気が合うだろうと安心した。そして私の予想通り、大介は今まで家庭教師を勤めた生徒の中で、私の一番のお気に入りだった。
大介にとっても私は初めての家庭教師ではなく、私の前にも後にも何人かに教わったらしいが、私が一番のお気に入りらしい。それはそうだろう。彼は、宿題はしない、言うことは聞かない、生真面目に受け取ればかなり面倒な生徒なので、自分の使命を果たそうとする先生方には受けが悪いと思う。
彼は言葉に敏感な少年で、そこが私と気が合う原因でもあった。私自身、受験と言う制度に賛成していないこともあり、授業を通しての彼との付き合いは、彼が宿題をしないことに目くじらを立てるより、彼の言葉に光るものを発見する度に手放しで褒めるという点に偏っていた。
お互いがよく分かっていない最初の頃、彼は私を試すような質問を多くしたものだ。私が英語が得意でないと知ると、
「英語と数学、どっちが出来た方が偉いと思う?」と、当てこすった質問をする。私が澄まして
「ためになるのは英語。でも数学が出来る奴の方が偉いね。英語なんか、行く所に行けば3歳児が喋ってるよ。数学はそうはいかないでしょ。数学は学問だからね」と答えると、彼も澄ましてこう言った。
「とう子サンも、なかなか良いコト言うね」
彼の変に大人びた言い方や、子供らしい奔放さは、大切にして欲しい長所だった。
授業中にいきなり、
「便秘のウンコってさ、出た時に思わず挨拶したくなるよね。長いコト一緒に闘ってきた友達ってカンジしない?」と言われた時には、不覚にも授業が中断するほど長いこと笑ってしまった。
彼の母親はいわゆる教育ママとは違い、息子の長所を取り立てる私を気に入っているようだった。彼女自身、宿題をしない息子に苛立つものの、それを真正面から非難してくる教師達に不満を抱えており、私のように「そんなことは二の次。それより大介君はいいですよ。面白いし、優しいし。そういうところを大事にしたいですね」と全面的に肯定する家庭教師を、喜んで迎え入れてくれた。だから、私の一見遠回りな授業を、文句も言わずに了解していてくれたのだろう。
私は大介に具体的に何をしろと指示することは余りしなかった。それよりいかに勉強が人生に関わってくるかを話すことの方が多かった。
私も見る人から見れば子供だが、取り敢えず大介よりは10年長く生きているだけの知恵がある。教えられることは少なくない。
彼は宿題や勉強は積極的にしようとしない少年だったが、私の話は真剣に聞いた。
宿題も、出す時には細心の注意を払い、大介と相談して決めることが多かった。
「宿題だと思うからやらないんだな。じゃあ、約束にしよう。宿題から約束に格上げする代わりに大介の意見も聞いてやろうじゃないの。どこまでならやれるか、自分で決めていいよ」こんなふうにして、宿題の量は本人に決めさせた。大介は、自分で決めた範囲の宿題は必ずやるようになった。
私の就職が切っ掛けで彼の家庭教師を辞めることになり、高校受験を見守ることが出来ないのを残念に思ったが、この子はやる時にはやる子だろうと、心配はしていなかった。
──そして、彼は予想通り合格した。
「とう子さーん、元気? 俺ねー、2校も受かったよー。やる時はやるでしょ。なんか声低くなったんじゃない? 声変わり?」寝起きの私に、大介は相変わらずの調子でそう言うので、思わず笑ってしまう。
私の知らない間の彼の努力と、これからの未来に、拍手を贈りたい気分だ。