stay in IRELAND

愛蘭滞在記(5)〜Limerick編C


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 恐らく起こるべくして起こったのであろう揉め事が終わり、いよいよ今月中旬にザックが、末にはアミットが帰国します。ザックはまぁいいとして、アミットの帰国は非常に痛いですけれど、国で待つ婚約者に会える日を文字通り指折り数えて時間単位でカウントダウンしている彼を見ると、寂しいという感情よりも、幸せにおなり……という母のキモチで一杯です。
 何だかんだと色々ありましたが、約3ヶ月メチャ密な付き合いが出来て非常に楽しかったです。シェアフラットの醍醐味はこういうところにあるのでしょう。
2002年10月1日(日)〜10月21日(月)の小見出し一覧
 10/1(火) 心の拠り所アミット  10/2(水) ストレス耐性・再び  10/3(木) インド料理を教わる
 10/4(金) インド人の誕生会  10/5(土)@ 臭い新入居者  A ちり積もる苛立ち
 B 誕生日パーティー2日目  10/6(日) 手におえない5歳児  10/7(月) アミット話・第1夜
 10/8(火) アミット話・第2夜  10/9(水) 続くフラット問題  10/10(木) 餞別の品
 10/11(金) 冬到来  10/12(土) お馴染みの急展開  10/13(日)@ ザックが去る
 A ある日本人留学生の悲劇  10/14(月) 寒い寒い冬の幕開け  10/15(火) 新入居者決定!
 10/16(水) 未だ確定せず  10/17(木) 揺らぐ現実  10/18(金) ヒーター購入
 10/19(土) 盆と正月状態  10/20(日) もうひとつの悲劇  10/21(月) ハイテク大国日本


2002年10月1日(火) 心の拠り所アミット
 タイトル通り、アミットは現在の私の心の拠り所です。
 夜遅くに家に帰って台所の明かりがついていると、玄関の扉を開けるときに「……まだ家族団欒しているのかよ……」と身構えるのですが、扉を開けて真正面の扉の向こうにアミットがいると「いやったぁ! ラッキー・デー!」とか思っています。

 本日も比較的遅めに家に帰るとアミットだけが台所におり、よっしゃ、完全なるラッキー・デーです。
 そして夕食を含む4時間ほどのお喋りから、アミットも平静に見えてエンジェルには参っているし、キャルの無責任さに呆れているということが分かりました。
鷹瀬 「ふーん、そうだったんだ。ちゃんと構ってるからアミットって偉いな、って思ってたのに」
アミット 「相手は5歳だし、構うも構わないもないよ。仕方ないだろ」
鷹瀬 「何にしてもエンジェルはアミットがお気に入りだから、こっちに被害が来なくて助かってるわ」
アミット 「ヘイ、トーコ……勘弁してくれよ」
鷹瀬 「いや、本当に。アミットが帰っちゃった後、誰が面倒見るのか見ものだけどね。知ってる? 昨日の夜、ほぼ5分おきに『ママはどこ』って台所に来てさ、その度にサラが寝るように説得して部屋に戻して……それが23時から1時まで続いたんだよ。軽く15回は来てたね」
アミット 「聞いてた聞いてた。うわもう絶対台所に行くのは止めようって思って、部屋で携帯のゲームしてた」
鷹瀬 「う〜わ〜……。まぁアミットは夕方ずっと相手してたしね……逃げたくもなるか。でも昨晩はサラが面倒を見てたけど、本当にこれからザックがいなくなってアミットがいなくなったら、キャルがいない間は誰が面倒を見るんだろう……って心配だよ……」
アミット 「トーコが気にする必要はないさ。それに余り煩いようならキャルに言うべきだよ」
鷹瀬 「いや、もう誰かに何かを言うのは諦めてるから。私はこの前の話し合いで、いい加減このフラットの連中には失望したんだ」
アミット 「……ああ、確かにあの話し合いは酷かったよね」
鷹瀬 「アミットは本当に根っから『I don't mind.』っていうキャラだからいいけど、ザックなんか陰では散々『子供が来るなんて嫌だ』って言ってたクセに、キャルの前では『僕は構わない』とか言い出して……。あの時どれだけ私がガッカリしたか。結局私1人が悪者になってさ……もう正論言うのも疲れたよ。
 ってか、私の言ってたことっておかしかった? 皆は本当に子供が来ても構わない、って思ってたの? それって国民性? 常識としてこういうことは事前に言うべきだと思うんだけど、そんなことないの?」

アミット 「いや、トーコが言ってたことは正しいよ。でももうキャルにはそういうことは通じないから。『ウチの子を見たこともないくせに!』って……5歳の子供が煩いのは常識だって。でも僕はああいう場面で何も言えないし、キャルのナズに対する発言にも本当に頭に来ていたからね。もう話す気も失せていたんだ」
鷹瀬 「? キャル、ナズに対して何か言ってたっけ?」
アミット 「『ナズは年寄りだから』とか言ってただろ。失礼にもほどがあるよ!」
鷹瀬 「確かに『年寄り』云々は今回の話に無関係だよね。ってか、あの話し合い、何も解決しなかったけどね……。結局子供来ちゃったし。私1人が悪者になって終わったし」
アミット 「でもトーコが1人で戦ってたから助けなきゃと思ってナズの名前を出したんだよ。『ナズも子供が嫌い』って言ったのはトーコを援護するためで、あの時ナズは『子供が嫌い』なんて言ってなかったんだけど、トーコ1人が攻撃される目に遭っていたから。――ああ、勿論ナズには後で了解を取ったし、彼も構わないって言ってたから心配しないでいいよ。でもさ、トーコ、彼は本当に良い奴なんだ」
 ………………私の知らない裏側で、彼らは彼らなりに気を遣ってくれていたようです。そんな変な助け方をしないで正々堂々とキャルに「その考えはおかしい」と言ってもらえると非常にありがたかったのですが、そこまで望むのは無理なのでしょうか……。
アミット 「僕は人と争うのが本当に嫌なんだ。それが僕の性格なんだよ」
鷹瀬 「それって個性? 国民性? それとも宗教から来る考え?」
アミット 「個性もあるけど、宗教的な要素も強いかも……」
 まぁ菜食主義者だし、攻撃的なことには向いていないのかもしれません……。助けてくれようとしたその気持ちだけでも結構嬉しかったのは確かなので、一応お礼を言っておきました……。

 とにかく今は、アミットと話しているときだけが家での楽しい時間です。


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2002年10月2日(水) ストレス耐性・再び
 ある意味、9月24日の日記の続きです。
 今回の一連のドタバタについて、この日記を読んでいるごくごく一部の方(含む知人、友人)から「大変ですね。ストレスで身体を壊さないように……」と心配して頂いています。ああ……何だか……本当にありがたいことです。
 実は約5年程前に友人から指摘されて知ったのですが、私には客観的に自分がストレスを抱えているかどうか判断できる決め手があります。それが「食べられるかどうか」なのです。私が本当にストレスを抱えていて一杯一杯だった時(※注:新卒後、某企業に入社直後。正確には1997年5月)、私はたった1枚のお好み焼きでお腹が(※注:と言うよりは恐らく「胸が」)一杯になったものです。
 そして今――毎日モリモリ食べています。

 客観的に見てストレスが溜まりそうな環境にいながら、私が余りストレスを感じていないのには、色々な理由があります。その最たるものが「書くことでストレス発散をしている」ということで、「私の趣味ってお金が掛からない上に時間が潰せて、その上ストレス発散にもなるんだぁ……。使えるぅ!」と我ながら妙に感動している始末です。
 どんなに嫌なことが起こっても、即座に「……どうやってこの出来事をまとめよう」という考えに切り替わり、(もしかしたら)辛い事態を真正面から受け止めるのではなく、常に客観的に捉えるスタンスが身に付いているため、この手のことに関しては余りストレスを感じないのかもしれません。
 ま、これも書く時間があるからこそ言えることで、残業などで「時間がない」という事態に陥るとメロメロに弱い私です。

 加えて恐らく私は根本的にトラブルやハプニングが好きなのです。穏やかで平和的な状況に強く憧れながらも、スッチャカメッチャカな状況についつい目が向いてしまうと言いますか、そういう状況から逃げるよりはむしろ(嬉々として)飛び込んで行く気配が濃厚で、恐らく現在のような状況は周囲が思うほど大変とは感じていません。そう、私にとっては5分残業する方が余程苦痛なのです……。
 人には得意不得意、向き不向きがあり、要するに私は対人関係によるストレスには少々強い、もしくは鈍感なのでしょう。

 これはもしかすると幼少時代の生活環境から来るものなのかもしれません。端から見ると「可哀想……」と思われがちな我が家ですが、私は我が家のサバイバルな家庭環境を気に入っていますし、日々「お前は何で生きているんだ」とギリギリと問い詰められるような我が家の荒んだ人間関係(ってか父子関係)も結構好きです。……いや、「そんなに嫌ではありません」という方が正確でしょう。
 そりゃ普通の人間ですから、穏やかで愛に満ちた家庭であればそれに越したことはありませんが、ナイモノねだりをしても時間の無駄だと諦めたのは昨日や今日の話ではないのです。
 勿論こんなことを言っていられるのは、こういう荒んだ状況を補って余りある暖かい母子関係と少数の友人関係に恵まれているからで、右も左もこのような荒んだ環境にいれば自浄能力だって高まる筈がありません。どこかに絶対的に信頼できる人がいなければ、突っ張って生きて行くというのは骨の折れることだと思います。

 「絶対的に信頼できる人」に関して言うならば、言葉もロクに操れない状態でぽっと出た海外で、100%信頼できる友達が出来るだろうなどとは最初から期待していません。決して多くはありませんが、私には心底信頼し、誇りに思える友人がいるので、この点に関しては満足しています。出来ればこの1年に全く異なる文化背景を持つ外国人の真の友人を見付けてみたいものですが、たとえそういう人と出会えていたとしても、それが判明するのは恐らく数年後でしょう。
 希望を言うならアミットとは生涯の友達になりたいなぁ……と思っていますが、彼は今月末には帰国することですし、インドに帰ったら(正確には「婚約者に再会したら」)アイルランドでのことはすべて忘れそうな勢いなので、余り期待も出来ません。

 文化の違いは時として真剣に「……ガイジンとはどうやっても解り合えないカモ……」と思わせるだけの心の壁を生み出しもしますが、それはそれ。やはり人との密密した関わりは面白いので止められません。後で「あちゃ〜失敗した……」と思おうと、当り障りのない付き合いを 100 するよりも、最終的に「しくった」という結果になろうとも 1 の密密した付き合いが出来るなら私はそちらを選びます。
 ――と言うことで、私は今回の一連の「しんねり疑惑」→「どっぷり仲良し」→「ガックリ失望」→「ちょっぴり安心」という人間関係を充分に楽しんでいます。事実、誕生日の時はめっちゃ幸せでしたし、あの瞬間と今回の話し合いという名の失望劇をセットにして、両方を取るか、取らないかと迫られたら、考えるまでもなく「両方を取る」を選びます。「最初から0」よりは「−50+160−130+20=0」の「0」の方が数百倍も魅力的ですから。

 それに今のフラットは問題点も多いのですが、やはりアミットとの交流という巨大特典が付いているので止められないのでした。
 ――ま、当面の問題は彼が帰国した後のフラット生活ですね。はっは。

【追記】
 今の私が飄々と事態を楽しんでいられるのも友人のお陰。自覚のないままに、かなり私を助けている友人からのメールをご紹介しましょう。
 
----- Original Message -----
From: 友人Z
To: 鷹瀬
Sent: Tuesday, September 24, 2002 4:06 AM

今後もよくわからないままに事態が変わりそうな気もするけど、
てきとーに乗り越えてください。
あんまりまじめに捉えちゃいけないみたいだから。
でもやっぱり私だったらきっと家出ちゃうよな。そこがトーコはすごいし偉いよ。



----- Original Message -----
From: 鷹瀬
To: 友人Z
Sent: Tuesday, September 24, 2002 5:33 PM

我が家(実家)でのストレス生活に慣れている私にしてみたら、
ハウスメイトの1人に露骨に無視されても嫌味を言われても、
「ま、死ぬ訳じゃないし、実害もないし」と結構平気なので驚いたよ。
やっぱどんな経験も後に使えるね! ビバ・我が家の暴れん坊将軍パピー!
28年間の精神修行をありがとう!!って感じかー?

Z > 今後もよくわからないままに事態が変わりそうな気もするけど、
Z > てきとーに乗り越えてください。
Z > あんまりまじめに捉えちゃいけないみたいだから。

私はそうしないとやって行けない状況なのでそうするしかないけれど、
君は深刻に僕を心配してくれなきゃヤダヤダ。心配してして! ジタバタ!



----- Original Message -----
From: 友人Z
To: 鷹瀬
Sent: Thursday, September 26, 2002 2:56 AM

T > やっぱどんな経験も後に使えるね! ビバ・我が家の暴れん坊将軍パピー!
T > 28年間の精神修行をありがとう!!って感じかー?

そっかー。トーコパパの教育方針がやっと見えてきたぞ!
人生における様々なプレッシャーに打ち勝つためだったんだね!!
すごーい。これで怖いものなしだ!!
……でも、私は平和に生きたいな。

T > 私はそうしないとやって行けない状況なのでそうするしかないけれど、
T > 君は深刻に僕を心配してくれなきゃヤダヤダ。心配してして! ジタバタ!

ああ……うん。あまり心配しなくてもいいらしいことがわかった。
電話の後の事態急変には私まで妙にブルーになっちゃったよ。
「なんで? なんでかなあ?」って、胃がもやもやしてさ。
ふと我に帰って、「私がブルーになることないじゃん」とか思ったんだけど。



----- Original Message -----
From: 鷹瀬
To: 友人Z
Sent: Sunday, September 29, 2002 12:16 PM

Z > ああ……うん。あまり心配しなくてもいいらしいことがわかった。
この結論はオカシイ。間違ってる。もしかしてキャル菌が伝染した?!

Z > 電話の後の事態急変には私まで妙にブルーになっちゃったよ。
Z > 「なんで? なんでかなあ?」って、胃がもやもやしてさ。
Z > ふと我に帰って、「私がブルーになることないじゃん」とか思ったんだけど。

この我に帰る速度、めっちゃ速かったんだろーね……。10秒くらい?



----- Original Message -----
From: 友人Z
To: 鷹瀬
Sent: Monday, September 30, 2002 11:00 AM

T > この我に帰る速度、めっちゃ速かったんだろーね……。10秒くらい?
……バカだね、A型をなめちゃいけないよ。
違うほかのことに集中しないと消えないんだよ。
私は訓練してるからこの切り替えが早くなってきてはいるけど。

 自分の人生には全く関係ないところでジタバタしている私のすったもんだの報告を受けただけで、「違うほかのことに集中しないと消えない」程度の深刻さでブルーになってくれる友人がいるというのは本当にありがたいことです。
 やっぱね、友人は人生の宝っす。
 ――ま、こんなことをウッカリサラやアミットやキャルの前で言おうものなら「違う。人生の宝は伴侶だ! トーコ、結婚の予定はないのか!」と国籍を越えて心配されてしまうのですが……。


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2002年10月3日(木) インド料理を教わる
 現在1〜2日1品目ペースでアミット(と時々ザック)からインド料理(主にカレー)の作り方を教わっており、計量器などを一切使わずに勘だけでスパイスの量を見極めて作る彼らのカレーとは少々違った味になるものの、なかなかどうして日本のカレーとは全く違う本格派(っぽい)カレーが作れるようになり、料理をすることに喜びを見出し始めています。
 豆カレー、ほうれん草カレー、チキンカレー、タマネギとジャガイモのカレー、ヨーグルトのカレー、チャパティ、パラダ……美味しい上に楽しいのです。
 29年間生きてきて料理が楽しいと思ったのはもしかすると初めてのことなのですが、その初めての感情が生まれた場所がアイルランドのリムリック、切っ掛けがインド料理という支離滅裂な事実に軽い眩暈を覚えつつも、人生の基本はいつだって「楽しんでいるかどうか」なので、そういう意味では完全に合格な日々です。ではどういう意味では不合格なのか……という対偶メソッドでの突っ込んだ話はこの際横に置いておきましょう。

なんでアイルランドでカレーのスパイスなんだが……
アイルランドで揃えられる最低線の基本スパイス5種類
(左から) Curry Powder、Chilli Powder、Turmeric、Garam Masala、Coriander


 アミットが持っていた6種類のスパイスのハーフサイズのスパイスを、小さなサイズがなかったスパイスを除いてそっくりそのまま真似をして買い揃え、「スパイス揃えたんだけど、カレーの作り方教えて」と言ったときのアミットの嬉しそうな顔に、文化を誇りに思う国民の強さを見た気がしました。これはアミットに限った話ではなく、アミットの友達のインド人も、私がカレーの作り方をアミットから教わっていることを知ると素直に嬉しそうな顔をして、ああ、彼らは母国を誇りに思っているんだなぁ……ということをしみじみ感じました。

 私は「日本の文化」と「昔の日本人の気質」、「日本の四季・景観」などを誇りに思っていますが、その誇りに思っている素晴らしい文化や気質、四季・景観は現在どんどん破壊され、着実に失われているので気分が重い限りです。
 インドを見ていると、彼らの文化がそもそも深いという大前提もありますが、それ以上にその文化を頑ななまでに守っている姿勢に敬意を抱きます。勿論インドですら近代化の波に押し流され、多くのものを失っているのでしょうけれど、その速度は日本とは比べものにならないほど緩やかです。(※注:詳しいことを書くと長くなるので、この話は後日にでも……)
 この話を日本人の留学生にした際に、
「え、でも日本も文化を守ってるじゃん。私、高校のときに能・狂言の舞台を社会科見学で見たよ」
という「文化の破壊」そのものの定義も危うい返事が返ってきてしまい、ああ、日本の文化破壊と教育の欠如は深刻だな……と改めて思いました。

 せっかく世界に誇れる文化を持っていたにも関わらず、アメリカのコピー、コピーで独自の美点を殺してしまって、本来の日本人の気質に合わないものまでも考えなしに輸入して追従するものだから、理に叶っていない状況が生まれ、どこか歪みを抱えた社会になるのではないかな、と既に心も遠い日本に思いを巡らすのでした。


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2002年10月4日(金) インド人の誕生会
 本日はアミットの友達バシの誕生日です。
 私の誕生会の時にウチに遊びに来たことがある、アミットと同じ日に同じ飛行機でアイルランドにやって来たインド人で、現在インディアンボーイ2人、アイリッシュガール1人、スパニッシュガール1人というメンバー4人でフラットに住んでおり、今日は彼のフラットで誕生会があるとのことです。
アミット 「ヘイ、トーコ! 僕が料理作るんだ。デザートも作るよ。もし興味あるなら来なよ」
というアミットの軽い誘いが携帯メールで届き、我が家の近所なことも手伝って、お邪魔させていただきました。

 17時過ぎにバシのフラットに赴くと、目下料理の最中で、アミットは今まで我が家では作ったことのないお菓子を作っていました。主役であるバシも当然のように料理の支度をしていたのですが、手際良くちゃっちゃと料理するアミットに比べてバシの手際はかなり悪く、「インド人は何でも器用にこなす」というイメージが崩れます。
 そしてタマネギの皮を剥かずにいきなりザクザクと荒っぽく刻み始めたバシに、それはいくらなんでも……と思わず声を掛けてしまうワタクシ……。
鷹瀬 「バシ……タマネギは皮を剥いてから刻んだ方がイイかと……」
バシ 「え? ああ、そうなんだ」
鷹瀬 「バシは毎日カレー食べてないの?」
バシ 「食べてるよ。どうして?」
鷹瀬 「……インドでは男性は絶対に料理をしない、って聞いてたけど、ウチのフラットの連中はみんな料理が上手いから、やらないだけで実は上手いのかと思っていたんだけど……」
アミット 「ヘイ、トーコ。それってバシが料理が下手だって言ってるのかい?」
鷹瀬 「はは。そういう訳じゃ……」
アミット 「インドの男は料理できないのが普通なんだよ。料理は女性の仕事だからね。僕は姉妹がいなかったから昔から料理をする機会があっただけだし、ウチのフラットの連中は皆何年も海外で働いているから慣れているだけだよ。ザックやサラなんかホテルに勤めだし。バシはまだ1年目だし、ルシ(※注:アミットの友人)だって覚えてる? 彼も全然料理しなかっただろ?」
鷹瀬 「……もしかしてアミットって一般的ではないの? ちょっと特別?」
アミット 「今頃気付いた?」
 アラ、もしかして私、本当にラッキーだったのかも……。

 私の大好きな豆カレーにバタカバダ(ジャガイモを調理して揚げたボール状のつまみ)、チリフライ、プリ、デザート2種類の豪華ディナーの準備が整い、バシのフラットメイトたちも帰ってきて、いよいよ誕生会の始まりです。
 アイリッシュの女の子の「インド流儀に従って床に料理を置いて食べましょうよ」との提案で、床にテーブルクロスを敷いてピクニック気分の楽しい誕生会となりました。

やっぱアミットの手料理って美味しくて……
インド流儀に従って床に座って食べることに

 バシのフラットは4人とも非常に仲が良く、とても感じの良いフラットでした。
 ちょっと前までは私も自分のフラットに誇りを持っていましたが、今は……ねぇ……。それでも他の留学生から話を聞くと、やはりウチの方がマシ……と思える面が多々あり、フラット暮らしの運不運はの差は激しいなぁ……としみじみ思うのでした。

 具体例として、つい最近耳に入ったアイリッシュ3人と4人暮らしをしている中国人談のご紹介。
「なんかさ……毎週金曜日の夜から月曜日の朝まで友達呼んでパーティーして、しかも後片付けしないんだよね……。
 それに牛乳とかバターとか買っても1日でなくなっちゃうし……。そう、食べちゃうんだよ、アイツら。友達が隣のフラットに住んでるから、そんなに使わない食材は友達のウチの冷蔵庫に置かせてもらっているんだ。
 あ……このヨーグルト、大丈夫かなぁ……。冷蔵庫に置けなくて長いこと自室に置いておいたから腐ってるかも……」

 ……………………やっぱね、0時過ぎたら寝てしまう子供の方がマシかな、と。取り敢えず人のものを食べない人たちなので良いカナ、と。
 上を見てもキリはありませんが、下を見てもキリがないようです。


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2002年10月5日(土)@ 臭い新入居者
 朝起きたら見知らぬ男が2人、台所で料理をしていました。私が台所に現れてもジロリと一瞥をくれるだけで挨拶もなく、「……誰の友達だよ、感じ悪ぅ」と思いましたが、もうこういう事態にも慣れました。しかし食卓で簡易朝食を取りながら彼らの様子を見ていると、人の戸棚を勝手に開けて調味料を探したり食材を探したりしており、いくらこの家の誰かの友達だとしても随分失礼な人たちだなぁ……と少々不愉快になります。
 彼らの服装からどうやらバングラディッシュ人らしいことは分かりましたが、ザックとナズ、どちらの友人なのかは分かりません。まるで我が家のように他人の家の台所を使っているその神経に、腹立たしさすら感じます。
 また、何でしょうこの臭い……。彼らが作っている料理の臭いなのでしょうか。今まで我が家の連中が作った料理の匂いで不快になったことはただの1度もありませんが、今現在台所に漂っているこの臭いには正直、吐き気を催します……。

 「うぷ」と思いながら自室に逃げ、出掛ける用意をしてから廊下に出ると、先ほどの感じの悪い奴らの背の高い方がザックの部屋で扉を開け放ったまま荷物整理をしているではありませんか。そしてザックの部屋からは先ほど私が吐き気を催した強烈な臭いが……。
 え……もしかしてこれって料理の臭いではなく、いわゆる体臭ってヤツっすか?! うわちょっとカルチャーショック……。しかもなぜにザックの部屋でそうもリラックスしているんですか……??
 そう言えば、ザックの部屋の次の入居者って、いつ決まるのでしょう……。ザックがここを去るのは来週13日、もう時間も余りありません。
 ………………あ……なーんか嫌な予感がします。もしかしてこの人、次の入居者……? いやいや、まさか。何のアナウンスもなかったし……。……ああ、でも今までだってどのアクションにもアナウンスなんてなかったっけ。

 嫌な予感を抱えつつ彼らの使った後の台所をチェックしてみると、シンク周りは水浸し、鍋は汚れたまま、コンロも汚くて……最悪の状態でした。
 次の入居者が見付からなければ私は今年度末までの残りの数ヶ月のために次のフラットを探さなければならないため、非常に面倒なのですが、でもこの人と一緒に住むのも全然別の角度で大変そうなんですけど……。
 でもまだ彼が新しい同居人と決まった訳じゃないし……と一抹の希望を抱えつつ、夕方ザックと会うことができたので、その際に事の真相を問うと、予想通りの事態になっているようです。
ザック 「ん? そうそう、背の高い方が次の入居者だよ。バングラディッシュ人で、シティセンターの大学に通う学生。何で? 何か問題でもある?」
鷹瀬 「……んー……今日さ、朝起きたら彼ら台所で料理してて、私が現れても挨拶もなくて……。しかも私の戸棚とか勝手に開けてて、ちょっとどうなの……って感じ。しかも台所使った後、めっちゃ汚かったし」
ザック 「彼はついこの前バングラディッシュからアイルランドに来たばかりで、女性と話すことに慣れていないんだよ。シャワーの使い方も知らなかったくらいだし、家のこととか、もちろん戸棚のことも、基本的なことは教えるから心配しないで」
鷹瀬 「……彼、英語は出来るの?」
ザック 「いや、あんまり」
鷹瀬 「……じゃあザックがいなくなって、アミットがいなくなったら、残りは英語が不自由なナズと彼が残って、私も英語が不自由で、どうやってコミュニケーション取るの?」
ザック 「……大丈夫だよ」
 え? この場合、何が「大丈夫」なんですか?
 はぁ……しかしさすがに「臭いんですけど……」とは言えませんでした……。

 まぁ、何度も言いますが、入居者が決まらなければ予約金235ユーロが戻ってこないばかりか次のフラットを探さなければならず、それはとても面倒なのですが。……が。しかしどうよ、みたいな。コミュニケーションが出来ないってどうよ、みたいな。文明生活に慣れていないってどうよ、みたいな。臭いってどうよ、みたいな。どうよどうよどうよ、みたいな。
 いくら「どうよ」を連呼してみても、選択肢はないのですが。この大雑把な流れに身を任せるしかないのですが。この曖昧な状況を受け入れるしかないのですが。ですがですがですが。
 穏やかな生活ってどういう状態なんだろう……ってか、そもそも「穏やか」って何なんだろう……。「穏やか」……それって何色? それって甘い? それって……。

 混乱したまま、それでも人生は続くようです。


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2002年10月5日(土)A ちり積もる苛立ち
 さて、本日は昨日に引き続きアミットの友人バシのフラットで、彼のバースデーパーティー第2夜が繰り広げられます。
 人が多く集まる場所が苦手な私としては、正直このパーティーには参加したくなかったのですが、バシのハウスメイトの友達も大勢集まり、様々な国籍のメンバーが総勢30人ほどやって来るということで、1度ホームパーティーというものを経験してみたかった私としては、気は重いけれど、何事も経験カシラ……ということで、顔を出すことにしました。

 本日の主役バシはアミットの友達です。いくら「好きな時に1人で来ていい」と言われても当然ふらりと1人で行ける筈もなく、アミットが「『何時に来ても構わない』って言ってたし、18時頃に行けばいいんじゃないかな?」と言うので、昼頃から大学の自習室で時間を過ごし、18時に合わせて家に戻ることにしました。
 すると家にはアミットがおらず、他の面子も誰もおらず、代わりにエンジェルだけがいるではありませんか……。
 ……失敗した。もうちょっと遅くに帰ってくれば良かった……。

 やはり5歳です。独りでこの大きな家にいて寂しかったのでしょう。私が食卓でアミットの帰りを待ちながら宿題をしていると、椅子を近くに寄せて来てお絵描きを始め、「これは何色? これは?」などと絡んできます。
 いつもはアミットに任せて逃げてしまう私も、今日はアミットどころか誰も家におらず、逃げる訳にも行かないようです。私本来の個性としては、5歳の子供であろうと彼女を構うことは私の義務ではないと思うので、アッサリ自室に逃げ込むのですが、嫌々ながらもしっかり面倒をみているアミットをふと思い出し、取り敢えずこの場に留まるくらいはしてもいいか……と思い、余り真剣に相手にせずに生返事で受け流し、自分の宿題をしていました。
 ……しようとしていました。
 ただでさえ苦手な英語を勉強しているのに、こんな集中できない状況ではかどる訳がありません。結局アミットが帰って来るまでの約2時間、何も出来ませんでした……。

 20時近くになってバイトからアミットが帰って来ると、当然彼の元に向かうエンジェルですが、今までの疲れが溜まっているのか、アミットはエンジェルの相手をしようとせず、「トーコ、着替えてくるから待ってて」と言ってさっさと自室に向かいます。
 言葉通り着替えてきて台所に現れたアミットは、足元にまとわりつくエンジェルには目もくれず、「さ、行こうか」とばかりに私を急かします。
 え……この状態でコドモを置いてパーティーに行くんですか……?
 大人たちの微妙な空気に気付かないエンジェルは、アミットに対して生意気な口を利いたりと絡んで行きますが、大声を出して騒ぎ始めるエンジェルとは対照的に、アミットがいつになくマジな表情になって行きます。
アミット 「エンジェル、『部屋から出るな』ってキャルに言われているんだろう? 部屋に戻って寝てな」
エンジェル 「イヤよ。私に対してそんな口を利かないでよね!」
アミット 「余り煩くするようならこれから警察を呼んで、君を逮捕してもらうように頼むよ。この国では煩い子供は牢屋に入れられるんだ。知らなかったのかい? さあ、部屋に戻るんだ。部屋にいれば警察も捕まえには来ないからね」
エンジェル 「……ヤダヤダヤダーッ!」
 大きな溜息を吐いて、おもむろに携帯電話を取り出すアミット。アミットの一挙一動を怯えたように見るエンジェル。
アミット 「――あ、警察ですか? ええ、こちらは**、**番地の者ですが、子供が騒がしくて迷惑しています。今すぐ捕まえに来てもらえませんか? あ、はい。ええ。お願いします」
エンジェル 「……」
アミット 「今からこっちに向かうって。その時に部屋にいて静かだったら逮捕は出来ないってさ」
 アミットがそう言うと、エンジェルは一目散で部屋に逃げて行きました。…………子供というのは不思議な生き物です……。
アミット 「ったく、毎日頭痛がするよ。――さ、トーコ。パーティーに行こ!」
 この切り替えの速さは一体……。インド人(ってか、単にアミット?)も不思議な生き物です……。


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2002年10月5日(土)B 誕生日パーティー2日目
 コドモを振り切り、向かうは昨晩もお邪魔したご近所、アミットの友人バシのフラットです。
 私たちが着いた時にはアミットとバシの共通の友人たちが既に料理を作り始めており、アミットが私に手早く彼らを紹介してくれます。インド人、パキスタン人、パキスタン人、インド人……。だから、ココはドコ?というこのシチュエーション……。まぁしかし楽しいので良いです。
 彼らが料理を終える頃になると、バシのフラットメイトの友人も続々とやって来て、アイリッシュ、スペイン人、フランス人、イタリア人、ブラジル人……と様々な国籍がごった返す中、ついついインド人やパキスタン人と仲良く話し込んでいる自分に、何やら決定的な欠落を見た気がします……。

 パーティーですからもちろん色々ありましたが、それらを一切省略して本日の総括を述べるならば、「アミットは一般的なインド人ではない」ということでしょうか。かなり純朴、かなり陽気、かなりイイ奴、かなり知識人、かなり頭が良い、かなり……という具合です。
 アミットの友達の誕生日パーティーに参加して、我がフラットメイトを誇りに思う結果に終わったのであります。


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2002年10月6日(日) 手におえない5歳児
 まず、現状の素直な……ってか、生々しい記録から。
 昨日から突然彗星の如く現れた(※注:表現法に誤りあり)新入居者、完璧に臭いんですけど。何の臭いか分かりませんが、汗臭い訳ではなく、インド・バングラディッシュにありがちなスパイス臭い訳でもなく、何かこう……濃いぃ……口を通して吸いたくないような、肺の奥深くに吸い込みたくないような、そんな臭いがします……。

 またこれはバングラディッシュの習慣なのか、ナズに引き続き彼もまた自室の扉を開け放って生活しています。彼の体臭の濃さはかなりのもので、彼が自室の扉を開け放っていると2階のフロア全体に臭いが漂ってしまうのです……。閉じて。頼む。
 今はもう廊下に漂う彼の部屋から溢れ出た臭いが私の部屋に侵入しないよう、自室の扉の開閉を最小限に抑えて素早く出入している始末です。アイルランドで中途半端に忍者みたいな振る舞いをしている自分にちょっと笑ってしまった昼下がり。
 い〜や〜……これからこんな愉快な生活が続くのかぁ。
 子供の構って攻撃。新入居者の体臭。どちらも時間的に限られており、耐えられないような深刻なレベルではありませんが、ナイならナイに越したことはナイというのが人情でして……。
 他人とのシェアフラット生活には問題が付き物ですが、私のフラットの問題はなかなかに特異なのではないでしょうか。

 さて、上記のように、新入居者問題もライトにプロブレムですが、継続している子供問題もやはりア・リトル・ビット、プロブレムです。

 基本的に大学構内のすべてのコンピューター室は日曜日には完全に閉まります。夏休み中はこの辺の管理が甘かったのか、土日を問わず24時間空いている学部生専用の部屋があったのですが、私のように身分なき者がしばしば使っていたせいでしょうか……最近セキュリティに力を入れられたらしく、入室にはIDカード認証が必要になり、当然私はこの部屋を利用できなくなりました。
 ――と、言うことで、日曜日の行き場を失い、机のある場所を探し求めた結果として終日家で過ごさなくてはならなくなりました……。

 終日家で過ごすことは、ホームステイをしていた時には憧れていた状況です。好きな時に起き、好きな時に横になり、一日中寝巻きのままでフラフラと室内を彷徨う……。ええ、ええ、今の生活はまさにこれらが可能です。可能ですが余計なオマケも付いて来ます。そう、5歳児エンジェルです。
 エンジェルも私に慣れ、私もエンジェルに慣れてはきましたが、それが良い事かというとこれまた疑問です。私が食卓で勉強していると、5分おきの勢いでエンジェルが(邪魔しに)来るのです。
 キャルは自分が仕事に行く前にエンジェルに散々「部屋から出ちゃ駄目よ」「今トーコは勉強しているんだから邪魔しちゃ駄目よ」と言って聞かせますが、そんなこたぁ当然5歳児には通用しません。先日も書きましたが、私は今回の経験を通して、「子供相手に理性で対応しようとする」ということがいかに荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいかを骨の髄から思い知りました。5歳児は5歳児であり、それ以上でもそれ以下でもないのです。
 そして何度も書きますが、こういう子供の行動は責められるべきことではないと思っています。子供が落ち着きがないのは当たり前ですから、それ自体は良いのです。問題は子供が他人に迷惑を掛ける可能性を一切考慮に入れず、子供に言い聞かせただけで義務を果たした気になっている親にある、というだけの話でしょう。

 本日もキャルが17時から深夜1時まで仕事のため、エンジェルを野放しにして出掛けます。もちろん彼女は野放しにしているつもりはなく、エンジェルに部屋から出ないように言い聞かせてから仕事に赴くのですが、鍵をかけて監禁する訳ではないので、当然部屋から出て食卓に来てしまいます。私の部屋に机さえあったら、私も自室に篭ってエンジェルが訪れる食卓など絶対に利用しないのですが、何分私の部屋には机がないため、食卓で作業をする以外に道はありません。
 昨日の今日です。キャルは依然として誰にも迷惑を掛けていないと思っていますし、
キャル 「エンジェル! トーコの勉強の邪魔をしちゃ駄目よ! トーコ、エンジェルがあなたの邪魔をするようなら、部屋に戻るように言ってね」
などという現実的でない言葉を残す始末です。でもいい。とにかく、少なくとも「構う必要はない」と彼女も認めているので、やり方は違えど私は私なりにエンジェルの邪魔を回避させていただきます。

 そこで登場したのが耳栓――ゴルウェイで学生村に滞在していた時にスペイン人のフラットメイトに悩まされている日本人を見て、シェアフラット生活を続ける限りいつか私も使うことがあるだろうと、日本から送って貰った耳栓が、3ヶ月経った今活躍します。
 私も手段を選んでいません。相手がどこまで理解するか分かりませんが、5歳児の前でこれ見よがしにショッキング・ピンクの耳栓をちらつかせ、
鷹瀬 「さーてと。集中するためにこの耳栓をして音を完全に遮断しよーっと」
などと劇がかった物言い、仕草で耳に栓をし、その後一切エンジェルと視線を合わせずに作業に没頭します。いや、正確には「没頭するフリ」をします。

 耳栓をしていても普通程度の音は微かに聞こえる訳ですが、それでも完全に聞こえないフリをし、エンジェルが私を呼んでも構わずに黙々と作業を続けます。しかし敵もさるもの、トントンと私の肩を叩き、己の存在を主張します。もちろんエンジェルが台所に現れた瞬間から私は彼女の存在に気付いている訳ですが、肩を叩かれて初めて気付いた、という芝居がかったリアクションをし、それでもこれだけは言っておかねばと、やはり大袈裟に耳から耳栓を外し、一言。
鷹瀬 「ママも言ってたでしょ。私、今勉強してるの。邪魔しないでね」
 そしてまたこれ見よがしに耳に耳栓を詰め、再び一切の音が聞こえていないようなフリをします。
 私が相手をしないことを理解したのかしないのか、エンジェルは暫く食卓付近をうろついて、それから部屋に戻って行きました。
 ――ふう。これで作業に没頭できる。などと思った私は、この期に及んでまーだ5歳児というものを甘く見ていたようです。
 エンジェルは2分もしない内に食卓に現れ、またも私を呼びます。私に出来ることはただひとつ、もう100%彼女が来たことは分かっているのですが、気付いていないフリをして作業を続け、完全に黙殺するしかありません。やはり相手にして貰えないことを理解したらしいエンジェルは暫くこちらの様子を伺って、また部屋に戻って行きます。……そして、ほっとするのも束の間……また数分後に台所に現れ……。

 うおー、もー集中できねー。取り敢えず記録しておこー。
 と、言うことで記録を始めたのはキリの良い16時から。約4時間に渡るエンジェルの来訪時刻表です。

メモる私もどうかしてると思いますが…… 16:02
16:12
16:13
16:20
16:24
16:25
16:36-42
16:43
16:54
16:56-04
17:09-11
17:12
17:22
17:23
17:34
17:35
17:52
17:58
18:08
18:09
18:10
18:11
18:17
18:29-34
18:36
18:37
18:40
18:54
18:55
19:02
19:04
19:24
19:25-28
19:29
19:36
19:48-
16〜20時までの間にエンジェルが食卓にいた私を訪れた時刻表

 私が一切構わない状況でコレです。山手線の時刻表じゃないんだから……。
 土日も図書館開いているとありがたいんだけどなぁ……。

【追記】
 念のため、私はエンジェルは5歳にしてはかなり行儀の良い子なのではないかと思っています。母親がいない時に泣くのはもう仕方ないとして、それ以外のときはアミットがいなければ静かですし。構ってくれる人がいると嬉しくてはしゃいでしまうのは子供なので仕方ないんだろうな、と思います。
 基本的に人懐っこくていつもニコニコ(時にはきゃっきゃ)としているのはとても良いことだと思いますし、他の聞き分けのない5歳を見たことがありますが(アイリッシュの……)、それに比べればエンジェルの方が数百倍マシです。ですから私は、エンジェルと一緒に暮らしたくはありませんが、良い子なのではないかなと思っているのです。
 しかしこのようなことをアミットに言うと、こんな返事が……。
アミット 「冗談じゃない。僕の甥も丁度エンジェルと同じくらいだけど、絶対に大人の邪魔をしないし静かだよ。もう1人の甥は煩くて手に負えないけどね」
 まぁ人間の幅が広そうなインドのことですから、静かで素晴らしい子供もいるでしょうよ……。でも平均したらエンジェルはそんなに悪い方には属さないと思うんだけどなぁ……。私の経験上、5歳児と付き合ったことが余りないので何とも言えませんが……。
 総括として話を締め括るならば、どんなに良い子だろうと何だろうと、5歳児と一緒に住むのは嫌ですけどね。(※注:捨て台詞ちっくに)


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2002年10月7日(月) アミット話
 今月27日にはアミットが去ってしまうということで、現在アミットから聞けるだけの話を聞いておこうと、毎日の生活枠の中に2〜3時間ほど「アミットと話す時間」を組んでいます。彼はどうやらインド人の中でも平均以上に物知りで頭が良く話し好きなことに加え、インド人ですら知らない文化や歴史を知っているため、話していて非常に楽しいのです。
 今までの3ヶ月間、平均以上に仲良く生活を共にして来たので、それ相応に色々話しており、特に13歳の時に婚約した彼の婚約者との壮大なラブストーリーは様々な角度から細々と聞いてきましたが、ずっと以前から「いつか順を追って正確な彼女との歴史を聞きたいなぁ……」と思っておりました。思っていただけではなく、アミット本人に「帰る前にインタビューしてもいい?」と尋ねており、冗談半分でWebサイト上での掲載許可も得ていたのです。

 そして本日、「そーだ、今日どうよ?」と言うことで彼の歴史を聞くに至ったのですが……これが私が期待していた以上に興味深く、また彼の記憶が細微に渡って非常に鮮明なため、彼の思い出を通してインドの文化風習をも知ることができ、冗談半分で流さずに良かった……と心底思いました。
 以前にも述べましたが、彼の記憶力はズバ抜けていて、彼女とのおおよそ10年間の歴史をEXCELに時系列でまとめさせて貰ったのですが、彼の回答たるや「1996年×月×日×曜日の17:30に初めての手紙の返事を貰って……」というレベルなので心底驚きました。またこれがPCのカレンダーで曜日をチェックすると合っているものですから、恐らくこの記憶は本当に正確なものなのでしょう。

 結局3時間に渡って繰り広げられたのですが、1992〜96年の5年分の歴史までで深夜1時になってしまい、続きは明日……ということになりました。
 まるでドラマの続編を待つ心境です。


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2002年10月8日(火) アミット話・第2夜
 さて昨晩に引き続き、アミット話の第2夜です。
 結局、本日もインタビューは終了せず明日に持ち越すことになりましたが、とにかく言えることは、アミットの話を聞けば聞くほどアミットが少々特殊な存在であることが伺え、また、彼の頭のステイタスがかなり高いことや情報量が一般平均よりも多いことも見えてきました。インド人は多々おれど、アミットがハウスメイトで本当に良かった……と己の幸運をしみじみ噛み締める思いです。

 本筋である彼のラブストーリーに関しては、続く9日と3夜に渡って10年の歴史を聞いた訳ですが、コトが余りに純朴で真摯なので軽々しく紹介できるような雰囲気ではありませんでした。――と、言うことで、この件に関しては私だけのひっそりとした楽しみとして終了するのであります。


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2002年10月9日(水) 続くフラット問題
 今月末には空き部屋が2部屋も出てしまう我がフラット、次の入居者が見付からなければ大幅に値上がりする家賃を払うか、出て行くかしか選択肢がありません。ザックの部屋に体臭の強烈なバングラディッシュ人の男子学生が入居することでフラット問題も解決したかに見えましたが(詳細は10月5日@参照)、今日になって「彼はこの家には来ない」との(いつも通りの)急展開により、再び振り出しに戻っているようです。
 子供との同居が嫌だったのか、単に家もしくは同居人が気に入らなかったのか、彼が入居をキャンセルした理由は私の窺い知るところではありません。

 キャルはキャルで当て付けのように旦那と一緒に食卓で「ここにソファを置こうかしら」などと話し合いながら新居の見取り図作成に勤しんでいますし、エンジェルはそう言えと親から言われているのかと疑いたくなるほど絶妙のタイミングで「トーコ! 明日ね、新しいおうちに引っ越すのー」などと無邪気に話し掛けてきます。出て行くのは勝手だけど、事前に知らせてよね……と心の中でひっそりと呟いたところで事態は何も変わりませんが、最近では口に出して言ってみても事態は余り変わらないということを学んだので、どう転んでも黙って事態に身を任すというのが1番良い解決策なのかもしれません。
 1日先は闇……もとい、「一寸先は闇」を地で行く毎日を送っているため、もう最近では私もちょっとやそっとの事態急変には動じなくなりました。
「あーん? もー次の入居者が決まらなかったら別のフラット探すよー。どーとでもなるがなー。いざとなったら最後の1ヶ月くらいホステルに滞在したっていーさー。死ぬ訳じゃないしー」
というゆったり(グッタリ?)したキモチで満ち満ちています。そう、いちいち動揺するのにも飽きてしまったのであります。
 取り敢えず支払いを済ませた10月と、去る人たちの予約金を利用して居座ることが出来る11月の住処は現フラットで確定と言って良さそうですが、リムリックでのラスト1ヶ月、寒い寒い12月の住処は未確定なまま暫く毎日を過ごすことになりそうです。


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2002年10月10日(木) 餞別の品
 餞別――それは旅立つ人に別れのしるしとして贈る金品。
 そんな訳で、本日アミットから思い掛けない餞別を頂きました。(※注:旅立つのはアミットですが……)

「中は読んでないんだけど、なんかインドっぽかったから……」 
「インドのことがたくさん載ってるから」とCD付きの瞑想ブック

 めっちゃ嬉しかったのです。この本を贈られたことが嬉しかったのではなく、アミットが私に餞別を贈ってくれるという行為自体がかなり嬉しかったのです。友達だと思ってくれてたんだ、みたいな。今まで疑ってたのかよ、みたいな。嬉しい……本当に嬉しい……もう生涯の宝物扱いです。
 ま、同時にこの4日後、14日には
アミット 「僕は彼女(婚約者)以外は誰も信じてないから。(原文:「I never trust anybody except her.」) もちろんトーコのこともね。でも知ってるだろ? これが僕の素直な気持ちなんだよ」
と面と向かって言われてもいるので、この嬉しがる匙加減が微妙なのです……。まあ私もアミットのことは大好きですが、「信頼」というと少々難しい面があるので同じコトかとも思い、納得はできるのですが。
 100%信頼できる人など一生涯でそうそう何人も出て来る筈もないので、これは冷静に考えて同意できる発言ですが、口に出して言われるとちょっとショック……と言うだけの話です。そして同時に、こういうことをサラリと言えてしまう素直さにはやはり好感が持てるのでありました。

 バイト先の友人に貸したカメラを壊されて、それでも文句を言わないアミットとのこんな遣り取りも印象的です。
鷹瀬 「……それは弁償してもらうのが筋なんじゃないの?」
アミット 「友達に『弁償してくれ』なんて言えないよ……」
鷹瀬 「友達なの?」
アミット 「友達って言っても本当の友達(best friend)じゃないけどね。本当の友達だったらこんなカメラ壊されたって問題ないよ」
鷹瀬 「でもさ、思うんだけど、例えば私の友達なら、私が貸したカメラを壊したら私が何も言わなくても弁償してくれるし、それが当然だと思ってくれると思うよ。そういうところも含めて本当の友達だと思うんだけど……。例えばルシ(※注:アミットの親友)がカメラ壊したら、そういう時、ルシも弁償しないの?」
アミット 「ルシだったらこのカメラをあげたって問題ないよ」
鷹瀬 「でもルシも壊しても何も言わない?」
アミット 「ルシだったら弁償すると思うよ」
鷹瀬 「じゃあ、その壊した人は本当の友達でもないんだから、やっぱり弁償してもらった方がいいよ。ってか、それが普通だよ」
アミット 「分かってるんだけどね、これが僕の悪い所だって。でもトーコ、インドでは友達のものは自分の物のように使えるし、自分のものを友達が使っても、たとえ壊したとしても問題ないんだよ。それが僕たちの友達との付き合い方(friendship)なんだ」
鷹瀬 「……でもそれって誰とでもそういう関係を築いている訳じゃないんでしょ?」
アミット 「もちろん、皆が良い奴とは限らないし、本当の友達とだけだよ」
鷹瀬 「でも今回カメラを壊した人は本当の友達じゃないのに、弁償してもらうことは出来ないんだ……。アミットのそういうところは凄いなぁ……って尊敬してるし美点だと思うけど、時々さ……」
アミット 「悪い点でもあるよね。分かってるよ。多分コレを壊した奴はこれが壊れていることも知らないと思うから、取り敢えず明日、それだけは言ってみるよ……」
 価値観も考え方も様々……。近い内に彼の母国、ビックリの国インドを訪れたいものです。


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2002年10月11日(金) 冬到来
 最近運良く傘要らずで日々を過ごしていましたが、やはりここはアイルランド。本日は朝から強い雨に見舞われ、非常に寒い思いをしました。
 天気だけではなく気温的にもいきなり冷え込み、確実に冬が近付いている……と言うか、もしかしてコレは冬……?というカンジがひしひしします。
 今はまだ19時頃までは辛うじて明るいため、20時頃まで図書館に居座ることができますが、完全な冬になれば16時頃には陽が落ちてしまうとのことで、恐らく気持ち的にも憂鬱な日々に突入するのでしょう。


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2002年10月12日(土) お馴染みの急展開
 またも急展開と言いますか……慣れたと思ってもまだまだ続く新鮮な日々。山口智子の出世作(?)「もう誰も愛さない」も顔負けのジェットコースター喜劇。……アレ? 喜劇だったっけか?
 ――まあいい。いやぁ、本当に良いフラットに滞在したもんだ。はっは。

 さて、本日の朝、友人と共に毎週土曜日にシティセンターにて開催されているミルク・マーケットに訪れるため出掛けようとする5分前に、明日ザックが去るということで、何気なく至極真っ当な質問をしてしまったことから、自分の事態が何やら瀬戸際ちっくなことを知りました。
鷹瀬 「アミット、そう言えば次の入居者見付かった?」
アミット 「大学のフラット募集システムを利用して100通近くメールを送信したけど、返事は0だね」
鷹瀬 「……見付からなかったら次のフラットを探さなくちゃならないんだよね……。はぁ……面倒だなぁ……。でも11月分の家賃はアミットとザックの予約金を使ってここに滞在することが出来るから、問題は12月だけってことだよね」
アミット 「違うよ、僕らの予約金は使えないよ」
鷹瀬 「……ハイ?」
アミット 「あの予約金は家主に直接吸い取られるだけで、来月11月はもし次の人が見付からなかったら残りのメンバーで合計1100ユーロを出し合って支払わなくちゃいけないんだよ」
鷹瀬 「えぇ?! 話違うじゃん! この前の話し合いで11月は最低線、アミットとザックの予約金を使えるから……って言ってなかったっけ?」
ザック 「そうは言ってないよ。トーコ、何か聞き間違えてたんじゃないの? だからこの前聞いただろ? もし出て行くなら早めに言って貰わないと、って」
 ええ〜……何それ……。何だかまた騙された気分……。本当に私のヒアリング能力だけの問題なのかなぁ……。彼らの説明の仕方が悪いんじゃないのぉ……。
 どんなに事をハッキリさせたつもりになっていても、毎度毎度事態が急変するのは、私の英語力の問題だけではなく、本当に彼らの言っていることが毎度毎度変わっているからではないかと思えて仕方ないのですが……。

 そもそも12月滞在分のフラットは探すつもりでいましたから、それが1ヶ月ほど早まるだけと思えば……。今月末に出て行くとなると結構大変ですけどね……もう思い悩んでも仕方がないのでしょう。
 もう何があっても動揺するのは止めます。動揺の無駄遣いですから。


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2002年10月13日(日)@ ザックが去る
 さて、いよいよ我がフラットに滞在当初から約3ヶ月間生活を共にしたメンバー、ザックが一時帰国のために3ヶ月間ほどアイルランドを去ります。3ヶ月後にはこの国に戻ってくるから、と言うよりも、ぶっちゃけた話、私個人の愛情の問題で彼が去ることには何の感慨もないのですが、彼が去った後の彼の部屋の家賃を誰が払うのか、とか、もしもアミットが次の入居者を探すことが出来なかったらどうなるのか、とか、そういう事務処理の問題で今いきなり彼に去られてしまうのは厳しいものを感じるのでした。

 昨日の夜にはザックの友達が我が家に集まってさよならパーティーをしており、本日の朝も引き続きワイワイがやがやと騒がしかったのですが、こんなことは滅多にあることでもなく、しかもお別れ会です。文句などあろう筈もありません。ただ彼らは母国語で話していたので、私はそれを理由にお別れ会には参加せず、自分の部屋で寛いでいました。
 午前10時、まだベッドの中でまどろんでいると、そろそろ本格的に出発らしい……という気配になり、慌てて起きて着替えます。着替え終わると同時に、ノックもなくいきなり部屋の戸が開かれ、ナズから「ザックが出発する」とのお声が掛かりました。一瞬遅れていたらトンデモナイことになるところでした……。アミットの再三に渡る説得により、ナズが悪い人ではないと思えるようにはなりましたが、基本的に常識に欠けている感は否めません……。

 ザックには色々思うところがありますが、もう最後です。今後彼がアイルランドに戻ってきても連絡するつもりはありませんし、二度と再び会うつもりもありません。ですからこれが本当に最後です。取り敢えず表面上だけでもニコヤカに見送っとけ、ということで、しかし私も根が正直者のためお愛想にも「I miss you.」とは口に出来ず、「Have a nice trip.」などという当り障りのない言葉を舌に乗せ、ひらひらと手を振りザックを送り出します。
 ザックは最後にキャルの部屋の戸を叩き、別れの挨拶をしようとします。せっせと着替えた繊細な日本人とは対照的に、寝巻きのまま露骨に睡眠を邪魔されたことに対する不快感を露にしたキャルが現れ、これまたお愛想ちっくな別れの挨拶をし、玄関からザックがタクシーに近付くまで見守ると、速攻でベッドに戻ろうとしますが、ふと玄関に向き直り、私に向かって一言。
キャル 「ザック、光熱費は払った?」
 うわ、こんな時は目敏い……とも思いますが、大事なことには違いありません。言いにくいことを言って下さったことに感謝しなければいけません。私が「知らない」と答えると、ほぼタクシーに乗り込んでいたザックを呼び付け、光熱費を請求します。「今持ち合わせがないので、アミットに渡しておくよ」との返事を残し再びタクシーに乗り込むザックの後姿を睨め付けながら、再びキャルが吐き捨てるように一言。
キャル 「見た? もし請求しなかったら払わずに出発するつもりだったに違いないわ。全く! 何て奴なのかしら」
 まぁね……私もザックの行動に対しては非常に胡散臭いモノを感じますが、そのカンジをやはり同じように胡散臭さを抱いているキャルから言われてもね……素直に「そうだそうだ」と言う気にもなれず……。

 こうして、ある意味、最後の最後まで中途半端で不誠実な態度を取っていたザックが我がフラットから去って行ったのであります。
 ザックの部屋の入居者は結局決まっていませんが、一体誰があの部屋の家賃を払うんだか……。


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2002年10月13日(日)A ある日本人留学生の悲劇
 早く書きます。


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2002年10月14日(月) 寒い寒い冬の幕開け
 一昨日辺りからかなり寒くはなっていましたが、まだ辛うじて「秋」と言えないこともない季節を保っていたのです。しかし今朝、いきなり日本基準で言う「冬」になっていました……。あまりの寒さにベッドから出る心構えをするのに40分も掛かってしまったくらいです。
 何でしょう……気温的には日本の冬の方が低いのかもしれませんが、小雨、霧雨、時には大雨が降って衣類がしっとりと濡れて更には風が吹くものだから、体感温度がめちゃ寒いのです。
 アイルランドは滅多に雪が降らない国なのですが、雪国スイスから来た子が「ここはスイスよりも寒い」と言っていたくらいなので、私だけが寒がっている訳ではなさそうです。

 私だけが特別に寒がっている理由もあります。誰に聞いても「先週くらいから暖房を入れ始めた」と言う返事が返って来る寒さの中、我が家ではまだまだ暖房が入る気配すらありません。
 家にある暖房は、一度大元の主電源を入れると電気代が跳ね上がるので、同居人全員の了解が得られてからでないとこれらの暖房器具は使えないのですが、インド、バングラディッシュと暑い国から来たくせに奴ら異様に寒さに強く、「寒くない?」と語尾の上がった問い掛けをしてみても、「寒くない」と語尾の下がった返事を返されてしまうのです。
 一条の希望として、我儘なキャルがこの寒さに参っているので、「キャルが皆の了解もなく暖房の主電源を入れる」というありそうな荒っぽい展開を望んでいる始末ですが、まだ動きはない状態です。
 しかしアミットもナズも
「まだ暖房を入れる季節じゃないよ。暖房を入れるのは11月末頃からだよ。これからもっと寒くなるんだから」
などと不吉なことを言い、これより更に寒くなるんだ……と想像しただけで身が竦む思いです。ってか、更に寒くなってからでないとやっぱり暖房は使えないのでしょうか……。

 ここで一見寒さと無関係な話をするようですが、アイルランドの主な公的交通機関はバスです。しかしこのバス、定刻通りに運行されたことが今までに1度だってあるのかと問い詰めたくなるような乱れ具合です。
 大体、特定ルートの時刻表が全てのバス停で同じということ自体、どうリアクションして良いものやら……。どうして1つ前のバス停に8時20分に来るバスが、ここにも8時20分に来て、更には次のバス停にもその次のバス停にも8時20分に来るのか、この国の時間のマジックを知りたいものです。
 「10:00/10:20/10:40/11:00/……」とざっくばらんに明記された時刻表を前に、毎20分おきに出ているらしいバスをどうして1時間待たなければならないのか、やはりこの国の時間のマジックに唸ります。待って待って待ち尽くして、漸く1時間後に来たと思ったら出血大サービスとばかりに3台続けて来ちゃったり。――身体は1つなので1台で充分です。

 今はフラットから徒歩30分で通える場所に学校があるので、バスは週末のシティセンターでの買い物の時くらいしか使いませんが、このバスが時間通りに来ない国で毎日バスを使う生活をしている人を思うと頭が下がります。特に冬になると、ただでさえ余り天気の良くないアイルランドで、いつ来るか分からないバスを待つのは少々苦痛です。天気が良ければ本を読むなどしてのんびり構えていられますが、雨、風、寒さに晒されてひたすらにバスを待つのは……。
見知らぬ若者 「去年末、このバス停でバスを待ってて凍死した子がいたから気を付けてね
 バスを待っていた時に立ち話をした見知らぬ若者から聞いた逸話も不安を煽ります。
鷹瀬 「その人、酔ってたの?」
若者 「いいや」
鷹瀬 「体調悪かったの?」
若者 「普通だよ」
鷹瀬 「薄着だったの?」
若者 「いいや。冬物を着ていたよ」
鷹瀬 「…………どうして死んだの?」
若者 「バスが遅れてなかなか来なかったからさ」
 うえーん……。寒いよー……。死亡理由が「バスを待っていたため」っていうのは嫌だなぁ……。


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2002年10月15日(火) 新入居者決定!
 ああ、本当に寒いんですけど……。バス停どころか家の中で凍死しそう。

 さて新入居者未定問題で揺れる我がフラットですが、本日の夜、ついにアミットが入居希望者を我が家に連れて参りました。誰かが我が家に見学に来たのは初めてのことです。
 ぱっと見、感じが良さそうに思える(←大分用心深くなった言い回し)インド人青年で、学生さん。現在住んでいるフラットがうるさいらしく、静かなフラットを探しているとのことです。
 彼が我が家を見学に来た時間は22時過ぎで、運良くエンジェルは部屋に引っ込み母親と共に寝ていました。私は部屋にアミットが入居希望者にどのように我が家を紹介しているのかの詳細は聞き取れませんでしたが、大雑把に家の間取りや各部屋の紹介をしているようです。
 5分ほど見学して、その青年が帰って行くと、私の部屋の扉をノックする音が……。
鷹瀬 「Come in.」
アミット 「Hey To-ko! Yhaaa!」
鷹瀬 「Did he decide?!」
アミット 「Yes! He was looking for a quiet house. He was really impressed this house is very quiet. Tomorrow he will come here at 6 p.m.」
 手を叩き合って喜ぶ私たち。アミットは予約金が返って来ることを、私は引っ越しせずに済んだことを心の底から喜び、一時安堵に浸ります。ああ……良かった……本当に良かった……。英語力にも問題なく、労働者ではなく学生という点も良かった。また、「静かな家を探し求めていた」と言うのも嬉しい特典です。でも……
鷹瀬 「……そう言えば、子供がいることは言ったの?」
アミット 「……いや」
鷹瀬 「ええっ?! それはマズくない? それって騙してるってことじゃん!」
アミット 「……」
鷹瀬 「……まぁ、夜は確かに静かだから……一応彼の希望通りの家と言えないこともないかもしれないけど……。でも事前に言っておいた方がイイと思うよ。取り敢えずキャルに入居者が決まったことを報告しに行こ。そんで『新入居者はこの家が静かだから選んだんだよ』って念を押しておこうよ」
アミット 「嫌だよ。キャルとは話したくない」
鷹瀬 「ええ? 何言ってるのよ。一緒に行こ。それに、アミットまだ光熱費払ってないんでしょ? キャル、今日入金できなかったんだって。早く払った方がいいよ」
 バイト先でも色々あるようで最近露骨にキャルを避けているアミットですが、嫌がるアミットを引き摺って、キャルの部屋の扉を叩き、新入居者が決まったことを報告します。もちろん私は礼節を知る日本人ですから、「お前の娘がネックなんだよ」とは言えず、遠回しに注意を促しますが……
鷹瀬 「――って言うことで、彼は私たちにとってとても大切な人なんだけど、その彼が望んでいることは『静かな家』なのね」
キャル 「そうね、ナズが心配だわ……」
 ………………いや、ナズじゃなくてあなたの娘がね……問題なんですよ……。凄いなぁ……このあくまでも自分に非がないと思い込める筋金入りの思考回路……。ナズは友だちを呼んだりテレビを大音量で見たりと以前は最もうるさかった人ですが、9月18日の話し合い準備以後、アミットが事態を説明してくれた後からは、友だちを呼ぶこともなくなり、テレビも扉を締めて見るようになり、事態は大分改善しているのです。
 結局彼女は自分に問題があることに気付かないまま、新入居者が決まったことを無邪気に喜んでいました……。

 そして注目すべきは、暖か過ぎるキャルの部屋、彼女の部屋でフル活動しているヒーターです……。……え? 何コレ?
キャル 「このヒーター80ユーロもしたのよ。でも暖房はみんなの了解がないと使えないし、ナズは『余分な電気代は払えない! 暖房はまだ必要ない!』って言うから、仕方なく買ったのよ」
鷹瀬 「……でも、キャルがこのヒーター使ったら結局は電気代が高くなるんだし、同じコトじゃん。だったら皆が暖まれる全部屋暖房の方が良くない? それにナズ、今日『暖房つけていい?』って聞いたら『いいよ』って言ってたよ。アミットは?」
アミット 「もちろん構わないよ。寒かったらつければいいだけのことじゃん。このヒーターの電気代の方がよっぽど高いよ」
キャル 「私がコレを使うのは寝る前と明け方だけよ」
 ………………この部屋、半袖でもOKなくらい暑いんですけど……。電気の無駄遣いするなよ……。あなたの電気代を皆で払わなくちゃならないなんて真っ平御免……ってカンジなんですが……。

 ……ま、まあもう(どうでも)いいや。次の入居者も(多分)決まったことだし、良いトコロだけを切り貼りして現実を構成して行こーっと。


▲TOP
2002年10月16日(水) 未だ確定せず
 昨夜、住人全員の許可が下りたために初挑戦してみた暖房使用ですが、何が悪いのか、スイッチは点灯するのですが暖かくなりませんでした。寒いよう……。

 さて、本日18時に我が家にやって来る筈の新入居者ですが……17時半からスタンバイし、待てど暮らせど現れません。わざわざ彼を歓待するために少々早めに帰ってきたと言うのに……一体何が起こったのでしょう……ビクビク。もしや子供がいることがバレてキャンセル? また1から探し直し? ビクビク。
アミット 「ああ、彼ね、明日の早朝に来ることになったから」
 本当? 本当に? 逃げたんじゃないのね?
 新入居者が荷物を持ってこの家に現れるまで……いえ、荷物をアミットの部屋に運び込んで家賃を払うまでは安心できません。安心できませんとも。


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2002年10月17日(木) 揺らぐ現実
 昨日に引き続き新入居者が現れるのを深刻に待ち侘びるワタクシですが、本日も予想通り、インド人青年は現れませんでした……。
 アミットに事実を確認したくても、彼はバイトに出てしまっていて会えず、再び「新入居者って、本当に見付かるのかなぁ……」という基本的な問題に立ち返っています。
 ってか、その前にこれだけは確認したい。アミットの「明日」って何日後を指すんですか? 大体アミットってば、本当に確証を得てから話しているのでしょうか? 未だに新入居者には子供がいることを話していないみたいだし。そもそも……
ダメダメ、トーコ。そうやって人を責めてばかりじゃイケナイわ。良いトコロだけを見ましょうよ。アミットは次の人を見付けて来てくれた。それだけでも感謝に値するじゃない!
 脳内フレンドからのアドバイスにより、もうこの件に関しては深く考えるのを止めました……。

 入居者問題も「引き続き」ですが、暖房問題も引き続いております。そして寒さも当然引き続いているのです。寒いっスったら寒いっス。
 本日キャルが家主に暖房の使い方を聞いたそうで、それで分かったことなのですが、どうやら我が家の暖房は、電力会社に使用開始の申請をしないと使い始めることができないようです……。で? その申請先の会社はドコにあるの? どうやって申請すれば良いの? 申請したら即座に使い始めることが出来るの?
キャル 「それは聞かなかったわ」
 ………………暖房の使い方を聞いたのって、暖房を使いたいからじゃないンですか……? またどうしてそんな中途半端な聞き方を……
ダメダメ、トーコ。また非難の思考回路になってるわよ! キャルを責めたって事態は変わらないわ。彼女には「暖房を使うにはどうやら申請が必要らしい」というトコロまでを聞くのが精一杯だったのよ。良いトコロだけを見ましょう。0よりマシ。0よりマシよ!
 脳内フレンド大活躍です……。

 ――結局、何もかもが停滞したまま本日は過ぎて行きました……。


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2002年10月18日(金) ヒーター購入
 依然として新入居者は来ないわ寒いわ……寒いわ寒いわ……。

 特に暖房の使用に関しては、「使用開始のために電力会社に申請する必要がある」ということまでは明らかになりましたが、未だに肝心の申請先の会社がどこにあるのかすら分かっておらず、しかもこの何もかもがのんびりした国でたとえ本日申請できたとしても、一体いつになったら暖房を使用開始できるのか甚だ疑問……という更なる苦境も次に控えているため、もう本日、思い切ってヒーターを購入する決意を固めました。
 どうせ買うなら早い方が良い、思い立つ日が吉日、今年度一杯でリムリックから去るので余計なものは購入したくなかったのですが、ヒーターなら去る時に売れるでしょう、との先生からのアドバイスにより、シティセンターを片っ端から虱潰して探し当てた最安30ユーロの安物を購入しました。

 さて、シティセンターで購入したヒーターですが、ここでも私は日本の少々過保護気味かも、と思える「気配り」を痛感しました……。アイルランド第3の都市で購入したヒーターはもちろん辛うじて箱に入っていましたが、その箱には当然取っ手などなく、紐で括るなどして持ち易くするような気遣いも当然なく、抱え込むには少々大きいヒーターを、仕方がない、抱えて帰りました。
 時間帯のせいか人が多く、バスに乗るのも一苦労でしたが、乗り込む時に箱を支えてくれる若者や、車内で席を探せば足をズラしてスペースを作ってくれる女性、降りる時には手を貸してくれる運転手――無いものの代わりに得られるものは計り知れません。
 バス停から家まで歩いて30分の道のりは、晴天に対する感謝の念を煽るための采配なのかとも思いましたが、たかだか少々の紐を箱の周りを一周させるだけで大分持ち運びも楽になるのになぁ……と思いつつ、それをしない、いや、しようともしない、いや、そんな方法があるなんて恐らく夢にも思っていないこの素朴な国を通して、「無ければ無いでやって行けるんだよな」という私お決まりの結論に達します。

 あればあったで便利だけれど、無ければ無いでやって行ける――日本にはごまんとありそうなこのシチュエーション、日本を便利に駆り立てる原動力は、根底に根付く「忙しさ」ではないでしょうか。忙しさゆえに便利になるのか、便利がゆえに世の中が忙しくなってしまうのか、もはや相乗効果の域なのか……。私個人の意見としては、選べるならば、私は不便でのんびりした世界を望みますけどね。

 さてさて。ひいふう言いつつ家に辿り着き、何となくヒーターを購入したことを他の連中に知られるのが嫌で、玄関を潜ると同時に自室に直行し、ヒーターを置いてから台所に行くと、動物的な勘としか思えないキャルからの早速の探りが入ります。
キャル 「トーコ、ヒーターは買ったの?」
 ………………凄いなぁ……見てたのかなぁ……と思わせる見事な先制攻撃。私も「出来れば知られたくない」とは思いますが、何も嘘まで吐いて隠したい訳でも無いので、正直に「あ、うん。今日買った」と言うと、そこから更なる追求の手が伸びます。
キャル 「どこで買ったの?」
鷹瀬 「シティセンターの Argos で。そこのが1番安かったから」
キャル 「Argos は安くないわよ。私が買った店がリムリックでは1番安いわ」
鷹瀬 「え? でもキャルのって80ユーロとか言ってなかった? 私、タイマーとか温度調節とかなくていいから一番安いのが欲しくてさ。一応シティセンターは全部見て周ったし、これ以上安いのは見付からなかった、まあいいかって」
キャル 「いくらだったの?」
鷹瀬 「28.99ユーロ」
キャル 「…………おかしいわね、どうして見付けられなかったのかしら……」
鷹瀬 「まぁタイプが違うし」
キャル 「ちょっと見せてくれる?」
鷹瀬 「…………イイけど」
 コソコソと自室に運びこんだって、結局すべて彼女の思うままになるのです……。
 私の部屋に置かれたヒーターをチェックし、ぱっと見、彼女の80ユーロのヒーターに形が似ていることが悔しかったのか、スイッチが無いことやタイマーがないこと、温度調節が出来ないことを改めて確認すると、今度は勝ち誇ったようにこう言われました。
キャル 「You know? It's very boring. It's not warm.」
 ……ある意味とても分かり易い人間心理が窺え、苦笑いをしそうになりましたが……と言うか、もしかしたらしていたかもしれませんが、取り敢えず何気なく返事を返します。
鷹瀬 「別に私はずっと使う訳じゃないし、朝くらいしか使わないからそんなに強力なのじゃなくていいんだ」
キャル 「アラ! 私も寝る前と朝しか使ってないわよ!」
 「自分だけが電気代を使っていると思われるのがイヤ」――そんなトコロでしょうか。本当に、ある意味とても分かり易い……とても素直な人間心理が垣間見え、いっそ微笑ましい……と言うにはちょっと無理があるなぁ……。
 しかし何ですかねぇ……「寝る前と朝しか使っていない」というこのお言葉。彼女がいない間に、旦那と子供がガンガン使っているんですけど……。少し扉を開けると熱気が吹き出るほどに。彼女の部屋から吹き出る熱気で私の部屋も少々温まるほどに。
 このくらい言った言葉に責任を感じずに生きられると楽なのかもしれませんね……。トホホ。

 この件に関連して、子供は親の鏡だなぁ……としみじみ思えるシチュエーションも発生しています。そう、キャルの話題から派生する「子供は親の鏡」と来ればエンジェルです。
エンジェル 「トーコ、ヒーター買ったの? じゃあ電気代払わないと駄目よ。私とパパはここに住んでないから電気代を払う必要はないのよね」
 …………キャルが陰で何を言っているか筒抜けっす。キャルもこっそり陰口を言っていただけだろうに、すべて明るみに出てしまって気の毒に……。
 しかしエンジェルの言葉からキャルの心積もりを推測すると、どうやら彼女は旦那と子供の分の光熱費を払うつもりはないようですね……。以前、いきなり私に「私の夫はここに暮らしている訳じゃない。彼はオフの日にしかここには来ていない」と言って来たことがあったのですが、これはそのまま「だから光熱費は払わない」ということへの布石なのかなぁ……と。実際、前回分の時は払っていませんしね……。

 すべての事情を把握しているアミットが去ってしまったら、キャルに対する抵抗勢力は言葉が不自由な私とナズだけです。私にはキャルに人数分の光熱費を払わせるだけの英語力(と勢い)がありませんし、ナズもまた然りと言うカンジです。
 今度来る新入居者がまともな思考回路の持ち主で、勢いがある人だと良いのですが……。そして同時に、彼をどう仲間に引き入れるかが今の課題です。


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2002年10月19日(土) 盆と正月状態
 今まで様々なケースの急展開を目の当たりにしてきましたが、本日、恐らく初めてではないかという「嬉しい急展開」がやって参りました。
 まず本日朝9時、お馴染みになった子供のハシャギ声で目が覚め、仕方なく台所に降りて行くと、早速エンジェルです。彼女も大概人懐こく、私がどんなに気のない返事を繰り返してもめげずに話し掛けてきます。何を聞かれても「あー」とか「うーん」とか「へー」とか「はー」とか呻き声なのか溜息なのか微妙……という返事を繰り返していましたが、そんな私のウンザリした想いを他所にいきなりエンジェルが爆弾発言をします。
エンジェル 「トーコ、今日ね、私とパパは新しい家に引っ越すの。だからママにサヨナラしなくちゃいけないの」
 ――え? 今日? 引っ越す? サヨナラ? 何、アナタ今もしかして凄く重要な話をしている? 私もしかして今(だけ)は彼女を無視してる場合じゃない? 問い詰めて事態をハッキリさせた方がいいの??
 心の中で色々葛藤がありつつも、5歳児相手に真剣に「出て行くの?! 確かなのっ?!」などと確認する訳にも行かず、もやもやした気持ちを抱えながら自室に戻ろうとすると、キャルの部屋の扉が開け放たれており、入口付近には燦然と輝く大小2つのスーツケースが! 親子スーツケースだ! 出て行く用の親子スーツケースに違いない!(※注:別に「出て行く用」ではナイ。ただいま混乱中) ヤタ!! 本当に出て行くんだ!
 新入居者が「この家には子供がいる」という事実を知ったらどうしようとか、私自身の「エンジェルうるさいなぁ」という慢性的な苛立ちとか、これですべて解消じゃん!って感じじゃーん! ヤッタ! ヤッタ! 神様サンキュー! ――は! 変に馴れ馴れしくすると神様怒っちゃうかな……。「有難うございます、神様」の方が礼儀正しくてイイかな……でもここはひとつ親しさをウリにした方がイイのかな……でもでも……(※注:ただいま第2次混乱中)

 私が2階に上って完全に喜んでいると、ナズが廊下に現れたので「彼ら今日引っ越すんだって」と平静を装って報告します。するとやはり喜んだ彼はアミットの部屋をノックし、彼らが去ることをアミットに報告します。もう平静を装う必要もなくなった私たち3人が2階の踊り場で喜んでいると、どうやら本当に引っ越すらしいキャルの娘と旦那が身支度を終え、スーツケースをそれぞれ持って部屋から現れました。
 ヤッタ! ヤッタ! 何もかもが不確定なこのフラットにおいて、今度こそ明確な瞬間が来た! 来たったら来た!

 溢れんばかりの喜びを気取られないように押し隠し、キャルの娘と旦那に別れを告げるワタクシたち……そして扉が閉まると同時にキャッホ〜!と手を叩き合って喜びます。そうだ、そう言えば思い出した。
鷹瀬 「アミット、ところで新入居者はいつ来るの?」
アミット 「ああ、今日の10時半に来るよ」
 おお! あと20分後ですか! 何てタイミングが良いのでしょう! すべてが片付いた後! 結局この家に子供がいたことなど露ほどにも感じさせずに、新入居者を迎え入れることが出来そうです。
 本当に来るのかよ……という一抹の不安もある訳ですが、もうそれには気付かないフリをしてこのまま一気に幸せになりたいものです。

 そして待つこと40分……案の定少々遅れて、しかし今度こそ本当に、新入居者のインド人青年が我が家に再び現れたのであります。
 盆と正月が一遍に来たカンジ。ああ……心地良い週末を迎えられそうです。

 残るは暖房だけか……。


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2002年10月20日(日) もうひとつの悲劇
 何ですかね、今、我がフラットは脱皮の時期なんでしょーか……。先週1週間の間に立て続けに台所や廊下の電球が3個切れ、暖房は依然としてつかず、そして今日、トドメとばかりに給湯器が故障しました……。昨日の締め言葉、
残るは暖房だけか……。
が、虚しく響きます。1歩進んで2歩下がる、を地で行くこの状況、一体いつまで続くのでしょう……。
 我がフラットにはシャワーが2台あり、1台は電気シャワーのため給湯器が壊れても影響なく使用できますが、これからますます冷え込むというこの状況下で、台所や洗面所でお湯が一切使えなくなるというのは少々衝撃が強く、これだけ災難が続くと「もしこの調子で電気シャワーも壊れちゃったら……」という懸念もそう的外れな取り越し苦労ではないような気がしてきて、精神的にかなり追い詰められてきます。

 構内を始めとし、街中で見かける「Out of order.(故障中)」の張り紙。自動販売機、スピード写真スタンド、公衆電話、公衆トイレ……とにかく驚くほど至る所で「故障中」のサインを確認することができるのですが、これは壊れる確率もさることながら、1度モノが壊れると直るまでにエライ時間が掛かるというのが事の真相ではないかと踏んでいます。
 例えば我が家の台所のコンセント板は未だに固定されておらず、換気扇は設置されておらず、アンスイートの部屋のバスルームの床に穴が開いており、これらを直すのは大家の仕事なのですが、最初に直すように頼んだのは住み始めた当初、そう、7月下旬。そして過去10回以上に渡る要請にも関わらず、3ヶ月経った今でも何もかもが直っておりません。


使用頻度最多の台所コンセント2ヶ所未固定、換気扇未設置、床穴未修理

 余談ですが、換気扇に関しては8月下旬頃に修理屋が来て設置トライをして頂いておりますが、その時には設置未遂で終わっています。なぜ設置できなかったかと言いますと、換気扇設置スペースの1.5倍の幅がありそうな換気扇を持って来て「いやぁ、この換気扇じゃちょっと大きかったね! これじゃあ設置できないな、あっはっは!」という経緯で設置失敗に終わっているのです。
 ――サイズくらい事前に測ってから来い。もう日本では考えられない間抜けっぷりに、怒るのを通り越して笑ってしまいました……。この国にプロフェッショナルは存在しないのではないか、と言うのが最近の推論です。

 昨日、「次の入居者が見付からなければ、私たち全員出て行きますから」と脅しをかけたことで漸く大家が我が家に顔を出したのですが、その際にメインの入居者問題は解決しており、ご機嫌になった大家が「他に何か問題はある?」と言うので、
鷹瀬 「あります。コンセントとスイッチの板が未だに固定されていませんし、換気扇もまだ設置されていません。アンスイートの部屋の床穴も直っていません」
と笑顔無く訴えたところ、アイリッシュお得意の感嘆詞「Jesus!」を身振り手振り大きく実演し、こんなことを抜かしやがります。(訳し難いところは原文)
大家 「Jesus! 何てこった! もうとっくに直っているかと思っていたよ!」
鷹瀬 「見て分かると思いますけど、直っていないんですよ。3ヶ月前から」
アミット 「The Irish are very lazy.」
大家 「ははは! そうだね! アイリッシュは本当に怠け者なのさ! インド人は違うのかい?」
アミット 「全然違いますよ」
鷹瀬 「出来るだけ早く直して欲しいんですけど。『明日、明日』って毎度言われて……。アイリッシュの『明日』ってのは、3ヶ月後ですもんね」
大家 「ははは! 全くだ! OK、じゃあこれから修理屋に電話してみよう」
(携帯を取り出し、おもむろに電話をするが、返答がない様子)
大家 「うーん、誰も出ないね。きっと私からの電話だってんで、出ないんだろうね。ホラ見てみるかい?」
(携帯の画面を私たちに見せる)
鷹瀬 「いつになったら直るんですか?」
大家 「さぁ、見ただろう? 誰も電話に出ないからねぇ。直すように伝えておくよ。よし、とにかく新入居者は決まったんだね。良かった良かった。これでもう問題はないな」
鷹瀬 「こんな状態で月1100ユーロってのも酷い話ですよね。少なくとも3ヶ月、私たちは壊れた家に住んでいるんですから、値引きとかして貰えませんか? バスルームの床に穴の開いたアンスイートなんか、アンスイートの意味ないじゃないですか」
大家 「(アミットの方を見て) いやぁ、彼女しっかりしてるねぇ! じゃあ私はもう帰るよ」
鷹瀬 「結局いつまでに直すんですか?」
大家 「O.K. Guys! See you!」
鷹瀬 「Sorry Mr.! Until when? Mr.! Until when? Until when?!
 「いつまでに?」を連呼する私を完全に無視して、颯爽と去ってゆく大家。残されたアミットと2人で「……典型的なアイリッシュだね」「『アイリッシュは怠け者』って言っても同意してたね」「ってか本人も『The Irish are very lazy.』って言ってたじゃん」「『いつまで?』って3回も聞いたのに、完全にシカトしてたね」と囁き合い、恐らくこれからも長い間直らないであろう我が家の「Out of order」に溜息を吐くのでした。


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2002年10月21日(月) ハイテク大国日本
 人生の質とか、社会の質とか……そういった分野ではとかく恥じ入りたい思いを持て余すことも多々ある日本ですが、こちらに来て心底誇れる分野も見付けました。そう、それがタイトル通り「ハイテク」です。
 もちろんこちらに来る前から日本がハイテク大国であるということは充分に承知していましたが、それが如何ほどのものか、何がどのように作用して「大国」の名前を欲しいままにしているのか、その辺りの重みについて、こちらに来て以来様々な場面を通して思い知るに至っています。

 私自身、ノートPC、デジカメ、CDプレイヤー、電子辞書、充電器と電気製品を多く持ち運んでいながら、それをどこかで恥じており、中途半端に最先端の電気器機を人前で使うことに躊躇いがあったのですが、外国人が自慢げに見せるデジカメがSONYの1世代以上前のものだったり、アイルランドで手に入る最もスタイリッシュな携帯がSONYのやはり1世代以上前のものだったり、外国人が「アレが欲しいんだよね……」と羨望の眼差しで見ているものがショーウィンドウの中央に飾られているSONYのMP3プレイヤーだったり、携帯電話のカラー液晶がつい最近かなり高額でしかもSONYからたった1機種だけ発売されたりする度に、日本というちっぽけな国が「テクノロジー」という分野において世界でどれだけ幅を利かせているのかを目の当たりにし、これには素直に「凄いなぁ……日本って……」と思うのでした。

 デリケートな話になるので表現には気を付けなければと思うのですが、それでもぶっちゃけた話をするならば――恐らく多くの国で……なのでしょうが、少なくとも私が知る限りアイルランドでは――中国人よりも日本人の方が好意的に受け入れられています。彼らにとって見た目がそっくりな私たちですから、何もないところで好意的かどうかを感じることは出来ませんが、印象的だった実体験から話すならば、仏頂面をした初老の男性から「中国人か?」と高圧的に聞かれ、「いいえ、日本人です」と答えた後の彼の態度の軟化や、その他友人の体験談として、夜クラブに行った時に「中国人の入店はお断り」と言われ、パスポートを見せて日本人と申し出ると入店を許可されたことなど、色々な話を聞くと、やはり中国人と日本人では(一部の人にとっては?)大きな違いがあるようです。

 いわゆるステレオタイプの中国人と日本人の個性としては、中国人よりも日本人の方が「真面目」で「穏やか」で「神経が細やか」で「(中国人ほどは)群れない」、そして何よりも「経済的に豊か」と認識されており、偏見に満ち溢れたイメージだとしても「日本人の方が好かれている」というのは事実でしょう。これは国民性や国の経済力など様々な要因があるのでしょうが、まぎれもなく「ハイテク」もその要因を形成しているのだと思います。
 アイリッシュやこちらで出会う西洋人が使っている電気機器や時計、カメラ、車のブランドに日本企業が名を連ね、西洋人がつい見下しがちな東洋の中でも「日本」に対する認識には他のアジア諸国に較べて多少の色が付いている気がします。(まぁ一方で「ニホン? どこ、それ」という程度の認識も依然としてあるのでしょうが……)
 私がよく日本(人)に対して感じる「働き過ぎ」という否定的な大特徴は、しかしこんなところで私を助けているのかもしれません。そう、この世界に誇れるハイテク文化は、戦後日本を復興した昔気質の「勤勉」で「真面目」で「働き過ぎ」の日本人が築き上げたものなのですから……。

 さて、これと関連しているような話として、今週末にいよいよアミットが帰国するに辺り、先日彼がアイルランドでMP3を購入しまして。聞けばそんなに安くもなく、デザインも1世代以上前のもの……。私が何気なく「日本だったら同じ額で最新モデルが買えるよ。もっと早くに言ってくれれば調べたのに」と言ったことから、「実は今デジカメも探しているんだけど、日本で買って送って貰うことは可能かな?」と聞かれました。
 もちろん商品の価格自体が安くても、国際郵便を使えば送料は決して馬鹿にならず、しかも日本製であればマニュアルも読めない訳で、更にはインドに持って帰ってしまえば初期不良の交換も保証も無効です。それを承知の上で、丁度タイミング良く今週末に日本から友人が我が家を訪れるため、インターネット通販で商品を手配し、もし間に合えば送料を節約することが出来るかもしれない、という状況が整い、ようし、とにかく日本で購入した場合どのくらい旨みがあるのかを調べることにしました。
 これが昨日、日曜日の出来事です。

デジカメ/アイルランド・日本 価格比較表
メーカー 製品名 アイルランド 日本
CANON PowerShot A40 EUR 490 \58,800 \24,000
FUJIFILM Fine Pix 2600Z EUR 380 \45,600 \25,200
FUJIFILM Fine Pix 2800Z EUR 550 \66,000 \34,000
FUJIFILM Fine Pix A201 EUR 290 \34,800 \17,500
FUJIFILM Fine Pix F601 EUR 800 \96,000 \43,800
KONICA Digital Revio KD-400Z EUR 600 \72,000 \45,000
MINOLTA DiMAGE 7i EUR 1,500 \180,000 \86,600
MINOLTA DiMAGE F100 EUR 1,000 \120,000 \44,800
NIKON COOLPIX 2000 EUR 500 \60,000 \22,000
NIKON COOLPIX 2500 EUR 455 \54,600 \27,700
NIKON COOLPIX 885 EUR 650 \78,000 \37,500
OLYMPUS CAMEDIA C-300ZOOM EUR 500 \60,000 \28,700
OLYMPUS CAMEDIA C-40ZOOM EUR 800 \96,000 \49,700
SONY DSC-P71 EUR 550 \66,000 \32,500
※注1:「EUR 1 = \120」として計算しています。
※注2:日本の価格は価格comでの現在の最安値を参考にしています。
※注3:アイルランドの価格は国内で有名なArgosのカタログを参考にしています。

 日本の方が安いということに関しては調べる前から自信満々でしたが、ほぼ半額だとは思いもよりませんでした。
 アミットは300ユーロ(約36,000円)の予算内で出来るだけ良いものを探しており、彼がアイルランド国内で有名な商品カタログで目を付けていたのは「FUJIFILM/Fine Pix A201」(290ユーロ)でした。日本で購入すれば約146ユーロ……ほぼ半額です。そして100ユーロ(約12,000円)節約できたら、インドでの価値は軽く10万円以上に相当するのです。

 価格調査の結果をアミットに伝えると、初期不良の危険性があっても、マニュアルが日本語でも、保証交換が利かなくても、それでもイイ!ということになり、ならば他でもないアミットの頼みです。どうして断ることが出来ましょう。
 価格comの口コミ情報などを見ると、「OLYMPUS/CAMEDIA C-2Zoom」辺りがコストパフォーマンスも評判も良いようでしたが、いかんせん日本語のマニュアルを読めない彼に何かあった時に助けやすいようにと、私が現在使っているデジカメと同機種「FUJIFILM/Fine Pix 4500」を購入することにしました。
 とにかく日曜日の時点ではインターネットで最安値の価格調査をしただけで、実際にこれからしなければならない手順としては、月曜日中に注文するのを前提に、友人がアイルランドに向かって旅立つ木曜日以前に配達可能なネット通販の店を大至急探さなくてはいけません。1日で在庫確認から注文となると、メールで質問を投げていては間に合わないでしょう。月曜日中に注文するのであれば、最安値の店に国際電話で在庫を確認し、あればその場で注文、という荒業をするしかなさそうです。安い国際電話を見付けておいて良かった……。GlobalTel万歳!
 これらの計画を立てる傍らで、肝心の友人にデジカメの配達が可能かどうかメールを投げます。

 すべてが同時進行で進む中、思いの他厳しいのが8時間という中途半端な時差です。大体の店の営業時間は10〜18時で、これはアイルランドの2〜10時に当たり、授業は9時からです。
 我が家には電話がなく、国際電話をするためには家から歩いて10分のショッピングセンターにある公衆電話か、大学構内の公衆電話を使う以外、方法はありません。しかもインターネットで店情報を調べながら、となると、出来るだけ朝早く起きて大学に行き、ネットで調べた情報を元にコンピューター室から少々離れた公衆電話まで電話をしに行く……という、想像するだけで疲れる展開が待ち受けていそうです……。
……うう、面倒。
 しかし気前良くご飯を振舞ってくれたアミットの今までの無償の行為を思うと、このくらいのことはすべきでしょう。
 まぁとにかく昨日調べた最安値の店に電話してさっさと終わらせてしまえばイイか……と気持ちも新たに、3時間もあれば余裕でしょうという計算の元に朝6時に学校に向かい、ネットで店の電話番号を調べ、サイト上の在庫や配達日数が3日以内かどうかを確認し、いざ電話をしたのですが……なんと在庫切れ
 これは予想外、このリアルタイムの世の中でサイト上で確認できる情報は最新情報かと思いきや、そうでもないらしいということに気付きました。コンピューター室に戻り、今度は3店ほどの電話番号を書き留めてからもう1度公衆電話に向かいます。するとサイト上では「在庫あり」になっていた店ですら、すべて在庫なし。
……もしかしてこの機種、もう終わりに近いのかも……。うわ……どうしよう……。
 あんなにあんなに喜んでいたアミットに、「やっぱり無理だった」なんて言いたくありません。あっという間に時刻は7時を過ぎています。
 店は多々あれど、「振込後、3日で宅配可能」「電話注文が可能」「なるべく安い」という条件があるために、価格comのリストに載っている店ほとんどすべてを調べても良い店が見付かりません。アミットに電話し、機種を変えるべきかどうか尋ねるも、彼もどうして良いのか分からず、「トーコに任せる」という最も難しいリクエストを受けるに至りました。

 ここで初めて「もしかしてダメかも」という思いに見舞われ、そしてふと思ってしまったのです。
面倒だなぁ……なんで私がここまでしなきゃならんのだろう……ここまでする義理はないよなぁ……。安いとはいえ国際電話ももう何回掛けたよ……。
 何となく放棄一歩手前の気持ちに傾きつつある私を正気に戻したのは、アミットの日頃の行いでした。
 私の食物棚の中に頻繁に差し入れをしてくれたアミット。
 一方的に振舞うばかりで、私の作った料理には決して手を出さず、そればかりか決して私に頼み事をしたことが無かったアミット。
 英語の不自由な私に根気よく付き合ってくれたアミット。
 忘れてはいけません。アミットがいたからこそ、私は楽しくフラット生活を送ることが出来たのです。私には「ここまでする義理」があり、そして義理以前にアミットは私の友達なのです。そしてそのアミットは今週末に帰国するのです。最初で最後の願いくらい、何としてでも聞いてあげたい。少なくともやれるだけのことはやるのが友達ってモンじゃないでしょうか。
 時間は既に8時を過ぎています。タイムリミットまであと1時間。取り敢えず多少高くても予算内に収まるようならそれでOKとのことで、片っ端から電話をして行き、10軒目にしてついに……ついに在庫のある店を見付けたのであります。
 配達手配から振込みまで、すべてを終える頃にはクラスに10分ほど遅刻する時間でしたが、優先順位で言うならばこちらの方が重要なので痛くも痒くもありません。

 こうしてアミットのデジカメ購入を手配することができ、「ここまでしてくれるとは思わなかった」という感謝のコメントと共にアミットからの信頼を得ることが出来たのであります。
 「やったよ! デジカメあったよ! 我ながら良い仕事したよ!」との報告のメールを投げると、こんな返事が返ってきました。
hey to-ko,

i really appreciate your job. thanks a lot.
(i am telling in an indian way not the irish way.)
and anyhow that's how the friend should be.
i will proud to say japan aa ha ! sorry japanese (to-ko) aa ha !

thanks again,
amit

 少々解説が要るメールですが……。これは以前アミットから聞いた「インドでは友達同士の間では感謝や謝罪はしない」という話から来ている言葉でもあります。
鷹瀬 「私はいいけど、今度デジカメ持って来てくれる私の友達にはちゃんと『ありがとう』って言ってね」
アミット 「前にも言ったけど、インドでは友達に『ありがとう』とか『ごめん』なんて言う必要ないんだ。逆に僕の友達も僕のモノを借りても、壊しても、感謝も謝罪もしないし、友達のために何かするのは当たり前なんだよ。それに例えば『僕の友達の友達は、僕の友達』って扱いだし。それがインドの friendship なんだよ」
鷹瀬 「まぁさ、それがアミットの文化なのかもしれないけど、ここはインドじゃないんだし、私も私の友達も日本人なんだから。私の場合はアミットの人となりとか考え方とか背景を知ってるからイイけどさ。彼女は私の友達だけど、アミットの友達じゃないんだからね。ちゃんと感謝してよね」
アミット 「分かってるって。この国じゃ『ありがとう』と『ごめん』が溢れ返ってるしね。『Thanks million!』『That's grant!』『Thanks, cheers!』ってなモンだし」
鷹瀬 「そんないかにも心が篭っていないアイリッシュみたいな軽々しい口調でお礼を言わないでね……。ちゃんと心から感謝してよね。――そうだ、もしよかったら夕飯作ってあげてよ」
アミット 「夕飯なんてこんなことがなくたって作るよ。トーコの友達じゃないか」
 アミットの行動はアミットの文化に深く根付いているもので、私が彼のために奔走しても友達ゆえに「当然」と思われ、しかし一方で、私の友達が来ることで私がアミットに「夕飯作って」と頼んでも、やはり友達ゆえに「当然」と思って食事の用意をしてくれるのです。
 そして今回のメールでは私の台詞、
鷹瀬 「私は日本人だから、やっぱり感謝すべきところでお礼を言って貰ったら凄く嬉しいし、たとえ相手が礼の必要がないって言っても、感謝したらお礼は言いたいなぁ」
を覚えてくれていたようで、しっかり感謝までしてくれています。
 また喜ぶべきは最後の1文です。アミットの口から(冗談交じりに)インドを誇る台詞「India, Aa-ha!」は何回も聞いており、私すらも日本よりもインドを「偉大なインド」として扱っていましたが、今回ばかりは自分の木目細やかな行動、律儀さ、周到さ、義理人情から来る感情を誇りに思いました。自分を褒め称えるようなこの言い分に「アホか」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、私のこの分刻みの行動はインド人にもアイリッシュにも真似出来ない、勤勉の国・日本の国民性から来るものだと思うので、自国が1番と自負しているアミットからの初の賛辞「japan aa ha! japanese aa ha!」は日本に捧げたいと思うのでした。
 私の病的なサーチ癖と行動スケジューリング能力と無駄な実行力は国民性からは少々ズレているのかもしれませんが、最近、これらは勤勉という名の国民性から来るものなのかも……と思うようになりました。なぜなら、私みたいな(細かい?)人は、日本人の中では時々見掛けるのですが、外人の中には滅多に見掛けないですから……。

【追記】
 本日、家に戻るとなぜかエンジェルがいました……。なんでいるの? 2日前に引っ越したんじゃなかったの?! たった2日間だけの引っ越しだったのっ!?!

【追記2】
 上記の話を受けて、友人から以下のようなメールを貰いました。
それにしても、デジカメとかああいう類は日本って先進なんだ。
日本は何でもかんでも物価が高いという漠然としたイメージしかなかったから
驚いたし、ああいうものを一般人が何気なく持っている環境って
世界では当たり前じゃないのね、というのも改めて認識。

 別の友人からの情報によると、こんな事実もあるようです。
台湾人の子が日本に来て、デジカメ安いって行って買っていったもん。
PCのパーツなんて made in Taiwan が多いのに、
デジカメのような「製品」はまだまだ高いみたいだねえ。台湾でも。

 ふーむ……。
 内部の部品などは台湾や中国で作っているのに、やはり製品になってしまうと日本が1番安くなるというこの不思議……。デジカメなどは特に世界中どこに行っても大半が日本製品ですし……。本当に「この国はスゲェ!」と素直に思います。人の魂を燃やして成果物を作り出しているだけのことはあります。他の国みたいに「片手間に仕事してる」んじゃないんですよネ!
 ……………………それが哀しい原因でもあるのですが……。


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