日常エッセイ−09

「手帳に見る偏執狂奏曲」

(1999年1月執筆)



 年が明けての楽しみの一つに、手帳の交換がある。この交換に伴う、去年の手帳から今年の手帳に必要な継続事項を転写する作業は、要点をまとめる能力などが必要となるため、意外と面倒な仕事である。
 引継ぎ情報のほとんどは手帳の巻末に転記される。私が愛用する手帳の出版社が「パーソナルメモ」「ショップメモ」といった様々なフォーマットを巻末に用意してくれているからだ。

 実は私が本当に腕を振るうのは、与えられたフォーマットへの記入ではなく、自らの手で作り出す表への記入の方だ。だから既製フォーマットへの転写作業をしているときに、手帳巻末の白紙の頁がチラリと見えると心が踊る。この予備頁に今後何を書き込もうかと表の項目を割り振るのが、私のもう一つの、というより、メインの楽しみなのだ。

 いきなりソフトに変態めいた話になって恐縮だが、記録は私の癖に近い趣味である。「なくて七癖」というが、私の場合の明確な癖は、すぐに記録をしたがることだろう。
 去年の手帳を見返すと、我ながら少し偏執狂が入っているのでは……と不安になるほど、私の手帳にはどうでもいいような行動記録が満載だ。映画鑑賞記録、読書記録、グルメ漫遊記録とメジャーなものから、人に言えないマイナーな記録まで、一通り揃っている。

 一見、それらを記録していること自体はそんなに異常なことではないと思うが、さすがに自分の記録方法には少し疑問が沸く。私はそのような記録を毎日の日付欄に単なる日常の出来事として記録するのではなく、後ろの予備頁をふんだんに使って、徹底した記録帳を作る。
 例えば映画鑑賞の記録なら鑑賞日・時間・評価・タイトル(長さ)・主演俳優名・監督名・価格・劇場名(収容人数)・混み具合・画面の評価・椅子の評価・音響の評価・カタログ購入の有無・同行者と、これだけのデータを記録しないと気が済まない。

 なるほど、文字で書くと客観的な目で事実を知ることが出来る。ここまで記録するのはやはり異常だ。

 昨日今日に始まった癖ではないので、最近まで特に人の道を外れた行為だとは思っていなかったが、ひょんなことから友人に手帳を見られ、散々気味悪がられて初めて自分の行為の異常性に気が付いた。
 これが映画だけに終始していたら、友人も「映画通なのね」で許してくれたと思うが、私はこの手の記録を片っ端からしているので、友人も許してくれなかったのだと思う。「この記録をどうするの? 何に役立てるの? 何考えてるの?」と詰め寄られても、私自身どうしてこんな記録を綿密に付けているのかの理由はよく分からない。

 この記録を元に何かする訳でもなく、ただ記録しないと気持ち悪いだけで、強いて意味を見出すなら、これらの表を見返すことで満足感を得るにすぎない。言うなれば何も報いがないこの行為こそ純粋な趣味と呼ぶに相応しいのでは……と誰にでもなく言い訳までしてしまう始末。こんな記録をする必要がないと充分承知しているが、この癖を直す気にはなれない。長年に渡って身に付いた(というか、染み付いた)習慣は、それこそ昨日今日では治らないのである。

 我ながら「癖」というより「性癖」に近い背徳的な気分を醸し出す行動だが、これがなぜか異様に楽しい。最近ではパソコンという文明の利器を手に入れたものだから、表計算ソフトなどを駆使して、私の趣味にも磨きがかかった。無駄な記録は止まることを知らない。「見て見て〜」という得意げな感情まで生まれてしまっているのでますます手に負えない。
 開き直った変態は強い。私は自分の中の偏執的な部分を、直そうとするよりも認めようとしていた。

 そんな折、ニュースでとある万引き犯の報道が流れた。
 なんでもその万引き犯は、物品を盗んだままの状態で保管しており、更には盗んだ日付・店名・商品名・金額などを細かく記録していた、というのである。なんだか凄く親近感の湧く話だ。犯人の気持ちは痛いほどよく分かる。
 彼女はきっと、盗み自体とその記録を付けることが趣味だったに違いない。

 しかし、そんな少数派の人間の気持ちなど推し量れる筈もないコメンテーターは、半ば馬鹿にしたように
「はぁ、警察も捜査が楽だったでしょうねぇ」
と茶化し、横のタレントは
「何を考えていたんでしょうね」
と呆れていた。犯人に近いものを感じる私は、
「バッカだなぁ! 何考えてたって、単に趣味なんだよっ!
と息巻いてしまったが、マズイぞ、私。ここで一般人が同調すべき相手は、犯罪者ではなくコメンテーターの筈だ。

 愕然とした気持ちで去年の手帳を眺めるが、記録帳を見ているだけで幸せな気持ちになれる。こんな楽しい記録を止めるのは無理だ。やはり今年も私はやるだろうな……と強く確信する。

 新年早々犯罪者に共感している私の行く末は――多分、暗い。



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