2002年2月の日常日記&コラム
[前の日記に戻る] [次の日記に進む]
別れをいつ切り出そうか……毎日のように悩んでいます。
| 2002年2月の小見出し一覧 | ||
| ◆注目の日記にはセルに水色を付けています◆日付を押すとジャンプ出来ます◆ | ||
| 01(金) 逸した機会 | 04(月) 続く寝不足…… | 05(火) サービス残業考 |
| 06(水) 小休憩 | 07(木) 小休憩 | 08(金) 小休憩 |
| 12(火) 日常会話に見る今時 | 13(水) 取り敢えず第1関門 | 14(木) 今後の身の振り方 |
| 15(金) マイナスイオンブレス | 18(月) 未定の退職時期 | 19(火) 小休憩 |
| 20(水) 絡み付くマイナーツール | 21(木) 開発環境以前の問題 | 22(金) バタバタする日々 |
| 25(月) 小休憩 | 26(火) 小休憩 | 27(水) 正式な退職日 |
| 28(木) 今から現実逃避 | − | − |
3月31日に退職する計画を実行すべく、本日の帰社日に、まず雇用主であるT社社長に別れを告げようとアポを入れたのですが……掴まらず。
2002年2月1日(水) 逸した機会 晴/-1:30
本日、早速第1回目の機会を逸したのであります。
幸先悪いなー……。
睡眠不足が祟っていたため、せめて土日でぐっすり眠ろうと思っていたのに、【日常エッセイ】 No.35 「愛しのインド映画『DDLJ』」を書くに当たって、でうっかり自分の煩悩エリアに足を踏み入れてしまったために、夜な夜な編集作業……。またも寝不足の日々が訪れたのであります……。
2002年2月4日(月) 続く寝不足…… 晴/0:00 (+0:30)
「雪印は、どーせ上の奴らは今のままで、下々が今回の被害を全面に被るんだろうなぁ……」と思っていたらまさしくその通りで……。それどころか「雪印ブランドは残したい」だなんて、この期に及んでまだ言うかっ! 事の深刻さがまったく分かっていないようで……。
2002年2月5日(火) サービス残業考 曇時々小雨/0:00 (+0:30)
<雪印>「なぜ私たちが犠牲に」 解雇通告されたパートら涙声で (毎日新聞 2002年2月5日)何か良いニュースはないんかい、と思っていた矢先、以下のニュースが目に飛び込んできたのであります。
「牛乳には雪印の名を残したい」。5日、再建計画を発表した雪印乳業(東京都新宿区)の西紘平社長は苦渋に満ちた表情で話した。「外部資本の受け入れ」「他社の傘下入り」「地域分社化」。再建とは裏腹の厳しい言葉が漏れる。雪印グループ全体が存亡の危機に直面する中、牛肉偽装事件を引き起こした雪印食品(中央区)では、既に1000人のパートらが解雇を通告された。「なぜ私たちが犠牲になるのか。悔しい」。50代の女性は涙声で訴えた。
(略)
<サービス残業>8カ月さかのぼり時間外賃金払う 日本ペイント (毎日新聞 2002年2月5日)私の理想から言えば、たかだか21人分のサービス残業をたった8ヶ月分だけ支払わせるなど手緩すぎる処罰ですが、国の機関が国民のために何か良いことをするのは珍しいのが現状であり、実際問題、今回の処置は「極めて異例」レベルなので、まぁ大いなる(いや、小さいんですが……)第一歩ということで、ほんのりと心暖まります。
塗料メーカー最大手「日本ペイント」(本社・大阪市北区、藤嶋輝義社長)の従業員21人の計3500時間分の労働時間が「サービス残業」だったとして、厚生労働省・天満労働基準監督署が昨年10月、同社に正当な時間外賃金を支払うよう勧告していたことが4日、分かった。同社に対しては、以前にもサービス残業解消に向け勧告したが改善されず、悪質と判断。時間外賃金を8カ月もさかのぼって支払わせる極めて異例の勧告となった。同社は勧告に従い、全員分の残業代計990万円を支払った。
(略)
このため、残業の歯止めがなくなり、残業が1カ月で70〜80時間に達する職員もあった。過労死を心配した家族が、市民団体「労働基準オンブズマン」に相談。同団体の弁護士が労基署に書面で通告していた。
(略)
同時に、心配事もあるのです。
恐らく月数十時間のサービス残業などは、日本全国津々浦々「当たり前」のレベルで行われている法律違反で、この記事を目にした少なくない数のサラリーマンが、「何だよ、俺だってこのくらいのサービス残業してるよ!」と思うことでしょう。下手すれば「たかだか70〜80時間程度でガタガタ言うなよ!」くらいのことを言い出す人もいるかもしれません。
……いや、下手をしなくてもいますね、確実に。と、言うか、こちらの方がメジャーな意見なのかもしれません。
今回支払い対象者となったのはたったの21人だったようですが、従業員数約2500人の日本ペイントの、たった21人だけがサービス残業をしていたとは到底考えられません。同じ会社に勤めていて、同程度のサービス残業をしている社員が、この21人以外にいないなどと、どうして考えられるでしょう。
心配なのは、今回のような微々たる改革がなされた後に、本来なら味方になって応援すべき立場の人々が、羨ましいという感情から、足の引っ張り合いを始めやしないか……ということです。
現実に、「サービス残業は必要悪」「世間知らずが勝利した」「70〜80時間程度の残業では過労死しません」「こんなことで騒ぐ家族は過保護もいいとこ」という意見もあるようで、踏み付けられている筈の当人たちが、諸手を挙げて「サービス残業しまっせぇ!」という姿勢なので、いい加減げんなりします。
彼らにとって「サービス残業」とは、「就職」とほとんどセットで存在するもので、こんなことで文句を言うこと自体、「働く気がない」「甘えている」という枠組みにされてしまうのでしょう。
ここでまたいつもの流れなのです。
「『サービス残業すべきじゃない』なんて、それは正論かもしれないけど、現実問題、その正論で国が成り立つと思うの? 無理だよね。だからサービス残業なんてのは当たり前なんだよ」──と、こんな具合です。
やりもしない内からしたり顔で「無理だよ」と決め込んで、当然のように何もせず、挙げ句の果てに、成し遂げた人を見れば「甘えてる」「文句多すぎ」とレッテルを貼る……。一体こういう人たちは、自分たち自身が幸せになりたいと思わないのでしょうか? 「思わないんです」と言われてしまえばそれまでですが、ならば最低線、奮闘努力の末に正当な利益を勝ち取った人に対して、見当違いの嫉妬や妨害は止めてもらいたいものです。
勿論、残業代を稼ぐためだけにダラダラと会社に居座る人もいるでしょう。しかし、「そういう人がいるんだからサービス残業は必要悪」というのは問題点をすり替えているだけに過ぎず、何の解決も生みません。
理不尽なサービス残業にはそれ相当の処置を施し、無駄に残業を繰り返す社員にはそれ相当の処置を施せば良いだけのことです。これらは全く別の問題で、どちらかの問題を適切に処置できる世の中であれば、自ずともう片方も適切に処置できます。逆に言うなら、どちらか片方の問題ですらロクに解決できない世の中だからこそ、筋がなく、全編に渡って駄目駄目なのです。
それにしても。
出る杭は打たれる風潮が蔓延している国ですからね……日本って。そのクセ、悪い意味で出る杭は放置されているのが日常で、本当に良くなる見込みはあるのかと、今日も同じ疑問にぶち当たるのでした。
なんだか凄いWebサイトを見付けてしまって、読めば読むほどブルーになってしまった……。管理人さんがどう、とかではなく、扱っているテーマに対して……。むしろ管理人さんは凄いと思う……。詳しくは明日にでも。
2002年2月6日(水) 小休憩 曇/0:00 (+0:30)
小休憩……。
2002年2月7日(木) 小休憩 晴/0:00 (+0:30)
サボり気味……。
2002年2月8日(金) 小休憩 晴/0:00 (+0:30)
雪がちらつく日曜日、久し振りの友人Cとの遣り取りから、今時を見た気がしました……。
2002年2月12日(火) 日常会話に見る今時 晴/-0:50
──と、言うことで、今日はすべて会話形式で記録しておこうかと思います。
鷹瀬 「久っし振り〜! いやぁ、今さ、来るまでの間に心温まるシーンに遭遇しちゃってさぁ。久し振りの良い話だったよ〜」小野陽子に引田天巧……そこまで広げないと網に引っ掛からない、日常会話に見る今時でした。
友人C 「なになに?」
鷹瀬 「電車の中での話なんだけどね。中高校生くらいの男の子3人と、その子たちのお母さんらしき人と、もう1人中年のおばさんとで5人の集団が乗り込んできてね。シートが1人分だけ空いてたら、男の子の中で一番若い坊やが『座っていい? 座っちゃうよ』みたいな感じでちゃっかり座っちゃってさ」
友人C 「さもありなん、な風景だよね」
鷹瀬 「そうそう。──なんだけどね、その子が座って1分も経たない内に、こう……着物着た上品そうなお婆さんが、その子の前を横切ったのよ。そしたらその子が素早く立って、お婆さんに向かって『どうぞ』って言ったのよ!」
友人C 「ほほう」
鷹瀬 「でもタイミング悪くて、お婆さん気付かずにその男の子の前を横切って、そのすぐ傍の扉の手すりに掴まって、その男の子に完全に背を向ける形で立っちゃってさ。お兄ちゃんたち2人は『うわっ、お前カッコ悪!』みたいに冷やかしてて、お母さんもお婆さんの方をチラっと見て、息子の方を見て苦笑してて……。その男の子、暫くお婆さんに声掛けようか、どうしようかって感じでモジモジしながらその場に立ってたんだけど、結局また座っちゃってさー。
もーさー、お母さんが一言『ほら、声掛けなさい』とか言ってあげれば良いと思わないっ?! そういう一つ一つのことが積み重なって、優しい子供に育ってくのにっ! せっかく良いものを持ってる子だったのに、その芽を育てるどころか親が潰してちゃ世話ないよね」
友人C 「鷹瀬が言ってあげれば良かったのに。『頑張れ!』って」
鷹瀬 「近くに座ってたら『あともうちょっとの勇気だ! 頑張れ!』とか言いたかったけど、6メートルくらい離れてて、なかなか……」
友人C 「って言うか、鷹瀬……それ、『良い話』じゃなくて『良い話になり損ねた話』じゃん」
鷹瀬 「えー? でも心温まる話じゃない?」
友人C 「え……鷹瀬、そんなことで心温めてるって……いつもどんだけ冷え切ってるのっ?!」
鷹瀬 「だってさぁ、じゃあ最近何か心温まる話ってあった?」
友人C 「うーん……」
鷹瀬 「ってーか、例えば誰か日本人で、芸術とかの方面じゃなくて、社会的な活躍の方面で、しかも世界に出てってないで日本国内にいて、世界に誇れる人って、いる?」
友人C 「その『日本にいて』って条件は大切なの?」
鷹瀬 「だって、結構頑張ってる人はいるけど、そういう良い人は皆、世界に出てっちゃって、帰ってこないじゃん。野茂とか、『もう帰る気はないです』とかTVで言ってたらしいよ」
友人C 「そこで野茂の名前が真っ先に出てくるのが鷹瀬らしいよね……」
鷹瀬 「まぁ、野茂好きなのよ……。それは置いといて。本当に、良い人はどんどん出てくよね。日本に残ってる人で、世界に誇れる人っている?」
友人C 「うーん……。あ! ちょっと違うかもしれないけど、この前、小野陽子が横浜で開かれた展覧会に出品してね。その展示物っていうのが……(略)……。(詳細を知りたい方はここ) この前のアメリカのテロ事件直後の新聞一面に『LOVE & PEACE』の広告出したのもそうだけど、今、彼女、そういう平和のシンボルになりつつあるんだって」
鷹瀬 「ヨーコ・オノの位置付けは外人じゃん。下手したらあの人、もう国籍、日本じゃないんじゃない? 日本の中で生まれ育っている純日本人で、尊敬できる人とか、誇れる人っている?」
友人C 「うーーーーん……………………あっ! いるよっっ! 引田天巧は!?! 日本と北朝鮮の友好の架け橋っ!!! プリンセス・テンコー!!」
鷹瀬 「ありゃ位置付けはイリュージョンじゃんっっ!!!」
3月をもって退職する、ということで、取り敢えずと言うか、一応と言うか、本来の雇い主であるらしいT社の社長に再三再四面接のアポを取ろうとしているのですが、2月1日からチャレンジし続け早2週間……未だ返事がありません……。「折り入ってお話がありますので、お時間頂けないでしょうか」というある意味(深刻な話の)定番の台詞と共にメールを出しているというのに、5日に
2002年2月13日(水) 取り敢えず第1関門 晴/0:30 (+0:30)
来週になれば落ち着きますので、そのとき面接の日時をお知らせいたします。というメールが来て以来、現在に至るまで放置されています……。いや、私は別に良いんだが……。
一般常識として、取り敢えずと言うか、一応と言うか、本来の雇い主であるらしいT社(長い修飾語……)にまず退職の意を伝え、出向先であるZ社にはその後で……と計画していましたが、本社のT社が相変わらずのこの調子で、実際に迷惑をかけることになるのはほぼ100%勤務しているZ社なので、このままでは非常にマズイことになります。
現に、遠くの方から聞こえて来る不吉なスケジュールが……。
「鷹瀬さんって今のプロジェクトいつ終るの? 3月中頃? そっか……じゃあ丁度いいな……」いや、丁度良いことは良いんだけど、ボスの言う意味では丁度良くない……。
──と、言うことで、本日エイヤ!とばかりに退職の意を伝えてしまいました。
以上を持ちまして、ワタシク、3月31日に退職することが決定したのであります。
一番言わなければならないZ社の面々に退職宣言をしてしまえたことで、長い間抱えていたモヤモヤはすっきりと晴れ、T社はもーどーでもいーよ、という気分でございます。だってなぁ……メール出しても返事来ないしなぁ……。
ある意味、未練を微塵にも感じさせない粋な会社なのでありました。
さて、既に気分は退職後。
2002年2月14日(木) 今後の身の振り方 晴/0:20 (+0:30)
3月31日をもって退職し、5月のGW明けから1年間ほど(予定)アイルランドに行ってきます。Webサイトも形を変えて続けるつもりですので、ご興味ある方はどうぞ宜しくお願い致します。(……って、何をだろう……)
どうでもいい話なんですが、本日のタイトル通り、「マイナスイオンブレス」という響きからして怪しいモノがありまして……。
2002年2月15日(金) マイナスイオンブレス 晴/0:00 (+0:30)
具体的にはこんなんですわ。
………………恥ずかしながら、ワタクシこのマイナスイオンブレスという代物を先月購入しまして……。
トルマリンのパワーで体の元気を取り戻そう!!
このブレスは天然トルマリンの粒子を練りこんだブレスレットです。
遠赤外線効果・マイナスイオン効果・微弱波動電流効果など、多くの効果が望めます。
手や首のツボからトルマリンのエネルギーを効率よく吸収します。
<マイナスイオンブレス>
販売価格 1500円/ネット購入価格 945円
<効用>
手のツボからトルマリンのエネルギーを効率よく吸収し、体の元気を取り戻します。
手首の違和感・肩こり・足のむくみ・疲れに。
別に「体の元気を取り戻し」たい訳でも、「手首の違和感・肩こり・足のむくみ」に悩まされている訳でもないのですが、とある掲示板で、「マイナスイオンブレスには、静電気を抑える効果がある」との書き込みがありまして、つい……。
金属っぽいものに触ると片っ端からバチバチしてしまう体質で、どうにか静電気を抑える方法はないのかと、ずっと以前から静電気の分野にアンテナを張っていたのですが、スプレーなどを衣類や肌には振り撒きたくないし、安全な体質改善方法、もしくは何かこう……身に付けるだけで静電気が抑えられるアイテムって……と探し回っていた矢先、このマイナスイオンブレスの存在を知ったのですが……。
結論から言うと、何だか効いているみたいなのです。1月下旬から使い始めているので、そろそろ1ヶ月になるのですが、確実にバチバチする頻度が減っているというか……。
こんなしょうもないこと書いて、我ながら馬鹿じゃなかろかと思うのですが、いかんせん、通販未開発分野チャレンジモノで成功したの、初めてなので(【日常エッセイ】 No.19 「アヤシイ品々」参照)……何だかこう……嬉しくてねぇ……。ああ、世の中そんなに捨てたモンじゃないなぁ……とか。
ま、最初にも書いた通り、どうでもいい話でした。
先週13(水)に、出向先のZ社に退社宣告をしてしまったお陰で、随分気持ちは楽になったものの、依然として本社であるらしいT社と連絡がつかず、「もーどーすんだよー」という気持ちで一杯でした。
2002年2月18日(月) 未定の退職時期 晴/0:10 (+0:30)
再三「面接の日取りを……」というメールを投げても返信が全く来ないので、もうこのままT社側から連絡が入るまで放っておくかー?と投げ遣りな気持ちに襲われた矢先、Z社から私の契約終了の時期について、T社に連絡を入れると言うではありませんか! 今関わっているプロジェクトの終了が3月中旬なので、契約を月末ではなく、プロジェクト終了時に合わせて欲しい、という打診なようで……。
私としては準備期間が短かったので、早く退社できるならばそれに超した事はないのですが、私からT社に退職の意を伝える前に、Z社からT社に私の退職について話されてしまうというのはちとマズイような……。
──と、言うコトで、本日慌ててメールにて退職の意を伝えてしまいました……。今までの面接申し込みのメールには全然返信がなかったと言うのに、速攻で返事が来たのには苦笑せざるを得ませんでした……。
T社って本当に、最後まで馬の合わない会社だったなぁ……しみじみ……。
退職が日常茶飯事のT社において、私ごときは案の定、引き止められることもなくスムーズに退職は決定しましたが、詳細の時期については未定です。
Z社としては、現プロジェクト終了後の中途半端な2週間、私を飼っていても損なので、プロジェクトの終了と同時にサヨナラしたいと思っていますが、T社としては、Z社に私を置いておくだけでお金が転がり込んで来るので、1日でも多く置いておきたいと思っており、契約は通常1ヶ月更新なので、月末までいなさい、と思っている──と、そんな感じなのです。
両者の思惑が絡み合う中、私の意思は無関係です。最後はもうT社とZ社の交渉で私の退職時期が決まると言う、何とも寒い幕引きになりそうですが、ぶっちゃけた話、そんなこたぁどうでもイイのです。
ただ言えることは、T社の思惑が勝ち、3月末までZ社に通わなければならなくなったときのことを考えると、その寒さに磨きが掛かるというか……まぁ、寒いだろうな、と。
居心地悪そ……。
退職時期が決まらぬまま、素知らぬまま、刻一刻と時は過ぎて行くのであります……。
2002年2月19日(火) 小休憩 晴/0:00 (+0:30)
過去も過去、過去の遺物中の遺物のプロジェクトRの不具合が、そらもういきなり私を襲いました。何年前のプロジェクトだよ〜。
2002年2月20日(水) 絡み付くマイナーツール 晴/0:00 (+0:30)
──あ、今確認したら2000年5月から2001年2月頃まで関わっていたようですね……。そして突発的にトラブル対応で2001年8月14日から4日間狩り出され、再び疎遠になって行った……という経路を辿って今に至るようです。
忘れかける度に、胸倉を掴まれガックンガックン揺さぶられるような付き合い方をしているプロジェクトRですが、当時のプロジェクトリーダーのニコニコ笑顔のI田さん(【登場人物】Z社No.6参照)は完全に退き、現在はメンテナンス要員として他の社員さんの担当プロジェクトになっているようです。
そして本日、そのプロジェクトRの新担当K上さんからヘルプの電話が舞い込んだのであります。
K上 「鷹瀬さん……プロジェクトRのことなんですけど、ちょっとトラブルが発生しまして、原因が全く判らないので、鷹瀬さんに教えて頂きたいんですけど……。実は……云々……」ぐはっ! に……逃げられた……。
鷹瀬 「はぁ……ちょっと現場の環境を見てみないと正確には分からないですね。今、開発マシンの前ですか? じゃあ取り敢えず、今から言うことを試して頂けますか? あ、その前に……I田さんは何ておっしゃってましたか?」
K上 「I田さんですか? 『このツールは鷹瀬さんしか知らないから』って言ってましたけど」
だからマイナーツールの使い手にだけはなりたくなかったんだよぅ……。
昨日いきなり舞い込んだプロジェクトRのトラブルですが、やはり現地に赴かなければ対応し切れなくなりまして、本日K上さんと共にR社に向かいました。その道すがら、恐らくK上さんは全くそのつもりはなくても、地味に恐い会話が展開されてしまいました……。
2002年2月21日(木) 開発環境以前の問題 晴/0:10 (+0:30)
鷹瀬 「あのツールって、マニュアルもほとんどないし、サポセンの方にも知識がなくて、トラブルが起こっても『このエラーにはこういう対応』っていう事例が全くないんですよ。そもそもプロジェクトRみたいな使い方はかなり特殊みたいで、サンプルはウチだけとかサポセンも言ってましたし」うわぉう! 電話通じる範囲なら掛けて来るつもりだったの? 開発環境さえ整っていればメールで遣り取りするつもりだったの?? やりそうでコッワ〜……。
K上 「え……? じゃあどうやって原因を割り出すんですか?」
鷹瀬 「今までの経験を元にして、勘と匙加減で原因を推測して行く、ってパターンがほとんどです」
K上 「ええっ?! それ、厳しいなぁ……」
鷹瀬 「ほら、私、3月で撤退しちゃうじゃないですか。だからなるべく引き継げる内に引き継いじゃいますね」
K上 「え? 撤退って……自社に戻られるんですか?」
鷹瀬 「えーっと……あの、5月頃から1年間ほど外国に……」
K上 「じゃあ電話も出来ないんですね! メールは……っつっても、開発環境がないと無理か……」
色々と便利な世の中になりましたが、どこまでも仕事が追っかけて来るみたいで、この便利さを享受するのも「諸手を挙げて」という感じにはならなそうです。
あ……今日って記念すべき綺麗な数字の日だったのに……特に何もしなかった……。くっそ〜〜〜。
2002年2月22日(金) バタバタする日々 晴/0:10 (+0:30)
さて、3月で保険証を会社に返却し、4月には国民健康保険から脱退するため、今の内に保険証が必要そうなことはしておかなければならないんだ、と最近気付き、スケジュール調整に四苦八苦しています。
残る有給4日を是が非でも使い切りたい心積もりなのですが、退職宣言をしてしまった今となっては、「う……お腹が……」とか「ゴホゴホ……風邪みたいで……」とかいうアピールも白々しいものとして響きそうで、もうちょっと早めに使い切っておくんだったと、己の無計画に歯噛みしております。
最近転職した友人がいるのですが、彼女も前の職場で退職宣言をした後に有給を取得しようと思っていたら、上司から「有給使うなら早めに辞めてね」と先手を打たれたようで、「今まで働かせるだけ働かせておいて、最後はコレかよ!」の典型的なパターンにはまったと言っていました……。
──と、言うコトで、退職計画を立てている人は、退職宣言をする前に、(出来ることなら)有給を数日だけ残して使い切ってしまいましょう。辞める会社に義理立てしたって1銭の得にもなりませんから。はは。
有給が1週間も2週間も残っている人は、いっそ退職宣言をする直前に大病を患ったフリをして、有給を使い切る頃に出社し、「こんなに身体がボロボロになってしまったので、ご迷惑お掛けしないためにも来月辞めます」とかいう流れにすれば、すべての辻褄が合うし、双方満足できる結果に……なるかなぁ……。難しいトコロっすね。
ま、今はバタバタする日々が続いております。
仕事をしていても、既に気持ちは退職後。
2002年2月25日(月) 小休憩 晴/0:40 (+0:30)
心は軽いのであります。
東京にいても、既に気持ちはアイルランド。
2002年2月26日(火) 小休憩 晴/0:15 (+0:30)
心は弾むのであります。
本日の昼、正式な退職日が決まりました。3月22日(金)をもちまして、晴れてフリーの身です。
2002年2月27日(水) 正式な退職日 曇/0:25 (+0:30)
──ということになったと思いきや、本日の退社間際に、現在本格的にトラブりつつある、過去に私が関わっていたプロジェクトRの現在の関係者の社員さんから「待った」の声が……。
社員 「鷹瀬さん、今月一杯なんですよね……。え? 22日まで? あ、じゃあ逆に言えば、25日からの週はフリーなんですか? そう言えば、出発はいつでしたっけ? GW明け? じゃあ充分時間あるじゃないですか」何に対して充分時間があるのでしょう? 分からんなぁ。
鷹瀬 「準備とか、やらなきゃならないことが色々あるので……」語尾をうやむやにすることで、否定形を完成させないまま、やはり嘘が吐けないワタクシ……。
社員 「でも、元々3月末まではOKだったんでしょ?」
鷹瀬 「今日の昼に『22日(金)まで』って聞いた時点で、もう心構えが出来てしまったので」
社員 「そ、そんなにZ社から逃げたいんだ」
鷹瀬 「あはは、そんなことは……別に……」
今色々あって、1から滞在地&学校を選び直している状態なので、早く辞められるものなら辞めたいのよねー。
いや〜辞めると決めた後ってのは、出勤が全然辛くないんですねー。何をしてても「もうすぐだし。ぐふ」って感じで……。いやー、帰国後を思うと今から肝が冷えますが、どーせ辛い現実が待っているなら幸せな間は存分に幸せに浸って、辛いことから目を背けようと思います。
2002年2月28日(木) 今から現実逃避 晴/-0:30
| 2002年2月の勤務表 | |||
| 出勤日数 19日(うち休出 0日)/勤務時間 142:30/ | 欠勤日数 0日/ | 有給休暇 0日/ | |
| 月残業時間 7:50/ | 日平均残業時間 0:27/ | 今月最高残業時間 1:10/25(月) | |
| 【一言】 「もうすぐ辞めるのよね〜ん」という気持ちが根底にあるため、全然楽でした。 | |||