2010年7月〜2011年3月の日常日記&コラム

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8月1日(日)未明に、父が亡くなりました。これは当時リアルタイムでメモ書きしていた日記を、父の死後に肉付けして書いているものです。父の最期の1ヶ月。自分のために記録しておきます。

日記の小見出し一覧
 7/9(金)@ 緩和ケア科へのアクセス  7/9(金)A 殿、堂々と便秘と闘う
〜 遡って後日更新予定 〜
8/1(日) 2:46 父、永眠
 10/3(日) 殿、夢に初登場  10/11(月・祝) 樹木葬 in 岩手一関  12/31(金) 駆け込み更新
 1/4(火) 早過ぎる出勤日  1/6(木) 政調費とケツパーの梅じい  1/14(金) オトナの支払い
 1/30(日) 涙腺クラッシャー重松清  2/5(土) 食の社会見学「フード・インク」  2/18(金) 芥川賞の2人
 3/2(水) 途中経過いろいろ  3/6(日) 報道の重さ≠事態の重さ




2010年7月9日(金)@ 緩和ケア科へのアクセス
 本日有給を取ってK病院・緩和ケア科を訪れました。本日の出来事に入る前に、先月から始まっている緩和ケア科へのアクセスの経緯を記録しておきます。

 「緩和ケア科」とは積極的な治療や延命を行わず、ただ痛みを取り除き、自然の流れに任せて安からな終末に備えるという主旨で運営される内科です。
 緩和ケアのことは父の肺癌が発覚するずっと前から知っており、鷹瀬家のモットーとして「延命しない」「尊厳死」「ホスピス」「終末医療」などのキーワードと共によく話題に上っていました。母は日本尊厳死協会の会員ですし、父は会員ではないですが、当たり前のこととして「いざとなったら殺しちゃってくれよな!」が口癖です。このような土台がある中で、去年7月に父の肺癌宣告。癌が急成長であることや3大治療(手術・抗がん剤・放射線)が出来ないことを加味して、告知直後には既に「最期は緩和ケア病棟のある病院に入院する」という予定を立てていました。

 主治医が所属するI病院には緩和ケア科がないため、「自宅では対処できないような症状が出始めたら、主治医の手を離れて緩和ケア病棟のある病院に入院する」という方針を、癌告知の次の面談時に主治医に相談しており、主治医も「それが良いでしょう。ウチの病院に福祉支援センターがあるので、病院選びなど相談できますよ」と後押しして下さっていたので、何のストレスもなく予定を組むことが出来ました。
 そうは言ってもいきなり入院を要するほど弱る訳でもないので、去年一杯は何だかんだと治療法の模索を続け、民間療法に力を入れることに追われていたため、具体的な病院の選定や入院システムの下調べまでは行っていませんでした。

 そして今年5月、圧迫骨折を経て心配事が一気に増えたため、6/3(木)に主治医から勧められていた病院内の福祉支援センターを訪問。介護保険、在宅ケア(在宅診療や訪問看護)、そして緩和ケア病棟への入院について詳細を伺いました。
 この時父の状態は芳しくないとは言え、転移した訳ではないし、半年……もしかしたら1年以上先の準備という心構えでの相談に過ぎませんでした。なので、東京都内の緩和ケア病棟を有する病院リストをいただいても、立地と評判を併せていくつかの病院名に○印を付けただけで、実際にアクセスするのは何か起こってからにしようと思っていたのですが、福祉支援センターの方からこんなアドバイスが。

「緩和ケア病棟がある病院は限られていますし、人気があるため希望してもすぐには入院できず、2〜3ヶ月待つなんてこともザラなんですね。よほど運良く空きが出ない限り、タイミング良く希望通りに入院できるということはまずありませんし、多くの方が入院のために順番待ちをしている状態です。ですから、緩和ケア病棟への入院をお考えでしたら、今からでも連絡を取っておいて、定期的な診察をしておくなり、顔繋ぎをしておいた方が良いですよ。病院によってシステムが違いますから、詳細はご自身で確認して下さい。
それと、緩和ケア病棟は希望すれば入れるという訳ではなく、色々審査があったり先生との相性もありますから、1件に絞らず同時並行で複数件に問い合わせておくのが良いでしょう」


 ……そ、そうなんだ……相性とかあるんだ……と俄かに焦り出すワタクシ。同時並行とは言え、とりあえず2〜3挙げられた候補の中から立地面でK病院に的を絞り、早速公式サイトで下調べをします。すると、緩和ケア外来受診を希望する患者に向けての「入院適応について」という項目内に、
「緩和ケア病棟への入院は患者本人の意志が非常に重要であり、入院を拒否する患者は受け入れない」
「必ず緩和ケア病棟に引き受けるとは限らず、条件に合うことが必要」

という主旨の記述を見付け、父のやんちゃな性格を考えると不安に……。そう言えばI病院の福祉支援センターの方も言っていました。「色々審査があったり先生との相性もありますから」と。精神性を重んじる緩和ケア科の先生に、ウチの暴れん坊将軍が議論を吹っ掛けたりしちゃったら、どこも受け入れてくれない気がします……。
 希望しさえすれば入院できると気軽に考えていましたが、殿が審査中に大人しくしているでしょうか。介護認定の時の悪夢がよみがえります。こ……これは、K病院・緩和ケア科に連絡する前に、殿に色々と言い含めておく必要がありそうです。

 ――と言うことで、週末に資料をまとめ、殿にゆくゆくは緩和ケア病棟に入院するんだよね?という自覚の喚起、緩和ケアの素晴らしさを再認識してもらい、ちょっとでも生意気なこと言ったら受け入れて貰えないからね!と脅し、あなた自分のために自発的に入りたいんだよね?ね?ね?と何度も意思確認し、ある程度の手応えを掴んだ6/9(水)に、ようやくK病院・緩和ケア科に電話連絡をしたのであります。

 電話で詳細を伺うと、まずは本人の様子を診なければ始まらないということで、一番早い1ヶ月後の初診予約を取り付けます。いきなりここで既に1ヶ月待ちです。確かに早め早めに動いておいた方が良さそうだと実感しました。
 しかし6月上旬、目の前の殿はそこそこ元気で、予約申込みをした時点ではまだ早いかな〜と思っていましたが、「癌は急変する」と言うのは本当ですね……。

 本日7/9(金)はK病院・緩和ケア科の初診日ということで、父・母・私の3人で訪れる予定でしたが、2日ほど前から父は自力で起き上がれぬ身に。しかも、単に手を貸せば起き上がれる訳でもなく、身体を少し捻るだけでもとても痛がるので、迂闊に手を貸すこともできません。本人がじりじりと呻きながら起きるのを、時に手を貸し、ほとんどは見守るだけで2〜3時間かかってしまうことも。毎朝の起き上がりはちょっとしたイベント状態でした。
 9時半に家を出なければならなかったので、今朝は6時から朝の激痛起き上がりイベントに臨みましたが、やはり無理で、痛がる父を母に任せ、私ひとりでK病院を訪れることに。

 患者本人が病院に来られないので「代理診察」という扱いになるのですが、この場合は患者の保険証があっても費用は10割負担(5,250円)になります。本当に病気が重い人ならば外出などできない訳で、そうなると重症の人ほど受診料が高くなるという厳しさ。これには矛盾を感じますし、弱者の状況への配慮が足りない制度であることに憤りを感じます。

 ――さて。予約の上での来院なので、さほど待たずに私の番に。看護婦さんとお医者さんに父の状態や緩和ケアへの入院を希望する経緯など詳細を話し、受け入れ検討の面談もとりあえず無事(?)終了。なぜ「?」が付くかと言うと、主治医からの診療情報提供書に「多弁でコミュニケーションを取るのが難しく、時間がかかる」と書かれていたようで(……)、緩和ケア内科の先生がこの点を何度も確認して来たからです。
先生 「この主治医の先生がおっしゃっている、『コミュニケーションを取るのが難しい』というのは?」
鷹瀬 「あ、いえ、主義主張の強い性格なので、色々言っちゃうと。そういう意味です。ははは」
先生 「『時間がかかる』……というのは?」
鷹瀬 「元気だった頃は若干、先生(主治医)の都合を考えずに長話をしてしまったり……でも今はいい感じに弱っているので、勢い良く長話が出来る体力もありませんし、ご迷惑をおかけすることもありません! 慣れてない方は話を切っては失礼と思って長話に陥ってしまうこともあるようですが、慣れれば話を打ち切っても気を悪くするようなタイプでもないので、扱い方さえ心得てしまえば、物理的に暴れることもなく良い患者です!」
先生 「………………ご本人はゆくゆくはこちらに入院するということを了解していますか? 緩和ケアへのご理解はありますか? 延命治療をしないことに関しては?」
鷹瀬 「こんなことになるずっと前から、アメリカのホスピスみたいなものが日本にないのを指摘していましたし、1年前の肺癌告知の時から治療をしない方針で来ていますので大丈夫です。今日本当は一緒にこちらに来る予定でしたし、最期は緩和ケアのある病院でお世話になる可能性が高いということも了解しています」
先生 「そうですか……とりあえず、チームで話し合って受け入れを検討しますので……。ちなみに、他の病院にはコンタクト取ってますか?」
鷹瀬 「え? いえ、今のところ、こちらの病院だけですが……」
先生 「ちょっと今すぐにお引き受けするかハッキリとしたお答えは出来ませんが、何にしてもタイミング良く入院できるか分かりませんので、複数検討しておくのがいいかもしれませんね」
 ええええええ?!?! 何、もう仄かに失格の可能性アリですか?? あのクソジジィに会ってもいないのに?! こりゃー本人来れなくて正解だったわ。緩和ケア科の場合、受け入れ拒否という結果もあり得るらしいので、あんなやんちゃ坊主が新しい先生を前にしてはしゃいだら、100%拒否られてしまう! 今日、殿が来なくて良かったカモ……と思いつつも、夕方の合否結果の通知連絡を待ちます。
 このタイミングで友人Zに報告メールを入れていたので、臨場感記録のため転載。

From: 鷹瀬
To: 友人Z
Sent: Friday, July 09, 2010 4:07 PM

は〜今日、有給取って緩和ケアの面談行って来た。
性格が面倒な人はお断りされるかもしれないと。
夕方合否(……)の連絡が来る。ドキドキだ。

7/3辺りからパピーの状態急変してさ…。
もう2日間、自力で起き上がれないのであるよ。
ベッドから立ち上がるのに3時間かかるの。
鎮痛剤も2回変えて、それでも痛み取れないから
遂に麻薬投薬になった……。

一気にイロイロ来る感じ……はぁ……。


 このメールを送った1時間後、K病院・緩和ケア科より「受け入れOK」のお返事をいただきました! とりあえずほっ!(←フォントで気持ちを表してみた)

 具体的な話に戻ります。緩和ケア病棟の料金体系や入院システムについてです。当然これらは病院によって違いますので、これはあくまでもひとつの参考例ですが……。
 K病院・緩和ケア病棟の入院システムはこうです。こちらの病棟には2人部屋の無料ベッドと、個室の有料ベッド(1日15,750円/21,000円)があり、当然無料ベッドの方は人気で、申し込んでもタイミング良く入院できることはほぼありません。個室は有料のため空いている可能性も高いですが、全室埋まっていることもあり、そうなればやはり順番待ちをしなければなりません。
 ただ、K病院の緩和ケア病棟は、入院しても状態が良ければ自宅療養に戻ることができ、更に一度でも入院したことがある患者は、再入院する場合、順番待ちをせずに入院を受け入れてくれます。(ただしその場合、無料ベッドに空きがなければ有料になる) なので、緊急を要さなければとりあえず無料ベッドの順番待ちに並び、運良く順番が回ってきたら、その時健康でも一度入院してしまい、その後、自宅療養に戻り、本格的に悪化した際に順番を待たずに入院出来る権利を作っておく、という方法を取ります。

 7/9(金)の現時点では、昨日から尿瓶の使用を開始するなど色々問題あれど、まだ入院するほどではないという状態の殿。今すぐ入院する必要はなく、受け入れOKとなったため、無料ベッドの順番待ちの列に並ぶことに。この前もった行動が、後の自分を助けることとなるのです。

★費用について
K病院・緩和ケア病棟の場合、ベッド代(無料/15,750円/21,000円)の他に治療費(一律37,800円)がかかります。治療費の本人負担は1〜3割ですが、差額ベッド代は保険が利かないため、入院1日当たり 3,780円(本人負担1割で無料ベッド)32,340円(本人負担3割で有料ベッド)かかります。無料ベッドの空きへのこだわりの理由を分かっていただけたでしょうか。


 とりあえず、今日はここまで。あー疲れた。


【参考サイト】
緩和ケア.net
がんの痛みネットがんの痛みと緩和ケア
がん情報サービス緩和ケア病棟のある病院を地域別一覧から探す
日本尊厳死協会


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2010年7月9日(金)A 殿、堂々と便秘と闘う
 殿の便秘が8日目に突入。当然良くないことだとは思っていましたが、本日緩和ケア科の先生に相談すると
「放っておくと便が固まって大変なことになるので、出来るだけ急いで出すようにして下さい。今飲んでいる下剤(ラキソベロン)を倍に増やして構いません。最悪、浣腸を使ってでも出して下さい」
と、結構深刻な雰囲気で言われてしまったため、現在服用中の下剤の量を増やすことに。同時に、既に1週間以上便秘が続き、今日にでも出さねば!という勢いだったため、浣腸を購入して今晩早速トライすることに。

 基本的に腰痛は便秘を引き起こしやすく、その痛みを抑えるための麻薬(オキシコンチン)の代表的な副作用も「吐き気」と「便秘」なので、麻薬服用時には吐き気止めと下剤を併用します。痛み止めに麻薬を服用する多くの癌患者の皆さんが便秘と闘っているのだとか。
 殿の服用している下剤には便を軟らかくするマグラックスと、腸の収縮運動を促すラキソベロンの2種類があり、そのどちらもを数日前から少しずつ増やしているのですが、殿の腸は頑固なまでにウンともスンとも言わず。時折透かしっ屁が出て「これぞ序章か?!」とヌカ喜びさせますが、待てど暮らせど肝心の具が出ない。相当根深い便秘になってしまっているようです。

 そんな経緯を経て本日の夜、本人と相談の上、意を決してイチジク浣腸40E(通常より強めの浣腸)に初挑戦。通常は横になった状態で肛門からイチジク浣腸を注入するのですが、一度横になると起き上がるのに四苦八苦するため、殿の場合はトイレで立ったまま浣腸を注入することに。想定される悲劇を未然に防ぐため、とりあえずトイレ床にビニールシートを敷き、下半身マッパになって貰って自力で浣腸を行うよう促します。母と私はトイレが見えない少し離れた場所で声掛け待機。緊張走る中(?)一家団欒。父と娘の心温まる会話が始まります。
娘 「どう? 入れたー?」
父 「入ってんのか、コレ」
娘 「知らんがな。自分で判んないの?」
父 「入ってると思うけど、チューブが固くて押せねぇぞ!」
 どうやら立って浣腸しようとすると腹圧がかかるため簡単に液体が腸に入らないらしく、片手のプッシュでは力が足りないと。だからと言って立った状態で浣腸を自分で肛門に差し入れ、さらにそれを両手で押すのは難しい! 腰痛に苦しむ殿が両手プッシュを実現できる姿勢を取るのは尚更難しい! ……でも頼むよ自分でヤッテクレ。
娘 「思いっきりぎゅ〜っと押しなよ!」
父 「なんだコレ、角度が悪いのか? ん? あぁ、外れちゃったぞ。……オイ、入れてクレ! ※2秒くらいしか悩んでなかった!
娘 「え……私が? せ、せめて入れるところまでは自分でやってよ。その後、注入は私がやるから」
父 「ああもう面倒臭ぇ! 見えてる奴が全部やった方が明快でイイだろ!
 …………いや、理屈ではそうですけど……とっても合理的な考えだとは思うんですけど……いきなり娘に下の世話を頼むコトに対する精神的な抵抗とかはないんですか……?
 「明快でイイだろ!」と高らかに宣言した後、自力努力の気配が途絶えたので、トイレをこっそり覗いてみると、さぁヤッテくれ!とばかりにこちらに背(正確には尻)を向けて仁王立ちしている下半身丸出しの殿が……「羞恥心」という単語が見当たらないほど堂々としていらっしゃる……。我が父ながら惚れ惚れするなぁ……その割り切った精神的に無駄のない生き様たるや……。

 確かホームヘルパー2級資格を取得した際に聞いた話ですが、普通、下の世話をされる対象の心的抵抗は「伴侶」<「同性の子供」<「異性の子供」で大きくなり、父の場合、娘である私が一番羞恥心を感じる相手だと思うのですが……。ナニこの積極的な受け入れ態勢。むしろ私の方が今日いきなりは心の準備が出来てないし気が重いっつーの。
娘 「……お母さん、あなた伴侶でしょ。やってあげなよ」
母 「えー……」
 いかにもしぶしぶといった様子で角を曲がってトイレ方向に消える母の背を途中まで見守る娘。物音だけで事態の進行を推測しながら、指示を出し続けますが……。
娘 「入れたー?(笑)」
母 「う〜ん……い、入れたけど……ちょっ……えー?! コレ固いわ! こんなの押せないわよ!(笑)」
父 「何やってんだよ!! 早くしろよッ!!!」
娘 「何で? 押すだけでしょ? 何グズグズしてんのよ! 両手で押してるの?!(笑)」
母 「両手で押してるけどー……駄目だわ、私じゃ力が足りない……あなたヤッテよ!(笑)」
父 「トーコォ! お前ヤッテくれよ!!
 ………………両名からの御指名かよ。アナタたち夫婦だけで解決してくれませんかね……。
 人として当然の羞恥心を持ってして5分ほど回避しようとしてみた「父の下の世話」でしたが、流れに逆らえずドサクサ紛れ的にいきなりデビュー。でももう場の雰囲気が笑い一色。だってなんか何もかもが滑稽で。なんでウチっていちいちコントみたいなの? この状況ってちょっとオカシクない? 癌患者が痛み止めで麻薬使って副作用の便秘で苦しんで、その解決への道のりが目下繰り広げられている情景の筈なんだけど、なんでこんなに笑えるの? 普通こんなもんじゃないよねぇ?!……と混乱しつつも両親から受けた指名に仕方なくトイレに向かう娘。

 ――想像通り、両手に浣腸を握り締めたトホホ面の母が便器の前で仁王立ちになる父の尻元に跪くという、分かり易い悲喜劇が展開されとりました……。
 いかん、笑ってる場合じゃない。余り時間をかけたくないので、ええぃとばかりに母の手から浣腸をひったくり、後ろ向き仁王立ちになる父の尻元に跪き、83歳の老人のカーテンのような尻(皮がしわしわだから)をかき分けて攻め入る穴を見付けると、問答無用に浣腸をズブリと突き立てます!
父 「おぅ?! オイッ! そっとやってくれよ!!」
娘 「ウルサイなぁ! さぁ、液を入れるぞ! ……く……ほ、本当だ……こら固いわ……」
母 「ね? 私じゃ無理よ〜」
娘 「く……く〜〜っ!! ちょっとお父さん! 腹に力入れるから腹圧で入らないンだよ! リラックスしてよッ! ――お?! おおおぉぉ入った!!」
父 プシャーーーーッッ!!!
娘 「ひいぃぃぃぃ!!! うわぁぁぁぁッ?!? ぺっぺっぺっ!!」
 一瞬緊張が緩まり浣腸液が半分くらい入ったものの、再び腹に力を入れたらしく、腹圧で一度腸に入った液体がまさかの逆噴射! 殿の肛門を出入りした浣腸液がモロに私の顔にかかりました……コレ一体なんの悪夢よッ?!(涙)
 母も私もパニック状態で笑っちゃうわ怒っちゃうわでわぁわぁしていると言うのに、殿は「早くヤレよ!」と大威張りの姿勢を崩しません。母さんも私もアンタの世話でこんな目に遭ってるってのに、なんスかその目映いくらいに堂々とした態度は?!(泣笑)

 結局すったもんだの末イチジク浣腸1.5本を注入するも、気体と汁物ばかりで具材は出ず。この日の脱便秘劇は「被害者=娘」という結果のみを残して幕を閉じたのであります。体力を使うことをした訳でもないのに、疲労困憊した1日でした……。


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2010年8月1日(日) 2:46 父、永眠
 本日未明、某病院の緩和ケア病棟にて、家族3人に見守られつつ、父が亡くなりました。享年83歳。
 最期の数日間は痛み止め薬が的確に効いたようで、(表情で)痛みを訴えることなく、死に顔も穏やかで、常に眉間にしわを寄せていた生前よりもよほど良い顔をしていました。と言うか、初めて見るレベルの仏のように柔和な顔でした。
 肺癌発見が去年7月なので、1年ちょっと。本格的に調子を崩したのは5/6の腰痛と、7/1の腰腹部の痛み発生から。最後に外出したのが7/11(日)の投票のため。最後のお風呂が16(金)。22(木)に入院。最後に声が出せ、口からモノを食べたのが25(日)。26(月)〜の1週間は何も食べられず、声も出せず、自力で動くこともできず、多分「さっさと殺せ、馬鹿!」と怒っていたと思うので、ようやく今日、本人が解放されて良かったです。
 1年間全力で向き合って来たし、最期の1ヶ月は120%の姿勢で介護に臨んだので、哀しさはあれど悔いはありません。


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2010年10月3日(日) 殿、夢に初登場
 変な時間に昼寝をしたせいか、父の死後、初めて父の夢を見ました。父が生き返っている夢。そして夢特有の暗黙の了解で、私はそれをさほど不思議とは思わずに受け入れていました。
 父はどうやら一時的に生き返ることになったようで、医者が「持って2ヶ月」とか言っていました。でもご飯も普通に食べていて、「このままずっと生き返っちゃうんじゃない?」とか本人に向かって言っちゃう私。なんて我が家っぽい会話……。
 一緒に食卓でご飯を食べながら、夢の中の私は「こんなに元気そうなのに、また死んじゃうのかなぁ……」とか哀しく思っているのですが、驚くべきはココから。ご飯をモリモリ食べながら、私が父に聞くのです。
「でもさ、どうしようか……死亡届とか出しちゃったケド。取り消さなきゃならないかな? 2ヶ月間だけ生き返ってるなら、届け出なくてもいいよね?」
 ……………………我ながら、せっかく生き返った父に向かって、この台詞は無いんじゃないの……? どんだけ事務処理重視な生き様なのさ。
 夢の中の父は特に返事はせず、またすぐに死んでしまうらしい父に寂しさを感じながら、こんな台詞を既に言ってしまったにも関わらず、なんか色々言っちゃったら可哀想とか気まずく思っていて、他にも口に出さずに
「会社から出た香典は返さなきゃ駄目かなぁ。そっと秘密にしておく訳には……」
「でも何かご飯もよく食べてるから長生きしそう……やっぱり死亡届の取り消し手続きをしなくちゃ駄目かな?」

とか延々悩んでいたワタクシ……。
 そんでもってその後よく分からん展開になり、最後はやはり再度父が死んでしまうことに対してシクシク泣きながら目が覚めるという……自分がどういう人間なのかよく分からなくなるモヤモヤを抱えながらの目覚め……。

 変な時間に昼寝をするとロクなコトないですね。父が夢に出て来たのは嬉しくもあり、哀しくもありましたが。


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2010年10月11日(月・祝) 樹木葬 in 岩手一関
 鷹瀬家は筋金入りの無宗教ですが、それでも何となくのバイオリズムでキリの良い49日が過ぎるのを待ち、いよいよこの3連休を利用して、岩手県一関市の山中に父を埋めてきました。――という書き方をするとあらぬ誤解を生じそうなので、より正確に記述すると、樹木葬という形態によって父の遺骨を一関の里山に埋めるという形で納骨を済ませてきました。
 遺影はあれど位牌はないので、シンボル的要素を持つ遺骨が家からなくなってしまったのは少々寂しいですが、これでやっと父も土に還るのかと思うと何となく落ち着いた気持ちになります。

 樹木葬とは、墓石の代わりに樹木を墓標として遺骨を大地に直接埋葬する方法。現在様々な場所で行われているようですが、鷹瀬家がお世話になったのは1999年に日本で初めて樹木葬を行った知勝院というお寺で、宗教宗派を問わず受け入れて下さいます。
 最初はただ単に「骨が土に還って樹木の養分になる」という点だけしか知らず、元々「葬式はしない」と言い続けて来た父も、この点だけ知った状態で「死んでから木の役に立つなんてイイじゃない」と言っていたのですが、父が亡くなった後に本格的に調べてみて、知勝院で行われている樹木葬の深い理念を知り感動しました。
 知勝院の樹木葬は、墓地をコンクリートのような人工物で作らないことで、墓地である山の自然を守るという環境保全の発想も含まれているのです。骨が土に還って樹木の養分になるだけでなく、死んだ方々がその身を呈して墓という名の土地を確保することで、里山を乱開発から守ることが出来る――これは一度で二度オイシイ! 次に入る予定の母は、説明を聞いてノリノリに。私も結構な確率で同じ場所に入るかもしれない訳ですが、この思想は望むトコロ。と言うか、積極的にこの方法で葬られたい!

 父はそれなりに社会的な肩書きがあり、通常であれば通夜や告別式、葬式をそれ相当にしなければならない立場でしたが、本人(および母と私)の遺志により、葬式など一切せず、香典も受け取らずに済ませました。父の関係者も、近しい人ほど「鷹瀬さんは生前から常々『葬式なんかやらねぇ』って言ってましたもんね」とアッサリ理解し、面倒な言い訳も不要で、そういう意味では非常に楽でしたが、全く別のタイプの大変さが用意されておりました……。
 そもそも樹木葬の詳細を調べたのが父の死後でしたし、このために会社を休んで説明会にも参加。また、現実問題として、東京から岩手一関まで遺骨 in 骨壷を運ぶのはちょっと大変……というか重い! 父は元は178cm位のガッチリした体型で、しかも薬を使わずある意味健康な状態で亡くなったため遺骨量が多く、通常サイズの骨壷になみなみ一杯だったのですが、重さは一番シンプルで軽い骨壷(2〜3kg?)と合わせて計5.4kg。通常の旅行の荷物に加えてコレだと8kgくらいになるのでしょうか。リュックであればさほど重さを感じずに運べると思いますが、形状の関係で片肩にかけるボストンバッグに入れて持ち運び……。どう考えても面倒だと思うワタクシ、母に提案してみましたが……
鷹瀬 「宅急便で先に宿に送れば良くない?」
母 「ええぇぇ? アナタ何言ってるの?!」
鷹瀬 「日時指定も出来るし、『ワレモノ』扱いしておけば大丈夫だよ」
母 「そういう問題じゃないわよ!」
 何て非常識なことを!ばりの強い口調で非難されました……。骨を宅急便で送るってそんなに駄目なモンですかね……?
 でも運ぶの私だし、骨壺って重いしかさばるし……では、と第2の案を意気揚々と提案するめげないワタクシ。
鷹瀬 「どうせ骨壷から出して埋めるんだから、タッパーか何かに移せば良くない? ビニール袋でもいいけど」
母 「我が子ながら、そんな恐ろしい発想をするとは……っ!!!」
 目を白黒させて絶句する母。その驚きっぷりに私が驚くっつーの。
 そんなに変な発想かなぁー?? だって骨壷はただの器じゃん! 大事なのは骨でしょ? 殿ならタッパーに移しても文句言わないと思うんだけどなぁ。どうせ骨だけ埋めて、後は不要になるんだからさー。こんなことになると分かっていたらそもそも最初から骨壷なんか選ばなかったのに。一番シンプルな瀬戸・白覆いとはいえ1.3万円くらいしたし、これを節約してタッパーで運んだ方が殿も絶対に我が子の無駄を排した節約魂を誇りに思ってくれただろうなぁ。だって殿は実際、父親(祖父)が亡くなった際、どうせ焼くんだからという理由で、最も安い無縁仏用の棺を選ぼうとして葬儀屋に「そのタイプは通常選べません」と止められ、揉めた挙句に渋々次に安いタイプを選択したそうですから。私の発想は言わば父の形見ではないかと……。
 渦巻く思いは色々あれど、とにかく母から物凄い反発を喰らい、結局骨壷ごと運ぶことになりました。

 社会的な出来事や映画・小説などに対する批評は大体似通っていて大きく食い違うことの少ない母ですが、ムードや様式美・礼節面に関しては、合理面を重んじる私と意見が食い違うことがよくあります。(でも父と私に影響されて本来の性質から随分変わって来ている模様。父の葬式をしないことはむしろ積極的に受け入れていた。父の洗脳の賜物)
 「遺骨をタッパーに移して持ち運び」という発想は、まぁ母的にはかなり非常識なことだったようなので、確認ついでに「お母さんの時には反対する人もいないだろうから、タッパーに移して運送しちゃうもんね」と試しに面白半分で言ってみたら、「嫌よ! 絶対に止めてよね!! いやあぁぁっ!!」と身を捩って嫌がっとりました。ふーん、本当に嫌なんだー。なら仕方ない、骨壷で運ぶのかぁ……母の時は私も年を取っていると思うので大変だなぁ。私だったらビニール袋で運ばれようと、弁当箱に詰められようと、そこら辺にこぼされない限り別に気にしないけどね。駄目なもんかねぇ……。

 こんな前段階がありつつ、いよいよ樹木葬当日。雨が今にも降りそうな中、どうにか降られずに埋葬を終えました。本当に景色が素晴らしく良い選択をしたと遺族(母・兄・私)大満足。この日の記録として友人Zに宛てたメールをそのまま転載。

----- Original Message -----
From: 鷹瀬
To: 友人Z
Sent: Tuesday, October 12, 2010 4:09 PM
Subject: 埋めて来た

3連休使って、岩手一関の山奥にパピーを埋めて来たよ。
骨&骨壷で5.4kg! ボストンバッグに詰めて運んだんだけど、重っ!
まったく死んでも迷惑掛けやがってと思ってから、そのシュールさに
笑っちゃった。最近ブラックジョークを地で行ける希少事態を満喫中。

樹木葬、いいわ〜。なんかこう、大地に還るのね〜〜〜という感じがする。
ママンも「ここならいいわ〜、私もここに入るのね〜〜」と喜んでた。
ま、運送はタッパーだけどね。くくく。

現在ひとつの山に既に墓が900以上あって、1600位契約してるそうな。
700人ほどは予約だけしてある状態ということね。
パピーは16XX番だった。ひとつの墓に複数人入る人もいるので。
多い人では先祖もつれて来て12人くらい入っている墓もあるそう。
歩きやすい下の部分から場所が埋まって行くので、結構登ったトコロに
場所を決めざるを得ず、こら年取ったら墓参り大変だーーと。

かなり深く穴掘って、そこに骨を入れるのだけど、骨壷って骨のカスと
いうか粉まで全部納めるじゃない? だからその骨壷を逆さにして
中の骨を穴に落とし入れると、一瞬もうもうと骨粉の煙が立つの。
なんかこう幻想的でした。

墓標となる低木は、命日が夏なのでナツハゼ全体像)にしようかと思ったけど、
実物を見てガマズミ全体像)にしたのね。
〜略〜
いやさ、事前にパンフレットで写真を見て、母と私で「花のある木よりも
実の成る木!」ってことで、色も綺麗だし、8月1日が命日だし、ナツハゼに
決めていたのだけど、実物見てみたらナツハゼってなんか小さくて冴えない
感じなのよ。いや、固体個体の成長度合いにもよるんだと思うんだけど、
他の人の墓標となる木を見てたら、余り大きく成長しているナツハゼがなくて。
ガマズミの方が結構成長して背丈ほどにはなるし、いいなーと。
〜略〜


 これで大体7〜8年で骨の色が土色っぽく変化してゆき、15年程度で土と完全に同化して行くのだそうです。次、母が入るタイミングで再度掘り起こして殿の骨がどうなっているのか見られる訳ですが、ずーっと先で土と同化してるくらいの時であって欲しいものです。

 少し遠くに墓があるので殿が寂しくないかと心配で、私自身も寂しいので分骨を考えましたが、知勝院の方によれば
「分骨はオススメしません。身体の一部がバラバラにあったら変でしょう。弔う気持ちがあれば遺骨がどこにあっても同じです」
とのこと。なかなかどうして、ストンと心に落ち着いた言葉です。
 実はお恥ずかしながら、分骨に止まらず遺骨ペンダントやらアルゴダンザやら父の一部を手元に残す方法を色々と考えていたのですが、知勝院の方のお話を聞いて考えを改めました。冷静になって考えれば、殿がダイヤモンドにされて嬉しがるハズがない。骨全部が土に還った方が普通に嬉しいんじゃないかと。

 ――人がひとり死ぬだけで、色々なことを考え、色々な価値観を吟味する機会を与えられるものです。


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2010年12月31日(金) 駆け込み更新
 気付けば年の瀬。2ヶ月以上更新が滞っておりました。10年以上日記を書いていて、この更新停滞期間は最長……。
 来年は少なくとも2週間に1度以上は更新出来ればと思います。……我ながら目標が絶妙に中途半端ですね……せめて週1回と言いたかったのですが、出来ないことを言うよりはと思って……。月1回じゃ少ないし……。

 目下「池上彰の学べるニュース 6時間半 年またぎスペシャル」を観ていますが、初盤でまだ面白くないので一時休憩中。
 いやぁ〜父が亡くなってからテレビを観るようになり、無駄な時間が格段に増えました。ここ6年くらいテレビをまったく観ない生活を送っていたので返って痛烈に感じるのだと思いますが、テレビって莫大な時間を消費するもんなんですね……。何となく観ていると面白いし、あっという間に時間は過ぎる、でも後に何も残らない……という恐い感覚に苛まれつつ、でも観ちゃう!みたいな。ごくたまには良い番組もありますが、まぁ軽く8割は下らない放送を観ているなぁ……。

 2011年前半には2010年の集大成、「身内が癌になったら」をまとめたいです。重すぎてなかなか手を付けられないレポートですが。


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2011年1月4日(火) 早過ぎる出勤日
 さすがに新年開けたのですから、新しいページでコマを進めたかったのですが、このページも10月から書き始めた割にたった3日分しか更新されておらず、新しいページを作るのはどうにも気が引けてしまい、こうして年始早々今年の態度を象徴するかのように、「地続きな更新」に勤しんでおります私が鷹瀬です。
 ヤバイなぁ、このローテンション……心機一転の「シ」の字も見当たらん。去年秋頃から微妙にヤル気の出ない日々なんですが、もしかすると私、地味に虚脱状態に陥ってるんじゃないかと思うんですよねぇ……。いかんいかん。去年からの態度をそのまま引き継がぬよう、心を入れ替えて一歩踏み出さねば……。

 多くの会社と同じく、12/29(水)から始まった年末年始も1/3(月)までのたった6日間で幕を閉じ、いよいよ新年明けての初出社です。
 確かに本日が初出社日の会社は多いと思いますが、本日からフルに働く会社はそんなに多くないのではないでしょうか……。普通、午前中に初詣に行ったり、午後は新年会だったりするのでは……。少なくとも今まで属してきた会社はそうでしたよ……?
 私の現在所属する会社が入っているビルでも、各階覗いてみると(ええ、覗いたんです1階1階)お休みだったり、宴会をしていたり、午前で終わってしまったりしていました。9時ピッタリ……どころか10分前から朝礼が始まり、残業までしている会社なんて少数派だっつの。そんなに仕事がある訳でもないのに、新年早々付き合い残業を1時間もする羽目に……。

 去年夏まで約1年間、介護特需と言ってはナンですが、父が元気だった頃から父を理由に定時帰りをしていた訳ですが、秋口からそのツケが一気に来ており、なかなか帰れない日々が続いている嫌な状態です。これは仕事があるからではなく、単に残業する人々に囲まれているから……。仕事もないのに残業なんて、仕事で残業するよりも馬鹿馬鹿しく虚しいモンです。
 自分で言うのも何ですが、人からどう思われても結構気にしない性質の私ですら思わず残ってしまうほどの絡め手の雰囲気が漲る会社で、初心を忘れず周囲の視線を物ともせずに定時帰りを続けるのは難しい……。

 よーし今年の目標が決まった。「人に何と思われようと、仕事がなければ早く帰る。付き合い残業はしない!」――コレで行きます! ここに来て10年前と同じ目標な気もしますが、背景に隠される重みが違うのです。ただ早く帰るのではなく、それにより生まれた時間でレポートを書くのだ!


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2011年1月6日(木) 「政調費」と「ケツパーの梅じい」
 年末、「池上彰の学べるニュース 6時間半 年またぎスペシャル」を観て、日本の先行きはやっぱりどうやっても暗いな〜……とただでさえ傾いている気持ちを、更に傾けたのが新年早々の政務調査費(通称:政調費)に関するニュースです。

 事業仕分けをするそばから抜け道を見付けては垂れ流される「湯水のごとき国家予算」に変化している元は国民の血税……。必要だと思う予算が思いやりなく削減される傍らで、どう見ても無駄という予算は固く守られ、そのほんの氷山の一角の情報が流出される度に倒れそうになるのですが、細かなトピックスが日々現れては消え、消えては現れるので、なかなか書くに至りませんでした。

 かつて書き損じたトピックスには「選挙の立会人の時給」なんて話題もありました。選挙の時、何をするでもなく投票箱の前にぼーっと座っている複数名の人々が投票所に必ずいるのですが、記憶にありますか? あの人たちのことを「投票立会人」というんですけどね。あの1日何もしていない、「寝ないでいること」が仕事の報酬は(地域差はあれど)概ね高給で、なんと時給3,200円や日当35,000円もする地域もあるのです。
 こんな楽でオイシイ仕事、誰だってやりたい。しかし当然誰でもありつける訳ではなく、多くの場合は地域有力者のコネがある人、区・市役所の職員、自治体に関わりのある人などに門戸が限られています。
 本当はこういう高給で単発の仕事こそ、母子家庭や障害者に優先的に回すなどすれば、福祉にも繋がり一石二鳥なのですが……。世の中の仕組みは一部の人間のみの間で金が循環するように出来ていると、あらゆる場面で痛感します。何を持って上というかは微妙なトコロですが、「お上」と言われる人々が社会の構造を決めているのですから、その構造に則って何をしても、それは絶対的に「お上」に有利になるのは当然で、貧乏人が知らない「金持ちを守るための法律・権利」は何とバリエーションに富んでいることか!

 役人でも政治家でも、公的機関での求人の必須条件に「民間企業での3年以上の勤続経験」を加えて欲しいものです。国民の大半が民間企業に勤めるサラリーマンなのですから、その経験なくしてどうやって国民の幸せを考えることができましょうか。

 去年書き損じた話題に触れたら若干深みにはまりましたので、そろそろ脱出します。新年明けての注目トピックスは政務調査費ですってば。
 「セイチョウヒ」というキーワードは以前にも何度か聞いたことがありましたが、今回のニュースでそれが政務調査費の略語であると初めて知り、政務調査費の詳細も2011年になってようやく知った次第です。

政務調査費 wikipediaより抜粋

【定義】 地方議会の議員が政策調査研究等の活動のために支給される費用。
【支給内容】 詳細は各自治体の条例により定められている。議会の会派又は議員に対して支給される。交付額や交付方法については、自治体により異なる。
※東京都議会議員の場合: 会派(1人でも可)に対して支給。月額60万円(年額720万円)。
【問題点】 収支報告書の提出は義務付けられているものの、詳細は決められておらず、どこまでの書類を求めるかは自治体により異なる。剰余金については返還することを要するが、領収書の添付までは求めていないケースが多いことから事実上チェックすることが不可能である。それゆえ、しばしば批判の元となり、透明性が求められている。


 うわもういきなり不透明で腐敗臭漂う経費ってカンジがしますが、この政務調査費を知る切っ掛けになったのが以下のニュース。

政調費でカレンダー、顔写真に愛・希望の文字 読売新聞 1月5日(水)14時14分配信

 山口県議会の柳居俊学副議長(60)(自民)が、政務調査費で作製した自分の顔写真入りカレンダーを選挙区内の世帯に配布していたことがわかった。
 2009年度は約74万円を充てて約1万部を配っていた。柳居議員は不適切な処理と認め、カレンダー作製費に充てた過去5年分の政調費を県に返還する方針。
 カレンダーは月めくりで、柳居議員の顔写真と「愛」「希望」などの信条が印刷されている。柳居議員の選挙区である同県周防大島町のほぼ全世帯に配布されていた。
 09年度の政調費の収支報告書によると、柳居議員は「政策資料」の名目で、73万9200円を支出。08年度の報告書にも同様の支出があった。
 読売新聞の取材に対し、柳居議員は「政策資料」がカレンダーだったことを認め、「10年以上前から毎年政策ビラのつもりで配っていた」と説明。県議会事務局に残っている05〜09年度分の収支報告書を調べ、カレンダー作製に充てた政調費を全額県に返還するという。「町民や県民に申し訳ない。速やかに返還したい」と話している。

 「政策調査研究等の活動」を行っていないどころか、自らの宣伝ですか。でもきっとこんな使われ方はまだ可愛い方でしょう。領収書も曖昧でいいのだから、どんなものにでも適用できるハズ。実際大多数が多かれ少なかれしてるハズ。
 ちょっと前にも「書籍代」と称してエロ本を買ってた公務員がいましたよね。私が読んだ記事とは違いますが、類似する件が含まれる質問「公務員との裁判を正当に公にする方法」を見付けましたのでリンク紹介。

 政務調査費は何も今回大きく取り上げられた訳でもないようで、ちょっと調べれば証拠付きの記事がわらわら出てきます。

こんなのあり?! 鎌倉市議会の政務調査費 桐山敬之 2009年4月17日

 日本のあちこちで噴き出している「政治と金」だが、鎌倉市でも大きな問題のあることが筆者が資料を取り寄せて分かった。市議会の各会派が報告した「政務調査費」の使い方がまったくデタラメだ。民間では相手にもされない無効な「領収書」やパンフレット1枚を添えただけの「視察報告書」が、どうやら監査もされずに堂々とまかり通っていた。 ≫詳細を読む


 こういうニュースって、少し調べれば色々なところで激しく疑問視している人が結構いるのですが、絶対にメインストリームとして世論レベルの大事にならないんですよね。結局マスコミで世論は簡単に操作できるのでしょう。本質的には海老蔵レベルに報道すべき問題なんですが……。

 新年初のムカっ腹立つニュースがこの政務調査費ならば、新年初の微笑ましいニュースが本日のタイトル(後半)でもあります。

81歳名物スリ 20度目の逮捕 スポーツ報知 1月6日(木)8時1分配信

 昨年末、東京・上野の商店街「アメ横」でスリをしたとして、警視庁鉄道警察隊は5日までに、窃盗の疑いで東京・荒川区の無職・田中梅次容疑者(81)を現行犯逮捕した。ズボンの後ろ(尻)ポケットから財布を抜き取る手口が専門で、捜査員の間では「ケツパーの梅じい」と呼ばれていた。
 逮捕容疑は12月31日午後3時ごろ、アメ横の路上で男性会社員(34)の後ろポケットから現金約3万円入りの財布を抜き取った疑い。鉄警隊員が警戒中に、買い物客の背後に密着する容疑者を見つけ、財布を盗むのを現認し、取り押さえた。
 “梅じい”は25歳で初めて逮捕されて以来、今回で20回目の逮捕。「年のせいで動きが鈍くなり、財布が重く感じた。俺はダメだ」と、年齢による衰えを嘆き容疑を認めているという。現場周辺では同日、スリが約10件発生しており、警視庁では関連を調べている。 ≫動画でニュースを観る


 腕が落ちたことを嘆く81歳の名物スリ「ケツパーの梅じい」……こ、これは萌える! 私の萌えツボにジャストミート! 浅田次郎の「天切り松 闇がたり」を思い浮かべちゃいましたよ。
 あ〜梅じいには是非とも釈放後もご活躍いただきたいものです。心温まるなぁ。


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2011年1月14日(金) オトナの支払い
 新しい友達……どころか、新しい知人すらもなかなか増えない今日この頃ですが、本日ジム仲間Fちゃんを介して、まったく未知なる人と食事をすることになりました。フリーランスで翻訳の仕事をしている自称「独身主義」の40代ドキャリア・ウーマン、Mさんです。
 Mさんはジムに週1〜2回ペースで来ているそうですが、私も同じく週1〜2回しか訪れない上に微妙に時間帯がズレるため面識がなく、今回間に立ったジムにほぼ日参の社交的なFちゃんが、Mさんと私を取り持ったというのが事の次第です。
 「Mさんって頭良くて面白くて、それに独身主義なんだよー。絶対タカと気が合うと思う!」とFちゃん談ですが、「気が合う」の判定基準が「独身主義」ならアナタ随分私を解っていませんよ。私は「主義」なんじゃなくて、単に現状の結果が「独身」なダケですから。

 大体何かの集まりがあると、場所や日時をセッティングしたり店を選んだりする役目が回って来る(……押し付けられるというより、ごく自然に私がやることになっている)ことが多いのですが、今回はMさんがすべて手配して下さり、しかも女子会2日前になって「予約した店だけど、隣席が7人の団体らしい。予約したときの店員の態度も微妙だったし、隣が宴会じゃウルサイかもしれないので、他の店にしますか?」との連絡が! なんてきめ細やかな心配りをする人なんでしょう! 店の対応はともかく、予約の段階で隣の席のことを気にしたことなど全くありませんでしたが、こういうことまで配慮できるMさんのホスピタリティが素晴らしい。

 初めて話す人であることに加え、Mさんの仕事がフリーランスと言うこともあって、色々面白い話が聞けて満足でしたが、印象深かったのは会計時です。
 複数人で食事をするとき、多くの下戸が気にするであろうポイントは「アルコール代の支払い」で、この件に関してはなんと10年前にも既に今と変わらぬ具体的な不満を抱いているのですが2001年3月2日「勘定感情の裏事情」参照)、これだけ気配りができる人だからきっとそんなに理不尽なことにはならないだろうと安心していたら、安心以上の見事な対応が見られました。
 Mさんがビール2杯、Fちゃんがビール1杯+ソフトドリンク1杯、私が無料のお茶のみ、だったのですが、3人で11,300円の会計時にMさんが「私お酒飲んでるから」と5,000円をすっと出すのです。確かにビール1杯700円くらいしましたが、その分彼女はデザートも食べていないし料理も少なめだったので、少しキャッシュバックしようとすると「要らない」と受け取りません。結局残りをFちゃんと等分で1人3,150円に。つーか、酒も飲んでる料理もデザートもしっかり食べてるFちゃん(3歳年上)、一言もなく私と同額ってどーよ……と少し思いましたが、世の中ほとんどがこんなものなので驚きはしません。ただ毎回新鮮に少しモヤっとするだけ。

 私が印象深いと言っているのは、この余分に支払ったMさんの姿勢を指すのではありません。会計時に1,000円OFFのぐるなびクーポンを出した私に、彼女が言った台詞こそが凄かった。

「あー……クーポン使うんだ。いや、私自分がフリーで仕事してるせいか、こういう業界が凄く厳しいのって他人事じゃないんだよね。だから絶対に割引とかクーポンとかは使わないんだ。余裕のある大人が少しでも多くお金を出して経済を回していかないと、って思う」

 こ……こいつぁクーポン使いづらっ! クーポンを使うときのワクワク感が一気に消滅。かつてこんなにバツが悪い思いでクーポンを使ったことがあったでしょうか……(←結局使った)
 しかしMさんの言い分はよく分かるし、オトナの支払いはかくあるべきだとも思います。

 言い訳ではありませんが、実は私も場面が違えば同じ考えに根差す行動をしています。例えば、100円均一で何か買う時には相当熟考して無駄に気軽には絶対に買わないとか。技術の安売りが生産者を脅かし、結局はそれが消費者自身に返って来ると思っているので、技術が絡む製品などはそれを安易に横から真似して安価で売っていることがあっても、なるべくオリジナル製作者に敬意を払う購買行動を取るとか。長く使うものにはそれなりの金額を払うとか。職人相手には値切らないとか。
 でもね、クーポンは使いますヨ。クーポンを使うあの高揚感を含めてのクーポンLOVERなんです許して下さい。クーポンの存在を知らずに飲食店に入って後日クーポンの存在を知った時には、軽く丸1日悔しさに苛まれるくらい真剣にクーポンと向き合っているんです。

 ――と言うことで、新しい人との出会いにより、オトナの支払いについて考えさせられたのであります。


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2011年1月30日(日) 涙腺クラッシャー重松清
 アウトプット(日記更新や癌レポ)がからきし状態なので、インプット(読書や映画鑑賞)に逃げている日々ですが。

 最近なかなか本のアタリに巡り会わないな〜と図書館をウロついては見知った作家の過去作品ばかりを漁る日々が続いており、いい加減新刊に目を向けようと、いよいよ本屋で物色するまでに至っておりますが、最近の単行本の1ページ内の活字含有率が恐ろしいほど低いことに目眩がして、その本の質を確かめる前に読む気が失せてしまいます。天地左右の余白が大きく、行間・文字間のピッチも広いだけでなく、そもそもの文章がやたら改行が多くて、前者は出版社から、後者は作者から馬鹿にされているように感じて、嫌な気分になってしまうのです。
 適切な余白や改行は読み易さを増しますが、過度の余白は作品の安っぽさを増してしまう気がするのですが、きっとこれも活字離れが進んだ世の中のニーズなのでしょう。私も会社で20代向けのネット掲載用の文字原稿を作成することがあるのですが、媒体担当から
「なるべく1行40文字程度で、記号や空白、ひらがな、改行を多く使用して下さい。若い世代は長文の記事を嫌います」
と注意を受けたことも。「簡単な」を「カンタンな」に直した方が閲覧数が伸びるとアドバイスされ、仕事なので個人的感情は出さず言われるままに直しましたが、心の中での葛藤は相当なものでした……。

 アタリ本巡りの旅に話を戻します。
 新規開拓のアタリ本に出会えないので、場繋ぎのために安心の常連作家の新刊でも……と、最愛の作家のひとり、貴志祐介の新刊「悪の教典」に手を伸ばすと……前回の超名作「新世界より」と同じ作家かと思うほど、イマドキの書式、つまり1段組で行間ピッチゆるゆる(ここまでは出版社の責任)、そして特に後半改行だらけの作品で……。読む前にパラパラと全体を確認しましたが、上下巻の2冊に分ける意味が分からないほどスッカスカ。風通しが良さそうで、思わず誌面にふーっと息を吹きかけてしまいました……。このスカし具合なら、2段組で1冊で発行できるぞ確実に。「KAGEROU」の絵本レベルのスカスカさを笑っていましたが、まさかの貴志さんまでイマドキ書式で作品を書いてらっしゃるとは……ああ……。
 勝手に貴志祐介に裏切られた感満載になって(←貴志さんもいい迷惑)、今まで読んだことのない作家に救いを求めた結果、数年前に電車の吊革広告を見ていつか読もうと読みたい本リストに載せていた、重松清の「とんび」が図書館にあったので、とりあえずその場で数ページ立ち読みし、この時点で既にアタリの予感を仄かに感じて借りる決心を。

 ――そしていきなり重松清ブームの到来です。

 余程面白くて途中で読むのを止められなくなる本以外、基本的に会社での昼休みにしか本を読まないので、読了まで数日かかりますが、1/21(金)の昼休みから「とんび」を読み始めたところ、止められなくなり家に持ち帰って土曜日に読み終えてしまい、慌てて図書館で同じ作家の別の本を!ということで「きよしこ」を借りて24(月)から昼休みだけでじりじり読み終え、次なる予約が図書館に届くと同時に29(土)から「きみの友だち」を読み始めています。

とんび きよしこ きみの友だち
「とんび」――この子は鷹だ。とんびが鷹を生んだのだ――。
ひたすら我が子の幸せだけを願いながら懸命に生きた、感動の父親物語。


 重松清ブームの火付け役になった「とんび」を読みたい本リストに加えたのは、実は表紙に惹かれたからでした。そしてタイトル。何の情報もない段階で、この表紙とタイトルから
「これはきっと父子家庭の話で、愚直なトラック運転手の父親が苦労して息子を育て上げ、その息子が偉大な人物になるその過程で、父親を置き去りにする葛藤などが含まれる泣ける物語に違いない」
と予想していたのですが、当たらずしも遠からず、大体はその通りでした。

 「とんび」に限らず、まだたった3冊しか読んでいないので何とも言えませんが、この3冊に限って言えば非常に似た雰囲気が漂う作品群なので、きっとこの作家の作風がコレと思ってよいのだと思うのですが……どの作品もビックリするような事件もどんでん返しもなく、逆に普通の家庭(子供たち)に起こりそうな小さな出来事を、リアリティある描写で淡々と描いて行くのですが、これがもう泣ける。いかにも泣かせようとしている本では白けて泣けないタイプなのですが、重松清の作品は何だかもうどうでもない1文でも泣けて泣けて仕方ない。それも号泣とかそういう激しい泣き方ではなく、読んでいるとじんわり涙が溢れて来て、どうにかこぼれない程度に抑えつつ読み進めることが出来るけれど、涙が乾く落ち着いた場面が続かない。でもその絶えず泣かせる小説は、特に何が起こっている訳でもなく、父親が息子のことを見守ったり、上手く話せない少年が言葉がつかえる悔しさを味わったり、脚を怪我した少女がその苛立ちを爆発させたり、そんな日常を淡々と書いているだけ……。

 「とんび」は図書館で試し読みしたたったの数ページで既に泣けて、ヒットの予感を感じて借りることにしたのですが、翌日からの昼休み、スターバックスで涙を堪えながら読み進める羽目に陥り、これは外で読む本ではないかもしれん、と慌てて家に持ち帰り、週末で読み上げました。
 続く「きよしこ」「きみの友だち」は短篇連作で、1篇が10〜20分で読める程度の長さなので、昼休みのような細切れの時間に読むのに最適な本なのですが、少し読み進めるごとに溢れる涙が零れる前に読むのを中断せねばならず、涙が引くのを待ちながら恐る恐る読み進めたため、なかなか読み終わりませんでした。

 重松清作品がなぜこんなに泣けるのか、明確な理由はよく分かりません。多分、登場人物たちのどちらかと言えばネガティブな感情、悩みや息苦しさ、出来れば忘れてしまいたいこっ恥ずかしい体験やそれに付随する気まずい想いに共感できるからなのですが、自分と似た境遇の登場人物はほとんどいません。子供を育てている訳でもないし、どもっている訳でもないし、身体障害がある訳でもない。それなのに、重松清作品の登場人物たちの悩みや葛藤が、そのままそっくり同じでなくても、身に覚えのある感情として共感でき、哀しい訳でもないのに泣けてしまうのです。恐るべし涙腺クラッシャー、重松清。

 ただ自分で、10年前にこの本を読んでいたらここまで深く感動したかな、と思います。もしかしたら今と変わらず泣けたかもしれませんが、もしかしたら「何が面白いのか分からない」と思っていたかもしれません。何にせよ、正しい時期に巡り会うべき作家と巡り会ったのでしょう。しばらく重松清ブームは続きそうです。

【翌日の追記】
 「きみの友だち」、読み進めて行ったらいつの間にやら王道の号泣コースに……。い、家で読んでて良かった……。堂々の秀作でしたが、最後の幕の閉じ方はどうも……。

【更に後日の追記】
 これ以後、「その日のまえに」「ビタミンF」「青い鳥」「ナイフ」と読んでみましたが、大体似たテイストなので、どれか1冊読むのなら「きみの友だち」か「青い鳥」をオススメします。でも「きよしこ」と「青い鳥」は何となくセットで読んで欲しい気もしますが。


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2011年2月5日(土) 食の社会見学 「フード・インク」〜ごはんがあぶない。
映画「フード・インク」 公式サイト 「観たい」と言うより「観なければ」と言うか「観るべきだ」と言うか……そんな映画「フード・インク」を観てきました。

「フード・インク」(原題:FOOD, INC.) 2008年 アメリカ 94分
アメリカの食品産業の現状に警鐘を鳴らし、第82回アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞にノミネートされアメリカで話題を呼んだ注目作。普段口にしている食べ物の生産過程を追う中で、大量消費と大量生産の時代に農業や畜産業が巨大な生産工場と化した現実や、食の市場を牛耳る企業の実態を浮き彫りにする。アメリカの食事情に言葉を失うと同時に、日本でも食品偽装問題など食の安全が問われる中、改めて食のあり方を考えさせられる一作。


【関連リンク】
公式サイト(予告編)
≫ 観るチャンスがない方への詳細…excite.ism イズムコンシェルジュ
≫ トーキョー女子映画部 「食にまつわる映画特集」

 都内では渋谷のシアター・イメージフォーラムという100席程度のこじんまりとした映画館での単館上映です。こういう映画が有楽町マリオン辺りで公開されて満席御礼という事態になったりすると、日本も捨てたもんじゃないという感じがするのですが、なかなかね……。
 ただ、小規模公開なのは単に宣伝が行き届いていない(=この映画を公開したいと思う使命感を持った人がお金持ちではない)からで、多くの人はこの映画の存在を知らないから興味がないだけで、観たら観たで日々の食生活に何らかの変化が現れるくらいのインパクトを与えられる映画だと思います。特に日本人は食に対する意識が世界平均に比べて高い国民なので。少なくともこの映画を観た後、ファーストフードや米国産の輸入肉は避けるようになるのではないでしょうか。
 2/18(土)までは確実に公開しているようなので、ご興味ある方は是非。

 公式サイトの予告編を観るだけでも結構ショッキングだとは思いますが、簡単に言えば、全編に渡って「ベールに包まれた驚きの現実」が事実ベースで淡々と紹介されて行きます。
 ファーストフード(に止まらず、アメリカ産)の肉(牛・豚・鶏)はなぜ安いのか――それは、肉が命ある生き物から得られる糧ではなく、モノとして工場で大量生産されている物質だから。見た目や味は「肉」かもしれませんが、製造(飼育、ではない)過程を見る限り、位置付け的には「化学製品」「工業製品」に近いものがあります。動物と植物の違いはあれど、トウモロコシなどの穀物も同様です。基本的な農薬散布や品種改良に加えて、遺伝子組み換えや薬物投与など、自然の摂理に反して大量生産される肉や穀物が、今までの自然界になかった病気や混乱を引き起こすのは当然の流れなのではないでしょうか。

 ファーストフードを30日間食べ続けるとどうなるかを実践した「スーパーサイズ・ミー」(2004年 アメリカ)、食べ物が食卓に並ぶまでの生産現場とそこで働く人々を映し出しす「いのちの食べ方」(2005年 ドイツ・オーストラリア)、遺伝子組み換えなどで大量生産されたとうもろこしが人体に与える深刻な害毒を唱える「キング・コーン」(2007年 アメリカ)、子供たちの未来を守るため南フランスの小さな村が一丸となってオーガニックに取り組んだ「未来の食卓」(2008年 フランス)――似たような主旨の映画は数々ありますが、こういうドキュメンタリーは一度観ればそれでOKというモノでもなく、観賞直後の衝撃は時間と共に薄れてしまうので、繰り返し何度でも観るのが良いと思います。そして、まだ一度も観たことがないのであれば、是非どれでも良いので1本くらいは観ておくと、多少は自分の未来を良い状態に保つことができるかもしれません。
 「スーパーサイズ・ミー」はアメリカの食に対する民意の低さが伺える作品で、以下のYouTubeで全編視聴できますので、お時間あれば是非。

スーパーサイズ・ミー(日本語吹き替え版) 1〜13 (100分程度)


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2011年2月18日(金) 芥川賞の2人〜対照的な受賞者インタビュー
 少し前のニュースになりますが、今回(第144回 平成22年度下半期)の芥川賞は随分対照的な2人が受賞し、話題になりました。
 ひとりは朝吹真理子。1984年生まれ、現在慶應で博士課程に在籍中の絵に描いたような文学系お嬢様。父が詩人で仏文学者、祖父と大叔母が翻訳家という文学一族出身。フィクションを書くことを好み、受賞作「きことわ」では時間をテーマに技巧的な表現力を発揮しているらしい。
 もうひとりは西村賢太。1967年生まれ、中学卒業後、各種アルバイトに従事。お坊ちゃま生活を送れる環境に生まれるも、小学5年生の時、父の逮捕(しかも性犯罪…)で生活が一転。両親が離婚、中学3年生で不登校、卒業後から辛い日雇いの日々。25歳の時、同僚に暴行して1度目の逮捕、29歳で再び暴力沙汰で2度目の逮捕。色々あって35歳で体験談を小説として同人誌に発表し、それが好評を博して……で今に至る。私小説を書き続けることに拘りを持ち、受賞作「苦役列車」もそのポリシーに違わず9割以上が実話だとか。

 私的にかなりインパクトあるニュースで、インパクトの原因は当然ながら西村さん単体なのですが、西村賢太のインパクトを最大限に引き立てているのが朝吹真理子と言えないこともないので、この2人は評判作りのセット受賞と考える人が世に多くいたとしても不思議ではありません。
 しかし西村賢太がメディアに登場したときのネット住人の沸きっぷりが面白かった。以下、参考までにご紹介。
R25コラム・噂のネット事件簿 > 芥川賞・西村賢太氏の波乱人生にネット住民釘付け
2のまとめR > 「そろそろ風俗に行こうかな」と思っていた西村賢太さんが芥川賞に受賞

 とりあえず西村賢太の「苦役列車」の方はいつか図書館で借りようかな〜とのんびり構えていたら、書店で芥川賞受賞作2作の全文掲載&受賞者インタビューが掲載されている「文藝春秋 3月特別号」を見かけてつい購入してしまい、肝心の受賞作を読み始める前に、選評とインタビューを読んだのですが……。

「きことわ」 朝吹真理子受賞作:きことわ 作者:朝吹真理子
文学の名門に生まれたゆえの苦悩
 〜文学少女? いいえ、私は「野蛮」でした


インタビューから抜粋
「外で遊ぶのも好きです。プール、川遊び、芋掘り、あと、木登り。野蛮です。しょっちゅうけがをしていたと思います」
「フィクションを書くことは昔から好きです。逆に、本当にあったことを個人的なこととして書くのが苦手です。特に日記は本当に苦手。夏休みの絵日記は苦痛の極みでした。ウソならいくらでも書けるのに」
「部活動に熱心な生徒ではなかったのですが、誘われるまま、ソフトボール部、演劇部、フェンシング、生徒会など色々とやっていました。どれも愉快な経験です」



「苦役列車」 西村賢太受賞作:苦役列車 作者:西村賢太
「中卒・逮捕歴あり」こそわが財産
 〜「自分の恥をさらけ出して書く」。私小説家としての覚悟


インタビューから抜粋
「小説に中途半端なモラルを持ち込むと、途端につまらなくなる。自分の恥も含めてすべてさらけ出して書く、というのが僕の唯一の生命線ですから。逆に言えば、それしかできない。実際のところ、小説にしがみついて生きているようなもんなんですよ。これで書いていなかったら、廃人みたいなもんですからね」
「まあ現実問題として、僕は女性と結婚して幸せになったりとかできませんから。その資格もありませんし。残された道は、逃げずに私小説を書いていくことしかない。そう覚悟してこれからも細々とやっていきます」


 ニュースの時点で対照的と思っとりましたが、ここまで対照的だとは……。本の装丁まで白と黒だし……。
 人間心理として、加えて判官贔屓気質な日本人として、どうやったって作品を読む前から肩入れしたくなってしまう西村賢太。作家としてどうこうというより、人としてどうかという話です。(作品としては、選考委員によると「きことわ」の方が圧倒的支持を集めていたようです)
 作品を読んでいない現時点で赤裸々本音ベースで語らせてもらえば、既にキラキラした人生を歩んでいる人が更に名誉ある賞を受賞して、それを喜ばしく思う他人なんているの?ってなモンです。富も幸も分配すべきですよまったく。
 …………実力者が賞を取るのは当たり前で、単に感情論で言ってるだけですから。

 Amazonのレビューを見ると「苦役列車」を好意的に受け止められるか微妙な感じですが、少なくとも受賞者インタビューを読んだ時点では、回答が全体的にお花畑の住人色強く、木登り程度のことを「野蛮」と評してしまう朝吹真理子に対しては「アナタ一体どこのマリー・アントワネット?」と作品以前に人としてイケスカネェ……と反感を抱いてしまいますし(純然たる嫉妬です。自覚ありますからご心配なく)、片や芥川賞を取ったにも関わらず「僕は女性と結婚して幸せになったりとかできません」「これからも細々とやっていきます」とどうやっても陽の当たる街道を歩むことができないっぽい西村賢太には無性にエールを送りたくなってしまうのです。

 13歳のハローワーク公式サイトで村上龍も以下のように書いていますが、作家という職業は西村賢太のためのものであって、水嶋ヒロや朝吹真理子は入ってくんなと思っちまうワケです。いや、負け犬の遠吠えなんですけどね。いや、何に負けたのかもよく分からないんですけどね。

13歳のハローワーク 村上龍氏の職業紹介 「作家」

13歳から「作家になりたいんですが」と相談を受けたら、「作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ」とアドバイスすべきだろう。医師から作家になった人、教師から作家になった人、新聞記者から作家になった人、編集者から作家になった人、官僚から作家になった人、政治家から作家になった人、科学者から作家になった人、経営者から作家になった人、元犯罪者で服役の後で作家になった人、ギャンブラーから作家になった人、風俗嬢から作家になった人など、「作家への道」は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。つまり作家から医師や教師になる人はほとんどいない。それは、作家が「一度なったらやめられないおいしい仕事」だからではなく、ほかに転身できない「最後の仕事」だからだ。服役囚でも、入院患者でも、死刑囚でも、亡命者でも、犯罪者でも、引きこもりでも、ホームレスでもできる仕事は作家しかない。作家の条件とはただ1つ、社会に対し、あるいは特定の誰か に対し、伝える必要と価値のある情報を持っているかどうかだ。伝える必要と価値のある情報を持っていて、もう残された生き方は作家しかない、そう思ったときに、作家になればいい。

 ちなみに、朝吹真理子は「伝えたいメッセージがあって書くという書き方をしません」と言っており(これでますます嫌いになった)、村上龍の提唱する唯一の作家の条件「伝える必要と価値のある情報を持っている」を見事に外しているのにウケました。村上龍が正解とも思いませんが、伝えたいことがない人が作家をしているということ自体、やっぱりイケスカネェ……と思うのでした。

 とりあえず、今抱えている本を読み終えたら「苦役列車」と「きことわ」を読んでみようと思います。


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2011年3月2日(水) 途中経過いろいろ
 少しずつ癌レポ特集の制作に取りかかっているのですが、まとまった時間が取れないため更新が細切れで、イマイチ波に乗れずに苦しんどります。やはり体験レポートのようなものは、リアルタイムに勢い任せでまとめ上げないと駄目ですね。「後でゆっくり」なんて一度でも気を抜いてしまうと、気を張った状態に戻すには莫大なエネルギーが必要となるし、時間と共に思考が熟成されて、リアルタイムでの感情的な想いが落ち着いてしまう上に自己分析が加わってしまうようなのです。このままなし崩しにならないように気を付けないと……。
 父の癌発覚後、「お父さんの癌のこと、調べた情報も併せて、せっかくだからWebで公開してこうと思って」と本人に報告したら、「俺の情報が役立つなんていいじゃねーか!」と喜んでいたので、何としてでも1周忌を迎える前には完成させたいデス。

 話は全然変わりますが、会社が移転しまして。首都圏の人以外にはピンと来ない話かもしれませんが、会社の最寄りが丸ノ内線沿線から東西線沿線になったのです……。家から会社までの距離は時間にして10〜15分ほど遠くなった程度ですが、この利用2線の差は果てしなく大きい。8時40分頃の東西線はヤバイです……。毎日、「今日こそ誰か死ぬんじゃないか」……とそこまでは大袈裟にしても、「怪我/骨折するんじゃないか」くらいには思っています。
 東西線――基本的に混んでいる上に、電車が不用意に揺れるような気がするのですが。路線が物理的に悪いと言うよりも、加速・減速のタイミングがBadなカンジがするので運転手の腕? それとも難しいコースなのでしょうか……。それに車体が全体的に古く、3ドアと4ドアの車両が混ざっているためホームドアも設置できないようで、そのことに関係あるのかないのか、発車ベルが鳴ってからドアが閉まるまでが微妙に長い。ただでさえドアから人々が零れんばかりの表面張力を保って必死でドアが閉まるのを待っているのに、なかなか閉まらないのでドア付近の人々の踏ん張りが物凄いことに。駅員に押し込められ、ようやくドアが閉まって一息つくも、今度は閉まってから発車するまでが再び異様に長い。電車が動いていれば何となく「移動中だし仕方ない」と受け入れられる混雑も、電車が止まっていると物凄く己の状況を疑問に思うんですよ。「何でこんなにぎゅうぎゅうの場所に押し込まれなくちゃなんないの?」と。苛々が募り始める頃ようやく発車すると、初手から加速し過ぎていきなり減速。揺れる人々、押し合いへし合い。こんなにぎゅうぎゅうの状況でも何故か新聞を読む方々。殺伐 とした車内の空気。
 ……いやぁ、コレ、精神病んで当然レベルの異常な状況だよなぁ……と見知らぬ他人にド密着した状態で傾きながら思うのですが、これを毎朝繰り返すのですから、そりゃ鬱が現代病にもなる訳だわ。

 またしても話は全然変わりますが、対照的な芥川賞受賞作2作、「苦役列車」と「きことわ」、読了しました。
 「苦役列車」は好きか嫌いかと言えば嫌いな話……と言うか、嫌な話で、登場人物を含めて胸糞悪くなる作品なのですが、読めばそれなりに次の展開が気になり、あっという間に読み終えました。これが9割事実の私小説ならば、まぁ西村氏ご本人が「僕は女性と結婚して幸せになったりとかできませんから」と言うのも頷けます……。ただ、この人は書く人、本人的に書かねばならない人なんだろうな、とは思いました。
 私が読んだことがある私小説(と言っていいのか微妙ですが)なんて「人間失格」くらいですが、時代のせいか、悩みの重みや深刻度が全然違う。太宰も西村も孤独で酒と女がストーリーに大きく絡み、ジャンル的には「駄目な人」なのですが、「人間失格」の駄目と「苦役列車」の駄目は格が違うと言うか……。「人間失格」は太宰が悩んで悩んで悩み抜いて苦しい苦しいとのたうち回って血反吐を吐きながらガリガリに痩せ衰えて行くイメージですが、「苦役列車」は西村が世を拗ねて怠けて引き篭もって不平不満をだらだらと垂れ流しつつぶよぶよと醜く太って行くイメージ。簡単に言えば「懊悩」と「倦怠」の違いでしょうか。時代なのかなぁ……。
 「きことわ」は思った通り、好き嫌い以前に興味が全く湧かない話でした。読んでいて、いつどこで止めても全く続きが気にならない、最後まで読み続けるのが大変でした。短篇なのに読み始めるとすぐ止めたくなるので、4日くらいかかってしまうという……。私が小説に求めるものが文学性ではないためなのか、本当に驚くほど何も残らない話で。文章が綺麗? 時間の操り方が技巧的? ふーん? 私にとってはかなり読みにくい文章でしたが、こういうのを「文学」って言うんですかね……。

 何にしても、やはり芥川賞は肌に合わない。私のような娯楽性重視の人間が手を出すジャンルではナイみたいです。ここは大人しく、奥田英朗の新作「純平、考え直せ」でも読んで口直しを。(だってもうタイトルからして笑える……)


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2011年3月6日(日) 報道の重さ≠事態の重さ
 最近……いえ、今に始まったことでもないのですが、それにしたって特にここ数週間、ニュースのヘッドラインがギアを入れて変です……。「え? こんなことでトップニュースになっちゃうの?」がこれだけ蔓延っているのですから、その表裏一体セット項目として多くの「え? こんな大事なコトがスルーされちゃうの?」が起こっているハズで、国際社会も激動中、国勢もガタピシ、こんな中で天真爛漫に明るく生きるのはかなりハードル高そうです。

 大学入試問題のネット投稿問題――突き詰めればただのカンニングですよね……。たかだか大学入試のカンニングごときで逮捕され、連日のトップニュースになるっつーのはどうかと……。もちろん不正が発覚した以上、合格(以前に受験自体)を無効にされるなど相当な処分を下されるべきだとは普通に思いますが、このレベルで逮捕を適用するなら、コピペ論文での学位取得だって、ブログ&ツイッターによる情報漏洩だって、堂々の逮捕レベルでしょう。
 大学入試でカンニングをしたのが彼だけだとも思えませんし、携帯を活用した最先端のカンニング方法も、回答を求める先がYahoo知恵袋のような公の場ではなく、知人などもっとクローズドな世界だったら気付かれることもなかった訳ですし、私から見て今回の事件は社会で起きている事件の中で、報道優先順位の低い事件であるべきだと思うのです。

 手に負えなくなりつつあるネット犯罪の後続を断つため、見せしめ的な意味合いが強いのかもしれませんが、19歳の素朴にマヌケな青年が負わされた刑量は果てしなく重く、この人の今後の人生を思うとかなり気の毒です。
 カンニング程度のことで社会の晒し者にされる個人がいる一方で、「イジメによる自殺」なんてニュースは、人が死んでいるにも関わらず半日程度の報道で過ぎ去り、間接的であれ人を死に追いやった加害者は逮捕されることもなく、むしろ的外れな人権を振りかざして過剰に庇護され、少し経てば普通の生活に戻り、普通に社会人になり、普通に人生を送るのでしょう。

 なんだか、鬱屈する社会のガス抜きのための公開イジメに思えてなりません。本当の社会悪を弾劾するだけの正義感も気骨もないマスコミが、安全・安心で話題性が長く持つネタとして人畜無害な生贄を選んだと、そういう風に見えます。2/26から本日に至るまで、「次々と明かされるその手口!」なんてフリップ作って、「携帯で300文字を何分で打てるのか?!」なんて街頭で実演インタビューなんかしちゃって……金と時間をかけた報道だなぁ……。金も時間も、もっと使うのに適切な事件が多々あるだろうに……。

 ただ、この件に関しては「逮捕はやり過ぎ」「マスコミは騒ぎ過ぎ」というマトモな意見が多いようなので少し安心しました。
「カンニングで逮捕させるのは、やり過ぎでは」「見逃した京大にこそ、監督責任がある」――仙台市内の男子予備校生(19)逮捕から一夜明けた2011年3月4日、京大には、電話などでこんな意見が殺到した。これまでに250件ほども寄せられており、被害届け提出に賛成する声もあったものの、その9割以上が批判だという。「マスコミは騒ぎ過ぎだ」といった声も多く、4日だけで150件ほどに達する反響ぶりだった。
――「京都大学、お前は死んだ!」 茂木健一郎ツイッターの過激 より

 私としては、「見逃した京大にこそ、監督責任がある」と言うのはちょっと違うんじゃないかと思います。試験においてカンニングをしないのが前提で、ハイテク化が進もうとアナログだろうと、どんな状況下でもカンニングする方が悪いに決まっています。逮捕は大人げないと思いますが、京大側にも言い分があるようで、今回のカンニングが組織的なものかが分からなかったため警察の介入を求める必要があり、被害届を出したと。そうなると逮捕という形になってしまったと。仮に組織的なものだとしたら今後のためにも厳罰に処す必要があるし、京大側の対応も仕方ないと言えば仕方ない。こういう状況下で、一応被害者である京大がここまで叩かれるのも気の毒です。
 こんな風に、加害者が気の毒という判官贔屓の行き着く先が被害者への攻撃であってはならないと思います。これでは「万引きされる店が悪い」「強盗に遭う管理体制が悪い」「イジメられる子に問題がある」「詐欺に引っ掛かる方が馬鹿」というのと一緒です。
 一番の問題は京大の対応ではなく、このような事件で大騒ぎし、連日に渡って報道しているマスコミでしょう。京大が被害届を出して予備校生がひっそり逮捕されたとしても、それが報道されなければこの予備校生の将来も今の状態ほどには悪くはならないと思いますが、寄ってたかって彼を社会的に公開抹殺しているのは、他でもないマスコミなのです。

 政府も日々ぐーらぐーら揺れとりますが、煽っているのはやはりマスコミでしょう。ま、こちらは本当に政治家たちがどーしよーもないという大前提がある訳ですが。
 私も菅政権が良いとは言いませんが、菅総理に下らんツッコミを入れている自民党を見ると、「オイオイお前ら、ついこの前まで自分たちがやってたことを忘れたのか?」とツッコミたくなります。お互いの揚げ足取りばかりに全力投球してないで、いい加減、国民の幸せを第一に考えてくれませんかね……。
 大体、日本の政治は菅政権になったから酷くなったのではなく、ずっと以前から地続きで酷くなっているのです。55年に渡ってこの歪んだ基盤を作り続けていたのが自民党であって、勝手を知らない新参者にとって歪んだ基盤上で動くのが難しいのは仕方ないことでしょう。それを意気揚々と責めてる場合か。
 政治家たちが各々自分のことばかり考えて立ち振舞ったり、そのためにお互いを陥れ合ったりしているのを見ると、アンタ達の内輪揉めのせいで一体どのくらいの税金が無駄になったのか、その明細を公開しろと言いたくもなります。2009年の総選挙には約683億円の税金が使われたようですが……本当に国民のことを思っているなら、あんなに簡単に「総選挙しろ」なんて言えないでしょう。自民でも民主でもその他でも、とにかく「国民のために!」という気概が見えさえすればソコでイイと思うのですが、どいつもこいつも……。

 前原外相の献金問題にしても、昔馴染みの知人から援助金として年5万円でしょ?(それが5年で計25万円) こんな規模の小さな話、大物政治家の間で日常的に行われているであろう収賄劇の中で、本格的に心の底からどうでもいいレベルなんじゃないですか? 接待や贈答品なども含めて、金品を一切受け取っていない政治家がどれだけいるというのか。政治活動ってかなり資金力を要するみたいですし、ある程度のポジションに就いている人ならば、過去も含めて大多数が援助を受けているのは間違いないと思います。
 政治献金の定義として、「企業→個人は違法、個人→個人は合法、但し外人からは違法」とあってないようなルールがあるようですが、どうせこのような定義を作った権力者は、素人には想像もできないような抜け道をちゃんと用意していることでしょう。皆がやっているからいいという訳ではありませんが、そこそこの企業の重役クラスになれば、年間に受ける接待や贈答品を換算すれば5万円相当を超える人なんかゴロゴロいると思いますし、そこは政治家だからこそ潔白であるべきと言うのなら、いっそ全員調べればいいと思います。

 1月6日に日記に書いた、領収書不要の政調費(政務調査費)なんて月60万円、年720万円ですよ? 外国人からの年5万円の献金が違法だということより、領収書不要の経費が合法的に720万円与えられていることの方が大問題だと思うんですけど……。
 菅政権潰しのために、週替わりでネタを投入している黒幕がいそうですが、多分イロイロ探しに探してコレしか叩くネタが出て来なかった前原外相という人は、逆にかなり清廉な人なんではないか?と推測しましたよ、私は。
 世論はどうなんでしょうかね。福田(元首相)は外相じゃないからOKで、前原は外相だからNGって……福田は北朝鮮企業から20万円、前原は知人の在日韓国人から年5万円? 企業→個人はNGじゃなかった? どっちもどっちだと思いますが、世論としては前原外相に対して「逆ギレ」と批判的な様子……?

 私は別に前原外相を擁護している訳ではないのですが、外交問題ではただでさえアメリカ:沖縄米軍基地、中国:尖閣列島、韓国:竹島、ロシア:北方領土と頭の痛い問題を抱えているのですから、年5万円のお小遣い程度のことでいちいち外相が辞任なんかしていたら、周辺の非常識で図々しい国々から「日本ボロボロだなwww」と更に舐められ付け込まれること請け合い!と思って心配しているのです。
 大体、日本の外相(首相も)代わり過ぎ。他国の外相が前原になった時に「君は僕が知る6人目の外相だよ」と言ったそうですが、この調子で行けば7人目に……。良い人に代わるなら大賛成ですが、ただ意味もなく代わるだけなら外交に悪影響を及ぼす上にお金の無駄なので止めて欲しいんですけど。

 なんだかマスコミが国を悪い方、悪い方に扇動しているように感じる今日この頃。「報道の重さ=事態の重さ」とは限りません。報道頻度、スペースに関係なく、何が知るべき情報で、何が不要な情報なのか、自己判断できるよう日々アンテナを高くしておかないと、と思うのでした。


【翌日3月7日の追記】
 本日、前原外相が辞任しました……。あーあ、「君は僕が知る7人目の外相だよ」ってコトですか……。


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