2003年11〜12月の日常日記&コラム

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早くも帰国から2ヶ月が経ちます。帰国以前に散々鬱になったせいか、帰国直後は「思っていたより嫌じゃない!」と感動していましたが、2ヶ月ほど経った今、「やっぱ息苦しいなぁ……」と再確認しております。

2003年11〜12月の小見出し一覧
◆注目の日記にはセルに水色を付けています◆日付を押すとジャンプ出来ます◆
 11/1(土) 輝け!大道芸人  11/3(月・祝) 歌舞伎鑑賞  11/4(火) 電車内の異常な日常
 11/5(水) 最近のイイ話  11/6(木) 17年ぶりの卓球  11/10(月) 人体の不思議展
 11/11(火) いきなり冬到来  11/14(金) 「プロジェクトX」の嘘  11/22(土) ようやくインドへ
 11/23(日) インド大使館のこと  11/24(月・祝) インド政府観光局へ  11/25(火) インド旅行の準備
 11/28(金) 旅のお供が続々集合  11/30(日) 乗り物酔い対策  12/1(月) 煌きのダイヤモンド
 12/2(火) 煌き……を再び  12/4(木) イヴ・モンタンの言葉  12/5(金) インドでの金銭管理
 12/6(土) 加害者は誰か?  12/7(日) 焦れ続けたインドへ  −




2003年11月1日(土)/輝け!大道芸人  曇
 いきなりですが、私は職人や芸人といった体当たり系のプロが大っ好きです。畳職人、花火職人、桶職人、ガラス職人、印籠職人、ジャグリング、手品師……ジャンルを問わずメロメロです。
 基本的に「全ジャンルにおいて平均点」を取ることが出来るタイプよりも、「ほとんどのジャンルで0点、でもあるジャンルで満点」という偏ったタイプに弱く、そこから派生して「その道一本」という専門家が既に好きです。しかしそんな中で医者や弁護士ではなく職人や芸人に肩入れするのは、常に彼らの背後に「夢ばかりでは食って行けない」という厳しい現実が控えており、一般的に言って厳しい状況にいながらにしてそれでも彼らが敢えて好きな道を選び、キラキラと輝いているからなのです。稼ぎとステータスが保証される類の専門家と違って、そこには融通が利かず、頑固で意固地で、それでいて純粋な愛と熱烈な情熱がある。そういう完全燃焼系の生き様に美を感じ、私的琴線がビリビリと震えるのです。

 そんな訳で本日、たまたま公園で友人と散歩でも……と思って上野公園を訪れたのですが、その際にヘブンアーティストなる大道芸人たちのパフォーマンスが開催されており、2人の大道芸人が見事に私の心をググッと鷲掴みにしたのでした。


(左)ジャグリング&アクロバット・しゅうちょう氏  (右)剣玉師・伊藤佑介氏

※注1:途中から写真ではなくビデオを撮ることに夢中になってしまい、剣玉師・伊藤さんのパフォーマンスでは
1枚もナイスショットを撮れなかったので、ご本人のサイトから1枚を転載させて頂きました。

※注2:剣玉実技の一部をご覧になりたい方は「達人のワザ」の第11回をご覧下さい。


 丁度上野公園に辿りついたとき、何やら物凄い人だかりが出来ており、誰か有名人でも来ているのかとその人だかりの中央を目指して行くと、1人の青年が広げる帽子の中に、人々が次々にお金を入れているではありませんか。暫くして人だかりが散り、改めてその中心に立っている青年の周囲を見ると、足元には「けん玉ギネス記録保持者・伊藤佑介」という小さなパネルが掲げられており、その横には数種類の剣玉が置かれています。
 ――生まれて初めて見ました。剣玉の大道芸人だったのです!

 タイミング悪く、丁度彼のパフォーマンスが終わった時に剣玉というジャンルの大道芸が存在することを初めて知った私は、もういてもたってもいられなくなり、片付けを始める青年を遠目で見守りながら、また始めないか今日はもう終わりなのかとその辺りをウロウロしていました。剣玉というジャンル自体の珍しさも然ることながら、未だかつてあれほどまでに集金率の高い大道芸を、私は見たことがありませんでしたので、きっとこれはもう凄くレベルの高いパフォーマンスだったに違いない、と期待も高まります。
 暫くしてもその場から立ち去らない剣玉師・伊藤さんに、恐らく次のパフォーマンスを直ぐに始めるに違いないと踏んだ私は、散歩を後回しにして、とりあえずご本人に本日の予定を尋ねました。すると、少し離れたところの人だかりを指差して、
「今、しゅうちょうさんがパフォーマンスを始められたようなので、あっちが終わってからまた始めます。あの方は本当に凄いですよ。ヘブンアーティストの中でもトップクラスの方なので、オススメです」
と教えて下さいました。

 さて、剣玉師から薦められたジャグリングの大道芸人・しゅうちょうさんのパフォーマンス。いやもう久し振りに見たせいもあって感動しました。何よりも面白くて笑いが起きるパフォーマンスで、最前列を陣取っている子供たちに混じって、めっちゃ楽しんでいました。技だけではなく技のプレゼン、つまり話術も巧い方で、「感心」というよりも楽しいパフォーマンスで30分以上魅せられていました。
 観客は子供からお年寄りまで幅広く、30分の間に徐々に増えて行く一方で途中で帰る人は少なく、最後には結構な人だかりになっていましたから、やはりかなりの実力者でしょう。

 一方で観客ウォッチも面白かったです。観客を見渡していると、日本人の表情が乏しいということがよーく分かるのです。それは子供に顕著に現れており、満面の笑みを見せる子供がとても少ない。しかし、では楽しんでいないのかと言うとそうでもなく、しゅうちょうさんが「1・2・3の掛け声をお願いします!」と言うと、子供たちは元気に「1・2・3!」と声を張り上げ、その声音はパフォーマンスに集中し、楽しんでいることが窺えるのです。
 飽きっぽい子供を30分もの時間引き付けておくのは至難の業だと思うのですが、しゅうちょうさんはそれをやってのけ、子供は子供なりに芸に集中し、楽しんでいる。しかし、その表情を見ると無表情とまでは行かないまでも、薄いと言うか曖昧で、「目を輝かせて」という表現はどう頑張っても使えない。良いか悪いかは別にして、感情が表情に表れない、もしくは表れ難いようです。

 アイルランドを始めとし、ヨーロッパの国々を見てきて、やはりどうしても日本人の表情が乏しいと言うのは認めざるを得ません。日本人だけでなく、中国人やマレーシア人、インド人やバングラディッシュ人も変化に富んだ表情は余り見せず、個体差はあれど欧米に比べて表情に変化が少なく、喜怒哀楽を表に出さないというのはアジア特有のものなのかな……と思ってしまいました。
 東京を見渡す限り、表情同様「ありがとう」「すみません」と声が出るケースも非常に少なく、ちょっとしたコミュニケーションで日々の生活って楽しくなるのに勿体無い、と私なんぞは思うのですが。
 ただ、数多く引越しをして日本全国を転々としている友人の、こんな台詞が印象的で記憶に残っています。
「大阪とかは結構普通に『ありがとう』って出てくるよ。確かに東京では滅多に聞かないけどね。
 それに私、名古屋と東京で小学生相手の塾みたいなところで働いたことあるんだけど、東京の子供はすれちゃってて手に負えなかった。子供らしくないと言うか、可愛くないと言うか……何を考えているか分からなくて本当に大変だったよ。
 名古屋の時は本当に可愛い子とかたくさんいたんだよ。でもね、東京の子供たちを見て思ったんだ。『ああ、もう必死だな』って。東京の子たちは色んな意味でギリギリのところに立たされてるって思ったよ。あれじゃあ子供が可愛くなくなるのも当然だよ」

 私は東京しか知らないので、つい「東京」だけを見て「日本」と考えてしまいがちですが、「東京」は日本の中でも何もかもが極端で度を越している都市かもしれませんし、これが日本平均とは考えなくてもいいのかもしれません。しかしこれを加味しても、平均の話をした場合、やはり欧米人の表情の豊かさ、喜怒哀楽の激しさには100%負けているのは確実だと思いますが。
 個人的には、喜怒哀楽を表に出す人の方が楽しくて好きですが、だからと言って激しすぎる人も疲れます。それに、バリ旅行の際に出会った子供たちのはにかんだような、しかし弾きれんばかりの笑顔を思い出すと、アジアならではの深みというか慎みというか穏やかさというか、とにかく「良さ」を感じます。要は、四六時中笑ったり怒ったりする必要はありませんが、やはり嬉楽系の他人までもが嬉しくなるような幸せな感情は表情に出た方が微笑ましいと、そう言うことです。
 大人はともかく、無表情な子供たちを見ていると、何となく病んだ印象を受けてしまうという生理的な問題なのです。

 さて、そんなこんなでジャグリングのしゅうちょうさんが終わった後、向かうは本命の剣玉師・伊藤さんのパフォーマンスです。しゅうちょうさんのパフォーマンスが終わる前から始まってしまっていたようで、最初から観ることは出来ませんでしたが、とにかくもう面白い! 大道芸というより職人芸に近いものを感じます。日本でただ1人の剣玉のプロだけあって、見たこともないような技を次々に繰り出し、剣玉のパフォーマンスとしての幅広さを魅せてくれます。
 面白かったのは、ジャグリングのしゅうちょうさんの方は大人よりもどちらかと言うと子供が楽しんでいたのに対して、伊藤さんの剣玉芸はどちらかと言うと年配の方に受けていたということでしょうか。私の後ろに立っていたおじさんは「おお〜〜すげぇぞコイツはっ!!!!!」と興奮気味に感動していましたし、私もですが、やはり大人の方に受けていたように思います。(勿論楽しんでいる子供もいましたが、割合の問題で)
 多分、子供の頃に剣玉で遊んだことがある世代でないと、あの難しさは分からないので、剣玉を知らない今の子供たちはポカン……としてしまうのかもしれません。

 剣玉師・伊藤さんは、こういった芸を披露する一方で、剣玉の普及に努めてらっしゃるようで、それって素晴らしいことだなぁ……と感心します。
 話は飛躍してしまうようですが、今、世の中暗い話ばかりで、夢も希望もないような空気が蔓延し、そういう淀んだ空気は子供から「子供らしさ」とか「純真さ」とかを奪っているような気がしてなりません。TVゲームやパソコンなど、どうにも「動かない遊び」に虚ろな目で熱中する子供たちを見ていると、本当にこの国ってばどうなっちゃうんだろう……と心配で、そういう中、若い世代の方がイキイキと剣玉の芸を披露して、剣玉の普及に励んでいる、なんて知ると、本当に感動しますし、まだまだ世の中捨てたモンじゃない!と嬉しくなるのです。

 伊藤さんのパフォーマンスの中に軽い冗談交じりの小話で、「大勢の人に応援されるが、たまに『他の道を考えた方がいいんじゃないの?』と心配されることもある」というものがありましたが、まぁこの日本ではそういうふうに言う人もいるかもしれませんが、職人を尊敬する私としては、是非是非伊藤さんに日本の剣玉界を代表する、世界的にも知られた第一人者になって、がんばって欲しいとエールを送るのでした。

 そんな期待の剣玉師・伊藤さんのサイトはこちら → Yusuke1979.com〜けん玉師・伊藤佑介のページ


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2003年11月3日(月・祝)/歌舞伎鑑賞  雨
 松本幸四郎主演の歌舞伎「天衣粉上野初花(くもにまごううえののはつはな)」を鑑賞し、今まで全く興味が無かった分野ですが、面白いじゃない!ということに気付いたのでした。


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2003年11月4日(火)/電車内の異常な日常  晴
 最近、電車に乗っていて不愉快にならなかったことがありません。子供に席を譲る親、席を譲られても礼も言わない若い母親、目の前に立つ年寄りに見て見ぬフリを決め込む若者、女が立って男が座っているカップル――電車に乗っているだけで、手を代え品を代えありとあらゆる角度からの異常が垣間見えます。一体全体どーなってるんですか、この国は。

 もう既に「親が子供に席を譲る」のは常識化してしまったようで、私の友人が子供を立たせ自分が座っていると、隣に座った母親から「子供を立たせて自分が座るなんて非常識!」と非難されたそうです。並ばずに横入りした挙げ句、人を押し退けてシルバーシートに座った小学生を誰も注意しないという場面に出くわしたのは昨日のことです。マナーを守っていない子供を注意した人が、逆にその子供の祖母から難癖をつけられているケースも見たことがあります。

 ホットな実体験をここでひとつ。
 ほんの3日前のことです。JR秋葉原駅のフォームで杖をついた老人が「降りるエスカレーターはないですかねぇ?」と上りエスカレーターの頂上のところで上がってくる人たちに聞いているのですが、誰一人としてそれに応えず、横目で見ながら老人を避けるように迂回して通り過ぎて行きます。このご老人、ちょっと耳が遠いらしく大声なものですから、それで「何だコイツ」みたいな態度を取るのでしょうか。それとも単に関わるほど時間がない、忙しいと、そういうことなのでしょうか。
 この日は土曜日ですから、全員が全員、仕事で忙しいとは考えられません。私は善良なお年寄をないがしろにする人間が大っ嫌いです。
 カリカリ来ながらこのお爺さんに「ここには下りのエスカレーターはないんですよ。階段を下りるなら手を貸しますけど」と声を掛けると、こちらが怯むほど恐縮して、「いいですいいですっ! お手を煩わせてすみませんでしたっ」と謝られてしまいす。
 お年寄りにはもうちょっと堂々として欲しいのですが、席を譲ったり助けようとすると必要以上に恐縮してしまうご老人が多くて困ります。そうかと思うと礼も言わない人がいたり。普通に「ありがとう」でイイんですけど……。

 それはともかく、足が悪くて階段を下りるよりは他の駅を経由してでもなるべく階段を使わないコースを発見したいというお爺さんの要望に応え、丁度私も目指していた上野まで同行することになりました。
 一緒に電車に乗り込むと、座席は満席。当然このどこからどう見てもヨタヨタのご老人に席を譲ろうとする動きはありません。ただ、乗り込んだ扉の開閉口の一番近くに座っていた若い女の子がチラチラとお爺さんを気にしており、あともうちょっとだ!とばかりに私がじっと見ていると、目が合った彼女はちょっと照れたような仕種を見せ、ご老人に「どうぞ」と席を譲ったのでした。
 久し振りの良い場面!(いや、普通のことなのですが……) ああもう痺れる、若い子にも良い子がいるじゃなーい、とウキウキする私にトンだオチが待っていました。席を立った彼女はそのまま横にズレ、彼女が座っていた席の隣、つまりお爺さんの隣に座る青年の前に立って、その青年と会話を始めたのです。何と、この平然と座ったままの馬鹿野郎が彼女の彼氏だったのであります。もー心底ビックリして、「本当にその男でいいの?!」という言葉が喉元まで出かかりましたよ……。

 レディー・ファーストが定着していないこの国で、ドアを開けるとまず先に男が入るだとか、エレベーターが開くとまず先に男が乗り込むだとか、連れの椅子を引くことなくさっさと自分だけ座るだとか、そういうことは別にどうでもいいのです。日本に来たことがあるスペイン人の男の子は、日本のこの日常風景に腰を抜かすほど驚いていましたが。
 私的には、いざと言う時に男が身体を張って女を助けるならば、物理的に男手が必要な時に率先して動いてくれるならば、常日頃のそんな些細なことはどーでもいいと思っています。しかし日本の男は必要な場面でも動かない、動けない。これはもう欧米と比べものにならないほど顕著なのですが、外に出ないと「こんなものか」と頭から思い込んで気付かないことかもしれません。
 私はこれが男性だけのせいだとは思っていません。むしろ彼らはそういう風に育てられているのですから現状は当然だと思っています。
 アイルランドで友人が重い荷物を車に運び込もうとした時、その友人のステイ先の母親が彼女を制し、家の中にいる息子に「手伝いなさい!」と檄を飛ばしていました。私的には当たり前であって欲しい風景でしたが、不覚にも感動しました。日本では「母親が息子に何かさせる」というのは当たり前……どころか珍しいのではないでしょうか。
 最近では、子供に手伝わせようとする親を見たら感動できるくらい、親は子供に何もさせません。どうしてこの妙な可愛がり方が子供のためにならないと思わないのか、本当に不思議です。

 席を譲る話に戻りますが、基本的に私は、誰が席に座り、誰が席を立つかという基準は、単に「丈夫な人が立てばいい」と考えています。だから、生きているだけで大仕事の老人は何が何でも座るべきですし、そういう人が立っているのに、骨を作らねばならんという大事な時期の子供が座っているのは、もう異常としか言い様がなく、同様に、精神はともかく身体のつくりが女性よりも丈夫にできている筈の男性が女性に席を譲るのは、労わりやマナー以前に自然の理だと思うのです。
 老人に席を譲った彼女に、座ったままの彼――お前、頭以外に身体も悪いのかよ、と心の中で突っ込みを入れることしか出来ませんが、こんな風景も既にそう珍しいものではなくなっているようです。帰国して2ヶ月ちょっと、毎日電車を使っている訳ではない状態で、男が座って女が立っているカップルを既に10組以上見ています。先にも言いましたが、こういう男を育てているのは、母親であり、現在の彼女ですから、彼らだけが悪いとも言えませんが、うんざりするのは止められません。

 本当に、どーなっちゃってるんでしょうかね、この国は。


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2003年11月5日(水)/最近のイイ話  雲のち雨
 こんな程度の話が「イイ話」に相当してしまうこと自体かなり終わっていると言えないこともないのですが、それでも思わずニッコリ微笑んでしまった最近のイイ話……ってか、ニュースです。
女子高生、実は素顔の男性警官…下半身露出の男逮捕

 4日午後7時50分ごろ、山口県宇部市東平原の住宅街の路上で、痴漢などを警戒していた宇部署新川交番の男性巡査(21)に、男がズボンと下着を下ろして下半身を見せたとして、公然わいせつの現行犯で逮捕された。
 巡査は黒い靴下を履き、市内の高校から借りた女子生徒用のブレザーを着て、女子高生に変装していた

<略>

 巡査は身長1メートル65、体重60キロで、「運動部系の女子生徒にも見える」と同署幹部。化粧はせず、カツラも着けていなかった。巡査ら交番勤務の警察官は7月からチームを組み、一帯の警戒を強化していたが、現行犯でないと逮捕は難しいとして、女装を思い立ち、若く、中肉の巡査が選ばれた。女装のパトロールは10月下旬から行い、この日が4回目だった。
 中島容疑者は「まさか男の警察官とは思わなかった」と供述しているという。笹原芳正副署長は「こんなに早く成果が出るとは思わなかった」としており、同署は余罪を追及する。(読売新聞)



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2003年11月6日(木)/17年ぶりの卓球  雲
 何の前触れもなく、そして何の脈絡もなく、アイルランド留学仲間と「卓球でもしようか」ということになり、4時間ほど白球を追ってきました。台の上で球を追っている時間よりも、床を転がる球を拾っている時間の方が長かったような気もしますが、17年ぶりの卓球です。血沸き肉踊りますよそりゃ。
 しかし球技の中で最も地味なのでは……と思われるスポーツだけあって、体育館に用意された8台の内、7台……つまり私たち以外は全員50代以上の中高年の方たちが占領していました。中には60代後半の方もいらっしゃり、そんな平均年齢が高そうなフロアで最もヘナチョコなのは私たちで、も〜う皆さんキビキビ動く動く。短パンにポロシャツという卓球ルックが様になっていました。ああ私もあんな健康中高年になりたい……。


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2003年11月10日(月)/人体の不思議展  雨
 本日、やはり何の前触れもなく、何の脈絡もなく、卓球のときと同じ相手と東京国際フォーラム(有楽町)で開催されている「人体の不思議展」に行って参りました。彼女の方から
「どう? 興味50%、後ずさり50%って感じだけど」
と誘ってきたので、嬉々として
「行く行く! 興味津々、行く気満々、ウキウキ120%!」
と返したらナゼか引かれてしまいました……。

 紹介サイトをご覧いただければ分かると思いますが、「ここまで見せるのか?!」というレベルで生々しく見せている人体標本の展示会で、私はこういうのは全然平気なのですが、まぁ普通に考えて嫌いな人は多いだろうし、「夢に見そう……」という感想も理解できる気はします。
 ただ実際に見た感想としては、恐いとか気持ち悪いという以前に、どのようにあの標本を作ったのかという最新技術に対する興味や、それこそ人体の不思議に魅了されるのではないかと思うのですが、ま、最後まで駄目な人も中にはいるでしょう。

 本物の人体から水分を抜き取り、代わりに特殊樹脂を流し込んで作られたリアル度90%の人体標本なのですが、ふとした標本の一部がイワシの干物とそっくりだったり、腿の部分が鶏のモモ肉にそっくりだったりしているのを見て、「ああ人間も彼らと同じ動物なんだなぁ」と心の底から思い知りました。そして人間の創りの複雑さに、人間は既に1体で小宇宙なのね……と感動してしまうのでした。

 展示内容はこんな感じなのですが、私的にはこの見せ方に妙な拘りが垣間見えて、一体どういった立場の方がこの展示会を企画し、誰があのような展示方法を提案し、そして誰が標本の妙なポーズを決定したのか、ある意味舞台裏が気になって気になって仕方のない展示会だったというのも、また事実です。「あら、そう?」と呟いてしまいそうな筋骨格系標本を見ていただくと仄かに展示の様子が伝わるかと思いますが、人体全体の標本になると結構な確率で標本たちがどことなくユーモアのあるポーズを取っていて、物凄ーく気になるのです。

 見る人が見たら「死者への冒涜」と思われてしまいそうな放送コードすれすれなんじゃ……と思えるダイナミックな(……すみません、ピッタリな言葉を探せません)展示のせいか、あらかじめ非難対策として「本展に展示されている人体プラストミック標本は、全て生前からの意志に基づく献体によって提供されたものです」という注意書きがしつこいほどにされている状況を見ると、なるほどかなり誤解を招くことをしている自覚はあるんだなと穿った見方をしてしまいます。それほどまでに、この展示は凄い。色々な意味でスゴイのです。
 そして、検体することまでは本人の意志でも、あんなアラレモナイ展示をされることが本人の意志であったかは甚だ疑問……という感想も付け足しておきましょうかね。

 知る人ぞ知る人気展覧会なので非常に混み合っておりますが、お暇な方は是非。


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2003年11月11日(火)/いきなり冬到来  雨
 いきなり寒くなりました。本日は今年は初の冷え込み、12度だったようです。暖かい秋が続いていましたが、いきなり冬はやって来たようです。
 冷暖房は基本的に嫌いですが、寒いのも嫌いです。寒さを逃れるために布団に潜り込むよりは、暖房を使ってでも現実世界に留まった方が健康的なのでは……と考え直したワタクシ、今年初めての暖房のスイッチを……と手を伸ばしかけますが、テレビから流れるニュースにその手を止めます。
 最近、人々の体温低下が深刻な問題になっています。通常、平熱とは36.5度前後を指しますが、最近36度に満たない体温の人が増えているのです。これは運動不足に加えて、冷暖房の完備による身体の調節機能の低下、血行不良によるものです。
 街行く若い女性に抜き打ちで体温を測ってもらったところ、35.1度なんて低温な方もいらっしゃいました。
 最近、健康というキーワードに特に弱くなっているものですから、いきなり不安になって体温計を脇の下に挟み込み、待つこと5分――結果、36.9度……。コレ、どう解釈すれば良いのでしょう……。
 別の意味で不健康なのではとますます不安になる冬の幕開け。健康第一ですな。


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2003年11月14日(金)/「プロジェクトX」の嘘  晴
 日本のマスコミが堕落しているのは周知の事実ですが、何となく……本当に何の根拠もなく、「NHKは大丈夫」的な信頼感がありました。この後に及んでトンだ甘ちゃんですよ全く。
 言わずと知れた感動気質のワタクシ、「プロジェクトX」が大好きでした。問答無用に感動させてくれるこの番組、「真実は小説より奇なり」のオンパレードで、中島みゆきの主題歌「地上の星」の「♪地上にある星を誰も覚えていない、人は空ばかり見てる♪」の下りでは涙腺全開ということも少なくありません。
 目立たず、注目されず、しかし確かな偉業を成し遂げた地上の星たちの無言の活躍が、そらもう日本人に受ける受ける。

 こんな「プロジェクトX」ですが、既に過去2回に渡ってヤラセの摘発を受けているようで(※注)、その度に「あ〜あ、視聴率狙いで事実の感動仕立てってヤツか〜」とガックリ来ていたのですが、不思議なもので「まぁでも全くの嘘ってワケじゃないんでしょ」と諦め気味に事実を受け入れ、そしてまた次回の放送では感動の涙を流すと……馬鹿丸出しの繰り返しをしている訳です。
(※注:2001年放送の第57回「父と息子 執念燃ゆ 大辞典〜30年・空前の言葉探し〜」、第60回「白神山地 マタギの森の総力戦」です。他にもゴロゴロありそうですが、公表されたのはこの2件だと思います)

 しかし今回、本当に身近なところからこの「プロジェクトX」の事実の歪曲、捏造、感動仕立ての演出の裏側を知り、漸く肌身に感じて「ふざけんなっ!」と思うに至りました。身近なところとは伯父で、お題目はロケットです。
 伯父はこのロケット製作のプロジェクトに関わっており、内情をよく知っている立場の人間ですが、とにかく放送を観てその事実捏造に唖然としたと言います。功労者も違えば、関係者として出演した人間の語る事実も違う。第一、このプロジェクトの中心メンバーとして番組に出演した方は実際の中心メンバーではなく、彼は他人がしたことまで自分がやったと語っており、恐らくこれはNHKの「あーもー面倒だから、連絡取れて出演してくれるこの人が全部やったことにしちゃおうぜ」というノリなんだろうな、と簡単に推測できます。
 この番組を見たプロジェクトの関係者たちは何度もHNKに抗議したそうですが、暖簾に腕押しで、全くのシカト状態だったそうです。

 全く関係ない第三者からすると、「この提案をしたのがAさんだったのか、Bさんだったのか」、「ここでこの発言をしたのがCさんだったのか、Dさんだったのか」というようなことは、言わばどうでもイイコトになりがちです。正確な名前が放送されたところで翌日まで覚えているかどうか。また、細かい事実関係も杜撰に受け止めてしまいがちです。視聴者が求めているのはドラマであり、NHKはドキュメンタリーではなくドラマを作ることで視聴者のニーズに応えていると、そういうことなのでしょう。
 しかし、実際に関わった人々は違います。自分たちの功績や思い出、当時の感情、すべてのものが、たった1回の放送でズタボロに汚され、壊されるのです。その放送は感動に飢えている人たちによって軽く持てはやされ、そして簡単に忘れられて行く。やってもいない人が「私がやりました」と語り、事実が捏造されて放映されても誰も真剣に取り合わない。
 こんなことがまかり通る環境を作り上げてしまったのは、「嘘でもいーから感動させて」と馬鹿みたいにエンタメを追い求める私たち視聴者なのです。

 それにしても「プロジェクトX」という番組は、一見地上の星たちにライトを当てているかに見えて、実は一番彼らを食い物にし、馬鹿にしているとしか思えません。番組の製作者にとって「当時の功労者たち」はただの視聴率稼ぎのコマでしかなく、事実がどうとか、当時どんなことがあったのかとか、そんな真剣な話はどうでもいいのでしょう。要は、実際にあったことを元ネタにした方が感動も得られ易く、脚本も作り易い。ドキュメンタリー風のドラマをいかに作るか。その程度のことなのです。
 私たちは毎週見せられる感動秘話に踊らされてイイ気持ちになっていますが、その裏で、歯噛みするほど悔しい思いに囚われている当事者たちがいることを忘れちゃならんと思うのでした。


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2003年11月22日(土)/ようやくインドへ  晴
 興味本位で7年、夢願望として4年、いつかは必ずと思って2年、本気になって1年――しつこく思い続けた国インドに行くことになりました。万歳!
 12月7日から27日まで、とりあえず最低20日間、体力に余裕があれば90日オープンで渡印するため状況(ってか要するに体力)に応じて最大来年の2月上旬頃まで、インドに行って参ります。今のこの絶好の無職状態を逃したら、今後私がインドに行くことは一生ないかもしれない……という切実な状況下で、漸く……本当に漸く重い腰を上げた次第です。

 高級ホテルに泊まって国内移動はすべて飛行機というように、お金さえ払えばたとえ40歳になっても渡印は可能でしょうが、やはりバックパックで安宿巡り、夜行列車20時間で都市間の移動……という旅は、今でないと出来ないと思い……というか、正直身体の弱い私にとって今でも既にかなり厳しいのですが、三十路に突入した今では日を追うごとにインド旅行は厳しくなることが予想されるため、もう今だそれ行け行っておけ!という自分を追い込んだ状況下での渡印なのです。
 生きたい……じゃなくって、行きたい気持ちも半端じゃありませんが、ビビる気持ちも半端じゃありません。

 慣れたバックパッカーから見れば大したことのない旅でも、行く先がインドとなると未経験の者にとっては踏ん切りが付くまで大変でした。今回踏ん切った大いなる要因は、アイルランドで得たインド人の友人アミットではなく、大学時代からの友人であり、新婚ホヤホヤの彼女がなけなしの有給を使って初めの1週間だけ同行してくれるからこそ、この渡印は実現したのであります。途中から独りと最初から独りでは覚悟量はかなり違いますので……。
 実際、めちゃめちゃ度胸の据わったB型の彼女のお陰で、ビビりまくっていた気持ちもかなり落ち着いてきました。いや本当に、私、友人には恵まれているんですけどねぇ……。まあじゃあ何に恵まれていないんだ?って話になる訳ですが。
 しかし、A型の友人Zと旅行した際に、実は彼女が私の「大丈夫だよー」という根拠はないが自信満々の行動にハラハラしていた……と後で聞かされたことがありますが、現在私はそんな友人Zの気持ちを、B型の友人と旅することで思い知りそうです。だってもー旅行計画の段階から「最初からソレは止めようよ……」と何度彼女を止めたことか……。

 さて一方で、マイ・アイドルのアミットは、と言うと、彼は既にアイルランドに戻っており、インドでの寄る辺は一切ナイのですが、元々そんなに頼れる御方という訳ではないので(……)イイのです。「インド行きが決定したよ。嬉しいけどちょっと恐いな」とメールしたら、
don't be scared of india just be careful that's all i want to say
と返事が返ってきましたが、これを見て「No problem」が口癖のインド人の彼ですら「just be careful」と注意を促している事態に、「何だよ〜やっぱ恐いじゃないか〜」と改めてビビっております。だって例えばアミットが日本に来るとしても、私、絶対に彼に「気を付けて」なんて言わないぞ……言う必要ないし。まぁ日本にやって来る旅行者で身の安全を危惧している人なんて、他の国への旅行者に比べたら皆無に等しいと思いますが……。
 基本的に、インド旅行の際の恐怖は病気と盗難であって、殺人や強盗に対するそれは無いわけではありませんが、そこまで気にしていません。要するに、ビビる気持ちの90%が病気と盗難に向けられているものなのです。

 とにかく、五体満足を維持したまま死なない程度に健康で、自分の思った時に日本に帰ってくることが出来れば大満足です。………………神様、聞いてますか? このささやかな願いを……。


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2003年11月23日(日)/インド大使館のこと  晴
 数日前にインド大使館に赴き観光ビザを申請した時のことです。ビザ申請窓口は3つで、受付は全員日本人女性でしたが、まー態度が悪いと言うか恐いと言うか……帰国後No.1のツンケン度。そらもうビックリするほどでした。
 申請書類を郵送することが出来ない上に、インド観光ビザを取得できる場所は日本全国にたったの2ヶ所しかないため、多くの人が旅行代理店などに手数料を払って申請を依頼しますが、中には多少の無理をして本人が申請に出向くケースもあるわけで。受付時間は平日9:30〜11:00のたった1時間半ですが、無職の強みで直接インド大使館を目指した私は「ま〜ギリギリ行けばい〜や」などと優雅に九段下駅に舞い降り、10:55に大使館に足を踏み入れ……そして後悔したのでした。室内は番号待ちの人で溢れ返り、慌てて引いた番号札は105番、待ち人数は56人。結局この日一番最後の番号だった私が呼ばれたのは12時半過ぎでした……。
 ただひたすらに順番を待つ間、ちょっと面白いことがありました。11時をほんの数分過ぎて大使館に辿り着いたインド人男性が、ツンケンした窓口の女性に流暢な日本語で掛け合っています。
インド人 「わざわざここまで来たんですよ。過ぎてるったって、たったの2分じゃないですか」
窓口 「ビザ申請の受付は11時までと、そう決まっています。2分でも、規則は規則です」
インド人 「そのくらいいいじゃないですか! 遠いところから来たんですよ。たかだか申請書類を受け付けるだけでしょうが!」
窓口 「受付は11時までです」
インド人 「オカシイんじゃないの?! 上と話させてくれ!」
窓口 「……あちらになります」

(インド人、指された扉を開け中に入る。暫くして出てきて……)

インド人 「大丈夫じゃねぇかっ! 何だよ、ここの奴等は! インドより酷ぇよッ!
 プライドの高いインド人による自国を用いての捨て身の捨て台詞……個人的に非常にウケました。色々な話を聞く限り、インドよりはマシなんじゃないの?とは思いますが、何にしてもこのインド人男性が激怒してしまう気持ちも分かるほど、インド大使館ビザ受付窓口は酷かったです。何と言うか……そんなにツンケンして楽しい?みたいな……。色々裏事情があるのかもしれませんが、アナタ一応日本人なんだからヘンなとこだけインド化するのはどーよ。
 ま、日本の場合、ほぼ100%予定通りに発行されるので文句はありませんけどね。


申請から2日後に取得できるインド観光ビザ(申請費用1200円)

 そこここで漏れ出る話によると、日本の政府系機関で働くインド人の70%はカーストが低く、それが関係しているとは言い切れませんが、教養・教育のない人が多いらしく、そこから更に派生して、威張り散らすだけ威張り散らして仕事は全然出来ないという人が少なくないそうです。
 下位カーストが多いというのはインド政府の「平等システム」の歪んだ発露で、どういうことかというと、公的機関などでは上位カーストと下位カーストの人員枠が決められており、実力に関わらずその人数制限に従った採用をせねばならず、結果、能力もない人間が下位カーストであることを利用して逆差別のような形で政府系の機関に捻じ込んでくるという訳です。
 そう言えばアミットもこんなことを言っていました。
「今のインドの状況は変なんだよ。例えば医者になるための試験があって、上位カーストの人間だと800点以上が合格とするだろ? でも、カーストが低い人たちの合格点は600点とか、そういう不公平があるんだ。馬鹿馬鹿しいったらありゃしないよ。こんな状況だから、逆にカーストを低く詐称する人間もいるんだ」
 インド大使館には30人程度の日本人と30人程度のインド人が働いていると聞きましたが、無能で横柄なインド人の下で働く内にトゲトゲした雰囲気が習い性になってしまったのだとしたら悲しいなぁ。


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2003年11月24日(月・祝)/インド政府観光局へ  曇
 航空券も押え、観光ビザも取得し、さあ後は大まかな予定を作るだけだ!ということで、本日友人と共に情報集めのために銀座にあるインド政府観光局を訪れました。インドの祝日との兼ね合いで、祝日でも開いていたのです。
 ビザ申請時のインド大使館での混雑を思い浮かべ朝早くからお邪魔したら、職員の方に「気合入ってますね」と驚かれてしまいました。ナルホド、私たちがお邪魔していた3〜4時間の間に訪問客は一切ナシ。気合、入り過ぎていたのかもしれません……。

 インド大使館の時とは打って変わって、インド政府観光局の方たちには非常に快く対応していただき、しかもたくさんの情報を得ることが出来て感謝してもし切れません。インドでの病気・トラブルの具体的な話や心構えなど、「地球の歩き方」などを読んで覚悟していた事態とはまたちょっと違った角度からの覚悟を促され、イイ感じです。気を付けるべきところと、ちょっと力を抜いて良い場面の基礎を教えていただいた感じでしょうか。
 3時間以上もだらだらとその場に居座って計画を立て、その間疑問が浮かび上がる度に「そう言えば……」と逐一尋ねたり、雑談交じりに些細なインド情報を延々聞くことが出来て楽しかったです。
 インドに密接に関わっている職員の方が話してくださった「一番恐い病気の話」が面白恐かったので、ご紹介しましょう。
「最近聞いた中で一番恐い話って言ったら××さんの話かなぁ。現地……多分、村とかそんな場所で寄生虫だか何だかを貰ってきちゃって、血管の中に卵を生まれちゃってね。しかも皮膚の下を這い回って身体中を移動する虫だったみたいで、その虫が身体の中のあちこちに卵を産み付けて行くんですって。完治するのに1年くらい掛かったって言ってたかな。家族にも伝染っちゃって大変だったみたい。アレが今まで聞いた中で一番恐い話だったなぁ……」
 ………………エエ確カニコワイ話デスネ。ぶるぶる。
 この被害者は2年間ほどインドに滞在していた方で、かなりマニアな立場で辺鄙なところまで出入していたようなので、一般の旅行者にはこのような寄生虫を拾ってしまう危険は……ナイとは言い切れないかもしれませんが、確率はかなり低いと思う……のですが……。(←自信がないので尻つぼみ)

 初心者にとって、インド旅行の最大の難関はデリー空港から市内に出るまでだとよく聞きますが、そんな中、ワタクシの豪胆な相棒は「市バスで街の中心まで出ようよ」などとほざいており、半泣きで止めようと訴えていたのですが、この件に関しても職員の方はアッサリ解決してくださいました。
「市バス? 最初からそれは止めた方がいいんじゃないですか? 大体デリー空港ってインド人ですら恐がる場所ですからね〜。空港内は大丈夫なんですけど、1歩出た周辺がスラム化しちゃってて怖い雰囲気なんですよ。市バスでセンターまで出ても、街中には住所なんかどこにも書いてないし、暗いから地図も当てにならないし、人通りも少ないし、デリーの街を遅くに女性が歩いてるっていう状態は危ないですね。
 そうですね……20時過ぎたら街は出歩かない方がいいですね。飛行機は18時デリー着のエアー・インディアですよね? 遅れます遅れます。2〜3時間はザラに遅れます。空港から出られるのは21時過ぎと思っていた方がいいですよ。やっぱり最初は宿からの送迎があればベストなんですけどね」

 ………………相棒も考えを変えてくれたようですし、初日はやはり送迎をお願いできる宿にしようっと。

 衛生面に気を配れというのも無菌状態で育った日本人がインドを旅する時のひとつのキーワードでありますが、何だか話を聞いていると気を配っても焼け石に水ちっくな感じがしてきます。
「スプーン? ああ、地元の人は手で食べてますけど、スプーンは出ますよ。拭いた方がいいかって? まあスプーンを拭いたところで、トレイが既に汚れていますけどね。拭かないよりはマシかも。列に並んでカレーをよそられる前に紙ナプキンでトレイを拭いているインド人とかもいますよ。紙ナプキン真っ黒になってますけど。バナナの葉ですら汚れてますからねぇ。
 第一、大きな街では空気がめちゃめちゃ汚れていますから、1日歩いたら襟首とか真っ黒ですよ。デリーは逆に排気規制があるのでそんなに酷くないんですけど、他の大き目の都会は空気が汚いですよ〜。バックパックも汚れますよ〜。寺院とかは裸足で入らないといけないんですけど、床はホコリと油(祈祷用の灯火の油)で凄いコトになってますからね。
 そうそう、安宿に泊まるならゴム草履も必要ですよ。ちょっと素足じゃシャワー室には入れないと思いますから」

 10日以上滞在する人はほとんど避けて通れない下痢も一種の風土病のようなものだから、1回やってしまえばその後から体が馴染んでくるのでは?(微妙に疑問形)……となると、さっさと苦しんで、さっさとインド滞在を満喫できる体になった方が得策なのでは……という乱暴な考えも浮かんできますが、こういうことは計画通りに行くものでもないので、「普通は下痢になるもんだ」という大雑把な覚悟だけして、後は何も考えないようにしようという結論に落ち着きました。

 とにかく疲弊する旅になりそうですが、それでも行きたいと思うのだからやはり1度行かないことには始まらないのでしょう。

【追記】
 地元の人との交流なんぞは……と伺う私に、迷いを断ち切るステキなお答え。
「――触れ合い? 無い無い。物凄く親切な人も下心がある人も同じに見えますって。見抜くなんて無理。そりゃ本当に親切にしてくれる人もいますけど、食事の誘いとか何かしてくれるとか、そういうことは片っ端から断るべきでしょうね。トラブルに巻き込まれたくないなら」
 実際、触れ合いが出来た人とトラブルに巻き込まれた人って紙一重なんだよなぁ……。


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2003年11月25日(火)/インド旅行の準備  雨
 いやね、私だって別に【脱サラ宣言!】という名前のサイトにインドのことなんか書き連ねたくないですよ。でもね、今の私の生活って80%くらいインドのことを考えて1日が終わって行くんですもん。何も書かないよりは取り敢えず書いておけ、書くことを習慣にしておけという個人的な理由のため、インド旅行のことを書き連ねますよ、誰が望んでいなくても。どーせ年明けから就職活動が始まればこのサイトも嫌がおうにも就職関連の話で埋め尽くされるんでしょうから、今くらいいいじゃないっスか。
 第一「個人的な理由」も何も、個人が運営する日記サイトなんか個人的理由以外に何があるっちゅーねんってくらい個人的事情だけで成り立っているんですから、インド旅行でクルクル回る様を書き連ねて何が悪いってゆーの。みたいな。別に誰も悪いなんて言ってないケド、そもそも……――以下、延々続くようです。
 情緒不安定らしい。


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2003年11月28日(金)/旅のお供が続々集合  曇ときどき雨
 今回のインド旅行、旅そのものの出費も然ることながら、これを機会に購入するものへの出費が痛いっす。無職の身にはじんじん凍みます。くぅ。

 まず、寝袋。
 冬の北インドはそれ相応に夜は冷え込むという情報に加え、夜行列車を利用せねばインド国内移動が出来ないという現実から、仕方がない、寝袋を購入する決心をしました。今回たった1回の使用でお払い箱にしては勿体無いし可哀想。この寝袋のお陰で、今後寝袋を使う人生を歩んで行こう……と腹を括り掛けた時、そう言えばZ社のシャカリキ社員が会社のデスク引出しに寝袋を忍ばせていたっけな……と思い当たり、ぶるぶると震えながら「違うっ違いますっ日本以外で使うってコトですぅっ!」と慌てて神様に訂正しておきました。最近、神様が私の望むことを理解してくれているかちょっと自信が無くなりつつあるので、明確に願いを言葉にするよう心掛けているのです。他に心掛けるべきことは山のようにあるのですが、どうでもイイコトから足固め! それが人生ってモンなのです。(←激しく勘違い中)
 そんな(どんな?)思い入れの寝袋が昨日届き、意味もなくわあい試用だ〜!と自室の床で寝袋に包まって寝てみたり……。一応「5度対応」というものを購入したのですが、そんなに暖かいものでもないんですね……。
 また、手にした時には感動の余り言葉を失ったほど小さく軽い寝袋なのですが、携帯用の袋に余りにもギチギチに詰まっているため、出すのも大変なら、迂闊に使用してしまうと空気を孕んでふんわりしてしまって詰め戻すのも大変という……。どんなにぎゅうぎゅうとコンパクトに絞ってみても、最初に入っていた筈の袋に収まらず、今ではびろびろとした締りのない状態で部屋の片隅に放ってあります。出発前に根性で袋に捻じ込めますとも。(予定)


袋(右)に収まりきらなくなって困っている寝袋
380gと超軽量!


 そして梅エキス粒。
 私が何を言っているか付いて来られない方のために詳細解説をしますと、どうやらヘタな整腸剤よりも梅干の方が下痢予防に適しているという情報が入ってきまして、梅干をどうやって持って行こうかと頭を悩ませていたのです。1日朝晩で2粒として最低でも40粒、予備を考えて60粒……1kgは軽く超えますし、容器のことも考えるとかなり面倒です。
 そんな時、相棒から「前に旅行した時に友達が梅エキスのチューブを持ってて、ちょくちょく舐めてた」との情報を得、それだ!ってコトで薬局に走りました。そして薬剤師の人と話してこんな情報を新たにゲットしたのでした。
「インド? ああ、整腸剤として梅干はいいですよ。ちゃんとした梅から作られたものがやはり良いんですよね。紀州の梅とか。一番良いのはそのものを持って行くことですけど、まあ長い旅ならエキスとかは良いかもしれませんね。いや、本当に効くんですよ。1日1個の梅干はお腹の病気知らずになります」
 結局その薬局には梅エキスのチューブは置いていなかったのですが、売るためでもないのに熱く梅を支持した薬剤師の言葉はますます梅の評価を高め、これは正露丸も大事だけど、梅も何が何でも持って行かねば!という気持ちに拍車が掛かります。
 避けて通れない風土病のような下痢はともかく、お腹の調子さえ良ければ頑張って乗り切ることが出来る下痢はなるべく避けて通りたい――梅携帯が決定した瞬間でした。ええ、お分かりのように結構素直に生きてます、ハイ。父が肺癌かもしれないという時にも、プロポリスで治すつもりでいた実績がありますから。
 その後、瓶に入った梅エキスは見付かれどチューブ状のものがどこにも無かったので、携帯に便利な粒状のものを購入。足場が固まって行くこの感じが堪りません。


食後に2粒以上舐めると効果的……らしい
お値段は100g3000円と薬並み


 デカい出費はデジカメでした。無職無収入の我が身にはデジカメ購入は傷口に塩を塗り込まれるようなものなので、結構悩みました。
 現在愛用している FinePix4500 は2001年3月に購入して以来大きな病気もせず、2年8ヶ月も付き合い続けているせいか気心も知れてきて、使いやすくて大満足なのですが、ただ1点、光学ズームがないということに不満がありました。今度のインド旅行には当然PCは持って行きません。ノートとカメラが命の旅です。そうなった時、「ああ、あの遠い場所にある××がアップで撮れたら……」という悔しさは計り知れないものになる……ような気がします。(ならないような気もします)
 新しいデジカメを購入するにしても、どの機種が良いのかサッパリ分かりませんでしたが、今月の19日辺りから調べ初めて最終的にコニカミノルタの DimageXt が候補に残りました。小さくて軽くて光学ズーム3倍……しかし、今までのメディアは使えず買い揃えたスマートメディアを横目にSDカードへの移行、電池も汎用性のある単3から専用電池へ。くっそ〜世の中何でも金かよっ!
 ………………結局、「もしかしたら一生に1度のインド旅行」という看板に流されて購入しました……。

 そして本日届いた期待の新人 DimageXt ですが……駄目だ。デザインや重さなど外見は文句ナシに気に入りましたが、肝心の写真が何だか美しくない。同じ場面を FinePix4500 と撮り比べると色合いが全然違う。しかも同じ解像度にしているにも関わらず、気のせいか画像が荒い。
 ああ……たった1つの欠点くらい目を瞑って使い続ければ良かった……。この状況は正しく「私今の会社気に入ってるケド有給が年間15日なのよ。でも今度転職しようと思っている会社は年間20日だし家からも近いの」と言って転職した会社が、人間関係最悪、仕事つまらん、みたいな。そのくらいのショックを受けました。分かり易く言うと。
 ああ〜有給休暇の日数なんかに騙されるんじゃなかった〜〜〜っ(←話が変わってきている)


有給休暇が20日家から近くても、人間関係最悪で仕事もつまんなくちゃねぇ……じゃなくって!
コニカミノルタ DimageXt スウィ〜トレッド


 この他にもケーブル・ロック、南京錠、アーミーナイフ、虫除けスプレー、ウエットティッシュなどを家中から掻き集め、着々とインド旅行準備は進んでおりますが、未だドキドキする気持ちは健在です。特に友人と別れて一人旅になった後からが……。


細々したモノたち

 おっと、そして忘れちゃならない付き合い始めたばかりの万歩計も持って行かなくっちゃ!


万歩計「おくのほそ道」〜深川から始まり大垣で終了
現在第4ポイント鹿沼なり(全53ポイント)

 インドの広大な土地を奥の細道に当てはめること自体、何か間違っている気はするけれど、いいのだ。日本人なんだから。(意味不明)


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2003年11月30日(日)/乗り物酔い対策  雨
 インド旅行の際、国内移動手段として最も活躍しそうなのは鉄道です。しかしその鉄道利用の背景には、都市間の移動は最低でも3時間、覚悟しなければならない状況下では最高28時間と、乗り物に弱い私としては厳しい現実が控えています。
 基本的に電車には余り酔わないのですが、それはあくまでも日本やヨーロッパの電車の話であり、更には最高たかだか5〜6時間程度の乗車に関しての話であり、インドの電車で20時間……などという状況に関しては全く自信がありません。

 恐らく乗り物酔いしやすい人にはよく分かっていただける話かと思いますが、乗り物酔いは酷い順で バス>自動車>電車>飛行機 で、実は電車で酔ったことは記憶にある限り数回しかないのです。しかも幼少の頃。今ではバスか車しか酔わないのが通常です。バスだって、アイルランドでバスを毎日使っていた頃に大分鍛えられ、「お? 私もバス酔いしなくなったかな?」などと一時期誤解したこともあったほどなのです。ただつい先月、坂の多いサンフランシスコで自家用車に乗った際、たった10分の距離でも気持ち悪くなってしまった実績があるため、駄目だインドなんかでバスに乗ったらイチコロだ、という思いも高まります。それに引き摺られて、日本の大地では大丈夫である筈の電車に対してまでもインドの大地ではどうだろう……と多少のビビりが沸き上がるのです。
 また、インドの夜行列車と言ったらインド人でさえも荷物をチェーンで括りつけるなど盗難対策が当たり前で、そんな気を張らねばならない時に「うう……気持ち悪い……」なんぞと悠長に酔っていられるかも心配です。
 バスにはなるべく乗らないつもりですが、それでも乗らねばならない場面も出てくるかもしれません。そうなると、バスの場合は1時間の乗車だって心配です。

 乗り物酔いの薬にしろ漢方薬にしろ、飲んだからと言って完璧に効く訳ではありませんし、出来れば薬は使いたくないという気持ちもあります。手首にある酔い止めのツボを刺激するアキュライザーなるリストバンドにも注目していましたが、色々調べてみるとそう劇的に効くはずも無く……。耳の後ろにピップエレキバンのようなものを貼ると良いという情報もありますが、これもイマイチ……。
 やはりただひたすら耐えるしかないのかしら……と諦め気味にネットの世界を彷徨っていると、情報の宝庫「教えてgoo」で正しくドンピシャな質問が見付かりました。
質問:乗り物酔いをしなくなる方法はありませんか。
 そしてこの中に、私的に琴線がビリビリ震える画期的な解決策が回答として紹介されていたのであります。
 乗り物酔い重症の私でしたが、小学校の修学旅行1週間前に車酔いしそうな生徒全員が放課後体育館に集められ、毎日10分程度「でんぐり返し」?をしました。ひたすら前転です。その結果、吃驚するほど治りました。以来一度も酔いません。
 「練習したから大丈夫」という思い込みも作用したでしょうが、おそらく三半規管が鍛えられるからだと思います。

 コレッ!!! なんか本当っぽい!(←うわっ負けずに馬鹿っぽい!) ヘタな薬よりアキュライザーより断然効きそうっ!
 鍛え続けなくても以後1度も酔わないの?という疑問もありますが、集中的に三半規管を使うことで、もしかしたら何かが振り切れて壊れてしまうのかもしれません。(←幼稚園児以下の推理) よく分からないけれど、お金の掛からないこの方法、大賛成です。
 ふと日付を確認すると、謀ったように本日は旅行1週間前。もーうこれは神様の采配! 回るっきゃない! 今日から1週間毎日10分前転するっきゃないでしょう!

 ――と言うことで、我が家で前転できるスペースは応接間のみ……。30にもなって無意味にゴロゴロ転がるなんてイタ過ぎます。こんな恥ずかしい特訓(?)は自室内でこっそり済ませたかったのですが、スペースの関係上、テレビが置いてある家族共用の場を使用しなくてはならないようです。10分間と言ったら結構長い時間です。イイ年した娘が家で黙々と前転をしている姿なんて、まともな神経の持ち主なら親には見せたくないでしょう。親想いの私が思わないわけがないので、家人が寝静まる丑三つ時にこっそりとゴロゴロゴロゴロ転がっていました。
 そう言えば前転したのなんて一体何年ぶりでしょう……。初めの1回は結構な衝撃で頭がぐわんぐわんしてしまいましたヨ……。たかだか10分の前転がこんなに大変とは思いませんでした。いや〜インドのお陰で稀な体験をさせてもらっています。これが有意義な体験かどうかは別にしてね。

 まさか自分が30にもなって1日10分も前転し続ける人生を送ることになるとは夢にも思いませんでした。本当に、人生ってどこでどう転が……文字通り「転がって」行くか分かりませんね……。


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2003年12月1日(月)/煌きのダイヤモンド  雨
 最近崩れた天気が続いています。天気が悪いと問答無用で気分も落ち込みがちになりますが、雨なんぞ降られてしまっては外出さえも億劫になります。そんな雨から得られるメリットと言えば「普段混雑している場所が空いているのでは……」――そんなわけで、かねてより行ってみたかった「煌きのダイヤモンド」展に雨の中レッツ・ゴー!
 平日の午後一というアドバンテージに加えて雨の援護射撃ですよ。こりゃもう絶対に空いているに違いありません。

 展示会場は上野の東京国立博物館(上野公園内)で、2駅隣の秋葉原に用があったので、ついでとばかりに秋葉原から歩いてしまいました。最近インド旅行対策として、往生際悪く水泳やウェーキングで体力作りに励んでいるのです。…………非常にささやかですが。
 結構な距離を歩いたせいで既にズボンの裾などは濡れ、全体的にもしとしとしてしまいましたが、上野公園に辿り着くと思惑通り人が少なく、やった!もうすぐゆっくりダイヤモンドに浸れるっ!と期待も高まります。
 いやー、雨もなかなかいいね、なんぞと思いつつジャケットに染みいる雨をものともせずに上野公園内を突っ切る形で東京国立博物館を目指すと、いや〜予想以上に空いている空いてる、全然人がいない……って、今日は休館日ですた……。

 グレそうです。


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2003年12月2日(火)/煌き……を再び  晴
 後で書きます。


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2003年12月4日(木)/イヴ・モンタンの言葉  雨
 イヴ・モンタン(Yves Montand)と聞いて氏筋が即判る方はどの程度いらっしゃるのでしょうか。恥ずかしながら、私は「名前はどこかで聞いたことがある……ような気がする」という程度で、それ以上のことは全く知りませんでした。彼なのか彼女なのかさえ分からなかったワケですから、当然人となりなど見当も付きませんが、偉大なシャンソン歌手にして名優であった(らしい)彼が生前、日本についてこんなコメントを残していると聞き、少々興味を抱いています。
「こんなに国が悪いのに何とも思わないのは馬鹿。何か思っていても何も言わないのは犯罪者」
 的確な上にセンス良いなぁ。日本は馬鹿と犯罪者の集団というワケですネ。最高の国になりうる要素はたくさんあると思うのに、勿体無いなぁ……。


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2003年12月5日(金)/インドでの金銭管理  曇ときどき小雨
 荷造りも終え、大体の地図も頭に入れ、大まかな旅の流れを把握し、準備万端っ!……と言いたい所ですが、なかなかどうしてそうもいきません。現在、所持金をどのくらいにすべきかという初歩的なコトで最後の最後まで悩んでいます。
 インド政府観光局から「カード詐欺が横行しているので、カードは最後の手段にすべし」というアドバイスを頂き、インド国内での国際キャッシュカードでATMによる現金引出が出来るのかどうかも定かではなく、しかも盗難確率が高いインドにあっては、残された金銭所持の手段はトラベラーズ・チェック(T/C)しかありません。
 実はT/Cを利用するのは人生初めての海外旅行のとき以来、今回が2度目です。留学の時も、留学先からの近隣諸国への旅行の時も、T/Cを使ったことはありませんでした。こんなことからも私がいかにインド旅行にビビっているかが伺えます……。

 20日(以上)滞在するに当たって一体どれだけ準備すべきか、T/Cを作った4日前は「1日5千円」というかなり多めに見積もった(つもりの)計算により10万円もあれば充分だろうと思っていたため、600ドルT/Cと400ドル現金で約11万円、完璧!と安心していたのですが、直前になって、最初の1週間旅を共にする相棒が10日弱の旅程で「1日1万円」計算で10万円以上用意しようとしていることを知り、更には列車での国内移動が不可能な場合は飛行機を使うしかなく、そうなると予算も跳ね上がる……などと考えているうちに、どうして良いのか分からなくなってしまいました……。
 「地球の歩き方」に「旅の予算」という項目がありますが、3タイプの実例として紹介されている1日の予算は595円、3798円、2万1375円。……「コレ参考になるのか?」と一瞬怯みかける幅の大きさですが、内訳をよく見ると主には宿代の違いのようですから、「宿代+600円程度」と考えて「1日5千円で充分じゃ……」と思いつつ、ネックは飛行機を利用するかしないかにかかってくると思うとやはり予算を立てることが出来ないのです。
 ドルT/C、ドル現金、円現金の3本柱でインドに臨むことにしましたが、一体いくら用意すべきかは未だに検討中です。出来ればですが……本当に出来れば、なのですが、T/Cしか使わずに帰ってきたいです……。

 腹ベルトでパスポートとお金を管理するつもりですが、大事なものを1ヶ所に管理するとその1ヶ所を狙われた場合どん底の窮地に突き落とされるわけで、じゃあ2ヶ所に分割管理……となるとこれはこれで神経が行き届かず、帰って無用心になるのでは……とどうでもない悩みは延々と続いております。


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2003年12月6日(土)/加害者は誰か?  曇
 何と言うか、微妙ですが、私はこの29歳男性会社員を応援します。
<殴打事件>優先座席に座っていた女子高生殴る 神戸・地下鉄

 5日午後5時25分ごろ、神戸市営地下鉄の新長田駅(神戸市長田区)―板宿駅(同市須磨区)を走行中の車内で、乗客の神戸市長田区の男性会社員(29)が、優先座席に座って携帯電話を操作していた女性会社員(18)と女子高校生(17)に注意した後、2人の顔を数回たたいて10日〜1週間のけがをさせた。
 兵庫県警須磨署は傷害の容疑で逮捕。調べでは、当時、車内は座席が埋まり、数人が立っている状態だった。新長田駅でお年寄りが乗り込んできたため、席を譲るよう2人に注意をしたが、女子高生らは応じなかったらしい。女性らは「大声を出され、突然、たたかれた」と話しているという。
毎日新聞 [12月6日11時22分更新]
 ありきたりの意見として「注意するまでは良くても、叩くのはやり過ぎ」というのもあると思いますが、「注意したが応じなかった」というところに現実があるのであり、では言葉が通じない人にはどう対応すれば良いのでしょう。言葉が通じない人に言葉だけで解決を迫っても、結局、厚顔無恥に注意をシカトする者がのさばるだけ、という場面も少なくありません。
 暴力は勿論いけませんが、年寄りに席を譲らずに優先席で携帯電話を操作していたということ自体、この女子高生らは2重のマナー違反を犯しており、これはもう態度の暴力です。それをただ一方的に年寄りに席を譲れと強く迫った側が加害者で、それを無視した側が被害者というのは私的に納得が行きません。

 また、この出来事に「殴打事件」という見出しをつける辺り(他の新聞では「暴行」という表現を使用)、現代日本の抱える問題点が浮かび上がります。古き良き日本に見られた「頑固オヤジが近所の悪ガキを注意した(殴った)」という健全な場面も、今の風潮に掛かれば「暴力事件!」と騒がれかねないので、野放し状態の歪みはますます増長して行きます。
 子供に注意できない大人たちや公衆道徳から外れる人を野放しにする環境をどうにか変えたいと思っても、世の中は自ら悪くなる方へ悪くなる方へと直走っているようです。

 それにしても心配なのがこの29歳男性社員の行く末です。「年寄りに席を譲れ」という当たり前の注意が出来る人は、日本全国に現在どのくらいいるでしょう。こういう貴重な人材をワケの分からない傷害罪などで汚したくないものです。
 各新聞の書き方にも滲み出る「殴った方が悪い」という図式は、今後このような正義漢が輩出される可能性をトコトン奪うでしょう。暴力の方が分かり易くイケナイため、本当の意味での問題点は注目されず、この馬鹿女2人は堂々と被害者に成り上がっているという末恐ろしさ……。

 非暴力で事態を治めることが出来ればそれがベストですが、それをたった1人に任せるのは酷と言うもの。乗車客全員がこの馬鹿2人に「席を譲れ!」と迫れば、暴力なしに彼女たちを優先席から退かすことが出来たかもしれませんが、こういうことは無関心大国・日本では99%起こりません。
 結果、突出した正義漢は逮捕され、それを見ていた周囲はますます無関心を決め込む……というのが今の日本の悪循環構造です。――「仕方ないよ」「そういうモンだよ」じゃなくって、「変えたい!」って思いませんか? ってか、思っている人は意外に多いと思うんですよね……。あとは行動に移すという大きな山場を越えるかどうかの問題で。
 頑張れ日本人!


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2003年12月7日(日)/焦れ続けたインドへ  曇
 ではではではではインドに行ってきまっすっ!
 帰って来たら写真と日記をアップします。


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