2011年7〜9月の日常日記&コラム
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福島原発事故は依然として終息の気配を見せず、日本(政治)の問題点が一気に噴出しております。こんな時期にどうして政治家たちが自分たちの政権争いのことしか考えられないのか、福島を見ながらどうして椅子取りゲームに興じていられるのか、国民の大多数がその現実に怒っているにもかかわらず、どうして現実が変えられないのか……。
| 日記の小見出し一覧 | ||
| 7/1(金) 樺山卓司議員の不自然な死 | 7/5(火) 菅首相へのエール | 7/10(日) マスコミの誘導 |
| 7/16(土)〜18(月・祝) 青森の旅 | 8/7(日) 放射能汚染と正しく向き合う | 8/14(日) 歴史から何を学ぶのか |
| 8/17(水) 実体験が伴った女性の視点 | 8/29(月) アートアクアリウム展 | 8/31(水) 要が悪いと皆が苦しむ |
| 9/3(土) 追い詰められて輝く… | 9/7(水) ある意味、中国以下の日本 | 9/8(木) 東電コールセンターの実態 |
| 9/23(金・祝) ふらふら野田シュSHOW | 9/25(日) 上関、ひいては日本の選択 | 9/26(月) 「クローズアップ現代」が… |
| 9/30(金) 知らずに憂鬱マネジメント | ||
現在のような動乱期に政財界の人間が死ぬと、プレッシャーもしくは責任感による自殺か、そうでなければ真っ先に他殺を疑うのですが……。
2011年7月1日(金) 樺山卓司議員の不自然な死
都議会:葛飾区選出の自民党・樺山卓司議員が自殺か 7月1日 毎日新聞
東京都葛飾区選出の自民党都議会議員、樺山卓司さん(63)が1日午前3時ごろ、同区の自宅兼事務所の2階居室で倒れているのを家族が見つけ、119番した。樺山議員は心肺停止の状態で、搬送先の病院で死亡が確認された。警視庁は現場の状況から事件性はなく、自殺を図ったとみて家族らから事情を聴いている。樺山議員の死去で、都議会(定数127)の会派構成は、民主51▽自民38▽公明23▽共産8▽生活者ネット3▽無所属2▽欠員2。民主の議長を除くと与野党は拮抗(きっこう)し、今後の採決に影響を与える可能性もある。
何か臭う……と思って、樺山氏のブログを見ると、死を感じさせるような文章は一切ない、どころか、なんと前日6/30の14時に定例の「葛飾区内の空間放射線量測定結果」を発表しているという……。「警視庁は現場の状況から事件性はない」と判断したようですが、ではその事件性を感じさせない現場ってどんなんだったんだ?と思って他の記事を探すと……
都議自殺か、与野党逆転 築地移転問題 流動化も 7月1日 東京新聞
一日午前三時すぎ、東京都葛飾区鎌倉四、自民党都議の樺山卓司さん(63)=葛飾区選出=の自宅兼事務所で、樺山さんが頭からポリ袋をかぶってぐったりしているのを家族が見つけ、一一九番した。樺山さんは病院で死亡が確認された。警視庁は事件性はなく、自殺とみて調べている。
関係者によると、樺山さんはポリ袋の端を粘着テープで留めた状態で見つかった。
樺山さんは日本大法学部卒。葛飾区議を三期務めた後、一九九三年に都議に初当選、現在五期目。
東京都議会(定数一二七、欠員一)は、自民党の樺山さんの死去によって与野党勢力が逆転し、自民、公明の知事与党は劣勢となる。一日は六月議会の最終日で、議案の成立などに影響を及ぼす。
二〇〇九年七月の都議選で過半数を得た野党は、築地市場(中央区)移転問題で都に再考を求めるなど影響力を行使してきた。しかし今年三月、民主都議(後に辞任)が造反し、民主選出の議長を除くと与党が一議席差で野党を上回った。このため、三月議会では、築地市場の移転関連経費二十一億円の予算案が成立、移転問題は大きく前進した。
樺山さんの死去で与野党は同数となり、採決は民主の議長裁定で野党の意向が反映されることになる。一日で消滅する見通しだった築地市場と新銀行東京の両特別委員会も、存続する可能性が出てきた。また、民主の議員提出議案「省エネルギー条例」も成立の見通しとなった。
一日は各党で議会対応の協議が長引いており、本会議の開会時間は予定の午後一時から遅れている。
樺山氏の葛飾選挙区は定数四で欠員一となるが、一三年七月の任期満了まで補欠選挙は実施されない。
樺山さんの死去に伴う都議会の会派別構成は次の通り(欠員二)。▽民主五一▽自民三八▽公明二三▽共産八▽生活者ネット・みらい三▽無所属二
ポリ袋を頭に被って端を粘着テープで留めた窒息自殺って、素人目に見ても不自然なんですけど……。相当じわじわ苦しむ方法ですし、苦しむ間にビニールなんて破るでしょう。しかも遺書もなく、ほんの13時間前に放射線の測定結果をブログで報告しているような自殺の気配のなさ。こんなにも暗殺臭がぷんぷん臭うってのに、「警視庁は現場の状況から事件性はない」と判断しているという……。つまり警察も黙認(共謀?)の殺人かぁ……と普通に思います。
上の記事を読むと、石原都政の汚物である築地市場移転と新銀行東京絡みで殺されたのかなと考えていましたが、放射線量測定などの活動から他の線も考えられます。しかしこの件に関してTVニュースなどではさらりと流してしまい、今のところこの死に方の不自然さについて言及している報道は見当たりませんでした。
こういう国家もしくは大物黒幕による暗殺事件は、実は結構頻繁に起きていると感じます。自殺と報道されている裏で、一体どれだけの暗殺があるのでしょう……。
報道のされ方次第で市民に「単なる自殺」と信じ込ませることは簡単にできます。今回の樺山卓司議員の死も、死に方と前日のブログを併せて報道すれば、多くの人は暗殺だと思うでしょうが、「倒れているのを家族が見つけ」「警視庁は現場の状況から事件性はなく、自殺を図ったとみて」と報道すれば、そのまま自殺なんだなと思うでしょう。「樺山卓司」でネット検索してブログを確認する人が大多数とも思えません。(現在、「樺山卓司」でネット検索すると自殺を疑う声がわんさか出てきます。そりゃ普通不審に思うわなぁ……)
去年11月に自殺したとされているジャーナリスト・黒木氏のときも、これはどう見ても暗殺だろうと思ったものです。しかし疑う人が少なくなくとも黒幕が見付かる訳でもなく、多くの人が不審に思っても、国家権力によって自殺として片付けられてしまう。
……多分、このような国家的抹殺は昨今に始まったことではなく、昔から行われてきたのでしょうが、最近は素人にもささやかながら調査ツールがあるので、色々見えて来てしまうのです。そうして見えた世の中は、ドラマ顔負けの乱暴で幼稚な展開に満ちているような気がしてならない今日この頃……。
政治家およびマスコミから連日のように罵詈雑言を浴びせ掛けられている菅首相。私自身は、歴代首相の中でどう見ても能力が最下位とは言えない菅首相が、かつてないほどコキ降ろされる今の日本社会に、どうも裏があるような気がしてなりません。このことは6月14日にも少し書いていますが、改めて転載しておきます。
2011年7月5日(火) 菅首相へのエール 「ぎりぎりまで居座ればいい」
「菅降ろし」と「原発村」の政治支配−首相は「脱原発」への舵を切れ 6月12日 NPJ通信
私も、現在の菅降ろしの過熱ぶりは異様なものを感じています。誰が首相でもこの程度の対応だったと思いますし、東電と大の仲良しの自民党が与党だったら、隠蔽もこんなもんじゃ済まなかったと思っています。菅の最大の功績である浜岡原発停止はしがらみのない菅だからできた荒技で、「相談もなく、いきなりだった」なんて文句言ってる馬鹿がいますが、相談なんかしたら実現しなかったでしょう。政治家が菅降ろしに躍起になればなるほど、「菅が首相だと利権を貪る輩にとって不都合があるんだな」と思えるのですが……。
私の周りでも、菅首相の擁護派は少なくありません。
「菅さんは良くやってると思うよ。今のこの時期、首相を長くやってたって全然良いことないのに、大変な場面を全部引き受けて偉いよ。自民党の尻拭いを必死でしてるじゃん。菅降ろしに躍起になってる政治家が被災地のために何した? そんなに菅さんを降ろしたいなら、じゃあ誰なら素晴らしい采配を振るわけ? ガタガタ言ってないで、さっさと協力しろよ、って感じ」
同意見です。言葉は違えど、このような意見の人は少なくとも私の周りには多くいます。(単に類友の構図かもしれませんが) なのにマスコミは判で押したように菅降ろしを煽るような記事ばかり。
原発や電力絡みの利権ってどんだけ凄いんだろう……とぼんやり思っていたら、ようやくメインストリームに賛同できる記事が挙がりましたので転載しておきます。
作家・池澤夏樹氏の「終わりと始まり」 7月5日 朝日新聞(夕刊)
■政争でなく政策を/ぎりぎりまで居座ればいい ≫全文を読む
菅直人の政府が迷走しているとメディアが伝える。彼の性格に対する攻撃もずいぶん激しい。<略>
明らかなのは、彼には圧倒的な指示はないということだ。最盛期の小泉政権のような安定は望むべくもない。さまざまな力が彼を首相の座から降ろそうとしている。ポスト小泉の小型の首相たちはみな政権を投げ出したので批判された。今、菅首相は政権にしがみついていると批判されている。
政治はまず力である。産業界の求めるものと環境問題に関心のある市民の求めるものは違う。その間で何らかの結論を出さなければならない。
<略>
首相の性格はどうでもいい。政策だけで政治を見よう。
小泉政権がしたことをぼくは評価しない。生活保護世帯の増加などで明らかなように、日本は所得格差が広まって住みにくい国になった。
今、菅首相は「再生可能エネルギー特別措置法案」を通そうとしている。
この問題への彼の姿勢は一貫している。初当選した翌々年の1982年に、衆院科学技術委員会で再生可能エネルギーの普及を訴えた。
今回も5月6日には浜岡原発の停止を中部電力に申し入れ、10日には政府のエネルギー計画を白紙とした。送電事業を電力会社から独立させる「発送電分離」に言及し、26日のG8サミットでは1千万戸の家にソーラー・パネルを置くという構想を発表した。
ぼくはどれにも賛成する。
その上で、あまり勘ぐりたくないと思いながら、この「政局の混乱」というのは要するに、電力政策の転換への抵抗が理由なのではないかと考える。主体は産業界、経済産業省、自民党、ならびに民主党の一部であるのだろう。
これはあまりに単純化した図式だ。すべてを敵と味方に分けるのはまるでジョージ・ブッシュの世界観だと自分でも笑ってしまう。しかし、そう見ると納得できる部分があるのも確かだし……などと思いは揺れるのだ。
<略>
今、菅首相には罵詈雑言に耐えて電力政策の転換の基礎を作ってほしい。策謀が必要ならそれも使い、とんでもない人事も実行し、ぎりぎりまで居座り、改革を一歩進めて欲しい。
なぜならば、福島の惨状を見れば明らかなとおり、原発に未来はないからだ。ドイツとスイスとイタリアに次いで、原子力からの賢明な撤退を選ぼう。
6月30日放送の「報道ステーション」で広瀬隆氏も言っていたのですが、脱原発後の電力に関して、自然エネルギーに頼るのは余りにも不安定であると。そんなことをしなくても、電力を完全自由化、真の意味で送電線を分離して、電力会社の送電線と発電会社を分離することで充分に日本国内の電力を賄うことが出来ると。それを実現するための法律が、菅首相が固執している「再生可能エネルギー特別措置法案」なのです。
事故によって子子孫孫まで続く放射能汚染や10万年後の安全さえ保障できない廃棄物を抱えながらも原発を必要とする、利権の絡まぬの推進派の最終的な主張は、「だって電気ないと困るじゃん」なのですが、この「再生可能エネルギー特別措置法案」でその願いは充分に叶います。利権絡みのごく僅かな人々を除いて、多くの人の希望が叶う法律を通そうと孤独に闘っているのが菅直人という訳です。原発や電力の利権が絡む政治家にとっては一刻も早く消え去って欲しい人物でしょうが、安全と平和を望む市民にとっては感謝すべき相手だと思うんですけどね……。
目下玄海原発再稼働に伴い、一旦許可を出しながらストレステストを要請した背景には、利権絡みの推進派による猛烈な圧力の中、再稼働を認めざるを得ない局面に立たされたり、しかしこのままでは恐ろしいことになると追加で再検査を行わせたり、の菅首相なりの攻防戦があるのではないかと推測しています。
対して文句を言う古川佐賀県知事……福島も終息していないこんな状況下で原発を再稼働するなんてマッドな政策を前に、なけなしの安全性を求めてストレステストを行うことに文句言うって何事?! あなたの安全のためでしょう? 本来拒否すべき再稼働を「国が安全って言うから」と容認し、九電のヤラセ指示メールに対しては「気持ちは分かる」と甘いコメント、ストレステスト実施に対しては「今さら何だ!」と厳しいコメントをした古川佐賀県知事……なんかこの人も金を握らされてそうだな。
ここでもう1件紹介したいのが、友人Zから教えて貰ったこのコラム。「原発に関する噛み合わない議論について端的に述べている」とのことで、全文写して送ってくれました!
内田樹の大市民講座/「リアリスト」の現実逃避 7月4日号 AERA
震災直後に「『疎開』のすすめ」という文をブログに載せた。賛否両論あった。私の耳に届いた声のほとんどは「賛成」(というより「もう疎開しました」)だった。非とするものもあったが、その理路が私にはいまだによく理解できない。
「パニックを煽るな」という批判があった。私は「妊婦や幼児、老人や病人などパニックが起きたときに自力脱出が難しい人たちは、交通・通信のインフラが安定しているうちに、はやめに安全なところへ疎開した方がいい」と書いただけで、「みんなはやく逃げろ」と言ったわけではない。
「疎開で人口が減ると景況に悪影響が出る。首都圏にとどまって通常どおりの消費活動をしてくれなければ困る」という反論もうかがった。私は「命の話」をしていたのだが、先方は「金の話」をしていた。それでは噛み合うはずがない。
原発をめぐる対策が前に進まないのは、「国土の保全と国民の安全」が最優先だと政財官の要路の方々が実はそれほど真剣に思っていないからである。彼らはそれより「国土の保全と国民の安全を担保するための金をどう手当てするか」で頭がいっぱいなのである。
彼らにとって、最優先の課題は放射線量の測定や原発のメルトスルーへの技術的対応ではなく、補正予算や国債である。それは「金がなければどうにもならない」というリアリズムの形を借りてはいるが、実際には「金さえあればどんな苦境もなんとかなる」という素朴な信憑を告白しているに過ぎない。
どんな問題についても「万事は金の問題なんだ」と言う人たちがいる。本人は自分のことを「リアリスト」だと言うが、私はそうは思わない。「ものごとがうまくゆかないのは金がないせいだ」と主張する人は、そう言うことによって、実は「金さえあれば(ないけど)、すべてはうまくゆく(はずだった)」という条件法構文で、この世界が実はそれほど不条理ではないと自分に言い聞かせているのである。
「すべてを解決する魔法の金」の算段に夢中になっている間だけ、彼らは恐怖の対象から眼をそらし、いっときの心の平安を掠め取っているのである。
ああ……本当にこの人の言う通りだと思います。端的に集約されている的を射たフレーズがコレ。
私は「命の話」をしていたのだが、先方は「金の話」をしていた。それでは噛み合うはずがない。
ホント、この通りなんだよなぁ。命あっての物種だと思うのだけど、トコトン平和ボケしているせいか、暑いの嫌だとか電気ないと困るとか、日本人のプライオリティって何かオカシイ。そもそも命と生活する場所がなければ成り立たない心配をしても仕方ないというのに……。
現実を知ると色々面倒だから、耳を塞いで目を閉じて、「何でもない。何でもない。大袈裟なんだよ。政府も安全って言ってるし!」ということなのでしょうか。福島を見て何も学べないなら、今後何があったも同じことを滅びるまで延々繰り返すことになりますよ。
広島、長崎、福島と外から内から核の脅威に晒されて、それでも脱原発への舵取りができないでいる、世界唯一の被爆国ニッポン。警鐘を鳴らす知識人や気付き始めた一般市民は確実に存在するのに、まだまだ少数派なのでしょう。地道な情報公開で少しでも手伝って、考える人たちの判断材料を提供できれば幸いです。
昨日だか今日だか昼頃テキトーに流し見ていた番組で行った世論調査によると、今回のストレステストに反対が58%、賛成が30%だとか。(でもYahoo!意識調査はでは7/10 23時現在、賛成51% 賛成だが現時点での実施には反対35% 反対13%) テレビ局の方はどうも「基本は賛成だが安全宣言をしておきながら翻すように今更するのは反対」を反対にカウントしているようですが、どんなタイミングであろうと、今この時期に原発の運転に関して慎重になり過ぎることの何がいけないのか、と思います。
2011年7月10日(日) マスコミの誘導
推進派は「電力がなければ経済が滞る!」とかもっともらしい理由を挙げていますが、本当に経済発展を考えるなら原子力に拘るのではなく、さっさと電力を完全自由化すれば良いのです。電力会社の独占から解放された電力は、現在の電力不足を解消するだけでなく、今まで以上にあらゆる分野で経済発展に貢献することでしょう。電気料金の高騰に伴い死に体になってしまったアルミ精錬産業も復活するってなモンです。
そもそも何を根拠に安全宣言をしているのか。日本の原発54基すべて、10m以上の津波対策を行っていません。想定している津波が最大の北海道・泊原発でさえ9.8m。ちなみに今回の津波の最大の高さは、岩手県宮古市の重茂半島で、陸上を駆け上がった遡上高さが38.9m。震災後、全国の原発で40m級の津波に対する予防策を取ったと言う話は聞かず、地震プレートが活動期に入った今、こんな状態で安全宣言をしていること自体、気が狂っているとしか思えません。
第2の福島が起きれば国の存亡にかかわるレベルの話であり、電気が足りない云々なんて悠長な寝言を言っている場合ではないのです。船が沈みかけているのに、魚が獲れなくなることを心配しているようなものです。
大体、今までの原発安全神話が嘘で塗り固められたもので、電力会社も政府も信用できないことは充分に分かったでしょうに、「政府が安全と言ったから認可したんだ。それを今さらストレステストなんて!」と菅首相に怒りの矛先を向ける佐賀県知事は絶対にオカシイ。そもそも政府の安全宣言を信じ、何の確約もなく運転再開を容認するのは余りにも能天気すぎます。のっぴきならない事情で容認するのであれば、考えうる限りの事故補償シミュレーションを行い、すべてに対して具体的な補償が得られると確約を貰ってからでしょう。それを「政府が安全と言ったから」という根拠のない理由で県民の生活を脅かすとは県知事として失格です。原発を抱える県として、余りにも勉強不足であり、余りにも無責任です。まともな神経をしていれば、ストレステストをしようと横槍が入るのは、「そこまで慎重を期してくれてありがとう」というのが本来取るべき態度なのでは?と思います。
これは勝手な想像ですが……。
思うに、菅首相は個人的には原発に大反対で、どうにかして食い止めたいけれど政財界がそれを許してくれないので、ギリギリの攻防策として誰にも相談せずにいきなり浜岡を止めると国民に向かって発信してしまって強硬手段で止めに入ったり、今回のストレステストも、事前に言えば潰されるので、溜めに溜めて、玄海原発も知事が反対すればそれで良かったのに、容認なんかしちゃったもんだから慌ててこのヤバイ原発をそのまま再稼働する訳にはいかない!ってんで、周囲の了解を得ずにストレステストする!って言ったんじゃないかなぁ……と。
何だかんだと、菅さんだからこの程度で済んでるんじゃないでしょうか……。あんなにコキ下ろされてもよく頑張ってると尊敬します。良くも悪くも並の神経ではここまで踏ん張れないでしょう。市民運動上がりのこの人の信念(良心?)で、日本はギリギリのところで踏ん張っているのかもしれないなぁ……と思うに至っています。
何と言うか、今のマスコミの報道の仕方を見ていると、電力会社や原発政策を進めてきたかつての与党(=自民党)の責任を、菅首相個人の問題にすり替えるように国民を誘導しているように感じてなりません。
首相が変われば日本が良くなるとでも?
震災復興が順調に進むとでも?
まさか。今現在も醜い政権争いに興じて、被災地に目も向けない政治家の誰が首相になったって変わるハズがありません。今と同じか、あるいはもっと酷くなるハズです。表面的に見える(報道される)混乱が少なくなるかどうかは、55年に渡って築き上げた隠蔽と擁護のネットワークを持っているかいないかの違いでしょう。
色々ガッカリすることの多い日本の世相ですが、東電を筆頭に電力会社の株主総会や玄海原発の説明会で、市民が怒りをあらわに不正を質そうと追及している場面のほんの一部が報道されているのを見て、平和ボケでぼんやりしている人ばかりではないんだ!と心強く思いました。マスコミはこのような場面の報道を最小限に抑え、脱原発をメインストリームにしないように操作しているようですが、日本人だってそこまで馬鹿ではないハズ。……と思いたい。
素晴らしい個人が点在するこの国に、まだ希望はある。……と思いたい。
3連休を利用して、震災でずっと先送りになっていた父の墓参りにようやく行ってきました。岩手一関、知勝院の里山(樹木葬墓地)へ、8月1日の一周忌を目前に控えてギリギリセーフ。寂しかったかい、お父さん!
2011年7月16日(土)〜18日(月・祝) 青森の旅……の前に墓参り in 岩手一関
しっかし、改めてもう1年経ったのかー……と感慨もひとしお。去年の今頃は殿の下の世話したり訪問看護や在宅診療の手続きしたり、散歩付き合ったり色々大変だったなー……と。もう何年も前のことに感じます。1年も経ったのかと思えば何年も前のように感じたり、時の流れって不思議なものです。
さて。3連休とは言え、まだまだ東北への旅行者は少ないだろうとタカを括っていたら、JRが東北復興支援策として東北方面の鉄道1日乗り放題フリーパスを1万円で発行したり、平泉が世界遺産に登録されたりで、様々な角度からサポートがあったためか、新幹線も満席、宿も満室と大盛況なようでした。
平泉の世界遺産登録に関しては、震災のことがなければ若干疑問もありますが、やはり実際にこれが切っ掛けとなって多くの人が訪れ、復興支援に繋がっている様をこの目で見てしまうと、素直に良かったなぁ……と思います。
岩手一関で宿やレンタカーが予約で一杯なのは、平泉効果も多少はあるのでしょうが、一関が被災地へ向かうボランティアや報道陣の拠点となっているからだとか。駅から里山までの道すがら、タクシーの運ちゃんに教えて貰いました。
東京から一関まで、新幹線車窓からの風景に震災の傷跡は見えず、一関駅に降り立ってから里山までのタクシーの車窓からの市内の風景も震災前と変わりなく見え、運ちゃんに「一関はそんなに被害はなかったんですか?」と尋ねると、表面的に見えていないだけで、少し行った町では全壊20棟とか半壊300棟とか出ているよ、と。震災直後は報道陣や物資を乗せて何度も被災地に出向いたと言う運ちゃん、「余りに酷くて行く度に泣いてたねぇ……」と震災被害の壮絶な様子を語っていました。
約1年ぶりに訪れた樹木葬墓地である里山は改めて素晴らしいところで、やっぱりここを選んだのは間違っていなかった!と再確認。樹木葬が良いと喧伝していたら、父の知人(まだ60代で健在)が去年の内に早速リザーブ、今年初めに亡くなった友人Zの祖母様も6月にこちらに入ることに。地味に樹木葬の輪を広げています。
ほんの少し山の斜面を登って父の墓地に辿り着き、山の静寂を味わってから母と兄と私で一斉に手を合わせ、各自お祈りタイム。
家でも毎日挨拶してるからそんなに寂しくないとは思うけど、まぁ本体はこっちにあるからね。久し振り。楽しくやってますか? 震災の影響で来るのが遅くなったけど、死後の世界は時間の感覚ないって言うしね。祈りのエネルギーは物理的距離に関係ないって論文もあることだしさ。
そんなことより、やっぱりここはイイトコロだと再認識しました。選んだ私に感謝してよね。最期の面倒見の良さといい、アナタ本当に親孝行の娘に恵まれましたよ。
ところで感謝ついでにそろそろお父さんの力を借りたいなぁ。アナタも子孫が途絶えるのは本意ではないでしょ。どーかどーか私にイイ婿をご用意くだ……
――と、心の中でここまで念じたら、それまで静寂に包まれていた森が、わんわんわんわん……と耳鳴りのような蜩(ひぐらし)の鳴き声で満たされたのです! いや、ネタじゃなくて本当に! この思い込みプチ奇跡に祈りながらも結構動揺して、
?! ちょ、ちょっとお父さん! 通じた?! 私の声が聞こえてますね?! 今のって返事? でもどんな? 「よし分かった任せろ」? 「自分でどうにかしろ馬鹿」? どっち?!?! 後者っぽいな〜……どっち〜?!?!
するとまたしても、わんわんわんわん……と蜩の鳴き声が一斉にぶり返し……。気のせいかもしれませんが交信した充実感アリ。父の真意は解らずじまいでしたが、何となくミラクルを感じてちょっとパニック色した感動に包まれる私を置き去りにしたまま、再び山は静寂に包まれたのであります。
……頭おかしいんじゃないの?と思う人もいるかもしれませんが、どう思われようとかなりマジですから。黄泉の国にパイプも出来たことだし、殿、夜露死苦!!
墓参りを済ませたら、岩手には宿がないので一気に青森まで移動。ここからは母と2人旅。
青森駅から離れた場所の宿しか空いておらず、母との旅なので気軽にタクシーを利用してホテルに向かいます。すると、タクシーの運ちゃんが「東京電力の大罪」と書かれた週刊誌を持っていたので、原発をどう思っているか聞いてみたら、自分も周囲もみんな反対していると。すぐにでも止めて欲しいと。それなのに推進派の知事(三村申吾・自民)が続投で、どうして?と聞くと、「政治ってのはそういうもんなんだねぇ」と諦めたように言っていたのが印象的でした。他にも、再処理工場のある六ヶ所村の子供たちは万札を持って駄菓子屋に来るのだとか。金の力かぁ……。子供の命を売ってる訳ですね。
宿の仲居さんも、「原発なんか要りませんよ。政治家たちは何だか知りませんけど、国民はみんな反対してるでしょ? 電気なくたっていいですよ。暑いのなんか何だって言うの!」とハッキリ反原発。
テレビなど見ていると、東北からの反原発の意識が余り発信されず、実際はどうなんだろうと思っていましたが、普通に考えていた通り、被災地の人々は原発が自分たちの生活を脅かすものだと強く認識しています。なのにどうして推進派の知事が再選するのでしょう……。今までの政治を変えると言うのがいかに難しいかが分かります。
話を観光に戻しますが。
今回の青森旅行でのラッキーな拾いモノは、現地でたまたま知った青森県立美術館で現在行われている「光を描く印象派展」という企画展で、これがかなりの大ヒット!
光を描く印象派展〜美術館が解いた謎
ドイツ、イタリア、オーストリアで大反響
日本ではAOMORIだけ!!
うつろう光を捉える印象派絵画は、どのように描かれたのか
鮮やかな色彩と生き生きとした筆のタッチを生み出した絵画理論と画材とは―
ドイツ屈指の印象派コレクションを誇るケルンのヴァルラフ・リヒャルツ美術館は、印象派誕生の謎を解き明かすべく、4年がかりで作品を調査しました。赤外線や顕微鏡などを使った科学的な調査を含め、その成果を一挙公開した展覧会は大反響。フィレンツェとウィーンにも巡回し、3会場合わせて60万人が訪れています。
青森のみで開催される日本展には、ヴァルラフ・リヒャルツ美術館から約60点を超える名画とその研究成果が出品されます。さらに日本国内の名品も加えて、時代を超えた印象派の魅力にせまります。
印象派の作品を科学的に分析&解説した興味深い展示法で、これって日本人の視点じゃないなと思って学芸員に聞いてみたら、やはりドイツ蔵元の美術館の指示通りの展示だそう。国内で見た美術館の中でトップ1、2を争うほどの面白さで、何の予備知識も事前情報もなく、たまたまの旅先の青森でこんな展示が観られるとは思ってもおらず、本当にラッキーでした。
正直、常設展の方は余り興味がそそられる感じではなかったのですが、行った甲斐があったというもの。10月10日まで開催しているので、機会があれば是非! オススメです!
青森と言えばねぶた祭。残念ながら開催は8月上旬でまだ2週間ほど早く、祭をこの目で見ることは出来ませんでしたが、中学生や町内会の人々が主催のねぶたミニパレードが宿の前を通り、少しだけねぶたの雰囲気を味わうことができました。地元に根付くお祭ってのはいいですね〜。
毎年300万人動員するねぶた祭、主役のねぶたは毎年新しい物が作られ、企業がスポンサーとなる大型ねぶたは20台ほどで1台約2,000万円! 市民のほとんどが参加し、囃子が聞こえてくるとどんなに疲れていても「行かなくては!」と思うそうです。
ねぶたの原型を作る絵師や竹の骨組み・電飾設置・和紙張り・色付けを行うのは、みな普通の仕事をしている人々で、勤務後の時間を利用して1年かけてねぶたの準備。子供の頃から祭に関わるので、本当に好きな有志によってこの伝統が受け継がれていると。毎度毎度、祭の最後に喧嘩が起るので、数年前にねぶた条例なるものが出来たのだとか。こういう地元ならではの小話が聞けるのが旅の良いところ。
ねぶた祭を実際に見られない人のために
青森駅から徒歩2分の場所に「ねぶたの家ワ・ラッセ」という観光施設があり、
去年活躍した大型ねぶたが展示されていて祭の迫力が垣間見えます。
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竹組や電飾の様子
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下絵(左)と、それを実現したねぶた(右)
やっぱり旅っていいな〜〜〜。
最近はインフラが整い過ぎていて、どの地方都市も様相が似通ってしまっており、旅の楽しみは確実に減ってきていると思いますが、それでもやはり行けば行ったで現地でしか得られない発見もあるので、面倒がらずに出来るだけ出かけようと思うのでした。
最近人生何度目かになるモラトリアム状態……長く書く元気がないのでサクサク進めます。
2011年8月7日(日) 放射能汚染と正しく向き合う
放射能汚染に対して鷹揚に構える政府の下、当然こうなるだろうなと思っていましたが、いよいよもって日本中に放射能汚染が広がりつつあります。野菜も水もお茶も肉も米も、報道されている対象物に目が集まりがちですが、ここまで広がれば要するに全食物に対して心構えをしなければならないということです。報道されていないモノが安全という訳ではなく、単にまだ検査していないから騒がれないだけで、検査すれば何かしらの汚染が見付かることは間違いないでしょう。
少し前にNHKで放送されたチェルノブイリの現在についての番組「BS世界のドキュメンタリー 被曝の森はいま」で、事故現場から18kmの汚染地区に住み着いた科学者が、家の周りで野菜や果物を栽培し、採取された物を検査しながらどの農作物であれば放射能汚染の影響を受けにくいかなどの研究を行っている、という話をしていました。放射能汚染(土壌汚染)と農作物の関係を正しく理解し、汚染された土壌と共存して行こうという前向きな姿勢に人間のたくましさを感じましたが、その中で印象的だったのが、「サクランボは放射性物質が種に蓄積するだけで、食べる部分の実には影響を及ぼさない」と言いながら、科学者が汚染土壌で栽培したサクランボをむしゃむしゃ食べるシーンです。東北産の食べ物は申し訳ないけれどできるだけ避けていましたが、この放送を観たことにより、サクランボであれば東北産でもいいやと思うようになりました。
このように、放射能汚染に関してより正しい知識を得られれば、改善する場面も多々ありそうなので、「隠して隠して、結果、被害を拡大させてしまう」という日本古来のやり方から、「明かして明かして、結果、意外な改善策を生み出す」という現代仕様のやり方に方向転換して欲しいものです。
牛飼育用の藁や腐葉土など、放射能汚染は様々な形で日本中にばら撒かれており、もはやどこの産地だから安全というレベルにありません。だとすれば、どのような農作物が放射性物質による影響を受けにくいのかを知った方が、自己判断で選択できる場面も増えるというもの。
右図は農林水産省が5月27日に発表したプレスリリース内に添付されている、農地土壌中の放射性セシウムの野菜類及び果実類への移行の程度(PDF:83KB)をグラフ化したものです。そして、下図はNPO法人チェルノブイリ救援・中部によって2009年8月に発表されたウクライナの原子力発電所事故による被災者と私たちの救援活動(PDF)のP.12で紹介されている「セシウム137の野菜への蓄積」を表したグラフです。
例えばカラシナなどは2つのグラフのどうちらでも高い数値で、迷うことなく避けるべき野菜に該当するのですが、困ってしまうのはキャベツや大根など、2つのグラフで相反する数値が出ているもの。日本とチェルノブイリでは栽培にあたって使用する土が違うなどの理由があるのでしょうか……。
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一応、日本のまとめとしては「セシウム吸収率、イモ類で高め 果実は低め」ということのようですが、100%信じるのではなく、参考扱いで気に留めておこうと思います。
翌日の話になりますが、タイムリーな記事があったので、ご紹介しておきます。
【ソロモンの頭巾】 長辻象平 チェルノ風・減放射能レシピ 8月8日 MSN産経ニュース
野菜や肉から放射性セシウムなどを除去する調理法があるのを、ご存じだろうか。
温水で洗い、お湯で煮るといった簡単な方法で、食品を汚染している放射性物質のかなりの部分を取り除けるという。日本原子力産業協会(原産協会)のホームページで見つけた。(下記【関連資料】参照のこと)
原産協会は、今回の東京電力福島第1原子力発電所事故についても、原子炉の現状などを簡潔にまとめて国内外への情報発信を続けている。
事故直後は、政府の手が国際社会への広報に回らず、国際原子力機関(IAEA)も原産協会からの情報を参考にしていたと耳にしている。
この協会のワンポイントコーナーで見つけたのが料理のアク抜きにも似た放射能減らしの方法だ。セシウム137やヨウ素131、ストロンチウム90などの濃度を大幅に下げられる。
食品は、ネギやジャガイモ、ニンジンからキノコやイチゴ、さらには肉、魚などまでとさまざまだ。
肉や魚の場合は、食塩水や酢に浸してもよし、凍結処理も有効。野菜や果物は塩漬けにすることでも減らせるという。
また、インゲン豆やサヤナシエンドウ、ホウレンソウは、セシウムの体内蓄積を防ぐのに有効とされている。チーズはストロンチウムの体内蓄積減少のほか、放射線に対する抵抗力もつけるということだ。
この家庭でできる放射能の低減法、じつは今年で満25年を迎えたチェルノブイリ原子力発電所事故への対応からの産物なのだ。
地元・ウクライナの放射線防護学の研究者らが、放射能に汚染された地域に暮らさざるを得ない人々のために「チェルノブイリ:放射能と栄養」という小冊子を執筆した。1994年のことである。
放射線についての知識や人体への影響、被曝(ひばく)線量などについての諸情報を提供するこの冊子には、食材の加工法、調理法が載っているのが特徴だ。食物からの内部被曝を減らすための知恵と工夫に満ちている。
国際赤十字社などの援助で住民に無料配布されたこの冊子を、チェルノブイリの共同研究で現地を訪れていた白石久二雄さん(当時、放射線医学総合研究所に在籍)が日本語に翻訳し、国内では2000年に出版されている。原産協会のホームページには、そのさわりの部分がコラムの形で紹介されていたのだった。
キノコから放射能を抜く手法は私も知っていた。事故後20年の取材でチェルノブイリ原発を訪れた際、国連開発計画(UNDP)の職員が話してくれた。現地では小学校で児童に教え、各家庭に普及させる方法を用いていたのが印象的だった。
現在の日本には、放射能事故で先行したチェルノブイリから学ぶべきことが数多い。しかし、政府はそこまで気が回らないらしい。それどころか、恐怖心をかき立てるかのような対応さえ目立つ。減放射能のレシピに関心を持つ国民も少なくないはずなのだが。
【関連資料】
日本原子力産業協会
> 福島第一原子力発電所に関する環境影響・放射線被ばく
> ○〈番外編〉日本の放射線・放射能基準(福島第一原子力発電所事故をめぐって)
> (6)チェルノブイリでの放射能汚染食品対策(PDF:980KB)
ひとつひとつの食品を取り上げて個別に被曝量を計算し、「ハイ、健康に影響はないレベルです」と締め括る政府のやり方に多くの人が疑問を持ち始めていますが、それでも日々の生活とマスコミによる圧倒的な安全論の垂れ流しにより、「まぁでも仕方ないよね」という方向に流されつつあると感じます。
追い打ちをかけるように日本のテレビでは被曝線量と発癌の関係を取り上げて、「100mSv浴びても発癌率は1%しか増えない」などと事態を過小評価し、日本中にコトなかれ意識を撒き散らしていますが、放射能の影響はまだ完全に明らかになっておらず、加えて言えば癌だけを誘発するモノでもありません。放射能によって免疫力が低下し、その影響で肺炎になって死亡した場合、死亡原因は「肺炎」となり、「放射能とは無関係」とカウントするのが政府のやり方です。
チェルノブイリ事故から25年、ベラルーシでは現在も新生児の85%が何らかの障害を持っています。出産しない成人している人は「まぁでも仕方ないよね」でいいかもしれませんが、子供や若い女性は特に、少しの意識の持ちようの違いで、今後の人生が大きく変わる可能性を念頭に置くべきです。
そうは言っても危機感が薄れてしまう方に、オススメの映画がこちら、アカデミー賞 短編ドキュメンタリー賞受賞作です。
映画 「チェルノブイリ・ハート」 公式サイト
2003年/アメリカ/61分 原題:Chernobyl heart 監督:マリアン・デレオ
事故から25年……まだ終わっていない
1986年4月26日、チェルノブイリ事故発生。それは当時生まれた子供たちにたくさんの災いを及ぼした。放射能の影響で心臓に重度の障害をもった子供たち、それを「チェルノブイリ・ハート」と呼ぶ。
チェルノブイリ事故から16年後の2002年、ベラルーシ共和国。「ホット・ゾーン」の村に住み続ける住民、放射線治療の現場、小児病棟、乳児院……今なお続く被曝被害の事実に迫った渾身のドキュメンタリー。
【関連情報】 シネマトゥデイより 放射能が人体に与える影響の真実…人ごとではない
66回目の終戦記念日(昭和20年/1945年8月15日)が近づき、テレビ番組もそれっぽい内容が多くなってきました。
2011年8月14日(日) 歴史から何を学ぶのか
滅ぼした側であるアメリカの「復興に50年はかかるだろう」との見方を撥ね退け、およそ10年後(昭和31年/1956年)の経済白書に「もはや『戦後』ではない」と記載されている日本の驚異的な再生能力に、東日本大震災後の復興を重ね合わせて希望を持つ一方で、広島・長崎の66年間の苦悩や事故後25年目を迎えるチェルノブイリの終わらない現状に、フクシマの未来を重ね合わせて不安も募ります。
個人的に、戦後と現在の大きな違いは「責任の有無」だと思っています。
戦後。敗戦の責任を取って自決した高官が多少なりともいた時代、軍人や政府の要人は戦犯として裁かれ、それまでの歪みを是正した上で、心機一転して復興に臨むことができました。加えて言うなら、不本意ながらアメリカの介入(※)もあり、日本はマシな方向に復興の一歩を踏み出すことができたのです。(※GHQによる戦後5大改革……秘密警察の廃止(圧政的な法制度の撤廃)、労働組合の結成奨励、婦人の解放(婦人参政権)、教育の自由化、経済の民主化)
東日本大震災後、正確には原発事故後。東電や原発を推進してきた議員、嘘の広報を担当してきた御用学者たちは、自ら責任など取る筈もなく、それどころか一切裁かれず、大金を貰い続け、今後も寿命が尽きるまで生活の保障がバッチリ。元凶であるこの人たちが一掃されずに同じ場所に立ち続けている状態で、正しい復興が出来る筈がない。
政治に信念や責任感を持っている政治家が見当たらない現代、戦後同様の奇跡的な復興が遂げられるのか疑問ですが、言えることは、国民の職人的なポテンシャルが高いので、ある程度はどうにかなるでしょう。ただ、政治さえしっかりしていれば少しは安心して生涯を全うできる小市民が、今のこの政治では大きな負担を背負って不安を抱えながら生きなければならないのは確かだと思います。
菅首相の退陣に向け、震災復興のためにはピクリとも動かなかった政治家たちが、被災地から遠く離れた永田町を舞台に動き始めました。震災後何をしていたの?という小沢、鳩山の各グループといかに絆が築かれているかが総裁選の勝敗を決めるようで、候補者たちが「ご縁の再確認」のためにパワースポットに挨拶回りをしている様子が放送され、この人たちは一度でも被災地やホットスポットに足を運んだことがあるのかしら……とますます政治に対して不信感と嫌悪感が。
マスコミはマスコミで洗脳され易い国民をある一定方向に誘導すべく、小さな言葉遣いにも気を配っている意思を感じます。例えば……
「国民はもう民主党政権には期待していない」
違うでしょ。正しくは、
「国民はもう日本の政治家には期待していない」
でしょ。民主党がダメだからと言って、55年かけて日本を根底からダメにしていた自民党政権に戻そうとするのは勘弁して下さい。
都議会選で石原が圧勝したように、私がそうなって欲しくないなと明確に拒否する方向に事態が進む傾向にあるので、今後の政治の動向が心配で堪りません。まぁ「じゃあどこが政権を取ったらいいのか」と聞かれると「該当なし」になる訳ですが、「該当がないから自民党」という流れは避けて、せめて分散型に落ち着いてくれればと思うのでした。
本日昼のニュースで、「民主党はマニフェスト(子ども手当や高校無償化)を守らない」と批判していましたが、東日本大震災のような緊急事態が起こった後で、震災前の平常時に打ち立てたマニフェストに固執していたら、それは普通に考えて臨機応変力のないただの阿呆でしょう。(なのでマニフェストの修正に反発している小沢一派は私の中で「ただの阿呆」) 批判するにしてももう少しまともな批判しなさいよ、と思うし、このような的外れの批判を聞いて、「震災後にマニフェストに修正加えるのは当然じゃね?」と変に思う人がいないの?と国民の受信能力も心配になります。
戦後の責任感ある復興や広島・長崎の66年、チェルノブイリ事故後の現実など、今の日本には参考にすべき歴史が近い過去にあるのですから、そこから学ばない手はない。日本はトップがガタガタでも、裾野(一般市民)の能力が高い国だと信じているので、政治に期待できない現状でも辛うじて未来はあると思えるのです。
昨日このサイトを読んで下さっている方から、NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表 野呂美加氏の講演について教えていただきました。
2011年8月17日(水) 実体験が伴った女性の視点
長年チェルノブイリの汚染地域で、汚染された食べ物を食べ続け弱った子供たちを、日本に転地療養させている団体で、放射能汚染についても、チェルノブイリと福島の現状を比較して説明してくださり、わかりやすかったです。
これは私も聴いてみたい。
「チェルノブイリへのかけはし」という団体についてまったく知らなかったのでネットで検索すると、代表である野呂美加氏の講演内容を紹介しているページなども見付かり、拾い読んで行くと、内容が女性の視点で構成されているように感じ、今まで聴いてきた講演(小出裕章、田中優、武田邦彦、広瀬隆など)とはアプローチが若干違うのでは、と思いました。何がどう違うかと言うと、子供の安全に対する懸命な姿勢と、小難しい数値データ理論よりも感情や感覚に訴える主張に重きが置かれている点に母性と女性を感じるのです。
YouTubeに講演があったので、観てみるとやはりそのように感じました。
5月21日 いま、子どもたちを守るために知っておきたい放射能のこと 1〜7 (約90分)
5月8日 野呂美加さんの講演会 1〜4 (約100分)
放射線の権威とか、原子力の専門家とか、有象無象がそれぞれの思惑に則って違ったアプローチで安全だ、危険だと主張している訳ですが、野呂美加氏はチェルノブイリ汚染区域に何度も足を運んでいるため、恐らく福島の(子供の)未来を具体的かつ明確に予想できているのだと思います。チェルノブイリの子供たちを預かり、現実問題として「被曝が人体に及ぼす影響」と日々向き合っている野呂美加氏の言葉は非常に重く、机上で調べた論文的なデータではなく、彼女が見て来た被曝した子供たちが動かぬ証拠として彼女の言動を形成しているので、芯があり心に訴える力があります。
YouTubeで2講演分聴いてしまいましたが、やはり生でも聴いてみたいと思い、NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」の公式サイトを確認すると、9/4(日)午前に東京・中央区人形町にて野呂美加氏による講演「いま、こどもたちを守るために 知っておきたい放射能のこと」が開催されるようです。定員60名で現時点ではまだ席に余裕があるとのことですので、ご興味ある方は是非。
2011年8月29日(月) アートアクアリウム展@日本橋 日本橋のコレド室町にて開催中の、日本橋架橋100周年記念特別展 アートアクアリウム展〜江戸・金魚の涼〜を観てきました。
変わった水槽に入った色々な種類の金魚が観られるのだろうと、軽く水族館のノリを想像していたのが間違いだったと言うか……。
結論から言うと、私にとっては非常に胸が悪くなる展示会でした……。
いや、会場では「キレーイ」「カワイ〜」の声も多々聞こえましたから……っつーより、そんな声しか聞こえませんでしたから、私の感想の方が圧倒的にマイナーだと思うのですが、これを綺麗可愛いと表現する人がメジャーな世の中で、そりゃ私は浮く(沈む?)ハズだわ……と改めて少数民族の孤独を噛み締めるという、Wの意味での胸の悪さを味わうことに。なぜじゃ。
胸糞悪くなったメインの理由は、金魚という生物に対する罪悪感でしょうか。命をこんなふうに扱っていいのか、という不快感と言うか……。
金魚に限らず、人間が様々な生物の犠牲ピラミッドの頂点に君臨する生き物であることは百も承知ですが、このアートアクアリウム展では、食料問題や治療法模索など「生き残るため」の大義名分がないエゴイスティックな欲望のままに弄んだ生命を、こちらが怯むほど無邪気に披露していました。
展示会の最初の導入部に金魚の概要が紹介されているのですが、金魚とは「フナの突然変異であるヒブナを観賞用に飼育、交配を重ねていった結果生まれた観賞魚」で、要するに人間がフナの奇形を「娯楽」のために人工的に作り出したという歴史を知りモヤモヤ。
説明が終わればすぐに始まるアートアクアリウム展……展示会の名称からして「アート」と謳っているように、金魚をアートを構成する素材(モノ)として扱っており、この展示会のスタンスが既に私の中では「生命をオモチャのように扱っている」ため倫理的にアウト。
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ショーウィンドウで商品を展示しているかのような小さな箱型水槽、生き物としての金魚にダメージを与えそうな強い照明、グロテスクに品種改良された金魚、それを観て喜ぶ人々……を交互に観ていて、ますます生理的に嫌悪感が募るアートアクアリウム展。入場料が1000円もしたのでじっくりしっかり観賞してしまったのですが、観ているうちに金魚が気の毒で泣きそうになるし、泣きそうになってる自分に「なかなか友達が増えないハズだよな〜」と客観的に分析しちゃったりして、わざわざ1000円も払って何やってんの?と……。
ブースによってテーマが異なるBGMが流れ、それがブースを超えて混ざり合うものだから聴覚的にも耳障りな展示会でしたが、私の頭の中で流れていたBGMは、私の人生初のコンサートに行ったインディーズ・バンドたまの「らんちう」。
ネットで歌詞検索すると私の一番好きなフレーズが省略されているのですが、「らんちう」の正式な歌詞には「ななめけんすいしてるよ」の後に以下の合いの手とそれに続く長い語りが入るのです。
♪ 魚で一番かなしい金魚 金魚で一番かなしいらんちう ♪
私にとってはこのフレーズ前半「魚で一番かなしい金魚」こそがアートアクアリウム展のキャッチフレーズです。
このフレーズを歌う時の知久君(作詞)が、まぁ何とも気持ち悪いっつーか衝撃的っつーか……。たまの、美しく言えば「独自性」、気を抜いて言えば「気持ち悪さ」は観ていただくのが一番なので、以下で紹介しているYouTubeを是非ぽちっと……。
1989年、「イカ天」に初出場して歌った衝撃の「らんちう」 (7分)
※演奏は1分50秒からスタート、かのフレーズは3分55秒から
「らんちう」の歌詞 / たま公式サイト / たま Wikipedia
たまワールドが気に入ったならば、一般ウケしそうな柳原さん作詞の「さよなら人類 (歌詞)」「オゾンのダンス (歌詞)」「オリオンビールの唄 (歌詞)」「どんぶらこ (歌詞)」、マニアウケしそうな知久君作詞の「かなしいずぼん (歌詞)」「夕暮れ時のさびしさに (歌詞)」「方向音痴 (歌詞)」「おるがん (歌詞)」「ロシヤのパン (歌詞)」、ドラマチックで何気に恐い石川さん作詞の「学校にまにあわない (歌詞・語り部分)」などをオススメします。
時々唄に挟まれる語りの部分がライブごとに違って、それがまたそれぞれ恐いんだ。「らんちう」で一番恐かった語りは(うろ覚えですが)「〜の川を背びれのない魚が泳いでおりました。それを捌いちまったぁトメさんの頭に大きな瘤が出たぁーっ!」というもので、当時何度も何度も聴いて鳥肌を立てていた記憶が……。
全然関係ありませんが、たま(特に知久君)の曲を聴くと夢野久作「ドグラ・マグラ」の冒頭文「胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか」を思い出します。日本のどろっとした狂気を含む恐さに通じるものがあるというか……。
話がたまに傾いたまま自然な流れで戻れなくなりましたので、不自然にアートアクアリウム展に戻します。
面倒になったのでいきなりまとめに入りますが……。
2009年12月に観た医学と芸術展で、蛍光色に光る兎を作り「アート作品」としている人を紹介していて、その時も今回同様に嫌〜な感じがしたものですが、返す返すも人間の傲慢さって凄いトコロまで来ちゃったな、と。自然界の摂理を捻じ曲げ、全生物に与えられたハズの地球という環境を好き勝手に破壊し、いいの?と不安になります。私は無宗教ですが、人が想定するところの「神」に相当する「何か」は存在し、その「何か」による制裁がそろそろあると思っています。
――いや……現状を見る限り、これって既に制裁が始まっているのかもしれませんね……。
表面的にはガラガラと変わっているようで、その実、何も変化していない日本ですが、政策不在のまま日めくりカレンダーの如く首相だけが入れ換わり、期待もしない分、もう驚くこともないだろう……と言うくらい色々諦めの境地だと言うのに、奈落の底に穴を掘るのが我が国の凄いトコロ。穏やかな国民性は美徳ではありますが、ここまで踏み付けられても暴動ひとつ起きないお行儀の良さは、果たして良いことなのか……。
2011年8月31日(水) 要(かなめ)が悪いと皆が苦しむ
福島県が義援金90億円返金 8月23日 ニッカンスポーツ/共同通信
福島県は23日までに、日赤と中央共同募金会から送金された義援金のうち約90億円を返金した。県の被害規模が当初の想定を下回り、余剰金が出る見込みとなったため。返金は12日付。
福島県によると、死亡・行方不明者や住家全壊、原発避難世帯の数がそれぞれ、義援金の申請時の想定より少なくなる見通しとなった。県にこれまでに送金された義援金総額は、返金分を差し引くと約924億円。
東日本大震災で被災した15都道県は、見込み分も合わせた被害規模を日赤などに報告し、被害に応じた義援金の送金を受けている。
……………………アホでしょう……福島県の役人……ってか、この決断下した人誰よ? 福島のためにならない人であることは間違いないから、県民が一致団結して追い出した方がいいと思うケドなぁ……。
まだ原発事故も終息しておらず、34地点がチェルノブイリで言うところの強制移住区域であることが分かったと言うのに、義援金を返金してる場合ですか。
福島の学校や公園など、国が何もしてくれないので市民たちが500万円かけて独自で除染を行ったなんてニュースはゴロゴロあります。県が何もしてくれないので、個人でガイガーカウンターを購入するケースもゴロゴロあるでしょう。本来国や県が行うことを、グズグズといつまでも何もしてくれないので、痺れを切らして独自で立ち上がっている人々は、雀の涙の補助金と自腹で必死に除染活動を行っているのです。
放射能汚染の被害で廃業に追い込まれる農家も後を絶たず、踏ん張って営業を続けたところで正規の値段で取引できる保証もない。県外に逃げるにしても留まり続けるにしても、生活の基盤が奪われているのでお金がかかる。5年後10年後の健康被害だって考慮しなければいけない。
今の福島はお金がいくらあっても足りない状態なのは日本国民全員が認めるところだというのに、90億円返金って……どんだけ間抜けなんですか。県の方針を決める人がこんな決断を下しているようでは、福島の未来はかなり暗く、ただでさえ厳しい状況下に置かれている福島県民が気の毒でなりません。
日赤を通じて義援金として寄附すると、手数料としてかなりピンハネされる?という疑惑が払拭できないので、4回目の寄附は税金が控除される上に余計なピンハネもなさそうなふるさと納税という手段で福島に寄附したのですが、このふるさと納税するための手続きなどを見ていても手際の悪さが目立ち、私のお金が有効利用されるのかほとほと心配になりました。基本的に役人を信用していないので、無駄なことに使われてしまいそうで安心できません……。
まず福島県ふるさと納税の公式サイトが非常に分かり難い。そして手続きが面倒。更に無駄なアクションが多い。それでもふるさと納税に興味がある方のために、ネット住民が選択しやすいクレジットカードによる納付方法をご紹介しておきます。
福島への支援方法のひとつ「ふるさと納税」の手続き方法
ふるさとふくしま応援寄附金(ふるさと納税)へのご案内
http://www.pref.fukushima.jp/zeimu/furusato/furusato2.htm
※福島県が作っている説明ページだが非常に分かり難い。
クレジットカード支払いはこの4番目に紹介されている。→ 「4. クレジットカードで納付する場合」
ここで別サイトであるYahooの納税ページが紹介されているが、まず事前申請して「支払番号」「確認番号」をゲットしないと、Yahoo納税ページから支払えない。
事前申請は、「ふるさとふくしま応援寄附金(ふるさと納税)へのご案内」の一番下にある「電子申請」バナーからする。
これで申請すると、すぐに自動返信メールで下記の[ふくしま県市町村共同電子申請システム 簡易申請からのお知らせ]というメールが返ってくる。
[ふくしま県市町村共同電子申請システム 簡易申請からのお知らせ]
ふるさとふくしま応援寄附金のお申し込みへのお申し込みが到達しました。
現在、お申込し込みは仮受付の状態です。後ほど、受付の御連絡をいたしますので、しばらくお待ちください。
到達番号: 131_***_***_****
申込日時: 2011年08月**日 **時**分
お申し込み状況は次のアドレスでも確認できます。
アドレス: https://www.shinsei.elg-front.jp/fukushima/uketsuke/status?applyId=131**********
本メールはシステムが自動的に送信しております。
本メールへの返信にてお問い合わせ頂いてもご回答出来ませんので、
予めご了承くださいますようお願い申し上げます。
それから1週間くらいすると、福島県から郵送で下記の手紙が届く。
ふるさと納税クレジット番号のお知らせ
** **様
福島県税務課の**と申します。
このたびは、ふるさと応援寄附金へのお申込みありがとうございます。
インターネット上のYahoo!公金支払いの「ふるさと納税」ページから、「福島県」を選択し、
注意事項などをご確認のうえ、下記番号を入力してお手続きをお願いします。
【クレジットカード納付用】
支払番号:230*********
確認番号:****
【Yahoo!公金支払ーふるさと納税】
http://koukin.yahoo.co.jp/furusato-nouzei/index.htm
この手紙で「支払番号」「確認番号」が分かるので、この2つのキー番号を控えて、先に紹介されていたYahooの納税ページに行き、「福島県」を選んで、クレジット支払い手続きを進める。
こんなに煩雑じゃあ、ふるさと納税したくても挫ける人がたくさん出てくると思うのですが……。ああ……チャンスさえあったら福島ふるさと納税周りのページを手直ししたい……。
先にも書いた通り、手続きが煩雑で不手際が多いのも困りもの。
説明ページ自体が既に非常に分かりにくく、読み解くことさえ億劫だというのに、そもそも事前申請の意味も分かりません。しかもクレジットカード支払いを選択する人は電子申請するのが当然の流れなのに、電子申請の入口にあたるバナーがページの一番下にあるのもサイト導線の設計ミスとしか言えず……。
電子申請した場合、寄附金額を事前に申請するのですが、申し込みした後に自動返信されるメールの中に自分が寄附するつもりの金額が書かれておらず(控えにあたるものがない)、その後郵送で届く文面にも事前申請した寄附金額がないので、万が一の金額入力間違いが確認できません。1週間も間が開けば自分がいくら寄附するつもりで申請していたか、忘れる人だっているでしょう。事前に申請していた寄附金額は、クレジット支払いの場合は支払い手続きを進めて行く過程でオンラインフォームに金額が初期入力されているので分かるのですが、銀行振込や郵便振込の場合は金額欄が空欄の振込用紙が郵送されてくるので、事前申請した金額を忘れてしまった場合、どうするんだろうと思いました。
ネット上で事前申請してから郵送でキー番号が届くまでの間(約1週間)に寄附の気持ちが萎える人だっているだろうし、思い立ったらその場でさっさと寄附できるシステムを作らないと勿体ない。実際に、煩雑な手続きについて行けず寄附を断念した人は少なくないと思います。しかも、支払いに必要な「支払番号」「確認番号」が郵送で返って来るのも意味不明。自動返信メールが届くくらいなんだから、メールでいいのに。郵送料も時間も労力も無駄。
色々理由があるのかもしれませんが、恐らく非常にお役所的な理由なんだろうな、とも思います。手際の良い人が要のポイントにいると多くの人が助かるのですが、そうでないと県民全員に迷惑がかかります。今こそ福島に賢い役人が必要なんだけどなぁ……。
狭い国土の地震大国に54基もの原発を乱立させ、隠蔽と楽観の土台の上で目先の利益のみを追求した結果、国土を深刻な放射能汚染の危機に晒し、日本を退っ引きならない事態に追い込んだお上に対して、呆れ、嘆き、少し怒って早々に諦めた日本国民。日本の構造と言うか、日本を操っている政官財の舞台裏が透けて見える昨今、その筋金入りの腐敗っぷりに、こりゃー日本が変わることはないかもしれないなぁ……というぼんやりとした諦観が日々確固たるものになってゆくのですが……。
2011年9月3日(土) 追い詰められて輝く日本の技術力!
一方で、日本がこういう事態に追い込まれて、政官財には相変わらず期待できませんが、市井の市民がやってくれるのではないかと期待していたのです。日本人が穏やかでお上に逆らわないのはもうDNAレベルの宿命なので、ココで言う「やってくれる」は反乱や蜂起を指すのではなく、「技術力を駆使して事態を解決してしまう」ということです。
戦後ボロボロになった日本がたった10年で奇跡の復興を遂げたのは、勤勉で忠実な血とモノ作り日本の職人魂のなせる業だった訳で、最近平和ボケで少し中弛み気味でしたが、今回の震災でまた少しずつこの気質が復活するのではないかと。
後出しジャンケンのようで言いにくいのですが、それでも本当のことだから書きますと、これだけ核との因縁が深い日本は、いつか放射能汚染を除去する技術なりシステムなり、とにかく「放射能汚染を解決する何か」を発明するのではないかと思っていたのですが……。
土壌セシウムほぼ全量回収できる 北斎が使った青色顔料 9月2日 産経新聞
江戸期の浮世絵師、葛飾北斎も使った青色の人工顔料「プルシアンブルー」を吸着剤として使い、土壌の放射性セシウムをほぼ全量回収できる技術を産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が開発した。放射性廃棄物を150分の1に減量できるといい、福島第1原発事故の処理に期待される。
プルシアンブルーは粒径10ナノメートル(ナノは10億分の1)以下という微結晶の空孔にセシウムイオンを選択的に吸着する性質があり、内部被曝用薬剤としても承認されている。1704年にドイツで作られた合成顔料で、日本へも輸出され、北斎が代表作「冨嶽三十六景」で空の色などに使った。
産総研は、汚染土壌を低濃度の酸水溶液で洗う過程でセシウムを酸水溶液に溶かす技術を開発。さらに、セシウムが溶けた酸水溶液を円筒形の装置の中で循環させ、プルシアンブルーに吸着させ回収する技術を組み合わせた。
実験では酸水溶液は100度でセシウムを約60%抽出できたが、圧力容器で200度に上げるとほぼ完全にセシウムを抽出できた。水溶液は繰り返し使える。また、プルシアンブルーの量は元の汚染土壌の150分の1となり、放射性廃棄物の大幅低減化につながった。
川本徹研究グループ長は「処理温度など改良を進めた上で協力企業を募り、実用化へ向けた実証実験を進めたい」と話した。
日本人、追い込まれるとやっぱり凄い能力を発揮するみたいですよ!
技術開発したのが茨城……。勝手な憶測ですが、茨城は東海村もあるし、1999年のJCO臨界事故だって隠密裏に処理はしているけれど、土壌汚染は実は凄いんじゃないかと。この研究も、今回の福島原発事故を受けて始めたのではなく、臨界事故による放射能汚染の後始末をするためにひっそり進めていたのではないかと。いや、勝手な憶測なんですけどね。
どんな経緯であれ、隠蔽や殺人暫定基準値設定など、反則技で国民を危険に晒し、日本中に汚染をばら撒こうとする政府や東電をどうすることもできないのだから、こうなったらもう技術力で事態の改善を図るしかないのです。
リビアのように国民が暴動を起こしてまで立ち上がることはできない。アメリカのように劇的な改革者が降臨する訳でも受け入れられる訳でもない。日本は日本のやり方で、事態を乗り越えて行くしかないのだとしたら、キーとなるのは多分「技術力」です。
追い詰められて輝く日本の技術力に期待!
「兄が過去、福島に住んでいた事があって知り合いがたくさんいる」という人が会社にいて、その人が言っていました。
2011年9月7日(水) ある意味、中国以下の日本
原発事故処理にあたった下請け孫請け……もっと下層の請負の人たちにも死者が出てるらしいよ。兄の知人にも事故処理に当たって亡くなった方がいるって。でもまったく報道されないでしょ。絶対報道規制されてると思う。
唯一メジャー報道された記事は、私が知る限り「医師の診断で、福島での作業との因果関係はない」というオチ付きのものだけ。
急性白血病:福島第1原発作業員が死亡 東電が発表 8月30日 毎日新聞
東京電力は30日、福島第1原発で作業に携わっていた40代の男性作業員が急性白血病で死亡したと発表した。外部被ばく量が0.5ミリシーベルト、内部被ばく量は0ミリシーベルトで、松本純一原子力・立地本部長代理は「医師の診断で、福島での作業との因果関係はない」と説明した。
東電によると、男性は関連会社の作業員で8月上旬に約1週間、休憩所でドアの開閉や放射線管理に携わった。体調を崩して医師の診察を受け急性白血病と診断され、入院先で亡くなったという。東電は16日に元請け企業から報告を受けた。事前の健康診断で白血球数の異常はなく、今回以外の原発での作業歴は不明という。
上記の記事には検証サイトなどもあり、「報道されている情報が事実だとすると、現在得られている医学的知見からは『原発事故後の作業と急性白血病での死亡の因果関係はない』と言わざるを得ません」とのことだそうですが、そもそも毎時1万mSvのホットスポットがあるような事故現場で働く作業員の1週間の外部被曝量が0.5mSvというところから嘘だろうと思われます。線量計も全員に配布していなかった東電が、外部被曝を正しく計測できるはずがありません。
私は政府の監視下に置かれたマスコミの報道よりも、又聞きであろうと同僚のお兄さんの話の方を信じます。日本はもやはそういう国だと認識する必要があるのです。
そう言えば、事故当初3月24日に「福島原発事故処理にあたっている3人の作業員が被曝、うち2人が病院搬送」と報道されましたが、この方たちの今現在が気になるところ……。
しかしこの手のフォロー報道というのは滅多にない。日本の報道は以前からやりっ放し感が強く、その後どうなったのかを知らせない傾向があると思います。そして大体において報道されない「その後」こそが事件の真相だったりします。
少し息を潜めていれば馬鹿な国民の目を逸らせる――お上はそう考えており、哀しいかな、その通りなのです。
「そう言えば」ついでに、例えばこんな現実。
「仕分けで凍結」だったのに 国家公務員宿舎の建設再開 9月1日 J-CASTニュース
事業仕分けで「凍結」となった埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎の建設事業が再開された。「ムダを削る」会議で凍結された事業が、大震災復興財源のため増税が検討されている最中に復活することへ違和感を表明する声もあがっている。
「財政がこれだけ厳しいとき、福利厚生をやる会社、ありますか?」。朝霞の宿舎建設が再開された2011年9月1日、情報番組「モーニングバード!」(テレビ朝日系)で、局内コメンテーターの玉川徹さんは、民間企業ならあり得ない、と建設再開をこう批判した。「(復興財源より)宿舎建設の方が優先度が高い、ということですよ」とも続けた。 ≫全文を読む
表面的に穏やかに衝突もなく生ぬるく事態が収まりさえすれば根本解決などしなくていい――今や……いえ、多分昔から、日本はこんな国なのです。
こんな国を形成しているのは他でもない怒らない、我慢する、受け入れちゃう国民。時代が良ければいいけれど、これからの時代にはデメリットの方が大きそう……。
ごく一部の怒れる人々も確実にその数を増やしつつはあるのですが、総数として圧倒的に無関心な人が多過ぎる。そして無関心な大多数を安心させるべく、情報を断絶するのではなく小出しにする。
コトの重大さにおいて真偽が定かでない情報を隠さず見せることで、基本的に無関心な人々は「情報は公開されている。そして政府が安全だと言っている」と安心し、更に無関心になって行くのです。すべて分かっていて、意図的にしているとしか思えません。
世界中に分かり易く報道規制をしていると誇示している中国よりも、一見民主主義で自由に意見が言えるように振舞っている日本の方が、隠蔽の現実も深刻かもしれません。中国のダイナミックで分かり易い隠蔽よりも、日本の曖昧で緻密な隠蔽の方が性質が悪いと言えます。情報を隠蔽されている立場の人が、国やマスコミから与えられる情報を信じてしまっているのですから。
中国鉄道事故より悪質な日本の事故隠蔽――「3.11の真実」埋葬を許すな 8月15日 Foresight 国際情報サイト
中国高速鉄道の事故で、中国当局による報道規制を口をきわめて非難する日本のマスメディアは、おのが姿を鏡に映して見たことがあるのだろうか。5カ月前に、日本で起こった原発事故――未だ8万人以上に避難生活という理不尽な不幸を強い、農畜産業と水産業に深刻なダメージを与えている空前の大事故、3.11。その真実を、日本のメディアはどれほど伝えているのか。
法的責任を負うべき当事者、つまり検察がまっとうに機能すれば当然起訴の対象となるべき組織と人間が、恣意的に加工して発信する情報を、無批判に世の中に広めているだけではないのか。結果として、責任企業と責任官庁による証拠隠滅を黙認してはいないか。事故車両を地中に埋めた中国と、本質においてどこが違うのか。公然と物的証拠を埋没させた中国当局に比べ、断片情報を意図的に連発して、巧妙に国民を真実から遠ざけている日本の方が、事態は深刻ではないか。
■1万ミリシーベルト超の高線量区域はなぜ突然出現したのか
恣意的な断片情報による世論操作の典型例が、原発排気筒の底部で毎時1万ミリシーベルト以上という極めて高い線量が観測されたとする、8月1日の東京電力の発表である。
(略)
何の疑問も持たずにこの数字を垂れ流した時点で、報道機関としては失格である。無能といってもいい。広報機関に徹していて、報道なんかとっくに放棄しているというのであれば別だが、いささかの自負が残っているなら、数字の意味と発表の意図を問いただし、ニュースとしての価値を評価せねばならないはずだ。
東電は3月12日のベントの際に付着したとするが、事故から5カ月もたってから、1時間浴びたら死に至るような高線量区域が突然「出現」したのはなぜか。本当に8月1日に新たに見つかったのか。同じ区域の7月1日の線量はどうだったのか、6月1日、5月1日、4月1日には、それぞれどうだったのか。そこを確認せずに「高線量区域見つかる」と報じたとしたら、お粗末というほかない。
■ステップ1完了でも意味はない「お手盛り工程表」
もし、最近急に高線量区域が出現したのだとすると、その線源となる強力で高濃度の放射性物質が、最近になって急に、または少しずつ排気筒の底部に移動したことになる。いずれにしろ、とてつもない高線量区域が新たにできたということは、福島第一原発のサイト内では、大量の高濃度放射性物質が未だにあちこち動きまわっていることを示している。事故は収束も安定もしていないし、その方向にも向かっていない。
「工程表」のステップ1が完了したとする東電と経済産業省の7月19日の発表も、結果としては何の意味もなかったことになる。お手盛りの工程表に書かれている課題をいくらクリアしても、事故の本質的なリスク、大量の放射性物質が遮蔽も制御もできないままむき出しで存在している事態は、ほとんど改善されていないということを、高線量区域の出現が物語っている。
(略)
■飛散した放射性物質の核種も量も明らかにされず
(略)
児玉教授の厳しい指摘の中で、福島第一原発からどれくらいの放射性物質が外部に飛散したかを東電と経産省は一切公表していないとの告発が、特に印象に残る。どんな核種がどれほど飛散したか。東電と経産省は、事故対策の大前提となるこの数値を隠し続け、研究者にも情報を公開していない。中国並みの隠蔽体質などと言ったら、中国が怒るかもしれない。
(略)
3月11日からの11日間に、福島第一原発で起きたことを、国民はほとんど知らされていない。隣接する4基の原子炉建屋がすべて、次々に爆発して、原爆20個分の放射能が外部に放出されるという、世界にも例のない無様な事故の「原因」は隠されたままなのだ。
■機材を送り返し数値公開も拒む「隠蔽の実態」
児玉教授同様に、3月11日から21日までの事故の真実を、今後のあらゆる対策や判断の根拠にすべきだと、会見で強調したのは、新潟県の泉田裕彦知事である。
8月4日に日本記者クラブで会見した泉田知事は、今回の原発事故で、情報の隠蔽を「実感した」と語った。合計出力821万キロワット、世界最大の原発サイト、東電・柏崎刈羽原発を抱え、放射能漏れ事故を体験している知事は、安全性には幻想や神話ではなく合理的な根拠を求める。
事故直後に支援のために福島に派遣した県の放射線モニタリングチームと機材が、活用されずに戻されたという。現場での観測数値も公開を拒まれ、隠蔽を実感したという。汚染の実態が隠されたことで、しなくて済んだはずの被曝が人数も線量も膨大に膨らんだと、東電と政府の対応を厳しく批判した。
(略)
■3.11をすべての原点に
放射性物質放出の2つのピークのうち、15日は前日までの水素爆発の連続による放出の累積効果という見方ができるが、21日は謎というのが、良心的な専門家たちの共通した疑問だった。単に降雨による放射性物質の降下というだけでは説明しきれない。
8月8日付の朝日新聞1面に、この疑問を解く鍵となる研究が紹介されていた。旧日本原子力研究所の元研究主幹の田辺文也氏が、炉心への注水量の変化から、21日ごろに3号機が再び炉心溶融を起こした可能性が高いと指摘しているという。
地震への真剣な備えを怠り、津波などは眼中になく、世界最長・最悪の事故を起こした上に、その後の事故対応を誤り、炉心の再溶融まで招いていたとすれば……。周辺住民の被曝などお構いなしに、事故対応の失敗を隠すため、データを公開していなかったのだとすると、その罪は途方もなく重い。
「前向き」という言葉で、3月11日の真実にふたをしてはなるまい。原発の安全性評価も、新しいエネルギー戦略も、地域再生も、すべては3月11日が原点だ。そこを避けて通る言説はすべて虚構であろう。
フクシマから岐阜に避難してきた人の話 8月28日 JanJanBlog
震災直後は騒然としていました。
放射能については、誰も危ないといってはくれませんでした。
震災のあと数日後にの12日〜15日ころなどは、スーパーなども
青空市場となって再開していました。
あとになって、一番放射能が高い時期だとわかったのですが、
誰もそのような危険性を知らせてくれなかったので、
自分と娘はその青空市場にかなりの時間並んでしまいました。
(略)
自宅の放射線値をガイガーカウンターを借りて計ってみたところ、
自宅前で2.9、玄関で0.9 屋内で0.5。
3.9でホットスポットといわれるので、かなり高い数字でした。
(略)
それでも多くの人が避難していません。
その理由は情報がないからです。
放射線量が高いのいので子供は集団非難したほうがよいという記事は、
こちら(岐阜)の新聞には乗っていますが、フクシマの新聞には掲載されていません。
テレビなどで流されているのは「ガンバロウ福島」というかんじのものばかりです。
フクシマの人たちの間には大丈夫ムードがあります。
こちらに避難してから、テレビで放射能特集の番組をやっていたので、
まだフクシマにいる知り合いに電話したところ
同じ時間にお笑い番組をやっていた、ということがありました。
情報管制がしかれているのではないかと疑うほど情報がありません。
(略)
これを機会に避難することにしました。
車に子供を乗せて、日本海側を通って岐阜に避難しました。
(略)
Q:避難に際して仕事以外での障害はなんでしょうか?
A:コミュニティの問題があります。
移住した先では子供にも友達がいないので新しい友達ができるか不安です。
母親たちにもママ友がいません。
知っている人も周囲にいないので不安です。
地域の地理などもわかりません。
同じ地域の人たちが集団で移住すれば安心です。
もともとすんでいた地域での人間関係が壊れることが心配です。
フクシマから離れることを「逃げる」といわれるのではないかと心配です。
自分たちも近所には移住することを話していません。
とても言える雰囲気ではありません。
フクシマでは放射能のことは話題にならないのです。
(略)
Q:何十年かたって放射能が薄まったらフクシマに戻る気はありますか?
A:たとえば30年たったあとにフクシマに戻るかと言われても難しいと思います。
(略)
こちらにやってきても、フクシマ産の野菜などは怖くて買えません。
(略)
こちらでは毎日放射能のニュースが流れています。
こっちの人は、現場にも情報が伝わっているとおもっていますが、
実際には伝わっていません。
マスコミや議員にも原発関連でお金が流れていると聞きます。
おまけ。
福島のホームセンターで米の産地偽装のための他県の米袋が、飛ぶように売れています 9月6日 Twitterrific
※万が一の記事削除に備えて、画像はこちらに別保存
武田教授発言、岩手・一関市長「放置できない」 市には抗議疑問視のメール殺到 9月7日 産経新聞
産地偽装はもはや標準化してきました。
東の人々が西の野菜を高く買うため、輸送してでも東で売った方が儲かるので西で野菜が地産地消にならず。西は暫定基準値以下の流通汚染野菜を東から安く買い叩き、漬物などに加工して「西の安全な食品」として流通させていると聞きました。このように、あらゆる方法で日本中に放射能汚染食品が蔓延し始めているのです。
こういうことを書くと、「産地の人が可哀想」と思う方もいるかもしれませんが、可哀想なのは内部被曝の危険に晒され、これから先の将来を発癌リスクに怯えながら生きなければならない子供たちです。目先の経済的利益を得るために、大人が子供の命を切り売りしている訳です。
放射能汚染に苦しむ土地では、そのことを指摘する専門家に抗議することが多いようですが、抗議する相手が違うと呆れます。被害者同士で争っている場合ではないのに。
精魂込めて作った農産物を汚された人々は、汚した相手に怒りをぶつけ、当然の権利として補償を求めるべきで、汚れた野菜を敬遠する人々に怒りをぶつけるのはお門違いもいいところだと、普通に思える世の中になって欲しいものです。
友人からこんな話を仕入れましたのでご紹介。
2011年9月8日(木) 東電コールセンターの実態
派遣の求人サイト・リクナビ派遣で、東電のコールセンター業務の求人が出てるよ! 正式名称は福島原子力補償相談室だけど、要するにクレーム対応でしょ。東電って判らないように「インフラ企業」だって。やることがセコイよね〜。
しかも笑っちゃうの。おすすめ案件に設定されている上に「★未経験OK!大量募集♪食堂有り★」だって。あれだけの国の存亡にかかわる事故を起こしておいて、クレーム対応は実はまったく関係ないド素人にやらせてんだよ、時給1450円で。せめて社員がやれよ、って感じだよ。
「10月末まででOK」なんて書いてるけど、そんなこと言う前からどんどん人が辞めちゃってるんだって。だからこうやって大量募集し続けないと、常に人手不足状態らしい。
この時期、補償の手続きのために東電に電話かけてくる人が、クレームや恨みごとを言わないハズないじゃん? 人生ぶち壊された人たちからの一次受付だもん。まともな神経してたらすぐに参って辞めちゃうのは当然だし、そもそも派遣先が東電だって分かった時点で辞退する人も多いから、まぁ集まらないよね。この求人、いつまで続くかね。
あれだけの事故を起こしておきながら、資金面では己の保有資産を一切手放さずに恥ずかしげもなく国民の税金を使おうとしており、命をすり減らす事故処理は下っ端の地元社員または下請け、孫請け、ひ孫請け、●次請けに押し付け、その上クレームさえもまったく無関係な素人を雑に雇って対応させ、人が死んでも事故との因果関係を認めず……東電というのは恐ろしいほど社会的責任を取らずにのうのうと存続しとりますなぁ。
役員の給料は一定額確保しておきながら、原発事故の後始末は端金ですべて他人任せ。事故直後、全面撤退したいと申し出たとか出ないとか言っていますが、まぁこんな会社ですから「責任取らずに逃げたいよー」と言うのが自然な流れでしょう。全然不思議じゃありません。無理矢理取らされている以上の責任は一切取っていないのですから。
前首相の東電乗り込み、危急存亡の理由が 9月8日 読売新聞
枝野幸男前官房長官は7日、読売新聞のインタビューで、東京電力福島第一原子力発電所事故後の3月15日未明、東電の清水正孝社長(当時)と電話で話した際、作業員を同原発から全面撤退させたい、との意向を伝えられたと語った。
東電関係者は、これまで全面撤退の申し出を否定している。菅前首相や海江田万里前経済産業相は「東電が作業員の撤退を申し出てきた」と説明してきたが、枝野氏は今回、撤退問題に関する具体的な経過を初めて公にした。
枝野氏は、清水氏の発言について「全面撤退のことだと(政府側の)全員が共有している。そういう言い方だった」と指摘した。
枝野氏によると、清水氏はまず、海江田氏に撤退を申し出たが拒否され、枝野氏に電話したという。枝野氏らが同原発の吉田昌郎所長や経済産業省原子力安全・保安院など関係機関に見解を求めたところ、吉田氏は「まだ頑張れる」と述べるなど、いずれも撤退は不要との見方を示した。
菅氏はこの後、清水氏を首相官邸に呼んで問いただしたが、清水氏は今後の対応について明言しなかったという。このため、菅氏は直後に東電本店に乗り込み「撤退などあり得ない」と幹部らに迫った。
枝野氏は菅氏の対応について「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」と評価した。
注目すべきは最後の一文、「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」です。ホント、私も前から何回も言っていますが、少なくとも福島原発事故があった直後、菅直人が首相であったがために被害がこの程度で抑えられていたという事実は絶対にあると思います。
事故後の政府の対応は「素晴らしい」ものではなかったのは事実ですが、自民党政権だったら隠蔽や責任放棄で深刻に恐いことになっていたでしょう。
明後日9/25(日)、原発建設問題に揺れる山口県上関町で、推進派 vs 反対派の町長選挙が行われます。
2011年9月23日(金・祝) ふらふら野田シュSHOW〜野田首相の原発方針遍歴
上関町長選告示、原発推進派と反対派が激突 9月20日 読売新聞
中国電力(広島市)が原子力発電所の建設を計画している山口県上関町の町長選が20日告示され、3選を目指す現職・柏原重海氏(62)と、反原発団体代表の新人・山戸貞夫氏(61)(いずれも無所属)が立候補を届け出た。東京電力福島第一原発の事故後、新規原発計画がある自治体で行われる初の首長選。計画の先行きが不透明になる中、計画の是非に加え、中止を視野に入れた町づくりなどが争点となる。投開票は25日。 ≫全文を読む
是非、反対派の山戸氏に当選して欲しいものですが、人口たった3,500人の町なので、票は金でどうにでもなってしまいそうです……。
ちなみに現在までにこの町に入った原発マネーは約70億円。まだ建ってもいないのに。もう後に引けない、だからヤル感満載の町民たちが痛々しい……。じぃちゃんばぁちゃんばっかのこの町の人だけで日本の環境に影響を及ぼす原発を作るかどうかの判断をしないでください……。原発事故って狭い国土全域に関わる大問題になるって、フクシマを見て学びませんでしたか……?
まぁ政府からして原発政策の方針を定められないのですから、上関が揺れるのも当然と言えば当然です。
野田首相が既に日和見腰砕け的な動きをしているのが非常に気になります。
9/2(金)の正式就任後初の記者会見で、「新たに作るということは現実的に困難だと思う。(各原子炉の)寿命が来たものは更新することなく廃炉とする」と脱原発依存の方針を語っておきながら、9/13(火)の所信表明演説では「安全性を徹底的に検証・確認された原発については、地元自治体との信頼関係を構築することを大前提として、定期検査後の再稼働を進めます」と脱原発を撤回。更に9/22(木)の国連会議では「原発の安全性を世界最高水準に高める」という原発推進?とも受け取れる当初とまったく違うことをほざき始めています。この発言、世界的にどう受け止められるかと言うと、ドイツでは「日本の首相は原発を擁護」と報道していますからね。
野田首相の原発方針遍歴まとめ ≫関連記事
9/2(金) 正式就任後初の記者会見では… 順次廃炉に→脱原発依存 ≫関連記事
9/13(火) 所信表明演説では… 定期検査後の再稼働→脱原発を撤回 ≫関連記事
9/22(木) 国連会議では… 安全性を世界最高水準に→原発推進? ≫関連記事
………………たった2〜3週間で原発ムラから恐ろしいほどの圧力を受けたんだろうなぁ……。やはり頑なに脱原発と明言した菅さんは凄かった……。今どこでどうしていることやら……。
注目の上関町長選挙にて、現職、原発推進派の柏原重海氏が再選しました。哀しいことに、フクシマによる東北の人の絶望的な現状から何も学ばなかったようですね……。
2011年9月25日(日) 上関、ひいては日本の選択
これはもう上関町に限った事ではなく、コレが日本の選択なのだと受け止めました。コレ、とは正確に言えば「未来の命より目先の金」という意思です。
今回の結果に、原発反対派の人が上関町民を責めるのは間違っていると思います。だってフクシマ後、都知事選でも投票者の4割が原発大推進派の石原を選んでいるのですから。「小さな町で日本の大問題を決めるな」と言うなら、首都東京の意思も同じじゃん、というのが現実なのです。
4月10日の都知事選は、事故1ヶ月後ということで、原発事故の深刻さや原発にまつわる政官財の癒着、電力会社のヤラセ工作などが明らかになっていなかった混乱期だったことが言い訳にもなりましたが、今回の結果を見て、「未来の命より目先の金」が日本の過半数以上の民意なのだと愕然としました。
目下、ネットや一部のテレビ・雑誌で、日本の原子力政策のお粗末さや金の動き、チェルノブイリから学ぶ放射能汚染の悲劇などがかなり暴露されており、見よう聞こうという意思さえあれば「電力不足の嘘」「政官財の癒着」「原発マネーの流れ」「放射能汚染の危機」など簡単に受信できるハズなのですが、そのような情報を一切収集せず呑気に「電気ないと困るでしょ」「政府が安全って言ってるし」と今でも本気で言っている人が非常に多いのが現実です。
この不勉強な姿勢、主体性のなさ、危機感のなさは、多分国民性なのだと思います。――と言うのは、父の癌治療の模索の際に読んだ本、「ガンを恐れず――ガン難民にならない患者学」の中の一節が、原発問題にもそのまま当てはまるからです。2009年11月1日の日記でも紹介していますが、改めて該当の文章を転載します。
「ガンを恐れず――ガン難民にならない患者学」 藤野邦夫 著 (p.10〜12より抜粋)
患者が主役にならなければ何もはじまらない
いろいろな患者や家族と接した経験からいえば、いまもなお情報を知っていれば死ななくて済むのに、知らないばかりに死んでいくガン患者が少なくありません。ガンで亡くなった若い患者たちの話を聞いて思うのは、
「何というもったいないことをしたのだ。幅広く治療法を調べていれば、もっと長く元気で暮らすことができただろうに」
ということに他なりません。死なないで済む情報を知るためには、患者や家族が努力するしかありません。ガンという病気を相手にするには、患者は自分の考えや判断がすべてを決定することを自覚する必要があります。
ガンをオーケストラにたとえると、指揮棒をふるのは患者自身で、内科医、外科医、放射線科医、腫瘍内科医(抗ガン剤を扱う専門医)、看護婦、緩和ケアの専門家などは、それぞれの楽器を演奏する団員に相当します。つまり患者が最終的に治療方針を決定し、自覚的に治療を受けなければ、何も始まらないということです。それなのに医師から治療方針を提案されると、
「先生にお任せします」
という人たちが少なくありません。医師の中には、
「車や電気製品を買うときなどには事前に色々調べるだろうに、自分の命がかかっている時にお任せしますというのは、信じられない態度ですよ」
と嘆く人たちがいます。
医師の方も患者が要求しなければ、難しい高度な治療を避けて、安全な治療法を選ぶ傾向がありますから、ソンをするのは患者の方でしょう。アメリカから来た医師が、
「日本のガン治療のレベルは世界でも第一級なのに、患者のレベルはひどく低い。知識も主体性もないんだから」
というのを聞いたことがあります。
実際に患者に付いて病院に行くと、忙しい医師を相手に、実にバカバカしい質問をする人たちがいます。これは基本的な知識がないばかりに、何を聞いたらいいか分からないからにすぎません。たとえば、
「先生、私はどうしてガンになったんですか」
とか、治療法の話をしない内に、
「私は助かるんですか、それとも死ぬんですか」
と聞かれても、医師は答えようがないでしょう。
もっと他に治療法がないのか、提案された治療法にどんな合併症や副作用があるのか、入院が必要なら、どれくらいの期間入院するのか、経費はどれくらいかかるかといったような、自分の命がかかる治療法をめぐる一番重要な質問をすべきです。医師には医師にしか答えられない質問をすべきでしょう。
これを原発問題バージョンに直すとこうなります。
国民が主役にならなければ何もはじまらない
いまもなお情報を知っていれば健康被害を受けなくて(死ななくて)済むのに、知らないばかりに被曝する被害者が少なくありません。被曝した方たちの話を聞いて思うのは、
「何というもったいないことをしたのだ。幅広く原発事故や放射能汚染のことを調べていれば、もっと長く元気で暮らすことができただろうに」
ということに他なりません。被曝しないで済む情報を知るためには、国民が努力するしかありません。原発問題や放射能汚染を相手にするには、国民は自分の考えや判断がすべてを決定することを自覚する必要があります。
原発問題や放射能汚染をオーケストラにたとえると、指揮棒をふるのは国民自身で、政府、市町村、自治体、医者、原子力の専門家などは、それぞれの楽器を演奏する団員に相当します。つまり国民が最終的に解決方針を決定し、自覚的に原発政策を考えなければ、何も始まらないということです。それなのに政府から安全基準値などを提案されると、
「お国にお任せします」
という人たちが少なくありません。専門家の中には、
「車や電気製品を買うときなどには事前に色々調べるだろうに、自分の命がかかっている時にお任せしますというのは、信じられない態度ですよ」
と嘆く人たちがいます。
政治家も国民が要求しなければ、高額な対策は避けて、安価で安易な解決法を選ぶ傾向がありますから、ソンをするのは国民の方でしょう。海外から来た専門家が、
「日本の原子力技術のレベルは世界でも第一級なのに、国民のレベルはひどく低い。知識も主体性もないんだから」
というのを聞いたことがあります。
実際に国民に付いて話し合いの場に行くと、忙しい役人や専門家を相手に、実にバカバカしい質問をする人たちがいます。これは基本的な知識がないばかりに、何を聞いたらいいか分からないからにすぎません。たとえば、
「私の農作物は大丈夫なんですか」
とか、調査もしない内に、
「いつ家に帰れるんですか」
と聞かれても、専門家は答えようがないでしょう。
もっと他に解決法がないのか、提案された解決法にどれだけの費用と年月がかかるのか、国や東電の補償はどの程度なのかといったような、自分の命がかかる解決法をめぐる一番重要な質問をすべきです。専門家には専門家にしか答えられない質問をすべきでしょう。
かなりのシンクロ率だと思いませんか? 要するにテーマが違えど「技術レベルは高いが、国民のレベルはひどく低い。知識も主体性もない」というのが日本人を的確に表した結論なのです。
原発に対しては「即撤廃」「将来的に撤廃」とスタンスの差はあれど、大きな方向性として原発に未来がないことを国民の8割が認めているにも拘らず、上関町では「柏原氏は2期8年の実績をアピールし『原子力に代わる(町政運営の)財源はない』と訴えた。」とのことで、端的に言えば「これからも原発マネーで食って行こう」と町長が宣言し、それに過半数の町民が賛成したのです。
長年かけて原発マネーという常習性のある麻薬漬けにされてしまった過半数の町民の朦朧とした選択は、日本の現状をハッキリと表わしたにすぎません。
「故郷を奪われる危険性よりも目先の金」――多くの日本人は人生で何が一番大切なのか、自分で考えることを放棄してしまったようです。
嘆きたい気持ち満々ですが、のんびりもしていられません。日本の危機を深刻に察知している人たちと協力して、どうにかこの恐い流れを阻止しないと、と思うのですが、一市民にできる最も簡単で最も有効な方法が「選挙で正しい人を選ぶこと」であり、そのために「情報収集をすること」が重要だと思うのでした。
とか言ってる傍から、改革派経産官僚・古賀茂明氏も辞職してしまい、基本となる正しい人を選ぶことが既にガタガタ……。
本日放送されたNHKクローズアップ現代 「放射能から子どもを守りたい〜母親たちのネットワーク〜」が唖然とするほど酷い嘘を堂々と語っており、このような番組がゴールデンタイムに国営放送で流れてしまうことに日本の深刻なヤバさを垣間見ました……。
2011年9月26日(月) 「クローズアップ現代」が酷いコトに…
今回のテーマとなった母親たちの力強い活動報告は良かったのですが、問題は現場を知らないスタジオの上目線の解説です。ゲストが東京慈恵会医科大学准教授・浦島充佳(小児科医)で、日頃から
「チェルノブイリでは甲状腺癌罹患の99%生存中」との問題発言を繰り返している純正の御用学者。コイツがまた驚くくらい恐い嘘を堂々と語り始めます……。
「ICRPは年間10mSv以下なら健康被害ないと言っているから大丈夫」
「チェルノブイリで被曝した妊婦から奇形児が生まれたという報告はない。福島の事故でも癌が増えるということは無い」
子供たちの被曝を恐れて生活圏や学校給食など、どう改善すればいいかと必死で奔走する母親たちの活動に対して、小児科医である浦島充佳のまとめコメントが以下。
今回のビデオのようにインターネットなどを通じて、同じような意識の人たちが繋がる、悩みを共有できる場面があれば非常にいいと思うんですが、そうは言いつつも全国でみると一人で悩んでいる方も多いんじゃないかと思うんですね。そこはやはりまず家族が十分理解してあげて、共感してあげて、お母さんは自分のことは多分どうでもいいけど子どもたちは守りたい、リスクはゼロにしたいという思いだと思うんですね。その気持ちをよく理解してあげて家族がまず支えになってあげることが第一だと思います。
そしてチェルノブイリの例を見ますと、子どもの甲状腺がんが増えたのは事実ですが、その数よりもはるかに精神面で多くの人たちがストレスを抱えたと。親がストレスを抱えると、子どもは親の鏡ですから、子どもたちも大きなストレスを抱えたというのがはるかに大きかった現象だと私は見てるんですね。ですから一人で悩むことは、また更に家族や子どもたちを含めた家族にも影響するということを覚えておいてください。
うっわ〜〜〜母親たちの必死の活動を「理解してあげて」と上目線で扱った挙げ句、チェルノブイリでの被曝による健康被害の現実を「ストレスのせい」で片付けやがった! 確かにこの人の発言を聞いているとストレスで病気になっちゃいそうだけど……。そんなことより、事故から25年以上経った今でも、ベラルーシの新生児の85%が何らかの先天性障害を持って生まれてくることとか、子供たちが「病気の花束」を抱えながらボロボロになって生きていることを、コイツの中で一体どう処理してるんだ?! 今どき素人でも多くの文献や動画記録を簡単に確認することが出来るのに……一応専門家でありながらこういう無責任な発言してどんだけ厚顔なんだろう……。魂売っちゃった奴は強いなぁ……。
とにかく、母親を中心に拡がる低線量被曝への恐怖を「ストレス」で片付けようとする人物の手にかかれば、日本の恐ろしく高い暫定基準値も、こんなふうにアッサリと片付けられます。
上記クリップは消費者庁の「食品と放射能 Q&A」(PDF) 17頁から引用した数字をもとに作成されたそうですが(NHKに問い合わせた方がいる)、そもそもこの表には大きなトリックが幾重にも敷かれているのです。引用元の表は↓です。
日本の暫定基準値を低く印象付けるため、誤解を与えるデータを注釈なしで発表
「このように、世界的に見ても日本の基準値は平均です」
これは深刻な嘘です! 上記は輸入品の基準値であり、正しくは
WHO基準値 水10Bq、アメリカ 水0.111Bq/食品170Bq、ドイツ 水0.5Bq
日本で日常的に摂取する食品の暫定汚染基準と比較すること自体が間違いです!
消費者庁の資料「食品と放射能 Q&A」(PDF)の17頁より
大元の資料から既に超重要である引用部分の印刷が(恐らく意図的に)薄く小さいのですが(上図は注釈を拡大した状態)、見えにくい注釈にはこのように書かれています。
注1) コーデックスにおいては、放射性ヨウ素の欄に記載した数値(100)は、Sr90、Ru106、I129、I131、U235の合計注釈に書かれているように、コーデックスの値は複数放射性物質の合計であり、EUの値は日本からの輸入食品にのみ適用される規制値であり、普段摂取する国産の食糧の規制値ではありません。しかも引用元のこの表からですら読み取れませんが、コーデックスや米国、韓国の値は輸入食品に適用されるもので、通常輸入品は10%程度の摂取率と考えられているので、表の値を10分の1にして比較する必要があります。
放射性セシウムの欄に記載した数値(1,000)は、S35、Co60、Sr89、Ru103、Cs134、Cs137、Ce144、Ir192の合計
注2) EUについては、日本の食品にのみ適用する規制値を掲載
汚染地域(日本)では外部被曝の加算も考慮しなければならないため、食品の基準値は厳しく設ける必要があります。汚染地域で日常的に摂取する食品の基準と、海外での輸入食品に対する基準を、比較すること自体が大きく間違っているのです。
重要な注釈をすべて伏せて、多くの視聴者が観ているゴールデンタイムにこういう(バレる人にはすぐバレる)嘘を堂々と放送してしまうNHK……。コレしか見ていない人は「日本の基準値は世界平均で安全!」とか思って安心してしまうのでしょう……。
恐るべし、洗脳番組・クローズアップ現代!
【関連サイト】
9-26放映クローズアップ現代、視聴者ドン引きのツイート集
Togetter クローズアップ現代“放射能から子どもを守りたい”
2011/9/28 見るに耐えないクローズアップ現代
世界もおどろく日本の基準値2000ベクレル
国際的な水道水などの放射線基準値
つまらん。こんなんでいいのか。いや、よくない。――と鬱々とする日々を地味に送っているわけですが、8月末に久し振りに会った失業中の友人(独身女性39歳)が、こんなことを言っとりました。
2011年9月30日(金) 知らずに憂鬱マネジメント
「別に辛い訳でもないし、そこそこ楽しく毎日過ごしているんだけど、物凄く楽しいことも物凄く哀しいこともない。守るべき家族もいないし、こんなこと言ったら被災した人に申し訳ないのは分かってるけど、明日死んでも特に悔いはない。『最近、人生平坦だよね』って、友達とも話してたんだ」………………分かりたくないけど分かるなぁ……。
私はそうは見られないのですが、「女は子供を生み育て、家庭を守ってナンボ」「男は一家の大黒柱として家族を食わせてナンボ」というエラく保守的な考え方を(例外多々あれど基本的には)する人間なので、私の価値観では30代を子育てに充てていない女性(自分を含む)や40代で守るべき家族もいない男性は素直に気の毒だなと思いますし、自分のことも堂々と残念に思っています。
早くに結婚した女性が「バリバリ働いている人って素敵! 自分のことに時間を使えて羨ましい!」と言うのをよく聞きますが、よほど社会的貢献度の高い「その人でなければできないこと」をしているのでない限り、自分のことに時間を費やすのは20代もしくは30代前半までで充分じゃね?と思ったり。
人並みに親から愛情を注がれてのびのび育ったもので、適齢になったら親から受けた愛を子供に還して行くのが人生ってモンだろうと古臭く考えているため、機会がありながらいつまでも自分だけが主役の人生を送っている人を素晴らしいとも羨ましいとも思いません。単に機会がないために己が主役の人生を歩み続けなければならない私のような方には心の底から同情を……っつーか肩に腕回して「仲間がいるじゃん」と慰めちゃいますよ。
男女共に40歳になっても望んで自分のためだけに時間を使っている人を否定するつもりは毛頭ありませんし、むしろ迷いなくそう出来るのは羨ましいくらいですが、私個人としてはもういい加減、人のために時間を使いたいヨと思っとります……。
こんな感じで成り行きで平坦な人生を歩んでいる人は少なくないと思いますが、実際、転職したり留学したり旅したりしていた10年前に比べて余りに平坦な毎日なので、ここはひとつどの程度平坦なのか可視化すべく感情グラフを付けてみようと思い立ちました。
感情グラフの仕組みは至ってシンプルで、その日の感情を7段階(-3:最低…、-2:結構嫌な感じ、-1:もやんと嫌な感じ、0:普通、1:仄かに良い感じ、2:結構良い感じ、3:最高!)で評価し、Excelに記録して1ヶ月毎にグラフ化して振り返るというもの。
そんなこんなで、1ヶ月記録して出てきたのがこんなグラフです。
…………鬱々としている日々が可視化できて、うっかり楽しいぞ、コレ。1年記録付けて振り返ったら壮観だろうなぁ。
9月の感情グラフ
この感情グラフの話を数少ない仲良し同僚にすると……
「何ソレ、誰かに『やれ』って言われたの? え? 自分でやろうと思ったの? なんで? その方法は自分で考えたの? なんかセミナーとか受けたんじゃなくて? 凄くない? でもそれどうするの? 『なるほどー』って思うだけ? え? え?」と、「?」の嵐でした。「いいね、それ」と言われるつもりはありませんでしたが、結構普通に共感を得られる行動かと思ったのですが……駄目かしらん。
とにかく、やってみて思いましたが、この感情の可視化ってのは結構イイカモ。家計簿を付ける意味が「使い過ぎていたので来月気をつけよう」であるように、この感情グラフを付ける意味は「今月憂鬱な日が多かったみたいだから、来月はテンション上げてこ」みたいな。
こんなことくらいで人生どうにかなるとは思いませんが、何もせずに不定愁訴に陥るよりは、現状を把握して自己分析した方がマシっつーか。――なんてことを考えつつ日々過ごしていると、こんなコラムを発見。
怒りを抑える魔法の言葉は「モテないだろうな、こいつ」 週刊ポスト 10月7日号
『「怒り」のマネジメント術』(朝日新書)の著者で、社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事の安藤俊介氏によれば、アンガーマネジメントのテクニックで最初に覚えるべきは、とっさの怒りを鎮めて冷静さを取り戻す即効性のある技だという。代表的なものをいくつか紹介しよう。
最初に挙げるのは、「怒りを0〜10段階にレベル分けする方法」である。怒りの感情が生まれたときに「この怒りはどの程度か」を自分で判定するのだ。
たとえば、「少しイラッとしたからレベル2だな」とか、「手が震え出すほど爆発寸前だからレベル9だ!」とか、怒りを感じるたびに心の中で数値化する。怒りの感情から意識を遠ざけ、自分を俯瞰して見ることで冷静さを取り戻すわけだ。このレベル分けを続けると、「この間はレベル7だったが、いまの怒りは5なので、十分堪えられるな」と判断できるようにもなる。
ジャンル違えど同じコトやってる! コラムで紹介されているのはアンガーマネジメントで、私がやってるのは憂鬱マネジメントってわけだ!
なるほどね〜、私は「憂鬱な感情から意識を遠ざけ、自分を俯瞰して見ることで冷静さを取り戻」してたんだー、無意識に。
専門家も勧めているようですし、同じように鬱々としている方、感情グラフはオススメですよ〜。