日常エッセイ−06
「イタリア旅行記」
(1996年12月執筆)
海外旅行というと誰もが望んでいるものというイメージが強いが、きっと世の中には「正直な話、海外旅行は億劫で。言葉は通じないし、外人の表情って良く分かんない。小市民のアタシャ日本の狭い国土で一生過ごすよ……」という私のような人もいるだろう。海外旅行の楽しさは想像できるが、それを自分自身が親身になってシャカリキに享受しているという姿は想像できない。
海外旅行にそんな歪んだ思いを抱えた私は、社会人になる前にイタリア旅行を決行するに至った。一足早く社会人になった友達から「社会人になるとね……もう暫くは長期休暇なんて取れないんだ……。だから学生の内に長期休暇を取らなければ出来ないことをしておきな」と暗く訴えられたからだ。
半分は確かに自主的行動かもしれないが、残りの半分は確実に外圧が掛かっての海外旅行だった。心底行きたいと思っている訳ではない私は、取り敢えず海外旅行のメジャー中のメジャーを友人に尋ね、その結果、参加することになったツアーが「’96年10月某日発/アモーレ・イタリア8日間の旅」(胡散臭いタイトル……)だったのだ。
案ずるより産むが安しとはまぁこの事なのだろう。
イタリアは素晴らしかった。ツアーで周るような所だけかもしれないが、何処を見ても芸術だった。特に建物ときたら、それはもう! こんな国で生まれ育った芸術家に日本人が適う訳ないよなー……と少し思う。いや、日本には日本の良さがあるけれど、何て言うのだろう。イタリアは街に住む住人と芸術が非常に近い位置にあるような気がする。
日本の文化も確かに素晴らしいと思うが、現在では京都や奈良と言った特殊な地域でしか日本文化に触れることは出来なくなっている。私の生まれ育った東京には、いわゆる芸術的な文化はあまり見掛けない。その点、イタリアは大都市にも芸術的文化がしっかりと根付いているように思うのだ。
加えて、イタリア芸術は日本とはスケールが違う。日本の建築(ひいては国民性だろうか)は繊細で細かくて内に籠もっている。外国文化の自己主張の強さは、日本人には新鮮なのかもしれない。
話をツアーに戻す。
旅行中の天気は悪く、8日間のうちで晴れたのは最後の2日間だけだったが、それでも充分楽しかったと言い切れる。ミラノからローマまで南下して行くコースだったのだが、充実していた。
ベニスのゴンドラにも、嵐の中乗った。いくらメニューとは言えこんな酷い雨の中をそれでも乗らなきゃいけないのっ?!という根本的疑問が終始ついて回ったが、冷静にならないよう常に自分を管理しながら旅を楽しんだ。(←歪んでる……)
ゴンドラの中に水が溜まり、イタリア人がコップで水を掻き出しているのが印象的だった。それはギャグかいっ!という突っ込みを入れたかったが、イタリア語が分からないので黙っていた。
ゴンドラを降りる頃にはパンツまでグッショリだった……。それでも陽気なイタリア人の漕ぎ手は、私の連れの友人がミニスカートだったのが余程嬉しかったらしく、雨でビショビショになりながらも
「オー! ブラボー! タノシーネ。ミニ・スカート!! キュート。プリーズ、マリーミー。ケッコンシテ!」と訳の解からん日本語英語で叫んでいた。私の中のイタリア人像は「妖気」で終始一貫している……。
周った所が観光地だったこともあって、日本人が多く、イタリア人は日本語を話し、結構シラける場面もあったのだが、バスで移動中の風景などは絶品だった。
私はショッピングが目的でイタリアを選んだ訳ではないので、買い物コースのようなミラノやローマでは余り楽しめなかったが、それ以外のアッシジやフィレンツェでは遠い外国へ来た価値を見出すことが出来た。
気が滅入ったのは最終日のローマだ。
スペイン広場から続くブランド通り(本当は別の名前がある筈だが、ブランド店が軒並み並ぶので私は「ブランド通り」と呼んでいた)には洒落にならないほど日本人が多い。それはもう目を背けたくなるほどだった。
日本人が持っている袋のデザインがどれも同じで、余り目に付くので、赤地に白字がフェラガモ、灰緑色に銀字がグッチ、赤と黒の地に黒字がセリーヌという具合に、袋だけで店名が判るようになってしまった。
私も頼まれものでフェラガモに入ったが、店内には日本人しかいなかった。一人の客に一人の店員がつくシステムらしく、私は30分待った。漸く私の番になって拙い英語とイラストと身振り手振りで3分ほど掛けて希望の品を説明したら、返事は
「No(ありません)」の一言で終わった……。33分かけてコンマ3秒の応対……。冷たい。店員も品なく群がる客に嫌気がさしているのかもしれないが……一応客なのに……。
ブランド通りを歩いていると、日本人の男の子が「エレメスって何処ですか?」と聞いてくる。「エルメスはあっちの方です」と優しく訂正しながら教えてやったが。アイツも頼まれモンかねー……と友人としみじみ話をしたものだ。
旅行の楽しみを買い物に見出すのは自由といえば自由だが、日本に唯一根付いていた筈の恥の文化は一体どこに消えてしまったのだろう。
遠い異国の空の下、思わぬところでそんな事を考える旅になった。これこそが、私にとっての海外旅行の意義なのかもしれない。