2000年11月の日常日記&コラム
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いきなり寒くなりました。まさに冬!って感じです。4月にZ社に出向になった当初は、まさか自分がZ社で年を越すとは考えてもみませんでした……。時が経つのは早いものです……。
まどろむ現実、交錯する未来。プライベートで少々動きのある11月の会社生活はいかに──?!
月に1度の映画ファン感謝デー(映画が1000円均一になる日)が私の帰社日に当たったというのは、まさに天の采配! そりゃもう喜び勇んで会社をズラかり、15時から上映の映画「オルフェ」を見に行きました。
そしたらもう……暗いのなんの……。帰り道、何やらブルーになっちゃっただよ……。
もしかして罰か?
先月26日の日記にも少々書きましたが、私がR社に出向している間にみるみる殖え……コホン、失礼。増えていった新人8名の中の紅一点、話し方が薬師丸ひろ子に似ている通称ヒロコ(注:この愛称が通っているのは私の中だけ)が、エライことになっちょります。
今まで生きてきて、「天然」という称号を与えられる人間と、少数ながらもそれ相応に出会ってきましたが、ヒロコは早くも私の知る数少ない天然の頂点に君臨する女王となったような気がします。
私は現在ほとんどR社に常駐しているため、Z社に立ち寄るのは週に1回程度なのですが、私がヒロコと関わったのは、その週に1回、更にはその1回に1時間ほどの昼食時間だけです。ヒロコとは現在までに延べ3時間ほどしか会話をしたことがありません。
だと言うのに、たった数回食事を共にした時にうっかり食らったヒロコの天然ビームの後遺症により、R社で独りになった時にふと、「……彼女は一体どういう人生を歩んできたんだろう……友達いるのかな……」などと、私ときたらヒロコの人生について考え込んでしまったりしているのです。
なんで私が!? 恐るべき影響力です。
彼女の天然ぶりに度胆を抜かれているのは私だけではありません。と言うか、私の変な人に対する免疫力は一般平均より高いと思うので、私が「あの人……ちょっと変?」と思っているということは、世の中の人の半分以上が「確かに変」と同意してくれるのではないかと踏んでいます。
そして、私はヒロコのことを「かなり変」と思っています……。こりゃもう世の中の9割近くの人が「うん、変」と思っていると考えても良いのではないでしょうか。
心配せずとも、と言いましょうか……ニアリー変人たちの集団Z社においてさえ、ヒロコは「……天然?」と躊躇いがちに囁かれています。彼女が一度口を開けば、一瞬の沈黙の後に妙に浮付いたムードが漂い、そして会話が終了した後には、その場に居合わせた人たちから抜き去られた度胆が床にバラバラと散在しているのです。
さすがにヒロコと毎日顔を合わせている社員たちは、彼女の入社から1ヶ月経った今では慣れてきたようですが、私などは未だにぼんやりしていると度胆を抜き去られます。
ヒロコの天然ぶりは、口調や仕種、間の取り方などが渾然一体となって醸し出されるものなので、会話だけを字面で紹介しても、そのパワーの100分の1も伝わらないことでしょう。
しかしそれでは始まらない。難しいけれど、敢えてレポートしてみます。
それは先週のとある昼食時、T橋さん(【人物紹介】Z社のNo.7参照)が「渋谷で買い物をした」という、何でもない話をしたことから始まりました。
T橋 「そしたら店に行く途中で丁度友達から電話が掛かってきて、『私これからブーツ買いに店に行くから遊べないよ?』って言ってるのに、『それでもいい』って言うから、その友達と一緒に店に行くことになったんですよー。そしたらその子、私がブーツ選んでる横で、鏡見ながら『やっぱ整形しようかな』とか言い出してー。そんなこと今言わないでもいいじゃん!って感じじゃないですか。その子いっつもそんな感じなんですよー」
社員 「……友達?」
T橋 「一応」
社員 「T橋さんの友達って変わってる子、多いよね」
社員 「そう言えばさ〜略〜」
社員 「そうそうあの時も〜略〜」
ヒロコ 「あっ!」
(両手を胸元で合わせ、目を輝かせているヒロコに皆が注目!)
ヒロコ 「それはきっと、どうしてもその時に言わなくちゃならないことだと、彼女は考えていたんですね!」
一同 「……は?」
ヒロコ 「『整形しようかな』ということを、T橋さんに伝えたかったんですよね?」
一同 「……………………」
……天然。このオチのなさ、理屈のなさが、天然の天然たる所以なのです。言っておきますが、一事が万事この調子です。
ヒロコの発言の多くは、害のない……と言うか、意図すらもよく分らない、まさしく天然らしいエッセンスで構成されていますが、時たま天然ならではの邪気のない爆弾発言も織り込まれていたりします。このような爆弾はそうそう落とされる訳ではないのですが、たまたま落とすと、それを被る相手はなぜか特定されてきているようです。
そんな訳で、天然の女王ヒロコから発せられる「悪気はないけどすべてをなぎ倒すわビーム」の煽りをモロに食らっているのが、奇しくも海千山千の女王エリザベス(【人物紹介】Z社のNo.10参照)だったのです。
──この女王対決、個人的には面白すぎます。
残念ならが私はこの場に居合わせなかったのですが、ベスとT橋さん両名の証言に基づき、事件を忠実に再現してみます。
ベスとT橋さんとヒロコの3人で机を囲んで昼食を摂っていた時のことです。ベスが「結婚したいなー」というような話をしていて、その話が終わり、別の話になったところから……。
ベス 「そう言えばヒロコさんって彼氏いるの?」
(ヒロコ、慌てたように顔の前で両手を振りながら、薬師丸ひろ子のような口調で)
ヒロコ 「いいえっ! 彼氏もいませんし、エリザベスさんに紹介できるような人もいません」
ベス&T橋 「……………………」
もうベスは「私ってそんな風に見られてたんだ〜」と笑っちゃって大変だったようです。
また別のある日。ベスは人事も担当しているので、社長と一緒に適職フェアに参加してきたことがありました。T橋さんから「ベスさんは適職フェアに行った」ということを聞いたヒロコは、少々驚いた顔をして……。
そして昼前にベスが社長と一緒に適職フェアから戻ってくると、T橋さんとベスとヒロコで昼食。その時の会話から。
ヒロコ 「ベスさん、社長とどこかにお出かけになったんですか?」
T橋 「え? さっき言ったじゃないですか。『適職フェアに行ってる』って」
ベス 「あ、そうそう。今回は即戦力か新卒かに的を絞ってたんだけどねー。もーなんか変な人ばっかり来ちゃって、社長と2人で『どうしてあんなのばっかり呼んじゃうんですかね』って言っててさー」
ヒロコ 「あっ!」
(両手を胸元で合わせ、目を輝かせているヒロコに2人が注目!)
ヒロコ 「適職フェアって……ベスさん、職探しに行ったんじゃなかったんですね」
ベス&T橋 「……………………」
いやもう天然! 恐らく悪気はナッシング!!
私はこの話をT橋さんとベスの両名から別々に聞きましたが、ヒロコの言動はどちらもほぼ同じように再現したので、事実なのでしょう……。ベスはこの話をした時に、こんなことも言っていました。
ベス 「いや〜……適職フェアで社長と2人で並んで座ってた時に、ヒロコさんの話になったんだけどさ……社長ってば、『あの人、アレ、天然かな?』だって。天然に決まってるじゃんねぇ。天然じゃなきゃあんなの逆イジメだよ」
鷹瀬 「ぐはぁっ! すみません……凄いオカシイんですけど……。いやしかしエライ人が来たもんですよね。あれ? でも、ヒロコさん採用した時って、ベスさんも一緒に面接の場にいたんですか?」
ベス 「ううん。私はいなかったけど、今回の適職フェアに社長と同行して、なんかZ社の人事が分った気がするな」
鷹瀬 「? どういうコトですか?」
ベス 「だってさ、履歴書見ただけで『あっ、この人即戦力になりそう!』って人がいて、社長も『いいねいいね〜』とか乗り気で採用候補に残すんだけど、最終的には『でもこっちの方が面白そう』とか言いながら、胡散臭そうなのばっかり選ぶんだもん……」
鷹瀬 「望むべくして採った社員ですか……」
ベス 「そうだ。ヒロコさんの話、まだあるんだ〜。聞いて〜。
この前ね、ヒロコさんがモニターの前で学生のように寝てたのよ。気持ちは解るじゃない? 開発の人ってモニターと1日中睨めっこだもんね。で、『私これから頼まれごとがあって資料室に行くんだけど、気分転換に一緒に行きますか?』って誘ったのよ。で、ヒロコさんと一緒に資料室に行ったのね。
──で、ヒロコさんが『お手伝いします』って言ってくれたから、『じゃあちょっとホームページ関係の資料を探しているから、それらしい本があったら手当たり次第ピックアップしてくれますか?』って頼んだのよ。そしたらさ……普通、タイトル見て大体それっぽいのを選んで行くじゃん? ヒロコさんさぁ……端から順々に本を開いていって、目次をじーっと見て、私の裾を引っ張って『コレ……』って指差してるのが『最先端のインターネット』とかナントカいう項目でさ……。
『うんうん。探して欲しいのはインターネットじゃなくて、ホームページに関してだからね』って言ったんだけど、なんかまたあらぬ方を見てるから、『こっちは私が自分で探すから、ヒロコさんは自分の見たい本を見ていていいですよ』って声掛けたんだ。
そしたら暫くして、また裾を引かれてね……。本の表紙を私に見せるように胸元に立てて持っててさ……。『JAVAに立ちはだかるC言語』だったかな? そんなタイトルの本で……彼女、こんな感じで(盛んに瞬きして小首を傾げるヒロコの真似をしている)、『ベスさん。コレって、JAVAの前にC言語が立ちはだかってるんですか? C言語の前にJAVAが立ちはだかってるんですか?』だって」
…………うんうん。天然は最強(凶?)なり。
本当は、先週末にテレビ朝日で放送していた「環境探検! 緑の国ドイツは今…」という番組についての感想などを書きたかったのですが、序章だけで力尽きました……。
このコラム、何も1日1話完結しなくてもいいじゃん、ってな訳で、NHK特集ちっくに行ってみることにしました。2回で終わらないかもしれないし、立ち消えになるかもしれませんが、まぁ適当に行ってみます。
私はある意味では日本をこよなく愛し、ある意味では日本に対し、憤懣やる方ない思いを通り越して絶望すら感じている訳ですが、やはり最期を迎えるならば、この日本で息を引き取りたいものだと、今現在は考えています。まだ一度も外国で暮らしたことがないので、そう思っているだけかもしれませんし、逆に、外国で暮らせばそういう考えがより深まるのかもしれませんが、取り敢えず、他人の体験談を聞いたり、様々な情報収集のみで想像している今のところは、出来れば日本に骨を埋めたいと考えているということです。
しかし、そんな根っからのジャパニーズの私が、もしも外国で暮らす機会があるならば、と、思いを馳せる外国の筆頭に挙げられるのがドイツです。
私は、どちらかと言うと……というよりは、結構しっかりとしたドイツ贔屓で、もしもドイツが英語圏ならば即留学しているだろうと思うほど、ドイツという国に興味があります。あの合理性、あの一般市民の意識レベルの高さには、是非とも一度、生活レベルで直に触れてみたいのです。
そもそもドイツに決定的な興味を持ったのは、大学の論文で環境問題を扱ったことが主な切っ掛けでした。ドイツの環境問題への取り組み方を調べる内に、彼の国が一つの問題を特定ジャンルの問題として捕らえるのではなく、あらゆることを関連付け、国と企業と市民が協力体制を取って、問題を改善するために大きな社会システムの根底から見直す姿勢を持っていることに感動し、惹かれました。
当然、人間の作ったものですから、100%良いこと尽くめの国などある訳もなく、ドイツが理想郷でないのは百も承知です。日本だって世界レベルで見れば絶望するほどの屑国家ではないかもしれません。それでも、「猿真似は日本の得意芸なんだから、良いところも真似すりゃいいのに……」と、指を銜えて眺める理想の社会システムの手本が、ドイツにはあるような気がするのです。
スポーツや芸術、科学技術、学術など、あらゆる分野で「凄いなぁ……」と思える人は、日本にもたくさんいます。しかし、「こういう人がいれば社会が良くなるな」と思える人となると、めっきり少なくなります。
12歳の頃から世界中を飛び回り、その後、世界に支部を持つ児童保護団体のリーダーとなって子供の教育の必要性を世界に訴えた17歳のカナダ人青年の存在や、ドイツの小学生の社会的な発言を見聞きすると、自分の立っている場所を見直して、その余りの差異に溜め息が漏れ出る思いです。
日本は、一般市民の社会・政治に対する関心も低ければ、社会・政治の分野のカリスマもいない。そういう人を取り上げないだけなのか、本当に絶対数が少ないのか、どちらにしても良い傾向ではないでしょう。
市民の意識が低いから社会が悪くなるのか、社会が悪いから政治に関心が向かないのか、泥沼の連鎖反応なのか……。
社会を変えるためには政治を変える必要があり、政治を変えるためには人々の意識を変える必要があり、人々の意識を変えるためには教育を変える必要があり、教育を変えるためには社会を変える必要がある。すべての問題は一連の流れをもって循環し、どこかが腐れば全体が腐り、この悪循環の連鎖を断ち切るためには、相当のエネルギーが必要になるだろう。
当時中学2年生の私が、月に一度の学年礼拝(キリスト教系の学校だったので、毎朝礼拝という名の意見発表の場があった)の担当になった時に言った言葉です。10年以上前に、自分が今でも充分頷ける意見を言っているということに驚くと同時に、義務教育過程の重要性を痛感させられます。
14歳という年齢は、経験不足、知識不足、教養不足と、あらゆる面で「足りない人間」なのでしょうが、考える地盤や基礎は既に身に付けている年頃であり、この頃の基盤がそのままその後の人生の基盤になる可能性は、非常に高いのではないでしょうか。
こういう時期に、受験戦争やイジメといった10代の人間にとっては死活問題にもなりうる、しかし下らない出来事で心煩わされるのは、とても勿体無く、悲劇とも言えると思います。
私は中高一貫教育の、しかもイジメのない学校で大事な6年間を過ごすことが出来たので、本当にラッキーでした。勿論「皆が仲良しこよし」と言う訳ではなく、好かれる人がいるように、嫌われる人もいましたが、そういう人が攻撃対象になることはありませんでした。個人個人が「あの人はあまり好きではない」と思うだけで、つるんでイジメに発展するようなことにはならなかったし、AさんとBさんが喧嘩をしていても、AさんともBさんとも友達という状況は成立可能で、仲良しグループは存在していましたが、派閥はありませんでした。
今から思えば、あの学校にいなければイジメの対象になっていたのでは……と思うような輩が(私を含めて)ゴロゴロいたものです。そしてそれが魅力であり、とにかく毎日が面白かった。
アイスノンをどれだけ長く握っていられるか、自らの身体を使って実験し、凍傷の一歩手前まで行った馬鹿もいました。この人は家でプラナリアの育成に臨んだり、学校の科学実験用の道具をくすねて、自宅の台所で爆発を起こしたりと、話題に絶えない人でした。他人から好かれるとか嫌われるとか、そんな枠からはみ出して超然と存在する彼女が、学年の下から数えた方が早いという英語の順位を高3の1年間で飛躍的に伸ばし、現役で東大に合格した時には、面白いことに、彼女と親しくない人間も含めて多くの人が彼女を「ウチの生徒らしい」と誇らしく思ったものです。
受験色の弱い学校でしたが、さすがに高校3年の冬になれば生徒たちもそれなりに騒然とするものですが、そのざわつく雰囲気の中、「卵曲線の美学」と言う本を静かに読んでいた訳の分らない才女もいました。
余り良い子良い子した人間は嫌われるものですが、頭が良く、性格も良く、おまけに美人で上品で、真面目で他人から好かれ、尊敬され、そういう自分が嫌だと悩んでいる人もいました。
一方では、勉強はそこそこでも、面白くて明るくて、生徒会長になって下級生から「様」付きで呼ばれていた人もいました。聖飢魔Uファンの彼女の口癖は「将来は大統領になるから」でした。日本は大統領制ではないので、一体どこの国の大統領になるつもりだったのか、今更ながらに興味津々です。
「really」を「ゥリアリ〜」と発音するために、一時期「ウリアリー」というあだ名が付き、イジメの一歩手前まで行ったにも関わらず、少し経つ頃には「彼女はそういう人だから」と暖かい目で見守られていた(野放しとも言う)人もいました。今から思うと、「どういう人だよ」という突っ込みが炸裂します。何をするにも呆けており、私などは彼女のトンチンカンさ加減に切れかけたこともありました。すると今でも付き合いの深い愛すべき友人Cが、その時、諭すように言ったものです。
「サハリのレースではね、後方を追う車もなくなって、自分が首位独占状態だ!と思って直線を走り続けていると、真向かいから2位の車が来ることがあるんだよ。砂漠っていうのは、そのくらいのレベルで方向を見失う恐い場所なんだよね。――鷹瀬、彼女は今、砂漠のど真ン中にいるんだよ。だから、鷹瀬が彼女の道標になってあげないと」
深いんだか浅いんだか、このサハリレースから始まる物凄い喩話に、私は己の度量の狭さを恥ずかしく思い、その後は彼女のトンチンカンをありのままに受け止めるようになりました。
授業中に居眠りをしていた私が、急に教科書を読むように指名され、どこを読んで良いのか判らずに、後ろに座っていた友人に頁と行数を聞いたところ、その個所が間違っていたことがありました。教師は私を叱り、叱られた私は立ったまま後の友人に向かって呆れたように言ったといいます。
「駄目じゃん。ちゃんと聞いてなきゃ」
教室は大爆笑だったようですが(自分ではこの一連の出来事を全く覚えていません……)、笑って済まされるということが素晴らしい。こんなん、まかり間違えば即イジメの対象のような気がします……。だって余りにも自分勝手……。
卒業間際に、自分の学年と下の学年、合わせて250名ほどにアンケート用紙を配り、先生の人気や言動を調査して通信簿(ランキング)形式の小冊子を作り、校内で販売した馬鹿もいました。校内きっての人気者の先生に注意されて、表向きは中止したように見せ掛けましたが、結果的には2ヶ月間に渡って200冊ほど本をバラ撒いた挙げ句浪人した、救いようのない馬鹿でした。その馬鹿が、8年後に【脱サラ宣言!】というWebサイトを作っている訳ですから、まぁ、「三つ子の魂、百まで」という言葉を噛み締める他ありません。
元からこういう人間が集まるのか、6年間を過ごすうちにそうなるのか、とにかくウチの学校では「普通」を嫌い、「皆と同じ」は軽蔑の対象でした。そんな環境では意見の食い違いなど日常茶飯事で、個人
vs 個人の戦いはそこここで勃発していましたが、周囲がそれに参加することはなく、「またやってるよ」で済まされるのが日常でした。個人
vs 個人では、教師 vs 生徒というケースもありました。
私がある英語教師とバトルしていると、仲の良かった担任の先生が言ったものです。
「鷹瀬さーん。同じレベルで争ってちゃ駄目よ〜。アナタが大人にならなきゃ」
……本当に、素晴らしい学校だと思います。
意見を多く言わせる学校でしたし、今から思えばディベートのようなものも盛んに行っていました。先生と生徒の意見の対立も少なくなく、それでも先生たちは鷹揚に構えていました。手抜きなのかと疑うほど生徒の自主性に任せ、要所要所でしか口を出してこない先生が多かったような気がします。
考える力を多少なりとも身に付けたのは、この6年だったと言い切ることが出来ます。
高校3年になり、受験を契機に外界に目が向くようになると、当時の私たち(の一部)は、それ相応に小賢しかったので、「ウチの学校は温室だよ。先生も正論ばっかで、こんなんじゃ通用しないって」などと斜に構えて我が身の幸運を受け止めていたのですが、今になって思うのです。自己形成のメインでもある中高時代に、温室で守られていたというのは、正論が通る環境にいたというのは、とてつもない幸運であったと。
社会人になれば、どんどん正論は通らなくなります。「それはそうかもしれないけど、社会ってそういうものじゃないんだよ」とか「会社ってこういうものなんだよ」とか、そんな淀んだ空気で埋め尽くされて行きます。
正論が通らなくなったらおしまいだと、私なんぞは未だに青臭く思っています。
約1年前の日記(1999年11月18日参照)にも書いたことがありますが、夏目漱石の「坊っちゃん」の中に、以下のような一節があります。
考えて見ると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖つけて軽蔑する。それじゃ小学校や中学校で嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を伝授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。
最近では、この言葉を皮肉ではなく真っ直ぐに受け止めてしまったようで、義務教育の段階から正論を言うのを止めてしまっているようです。
自分の受け持つクラスでイジメがあっても見て見ぬフリをする。それどころか教師自ら生徒と共謀して、特定の生徒をイジメるケースすらあります。変な話、気持ちは分らないでもない。今や教師だって、いつ殺されるとも限らない危険と隣り合わせの立場にいる訳で、そらもうストレスに晒されまくりの命懸けの職業でしょう。学校を良くしようと声高に意見を主張した教師が辞職に追い込まれる、などという話は、ドラマの中だけではなく、現実問題として起っているのです。
私は私の出身校を誇りに思っていますが、ではあの学校が万人にとって理想の学校かというと、そんなことはないと否定できます。自己主張の強い連中に囲まれて、学校が嫌いになってしまった繊細な人もいますし、個性と言うよりはアクの強さに辟易していた人もいます。ただ単に、私があの学校に合っていただけで、私にとって良いと思われる学校のひとつの形という程度の話です。
ただこれだけは言えるのは、「学生時代は輝いていなければいけない」ということです。勿論、社会人になっても輝き続けることが望ましいのですが、10代の輝きは別格な感じがします。この頃の人格形成が、その後の人生の骨格を形作るのだと思います。
こんなことを言う一方で、人生はいつからでも方向転換できるとも信じていますが、それでも10代の時間が貴重なのは変わりません。若さの持つ可能性とエネルギーは、誰にとっても宝であると言えるでしょう。
未来を担うのは現在の子供たちです。その子供たちが伸び伸びと真っ直ぐ育つ環境を確保することが、社会を良くする一番の近道だと思います。
この「伸び伸び」も曲者で、本当の自由を享受したことのない人間は、「個性豊か」=「放任主義」と勘違いしがちです。本来、自由とは責任と表裏一体で、簡単に受け止められるものではないのです。自己主張をするには相応の責任を負わなければならず、それはとても大変なことなのです。
つい最近にも、目で見る現実として「恐いな……」と思った出来事がありました。
先の休日の電車の中、小学校2〜3年くらいの少年とその母親との遣り取りが非常に不快だったのです。少年は、電車に乗り込んでから降りるまでの間、最初から最後まで、拳骨や平手で母親の肩や手を叩いたり小突いたりし続けていたのです。母親に対しての口調も、乱暴かつ横柄でしたが、この間に母親の注意は一切ありませんでした。
降りる間際になって、母親が降りる駅名を間違えると、少年が「何やってんだよ、アホ!」と言って母親の肩を拳骨で音が出るほど強く殴りました。私は思わずそのクソ餓鬼を引っ叩きそうになりました。
この餓鬼にも腹が立ちますが、本当に悪いのは母親です。今は少年の力が弱いので、思いっきり殴られても怪我を負うほどには至らないでしょうが、あの少年が中学生、高校生になった時を想像すると、ひたすら恐いと思いました。「他人を殴る」という行為を否定されずに育つのは、「個性豊か」などという話ではありません。恐らく真っ先に殴られる対象となるであろう母親は気の毒ではありますが、そんな育てられ方をした少年こそが気の毒です。
この家族の父親の役割など、多くの問題が詰まっていそうな、気になる一場面でした。
このように我侭勝手な子供たちが増殖中であるのも、大きな社会問題でしょう。
学級崩壊のニュースは、日を追う毎に深刻になってゆきます。本当は、見るに見かねる場面に出くわしたら、誰でもが気軽に注意できるのが望ましいのですが、今は大人たちの無気力・無関心に加え、「下手に口を出したら殺されるかも」という事態が大袈裟ではなくなってきているので、他人からの矯正すらも期待できません。
何度も言いますが、問題は単独で存在するのではないのです。子供社会の歪みは、大人社会の歪みを映し出したに過ぎません。会社での歪みを父親が家庭に持ち帰り、その煽りを受けた母親が子供に当たり、被害者の子供は、この歪みを学校に持ち込む――あくまでも想像の1ケースですが、まるで見当ハズレの話でもないでしょう。
今回はたまたま、社会の末端に位置する土台とも言える子供の教育に目を向けていますが、私はこれがサラリーマン社会の歪みと無関係だとは思っていません。
さて、これだけ言い募ってきて、「では、解決策は?」という話に当然なります。あまりにも問題が広大で、全体を一気に改善するのは不可能ですが、ドイツの教育風景を見て、理想的な教育のひとつのケースを示唆されたような気がします。
――と、言うことで「緑の国ドイツは今」を見た話に辿り着くのでした。
ドイツの社会システムや思想が、テレビや本など様々なメディアを通して諸外国で頻繁に取り上げられるのは、専門家から見ても彼の国が手本になるべき理想のシステムの先進国だからでしょう。日本での取り上げ方は、こういった諸外国の見地に加え、「戦後の状況が似ていたにも関わらず、全く別の道を辿った」「GNPが似ている」などの要素も絡まり、ちょっと複雑になるのかもしれません。
私がドイツのことを時々話題に上らせるのは、何もドイツ至上主義だからではありません。単に、私の乏しい知識内で具体的な例を挙げようと思うと、ドイツの話が多くなるというだけのことです。
「なんでもドイツを真似すれば良いってもんじゃない」というのは当たり前の話で、私の基本は、良いと思われるシステムがあれば手本にすればいいし、悪いと思われるシステムがあれば改善すればいいと思っている――それだけなのです。
さて、昨日の序章に引き続いての本編です。平たく言えば、11月3日にテレビ朝日で放送していた「環境探検!
緑の国ドイツは今…」という番組についての感想ですね。
惜しいことに、この放送は途中から見たので、全体を通しての紹介は出来ないのですが、私が見た限りでも充分に盛りだくさんな内容だったので、その辺りを記録しておきます。
番組の主旨としては、日本の小・中学生(小学4年〜中学2年)15人程度がドイツにホームステイし、ドイツの小学生と一緒に授業を受けながら、同行した大人たち(教師?)も共に、ドイツでの学校教育や日常生活の中から社会システムを学んで行く、というものでした。
子供は順応能力も高く、反応が素直で早いので、目で見る変化が気持ち良く、非常に面白い番組に仕上がっていました。
ドイツの小学校に放り込まれ、最初は周囲のドイツ人の小学生が盛んに挙手する活気に呑み込まれて萎縮していた子供たちも、間違っても平気で再度手を挙げるあちらの小学生に刺激されて、どんどん手を挙げるようになります。
それを見ていた同行者の教師(なのかな?)が、感心したように言っていました。
「授業にとても活気がありますね。ドイツの子供たちは、間違っても全然平気でまた手を挙げるんですね。失敗を恐れない環境があるんだと、こんなところからも分りますね」
まぁこの程度の個人の積極性は、外国にはさもありなんという感じで、ふんふんとやり過ごしていましたが、感動したのはその後のカリキュラムです。
子供たちを自然環境センターという、「大きな公園」とも「小さな森」とも言えるような場所に連れて行き、丸1日掛かりの「5感をフルに使う」という主旨の体験授業が始まります。
先生が生徒に向かって一言。
「じゃあ皆、まずは200gの石を見付けて下さい」
用意されたたったひとつの秤に、交代しながら各々が200gだと思う石を乗せ、子供たちはあれでもない、これでもないと大奮闘です。どう見ても1kg以上ありそうな石を選んでいた少年も、数回失敗を繰り返せば200gの重さを見付けられるようになります。その内に、200gと195gの微妙な違いを自分の手に覚えさせようとする子も出てきて……。
もうこれだけで、「なるほどなぁ」と感心しました。普段の生活の中で、自分の感覚だけで物の重さを量る機会は余りありません。しかし、本来は重さに限らず、自分を取り巻く物の重さや温度、大きさ、匂い、触感など、知っておくべき事柄だと思うのです。コンピュータ仕掛けの情操教育よりも、簡単で、なおかつ必要なことではないでしょうか。
それが世の中がどんどん便利になると、知識としては知っていても、実体験を通しては知らないというケースが増えてくる。パソコンで世界中の情報を即座に集められるけれども、その情報を想像力で実体験に置き換えることが出来ない。類似する体験すら、したことがないから。――そんな事態が起りつつある現在、生きているという実感が、便利さに比例して希薄になって行くのは非常に恐いことです。
別に石の重さが分らないからと言って、人の痛みが分らないということに直結はしませんが、感覚が鈍るということが自然の摂理に反しているとは言って良いかもしれません。
かつて大学生だった頃、友人が家庭教師をしていて「今の小学生ってヤバイよ……」と暗い顔で報告してくれたことがあります。友人の教え子は、「絵の具の青と赤を混ぜれば紫になる」ということを知らなかったと言うのです。
「今って、もう12色の絵の具なんてないんだね。最低でも24色セット、36色セットなんてのもあるみたいだよ。だから『紫』も『肌色』も最初から用意されてて、自分で色を作ることってないらしいよ……」
私も小学4年生の家庭教師をした時に、教え子から「今日は授業でコンパスの使い方を習った」という言葉を聞いて、驚いたことがありました。コンパスの使い方って……。一体、何をどうやって習うのか聞いたところ、「なるべく手を捻って下の方から円を描き始めないと、1回で円が描ききれない」ということを学ぶんだそうです……授業で。
末期的……と思うのは私だけ? 私たちも上の世代から見れば驚くようなコトになっちょるのかもしれませんが、なんか加速度的に駄目になっているような気が……。
これらの話はもう6年以上も前の話ですから、事態はより深刻になっているかもしれません。
なんでしょう……上手く言えませんが、普段の生活を通して色々なことを体験すると、未体験のことに対しても想像力が働くようになると思うのです。考えるということ自体がひとつの大きな経験であり、こういう根幹部分の基本的経験は、応用が可能だからです。それを、何でも最初から既製品を用意して、便利にすればするほど、思考力が退化して行くのは当然でしょう。
特に自然は、人間が生きていく上で存在そのものが教師だと思うのですが、その自然を片っ端から壊して行っている訳ですから、物事が良い方向に進む方がおかしいのです。
自然を知り、尊重する。これこそが、人間の持つ感覚を磨く第1歩だと思います。その1歩1歩を着実に踏み締めるように、体験授業は進みます。
重さを実感できたら次は味覚の体験です。
先生が子供たちに木の実を紹介し、口に含ませます。色や形を視覚で確認させ、その味覚を舌で覚えさせる。この実は酸っぱい、この実は甘い。これは苦くて食べられない。
味覚の体験が一通り終わると、今度は聴覚です。先生は子供たちに目を閉じさせ、こう言います。
「今から人間が作り出した音と、自然の音と、それぞれを数えてみて下さい」
子供たちは目を瞑って、右手と左手の指を人工的な音と自然の音に分け、ゆっくりと指を折って音を数えて行きます。
暫くして先生は目を開けさせ、生徒たちに聞きます。
「どんな音が聞こえた?」
生徒たちは一斉に手を挙げて、自分の答えを言います。「車の音」「鳥の声」「木の葉が擦れる音」「誰かの足音」「風の音」――答えが出揃うと、先生の総括です。
「いいですか? ここはとても自然が多い場所です。それでも人間が作り出した音はたくさんありましたね? 私たちが家に戻れば、人間の作り出した音はもっともっと増えます。今では人間が作り出した音が聞こえない場所など滅多にないのです。どこに行っても人間の作り出した音が聞こえます。私たちは自然の中から生まれたにも関わらず、その自然を壊して生きているのです」
これは日本人教師もコメントしていたことですが、ドイツの先生は必ず最後までは言いません。どんな言葉も事実の列挙までで、「だから〜すべき」「だから〜してはいけない」という回答は生徒に委ねます。
「子供たちに自分で考えてもらうために、意識的にそうするようにしています」
これが、彼らの教育方針です。
体験授業の最後は、2人1組になって、1人が目隠しをして1人が案内役となり、公園の中を裸足で一周するというものです。土や石や木の感触を全身で受け止め、案内をしてくれる人の親切を知ると言ったところでしょうか。
この体験授業が終わった後に、今度は科学の授業風景が紹介されました。この時のお題は、「電気を作ってみよう」と言うものでした。
生徒たちは苦労して電気を作り、時間はあっという間に過ぎて行きます。それぞれに電気を生み出した生徒たちが満足げに授業を終えようとする前に、先生が一言。
「今、君たちが作った電気が、テレビを1秒間点けるために必要な量の電気です」
はうあっ! もうノックアウトされました……。見事としか言いようがありません。
この話を友人Zにすると、やはり大きく溜め息を吐いた彼女が言いました。
「もうさー、結局、『電気が勿体無いからテレビを消しなさい』じゃないんだよね。そんなことを100回言うより、『これがテレビを1秒点けるための電気量です』の一言で、自然と『ああ、じゃあ無駄にテレビを点けちゃ勿体無いな』って理解して、行動が伴ってくる訳でしょ。なんかもう根本が違うよね」
そう、教育に対する姿勢の根本が違うのです。
その後には、ドイツが環境問題に積極的に取り組む切っ掛けにもなった、「黒い森」の紹介です。「黒い森」とは、1980年代に酸性雨によって木々の大半が枯れ、死滅寸前まで追い込まれたシュバルツバルトの森で、この視覚に訴える惨状を契機に、ドイツ政府は環境問題にそれまで以上に積極的に乗り出すことになったのだと言います。
黒い森では、植林をする一方で、古く朽ち掛けた木も手を加えずに残してあります。
「枯れた木を伐採すれば、その木に既に住んでいる昆虫や生き物を殺すことになります。それでは同じ過ちを繰り返しているに過ぎません。また、私たちの犯した罪を残し、これらの無残な木々を見せることで、私たちは子供たちに事実を伝えていかなければなりません」
最後には川の紹介です。何の変哲もない蛇行した川ですが、この川はかつて蛇行し、それを一度人為的に真っ直ぐに工事し、そして再び蛇行させたという経緯を持つ川です。
「この川はかつて蛇行していました。それを、私たちが手を加え、真っ直ぐにしてしまったのです。真っ直ぐになった川は鉄砲水を引き起こし、洪水が発生するようになりました。そればかりか、肥沃な土もすべて流されてしまいました。このままでは川ばかりか、植物や生物までもが死んでしまいます。そこで、真っ直ぐになった川を、再び元の蛇行した川に直したのです。勿論莫大な費用が掛かりましたが、今度こそ、自然の形に戻った川を大切に守って行けばいいのです。川を蛇行させたことで、土は豊かになり、緑や生物が蘇りました」
現在日本では、情緒豊かに蛇行する川を直線にし、それによって洪水が起れば堤防を作っています……。
ドイツでの教育を体験した日本の子供たちが、最後に感想を言います。小学生らしい感想から、多くの物を得たんだなぁと思わせる感想まで、様々です。私の印象に残ったのは、確か小学4年生の女の子の言葉です。
「山の木が枯れたからと言って、植林すればいいっていうんじゃなくて、どうして山が荒れたのか、どうして酸性雨が降ったのか、酸性雨を降らせないためにはどうすればいいか、そういうことまで考えて行動しないと、問題は解決しないんだって思いました」
教育によって人は変わります。ドイツでも、環境問題に取り組むに当たって、「まず力を注ぐべきは教育である」と考えたようです。
番組が終わって、私はもう溜め息を吐くより他に、することがありませんでした……。
毎日のようにこういう教育を受けて育った人間と、毎日のように「2・2が4、2・3が6」「鳴くよウグイス平安京」という教育を受けて育った人間と、そらもう完成形に大きな差が出るのは当たり前で、「どうしてこんなに違うの?」などという疑問を挟む余地すら残されていません……。
素晴らしい教育を受けたって悪いことをするドイツ人もいるでしょう。詰め込み教育を受けたって思考力に富んだ日本人だっているでしょう。でもね、社会変革を視野に入れた大きな意味で見れば、すべては割合の問題です。政治を変えるのは、社会が良くなるのは、質の良い人間が国家のどれだけを占めるのか、割合の問題なのです。
日本人なんかさ、人間の質にかけてはポテンシャル高いと思うんですよね。世界レベルで見ても頭良いし。なんてったって器用で緻密だし。国土が豊かなだけあって、情緒文化も優れていると思うし。
まぁ極端な話なのは百も承知ですが、何百年も肉食って遺伝子レベルで身体が酸性になってる毛唐がマシンガンふっ飛ばして大暴れしている映像とか観た後に、包丁1本片手に握り締めて「金を出せ」とか言いながらコンビニ店員ににじり寄っている倭人を観ると、お茶啜りながら「穀物が主食の農耕民族ってのは良いやぁねぇ〜」とかしみじみしちゃう訳です。
文盲がいない教育普及率の高さだって、世界に誇れることだと思います。今は失われつつあるようですが、礼節を重んじる大和魂だってイケてます。
目も当てられない悪い面がある裏で、楚々とした良い面もある訳です。しかしだからこそ、もっとどうにかならんもんかね……と諦め切れない思いが強くなるのです。
──以上、2日に渡ってのしつこい話でした。
ニコニコ上司のI田さん(【人物紹介】Z社のNo.6参照)のことを書こうと思ったのですが、余りにも長くなりそうだったので、また今度……。
ヒロコ──それは、11月2日の日記で華々しく登場した、天然ボケの女王。
ヒロコ──それは、もはや人物名と言うより、症状を指しているのでは……と思わせるほど、強烈で凶悪な個性。
同じ日本人の筈なのに、同じ日本語を話している筈なのに、意志の疎通が外人以上に困難な女王、それがヒロコ(【人物紹介】Z社のNo.11参照)なのであります。
そのヒロコが、どうやら私が現在関わっているプロジェクトRに加わることが決定したようです……。本日Z社に立ち寄ったトコロ、御本人がワタクシに以下のような経緯でご報告して下さいました。言っておきますが、下記から始まる文章が、ヒロコの第一声ですから……。
ヒロコ 「あ! 鷹瀬さん。私、決まりましたので、宜しくお願いします」
鷹瀬 「は? 何が決まったんですか?」
ヒロコ 「行き先が」
鷹瀬 「何の?」
ヒロコ 「出荷のです」
鷹瀬 「出荷?」
ヒロコ 「はい。R社に……」
鷹瀬 「…………出向?」
ヒロコ 「いえ、出荷です」
鷹瀬 「…………」
ヒロコ 「え、あの、××さんたちが『出荷先が決まったね〜』っておっしゃってたんですけど……」
鷹瀬 「……………………それ、冗談なんじゃないでしょうか……」
ヒロコ 「え? 冗談なんですか?」
鷹瀬 「…………あの〜……『出荷』って、意味……とか、漢字とか……分かりますよね……?」
ヒロコ 「え、ちょっと、あの、言葉は苦手なもので……」
鷹瀬 「…………………」
ヒロコ 「あ、私、ちょっと対人関係とか苦手なもので……。社会常識とかも無いので……。本当にすみません」
鷹瀬 「………………………………」
私はその「言葉は苦手」な上に、「対人関係が苦手」で、「社会常識とかも無い」女王ヒロコと、今後、共に仕事をして行くらしいです……。
今までは点で付き合っていたから笑い事で済んだけど、この人と線で付き合うのはちょっと……。しかも仕事上での付き合いでしょ……心なしかサイアク……。
しかし、自分から「社会常識とかも無い」なんて言うとは、私がR社に出向している間に何かあったのかなと思ったら、どうやらT橋さん(【人物紹介】Z社のNo.7参照)から露骨に「はぁ?! アンタ何言ってンの?!」オーラを食らっているようです。
T橋さんは私以上に人に対する好き嫌いがハッキリと顔に出るので、いくら人間の顔色を推し量るのが苦手なヒロコでも、T橋さんのヒロコに対する厳しい態度には色々と感じることはあるのでしょう。あそこまでトンチンカンだと、T橋さんの邪険な態度は教育的指導と言えないこともないような気もするし……。
とは言え、ヒロコは新人さん。ちょっと可哀相な気もするけど、今日、昼ご飯をベスとT橋さんとヒロコと一緒に食べた時、どんなに話題が単純明快であろうとトンチンカンなコメントを挟むヒロコを見て、しみじみ思いました……。「これが、もしもこの人と二人きりで、もしも毎日だったら、私もキレるかもな……」と。この「もしも二人きり」&「もしも毎日」のW仮定が一挙に現実になるのだから……今後、どうなるのでしょう……。
ネタが増えると楽しみ半分、苛々が募ると不安半分……。
一方、ベス(【人物紹介】Z社のNo.10参照)……いや〜、段々彼女のことが好きになってるんですよねぇ。かなり真剣に。最初は「こりゃ人種が違うわ……」と思っていたのに、今ではZ社に帰るのが楽しみな理由が、「ベスと話ができるから」になっているし……。
価値観は違うし、「うわ〜」と思うこともあるのに、言葉のセンスと笑いのセンスがムチャムチャ私好みなんですねぇ……。話が上手いし、雰囲気作りも上手いし。
ホント、数ヶ月経ってみないと分からないものです。だから、数ヶ月後にはヒロコのことが好きになっているかも……しれ……ない……みたいな? ははは……。
あーあ。ヒロコと一緒に仕事かぁ……。
誰だって、どんなに有能な人だって、どんなに真面目に仕事をしていたって、失態を犯すことはあるでしょう。人間だもの。(by
相田みつお)
有能と言うほど有能ではなく、真面目とは言い難い態度で仕事をしている人間ならば、シャレにならん失態を犯すことがあって当然だと思います。だめ人間だもの……。(by
伊集院光)
──っちゅーことで、シャレにならん失態を仕出かしてしまいました……。そしてまだ、そのことがバレていません……。月曜日が恐いよう……。
簡単に説明しますと、大事な大事な大事な処理を走らせている途中で、サーバを再起動させちゃったんですね……。この処理……30時間以上掛かる処理でして、失敗したからと言って気軽に「もう1回やり直せばいいさ!」などと言ってられないものなんです……。
コトの始まりは今週頭でした。お客さんから「今週末にどうしても完成形が必要なの!」と言われており、余裕をもって月曜日からこの処理を走らせていたのですが、水曜日の朝に処理の状態を確認してみると、前日の深夜2時に処理が中断されておりまして……。ログ(マシンが吐き出す記録)を確認してみると、エラーらしきものがない状態でいきなり勝手に再起動されており、「停電でも起こったのかな?」ということで、処理のリトライをすることになりました。
多少は緊張した雰囲気に包まれましたが、そこはまだ水曜日。30時間以上掛かる処理ではありますが、まだ充分に週末には間に合う、と……。
このように微かに緊張を孕んだ状態で、水曜日から走らせていた処理を、金曜日の午前中、私は自らの手でウッカリ中断してしまったのであります……。終了予定は金曜日の午後……あと数時間で完成していたのに……。ああ……。
なんでまた、こんな緊張状態の中、マシンを再起動させたりしたのか──理由は簡単です。忘れていたんです、単に。2日も前に開始した処理なんて覚えちゃいねぇよ! ……なーんて逆ギレしてみてもね……はぁ……やっぱ私が悪いですね……。
この悠久処理と並行して別の単発処理をガンガン走らせていて、金曜日の午前中に、この別処理がトラブルを起こし、裏で悠久処理を走らせているのをスッカリ忘れていたので、えいや!とばかりに再起動してしまったんですねぇ……。
普通はサーバなんてそうそう簡単には再起動させないんですけどね……このサーバは私しか使っていなかったもので、比較的気軽に再起動できる状態だったんです……。それが仇を成したと言うか……。
再起動した後はもう、エラーメッセージ出まくりの警告文出まくり……。「×」や「!」や「?」マークの嵐……うう……矢継ぎ早に機械に凄まれて、ムチャムチャ恐かったっス……。
しかし、失態が深刻であればあるほど、自分の仕出かした失態の深さを把握するのに、結構時間が掛かるものですね。……いや、もしかしたら、この悟りは一瞬なのかもしれませんが、時の流れがゆっくりになるのかもな……。
血の気が下がる感覚が、リアルに体感できました……。本当に、頭の天辺から暖かいものがザーっと下に降りて行くんですねぇ……。指先とか冷たくなっちゃってね……。はは……。あ、いや、笑い事じゃないんだけどサ……。もう途中、わざと声に出して「アハハ。シャレにならん……」とか呟いちゃったりして……。
動悸が鼓膜に響いて、外界の音が消えました……。一瞬だけど、視野も真っ白になりかけたし……。
もしかして私は今、物凄く重大な失態を犯しなんじゃなかろうか……。いや、確実に犯したらしい……。今日の夕方には完成していなければならないものを、私は自ら壊してしまった……。どうしよう……シャレにならん……。「再起動させちゃって……」なんて言えない……とてもじゃないケド、恐くて言えない……。
……………………どうしよう……。
漸く自分の仕出かしたコトの重大さを把握し始めた私の元に、どこかで監視していたんじゃないかと思わせるナイスタイミングで、ニコニコ上司のI田さん(【人物紹介】Z社のNo.6参照)からお電話が……。
R社社員 「鷹瀬さーん。御社のI田さんからお電話でーす」
鷹瀬 「ひっ!」
R社社員 「た、鷹瀬さん……? どうしました?」
鷹瀬 「あっ。いえ、何でもありません。回して下さい。お願いします」
I田 「──I田ですけど……どうですか? そろそろ処理は終わりましたか?」
鷹瀬 「……あ、あの……たった今、処理が中断してしまいまして……」
I田 「ええっ?! なんでっ?!?!」
鷹瀬 「……え……えと……」
I田 「また停電でも起きたの?!」
──キラーン……ッ!☆
空耳かもしれませんが、そんな音が聞こえました。……私にとって、一時的に救いの天使が舞い降りた瞬間たったのです。
鷹瀬 「ええ、そうみたいなんです。今、ログを確認しているんですけど、先日と同じメッセージが出ているので……」
I田 「うわ〜……参ったなぁ……。でも停電じゃ仕方ないよなぁ……」
鷹瀬 「……先日の深夜2時に勝手に再起動したのって、結局、停電が原因だったんですか……?」
I田 「あ、いや、まだR社の人には確認してない。けど、それ以外に考えられないよね。メモリ不足だったらいつものエラーメッセージが出る筈だし、エラーログは出てないもんね」
鷹瀬 「そうですね。でも、別のことが原因かもしれませんね……」
I田 「でも停電じゃないとすれば、今度本格的にUNIX側のログとかも徹底的に調べないとなぁ。サーバがこんなに不安定じゃ、今後困るし……。今日、N田さんが休みだからちょっと調査は出来ないんだけど、早々に解決しないと困るよね」
鷹瀬 「……ちょ……調査ですか……」
I田 「今週末に処理を仕掛けて、また再起動するようなら停電とは考え難いから、マシンの搬入元のC社にも立ち合ってもらって、来週辺りに調査に来てもらおうね」
──ジャジャジャ・ジャーン……ッ!!
空耳かもしれませんが、そんな効果音が聞こえました……。悪いことをする人間には必ず天罰が下るような気がします……。
調査が入ったら、私はどうなるんでしょう……。「停電や何かで勝手に再起動した」と「人為的に再起動した」の違いが、果たしてログから判明してしまうのかは分かりませんが、僕ぁもう胃がきゅうきゅう言ってます……。自業自得とは言え……。しかし、じゃあ素直に「私が再起動しました」と言えばどうなっていたか……。
取り敢えず、成り行きに任せるしかなさそうです……。
先週末からの続きです。
よく、「犯罪者は必ず現場に戻る」と言われます。ワタクシこと軽犯罪者は、現場が仕事場なので「戻る」も「逃げる」もありません。しかし、この言葉の持つ奥深い意味を体現してしまったようです……。
本日の朝、出社早々やってもーたこのミステイク……。
鷹瀬 「……あの〜……先週末の強制終了の件ですけど……」
I田 「え? ああ、そう言えばそうだったね! 週末の処理が上手く行っていたからスッカリ忘れていたよ!! そうか、問い合わせてみなくちゃならないんだった。早速N田さんに聞いてみないと……」
オー・マイ・ガッ! 自ら首を締めてもーたっっ!! うわ〜んっ! 私の馬鹿馬鹿ーっ!!!
本格的な調査(エラーログ解析)は明日に延びましたが、恐らく本日ログは抜かれていることでしょう……。せっかく親切な方がUNIXのエラーログの改ざんの仕方を教えてくれたのに……。オラクルのアプリケーション側のエラーログは当日に改ざん済みだったんですけどね……UNIX側のログはどれだか分からず、ノーマークだったんですね……。
間に合えば明日にでも改ざんしたいところですが、既に抜かれていたら、その後に改ざんなんかしちゃったら私の罪は倍以上の重みあるものになってしまいそうだ……。
皮膚が治癒することでかさぶたが自然に剥がれ落ちる前に、爪で引っ掻いて無理に剥がそうとしてしまい、なかなか傷が治らない子供がいますが、現場に戻る犯罪者というのは、そういう子供と一緒なんでしょうね……。そして私もそういう子供と一緒なんでしょうね……。
うう……自己嫌悪……。
ども、軽犯罪者の鷹瀬です。先週末に勃発した(ブブー。正解は「勃発させた」です)UNIXサーバ強制終了事件ですが……思わぬ展開になってしまいました……。
まずは軽く経緯から説明しましょう。
11月6日(月)、お客様より「今週末にどうしても最新データで分析がしたい」という要望を受け、最新データ反映のための処理Aを走らせる。処理Aの終了予定は8日(水)正午。
8日(水)、出社早々に処理Aの進捗具合を確認すると、同日午前2時にUNIXサーバが(恐らく突然終了してから)再起動しており、処理Aは中断されていた。エラーログ(マシンが自動的に吐き出す記録)を見ても原因は判らず、「停電ではないか」ということで納得し、仕切り直しの後、8日(水)夜から再び処理Bを開始する。この処理Bの終了予定時刻は10日(金)正午。
10日(金)午前中、上記の長時間処理Bを走らせていることをウッカリ忘れて、別処理Cでトラブルが起こった際に、自らこの手でサーバを再起動させてしまう。当然、処理Bは中断され、お客様の要望には応えられなくなった……。
上司に「私が再起動させました」とは打ち明けられず、「また停電したの?」と上司が誤解したのをいいことに、保身と隠蔽工作に乗り出そうとするが、時既に遅し。「2度も立て続けに停電が起きるのはおかしい」という尤もな理由から、マシンの搬入元のエンジニア立ち合いの元、本格的な調査の手が入ることが決定する。
こんなピンチな物語が数日前に勃発していたのです。10日(金)、13日(月)の日記を読んで頂けると、よりリアルに現場を想像できるかと思います。
で、今日が問題のガサ入れ……もとい、調査の日です。
ココロが汚いのは百も承知ですが、目下、私の心配事はただひとつと言っても過言ではありません。私の嘘がバレるか、バレないか──それだけなんです、ええ。ぶっちゃけた話。エラーログを見て、私が手動で終了手続きをとったことが、バレるものなのか否か。それだけが心配で心配で……。
だってだって〜……うう……(半ベソ)
本日、私は新しいプロジェクトが始まっているため、終日Z社で過ごし、R社でログを解析しているのは、マシン搬入元のエンジニアとZ社のN田さんの2名です。結果が分かり次第、N田さんからZ社に連絡が入る予定でしたが、明確な時間が分かっていないせいで、却って落ち着かなくて……。お陰で電話が入るまでの数時間は、ソワソワしちゃって仕事をしていても気もそぞろでした。
──運命の報告が入ったのは午後一番です。報告を受け、私は改めて痛感しました。「現実はいつだって予想を上回るほどドラマチックなもんだよね」と……。
N田 「あ、鷹瀬さん? お疲れ様です、N田です。いや〜……大変なことになりましたよ……」
鷹瀬 「た……『大変なこと』? ……あ、えーと、ログの解析結果がマズかったんですか?」
N田 「マズイと言うか……ちょっとUNIXのエンジニアに見てもらっても原因が判らなくてね。1回目のログは、何の異常もないのにいきなり再起動していて、どうして電源が落ちたのかが全く分からないんだ。鷹瀬さんもI田さんも『停電じゃないか』って言ってたじゃないですか。でも、R社に確認したんだけど、先週は停電なんかないって」
鷹瀬 「そうですか。…………あの〜……金曜日の再起動については……」(←気になって気になって仕方がないのがバレバレ)
N田 「ああ。こっちも全く分からないんだ。こっちなんか正常に終了処理が走ってから、再起動されてるんだよ」
………………そらそうだろうよ。正常に終了処理コマンドを投げてから、再起動したんだもん。私がこの手で。
鷹瀬 「……そうですか。不思議ですね。(←……) ──で、『大変なことになった』と言うのは……?」
N田 「あ、そうそう。いやね、もうトラブル続きじゃないですか。今回の2回の再起動もそうだけど、先月も処理がメモリ不足で中断したり、なんか色々原因不明で不安定なことが続いてますよね。こんなことがサーバで起こるなんて、やってられないでしょ。だからね、搬入元に捻じ込んで、マシンのCPUとメモリを差し換えることになったんですよ」
マ……マジっすか?!
嘘がバレなかったと喜ぶ以前に、この展開は恐すぎる……っ! 勿論、私の仕出かしたことが主要な原因ではないけれど、今回「CPUとメモリの差し換え」まで事が発展したのは、私が仕出かしたシークレット手動再起動が引き金な気が……。
助かったことは助かったケド、後味悪ぅ……。こんなんでも神様のお恵みっ?! もっと穏やかな逃げ道は無かったんかい! どうせなら上手な匙加減で頼むよ〜……。
今月2日の日記で鮮烈なデヴューを飾った天然ボケの女王ヒロコ(【人物紹介】Z社のNo.11参照)が、日々記録を樹立しております。何の記録を樹立しているのか、書いている本人もよく分かっておりませんが、まだ余裕のある現在では、私も笑っていられます。っちゅーか、笑うしかないっしょ……ってな具合です。
9日の日記には「今後、彼女は私の関わっているプロジェクトに加わるらしい」と書きましたが、事態はそんなに婉曲なものではなかったようです。彼女は私の関わっているプロジェクトに加わるばかりか、私の下についてOJT(on
the job training 〜先輩の元で仕事をしながら教育を受けること。実地訓練)を受けるそうです。(by
I田さん)
ふ〜ん、OJTね。……んで? この場合のヒロコが指導を仰ぐ人間って誰よ?
キョロキョロと辺りを見渡しても誰も見当たりません……。不安になってニコニコ上司のI田さんに問い掛けるような視線を向けると、いつも通りにニコニコしているI田さんが一言。
I田 「じゃ、鷹瀬さん。そういうことですので。ヒロコさんに色々教えてあげて下さい」
………………あの〜……I田さん……基本的なコトを聞いてもイイですか? 「そういうこと」ってどういうコト?
──なーんてことは、勿論口に出しては聞けません……。I田さんが「そういうこと」と言ったら、そういうことなのです。っちゅーことで、どうやら私が彼女に業務を教えるようです……。
I田さんもね……上手いこと考えたよね……。自分は直接関わらないで、私を間に挟んでのリモート教育かよ……。そりゃ私が一番暇かもしれんが、ヒロコはZ社の新人だろう。アタシャ出向社員だぞ。他社の人間にここまでやらせるか、普通……。くそう……。
本日朝からZ社で作業をしていたのですが、出向先のR社にある開発マシンのCPUとメモリの交換作業が行われたので、私は(交換後にマシンが正常に動作するかの)確認のため、夕方R社に向かうことになりました。
I田 「じゃあさ、鷹瀬さん。ヒロコさんも一緒に連れて行って、R社の場所とか、マシンの場所とか教えてあげて、その合間でいいから、大体の業務の概要なんかも話しておいてよ」
………………I田さんが「教えてあげてよ」「話しておいてよ」と言えば、私は教えてあげて、話しておくしか道が用意されていないのです。I田さんの一声で私の本日の運命は決まったと言っても過言ではないでしょう。
夕方になり、ヒロコを伴ってR社に向かうことになりました。Z社からR社までは約40分、その間、ヒロコと私のたった2人では却って個人行動に走る訳にも行かず、電車の中で業務のことなどを徒然に話しておりました。
他人に業務を説明するのは難しいものです。仕事と言うのは60%ほど理解していればこなせるものですが、他人に理解してもらうように説明するのは、自分が100%理解していないと上手く出来ません。教育が出来る人は、きっと仕事も出来ることでしょう。
私はヒロコに色々教えることで、I田さんの私に対する感情を垣間見た気がします……。呑み込みの悪い私に、きっとI田さんは苛々しているんだろうな……と、過去何回も申し訳なく思ったものですが、I田さんが抱えていた感情は、苛々ではなく無力感だったのかも……と、私は現在の自分の心境から推測しています……。
さて、業務説明をしている間は、こちらが一方的に話し続けるので、少々疲れます。ふぅ、と一息つき、私は以前ヒロコが「出向」を「出荷」と間違えたことを思い出し、会話の中に正しい日本語を交えることで、遠回しに言葉の使い方を確認してみようとしました。間違いを直してやろうとか、そんなつもりではなく、本当にただ単なる話題転換の合いの手のつもりだったのです。それがこんな面白い話になるとは……。
鷹瀬 「でね、多分ヒロコさんも、今回のプロジェクトでは頻繁にR社に出向することになると思うよ」
ヒロコ 「そうですか。鷹瀬さんは週に何回くらいR社に出頭してらっしゃるんですか?」
……私が軽犯罪者だって、どうして分かったの?──じゃなくって。
ヒ〜ロ〜コ〜……アンタ、「出向」くらいの言葉は一般常識以下レベルでないの〜? 大丈夫か、オイ……。冗談ならムチャムチャ私好みのセンスなんだけどね……。君が痛いほど真剣なのはバレバレだし……。
しかしこのミステイク、私的に今の状況に非常にジャストフィットだったもので、私の中での大ブームになりました。
R社に着くと、マシンの部品交換に立ち合っていたZ社のN田パパさんと合流です。
私がヒロコに業務を教えていると、N田さんが面白そうに隣に座って教育の様子を伺っています。完璧な説明ならまだしも、穴だらけの説明を聞かれるのは嫌なものです。私は自分では上手く説明できない話になると、N田さんに振って説明してもらうことにしていました。
その内3人で雑談が始まり……。
N田 「分からないことはZ社の誰に聞いてもいいし。Z社で開発するならネットとかでもかなり調べられるし」
鷹瀬 「ここだとネットがないから大変なんですよね」
ヒロコ 「インターネットにアプリケーションの使い方とか載っているんですか?」
鷹瀬 「うん。分からないことを質問するとスペシャリスト達が教えてくれる掲示板とかもあるよ」
N田 「僕も今回のUNIXのゴタゴタはネットで聞いたし」
鷹瀬 「R社に来ちゃうとネットも資料室もないから、開発するのは大変ですよね……」
N田 「Z社から参考書持ってきちゃっていいよ」
鷹瀬 「重い本持ち歩くの、嫌なんですもん……」
N田 「でも、ここだったらA駅の近くに紀伊国屋っていう立派な図書館があるじゃないですか」
鷹瀬 「隣駅ですよね」
N田 「結構近いよ。歩いて10分も掛からないんじゃないかな?」
鷹瀬 「……そこで立ち読みして覚えて帰って来い、と?」
N田 「そうそう。あそこなら大抵の参考書は揃ってるでしょ」
ヒロコ 「貸し出しとかは出来ないんですか?」
N田&鷹瀬 「……は?」
ヒロコ 「え……N田さん今、『立派な図書館がある』っておっしゃいましたよね……?」
ヒロコに比喩は通用しませんから。っちゅーかさー、「紀伊国屋」ってかなりメジャーな本屋だと思うんですけど……。
まだまだあります。この数分後……必要な電話番号はノートに書いておいた方がいい、という話になって……。
鷹瀬 「じゃあ行くよ? I田さんの携帯が、090-****-****。××さんが……。あと、Z社のFAX番号もメモっといた方がいいかな。あとはね、R社の情報システム部、つまりここの電話番号はね……。あと、サポートセンターね。これから覚えてもらうツールって、凄くマイナーなツールなのね。参考書とかもほとんど無いんだわ。でも、一応保守契約の一環でサポートセンターが用意されていてね、何でも聞いて良いことになってるんだ。あんまり使えないけど(6月2日参照)、取り敢えず」
N田 「ここのサポセンは本当に使えないよ〜。鷹瀬さんなんか、このサポセンにツールの使い方教えてたしね。ここに聞くよりも、タカセンに聞いた方が早いよ〜(笑)」
ヒロコ 「では、『タカセン』の電話番号も教えて頂けますか?」(←ペンを握ってメモを取る体勢、しかも真顔)
1日……しかもたった数時間に3つも名言を吐かんでくれ……。君の語録を作りたくても追い付かんじゃないか……。
しかしヒロコよ……。コミュニケーションってのはさ……ちょっとした冗談や比喩なしには成立しないと思うんだよね……。いや、別に君がそれでいいってんなら、僕もそれで構わないケドさ……。
最近では、ヒロコに何か言う時には、「これはまぁ冗談なんだけどね」などと言う、末恐ろしい前置きまで披露してしまう体たらく……。このままヒロコと行動を共にすることが多くなると、会話のセンスが著しく低下しそうで恐いわ……。
いくら私が「残業しないように」と午前中から集中して作業を進めても、結局上司のI田さんが18時頃にZ社に戻ってきて、それから打ち合わせだ何だと始まれば、1〜2時間の残業は当たり前になってしまいます。
基本的に仕事がなければ、周りがいくら残っていようとも、心的負担は感じることなく定時で帰ることが出来ますが、定時ギリギリに現れた上司に「この仕事は明日までにやってね」などと言われると、それだけでもうこちらの計画は丸潰れになり、残業も当たり前になってしまいます。
自分を強く持って、周りに流されないでやるぞと意気込んでも、所詮は周囲の体制が変わらない限り、無駄な闘いに終わりはありません。
同じように、いくら特定の会社が「うちは残業をしない方針で行こう!」と意気込んでも、仕事相手の会社が土日も関係なく回転し、「この件に関しては今日の夜9時までに頼みます」などという要求を出してくれば、それだけでもうノー残業の体制は夢のまた夢になってしまいます。
勿論、会社経営陣がそのようなことを見越して、「無理な仕事は引き受けない」「余裕をもった社員数を確保しておく」というような人間的な経営理念を持てる余裕があれば別ですが、この大不況の真っ只中で、神がかった博愛を振り撒けるほど超越した経営者は、なかなか存在しないでしょう。
会社を建てる人間の多くは、やはり「利益追求」を一番の目標に掲げているでしょうし、言わば、「自社で抱えている社員を、人間的に幸せに生活させる義務」などコレっぽっちも負ってはいないのです。彼らは働きに対する報酬を払うことで、すべての義務を果たしていると言うことになっているのですから。
完全失業率が4%を越している今の世の中で、私たち被雇用者の「働きに対する報酬」は幸福なケースを除いて雇用者の言い値と言っても過言ではなく、その言い値を被雇用者が「貰えるだけマシ」とばかりに粛々と受け止めているのですから、改善の兆しもありません。
残業にしても、薄給にしても、世の中が全体的に変わって行かないと、一部だけが変わることは困難です。「残業なんかしないもんね!」「こんな薄給じゃ嫌!」などとほざいても、文句を言う人間が少なければ、「じゃあ辞めれば? 代えはいくらでもいる」で終わってしまう話です。1人でも多くの人が変わって行かないと、そういう人が過半数を超えないと、世の中が変わることはないのです。
母が会社勤めをしていた頃は、週休1日が当たり前で、年間でまとまった休みは正月くらいだったと言います。それが今では週休2日制は常識になりました。この世の中で週休1日を謳っても、人材が集まらないから、企業もそうする他に手が無い訳です。
こんなふうに、世の中は少しずつ過剰労働から解放されては来ているようです。この調子をもっとハイペースにして、「年に1ヶ月の長期休暇もないような企業には人が集まらない」というような風潮を広める事が出来ればいいなぁ……としみじみ思います。
以上、ちょっとした残業考でした。
11月に入ってからというもの、頼んでもいないのに大活躍(……っちゅーか、大暴れ?)しているヒロコ(【人物紹介】Z社のNo.11参照)ですが、そんな彼女と強制的に行動を共にさせられているせいで、恐れていた事態が身の内に起こりつつあるようです……。「恐れていた事態」とは、まさに2日前の日記の最後に溜息のように囁かれていたこの一文に集約されています。
このままヒロコと行動を共にすることが多くなると、会話のセンスが著しく低下しそうで恐いわ……。(15日より)
これが、恐れていた事態です……。
事態がコトの他深刻であると気付いたのは、友人Zと話している時でした。
友人Z 「でね、そのおじさん、宝クジで1億円当たって、お店を止めようか……って言ってるんだって」
鷹瀬 「ひょえ〜、いいねぇ……。でもさぁ、宝クジとかで半端にお金が入って仕事とか辞めちゃって、結局その後、身持ちを崩す人とかいるじゃん。その人って何歳?」
友人Z 「50代だったかな? なんか、この宝クジが当たる前から『そろそろ店を畳もうか』って思ってたみたいだから、丁度良かったんじゃない?」
鷹瀬 「そっか、それなら良いよね。えーと、ホラ……なんだ、え〜っと……『弱ったり祟ったり』……じゃない……えーっと……ホラ……なんだっけ? その〜……」
友人Z 「……………………それを言うなら『弱り目に祟り目』でしょ。しかもこの場合、『願ったり叶ったり』なんじゃないの……?」
鷹瀬 「あ、そうだ!」
友人Z 「ちょ、ちょっと〜〜〜タカセ〜〜〜っ!!! 大丈夫〜っ?! ピロリン菌にヤられてるんじゃないの〜っ?!」
鷹瀬 「何よ、その『ピロリン菌』ってのは……」
友人Z 「ヒロコの菌」
うおぉぉ〜〜〜!! そうかもっ! 感染したのかもっ!!! 「言葉は苦手」な上に、「対人関係が苦手」で、「社会常識とかも無い」女王ヒロコの菌にっ!!!(本人談。9日参照) ヤバイって〜!
20代になってから(と言うか、社会人になってから?)思ったように言葉を紡げなくなっているもんな〜。ただでさえ基礎能力が落ち込んでいる時に、言葉不自由度120%の最凶ピロリン菌なんか浴びたら、そらもう息の根も止まるわな……。
しかもこのピロリン菌、かなりの感染力みたいだし……。いや、上記会話の後もずっと話していたら、その内友人Zまで言葉に不自由になり始めて、2人して「2次感染っ?!」と盛り上がっていたもので……。
今後ヒロコと行動を共にする時間はどんどん増えて行く訳で、ちょっと気を付ける必要がありそうです……。
遣り切れないのでブロークンで行く。
今日はさ……政治に関心のない人も、それなりにTVの中継が気になった1日だったよね……多分。
──で、タイトル通り。もう駄目だ。駄目だ駄目だとは思っていたけど、こんなに駄目だったとは……。
でもさ……中途半端にまともなことをしちゃうと、90%駄目でも「……でも10%はイイトコロもあるよね。頑張ったよ」などとお花畑に乱入しちゃう国民性のワタクシたちだけど、今度の今度でもう、完全に、100%、一分の隙もなく駄目駄目だって分かったから、今度こそ……今度の選挙こそ、真っ当な結果が出る……かな……無理かな……。また喉元過ぎればなんちゃら〜な展開になるんだろうか……。
加藤くんもさ……期待させるだけ期待させておいて……だらしないったらありゃしないよ。全く。
でもさ〜もうさ〜日本国民さんよ〜よぅよぅよぅ〜。こんなに馬鹿にされててイイの〜? 私たちが身を粉にして稼いだ金は、無駄な公共事業と奴らの給料(年金を含む)に消えてんのよ〜? 奴らの年金って半端じゃないのよ〜知ってる〜? アタシたちゃ、あの馬鹿どもの老後の生活支えるために税金払ってるようなモンなのよ〜?
悔しくないの〜? アタシャ神様と仲良しだったら政治家を片っ端から始末してっちゃうよ。マジで。いやもうアイツらに国の運営を任せるより、ドイツの小学生に国家を任せた方が絶対安心だと思うほどだし。
田中真紀子が森喜朗のことを「シンキロウ」と評したって? 自民党総裁選を「凡人、軍人、変人の戦い」と表現したこともあったし、センス良くて参っちゃうね。こういうのはもう言葉のセンスってな問題じゃないからね。人間のセンスでしょう。言葉ひとつで頭の良さは分かっちゃうよなぁ……。「Who
are you ?」が首相じゃねぇ……こっちが聞きたいよ。「アンタ誰?」って。
彼女のような政治家がいるので、まだちょっと期待しちゃったりもするんだけどね……。しかしまぁ……日々新鮮にガックリ来るなぁ……。
いやね、ボンバー・ヒロコですか? あ、ボンバーってのは今日からヒロコに付いた愛称ですけどね。もう「ヒロコ」ってなフツーの愛称だけじゃ気持ち的に足りないんでね。
で、話を戻しますよ。そう、そのボンバー……。良い子ですよ。多分……。1日中ベッタリ付きっきりだと少々疲れますけど、真面目だし。私などは恐らく死んでも……いや、生まれ変わってもメモなんか取らないだろうなぁ……ってことまでメモしてて、偉いなぁ真面目だなぁ、って、アタシャもうひたすら感心するっきゃないって感じですか? みたいな?(←混乱中)
あ、そうそう。ボンバーはね、学歴は良いんですよ。あ、「は」だって。じゃあ何が悪いんでしょうね。アハハハハ。アラヤダ、ワタシったらナニ笑ってるのかしら。可笑しいことなんて何もないのに。うふ。
なんかこんな書き方すると含みがあるみたいですね。……あら、逆にこんな書き方すると含みがないみたいですね。はは。あ、また。可笑しくもないのに……。
いや、ただね、普段の会話から、何となく……本当に「何となく」なんですよ? 他意はないんですよ? でも、まぁ、その、ナンですか? ぶっちゃけた話………………ヒロコって馬鹿なのかなぁ……なんて思ってたから……。ああっ、その、本当に他意はないんですよっ?! ただ、「お勉強が出来る」ってのは、「頭が良い」とイコールでは結べないんだなぁ……ってしみじみ実感しちゃったわぁ、みたいな? 勇気付けられるわぁ、みたいな?
ま、とにかく、ボンバーは真面目なんですわ。とても。冗談が通じないのも、きっと真面目だからなんですわ。多分。比喩をまんま事実として受けとめるのも、正確な性格だからなんですわ。恐らく。
でもそうは思っていてもこの疲れは一体ナニ?!と思って、冷静に事態を分析してみたんですね。何がこの疲れを誘発しているのか……知りたいじゃないっスか。アタシャ知りたい。いつもいつもいつも、ヒロコと話すと明確な疲れから漠然とした疲れまで、とにかく幅広い疲れを感じるのは何故? 愛はどこから来るの?
――ってな訳で、今日1日頑張って、彼女の言葉に光るものを見付けたら記録しておこうと思ったんですね。
結果、ボンバーの言葉のセンスを改めて思い知らされましたね……。本日は派手な爆弾はありませんでしたが、彼女の言葉のセンスはちょっとした違和感の集大成なんだということが判明したんですね。
では、具体的な出来事のレポートに移りましょうかね。
丁度サポートセンターのAさんからの質問の返事を待っていて、今日中に返事を貰える筈だったのに17時を過ぎた時点でまだ電話が掛かってこなかった時、彼女は言いましたヨ……。
ヒロコ 「Aさんは、頭を悩ませているんでしょうか?」
……………………「頭を悩ませる」って慣用句を、日常生活で本当に使っている人って初めて見ました……。別に取り立ててヘンな訳じゃない。間違った日本語じゃないし。でもなんだろう……この浮いた感じは……。そう思って、私は近くにあったメモ用紙に、そっと「頭を悩ませる」とメモしました。
その直後、ボンバー……もとい、ヒロコが分らないことがあったので、私が教えたんですね。そしたら彼女のお礼の言葉。
ヒロコ 「ありがとうございました。お陰様でスッキリしました」
………………なんでしょう……なんか違う……。これも取り立ててヘンって訳じゃない……。日本語としても間違っていない。でも、トータルバランスは悪い。なんで? 仕事上で分からないことを聞いて、解決した時に「お陰様でスッキリ」って言うか? 便秘でも治った?って聞きたくなっちゃうよ。
その後、待てど暮らせどサポートセンターのAさんから返事がなくて、私が「まだか〜」と言っていると、やはり彼女が囁くように。
ヒロコ 「サポートセンターでも手を焼いているんでしょうか……」
うおぉぉぉ! 「手を焼く」?! やっぱ日常会話ではあまり使わない台詞! この程度の違和感誘発台詞なら、1日に1回や2回はOKだとも! そういう違和感で言葉遊びすることもあるさ! でも、1時間に3回は多過ぎっ!!
いや〜〜〜〜〜楽しいっすよ〜〜〜〜!!!!!!!! 何となく。
あっという間に本格的な冬になりましたね……。暖房設備がクラッシュしているため、今年の冬は寒くなそうです……。
っちゅーことで、ぬくい夢の世界へ逃避します。
本日の曜日を書こうと思って「きん」と打ち込み、スペースキーを押すと、真っ先に出てきた変換第1候補が「菌」だった……。ピロリン菌め(17日参照)……こんなところにまで感染するとは……。
さて、プロバイダを変えてからというもの、ページの読み込みが著しく遅くなったようです。しかも繋がらないことも、ままあるようです。何人かの方からご指摘頂きました。本当にすみません……。
プロバイダに問い合わせてみるとこんな返事が……。
「ブラウザによって見ることができないということはございません。ただ、最近ネットプラッツへのアクセスが集中しており、深夜サーバーに負荷がかかっていることは確認しております。現在、原因の調査と対処方法を考えておりますので、ご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ちください。」
実際問題、私自身もネットライフが凄まじく不自由になりました。なかなか繋がらないし、繋がっても直ぐ切れるし、読み込み速度は遅いし。MTCIが恋しい今日この頃……。なんで潰れちゃったんだよぅ……めそめそ……。
今になってこのプロバイダ(NetPlatz)にしたことを後悔していますが、私が仕出かした契約は1年契約……。来年の移行のことを今から計画中です。そんな訳で、今の気持ちは今日のタイトル通り。
今度こそ……本当に今度こそ、多少の費用が掛かっても、ちゃんとしたプロバイダを選びたいと思います。
まずは先週末のヒロコ語録報告ですが……。語録はね、相変わらず更新中。記録爆進中。毎日……どころか、毎時間単位で語録が増えて行くので、記憶しておくのも大変。新しいノート買わないと足りないな……。
金曜日ね、っちゅーか、金曜日もね、色んなことがあったずら。もー僕、一杯一杯。
Z社からR社に行くまで片道40分てのは、ちょっと長すぎると思うの。だからやっぱ一杯一杯。
でも楽しいカモ。クセになりそう……カモ? っちゅーか、楽しまなきゃやってらんない? みたいな??
行きの電車の中の27歳タメ年女2人の会話。本当にこの会話から始まったんですよ。前置きナッシング。本当に、いきなりココから。
ヒロコ 「Z社ではもう作業は止めてしまったんですか?」
鷹瀬 「作業?? 何の作業の話ですか?」
ヒロコ 「あの。今日のお昼頃、読売新聞社の広告担当の人から電話が掛かってきたんですよ。その時、ベスさんが『ウチはもう、暫く人は採りませんので』って言っていたんですけど……」
鷹瀬 「うんうん。分かりましたよー。『作業』じゃなくて『採用』ですねー。そうですかー。私もちょっと分かりませんが、採用はもうストップしちゃったのかもしれませんねー。一杯採ったからねー。採用はねー。採用は。うんうん。採用」
リアルタイムの訂正って大事だよね……多分。僕はもうその信念に基づいてやってみることにしたんだ。
暫くして山手線が五反田を通過した頃の会話。
ヒロコ 「『五反田』って、『ごたんだ』ですか? 『ごだんた』でしたっけ?」
鷹瀬 「うんうん。私が思うに『ごたんだ』じゃないかなーって。うんうん。『秋葉原』も『あきばはら』じゃなくて『あきはばら』みたいな」
ヒロコ 「時々、間違えちゃうんですよ」
鷹瀬 「そーですよねー。地名って難しいですもんねー」
しょせん根性ナシのワタクシ……訂正するのも早々に諦めたらしい……。
そしてその直後の会話。
つい2週間ほど前に、Z社に突風のごとく現れて、やはり突風のごとく去って行った新入社員がいたんですね。新入社員と言うよりは、体験社員って感じになってしまった方だったのですが……。私がその人が辞めたことを知らなかった時に、勉強の話の延長で敬愛するYさんに「××さんなんか『2〜3日あれば出来る』とか言ってましたよ〜」と言うと、Yさんが「あ、ダメダメ。あの人の名前は禁句だから」と冗談っぽい調子で言ったことがあったんですね。ヒロコ、それを聞いていたらしくて……。何を思ったのか、R社に行く途中の電車の中で、急に真剣な眼差しを私に向けて、こう聞いてきたのであります。
ヒロコ 「あの。話をぶり返すようで申し訳ないんですけど……。『××さんの話題は禁句』と言うのは、社長の前では話してはいけないということなんでしょうか?」
鷹瀬 「ウンウン。テキトーニネー」
埴輪に変身しそうな今日この頃。充実した日々って感じ(はぁと)
でもね、人間って不思議なもので、こんな天然ボケに慣れちゃうと、だんだんヒロコがいとおしくなってきちゃうんですね……。
なんだか私、自分的には人間嫌いだと思っていたんですが、そうでもないのかな……。否定的な感情から始まっても、長く一緒にいると、相手がこちらに悪意を抱いていない限り大抵の場合、いつの間にか好意に傾いてるような……。ま、嫌いなままずーっと嫌い、もしくは日を追う毎に確実に嫌いになっていく人もちゃんといるか。
しかしヒロコに関しては、愛(←?)が芽生えつつあるようです。
ヒロコといるとき気分的に多発する「うんうん」ってな合いの手も、今までは半眼開きの無表情で腹話術師のような口調だったっちゅーのに、最近では大きく頷いて瞬きなんかしながら言っちゃうような勢いよ。
いやさ、ヒロコに対する感情が決定的に変化した瞬間がいつか、はっきりとした自覚があるんですね。
ヒロコ 「九州とかだと家賃は安いですよね。今の所も5万円で東京にしてはかなり安いですけど、下は飲み屋さんで夜中の2時頃までウルサイし。──え? 九州に住んだ事はないです。ただ、無職だったときに転職雑誌とか見ていたんですけれども、次の職場は九州とか北海道でもいいかなと思って、色々調べたんですよ」
私、こういうタイプに弱いんですわ……。自分に無いものを持っている、こういうタイプに……。気の向くままにふらっとどこかへ行ってしまえる気軽さを持っている人、そしてそのことに少しも気負いが見えない人……大好きなんです……。
多少(多々?)天然だろうと、多少(多々?)会話が掴めなかろうと、多少(多々?)言葉のセンスがぶっ飛んでいようとも、そんなこたぁ良いのです。何かこうぐっと来るものを持っている人って、難ありな部分は比較的どうでもよくなるものですね。まぁ、あくまで「比較的」な話ですけど。
ちょっと触りに。
トルコでポケモンが放映禁止になりそうだって? ポケモンにシンクロしちゃった子供たちが「自分には超人的な能力がある」と思い込んで、ビルから飛び降りた事件が相次いだからだって? 凄いんでないの? 色んな意味で。
いや〜最近狭い檻……もとい、倉庫……いやいやなんの、作業場で天然(ヒロコ)と2人っきりで仕事をしているもので……世間様と対話が出来ない体質になりつつあるような気がしてならないんですね。活気溢るる会話がしたい……。
なんかこのままこんな日々が続くと、気が付くと自分の視線があらぬ方向を捕らえていそうで恐いわ。
上記の数行から、現在の私の状況を察して頂けると非常に助かります。要するに、今、つまんないんですよ。ボケに突っ込むのももう飽きた……っちゅーか、もともと野放しで突っ込んでもいないし。はぁ〜面白いコトないかな〜。
最近良かったことと言えば、3日間映画を立て続けに観て、そのどれもが当たりだったことくらいでしょうか。
「チャーリーズ・エンジェル」「初恋のきた道」「リトル・ダンサー」──順番に、「スカッと爽快バカ映画」「ほのぼのしんみり懐かしい系」「夢追いモノ家族愛仕立て」とも言えます。
どれもオススメですが、「リトル・ダンサー」が一番良かった。父親に反対されながらも夢を追う少年の物語。もー泣いた泣いた。今年のNo.1かもしれない。是非。
も〜……ネットプラッツぅぅぅ〜〜〜〜……。繋がらないわ、切れるわ、読み込み遅いわ……いい加減にしてくれ……。メールをダウンロードするのに何度も何度も切断&再接続を繰り返して、たった5通のメールを読むために結局1時間も掛かってしまった……。お陰で最近マシンに向かうのが苦痛……だって苛々するんだもん……。マシンもネットもボロボロ……。
11月……「何があった?」と振り返ると、「ヒロコと出会った」という日本語でしか楽しめない呟きが漏れ出る始末……。コレ、人生的にマズイだろ。そう思って、慌てて自分の今月の記憶を振り返ると……
(1)プロバイダ(NetPlatz)にイライラさせられた。
──切れるわ繋がらないわ読み込めないわで、もー大変。契約破棄したい……。
(2)マイPC(SOTEC 246型)にハラハラさせられた。
──威嚇音だけじゃ済まなくなって来た。寿命間近らしい。
(3)電子辞書(CASIO XD-S2100)にガッカリさせられた。
──液晶画面に異常が……。早くも文字がかすれ、画面が不鮮明に……。
(4)UNIXにドキドキさせられた。
──こりゃ文句ナシに自業自得でした。
(5)PHSにオタオタさせられた。
──使い方を未だにマスターしてないので、いざと言う時オタオタしっぱなし。
こんな総括に落ち着いた。(いや、色々あったけど、表面的にはこんなカンジ……)
うお〜〜〜電子機器と天然に翻弄された1ヶ月だったってコト?! やっぱ人生的にマズイってば!!
| 2000年11月の勤務表 |
| 出勤日数 20日(うち休出 0日)/勤務時間
159:35/ |
欠勤日数 0日/ |
有給休暇 0日/ |
| 月残業時間 14:45/ |
日平均残業時間 0:44/ |
今月最高残業時間 3:20/14(火) |
| 【一言】 ヒロコに始まりヒロコに終わった1ヶ月。20日の日記中、6日がヒロコ主役だった。 |
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