about Ireland

なぜ愛蘭なのか

(2001年4月24日更新)


 いよいよ始まりました。いや、まだメインの滞在記まで手が届いていませんが、滞在記はアイルランド滞在中に毎日書いていたので、辿り着けば掲載は早いと思います……。取り敢えず、入口作りでヒイコラ言ってます……。ちょっとどうせなら、アイルランドでの体験記だけでなく、それに至るまでの経緯も克明に記録を残しておこうと思って……。

No. 小見出し一覧 更新日
 第1章/  はじめに 2001/05/20
 第2章  そもそもなぜ一人旅なのか 2001/05/20
 第3章  超短期留学決意までの道程 2001/05/21
 第4章  いよいよ行く先選び 2001/06/10
 第5章  そしてアイルランド 2001/08/23
 第6章  決定までのすったもんだ 2002/04/24
 第7章  決定後のすったもんだ 2002/04/24
 第8章  最後に 2002/04/24




第1章 はじめに
 なぜ、一人旅をしようと思ったのか。
 なぜ、その初の一人旅の舞台にアイルランドを選んだのか。
 ──結果的には「直感的に決めた」というのが最も近い本音ですが、その直感が働くまでにはそれ相応の動機と下調べがあったわけで、ここではその辺りの詳細をまとめたいと思います。


第2章 そもそもなぜ一人旅なのか
 まず、そもそもなぜ海外に1人で行こうと計画したか、という話になりますが、これはもう正直に言って本人的には修行のつもりでした。一人旅が好きかと言えば、誰に禁止されている訳でもないのに27歳になるまでに1度もしたことが無いのですから、当然好きではありませんでした。好きでもないこと……もっと言えば、したくもないことを無理矢理やろうとしたのですから、これはもう立派な修行
 大袈裟に聞こえるのは百も承知ですが、「一人旅なんて考えられない」という人の半分……いや、3分の1くらいには、この辺りの心の葛藤を理解して頂けることと思います。

 一人旅をしないわけではなく、一人旅が出来ない人間とは、往々にして、一人旅を気軽にしてしまえる人種に対して一種憧れのような感情を強く抱いているものです。少なくとも私はそうでした。
 バックパッカーという響きに、精神的な強さや奔放さ、自立した個性を汲み取って、過大に評価してしまう傾向があるのだと思います。
 実際自分が体験してみると、「いや別にこれは趣味の問題だから……」ということが腹の底から言えるのですが、とにかく実体験前にはこういう当たり前の台詞が言えないのです。
 東大に受かった人間が「東大にだって馬鹿はたくさんいるよ」と言えても、東大にすら受からない人間が同じ台詞が言えないのと同じ原理ですね。しかも、強がりではなく言えたとしても周りが認めてくれるかどうか……、というオマケ付です。
 バックパッカーに関して言えば、私的に旅という分野に弱いことも手伝って、幻想も入ってしまっていたので、特に弱腰です。

 また、一人旅が不安で出来ないということに加えて、1人で長旅をするという状況が、どう想像しても楽しそうには思えない、ということも大きなポイントでした。素晴らしい風景を見ても、それを共有できる親しい人間がその場にいないというのは、どう考えてもつまらんものです。
 一般的によく耳に入る「一人旅をすると全く知らない人と知り合いになれる」「旅先で友達が出来る」などというコメントをもってしても、「でも私は絶対いきなり会った人と仲良くするなんて無理。英語だって出来ないし」という頑固な思い込みもありました。

 海外での安全管理に関しても自信はありません。今までの海外旅行経験と言えば、パッケージツアーで参加したイタリアとトルコ、そして個人で行ったバリだけです。これらの海外旅行は、1人でないことに加え、添乗員が付いているか、もしくは日本語が通じる場所かのどちらかで、日本語が全く通じない土地で1人でトラブルに巻き込まれたら……ということを考えると、とても単身で海外を訪れようという気持ちにはなれません。
 更に、これも安全管理の一環ですが、短期間で人を見る目に関して、私は多分騙されやすいタイプだと思うのです。(長期で付き合って騙されるほどにはお馬鹿サンではないと思いますが……) 多大なる損害を被ったり、自分の身に危険が及ぶような信じ方はしないまでも、見知らぬ人に親切にされるとすぐに「うわ〜良い人だなぁ……」と良い気持ちになり、えっへらと脳みそ桃色になってしまうのも、認めたくはありませんが常なのです。

 日本にいる限り、トラブルに巻き込まれる可能性が低いばかりか、たとえ巻き込まれたとしても人並以上に的確な判断が出来る自信はありますし、独りで解決できない場合でも信頼できる友人たちがすぐ近くに控えており、赤の他人に頼る場面に遭遇することはほとんどありません。
 見ず知らずの他人の好意を必要とする場面に陥らないので、「目の前のこの人を信じて良いものか」という瞬時の決断を迫られることも滅多になく、特別な訓練も受けていないわけですから、当然そういった他人の本質を見抜く一瞬の判断力は鍛えられていない筈です。
 コラもうきっとコロッと騙される。騙されて金取られて殺される……っ!(←?)

 ──やってもいないうちから、ここまでビクビク出来るのも、無駄な想像力の賜物と申しましょうか……。
 今から思えば、ここまでまだ見ぬ仮想敵に対して用心している人間は、それだけで既にかなりの警戒体制を身にまとっているわけで、気軽に旅行している人間よりもよほど多くの隙を埋めている状態だと思いますが、とにもかくにも本人的には盲目的に「外国なんて恐いずら。青い目の白人サンなんて何考えてるか分かンないもん」のお馬鹿サン状態、とにかく恐いもんの一点張りで今まで来た訳です。
 身の危険が伴わない書籍やネットでの情報収集でも、充分に外国の事情は窺い知れます。体験すると言うことは恐らく全く別物ということが頭では分かっていても、実行に移すには暗くて深い溝があるのです。

 こんな私が重い腰を上げる直接の切っ掛けになったのは、1998年6月からN.Y.に無期限で留学している兄(2歳上・A型)と、2000年9月から1年間の予定でオランダに留学している友人C(同い年・B型・女)の存在です。
 この2人から刺激を受けて、「恐いから絶対に嫌」という気持ちを、「それでも試しに行ってみるか……」にまで持って行くのに、半年かかりました。元来の英語嫌いが治ったのが半年前ほどですので、一連の流れは出来ていたとも言えます。

 遠い向こうには留学というキーワードが仄かに見え隠れする一人旅なので、ただ観光に行っても仕方ありません。短くてもなんでも、語学学校に通うことが第1の目的でした。1週間やそこら語学学校に通ったからといって、語学のスキルが上がるとは露ほどにも思いませんが、体験という意味ではやったことがあると無いでは非常に大きな違いがあると思いました。
 ──と、言うことで、今回の一人旅は、留学と言うには余りに恥ずかしいのですが、取り敢えずスペシャル短期の留学をしてみて、外国で独りでやって行けそうかどうか、自分自身の適性を知るために計画されたのでした。


第3章 超短期留学決意までの道程
 さて、1週間の留学をしようと思った直接の切っ掛けである兄と友人Cですが、彼らについて少々の説明を。

 まず、実の兄からです。
 兄は専門大学卒で卒業と同時に中小企業でSEをやっていたのですが、大卒で同じ職種に就いた私から見ても(私の知るSEやPGたちと比較にならないほど)スキルがあるのに、やはり大卒や院卒の人間よりも給料が低いなど、日本の学歴社会の壁にぶち当り、凄く虚しかったらしいんですね。それで大学に入り直そうか、夜学にしようか、留学するか……と散々悩んで留学を決意したのです。

 彼も英語は全然、というレベルで、しかも26歳からの留学だったので、正直な話、私などは「まぁ無理だろう」と思っていたのですが、行って最初の1年は語学学校に通い、その間に知り合った大学の先生にコンピューターを教えることになり、そうこうするうちにその教授にとても気に入られ、約1年後にその教授の口利きで大学をパスして大学院に直接入学を許可され、そこで2年半勉強して、この5月に院を卒業することになりました。
 「大学の4年間をすっ飛ばして儲けたね」と、非常に爽やかに語る彼を、なんだか大きく感じたものです。

 卒業後はあちらのITベンチャー企業に誘われているのでそこに就職し、そのままグリーンカード(市民権)を取って、しばらくは帰ってこないようです。
 最初のオファーで決められた年俸は、日本にいた頃の倍だとか。
 人間的にも大きくなって(※注:日本にいた頃は結構酷かった……)、我が家では「本当に兄貴は良かったよねぇ」と事ある毎にしみじみと語られています。私が「人の人生っていつ転機が訪れるか分からないよね」と心の底から言えるのは、目の前に生き証人がいるからです。

 ただ、兄の場合は並々ならぬコンピューターのスキルがあったために、非常にラッキーな形で留学を成功させることができたのですが、私がその兄に強く薦められ、留学を視野に入れるようになってから色んな人に話を聞くと、「お兄さんは物凄いレア・ケースだよ」と言われてしまい、ますます自分が行ったところでそんなに上手く行くはずが無い、と思って、諦めモードでした。
 また、大学に入り直してまで学問的にやりたいことがない、というのもネックでした。

 ここで登場するのが友人Cです。
 彼女は勿論、それ相応の意志を持って留学した訳ですが、兄のような悲壮感や決死の覚悟は全く伺えず、留学先をオランダに決めたのも、彼女の専攻する分野で「今一番オランダが熱いから」という素直な理由でした。
 また私が、「留学することになったから」と告げる彼女に「凄い。留学したいと思えること自体が羨ましい!」と言うと、ケロっとして言うのです。
「いや、私、鷹瀬が思ってるほどこの留学を深刻に考えてないんだよ。ただ外国で暮らしてみたいなーって、それだけ」
 彼女のこの言葉は、それからずっと後になって、留学を気軽に考える手助けにもなりました。
 この友人Cが、とにかく凄い奴でして……。
 私は自分の友人をそれぞれの特徴や個性をもって尊敬し、誇りに思っていますが、彼女に対する敬意というのは、ちょっと他の友人に対するそれとは趣が異なるかもしれません。
 彼女に敬意を抱く根底部分にあるものを単純に一言で表そうとすると、私はもう彼女のたくましさにメロメロなんです。友人という枠を外れて、私が比較的よく知る人間を老若男女問わずに思い起こしてみても、彼女ほどたくましい人間には、なかなかお目にかかれません。(きっとこんなことを面と向かって言おうものなら、友人Cは苦笑して、「いや、鷹瀬は私を買い被ってるよ」と言うと思いますが)

 ここで、私の言う「たくましい」の定義は非常に微妙なので、それをまず正確に伝えておきたいのですが、私が友人Cへの形容詞として用いている「たくましい」は、「エネルギッシュ」ということではありません。
 例えば、Q社の社長やZ社の社長、身近なところでウチの父などは相当エネルギッシュな人間だと思います。勿論、会社を興して曲がりなりにも軌道に乗せている人たちですので、たくましいという面もあります。しかし、これらの海千山千の起業家たちと比較しても、私は友人Cの方が「たくましい」と思うのです。
 友人Cに起業家タイプの気質は全くありません。10年以上の付き合いになりますが、彼女はいつの間にやら芸術家タイプの人間です。そのクセ現実を見据える視線は厳しく、同時に楽観的なのです。

 「エネルギッシュ」と「たくましい」の違いについて、もう少し詳しく述べるならば、「エネルギッシュ」にはガツガツした人をも巻き込む勢いが含まれていますが、「たくましい」にはそれがありません。「たくましい」はもっと知的でエレガントで大人で、行動力はあっても他者を巻き込まず、環境や他者に左右されずに超然としているけれど、決して頑固というわけではない──そんなイメージがあるのです。
 まぁそうは言っても彼女も生身の人間ですから、色々なんちゃってな面も持ち合わせていますが、そういうところも含めて大好きな訳です。

 彼女はお姉さんがスチュワーデスということも関係していると思うのですが、もうずっと以前から海外慣れしていて(それこそ中学生の頃からホームステイとかしてた)、いずれは留学したいという話は大学に入った頃からしていました。そんな彼女が満を持して(と言うほど準備はしていなかったケド)院に在学中にオランダへ旅立った訳ですが、これがまた呆れるほどに淡々と、しかしイキイキと順調にやっているのです。
 オランダ行きが決まった時、研究室の仲間から「あなたはどこに行っても同じだよ」と言われたらしい友人Cですが(本人「どういう意味だろ……」と言ってました)、この台詞が肯定的な意味で言われたのか否定的な意味で言われたのかは判りませんが、私的には「彼女はどこに行っても自分のペースを乱さず、自分を変えないというわけではなく、周囲の環境と自分の調和を最も良い形で築き上げて行くだろうな」と思っていました。彼女の留学が終わりに近付いている今でも、この考えは変わっていません。

 友人Cとはメールでお互いの近況を報告し合ったりしていますが、あっちの日本語環境が整っていないため、ローマ字か拙い英語(拙いのは主に私)での遣り取りになり、細かい話はなかなか出来ません。
 そんな中、彼女が去年末に1週間ほどパリに行った時に、パリから手紙を送ってくれたのですが、この手紙が今回の私の一人旅の大きな大きな原動力でもあります。

 私の宝物になった長い長い手紙の、一番印象的だった文章をご紹介しましょう。
 本来は他人には見せたくない私だけのものですが、別に海外に行くか行かないかという話に限らず、私のように今一歩踏み出せずに燻っている人のために、友人Cを持っていない人のために、勇気と後押しのお裾分けです。
 物事の直接性って大事だね。今こうして手紙を書いていても、私が見たもの、聞いたもの、食べたものに鷹瀬は触れてなくて、鷹瀬と私の間には体験を共有していないっていう壁と、言葉を文字に置き換えているっていう伝達メディアの壁と、時間の壁と、少なくとも3つの壁があるわけで、鷹瀬がどんなに想像力が豊かでも、ここには決定的に何か失われているのを感じる。直じゃないことの弱さ、同時に体験することの強さを感じたよ。
 だから話は飛ぶように見えるかもしれないけど、海外で生活するのはいいことだと思う。パリの街で私が興味を持ったものを鷹瀬がどう思うか、そもそも感心を持つかな……って考えたりしたよ。
 鷹瀬には海外を見て欲しい。そしてその洞察眼を通してどんな意見を持つか知りたい。

 私は恐らく、情報ベースでは海外について知っていることは少なくないと思います。
 例えば、友人Cが「こっちではミネラルウォーター1.5Lを125円で買って、ボトルを返却すると50円も返って来るんだよ!」と報告してくれた時も、私は別に驚きませんでした。そのようなシステムは先進国の中では日本が大幅に遅れを取っているだけで、ドイツを始めとするヨーロッパ諸国では何年も前から当たり前のことですし、返却される価格などもTVや書籍を通してある程度知っています。
 情報と実体験では、実体験を重視する人が多いのは当然だと思いますが、私は、どちらがより重要ということではなく、適度なバランスと、本人の思考力こそが最も大切だと思っています。

 以前TVで、(名前は忘れましたが)女優がオーストリアの街道を歩き、「この通りは音楽通りと呼ばれ、その由来は……」とウィーンの歴史を紹介していたとても良い番組を見たことがありました。その番組とは全く別に、奇しくも全く同じ通りをコギャルのようなバラエティアイドルがキャーキャーと大騒ぎしながら歩き、「あ! あの男の子超カッコイイ!」とか言いながらオーストリアを紹介している番組も見たことがあります。
 この女優とコギャルもどきは、同じ場所に赴き、同じものを見て、表面的には「オーストリアを訪れる」という同じ体験をしている訳ですが、その重みと意味は全く違うものでしょう。

 経験は、単にすれば良いというものではないと、私は思っています。経験する人間の持つフィルターや背景、知識量は、その経験を価値あるものに変換するための重要なファクターで、そういった意味で、情報を蓄えるというのは、体験することと同程度に大切なことです。
 そこで自分を振り返ると、私には海外への興味は人並以上にあれど、著しく経験が不足しているという問題があることは明白なのです。

 知っている、と思い込んでいるリサイクルシステムに関しても、私がもしもこのシステムを直に体験したら、耳で聞いて感じたこととは違うことを、文字で読んで考えたこととは違うことを、新たに思い付くかもしれません。興味の対象が広がり、全く別の情報と結び付けることが出来るかもしれません。
 また、私が知らないことを友人Cが教えてくれて、それに関連しているであろう情報と照らし合わせて推測しても、私の側に経験の欠落があると、その理解が深みに欠けているのではないかと思えてなりません。

 これはやはり、一度覚悟を決めて独りで海外に行ってみよう。それで「もう二度と行きたくない」と思ったら、それはそれで私の結論なんだから良いじゃないか。誰のためでもない、自分のために行くんだから、カッコ悪くてもOK、OK。
 いきなり数年、というのは無理かもしれないから、取り敢えずどんな感じか、触りだけだっていいじゃないか。自分が海外で生活できそうか、勤めながら1週間くらい行って試してみよう。0よりは1の方がマシだろう。
 強制的にでも人と関わる場を持ちたいので、観光旅行ではない形が良い。英語を多く使う場を持てて、他の国の話も聞ければ一挙両得だから、語学学校に通おうか。どうせなら生活レベルで垣間見たいので、ホームステイにしよう。
 留学なんて、別に学問的な目的を持つ人間だけがするものでもあるまい。日本以外の文化を知りたい、というのだって、立派な目的じゃないか。

 こんな経緯で、1週間の留学を決めたのでした。

 ま、こんなに小難しく考えていたのは行く前までで、行ってしまったら楽しいやら面白いやらで、上記のような考えはスッカリ忘れていましたが。そんなもんです。多分。


第4章 いよいよ行く先選び
 さて、「修行するぞ修行するぞ修行するぞ修行するぞ修行するぞ」と、どこぞの教祖のように呪文を唱え終わると、いよいよ行く先を決めなくてはいけません。
 確かこの行く先を本格的に探し始めたのは一人旅の3ヶ月以上前からでしたが、実際にアイルランドに決定したのは出発まで1ヶ月を切っていました。
 短いながらも語学留学をしようという目的があるものですから、行く先は既に「英語圏」に絞られています。この極々普通の英語圏という広範囲のエリアから、アイルランドを導き出すまでには1ヶ月以上かかったと思います。

 通常の留学であれば、まずはやりたい学問ありきで大学を選定し、その大学がある場所……という具合に絞り込んで行けるのでしょうが、私のしようとしていることは、あくまでも修行を目的とした一人旅の延長上にある語学留学で、しかもたったの1週間です。
 英語のスキルを伸ばしたいということよりも、「独りで外国に行く」ということが目的ですから、英語を教えてくれる学校があればどこでも良いのです。

 以上のようなことを念頭に置いて真っ先に思い浮かんだ留学先は、兄のいるN.Y.でした。そして次に、母の姉がいるサンフランシスコ。
 「とにかく恐いもん」という半ば逃げ腰の姿勢が根底にある上に、一人旅&語学留学という雲を掴むような取っ掛かりだったもので、何をどう選んで良いのかさえ分かりません。手掛かりを探すと、どうしても知人がいる場所に意識が向いてしまうのです。
 加えて、「英語圏ってーと、アメリカ?」という薄っぺらな常識も働いて、N.Y.やサンフランシスコは、私の中での「アメリカ」の代表地区のような気さえしてきます。

 ここで、また悩みが始まる訳です。
 N.Y.とサンフランシスコであれば、サンフランシスコの方が良いな。これはもう直感で。別に既に兄貴がいるところに行くのもナンだし、あっちで会う訳でもないし。それこそN.Y.行って兄貴に世話になったら意味ないし。
 行くなら気候も良さそうなサンフランシスコでしょう。
 でも伯母さんが住んでいるエリアでわざわざ1週間ホームステイをしに行くのであれば、伯母さんの家にお世話になった方が楽なんじゃ……。部屋も空いてるって言ってたし……。ああ、でも伯母さんだって私が1週間も泊まったら迷惑かな……。

 ──は! いかんいかん。そんなこと以前に、伯母さんの所になんか泊まってどーする。そんなん、何のための修行なんだか分かりゃしないじゃないか。でも、私がサンフランシスコに行くって言ったら、そら何日かは会ったりするんだろうな……。たった10日間くらいしかない修行なのに、そんな不安な道中で安心できる人に会っても意味ないし……。
 ……………………なら別にサンフランシスコじゃなくていいじゃん……。っつーか、修行目的なら、いざという時、頼れる人が誰もいないところに行かないとなぁ……。

 ………………なぜ「修行」を連発するの……? 自主的に行くんだよね? 楽しい楽しい一人旅だよね? ウキウキワクワクの語学留学だよね? なぜ「不安な道中に安心できる人に会っても意味ない」の……? いいじゃん。安心できる人に会ったって……。

 なんでこんなに自分を追い詰めるのかよく分かりませんが、「思い込んだら悲愴に一直線」のA型の血が騒ぎ出している私は、B型の私が遠くの方で「いーじゃんいーじゃん。楽しくやろうぜ、一度の人生。人生、人生、英語でラーイフ!」と踊っていても視界に入らないのであります。それはそれは生真面目に、「これはあくまで修行なんだ」と自分に言い聞かせ、「頼れる人が誰もいないところ」を忠実に探し始めていました。
 ──ハッキリ言って馬鹿ですね。私、こういう人、嫌いです。疲れるから。…………でもね、本人的にはちょっと楽しいんです。キュウキュウ言うのって……。

 知人の有無を考慮に入れずに、行く先探しを初めからやり直して、候補に挙がったのはオーストラリアでした。大自然……のんびり爽やか……オージービーフ……(←早くも知識の燃料切れ)。うふふ……あはは。
 偏った知識大爆発って感じです。でも、浅はかな人間の切っ掛けなんてこんなモンだと思います。

 オーストラリアに傾くのはタイミングもあったんですね。
 まず、友人Kちゃん(同い年・O型・女)が大学時代にオーストラリアに半年間、留学していたことがあった。丁度その頃知り合った3歳年上の女性が、数年前に1年間オーストラリアに留学していた。このHPを通じて、オーストラリア在住の方から親切なメールを頂いた。同じくこのHPを通じて、オーストラリアに留学中の方からメールを頂き、その後、魅惑のオーストラリア情報を色々教えて頂いた。(N島さん、その節は本当にありがとうございます! いつか必ずオーストラリアにも行ってみますね)

 友人Kちゃんを除く方たちからの情報で、私はかなりオーストラリアに傾きつつあり、このまま行けば私の初の一人旅はオーストラリアを舞台に行われていたことでしょう。
 この時点で唯一気に掛かっていた事は、オーストラリアに1年間の留学経験がある3歳年上の女性の一言です。
「オーストラリアは良いよ〜。え? また行きたいかって? うーん……いや、今度留学する機会があったら別のところに行きたいな。
 オージーは親切かって? まぁ、普通かな。良い人も嫌な奴もいる。それはどこでも一緒だよ。女の人とかは東洋人を見ると露骨に無視したりする人もいたけどね。東洋人に対する差別は結構感じたかな。
 私の知り合いでオーストラリアに留学した人は皆言ってるけど、『オーストラリアは好きだけど、オージーは嫌い』って。私もそうかな」

 誤解のないように言っておきますが、その後の情報収集で、オーストラリアに留学した方たちにこの件に関して聞いたところ、「そんなことはない」とのご意見も同等に出ております。
 有色人種に対する差別の件に関しても、オーストラリアは広いので、都市によってまるで違うでしょうし、たまたま出会ったオーストラリア人の態度によって印象も違ってくるでしょうし、またここ数年の情報の流れによって意識改革は急激に訪れているかもしれません。
 大まかには……本当に大まかには、都会になればなるほど、差別や偏見は薄らぐ、というのがどの国でも共通の傾向なようですが……。

 結局、誰でもそうですが、皆「自分が体験したこと」を伝えてくれているに過ぎないので、その人が良い印象を持てば良い印象のままに体験は報告され、悪い印象を持てば悪い印象のままに体験は報告されるのです。
 勿論、大まかな気質や文化などにより、大体の傾向はあるでしょうが、体験者の性格や言葉のスキル、出会った人々やハプニングの有無などによって、留学先での印象は全く違うものになるでしょう。
 このことを念頭に置いて、私の報告文を読んで頂ければ幸いです。


 以上のようなことは、自身の体験後に深く深ーく思うことで、行く前は、理性では分かっていても、やはり目の前の知人友人の体験談というのはコトの他、重いものなのです。
 「オーストラリアは好きだけど、オージーは嫌い」などと言う微妙な発言を聞いてしまったお陰で、びびりん坊の私は少々不安になります。逆ならまだ良かった。私的にはその土地に惹かれるよりも、その土地の人々に惹かれる方が、一人旅として楽しそうな気がするからです。

 これはもう、友人Kちゃんに体験談を聞くしかないでしょう。情報の重みは、発信源が近ければ近いほど、信憑性があるからです。
 この時のことは今でも覚えています。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」というトコトン暗い映画を観た直後、2001年2月3日の出来事でした。
 私的には友人Kちゃんの体験談いかんで、留学先をオーストラリアに決定するつもりでした。5月のGW出発であれば、もうそろそろ申し込みやら航空券の手配をしないと間に合わないのではないか──そんな現実も控えており、目的地選びに時間を掛けたくなかったのです。

 このような思惑もありつつ、いざ、友人Kちゃんに「オーストラリアはどうだった?」の質問です。
「うーん……正直言って、オーストラリアの留学は辛かったよ……。『早く帰りたい』ってずっと思ってたもん。英語が出来なかったせいもあると思うけど、なんか人間が冷たくてさ……。話し掛けても無視されたりとか。物凄くショックだったのは、バスに乗ろうとして行き先を告げたら通じなかったらしくて、目の前でドア閉められたこととかあったもん……。

 あっちで仲良くなったのって皆、有色人種だよ。シンガポールから来てる子たちが3人いて、同じ寮にこの子達がいたから物凄く助かった。彼女たちなんて英語はペラペラなのに、それでも白人とは話してなかったもん。ネイティブとは友達にはなれないよ。
 その子達もずーっと『早く帰りたい、早く帰りたい』って言っててさ。私もやったけど、カレンダーに毎日×印付けてくの。その子達は私より前からいて、1年間かな? 普通、1年間の留学が終わったら、最後にその国を周遊とかしてから帰るんだけど、3人とも学校が終わると同時に母国に帰って行ったよ。
 彼女達が帰っちゃってから寂しかったよー……。

 あと、寮のご飯が死ぬほど不味くてね……。この私が、『こんなんなら自炊の方がマシ』って思うくらいだもん。だから、丁度同じ学校の中国人の子がシェアメイト探してたから、寮を出て、アパートで自炊したよ。
 この中国人の子とは別に仲良しでもなんでもなかったから、全然話もしなかったし。彼女はもうオーストラリアに長かったから、あっちでの友達とかもいて、隣の部屋でパーティとかやっててさ。だからって、誘ってくれる訳でもなく、隣が賑やかなのを聞きながら自室にいるのって惨めだったよ〜。それまで『一人旅なんか絶対ヤダ』って思ってたけど、夏休みはそのアパートにいるのが苦痛で、一人旅したくらいだし。
 結構、何度も『帰っちゃおうかな……』って思ったけどさ……。ま、何とか半年間、頑張ったけど。でも、私はもう2度と行きたくないな

 ……………………正直言って、怯みました。オーストラリアに行く、行かない以前に、留学自体に怯んだのであります……。
 「恐いずら」病再発です。しかもこの「恐いずら」の質は、以前のものにプラスαの要素が加わっています。すなわち、「命の危険」というドラマチックなものに加え、もっと身近で普遍的なテーマ「孤独」が参入してきたのであります。
 そらもう恐いずら。行く前から「行きたくねぇ」「白人サンに無視される」「孤独だべ」と、もはや混乱状態です。

 いやだから私よ……アンタの場合はたった1週間だってば……。友人Kちゃんは半年で、私の24倍もの時間を過ごさなくてはならなかったけど、アンタはたったの1週間だってば。落ち着け。

 今でこそそう思えますが、当時の私はかなりブルーでした。せっかく修行をしようと意気込んでいたのに、一気に「留学」が遠い話になりました。
 勿論友人Kちゃんも、「私はたまたまそうだった、ってだけで、鷹瀬は大丈夫だよ」と言ってくれましたが、気持ち的に一杯一杯で、「アハハ。そうだよね」などという具合には行きません。
鷹瀬 「そうかな……でも私もパーティとかあっても、自分から『私も参加して良い?』なんてタイプじゃないよ……。居心地悪くて一人旅に出ちゃうタイプだよ……」
K 「……………………」
鷹瀬 「帰る日が待ち遠しくて、×印付けちゃうかも……」
K 「……………………」
鷹瀬 「留学とかしていかにも『上手くやってま〜す』なんて人と、Kちゃんなら、私は絶対にKちゃんサイドの人間じゃん……」
K 「……………………」
 ネガティブな私の独り言に、一向に返事をくれない友人Kちゃん。自分で言っていて更にブルーになるワタクシ……。

 ──ここで私の一人旅&留学への意気込みは、2週間ほど消沈するのであります。


第5章 そしてアイルランド
 さて。上記経緯により、2週間低迷するだけ低迷した私は、それでもネチネチと資料集めだけは怠っていませんでした。……と、言うより、気分が盛り上がっていた時に請求していた資料が、時間差攻撃で低迷している私の元に届き続け、低迷を続けながらも舞い込む資料を読みつつ辛うじて飛んでいる、という超低空飛行を続けていたのであります。

 手元に届く資料をつらつらと眺めるうちに、漠然としていた的が、大分クリアになって行きます。そう、何よりもまず決めなければいけない渡航先です。
 「アメリカ」「カナダ」「オーストラリア」「ニュージーランド」「イギリス」「アイルランド」「マルタ島」──「英語圏」に絞った状態で、候補に挙げられる国はほぼこれでで網羅されているでしょう。
 旅行としてではなく、住んでみたい国ねぇ……と思って資料を眺めていると、目が止まるのは、環境への取り組みや国家のシステムそのものに興味がある「ドイツ」、福祉システムに興味がある「デンマーク」「スウェーデン」「フィンランド」、毎日の食生活が楽しみな「フランス」、文化に興味がある「スペイン」「イタリア」……とまぁ、早い話がすべて「非英語圏」です……。
 そうです。行く先選びはまだまだしつこく続いていたのであります。

 こんなことをしていたら、約3ヶ月弱後に迫る5月のGWに間に合いません。この(訳の分からん)勢いを逃せば、また夏休み……正月……いやいや3月……と、なし崩し的に「海外へ一人旅」計画が遠退いて行くでしょう。
 これではイカン。絶対にイカン。今回の目的はあくまでも「(英)語学研修」と「修行」なのだから、楽しさや優雅さを求めてはイカン。夢うつつの「非英語圏」に目を向けるのは止めて、与えられた英語圏、「アメリカ」「カナダ」「オーストラリア」「ニュージーランド」「イギリス」「アイルランド」「マルタ島」の中から何でもいいから選ばんと!
 ……まーた訳の分からない義務感がめらめらと燃え始めます。

 さて、「英語圏」という当たり前の絞り込みをしたところで、これでは何も進歩していません。「アメリカ」という枠内で学校を調べてみると、これがまた腐るほどある……。何かもう数回絞り込みをしないと、行く先が決まる気配すら見えてきません。

 とにかく手掛かりがない状態が続いたので、直接に話を聞ける留学センターにカウンセリングを申し込み、空いている時間に話を聞いて回ることにしました。これが2月中旬〜下旬のことです。
 5月の研修の申し込みは既に受け付けが開始されており、それどころか、どこででも「最低でも2ヶ月前までには申し込みをして頂かないと、GW時期はそれでなくても混み合いますから……」とのカウントダウン宣告を頂く始末。そんな中、誰に何を聞いても行く先に「ピン」としたものを感じない私……。

 しかし、直接専門家(?)に話を聞けたことで、絞り込み条件が増えたのも確かです。
 意外にも役に立った絞り込み条件は、足枷にしかならないはずの「1週間」という期限でした。大体の学校は最低でも2週間以上からしか受け付けておらず、1週間の研修生を受け付けている学校が既に少数しかなかったのです。ですから、国さえ決めてしまえば、学校に関しては選択の余地がそんなにありません。そう、国さえ決めてしまえば……。
「アメリカ」──メジャー過ぎて食指が動かん。
「カナダ」──ちょっと良いかも……。
「オーストラリア」──身近な情報あり過ぎで敬遠中。
「ニュージーランド」──羊……か……? 羊なのか?
「イギリス」──なぜか食指が微動だにしない。しかも口蹄疫真っ盛り。却下。
「アイルランド」──って、ドコ? IRAとか危険なんじゃ……?
「マルタ島」──って、ナニ?

 肯定的な感想を持ったのはカナダのみ。それなのにアイルランドに傾いたのには、やはり運命としか言いようがないのであります。

 まず、カナダ留学に比べ、アイルランド留学に関する資料やネット情報は著しく少なかった。これは非常に重要なことです。人間、処理しきれないほど膨大な情報を前にすると、投げ出す傾向にあります。あると思うんです。……すみません、私はそうなんです。
 カナダ留学をキーワードに体験談など調べて行くと、出るわ出るわ……こんなん読んでられるか!というほどの情報が……。国自体についての情報しかり、です。

 書店に行って「地球の歩き方」「成功する留学」などの小冊子を手に取っても、カナダ関係のものは厚く、重く、値段も高い。嫌になるほどセコイ事情が伺えますが、これも大事なことだと思います。
 その点、アイルランドは手頃でした……。「地球の歩き方」ひとつ取っても、カナダがNo.20であるのに対し、アイルランドはNo.81。厚さもカナダの約6割。(しかしなぜか値段はたった100円違い)
 「成功する留学」においては、アイルランドはイギリスとの抱き合わせでしたので、No.こそはカナダの「D」より若い「B」でしたが、事実上はイギリスのオマケみたいなものです。

 インターネットで調べても、アイルランドは関連サイトをまんべんなく熟読できる量でした……。これ、やっぱり物凄く重要なことだと思います。
 情報というのは不思議なもので、多過ぎても少な過ぎても受け止め難いものです。
 英語圏であるらしいマルタ島に関しては、書籍関係の情報はほぼ皆無であり、……すみません、正直な話、調べようともしませんでした。(でも今になって色々調べてみると、ここにも興味があります。地中海に浮かぶ小さな島だそうです)

 なんとなく、メジャーよりもマイナーが好きな私としては、カナダよりもアイルランドに惹かれるのは不思議なことではないのですが、マルタ島ではなく、アイルランドに惹かれたというのは、やはり本能的にアイルランドが良かったのでしょう。
 まぁ私のことですから、マルタ島に行って「良かった」と思えば、「私はマルタ島に行くべくして行ったんだよな」と思っているのでしょうが……。

 さて、アイルランドを調べ始めてから、私の興味は急激にアイルランドに傾き始めました。アイルランドがヨーロッパということでもポイントは加算されて行きます。今まで何を調べても「ふーん」という態度だったというのに、この「ふーん」が「ふんふん」になり始め、「ふーむ」になった頃から、私の行く先は決まりつつあったのでしょう。
 どの情報源を見ても共通して書かれている、私がアイルランドに惹かれた決定打のキーワード──それが、「フレンドリー」でした。

 ここで、アイルランドを全く知らない人のために、掴みとして「2001〜2001版・地球の歩き方/アイルランド」の表紙にあるキャッチコピーを紹介してみましょうか。
パブに響きわたる軽やかな旋律
 ギネスを飲む人々の飾らない笑顔
  木のぬくもりが、人のあたたかさが
   なぜか懐かしいアイルランドの旅

 このキャッチコピーでは、私の心はそんなには揺さ振られませんでした。アイルランドは本当はパブ抜きでは語れない国なのですが、残念ながら私は下戸。ですからその魅力も半減です。
 しかし、その失われた魅力を埋めるべく、あちこちで繰り返されるキーワードがあるのです。私がノックアウトされたキーワードも含めつつ、アイルランドを形作る典型的なキーワードを並べてみましょうか。
「フレンドリー」
「のどか」
「ケルト文化」
「のんびり」
「安全」
「アイリッシュ・ホスピタリティ」(世界的に有名らしい)
「大自然」
「音楽」
(有名どころでエンヤ、U2。でも私が好きなのは伝統音楽)
「パブ」(ギネス)
「妖精の国」

 私が心打たれた強弱を、そのまま文字で表現してみました。何にノックアウトされたのかは見ての通りです。

 丁度私がアイルランドを調べ始めて盛り上がっている頃、友人に「アイルランドに行くかも」と話し、「アイルランド? 何があるの?」と聞かれた時に、「妖精の国なのっ!」と勢い込んでトンチンカンな答えを披露し、胡乱な目で見られたのを、今でも鮮明に覚えております……覚えておりますとも……。

 妖精──自分の中では盛り上がりやすいかなり強烈な要素を持つキーワードですが、同時に、他人からは冷めた目で見られやすい危ういキーワードでもあります。そのため、私はアイルランドが「妖精の国」であることを重要視している素振りを見せず、あたかも「大切なのはフレンドリーなこと」であるかのように振舞いました。
 ──一体誰に対してか? 私にもよく分かりません。

 さて、観光旅行に行くのではないのだから、アイルランドという国が「英語の語学研修に適切かどうか」という点ではかなり悩みました。アイリッシュ・イングリッシュ──アイルランドに傾きつつある私に歯止めを掛けているのがコレでした。
 アイルランドにここまで傾く以前、2月中旬に私は兄貴にメールでこんな相談をしています。
> 色々調べたり聞いたりして、アイルランドにホームステイ
> なんてのはどうだろう、って思ってるんだけど、どうだろう?

うーん、はっきり言って「わからん」。
何故にアイルランド? 英語勉強できるのかな・・・?
これに関しては本当に「分からない」よ。


> 気になるのは「アイリッシュ・イングリッシュってどうなんだ?」
> ってコト。どうなのかな? やっぱ癖、強い?
> (イギリスもイギリスで強そうだけど……)

知らん。
でもイギリス英語は米語とは完全に違うアクセントの言葉だよ。
非常に分かりづらい。

 ………………見て分かるように、このメールの回答は、現実に引き戻す要素を持っていても、アイルランドを後押しする要素はまるで持っていません。それなのに私はアイルランドを選んでいるのですから、所詮、私は行きたい場所を自分で決めているのです。

 修行のつもりも充分にありますが、出来るなら、私はこの1週間程度の語学研修とホームステイを含む経験で、「もう留学なんて絶対にイヤ」「外人なんて嫌い」という結論は出したくありませんでした。「楽しかった。また行きたい」と思えるといいなぁ……と思っていました。
 そのためには、最初の印象は非常に重要です。
 兄のメールには、こんなことも書いてありました。
> なんかオーストラリアは4人くらいに聞いたんだけど、
> 皆口を揃えて言うのが「オーストラリアは好きだけど、
> オーストラリア人は嫌い」って感じなんだよね……。
> 1人を除いて皆1年程度の短期留学だったからかも
> しれないけど。

アメリカに留学した連中って、知り合いに居ないの?
多分同じようなことを言うと思うよ。
海外に行って、(その国の人が)嫌になって自国へ帰るって、
決して稀ではないよ。文化の違いとかでノイローゼ気味に
なって帰っていく生徒も少なくないって聞いている。
(俺の周りでは見たことはないけど)
そういう場合の息抜きとして、日本人のコミュニティって
結構上手く働くとは思うんだけど、そればっかりでも
問題が多いわけ。まぁ、適度にバランスが取れていないと
いけないのかな・・・

 文化や英語の癖なども大切なことだとは思います。しかしそれは上級者にとっては影響が大きいことかもしれませんが、私程度の英語力では、英語の癖以前の問題ではないか。変に外人ビームを浴びるよりも、まずは外人慣れから始める方が後々良いんじゃなかろうか……。
 その国の人を好きになるということは大切なことです。英語を学びたいという実践的な原動力にもなるでしょう。
 一人旅ということもあり、安全な国というのがキーポイントでもありました。
 「英語の癖」というマイナス面は、「フレンドリーなお国柄」「安全」というプラス面で帳消しになるような気がしました。

 結果論として言うならば、アイリッシュ・イングリッシュの癖は相当なものです。「バス(bus)」は「ブス」、「ペイ(pay)」は「パイ」と発音され、全体的にも何を言っているのかサッパリ分からないことが何度もありました。
 私はイギリス英語を知らないので比べられませんが、先日ウチに泊まりに来た兄貴の友人、N.Y.出身のベアの英語(米語)は非常に聞き取り易かったこともあり、私たち日本人が習っている英語は、本当に米語なのだと痛感しました。
 しかし、語学学校の先生の英語は比較的聞き取り易く、話す相手は主に留学生、地元民と話しても気を遣ってゆっくり話してくれるので、そんなに困りはしませんでした。やはり「フレンドリー」は大切なポイントだと思います。


 様々なことが同時進行で進む中、3月上旬に訪れた留学センターに、一際のんびりした……というか、趣味でやっているのかと疑いたくなるこじんまりとした所がありました。インターネットで知った、アイルランド留学センターです。
 ほとんどの留学センターが様々な国を一手に紹介しているのに対し、このアイルランド留学センターは、その名の通り、そもそもマイナーなアイルランドのみを紹介していました。
 狭く、深く、アイルランド。なんだか心くすぐります。

 既にこの時にはかなりアイルランドに好感を抱いていたので、とにかく一度、詳細を聞いてみよう、という心づもりでした。
 ……心づもりでしたが……、3月3日の初回訪問でいきなり航空券を押さえられそうになったのにはビビリました……。話をよく聞いて……なんて次元ではありませんでした。
 席に座って、「行くとしたら……」の日程と希望を告げた時点で炸裂した、怒涛の相談内容をご紹介しましょう。
担当 「GW辺りで1週間? じゃあ4月28日(土)出発ってこと? あ、でもこの日に出発だと余りにも大変ね……。前日の金曜日はどうなの? 取り敢えずここ、航空券を押さえておきましょうね。
 でも今から間に合うかしら……。こんな時に出発すると値段高いわよ〜。私はオススメしないわ。夏休みとか、時期をずらせばもっと安くなるわよ。まぁでも押さえるだけ押さえておきましょうか。キャンセルは4月13日まで無料で出来るから。
 学校はね、1週間っていうとそんなに選べないから……この『短期スペシャル』っていうのにする? ホームステイから学校の費用まで全部込みになってるの。
 都市は……どこか希望ある? それも聞きたいの? 私はダブリンを薦めるわ。首都ね。何かと便利なのよ〜。コークとかに拘る人もいるけど、ダブリンが良いと思うわよ。──とすると、この学校ね。申込書をお渡ししておくわね。
 あら〜せっかく行くんだから、ここも寄ったら? ここも良いところよ〜。なんだったらロンドンにも寄ってから帰って来る?
 1週間じゃ語学がどうこう、って感じじゃないから、やっぱり街に出て、色んな人と話す、ってことに意義があるしね」

 この時点で、まだGWの休暇申請をしておらず、しかも相談しに来ただけのつもりだったのですが……。
 ──怯みました……。圧倒されて口を挟む隙がありません……。
鷹瀬 「あ、あのっ、語学留学どころが一人旅自体が初めてなので、その、アイルランドだけで一杯一杯だと思うので、そんなにいきなりロンドンに寄って……とかは考えていないんですね」
担当 「あら? そうなの? 私はまたてっきり旅慣れているのかと思ったわ
鷹瀬 「いえ、全然。今までツアーでしか外国に行ったことありません。しかもたった2回、イタリアとトルコで、どっちも英語圏じゃありません」
担当 「でも英語はお出来になるんでしょ?
鷹瀬 「いえ、全然。大袈裟に言って、ハローとハウアーユー程度です」
担当 「あら。でも貴方なら大丈夫よ
鷹瀬 「……一体何を根拠に……」
担当 「だってしっかりしてらっしゃるから
 会ってまだ15分くらいしか経ってないんですけど……。しかも私ほとんど話してないんですけど……。

 しかし、この勢いには非常に救われました。じっとりと「どうでしょうかねぇ」などと様子を伺われていたら、もしかしたら私はアイルランドには行っていなかったかもしれません。私がアイルランドへ行こうと思ったのは、このセンターのこの方のお陰と言っても過言ではありません。実際、今度の8月も同じ方に相談を持ち掛け、お世話になっています。

 ただ、正直な話、私はこの時点でまだ及び腰だったのです。ですから、この担当の方がしきりに
担当 「この時期は航空券が高いから……。私は余りオススメしないな。今から申し込むのは急過ぎるし、夏休みをズラして取って、体制を整えてから行った方が絶対にお得だと思いますよ」
と言うのを、結構真剣に聞いていました。要するに私と来たら、この後に及んでまーだビビっており、「行かない」のではなく「行けない」状態に持って行って、結局、出来ることなら行きたくなかったのです。
 ……………………自分でもこの思い切りの悪さにはちょっと目を見張ります……。

 一通りの説明を聞き終わると、取り敢えず資料を頂いて、航空券の予約や申し込みに関しては、休暇が取得できるかどうかの確認を済ませてから続きを……ということになりました。
 そして私は、この件に関して保留にしたまま、なんと3月16日から5日間バリへと旅立つのであります……。(←大馬鹿野郎)


第6章 決定までのすったもんだ
 さて、3月16日から5日間、アイルランド行きの件を保留にしたままバリへと旅立った訳ですが、保留とは言え、実際問題航空券がなくなってしまえば行けなくなってしまうので、まだ揺らぎつつあった私は、3日の留学センター初回訪問の後、バリへ旅立つ前の11日に以下のようなメールを出しているのです。
 3/3(土)にカウンセリングをしていただいた鷹瀬です。
 色々考えて、多少航空券が高くても、行けるものなら行ってみたいなぁ……と思い、再度お伺いしたいのですが、やはり4/27(金) or 28(土)出発の航空券はもう取れないでしょうか……?
 ゴールデンウィークの航空券かど、日々刻々と取り難くなっていると思うのですが、諦めきれなくて……。もしもどうにか取れるようであれば、是非お知らせ下さい。
 宜しくお願い致します。

 ………………もう、「行きたいの? 行きたくないの? どっちなの?!」という感じですが、本人もこの時点では「自分が分からない……」状態でした。行きたくない気持ちが強いような気がする……でも、行かなきゃならない気がする……みたいな。
 ですから、本当に行きたいなら初回カウンセリングの3日の時点で航空券を押さえておけば良いものを、わざわざそうはせず11日までしつこく悩んで、この時点で航空券が取れないようならスッパリ諦めよう、と。「行かないんじゃなくて、行けなかった」という実績を作ってから清々しい思いでバリ旅行を満喫しようと。確かそんな気持ちだった気がします。

 こんな揺れる思いを持て余している相談者には目もくれず、アイルランド留学センターの時の流れは穏やかなものでした。待てど暮らせど返事が来ず、結局結果の出ないままバリ旅行に突入。もうこの時点では、「あーもーダメだったんだー」ってな解放感に満ち溢れた気持ちで旅行に臨めましたとも。
 3月16日〜20日のバリ旅行は最高でした。ご飯は美味しいし、物価は安いし、危険な目にも遭わず、リゾートと言うには中途半端でも、何かこう「旅をした」という充実感溢るる旅でした。

 そして南国天国から帰ってみると、アイルランド留学センターより16日付けでメールが届いているではありませんか!
メール頂きました。 
どうしてもと言うことで
NH201 27APR NRT/LHR 1125 / 1540
BD131 27APR LHR/DUB 1730 / 1840
BD128 05MAY DUB/LHR 1520 / 1640
NH202 05MAY LHR/NRT 1800 / 1330  6日到着
お取りしました。

 ごふっ! もう取っちゃったってよっ?!
 一応キャンセルは4月13日まで出来るそうですが、私の曖昧な態度を白黒ハッキリさせてくださったアイルランド留学センターには非常に感謝しております。マジで。
 本当に、このアクションがあったお陰で観念したと言いますか、「ああ、行く運命なんだ」と思ったと言いますか……。
 しかし、実はバリ旅行前までに返事がなかったので、航空券は無理だったんだと早合点し、ゴールデンウィークには休まない方向で会社には連絡してあったのです。タイミングはバリ旅行のために有給を消化した直後で、かなり最悪です。何だか覚悟を決めつつも、「キャンセルは来月の13日までは可能」という選択肢も頭の片隅をちらほら掠めている訳で……。と、同時に、この日から急遽前言を撤回し、9連休を取るべく休暇取得交渉に立ち回ることになりました。

 こんな経緯を経て、私が留学センターに最終的な決定の意思表示をしたのは4月2日だったのであります。


第7章 決定後のすったもんだ
 「行きます」との意思表示をした後は、学校選びです。滞在場所が首都ダブリンと決まっていて、期間が1週間となると、選ぶほど学校はありません。センターが勧める学校にすんなり決め、手続きは終了です。
 さあ、これでもう決めることはない……とひと段落着いた4月12日、ホームステイ先が決定したとの通知が届きました。16歳の女の子と12歳の男の子がいる家庭です。しまった、子供がいない家が良いと希望を出すのを忘れていました。
 「何がいけないの?」と思われる方も多いかもしれませんが、私的には、10歳以下の子供なら別に良いのですが、16歳とか12歳となるとちょっと……という思いが強く、このステイ先は躊躇するには充分でした。しかし、4月27日からお世話になる先を決めるのに、今から変更希望を出しても遅いだろうなぁ……と思いつつ、それでもちょっとこの子供たちの年齢が微妙なので、「変更できるものなら……」と期待せずに「子供のいない家」に変更希望を出したところ……21日に変更希望が通りました。60代の女性が1人で暮らしている家。望み通りです。

 この間にも、初めての海外一人旅ということで、世界一複雑と言われているヒースロー空港での乗り継ぎの仕方や、到着後の手続きなどをインターネットで調べてはビビッていました。「地球の歩き方」で自分の滞在する場所やその近辺の見所などをチェックしつつもドキドキです。
 はぁ〜本当に行くんだ、私……。などと時々自分が信じられなくなりながら、それでも毎日が過ぎて行き……。

 こんなドタバタした経緯を経て、4月27日(金)、成田を飛び立ったのであります。


第8章 最後に
 さて、上記を読んで頂ければお分かりのように、私の初の一人旅はかなり往生際の悪い決意の元に成り立っています。
 ネット上の体験談などでは、「ぱっと思い立って、ぱっと行動に移している」という潔い方が非常に多く、私のようにぐずぐずとしんねりめっちり悩んでいる体験談には、今のところ出会ったことがありません。そういう煩わしい部分は書いていないだけなのか、ぐずぐず思い悩むようなタイプはWebサイトなどで体験談を公開しないからなのか、絶対的な人口比率の問題で悩むような人間は一人旅をしないからなのか、その辺りはよく分かりませんが、ビビりん坊の私としては、「×年×月に急遽留学を決意。翌年実行」などとあっさり報告されてしまうと、「頼むからもっとおっかなビックリ行動に移してくれ……」と思ってしまいます。でないと「到底私には真似できそうにないわ……」と、最初から諦めてしまうからです。

 自分が留学しようと思ってから、色々な留学体験サイトを覗いて来ましたが、皆さんのあの潔さはなんなんでしょう……。垂涎モノの行動力を備えた人がゴロゴロいらっしゃるので、小心者の私としては心が痛くなります。しかし、そういった留学関連のサイトの掲示板などを覗いていると、やはりいるんですね、私のような小心者が。
 留学を一度したいと思っていますが、英語が全く出来ません。
 1人で参加するのは恐いので、友達を誘おうかと思っていますが、そういうのって、やっぱり良くないですか?

 うう……分かる……分かるよその気持ちっ!
 端から見るとね、「留学するのに友達と一緒に参加してどーすんじゃい」とか冷静に突っ込まれてしまうと思うし、またその突っ込みは100%正論だと思うのですが、それでも思わずね……「友達も一緒でイイ?」みたいな……。
 こういった書き込みはやはり数は少ないのですが、全くない訳ではなく、そういう投稿を見る度に、「私もビビりまくってたけど、行ったらどうにかなったし、楽しかったよ」と語りかけたくなるのです。そして、それでもビビっている方には、こんな手もあるよと教えたくなるのです。

 これを書いているのは最初の超短期留学から丁度1年後に当たりますが、現在、1年の留学を3週間後に控え、ビビる気持ちは全くないとは言いませんが、この頃よりも全然落ち着いています。極度の慎重派というのが良いか悪いかは別にして、「いきなり1年の留学なんて絶対無理!」という方がいらっしゃいましたら、会社に勤めながらでも可能な1週間の留学というのを経験してみるのも手ではないかと、私は思います。
 私の場合は、1週間の留学を2回(都会と田舎)してみて、渡航国との相性を吟味してから今回の1年留学を決定しました。普通なら1回目で1年留学していることでしょう。しかし、お陰で留学に対する過度の期待も不安もなく、学校選びも落ち着いてでき、恐らく「失敗の少ない」出足を辿っていると思います。
 失敗しないことは良いことばかりではないと思いますが、「絶対無理!」と思ってやらないよりは、実行可能そうな辺りから手を出してみて、自分を試してみるのもひとつの方法ではないかと思うのです。

 これは留学の話に限ったことではなく、色々な面での話です。
 何かやりたいことがあって、絶対に無理だと思うようなことでも、その世界に入るための初歩的な入口はある訳で、いきなり大きな門を叩くのが躊躇われるなら、その誰でも潜れそうな入口辺りに首を突っ込んでみるのも良いのではないでしょうか。

 ま、人間、他人に何かアドバイスされたくらいでは動きません。やはり動くべき時が来ると、自然と動くのだと思います。私もつい2年前までは「留学なんてトンデモナイ」とか言ってましたから。