stay in IRELAND

愛蘭滞在記(5)〜Limerick編@


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 あっと言う間だった3週間のコーク滞在が過ぎ、「シェアフラット探し」という恐らく最大の難関から取り掛かる羽目に陥ったリムリック滞在記録。しかし私にとっては非常に良い経験からリムリック滞在の幕を開けたと言えるでしょう。
2002年7月20日(土)〜8月18日(日)の小見出し一覧
 7/20(土) 最難関のフラット探し  7/21(日) 起死回生か?  7/22(月) 束の間の幸せ
 7/23(火) フラット探しまとめ  7/24(水) 穏やかな1日  7/25(木) 天国から地獄へ
 7/26(金) 戦いの末と大掃除  7/27(土) もしかして親切?  7/28(日) 天国への階段
 7/29(月) アジア風密な付き合い  7/30(火) 共同生活と文化  7/31(水) ヨーロッパの風
 8/1(木) 素晴らしきインド文化  8/2(金) 第三者からの決定打  8/3(土) インド文化再び
 8/4(日) ほぼ家族  8/5(月) フラット暮らしの難しさ  8/6(火) 出会いと別れとハグ
 8/6(火)〜8/14(水) ドイツ旅行記  8/15(木) 密密した空間再び
 8/16(金) 小休憩  8/17(土) 密着チャパティ作り  8/18(日) 生涯最高の誕生日


2002年7月20日(土) 最難関のフラット探し
 リムリックに移ってきてからと言うもの、生きることに精一杯で、とても毎日の日記を書くだけの余裕がありませんでした。現在もなお日記を書く余裕があるとは言えないのですが、かれこれ更新ストップが2週間になるので、無理をしてでもリアルタイムに追い付かせないと、8月の上旬にはドイツ旅行に行く予定ですし、今後ずっと追い付けないような気がして来たので、頑張ってみることにしました。
 本日は30(火)で一応すべてのことが落ち着きつつあるのですが、取り敢えずリアルタイム風に、2転3転する今回の一連のフラット探しについてその時の心情をそのままに記録して行こうと思います。

 さて、そんな訳でリムリックのフラット探しです。
 本日11時ゴルウェイ発のバスに乗って13時にリムリックに到着し、シティセンターからえらく離れたB&Bに一旦荷物を置いたことから本格的なフラット探しが始まりました。

 本日は昨晩電話で見学予約を入れた2件から当たるつもりでしたが、見学できるのが15時以降と遅く、これらのフラットを見学する前にどうすべきか行動計画を練ることにしました。また一方で、ほとんどの物件が情報誌発売翌日に売約済みになる中で、今でも残っているというのはどうだろう……と逆に少々の不安ももたげてきます。
 しかしこの時点で他に情報を持っていなかったので、とにかく手元にある情報を虱潰しにして行くしか方法はありません。
 私に与えられたフラット探しの期間は本日を含めて土・日・月・火の4日。木曜日発行の地元情報誌以外からも情報を集めないと、次の情報誌発行を待っていることは出来ません。

 見学予約件数を増やそうと昨晩の時点で「明日改めて電話してください」と言われた2件に電話しても、2件とも「既に埋まりました」との返事が返ってきて、見学予約すら入れられない状況は変わりませんでした。
 昨日の時点で留守番電話になっていたフラットにも電話を掛けますが、引き続き留守番電話になっているか、「既に埋まりました」の返事がほとんどで、本日新たに見学の予約を入れることが出来たのはたったの1件、そして来週末に改めて電話することになったのが1件。どう足掻いても事態が余り改善しません。
 そして改めて、この土曜日には既にほとんどが売約済みになってしまう木曜日発行の情報誌に載っていながら、1日経っても売れ残っているというのは物件が悪いからでは……との疑惑が強まります。

 その疑惑が決定的なものになったのが、予約を入れることが出来た3件の物件を見たときでした……。
 汚い、古い、狭い、安くない――。もう最悪で……最初に見たのが立て続けにそんな感じだったので、私が思い描いていたような物件を探すことはここでは不可能なのかも……と心底ブルーになります。前回の滞在先ではクモとダニとホコリとの共同生活でもなんのそのだった私がヘコむくらいの汚さですから、本当に凄まじいほどの物件たちでした……。
 何と言いますか、ただ汚いというだけでなく、そこに住んでいる人たちの生活態度が透けて見える荒みようで、家の汚さだけが問題なのではなく同居人の質という意味でも大問題を抱えているような家だったのであります。

 部屋を紹介してくれた大家さんは「今日、君の後にもう1人見学に来るんだ。決めるなら早くしないと、その人が先に決めてしまうかもしれないよ」などと分かりやすい揺さ振りを掛けてきます。こういう手法は全世界共通なのでしょうか……本当に分かりやすかったのです。いっそ面白くなってしまったほどに。
 取り敢えず、「他を見てから考えます」との返事を残しその場を去ることにしました。

 何だかどっと疲れて取り敢えず大学に戻り、地元情報誌以外に情報源を増やさないと、ということで大学の学生課に赴くも、土日はお休み。次回のチャンスは週明けで、「火曜日までに見付かるのか」という緊張感はいやが上にも高まってきます。それに出直して紹介される物件は、大学が学生のために用意したアパート……つまり同居人は学生であることは必須。しかしもう贅沢も言っていられません。学生であれば騒がしいという訳でもなく、騒がない学生だっているでしょう。家を見学すれば、おおよその同居人の質は分かる筈です。まずは実際にフラットを見てみないことには始まりません。
 やはり虱潰ししかないのか……と思いつつ、学生課近辺の掲示板に貼られていたフラットメイト募集の広告に電話をするも、留守番電話か売約済み。情報が交錯して何が何だか分からなくなってしまうので、売約済みの広告を片っ端から捨てて行き、掲示板のレイアウトを見やすく張り替えるワタクシは、少々鬱屈していたのかもしれません。

 さて、この目で見た物件は余りに酷く「対象外」で、学生課は月曜まで待たねばならない。となると、もう私に残された手段は大学近辺の学生アパートエリアを歩き回って、「Room Rent」の張り紙を探して問い合わせをすることと、先ほど見付けた大学近くのショッピングセンターの掲示板に張ってある募集の広告を元に、電話をかけて見学の予約を入れることくらいです。

 最初に大学近辺を歩き回り、実際にフラットの内部を覗けないかと空家に出会うたびに窓から内部を覗き込みます。そんなことをしている内に学生アパートの大家さん(地元民)と知り合い、彼が所有する6人住めるタイプのアパートを見せてもらいました。現在は大学が夏休み中で多くのアパートが空室なので、入居したければいつからでも良いと言われましたが、これがまた酷いありさまで、とてもここで生活する気にはなりませんでした。
 そしてこの先どうやってフラット探しをして良いかのアドバイスを求めるべく、「静かに住める家を探しているんですけど……」と大家さんに切り出すと、こんな不吉なことを言うではありませんか……。
大家 「知っているかい? アイリッシュは really mad なんだよ。(※どう訳していいのか分からないので原文で……) この家には6人住めるけれど、5人が静かに暮らしていても、残りのたった1人が典型的なアイリッシュの学生だったら、もう静かに暮らすことは不可能になるね。毎日他の学生を呼んで深夜……いや、明け方までパーティーだよ。
 ――いいかい? もし静かな家に住みたいなら、ここのエリアは止めておいた方がいい。それに人数が少なくて社会人を募集しているフラットを探した方がいいよ。
 今は夏休みだからいつもよりは多くの部屋が空いているだろうけど、8月末になったらフラットを探すのはとても難しくなるからね」

 ……………………ヘコみました。

 本日は初日なので全く見付からなくても残り3日ある訳ですが、それでも探せども探せども「売却済」か「対象外」ばかりだと、余り悠長に構えることも出来ず、精神的にも追い詰まってきます。

 学生アパートエリア内でのフラット探しを諦め、今度は大学近くのショッピングセンターに向かいます。ここの掲示板には100件程度の広告が張り出されており、その内10〜15件程度がフラットメイト募集の広告でした。


ショッピングセンター内の掲示板

 もう大分この手の電話に慣れて来た私は、その場で携帯を取り出し、片っ端から電話してみます。やはりほとんどが留守番電話か売約済みです……。
 しかしそんな中、たった1件「今から1時間後なら見に来ても構いませんよ」という物件に巡り会うことが出来ました。この物件は「社会人のみ募集」「禁煙」と、私的にも申し分のない条件が掲げられています。もう行くしかないでしょう。丁度私が現在いるショッピングセンターから3kmほど離れているため、歩いて行って周囲を調査するのも良いかもしれません。

 20時過ぎに告げられた住所を訪れると、新興住宅街で外から見ても綺麗な家並みが続くエリアでした。空家の窓から家の内部を覗くと、いかにも新しい感じがする綺麗な部屋です! やた! 漸く巡り会えた!! 普通の家!! 合格基準に達した家!!
 約束の時間までエリア内をくまなく見て周り、約束の時間には指定された住所を訪れます。その家では、いかにも社会人という感じの女性が手際良く各部屋を案内し、他の同居人2人を紹介してくれました。
 案内された家の内部はいわゆる普通の綺麗さで、ここで漸く「検討」項目に入る家に巡り合うことができたのです。
 しかしこれも心底「ここが良い!」という訳ではなく、今まで散々酷い物件ばかり見てきたので、かなり基準が甘くなっているという状況でした。紹介された部屋は、かなり狭く、台所とTVのある居間の隣に位置しており、他の3部屋が2階にあるというのにこの部屋だけ1階で、窓が大きくてもカーテンを開けっ放しにすることが出来ないという部屋だったのです。しかし他に持ち札がまるでないのだから仕方がない、検討項目に入れるしかありません。
 同居人はアイリッシュの社会人3人。4人で住む家にトイレ&バスはたったの1個。これも躊躇する原因でしたが、検討できるほど考えることも出来ず、「もう決めてしまった方が良いのだろうか? それともまだ初日なんだから、もうちょっと見て周った方が良いのだろうか?」と悩みに悩んだ末、結局「ここで躊躇ったらまた売約済みになってしまう」と思い、その場で「決めます!」と言ってしまいました。

 ――ところが、私が「決めます!」と言っても今度は相手が決めてくれませんでした……。
「正直、学生は募集していないのよ。ここは社会人オンリーなの。あなたは日本では社会人だったようだから、一応候補には入るけど……。とりあえず今日、このあとに3人見学に来る予定だから、その結果によって、明日改めて電話するわ」
 ………………彼女は私が彼女の言っていることが聞き取れず、何度も「What?」と聞き返す度に「Oh, God!」と呆れたように言っていたので、恐らく会話の不自由な人と暮らすよりも、普通にコミュニケーションを取れる人が来ればそちらの方が良いのでしょう。
 漸く「検討」範囲内に入る物件に巡り会えたと思ったら、今度は私の語学力のせいでみすみすそのチャンスを逃したようです。正直これにもちとヘコみました……。
 しかし冷静になれば、聞き取れなかった台詞を聞き返す度に「Oh, God!」と天を仰ぐような人と一緒に暮らすのは、私にとっても少々厳しいものがあります。断ってくれて良かったと思ってイイかもしれません。

 結局この日は14時〜21時までの7時間、地図とノートと携帯電話を片手に合計10キロほど歩き回り、収穫は0。B&Bに帰って思わずコークにいる日本人の友達に電話してしまいました……。
「あ……もしもし? トーコだけど……」
と言った瞬間に大爆笑されてしまったのも事態を象徴しています。
「なんかめっちゃ声が暗いんだけど。フラット探し、大変なの?」
 ……客観的に見ても、かなりヘコんでいたようです。


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2002年7月21日(日) 起死回生か?
 さて、20(土)のような初日を経て、気分も暗く本日、静まり返る安息日に再度チャレンジです。
 しかし本日は少々明るい気持ちで家探しに臨むことが出来ました。――と言うのは、今朝、昨日勢い込んで「OK!」と言った物件の家主から電話が掛かってきて、「もしあなたがまだ部屋を探しているならどうぞ」という返事を貰えたからです。
 昨日「OK」と言ったにも関わらず、この返事を聞くやいなや「私の後に3人も見たのに、彼らは全員断ったのだろうか……。ってことはやっぱあの部屋より良い部屋は探せばあるのかな……」と思い、取り敢えず交渉してみました。「もうちょっと観て周りたいので、返事を火曜日まで待ってもらうことは出来ますか?」と聞くと了解してもらえたので、「最悪、あの部屋に住む」という行く先が決まった状態で部屋探しが出来ることになったのです。

 昨日見たショッピングセンターの掲示板は昨日の今日なので取り敢えず後回しにして、今度は別のショッピングセンターに赴きました。こちらの方が規模が少々大きいので、掲示板も大きいのではと期待して行ったのですが、掲示板の件数は昨日のショッピングセンターの3分の1程度で、フラットメイト募集はたったの3件しかありませんでした。そして、勢い込んで電話しても1件は留守番電話で残り2件は売約済み……。仕方がないので、留守番電話に「まだ決まってなかったらお返事ください」とのメッセージを残し、昨日既に見た約3km離れたショッピングセンターの掲示板を目指しました。

 昨日見た掲示板はほぼ昨日と同じ募集しかなく、昨日は「ここは遠いから……」と除外視していた物件に改めて電話してみましたが悩む間もなく「Already gone.」。
 そもそもこの掲示板、次回はいつ新情報が追加されるのか、カスタマーセンターまで行って問い合わせるも、「あの掲示板は定期的に更新する訳ではなくて、個人が好きな時に特定の用紙を貰って、それに記入して貼っているだけなのよ」とのお返事。
 待つしかないのか……でもいつまで……? やっぱあのテレビのある居間の隣の1階の部屋で決定?というブルーな気持ちになりつつ再び掲示板に戻り、再び端から舐めるように見ていると、見落としていたらしい掲示が追加されていたので、電話を掛けることにしました。しかしこの広告、情報の書き方が大雑把でなんだか気乗りしません。記載されている住所も地図で調べても載っておらず、「どこだよ」と思いつつ掲載されている2つの電話番号に掛けるも、どちらも通じず。再びノートに×印をつけ、しばらく脱力して掲示板の前に居座っていました。

 そのうち、既に電話を掛けた情報とそうでない情報が交錯して分かりにくくなってしまったことに加え、やることもなくなったために、掲示板に貼られた100件近い情報を、「仕事募集」「イベント通知」「アパート入居者募集」「ベビーシッター募集」「売買情報」にジャンル分けし、それぞれの情報を分かりやすいように勝手に配置換えをし出していました。

 そんなこんなで30分ほどその場に立ち尽くしてねちねちと情報カードの配置換えをしていると、2人組のアジア人(インド&バングラディッシュ)に「部屋を探しているの?」と話し掛けられました。そうだと応えると、私が先ほど電話して通じなかったフラット情報を指差して、「これ、僕たちがさっき貼ったヤツだよ」と言うではありませんか。「さっき電話したけど通じなかったよ」と応えると、携帯を取り出し「コレ君の番号?」と表示画面を私に見せ、「丁度買い物中で気付かなかったのかも」と言うことで、キラキラした目でこの物件を推薦し始めました。
「もし君が部屋を探しているなら、この物件は本当に素晴らしいよ。この家は5人住める家なんだけど、新築で、今週末にオープンするんだ。今丁度4人決まっていて、残りの1人を探していたところなんだ。僕たちは静かに、綺麗に住みたいと思っていたから、実は出来ればヨーロッパ人ではなくて、アジア人を探していたところなんだ。僕も先月アパートを探していたんだけど、ここら一帯は汚い家か、綺麗でも高い家しかないだろう? だから仲間を集めて1軒家を丸々借りて、最低限の家賃で静かに綺麗に生活しようと思っていたところなんだよ! まだ鍵がないから中には入れないけど、外観だけでも今から見に来るかい?」
 観に行きますともっ!

 道すがら、私が現在B&Bに泊まっていることや、弱味を見せないために既に何件か検討している部屋があることを匂わせたり、静かな家を探していることを話したりすると、ますます「是非!」という感じになり、実際家に到着して外観を見たときには、「マジで?」と思うくらい綺麗で大きな家でちょっと興奮してしまいました。
 現在5部屋のうち3人が既に部屋を決めており、残っている2部屋の中でなら先に選んでも良いとのことです。

 このあとに現在彼らが住んでいる同じ作りの家の内部を見せて貰いましたが、私が選べる2部屋は、どちらも素晴らしかったのです。1つは10畳ほどある部屋ですが1階で台所と洗濯場の横にある部屋。もう1つは8畳ほどなのですが、一部屋根のため天井が傾斜になっていて、少々手狭に感じる(けど広い)2階の部屋。当然既に埋まっている3部屋は更に広くて綺麗なのですが、まぁそれはオーナーたちの部屋、ってことで、良いです。
 心配していたバス&トイレも5つの部屋にそれぞれトイレがついていて、うち2部屋はバスもついていて、中央にメインのバスが2つ。つまり、5人の人間に対してトイレ5個、バス4個完備! しかも台所も居間も広いし、現在彼らが使っていてもめちゃめちゃ綺麗! これで、彼らと生活するのも大丈夫そう……と心底思いました。しかも洗濯機はドライヤーまで完備!(普通はドライヤーはない) しかも部屋は机完備!!(普通、机はない) コンセントも1部屋に4つ!!(普通2つ程度)
 しかもロケーションもショッピングセンターまで歩いて5分、学校まで歩いて20分と最高で、物理面は文句のつけようがありません。
 しかもしかもしかも、月230ユーロ(約2万7千円)! 同程度の家で通常300〜390ユーロなので、本当にお買い得物件であることは間違いないでしょう。彼らが募集を始めたのが今日で、しかも出来ればアジア人を探していたと言うのも魅力です。

 最初は住んでいるのが全員アジア人ということで少々迷いましたが、インド、バングラディッシュ、南アフリカ、あとどこか……と、国籍がだぶらないため、皆英語を話すしかなく、しかもこちらがたどたどしい英語を話しても、同じ外国人という立場の者同士、親切に話を聞いてくれるので却って良いかも……と思い始めました。
 男3人、という時点でも少々怯みましたが、最後に来る南アフリカ人は女性なので、私が決めれば男3人、女2人でまぁ良いか、と。しかもアイリッシュやスパニッシュの女性よりもよほど綺麗に生活しているので、大丈夫か、と。
 結局このあとに感じの良いアイリッシュの女性2名が住む綺麗な家を見つけましたが、残念ながら私に宛がわれた部屋はとても小さく、やはりこの家ほど環境が整っている家には巡り会えないだろうということで、ここに決定するに至ったのであります。

 以上をもってフラット探しは幸運にも2日間で幕を閉じましたが、今から思うと、最初のあてどない思いを経験できて本当にラッキーでした。ああいう思いをしないでこの物件に巡り会っても、きっとどこかで現実を知らないがゆえの文句が出てきてしまうと思うので、散々汚い家を見たのも良かったと思うし、散々狭い部屋を見たのも良かったと思うし、合計60件ほど当たっては砕け、砕けては当たった経験も出来て、歩き回ったお陰でここら一帯の土地を完全に把握できたのも良かったし、アパートの値段の相場を知る機会がもてたのも良かったし、しかも最高と思える物件に最終的に出会えたという幕引きで、この一連の出来事は完璧と言えるでしょう。
 動き続けることと諦めないことは大切なんだなぁ……と骨身に染みたのも貴重な経験でした。

 と言うことで、7月26日(金)から最低でも今年度末まで、もしかしたら留学最後まで、このフラットに定住します。

 B&Bは今週の火曜日までしか宿泊できず、無駄なお金を使いたくないけれども水・木の滞在先がないという状態で、彼らが現在住んでいるアパートの空き部屋に泊まって良いとのことでしたが、なにせ男3人で部屋に鍵がない状況なので、素直に「ありがとう!」とも言えず……。こちらがビビっているのを知ってか、とても気にしてくれて「僕たちは紳士だから大丈夫だよ」と言ってくれてはいるのですが、たとえ下心があったとしても「僕たちは狼だよ」とは普通言わないでしょうし……。
 誠実そうな感じではありますが、それでも信用するには日が浅すぎるし、それにやっぱ鍵がないってのはちょっとどうにもこうにも……。なので、「ごめん、信用してない訳じゃないけどちょっとやっぱ止めとくよ」ってことで、お世話になっている会社に寝泊りすることが出来るかどうか頼んでみたらOKを貰えたため、そこに2日間滞在することになりました。

 ふう。


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2002年7月22日(月) 束の間の幸せ
 部屋が決まって一気に余裕が出来たので、市内を回って今後必要になるであろう生活用品の価格調査に乗り出しました。基本的に「安くて良いものを探す」という行為が好きなので、この価格調査はとても楽しかったです。
 今週末から入る家は新しい家で同居人が同時期に一斉入居するため、基本的な生活用品が揃っておらず、その分の出費は覚悟しなければならないかもしれません。まぁ5人のうち3人が友達で、私以外の残りの1人も同じ職場の仲間らしく、言わば私だけが余所者なので、同時期の入居は望ましいのかもしれませんが。

 実は未だに、最後に見たアイリッシュ2人が住む家に決めた方が良かったのかな……という思いもあるのですが、やはり机も置けない部屋と、2人泊まっても余裕の広い部屋では、どうしても後者を取ってしまいたくなるのが人情で、揺れる思いを持て余したまま本日1日を過ごしていたのであります。


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2002年7月23日(火) フラット探しまとめ
 せっかくだったので、フラット探しの際に得た情報をまとめてみました。詳細はこちら。物凄くコアな情報のため、こんなものをまとめても何の役にも立たないと思いますが、取り敢えず私の趣味を兼ねて……。そしてもしアイルランドでシェアフラットを探す方がいらっしゃれば、そのお手伝いを……と言うことで。

 明日から新居に入る金曜日までの間、お世話になっている会社に寝泊りさせてもらいます。


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2002年7月24日(水) 穏やかな1日
 午後に同居人になるバングラディッシュ人のザックから、
「新居の鍵が手に入ったので明日、下見に来るといい。メンバーは揃ったので、予約金さえ払えば明後日から入居できる」
との連絡が入りました。
 明後日からの生活を夢見てのほほんと1日を過ごしていました。


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2002年7月25日(木) 天国から地獄へ
 さて、いよいよ念願の新居内部見学です。「この家と同じ作り」という彼らが現在住んでいる家は見せてもらいましたが、実際に私が住むことになる家の内部を見るのは本日が初めてです。
 ここで同居人になるメンツ一同が会したため、国籍やその他の詳細は後に分かるのですが、取り敢えず7月31日の時点で分かっている情報で人物紹介をしておきます。しかし日記の方には当時の素直な印象、感想を書き連ねておきます。最初のうちは名前すらおぼつかなかったので、彼らの個性を見極めることは出来ていなかったのですが、それでも単なる記録として……。

同居人紹介
名前 性別 国籍 初見から1週間後の備考(→1ヶ月後の追記)
ザック
28歳?
バングラディッシュ 家を借りた代表者。一見誠実そうに見えたけれど途中疑い、今ではやはり良い人なのかと……。
→悪い人ではないけれど、ちょくちょくズルさが垣間見えるような……。でも弱い。
アミット
23歳
A型
北インド 大学院生(今秋10月末に帰国)。一見静かそうに見えたけれどとても陽気で、国で待つ婚約者を一途に思う好青年。帰国を指折り数えて過ごしている。
→料理上手で歌と踊りが大好き。頭が良くて話題が豊富。
サラ
30歳
AB型
南インド ザックの部屋に一時的に居候。一見胡散臭そうに見えたがかなり人懐こく話し好きで、綺麗好き。彼のお陰でフラット暮らしが物理的・精神的に快適に。
→8月19日に引越し。
ナズ
38歳
バングラディッシュ 一見大人しそうに見えたが人懐こく親切で、頻繁に夕飯を振舞ってくれる。人間(女の子?)が大好きらしい。
→煩い・汚い・常識ない、の3重苦で、かなり鬱陶しいんですけど……。
キャル
28歳
A型
南アフリカ 肝っ玉母さん系で結構チャッカリしているが愛情深い。既に立派な1児の母。8月末から彼女の旦那さんと娘(5歳)が加わる。
→良い時もあり、悪い時もある。共有の物を私物化したり厄介な時もあり。ザックも彼女には何も言えないらしく、ある意味この家のボスではないかと……。
※注:サラ以外、同じ職場の仲間
 正直最初は本当に疑っていましたし、戸惑うことが多かったのですが、今(1週間後)ではだんだん慣れてきて、彼らの文化を知るのが楽しく、快適に過ごしています。私が根からのインド映画・音楽&文化が好きということも良い要因なのかもしれません。
 勿論もしかしたらこれから嫌なことがあるかもしれませんが、そういうことはどこのフラットにもあることなので、私は自分のフラットが1番だと思っています。そしてこれは恐らくサラの負うところが大きいんだろうなぁ……という感じです。しかし彼もそろそろ新天地に赴くようで、彼が去ってしまうのが寂しいです。サラがいなくなると家の雰囲気は大分変わるんだろうなぁ……。
→8月19日にサラが去り、予想通り家の雰囲気は大分変わりました。今までサラが掃除していたため気付かなかった面が浮き彫りになり、かなり苛々する場面も出てきています。しかしそれもまたフラット暮らしの醍醐味かもしれません。他人との共同生活のイザコザを満喫したいと思います。

 私は本日の時点でザックとアミットが一緒に住む同居人だということしか知りませんでした。家を探している時に声を掛けてきたのはサラとザックで、その時にサラから「僕はこの家には住まないから。ザックとアミットと、もう1人別に友達がいて、その3人と、あと南アフリカの女性が加わるよ」と言われていたのです。

 この時点では彼らの国籍もよく分からず、「一体誰と住むことになるんだろう」という基本的な情報が不確かな中、不安はそれだけではありませんでした。実は最初の段階で「家賃は月230ユーロ」と言われていた件に関して、私的に気になっていることがありました。と、言うのは5部屋あるうち良い部屋は既に仲間内の3人(ザック、アミット、ナズ)で確保済み。このうち2部屋はバス・トイレ付きの部屋です。通常大家が別にいる場合は、バス・トイレ付きの部屋とそうでない部屋の値段は多少違ってくるのですが、今回は家を借りた代表者ザックがバス・トイレ付きの部屋を選んでいる……ということは、一体彼らはいくらで部屋を借りているのでしょう……。
 どちらにしても月230ユーロは安いので良いことは良いのですが、それでも一緒に住むことになる相手なので、信頼関係という意味でも基本的な点に関してはハッキリしておいて欲しいなぁ……と思うのです。

 もしかして「日本人だ、良いカモだ」なんてことで、ちょろまかされたりしているのかなぁ……。
 そんなことを勘繰りつつ、家の前で約束の時間に待っていてもなかなか彼らが現れません。仕方ないのでうろうろと家の周囲を歩き回り、窓から覗ける範囲で家の中を確認すると非常に良い感じです。私は選んで良いと言われた1階の大きな部屋と2階の部屋と、どちらにしようかと少々ウキウキしながら彼らが現れるのを待っていました。

 すると最初に現れたのは彼らではなく初めて見る男性で、この家の持ち主、ザックに家を貸したアイリッシュのオーナーでした。
 鍵を持って現れた彼が、「ああ、君がザックたちと一緒に住むメンバーかい? 部屋を見たい?」ということで幸運にも先に家の内部に入ることができました。私は自分が選んで良いと言われた部屋以外にも興味があったので、全部屋を覗かせてもらいましかが、ここで第1の問題が起こりました。
 ――部屋の数が1つ少ないんですけど……。4つの大きな部屋と、1つの小さな部屋……。確かに21(日)に見せてもらった彼らが現在住んでいる家と同じような作りではありますが、全く同じではありませんでした。バス・トイレ付きの部屋も2部屋と聞いていましたが1部屋で、バス4つ、トイレ5つと聞いていたのに、バス、トイレ共に3つです。しかも、部屋には机が備え付けてあるとの話でしたが、どの部屋にも洋服タンスはありますが、机がありません。
 ……………………話が違う……。取り敢えず、本当に私は「選んで良い」と言われた部屋を選ぶことが出来るのでしょうか?

 いきなり不安になります。
 不安ついでにオーナーにこんな質問をしてみました。
鷹瀬 「……あの、この部屋か1階の部屋を月230ユーロって言われたんですけど、じゃあこのen-suiteの部屋はいくらなんですか?」
オーナー 「うーん……僕はザックに家を丸ごと貸してるに過ぎないから、その後、各部屋の価格設定は知らないんだよ。それはザックに聞いてみて」
 ……………………うーん……大丈夫なのかなぁ……。

 私が不安がっていると、ザック、アミット、サラが現れ、「やあ」と軽く挨拶をするやいなや、各部屋を確認すると良い部屋から「ここは僕の部屋だ」と言わんばかりに、ベッドなどの配置換えをし出しています。
 取り敢えずこの家を借りた代表者であるザックに「私、この2階の部屋を取ることにしたから……」と弱々しく告げると、この家には住まないと言っていたサラが「この部屋はアミットの部屋だよ」と言うではありませんかっ! ええ?! そんな……っ。
鷹瀬 「でもザックが、『この部屋か1階の部屋のどちらかを選んで良い』って言ったもの!」
ザック 「ダメだよ。アミットが先に決めるんだ。アミットが下を選べば問題ないけど」
サラ 「でもナズはどうするんだ? あの残りの部屋は小さすぎるよ」
鷹瀬 「この部屋か下の部屋のうちから選んで良い、って言うから決めたんだから……。あの部屋で230ユーロは高すぎる!」
 もうこっちも必死です。
 こっちが拙い英語で訴えるも、彼らは彼らだけで物凄い速さの英語で遣り取りしており、何を言っているのかサッパリ分かりません。しかし揉め事系の口調であることだけは伺えます。くっそう……英語が出来ないと本当に不安な目に遭います……。

 現在宿無しの私にとって、また1からフラット探しをするのは非常に厳しく、明日から新居に入れるという前提ですべての行動をしていたことも相俟って、もうこの家で押し通すしかありません。「この野郎、騙しやがったな……」という恨みがましい視線をザックに一心に注ぎ、私は私に与えられた筈の部屋から一歩も退かずに踏み止まっていました。ザックも騙すつもりではなく、本当にこの家の構造を勘違いしていたのでしょうか? 気まずそうな顔をして私の様子をちらちらと伺っています。
 すると1階の部屋を確認していたアミットが「僕はこの部屋にする」と言ったため、「1番広いen-suiteの部屋がザック、その隣の大きな部屋がナズ、その正面の部屋はトーコ、1階はアミット」とそれぞれ大きな部屋4つが埋まりました。残る小さなあの部屋に、南アフリカの女性が入るということなのでしょうか……。

 何も解決していない状況でしたが、オーナーがザックを呼び、契約書を提示したことで、ザック、アミット、サラ、私の4人が居間に集まりました。居間も広く綺麗だったのですが、そんなことに感動している余裕はありませんでした。オーナーが早口で契約内容を読み上げ、最初の1ヶ月分の家賃および1ヶ月分の保証金を払うことで契約が成立する、という旨を話しています。
 ここで第2の問題です。2ヶ月分の合計として、今、オーナーってば「2200ユーロ」って言いませんでしたか? 1ヶ月分1100ユーロで5部屋なら、1部屋220ユーロなんじゃないですか? しかも普通en-suiteの方が高くなる筈なのに…………ちょっと〜〜。
 眉をしかめて契約書を見ていると、気まずそうに目を伏せるザック。気まずそうというのは騙したことに対しての気まずさなワケ? 私、この人たちと住むことになるのでしょうか……。めちゃめちゃ不安なんですけど……。

 もう不安で不安で堪らないというのに加え、同居するという筈の南アフリカの女性が現れません。私がオーナーのいる前でザックに「もう1人来るって言っていた女性は……?」と聞くと、オーナーが、「そうそう、結局この家は何人で住むんだい?」と私の知りたかったことを質問してくれます。
ザック 「僕とアミットと、もう1人僕の友人と、トーコと、あと南アフリカの女性とその旦那が住みます
 ぅわおう!? この期に及んで新事実! え? 何、旦那さんって。5部屋5人じゃなくて、5部屋6人だったの?! 何ソレ聞いてないよ〜っ!!
 もう動揺レベルがMAX値に達した時に、とどめの如くいきなり現れた問題の南アフリカの女性キャル。
キャル 「ハーイ、ザック! あら〜素敵な家じゃない!! 部屋を見せて貰うわよ。――あら! この部屋バス・トイレ付きなのね! 私、ここにするわ! え? あなたの部屋なの?! お願いっ! 私に使わせて! お願いったら!! ……そう、じゃあいいわ、私はここに決めたわ! え? この部屋はナズの部屋なの? じゃあ私の部屋は一体どこなのよ! え?! この部屋? ダメよ、この部屋は小さすぎるわ。私は夫と住むのよ。この部屋は1人の人間しか寝泊りできないわ。私はここ! ここに決めたわ!」
 ……うわ〜……事態は解決するどころかますます泥沼……。ひ〜え〜……。
 結局キャルはアミットが確保した1階の部屋に決めてしまい、ではアミットはどうするんだろう……と何も解決しないまま、家から出ることになりました。
ザック 「トーコ。明日から入るなら予約金と1ヶ月分の家賃、合計460ユーロ払って貰わないと」
 この状況でお金払うの、物凄く危険な気がするんですけど……。しかし払わないと明日から入居できない。もう一体どうすれば……。
 取り敢えず第三者のオーナーがいる前で2〜3回、「ザック、私はあの2階の角の部屋を選んでいいのね?」と確認し、何かあったらこのオーナーに相談しようということで、オーナーの目の前で460ユーロを支払うことにしました。

 この時点で分かったことですが、私を除く全員が同じ職場で働く仲間で、その仲間を差し置いて赤の他人の私があの味噌っかすの小さな部屋以外を獲得できるのでしょうか……。本日は結局ナズというまだ見ぬ同居人が現れなかったために、暫定的に「一番小さな部屋がナズ」ということになってしまいましたが、明日の入居時にナズがあの部屋に納得するのでしょうか? 他の部屋に比べて半分程度の大きさしかないあの部屋に……。

 唯一の救いはキャルが完全にザック側の人間ではない、ということです。単に同じ職場で新しい家を借りる際の人数合わせのために声を掛けられた人のようなので、私ほど地位が低い訳ではありませんが、彼らとグルになってどうこう……ということはないと考えて良さそうです。
 家を離れてキャルと私はシティセンターに向かったのですが、彼女も仕事のオフ日の関係から明日早めに入居したいらしく、明日2人で家に入ろうと持ち掛けられました。地獄に仏、という感じでしょうか……。

 しかし天国のような幕開けから一転し、疑心暗鬼のバッドムードの中フラット生活を開始しなければならないようで、精神的にどっと疲れました。明日の入居が恐いです。


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2002年7月26日(金) 戦いの末と大掃除
 午前10時――キャルから「これから家に行って荷物を運び込むからいらっしゃい」との連絡が入りました。11時半に家の前、との約束をして現地に駆け付けます。
 この時点で私が希望する部屋を獲得できているのかどうかの確信がないため、出来るだけ早く現地に赴き、部屋の鍵をゲットするか、部屋に荷物を運び込んでしまうしか手がありません。しかし私が幸運にも部屋の鍵をゲットできたところで、この家の借り主はザックなので、いざとなったら追い出されるのは目に見えているのですが、彼らとしても部屋の借り手がないのは個人負担が増えるので、出来れば私を逃したくない筈です。一方で、既に私は2ヶ月分を払っています。……う〜ん……難しい……。

 11時に家の前に着き、キャルを待ちますが、約束の時間になっても現れず、まぁ外人との約束なんてこんなもんだろう……と諦めムードでひたすら待ちます。
 12時を過ぎた頃にキャルより先にオーナーが現れ、次いでキャルが現れます。オーナーによると、これからザックたちも来るようです。彼らは私たちが早めにこの家に来ていることを知らず、ああもうどうなるんだろう……という気持ちがどんどん強まります。

 しかし不安に慄く私とは対照的に、オーナーが現れたことを「あら〜ラッキーだったわね!」とばかりに彼から難なく鍵をゲットし、部屋に荷物を運び込むキャル……。体格もガッチリしている1児の母のキャルは、本当に恐いものなしに見えます……。
 たまたま居合わせたオーナーに自分が今住んでいる家から新居に荷物を運び込むのを手伝って貰ったり、運び込んだ荷物の整理や家具の配置替えに何の気負いもなく私を使ったり……とにかく周りを巻き込んでどんどん自分の要望を叶えて行きます。……凄いなぁ。
 私も負けじと自分(のものになる予定)の部屋の掃除や模様替えを試みようとするのですが、取り掛かろうとすると1階のキャルに呼ばれてしまって、なかなか自分の作業が進みません。それが堪らなく嫌という訳ではないけれど、外人との共同生活ってのはこういうことの積み重ねなのかなぁ……とぼんやり思いつつ、しかしこの心細い家の中で出来ることなら彼女と良い関係を築き上げてゆきたい私には、「とにかく手伝う」という選択肢以外は用意されていないのです。

 キャルの部屋が着々と落ち着き、私も自分の部屋を今出来る範囲で綺麗にし、キャルが洗濯場を掃除し始めたので、私は台所の掃除に取り掛かっていると、一足遅れてザック、アミット、そして初めて見るナズが現れました。私たちが既に家の中にいることに対して焦ったような顔をするザック。
 嫌だなぁ、これからどうなるのかなぁ……と心配しているとキャルが現れ、気まずい沈黙を全く気にした様子もなくザックに話し掛けています。……やっぱ強いなぁ……ってか、彼女には別に不安材料はないのか……。
 ザックは私が手にしている鍵と、部屋に運び込まれた荷物を見て、疲れたように笑って「Are you happy?」と聞いてきます。
 ……き、気まずい。しかしこれは、私があの部屋をゲット出来たということなのでしょうか……?

 さて、いよいよオーナーに1ヶ月家賃と保証金の合計2200ユーロを払う時が来ました。するとキャルが眉をしかめ、「トーコ、ちょっと……」と私を外に呼び出します。
キャル 「この家全部の家賃って1ヶ月1100ユーロなの? あなたは月いくらって言われてるの?」
鷹瀬 「私は月230だけど……キャルは?」
キャル 「……そう、私は220って言われていたんだけど」
 ああ、やはり私からは多少多めに取ってやれ、ってことだったのか……。ふーん……。嫌な幕開けだなぁ……。
 私とキャルが表でひそひそやっていると、そこにザックが現れました。
ザック 「家賃の件だけど、月235になったから。トーコはあと10、キャルは30払って」
キャル 「何それ、どういうこと?!」
ザック 「2階の一番小さな部屋、あそこにアミットが入ることになったから。あの部屋は同額に出来ないだろ。他の4部屋は235で、あの部屋は160。もしもあの部屋に誰かが入るなら1人220だけど、今は誰も入っていないから1人235だよ」
キャル 「じゃあ誰か入れば220に戻るのね?」
ザック 「そうだ」
キャル 「今は持ち合わせがないわ」
ザック 「今払えないなら、僕たち全員今日この家に入ることは出来ないよ」
キャル 「トーコ、ちょっとお金貸してくれない?」
鷹瀬 「……あ、ハイ」
 弱い立場にいます。
 正直、私はこの遣り取りが分かりませんでした。「今は誰も入っていないから」って、今、アミットが入っているんじゃないんですか? 喋るスピードが速くて私が彼らの会話を正確に理解できていなかっただけなのかも知れませんが、それでも事態が把握できず、騙されている感覚は拭えません。「誰かが入れば220に戻る」ってどういう状況なのでしょう? あの小さな部屋に今後入る人からは220取るつもりなのでしょうか? どうしてキャルが納得しているのか、それもよく分かりません。
 唯一良かったのはキャルが私と同様にザックに対して不信感を抱いたことです。私は最初から吹っ掛けられていたため月5ユーロアップしたに過ぎませんが、彼女は月15ユーロアップしたのですから。
鷹瀬 「ごめん、私、今の会話が理解できなかったんだけど……」
キャル 「後でハッキリさせる必要があるわね。とにかく私たちは掃除を終えて、後で買い物に行きましょう。彼らは彼らでやるといいわ。私たちは私たちでモノを管理しましょう」
 本当に、キャルがいてくれたお陰で大分安心できる事態になっていることだけは確かです。部屋の模様替えを手伝うくらい何でもありません。

 ――こうして家賃騒動に関しては表面上は落ち着きましたが、次の山場は来月の支払いの日と、光熱費の支払いの日でしょう。今から少々ブルーです。

 台所に戻って掃除を続けていると、ザックがよろよろと現れて薬を飲んでいます。何だか顔色も良くない気がします。(肌が浅黒いため顔色は正確には分からないのですが……) 現時点でとても信用できない相手ではありますが、同居人でしかも家の借り主です。出来れば上手くやって行きたい。表面上だけでも。
鷹瀬 「……どこか悪いの? 疲れているみたい」
ザック 「はは……そうだね……。疲れているし、頭痛がするんだ……」
 ………………何でしょう……こちらの勝手な想像かもしれませんが、何だか彼の疲れた様子は、「上手く日本人から10ユーロ多めにせしめることが出来たと思ったら、部屋は足りないし、結局家賃はバレちゃうし……。上手く行かないもんだな……」という感じが滲み出ている気がするのですが……。
 なんだかこの人、しょせん騙すとしても小さいチョロマカシ程度しか出来ない気がします。考えてみれば、もし本格的に私を騙そうとするならば、少なくとも私の目の前でオーナーと家賃の話などするべきではなかったし、キャルとも口裏を合わせる程度のことをしておくべきだったでしょう。彼のやっていることには穴がありすぎますし、しかも彼が今体調が悪いのは、恐らく今回の1件のストレスによるものなのではないでしょうか。そう考えると、この程度のことでストレスを感じること自体、そんなに悪い人ではないのかもしれません。
 完全に安心は出来ませんが、もしかしたらそんなに危険な状況ではないのではないかと、そう思えてきます。

 気持ち的に少々落ち着いたことに加え、喜ぶべきはキャルが綺麗好きということでした。2人で家を片っ端から掃除をして行き、まずは洗濯場と台所が見る見る綺麗になって行くのは、心の平安に加速を掛けます。
 私は日本基準では「普通の綺麗好き」でしたが、ここでは「相当な綺麗好き」に属してしまいます。その私の基準を満たした台所に生まれ変わるのを見ていると、自分色に染まって行く我が家が愛しい感じです。掃除も余裕があればこんなに楽しいことなんだ……という感じで、基本的な生活の中にある幸せを噛み締めています。

 掃除を一通り終え、生活に必要な最低限の物を揃えるために、キャルと一緒にシティセンターに向かいました。
 シーツ、枕、布団など、痛い出費がかさむのは最初は仕方ないことかもしれませんが、やはり痛いものは痛い。それはキャルも同様なのですが……。
キャル 「今日中にどうしても寝具を揃えたいんだけど、持ち合わせがないのよ。20ユーロ貸してくれる?」
鷹瀬 「……あ、ハイ」
 弱い立場です。どうして「貸したくない」などと言えるでしょう。
 先ほどの家賃30ユーロの貸しもありますから合計50ユーロの貸しです。しかしこの時は別に何とも思っていませんでした。「持ち合わせがない」というのは、あくまでも「今」持っていないというだけで、街には24時間手数料無料で引き落とせるATMがいくらでもあります。いつだって返して貰えます。……貰える筈です、物理的には。

 一方で、生活を始めるに当たって最低線必要なもの、例えばトイレットペーパー、洗剤、食器カゴ、食器拭き、スポンジなどの価格調査をして明日の本格的な買い物に備えます。
鷹瀬 「洗剤とか皆で使うものは共同購入して、シェアしない?」
キャル 「彼らは彼らでやるし、私とあなたは2人だけでやりましょう。トイレットペーパーは自分の部屋で管理するのがいいわ」
 ……え? トイレットペーパー、自室管理なんですか……? しかも食器カゴとか、彼らと私たちで分けて使うのは不可能だと思うんですけど……。

 何だか期せずしてサバイバルちっくな生活をする羽目に陥っているようで、まぁこれも面白いと言えないこともないかな……という感じです。
 とにかく今回の1件に関してはヘコむ場面も多々ありましたが、それでも最悪の事態にならずに済んでいる己の幸運を噛み締めています。

 ――こんな訳で「どんな状況に陥ってもどうにかやって行ける」という感覚は日増しに強くなっている気はするのですが、一方で英語のレベルが伸びた気はしないので、その意味では深刻に焦っていますが……。英語の勉強に宛がうべき時間を、生きる勉強(実践込み)に宛がっているというのが現状でしょうか。
 しかし彼らの会話が完全に聞き取れないために随分不安な思いもしていますから、彼らの言動一挙手一投足を見逃さないように、金勘定絡みの話の時にはいつも以上にヒアリングに集中しなければならないなど、英語の勉強がモロに私の損得に直結しているのは、ある意味良いことかもしれません。

 物事を解決する上での言葉の重要性を思い知る一方で、事態を解決する能力は単に言葉だけの問題ではないということも実感しています。

【追記1】
 この日の買い物の後に私の全荷物を新居に運び込んだのですが、その際には私の重い荷物の運び込みをキャルが積極的に手伝ってくれて、私を気軽に手伝わせるけれども、同時に気軽に手伝ってくれる彼女に、「ああ、これが文化の違いなのかなぁ……」と思ったのでした。

【追記2】
 キャルは「2人でシェアしましょう」と言っていましたが、やはり洗剤や食器拭きなどは全員でシェアする方が効率が良いだろうということで、駄目元で本日購入してしまったもののリストを下記のように作り、レシートを添えて、食卓の中央に置いておくことにしました。

Let's share it!

The joint purchase list
A liquid detergent
Sponges(×6)
Trash bags(×10)
Vacuum bags(×5)

Total
2.35
1.00
1.27
5.05

9.67

 ………………このメモ書きを作るに当たって、「共同購入の方が効率が良いと思うのですが……」とか「既に買ってしまったものの代金を支払って欲しいのですが……」とか「今後××などを購入しようと思っているのですが、いかがでしょうか?」など、明日に備えての言い回しを一晩中布団の中で辞書を引き引き調べていました。
 そう言えば昨晩は騙されていた場合に備えて、「あなたは私を裏切ったんですね」とか「同じアジア人と思って信頼していたのにとても残念です」とか「既に支払ってしまった代金を返してくれないならオーナーに相談します」とか、そんな言い回しを散々調べていたっけ……。
 偏った勉強はしているんですけどね……。


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2002年7月27日(土) もしかして親切?
 本日何気に朝起きて台所に行くと、「僕は一緒に住む訳じゃない」と言っていた(ような気がする)サラが食卓について寛いでいました。その姿はどう見てもシャワーを浴びたばかりで……。
 ……………………え? 彼って住人だったの? あのすみません、この家は結局一体何人で住む家なんですか……?
 もう既に何があってもおかしくない状況ではあるのですが、それでもやはり寝起きにコレは厳しい。朝からいきなり戸惑います。

 サラは私が昨晩こっそり置いておいた「共同購入リスト」をふーん、という感じで眺め、「コレ、君が買ったの?」と聞いてきます。
鷹瀬 「そう。これがレシートで、台所のシンクの下に全部置いてあるから……」
サラ 「ああ、そうなんだ。ありがとう。じゃあ10ユーロってことで、各部屋ごと負担ってことで。ザックと僕の部屋から2ユーロね」
 うわっ、人数(7人)じゃなくて部屋数(5部屋)割りですかっ! 機転利くなぁ〜もう〜感心しちゃうゼッ!
 9.67ユーロを「10ユーロ」と大らかに丸めたその姿勢と金払いの良さ、そして何よりもお礼を言ってくれた人間性には少々心動かされますが、「7ではなく5で割った」という事態のコズルイ印象はなかなか払拭することが出来ませんでした。この調子だと光熱費も部屋割りとか言い出しそうで恐いのですが……。
 キャルはキャルで昨日の50ユーロに引き続き、2ユーロを「持ち合わせがないのよ」と払ってくれません。2ユーロって約240円なんですが。ふぅ……。

 取り敢えずこの時点では、目の前のサラがザックの部屋に住んでいるのかどうか、住むつもりなのかどうかも分からず、「一体誰がどの部屋で暮らしているの……?」という基本情報すら覚束ない、少々呆然とした感じで生活を始めており、不安も慢性化しています。一度きちんとした形で不安を解消させたいとは思うのですが、私も早々に生活環境を整える必要があり、そういう漠然呆然曖昧模糊とした気持ちを抱えつつ、キャルと共に昨日の掃除の続きを開始します。

 男連中は仕事に赴くも、キャルは本日がオフで私はプー太郎ということで2人で昼食の時間も忘れてひたすらに掃除をしていましたが、彼女がお腹がすいたと言うことで、彼女が前に住んでいた家に食料品を取りに行くことになり、当然のように私も手伝いに同行します。こういう行為はこの時点でほぼ当たり前で、英語が不自由なことも手伝って「よく分からないけれど、気が付いたら手伝っている」というのもほぼ慢性化していました。
 重い食料品を抱え、再び我が家に戻ってから、彼女は食事を作り、私は掃除を続けていました。私は昼食を取るつもりはなく、彼女が食事を作り終わっても黙々と掃除を続けていましたが……
キャル 「トーコ、食事の時間よ」
鷹瀬 「え? 私はいいよ。ショッピングセンターに行って食材買ってくるのも時間掛かるし。掃除続けているから食べて。食べ終わったらシティセンターに買い物に行くんだよね?」
キャル 「何言ってるのよ。あなたの分も作ったんだから、食べなさい。朝から何も食べてないじゃない。身体に悪いわ。ライスがいい? それともこっちにする?」
 食卓を見ると当然のように用意された私の食事……。しかも鶏肉をふんだんに使った豪華なアフリカ料理。しかもてんこもり。
 ――感動しました。

 昨日の追記にも書きましたが、国籍の違う人と共同生活をするに当たって何よりも楽しいのは、全く違う価値観や常識を日々の生活の中から体感できることです。キャルは「当たり前のように他人に手伝わせるけれども、同時に当たり前のように他人を手伝う」のです。これが国民性なのか個性なのかはサンプルが少なすぎて分からないのですが、恐らく国民性なのではないかと私は思っています。
 この後にも様々な場面で分かることですが、当然インドにはインドの、バングラディッシュにはバングラディッシュの常識(国民性)があり、幸運にも彼ら(特にインド)の流儀は私にとって非常に心地良いものなので、最初は色々戸惑いましたが、これを書いている8月5日現在ではこの家の特殊な雰囲気にどっぷりと浸かっています。

 さて、美味しいアフリカ料理のランチを終えてからキャルと共にシティセンターに買出しに行くことになりました。そしてその前に、私にはキャルに言うべきことがある訳ですが……。
鷹瀬 「あの、キャル……昨日の50ユーロだけど、今返して貰えるかな……」
キャル 「今すぐ必要なの?」
鷹瀬 「……え? え……と、私、決められた予算で毎月遣り繰りしなきゃならないから、今日50ユーロ返して貰わないと、シティセンターで買い物が出来ないの」
キャル 「……そう、仕方ないわね」
 ……え……あの……借りたお金を返すのって「仕方ない」ことなんですか……?
 荷物運びと部屋の模様替えをを問答無用に手伝わされたかと思えば、気軽に荷物の運び込みを手伝ってくれ、お金を借りて更には食料の運び込みを手伝わせたかと思えば、豪華なランチを作ってくれ、借金の返済を迫られれば渋い顔をする……。本当に、ペースを掴むまでは戸惑うことばかりでした。

 少々疲れた気持ちで買い物から帰って来て、せめてこの家で過ごしやすくなるように早く個々のキャラクターを理解しようと、取り敢えず居間にいたサラと話すよう試みてみると、彼がとても話し好きだということを知りました。また、これは後に判ることですが、彼は基本的に頭が良く(回転が速く)、相手の英語力に応じて分かり易く話してくれる貴重な人でもあります。私が間違った英語を話すと直してくれるのも主に彼です。これは非常にありがたいことなのです。
 さて、この時サラと話して初めて全員の国籍を知りました。私はサラがインド人だということは初めから知っていましたが、アミットの国籍はこの時まで知りませんでした。と、言うのはサラとアミットは必ず英語で話しており、アミットとザックが時折母国語らしき言葉で話しているので、彼らが同国籍なのだと勘違いしていたのです。サラとアミットは同じインド国籍なのですが、サラが南インド出身、アミットが北インド出身ということで彼らの母国語は異なり(※注:インドでは各地で独自の言語を母国語としている)、コミュニケーションには英語しか使えず、逆にバングラディッシュでは北インド同様ヒンディ語の教育が浸透しており、アミットはバングラディッシュ人とはヒンディ語で話せるという……。しかしアミットの母国語はグジュラティ語という言葉で……。とにかくめっちゃ面白いです。
 更に言うなら、サラの両親は同じ家の中でそれぞれ違う言語で話していたそうで、サラはそのどちらも理解できるそうです。
 ――うう……っ、た、楽しいっ!!

 ハタと気付けば、私はインド映画を切っ掛けに以前からインドに強い興味を持っていて、いつか行ってみたいとも思っていたのですが、インド人との共同生活はまさに彼らの文化を知る絶好の機会ではありませんか。「アイルランドまで来て、なぜにインド……?」という根本的な疑問もある訳ですが、出来事にはすべて意味があるのならば、私がこの最初はとんでもなく胡散臭いと思っていた家に住む羽目に陥ったのにも意味があり、その意味こそがインドなのではないかとすら思えてきます。

 私が夕食を作ろうかと思うより一瞬早く、サラ、アミット、ザックが夕食の準備を始めます。一気に4人が台所に立つことは不可能で、私は彼らが作り終えるのを食卓に着いて待つことにしました。
 彼らも何も同時に作らなくても……と思って何気なく見ていると、なんと彼らは分担して夕食の用意に取り掛かっているではありませんか。ザックがチャパティ(ナンの小型版のようなもの)を作り、アミットが野菜を刻み、サラがその野菜を炒めてカレーを作る、というように、分業も堂に入ったものです。よくよく見ると彼らは米や小麦粉を20キロ単位で共同購入しています。
 後に知ることですが、インドとバングラディッシュは(食)文化が非常に似ており、どちらも朝、昼、晩の3食すべてカレーを食べるそうです。ただ朝のカレー、昼のカレー、夜のカレーはすべて種類や味付けが異なり、付け合せもチャパティ、ライスと様々にあるとのことで、非常に面白いです。

 この時点では彼らに対しての胡散臭さを拭いきれてはいませんでしたが、それでも目の前で展開される事態に興味津々で、3人が料理している横で「何を作っているの?」「どうやって作るの?」「それってスパイス?」「何種類のスパイスを使うの?」「いつもそうやって皆で作っているの?」「インドでは男の人が料理するのは普通のことなの?」と質問攻めをしていると、いちいち丁寧に返事をしてくれ、料理をし終えると「そんなに興味があるならトライしなよ。僕たちと一緒に食べよう」と私の分までアッサリ用意してくれているではありませんか。
 私はただ食卓に着いていただけで、美味しそうなカレーがレストランよろしく目の前に運ばれてきます。3人が席に着いて何だかよく分からない内に4人で「仲良く」食卓を囲んで夕食を……というほのぼのした状況になっているのには我ながら驚きました。

 ご飯を一緒に食べるという行為は自然と親近感を生み出します。……まぁ正直に言えば、このような詩的な言葉で表されるのは後に事態を振り返って現実を美化してからの話であって、客観的に見てこの時の状況を最も近い言葉で表すならば「餌付け」ですね、私の場合は。
 私は本当に理由のない好意に弱い人間で、しかもそれが「手作りカレー」ともなれば「……良い人たちじゃん?」と思うには充分なのです。
 食事の間も当然会話をする訳で、話せば話すほど個性が分かってきます。ただまだこの頃は相手も私に慣れておらず、私も彼らに警戒しており、いきなり親しくなってはいませんが、それでもサラだけは初めからフレンドリーで、彼が場にいるのといないのでは私の場への溶け込み具合も違ってくるほどでした。カレーを「食べなよ」と言ってくれたのもサラです。共同生活をするに当たって、こういう人は本当に貴重です。

 さて、こんな感じで恐らくヨーロッパ人との共同生活とは全く趣の異なる彼らとの共同生活が始まったのであります。

【追記】
 彼らの生活ぶりを見ていると、料理を初めとしてとても合理的に協力し合いながら暮らしているように思います。
 最初は「共同購入品の費用を人数ではなく部屋数で割る」という事態に「光熱費も部屋割りとか言い出すんじゃ……」と眉をひそめていましたが、彼らは一緒に料理するし、シャワーも短いし、確かに光熱費も2〜3人で私1人分程度にしか使っていないのかもしれません。


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2002年7月28日(日) 天国への階段
 いきなり朝からです。
キャル 「トーコは今日の夕食、何を作るつもり?」
鷹瀬 「え? 夕食? うーん……パスタかライスにしようかと」
キャル 「そう、じゃあ私の分も残しておいてね」
 ……ぶ……文化の違いって慣れるまでちょっとへどもどするコト多いカモ。これがカルチャー・ショックってヤツなんでしょうか……。

 そうかと思えば毎夕食時、当たり前のようにサラからカレーを振舞われる毎日です。サラはとても親切で、夕食時にいつも加わるよう誘ってくれます。自分で自分の食事を用意する機会がほとんどないと言っていいくらいの状況が、かなり長い間続きました。(ドイツ旅行後の8月15日現在もこの状況は着実に続いています) 私も食材をぼちぼち購入するのですが、なかなか使うチャンスがなく、果ては冷凍できるものや長持ちするものしか購入できなくなったほどです。

 特にサラを筆頭に、皆、人と一緒にいるのが好きらしく、夕食時には食卓を囲んで長時間お喋りを楽しんでいます。長い時など夕食の後19時頃からエンドレスで翌日2時頃まで、途中でシャワーを浴びたりと人が抜けたりするものの、7時間ほど話していることさえあります。まぁ7時間というのはMAXレベルで、通常は3〜4時間程度なのですが、それでも充分に長いでしょう。
 普通のフラット生活はこんなものじゃありません……。くれぐれも言っておきますが、(少なくとも西洋人との)普通のフラット生活は「シェアメイトと話すことなんか、会ったときに『ハロー』くらいで他にはほとんどない」という程度の付き合いが主流ですから。

 私も最初の内は少しでもこの家の一員として(騙されたりしないように)溶け込もうと、このお喋りに参加するも、やはり毎日2時間以上となると自分の時間を作れなくなるので、電話が掛かってきたり何かの機会ごとにその場を離れて、その後自分の部屋でパソコンに向かうのですが、余り部屋に篭っていると「トーコ、何をしているの? 生きてる?」とお呼びがかかり、また食卓に連れ戻されてしまいます……。
 溶け込もうと努力せずとも自ずと構ってくれる人々の中で生活しているようなので、もしかしたら私の課題は「溶け込むこと」ではなく、「独りになること」なのかもしれません。

 とにかくペースを掴むまでは色々と戸惑うことも多く、当時は「何だか厄介かも……」と思うこともありましたが、1週間経つ頃にはどっぷりこの雰囲気に浸かった生活をしていたので、私の順応性が高いというよりも、恐らく私に合った気質だったのでしょう。
 この日から約1週間後のドイツ旅行時に、この状況を久し振りに会った友人に伝えると、こんな答えが返ってきました。
「トウコはもともと情が深い方だもんね。ただ日本ではその注ぎ先がなかっただけで」
 ………………どうやら私は、自分のこの無駄に迸る愛(?)を受け止めてくれる先を見出して活き活きしているようです。
 しかし現実問題としてイキイキし始めるのはこの日からもうちょっと経ってからで、この時点では未だに彼らに対する胡散臭さや戸惑い、警戒心は消えていません。とにかく彼らの一挙手一投足にビビっており、いちいち言葉の裏を考えなくてはならない日々を送っていました。
 例えば、私がIBMのThinkPadを持っていることがバレてしまったとき、彼らにこう聞かれたのが印象的でした。
「それっていつも持ち歩いているの?」
 ……微妙な問い掛けです……。単なる無邪気な質問なのでしょうか……。こういう場合、一体どう答えたら良いのでしょう。普通は部屋に置いている、と正直に告げるのはマズイのでしょうか。躊躇いなく瞬時に返事をするべく、頭の中はいつだって無駄にフル回転です。
 ――結局、「ウン毎日持チ歩イテルヨ」と白痴さながらのつぶらな瞳で答え、この日以来、本当に多少重かろうともこのノートPCを毎日持ち歩くようになりました……。
 今から考えると、この問い掛けは素朴な疑問であると100%確信できますが、この日はまだ共同生活が始まって3日目です。どうして確信など出来ましょう……。

 手荷物関係の警戒は、大袈裟かもしれませんが最初の1週間はトイレに行く際にも自室の鍵を閉める勢いで、この後に控える8泊9日間の旅行を真剣に気に病んでいました。今となっては笑い話ですが、最初の数日間は自室の扉を閉める際に扉の開閉口付近にモノを置いて、私以外の人間が無断で入った場合に分かるようにとの目印を用意しておいたほどです。
 「そんなことまでして、よく他のフラットに移ろうと思わなかったね……」と、この話をした人々に言われましたが、私的には「命に別状がなさそうなので別に……」ということに加え、やはり「だって皆が皆こんな経験できる訳じゃないし、インド人と一緒に生活できるなんてチャンス滅多にないだろうし、面白いんだもん」というのが主な理由です。
 そしてもう1つ、この家の最大の魅力は何と言っても「綺麗」で「キッチリしている」ということです。これは家が新しいということだけではなく、住人全員が綺麗好きという稀なケースの下に成り立っている奇跡のような幸運なのです。

 西洋人とフラット生活をしたことがない人にはピンと来ない話かもしれませんが、アイリッシュは勿論のこと、スペイン人、イタリア人、フランス人……こちらでシェアフラットをした際に同居する可能性のある国籍ほぼすべて、「汚す」「散らかす」「片付けない」の3重苦の傾向が強いと考えて良いでしょう。勿論全員が全員という訳ではありませんし、最終的には個性です。しかし「傾向」という言い方をするならば、西洋人はアジア人に比べて大雑把と言い切ってまず間違いありません。「大雑把」という漠然とした表現の中には「自分のモノと他人のモノの区別も大雑把」という項目も含まれていることがままあります。

 シェアフラットにおいての問題点として、身近な日本人の友人の具体例を挙げてみましょうか。
 彼女は現在ドイツ人男性、フランス人女性、中国人女性と計4人で暮らしています。彼女のケースはこうです。
「んー? 問題点? ないよー、ウチは上手くやってる方だと思う。
 あー……でもただバターとか牛乳とかトイレットペーパーとか勝手に使われちゃうんだよね……。彼らは絶対に買わないの。なんか私が買うのが当然と思ってるのかも……。一度頭に来て、トイレットペーパーとか自室に隠したことがあったんだけど、そしたら『トイレットペーパーがないよー』とか言われちゃって……。
 今までもう1人ドイツ人の男性がいて、その人が唯一気を遣ってくれる人だったんだけど、その人この前引越ししちゃってさ。今までは彼がゴミ出しとかしてくれてたんだけど、多分今度から私がやるんだろうなぁ。残りの人たちは絶対にゴミ出しなんかしてくれないだろうし、掃除するのもいつも私だしね。私が一番の新入りだから仕方ないのかなぁ……」

 分かりますかね、彼女のケースから窺い知れるシェアフラットをする際の本当の問題点が。彼女は「問題点はない。ウチは上手くやってる方」と言ったのです。そう、「バターとか牛乳とかトイレットペーパーとか勝手に使われちゃう」「絶対にゴミ出しなんかしてくれない」「掃除するのもいつも私」なんてことは言わば「よくあること」「当たり前のこと」で、問題点には換算されないという厳しい事実なのです。
 「一番の新入りだから」? ――違います。こういうケースは新入りだろうが古株だろうが、起こるときは起こるでしょう。
 一方、この彼女が私のフラットに泊まりに来たとき、その余りの綺麗さに「信じられない」「ありえない」と驚愕していましたが、そのくらいウチはズバ抜けて綺麗なのです。勿論、彼らは他人のものは使いません、食べません。ってか、逆に私が彼らから毎日ご飯を恵んで貰っています……。

 もしもこの家にケチをつけるならば、「毎日カレーの匂いが漂っている」「時々大音量でインド映画を観ている」「関係が濃い」ということなのでしょうが、私は大のインド映画ファン。カレーも大好きです。密な関係だけが難点でしたが、この1週間後にはこの濃密な関係にも慣れ、非常に快適に暮らしています。
 ただこの時点ではそこまでハッキリと「快適」とは言い切れず、毎日ビクビクしつつも興味津々で自分の状況を見守っていたのでした。


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2002年7月29日(月) アジア風密な付き合い
 本日とにかく落ち着いて机に向かって書き物をしたくて、早朝皆が寝ている間に家を飛び出し、図書館の開いている間中ずっと図書館で過ごしました。しかし現在は夏休みのため通常は23時頃まで開いているらしい図書館も9時から17時までしか開いておらず、17時から後の行き場に困ってしまいます。
 バスで15分ほど離れたシティセンターに向かったところで、ほとんどの店は18時に閉店してしまい、しかもシティセンターに行くためのバスは定刻通りに来た試しがなく、20分おきに来る筈のバスを1時間待つことも珍しくない状況です。
 そんな訳で、17時に図書館が閉まると肩を落としてトボトボと我が家に戻るのがこの頃の日課でした。独りになれる時間がほとんど得られない家に帰るのが憂鬱なのです。

 朝、皆に顔を合わせないようにそっと抜け出してきたせいか、家に帰ると同時に家にいた全員に「どこに行っていたんだ」「いつ家を出たんだ」と質問攻めに合いました……。今でこそ軽く躱せますが、当時の素直な感想はこうです。
ううぅ……息苦しいよう……。
 そして本日も家に帰ると当たり前のように夕食が用意されていました。今日はキャルが私のために作ってくれたのです。……本当に何でこんなに親切なのでしょう。ありがたいような重苦しいような……。
 今日作ろうと思って用意した食材は、そのまま冷蔵庫へ直行です。こんなこともほぼ日課になってきました。もうどれだけ自炊をしていないでしょう……。
 私みたいなシェアフラット生活している人は滅多にいないと思いますし、時々留学しようと思っている方からこのサイトに関して「参考になりました」とのメールを頂きますが、この件に関しては――既にお分かりのように――全く何の参考にもならないでしょう。しかしこの件を強いて普遍的な話に持ち上げるならば
ちょっと嫌なことがあっても、取り敢えず1週間は様子を見るべし。
かなり嫌なことがあっても、身の危険がなく、それが稀な体験であった場合は、神様からのプレゼントと思って存分に楽しむべし。(※下線部の条件は重要だと思われます)

ということでしょうか。ちょっと無理やりかもしれませんが。

 話を戻します。
 とにかく我が家は密です。密で密で濃密な空気が漂っています。そしてその中核をなしているのがサラ、キャル、アミットの3人なのです。そして今や(8月6日現在)私は彼らが大好きなのです。
 しかし当時は「……もう勘弁して」と1日に何度心の中で呟いたかしれません。このアジア風(……もしかしたらインド風?)の密な付き合いは、個人行動に走りがちな私でなくても、恐らく多くの人々が息苦しく感じるものなのでは、と思ってしまったのでした。


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2002年7月30日(火) 共同生活と文化
 時々分からなくなるのですが、どうして彼らはこんなに親切なのでしょう……。
 例えばサラとアミットに関しては、毎日のように夕食を振舞ってくれるので、これでは余りにも悪いと思い、私がやっとの思いで夕食を作った時に「食べる?」と聞いたのですが、両名からアッサリと「いらない」と言われてしまいました……。アミットは菜食主義者なので、ただでさえカレーしか好まない彼にとって、私が作るチキンブイヨンを使ったパスタなど魅力はないのです。サラも菜食主義者ではありませんが、やはりパスタなんぞよりカレーが当然良いようで、私の作ったものに興味などこれっぽっちもありません。
 それはいい。それは分かった。と言うか、こういうことを経るうちに何が分かるかというと、彼らの無償の愛と言いますか気前の良い振る舞いと言いますか……私は何もしていないのに、どうして……と心底申し訳なくなります。

 私が彼らに馴染んでいる要因として、ひとつ考えられる特別なことと言えば、私がインド映画が大好きで、インド文化に興味を持っているということなのですが……。
 今回の留学にあたり、インド映画のDVDを6枚ほど持って来たのですが、それも一役買っているのかもしれません。丁度アミットがインド映画の歌を唄っていたときに、「あ、それって『PARDES』の曲だよね?」と映画のタイトルを当てたことから私のインド映画好きが露見し、「他にどんな映画を観たことある?」と聞かれた時に軽く20本ほどのタイトルを挙げ、更には証拠とばかりに持って来たDVDを見せ、果てにはヒンディ語で歌を唄ってみせたのが良かった(?)のかもしれません。
(友人に言わせると、「そりゃ嬉しいでしょ。普通いないって、ヒンディ語で歌が唄える日本人なんて。日本かインドならいざ知らず、よりによってアイルランドで」ということらしいです。ふむ、なるほど確かに……)

 それから後はもう……最初ちょっと取っ付き難く感じたアミットが映画の話を皮切りに喋る喋る。彼は現在婚約者を残してアイルランドに1年間の留学をしており、3ヶ月後に帰国するのですが、13歳のときに婚約したという彼女とのノロケ話というには余りにも壮大で深い映画顔負けのラブストーリーを懇々と語って下さったり、唄ったり踊ったり……「弟」を通り越して「息子」という気がしてくるほどとにかくカワイイ奴でして。言葉が不自由なことに加え、恐らく怯えていたことも手伝って、アミットは私のことを23歳の彼よりも年下だと思っていたらしいのですが(「18歳かと思った」とか無茶なことを言っていました……。27歳の私の友人も「14歳かと思った」とか無茶なことを言われていました)、なんのなんの、言動はどう考えても君の方がコドモだよ……と今にすればしみじみと思います。
 サラはサラで非常に人当たりが良く、彼が場にいると会話の面でも入って行きやすいのです。他のメンバーの言っていることが分からないときなど、簡単な言葉に置き換えて説明してくれたり、逆に私が言っていることが皆に伝わらなかった時に逸早く察して正しい言い回しにしてくれるのも彼です。

 しかし何はともあれ、こんな感想は今(8月6日)だから言えることで、この時点ではまだ充分に戸惑っています。8月2日に友人に宛てたメールの一部にはこんな風に書いてありました。
 ただ全員綺麗好きだし、どんなに騒いでいても夜は12時には寝ちゃうので、静かに綺麗に過ごすことができ、そういう意味では最高かなぁ。

 あとは「騙されているのかどうか」という点に関してだけど、なんだかあの人懐こさを見ていると、本当に無邪気なだけなんだろうなぁ……と思えるよ。
 本当に親切なんだよ……。夕飯とかも毎日作ってくれてるし。自分の食べるものは自分で作りたいんだけど、私が最初に「カレーが好き」と言ったのが彼らにとってはとても嬉しいことらしく、「さあ食え、やれ食え」といった感じで毎日自分で作れない……。彼らの文化として、人をもてなすのが好きみたい……。

 毎日のように高価な(ラムカレーとかチキンカレーとか)食事をご馳走してくれるので、お返しに……と思って日本食を作った時に「食べる?」って聞いても、もう彼らにとってはインド料理が最高なので、「いらない」ってさっくり言われちゃうんだよね……。なので、たかられるどころか、私がたかっているような状況で本当に申し訳なく感じることがあるよ……。

 あとは私がインド映画&音楽が好き、ってことも彼らにとってウェルカムの要因になったみたいで、私が持っていったインド映画のDVDとか貸してあげたらめちゃ喜んでてね……。
 時々こちらが戸惑うくらい、親切で……。そう、時々息苦しくなるくらい……。放って置いてくれない、というのがこの家の新たな問題点だと思う……。

 自分の事態が良い方向に変化していることを喜びつつもイマイチ信じきれずに戸惑っている……という感じがよく表れている文章ではないかと……。

 親切で人懐っこいというのも相手を信じ切れていない状況では少々構える要因であり、また、過ぎれば「……トホホ」と思う原因にもなりえます。
 この日は最年長のバングラディッシュ人ナズから、朝、出掛けに「今日は僕がオフだから一緒に映画を見よう」と誘われ、「これから図書館に行くから」と遠回しに断ると「何時に帰るんだ? 19時? せっかく僕がオフなのに……」と寂しげにじっとりと見られてしまいました……。
 余談ですが、なんでしょう……たまたまの個性なのかもしれませんが、インド人2人が陽気なのに比べて、バングラディッシュ人2人はウェットです。何かしらを断った時の態度もじっとりしていますし、表情も基本的に暗めです。

 また、帰ってきたときに台所に誰もいなかったので「やった! 今日こそ自分で作ったものを!」と思ってこっそり夕食の準備をしていたら、ナズが2階の部屋から慌てて降りて来て、「僕が作るから、君は何も作るな!」と海老カレーを作ってくれました……。「何か手伝うことはない?」と聞いても「座って待ってろ」とすべきことすら与えてくれません。重い……重いっす、この歓待は。
 サラやアミットの場合は既に作ったものを「食べる?」と聞いて来る感じで、しかも断ればそれでおしまいなのですが、ナズの場合は断っても断っても「いいから食え!」と食い下がってくるので少々厄介です……。こんなことを「厄介」呼ばわりするのは贅沢なのかもしれませんが……。

 さて、手持ち無沙汰で食卓に着いて夕食が作られるのを待っていると(……)、キャルに「アラ? 夕食を作ってるんじゃなかったの?」と言われてしまいます。
鷹瀬 「……いや、えっと、ナズが作ってくれるんだって」
キャル 「ナズが? トーコのために?」
鷹瀬 「……うん。『手伝う』って言っても『座って待ってろ』って言われちゃった……」
キャル 「あらあら」
鷹瀬 「何だか毎度毎度で申し訳なくて……」
キャル 「何が申し訳ないの?」
鷹瀬 「だって、毎回夕食を戴いちゃってるんだもん……。私が作った時にお返ししようと思って『食べる?』って聞いても、『いらない』って言われちゃうし。一方的で……。本当のコト言うと、最初は色々心配してたんだよね。家賃のこととかトラブルあったし。でも今は本当に親切で、申し訳ないくらい……」
キャル 「彼らがあなたにご飯を振舞うのは、あなたがとても正直で良い子だからよ。それにトーコ、カレーの作り方を聞いたりしているでしょ。それが彼らには嬉しいことなのよ」
 正確には「You are really honest and so nice.」と言われたのですが……。
 いや、確かに私はかなりの正直者で、実際に日本でもそう言われることが多々ありましたが、これは単に「嘘が吐けない」「自分を曲げることが出来ない」「思ったことを言ってしまう」という我儘紙一重の意味合いで言われているに過ぎず、逆にこんなに爽やか(?)に言われるとヘドモドしてしまいます。
 よく「素直な人と話していると素直になれる」だとか、「君が僕を素直にさせているんだよ」だとか、人によっては青臭く陳腐に聞こえるかもしれない台詞をフィクション関係の究極の場面で耳にしますが、今、まさに私はそんなフィクションのような素朴な世界にいるようです。ただ私の場合は私自身が変化した訳ではなく、私の態度を非常に好意的に解釈してくれる環境にいる、というだけの話ですが……。

 何にしても、彼らこそが本当に純粋で素朴で親切だとしみじみ思います。コズルイところもあるような気がしていましたが、付き合えば付き合うほど「身内になって行ってる」という感じがしますし、感情がとてもシンプルで私にとっては心地良いものです。……というのは今(8月6日)のところの感想です。先のことは分かりません、本当に。

 明日、前の学校のドイツ人の友達がウチに泊まりに来るので、一応フラットメイトには事前報告しておかねばと思い、何気なく話したら大変なことになりました。
ナズ 「トーコは羊は食べられるか? その子はどうだ? じゃあ明日の夕食はラム・カレーだ! その子は何時ごろ来るんだ? 何日間泊まるんだ? 何、たった1日?! もっといていいんだぞ! なんだったら僕の部屋でもいいんだぞ!」
 ………………やっぱちょっと鬱陶しいカモ……。
 明日、久し振りにヨーロピアンと会話を出来るかと思うとかなり真剣に嬉しいのでした。


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2002年7月31日(水) ヨーロッパの風
 本日我が家にめちゃ大好きなドイツ人の同い年の女の子、カタリーナが泊まりに来ることになりました。
 彼女については7月9日の日記で少々語っていますが、改めて追加情報を書きますと、カタリーナはめちゃめちゃカッコイイ子なのです。もしも彼女が男なら私は絶対に惚れてた、ってくらいカッコイイのです。ってーか、カタリーナほどカッコイイ(たくましい?)男はなかなか見ない……というほどカッコイイ子です。それでいてホラー映画が嫌いで笑顔がキュート。

 カタリーナは同い年のフリーのライターで、毎日10キロ走っちゃうような子です。細身で筋肉質で、私が両手でやっと持ち上げたスーツケース(約30kg)を片手で持ち上げて「そんなに重くはないじゃない?」と強がった風もなく言ってしまう子なのです。
 ツーリングが大好きで、90マイル(約150km)の道のり(しかも坂道)を1日で自転車で旅してきちゃうような子なのです。先のゴルウェイでの3週間のサマーコースが終わった後に、アイルランド西南にあるキラーニー国立公園の清掃というボランティアに1週間参加して、その後は約35kgの荷物を背負ったままアイルランド国内のユースホステルを渡り歩き、自転車で旅をし、明日早い時間にドイツに帰るので、空港までの足掛かりとして、ということで本日リムリックにある我が家に泊まることになったのです。

 この頃は徐々にハウスメイトたちを好きにはなっているものの、いまいち完全には信用できていなかったことに加え、独りになれる時間を作れないことへの鬱憤もあり、カタリーナをバス停まで迎えに行って我が家に案内する前にカフェでフラット探しの事の顛末と現在の状況を激白していました。
鷹瀬 「……って訳で、まぁ大丈夫だとは思うんだけど、未だに持ち物とかには気を付けてるんだ。来週、ドイツ旅行に行くじゃない? でも長期間部屋を空けるのが心配で、まだ誰にも『行く』って言ってないんだよね」
カタリーナ 「新しい家を見付けるつもりはないの?」
鷹瀬 「この家を探すのも凄く大変だったから……。それに家は綺麗だし、本当に良い人たちなんだよ。……多分。めちゃめちゃフレンドリーだし。ただ独りになれないのが厳しいってだけで……」
カタリーナ 「ハッキリと『私にはやるべきことがある』って言った方がいいよ」
鷹瀬 「言った言った。でも余り状況が変わってない感じ……。それにインドの文化なのかなぁ……何だか皆で一緒に集うのが好きみたい」
カタリーナ 「ああ、想像つくわ。私、以前半年間インドで仕事をしたことがあって、その時ホームステイしたから」
鷹瀬 「え? そうなの? その時はどうだった? 独りになれた?」
カタリーナ 「不可能だったわね。彼らの家族の絆は想像できないほど強いから……。はぁ……トーコの苦労は分かるわ。可哀想に。でもアイルランドにいるのにインドかぁ……。トーコ、あなた本当に稀な経験をしてるわねぇ……」
 ………………ねぇ……。
 ああ、でも久し振りに私のこの息苦しさを理解してくれる人と会話した、って感じで、話しているだけでストレスが解消されて行くのが分かりました。英語力の関係上、言いたいことの半分も伝えられていないのですが、それでも基盤となる常識レベルでの理解というのはありがたいものです。

 一通りの人物相関図と概要説明をし終えてから、いよいよカタリーナを家に招待します。家に向かうバスに乗り込む前に最後の確認を忘れていたことに気付きました。
鷹瀬 「そうだ、忘れてた。カタリーナ、羊肉は好き? さっき言ったじっとりめのバングラディッシュ人のナズが、昨日『私の友達が来る』って言ったら『ラム・カレーをご馳走してやる』って言ってたんだけど……」
カタリーナ 「ああ。私、菜食主義者だから」
 ……ナズの好意はいつもカラ回り気味です。

 さて、カタリーナを家に連れて帰って皆に紹介すると、さすがカタリーナというべきか、彼らの押し寄せるような歓待にもまるでいつもと変わらぬ態度で応じ、怯むことも愛想を振り撒くこともなく、カタリーナはどこまでもカタリーナです。カッチョイイ。彼女が半年インドでホームステイをしたということも手伝って会話は弾みますが、非常に面白かったのはカタリーナのテンションは彼らのハイテンションに決して引き摺られることがない、ということでしょうか。
 ドイツ人とインド人――対極の意味で興味がある両国民の会話、これは非常に面白かったっす。会話自体がどうこうと言う訳ではないのですが、テンションの交じり合わないコミュニケーションと言いますか……ああ、言葉で伝えるのは少々難しいです。

 さて、この日はカタリーナを交えて、それでもいつもとまるで変わらぬトーク大会が繰り広げられた訳ですが、その際にアミットから興味深い話を聞くことが出来ました。
 彼は現在リムリックの大学で学位を取得し終え、アルバイトをしながらこの秋の帰国を指折り数えて待っているのですが、彼にとってアイルランドの留学は「無意味だった」と言います。そしてその話から発展して……
アミット 「この国の教育はクソだよ。こんなにレベルが低いとは思わなかったさ。インドのレベルは高いんだ。でも外国で学位を取ること自体に意味があるし、外国での学位を持って国に帰れば良い職を得ることが出来る」
鷹瀬 「でも、じゃあどこの国なら良かったの?」
アミット 「勿論アメリカだよ。一番はドイツだけど、更にドイツ語を覚えるのは大変だったからね。もしドイツ語が出来るなら迷わずドイツを選ぶね。ドイツは授業料が無料だけど、この国はバカ高いし、そのくせ質は低いし。本当にクソだね。でもどの道インドに帰ってから半年学校に通えば充分な知識は得られるし、海外の学位があるってだけで良い職に就ける。そうなれば月300ユーロくらい稼げる」
鷹瀬 「インドでの初任給って平均はどのくらいなの?」
アミット 「エンジニアで、小さな会社に勤めた場合は月100ユーロ、大会社で200、最高学位を持っている優秀な人材の場合で300ってとこかなぁ」(※注:1ユーロ≒120円)
鷹瀬 「え……じゃあ今の留学の1年間の費用……1年間の授業料って……。当たり前だと思うけど、インドからこの国に留学するのって金銭的に物凄く大変だよね?」
アミット 「勿論。授業料はエンジニアコースで10,600ユーロかな。僕の留学に父さんが全財産を投げ打ってくれたんだ。父さんは自分の貯金を自分のためには一切使わないで、全部僕のために使うんだよ。親は子供のために全財産を使うんだ。僕も自分の子供のために財産を築く。僕にとってこの国での時間はとても辛い、完全に無駄なものに過ぎないけど、国に帰ったらここでの学位は財産を築くのに有効だし、それ以後は一生国で過ごす。妻の傍から一時だって離れないよ」
鷹瀬 「親が子供のために全財産を使うんだ……。それって良いことだと思う?」
アミット 「勿論!」
 インドは完全に「インド」としてまとまった強固な文化を持っており、一部を取り上げて良いとか悪いとか評価することは不可能です。恐らくこれはどこの国でもそうなのでしょうが程度の問題として、例えば西洋の流儀を中途半端に取り込んでしまったり、大きく文化の流れを変えてしまっている日本と違って、インドの保守性は聞いていた以上に強いように感じます。また西洋の文化に関しては比較的予備知識や面識もありますが、インド文化に関してはただ興味本位で本で読んだだけなので、実際にインド人から話を聞くと「本当にそうなんだ」とか「そんなことまで……」と思うことが多く、衝撃度合いも並ではありません。
 今回の話だけを取り上げると、ちょっと正直どうなんだろうと思いますが、とにかく毎日の生活の中から少しずつ彼らの文化や生活の様子を聞くにつれて、「ビックリの国インド」の輪郭が見えてきて本当に面白いです。

 夜遅くには皆が集う居間から私の部屋に2人で引っ込んでしまい色々語り合ったのですが、久し振りのヨーロッパの風はどこまでも爽やかで、アジアとヨーロッパどちらか片方というのではなく、バランス良く付き合うことで振り幅の広い人間関係を見出せるだろうなぁと実感したのであります。
 何はともあれ、人と話すというのは私にとって一番面白いことかもしれません。


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2002年8月1日(木) 素晴らしきインド文化
 サラとアミットとの3時間トークで知った、インドの人の愛し方についてのご紹介。
 詳細は後で書きます。


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2002年8月2日(金) 第三者からの決定打
 何かにつけて構ってくれるサラが、私の旅行中(6〜14日)に仕事の関係上キラーニーに引っ越すらしい、ということが本日判明し、大変落ち込んでおります。
 サラがいなくなるとこの家の雰囲気も大分変わるのでは……との危惧を抱いている私としては、この話を台所で聞いたとき、危うく泣きそうになりました。ってか、実際に少々涙ぐんでしまったほどです。

 皆に比べて著しく英語力の劣る私が毎日繰り広げられるマシンガントークの大宴会に溶け込めていたのには、サラの存在が大きく関わっています。――と言うのは、私がたどたどしく話している最中に誰かが被せるように何か言おうとすると、サラは毎回
「待てよ、まだトーコが喋ってる途中なんだから」
と、私が話すチャンスを確保してくれるのです。うう……お兄ちゃん……。行かないで……。

 こんな経緯と並行して、本日現在コークに滞在している日本人の友人が泊まりに来ました。カタリーナの時同様、フラット探しの事の顛末に始まって現状まで一通り解説した上で家に招きます。
 もうこの頃には、他人に我が家のメンバーを紹介するときはこんな感じです。
「このサラってインド人が我が家のムードメーカーでね、彼がいると場に溶け込め易いんだよ。話す時も簡単な英語を使ってくれたり、私が間違った言い方すると直してくれたり、本当に親切でさー。そうそう、ご飯を振舞ってくれるのも大半がサラかな。
 あと、このアミットってのがやっぱインドなんだけど、国に残してきた婚約者に激ラブで、毎日毎日彼女の話をしているの。何の話をしていても彼女の話に持って行くし、放って置くと唄うし踊るし、めちゃ陽気でカワイくて面白いよー。それに何よりも彼のラブストーリーが壮大でさぁ。毎日彼女に手紙書いてるしね。10月下旬に帰国するんだけど、携帯とかにカウントダウンのカレンダー仕込んでて、本人自身も『あと何日?』って聞くと『2ヶ月と24日』とか即答出来るの。
 で、このキャルってのが南アフリカの女性で、私以外で唯一の女性ね。同い年なんだけど1児の母で、しっかりもの!って感じ。同い年とは思えないどころか、気分は母だね。凄くハートフルな感じ。最初は戸惑うことが多かったけど、今では仲良くやってる。時々、私が『机買いたい』とか言うと『そんな勿体無い!』とか言ってきて、『……え……関係ないじゃん』とか思うこともあるけど、でもまぁ彼女がいるお陰で助かっている面の方が多いかな。メチャメチャ綺麗好きだしね。
 ザックはほら、この家の元締め。最初に『騙してるんじゃ……』って疑ってた人。バングラディッシュ人ね。親切は親切だけど、明るさは足りない。なんかたまたまなのかもしれないんだけど、インド人がめちゃ明るくてフレンドリーで、バングラディッシュはどっちもちょっとウェットなんだよ。
 もう1人の一番ウェットなのがナズね。『ラム・カレー食え!』とか『チキン・カレー食え!』とかいきなり叫んだりして、しかも断っても何度も言ってくるし、ちょっと鬱陶しいかも……。何歳か分からないけど、一番おじさんなのは間違いない。何かこの人、誰にでも親切だったら問題ないんだけど、女の子にだけ親切で、そういうのが嫌だなぁ。今日も『泊まりに来るのは女の子か? 独身か?』とか聞いてきて……。関係ないじゃん? 『彼女はお前と結婚なんかしねぇよ!』とか思わず言いそうになっちゃったよ……」

 さて、こんな紹介を事前に与えた友人が実際に我が家に泊まりに来て、ハートフルな歓待を受け(?)、一通りメンバーをその目で実際に確認した後、私の部屋で2人きりになったときにこんなことを言いました。
「トーコが『インド人の方が好き。バングラディッシュ人はウェット』って言ってた意味が分かったよ……。何だろう……なんかもしかしたらバングラディッシュの人たちは女の子に慣れてないんじゃないの? 日本でもああいうオジサンいるよ。それと決定的に思ったけど、トーコがサラに拘る気持ちも分かった。サラがいなくなったら大分雰囲気変わるだろうね」
……………………第三者から見ても、そうらしいです。


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2002年8月3日(土) インド文化再び
 やはりインド文化について。
 詳細は後で書きます。先に現在を更新しています。


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2002年8月4日(日) ほぼ家族
 何ですかね……徐々に家にいるのが居心地良くなってきているんですけど……。
 常に3〜5人(メインはサラ、キャルの2人で、ナズは絶対に加わらない)が居間や食卓に集い、一緒にご飯を食べて、夜遅くまでお喋りして……何だか自分の本当の家族以上に家族っぽいんですけど……。実の家族とは母としかこのような関係を築いていませんでしたし、ウチは名目上は父母兄私の4人家族ですが、事実上はほぼ母子家庭ですから(爆)

 さて、一方で2日後に迫るドイツ旅行の間にサラが引越ししてしまうかもしれないと言うことで、夜は出来るだけ長く彼と話しておこうと思い、21時から夜2時まで(ナズを除く)皆と一緒に居間でお喋りを楽しんでいました。
 本日はアミットの親友ルシが加わり、いつも以上の賑わいを見せました。ルシはアミットのインドの実家の近くに住んでいる同級生で、アミットと同じ日にアイルランドに来た親友だそうです。彼らが示し合わせてアイルランドに留学しに来たのか、たまたまの偶然なのか、興味深いところです……。

 何にしても、28歳未婚にして大家族の温かみを経験しています。


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2002年8月5日(月) フラット暮らしの難しさ
 なるべく早く書きます。先に現在を更新しています。


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2002年8月6日(火) 出会いと別れとハグ
 さて、本日からいよいよ8泊9日のドイツ旅行です。
 実はワタクシ、このドイツ旅行についてハウスメイトに嘘を吐いています。まだ彼らを信用していなかった先週に、旅行1週間前というコトで「8月6日から14日まで旅行のため部屋を空ける」と告げなければならなかったのですが、その際に「海外旅行をする」とどうしても言いたくなくて、「アイルランドの国内旅行をする」と勢いで言ってしまったのです……。私の馬鹿……。
 今は彼らを信用していますが、今更「実はドイツに……」とは言えません……。心苦しくはありますが、もうドイツのドの字も出さずに、国内旅行を装って旅立つことにしました。

 今回の旅行では途中3日間、日本から来る親友と合流するため非常に楽しみにしていたのですが、同時に、私が旅行している間にサラが引越ししてしまうかもしれないので、下手をするとサラとの事実上のお別れは今日ということになります。――これは厳しい。厳しいけれどどうすることも出来ません。

 出発は昼過ぎて、家には現在無職のサラしかおらず、彼がシティセンターのバス乗り場まで着いてきてくれることになりました。ありがたい、ありがたいけれど、「シャノン空港」行きのバスに乗り込む現場は見られたくありません……。何せ私は「国内旅行」をする身ですから……。くぅ……私の馬鹿……。
 いよいよ家を出る段になると、サラが携帯を取り出してこう言いました。
サラ 「トーコがいない間に引越しするかもしれないから、その時には電話するよ。番号が合ってるか確認させて」
鷹瀬 「……あ、携帯は置いていこうかと……」
サラ 「なんで? 携帯持って行かなかったら連絡できないじゃないか」
鷹瀬 「え……と、ホラ、たった1週間くらいだし、充電器とか持って行くのも面倒だし、荷物になるし……」
サラ 「そんな大した荷物じゃないだろ。何で置いて行くんだよ」
 ……く……ドイツではアイルランドの携帯は使えないから持って行かないんだな……本当は……。
鷹瀬 「言ったでしょ? 今度の旅行では日本から親友が来て合流するの。彼女と会うのは3ヶ月ぶりなのよ。大事な友達に会う時に、携帯とかで邪魔されるのは嫌なの。私はいつも旅行の間はネットもやらないし、携帯も持たない主義なのよ」
 もう何だかめちゃくちゃですが、取り敢えず「主義」というコトで勢いに任せて納得させます。
 家を出て、最寄のバス停に行く道すがらにある皆の職場に顔を出し、お別れの挨拶します。たかだか1週間ちょっとの別れですが、昨日の夜にキャルから「1週間以上もトーコがいなくなるなんて……つまらないわ」とハグされていたので、最後にもう一度顔だけでも見せておこうかと思いまして……。
 仕事を抜け出して来たキャルが再びハグでお別れの挨拶をしてくれ、アミットは婚約者から手紙が届いていた旨を告げると狂喜乱舞してしまって別れどころではなかったので放置しておき(……)、再びサラと共にシティセンターを目指します。

 市内のバス停から中央バスステーションまでサラが一緒について来ると言うのを何とか押し留まらせ、いよいよその場でお別れです。

 ハグ――挨拶と共に抱き合う日本にはない習慣ですが……。語学学校などに通っていると様々な国の学生たちと出会いと別れを繰り返す訳ですが、恐らく多くの日本人は最初の内はハグが自然には出来ないのではないでしょうか。
 私自身も慣れない内は戸惑ったりもしましたが、慣れてしまえばめちゃめちゃ心地よい習慣です。逆に慣れてしまうと、出会いや別れの場面でハグをしないと気持ちが伝えられないような気さえしてきます。
 またこの習慣、面白いのは国によって作法が違うというコトです。具体的に言うならば、スペイン人はハグ+頬キスなのですが、それが左頬・右頬の順であったり、フランスでは地域によってキスの順番が逆だったり回数が違ったり、面白いです。一度スペインの男の子との別れの際に、私がそれまでフランス人としか別れのキスをしたことがなかったので、右から頬を寄せようと思って危うく本当にマウストゥマウスのキスをしそうになって爆笑したことがありました。

 恐らくインドには男女間のハグの習慣はないのでしょうが、取り敢えずサラとだけはどうしてもちゃんとしたお別れをしたかったので、ハグをしてお別れしました。でも恐らく彼とは長い付き合いの友達になれそうな気がします。


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2002年8月6日(火)〜14日(水) ドイツ旅行記
 追って詳細を書きます。先に現在を更新しています。


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2002年8月15日(木) 密密した空間再び
 9日間の旅程の半分以上を完全に独りで過ごしたドイツ旅行から帰り、再び密密した空間、つまり我が家に戻って参りました。
 正確には昨日14日の23時過ぎに帰宅したのですが、もう皆寝ているか仕事に出ているだろうな、ということで、そっと玄関の戸を開けると、いきなりサラのお出迎えです。私の旅行の間に引越してしまうかも、と言っていたサラの引越しは19日に延期され、無事再会を果たすことが出来たのであります。
 何も言わない内から夕食を用意してくれるサラ……。だからもうこれは家族の域でしょう……。

 遅い夕食を食べている間にキャルが仕事から帰ってきて、カレーを食べている私を見てかなり驚いた様子でこう言いました。
キャル 「トーコ! あなた16日に帰ってくるんじゃなかったの?!」
鷹瀬 「……え? なんで16日なの? 私、『14日に帰って来る』ってキャルに言ったよね?」
キャル 「そうよ、私も14日だと思っていたけど、サラが『トーコは16日に帰ってくる』って言うから何も用意してなかったのよ……。トーコが食べてるそれは誰が用意したの?」
鷹瀬 「サラ」
キャル 「なんで貴方、トーコは16日に帰ってくるなんて嘘吐いたのよっ! トーコが今日帰って来るって分かってたら、食事は私が用意したわ」
サラ 「いや、16日に帰ってくるんだと思ってたんだよ。カレーは余ってたヤツだし……」
鷹瀬 「でも私、サラにも『14日の夜遅くに帰ってくる』って言ったよね?」
キャル 「そうよ、14日だと思ってたのよ、私は。全く、貴方はいつも嘘ばっかり吐いて!」
サラ 「本当に16日だと……」
 パパ、ママ……喧嘩しないで……。という感じでしょうか。
 まぁこういう軽い言い合いはキャルとサラの間では日常茶飯事で、2人とも楽しんでいるのですが。それにしても携帯を持って行かなかった私に厳重注意を与える本当に母のようなキャル……。いや、同い年なんですが……。
キャル 「トーコ、あなたどうして携帯を置いて行ったのよ! 何度も電話したのに通じないし、心配したんだから。今度からは絶対に持って行くのよ。絶対に!」
 まさか「国外では携帯は使えないから無用だった」と正直には言えません……。「充電器を持って行くのが面倒だったから……」などと歯切れ悪く言い訳している私を、笑いながら軽くハグしてくれるキャル。
 「ああ、戻ってきたんだなぁ……」としみじみ感じさせるこの濃い空気。密密した空間再び。


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2002年8月16日(金) 小休憩
 特に変わったこともなく、まったりと1日を終えました。


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2002年8月17日(土) 密着チャパティ作り
 まぁ今日は色々あったのですが、それは置いておいて、最近ライスばかり食べていた彼らが久し振りにチャパティ(小型のナンのようなもの)を作り始めたので、製作過程を一通り撮らせてもらいました。

 (1)材料紹介  (2)粉+塩+水+油  (3)捏ねる
 (4)生地完成  (5)1枚分に分ける  (6)引き伸ばす
 (7)チャパティの元  (8)コンロで直接焼く  (9)バターを塗って完成

 写真を見ると1人で作っているように見えますが、実際はアミットとアミットの親友ルシ(現在アミットの部屋に居候中)の2人での共同作業です。今までもチャパティ製作過程は何度も見てきましたが、最初から最後まで通してじっくり見たのは今回が初めてです。とにかく手早くちゃっちゃと作るので非常に面白かったです。
鷹瀬 「この粉ってコレじゃないと駄目なの?」
ルシ 「アイルランドで手に入る粉では、この『ELEPHANT FLOUR』がベストだと思うよ」
鷹瀬 「ふーん。コレって10kgだけど、500gくらいの小さいヤツとかも売ってる? って言うか、そこのショッピング・センターにあるの? シティセンターまで行かないと手に入らないかな? 今度作ってみたいんだけど……」
アミット 「ここにあるのに何で買いに行くんだよ。僕らのを使えばいいじゃん」
 ………………感動しちゃった。
 何ですかね……もう、こうなふうにちょっとした会話の中からも彼らの大らかさと言いますか、人間性と言いますか、身内になった暖かさを感じると言いますか……。とにかく毎日幸せです。特別なことがある訳ではないのですが、「生きてるって楽しいなぁ」としみじみ感じながら生きています。

 やはりね、もちろん家庭にもよりますが、大家族ってイイです。核家族はつまらないですわ。大人数の中で支えたり支えられたりしながらささやかな役割を持って生きるのって、シンプルですが強い幸福に包まれます。まぁ一概にそういう問題だけではなく、家族1人1人が余裕のある生活を送っているかどうか、ということも重要なポイントになってくるのだと思いますが。
 それでも、映画を観に行くとか外食をするとか旅行をするとか、そういう楽しみを幸せの基盤にしていた日本での生活から、皆でお喋りするとかご飯を作るとか歌を唄うとか、そういう日常レベルのどうでもない素朴なことが幸せの基盤に成り代わっている今の生活は、人によっては「クソつまらない」と一蹴されてしまうものかもしれませんが、少なくとも私に非常に合っているようです。

 さて、もちろん夕食は彼らが作ったものを一緒に食べる訳ですが、こんなに一方的に食事を振舞ってもらって、「何だか月235ユーロってもしかして食費込み?」みたいな勢いの毎日を送っています。彼らに手料理を振舞うチャンスがない私は、ひたすら掃除をしたり食器を洗ったり台所を綺麗に保つことでお礼をするのでした……。日本の恥ですみません。


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2002年8月18日(日) 生涯最高の誕生日
 ついに本日29歳になってしまいました……。20代も残すところ1年。私はこのアイルランドでの生活を「素敵な思い出」にするつもりはありません。未来の行動に繋がる布石としての経験にしてゆきたいと思っています。

 さて、ドイツ旅行に行く前に誕生日の話になって、「そういや私の誕生日ってば今月の18日だわ」みたいな話はしていましたが、旅行から帰ってきた後にはそんなどうでもない話はすっかり忘れ、日々の生活を送っていました。
 昨日、「明日はカレーパーティだ!」などと冗談交じりで若者連中(アミット&ルシ)が言っていたのですが、彼らは毎日こんな調子なので、特別な何かを意味しているとは全く思わず、私は本日朝から図書館に篭っていました。

 図書館で勉強していると、2時頃に携帯にサラから「皆待ってるから、早く帰っておいで」とのメッセージが入りました。
――カレーパーティって、そんなに本格的にやるつもりなんかな……。
 そんなことを思いつつ勉強を切り上げ、歩いて20分ほどの、今では「愛すべき我が家」を目指します。
 そう言えばこの生活はほんの3週間前から始まったものにすぎないのです。つい2週間前まではこの帰り道も憂鬱で憂鬱で仕方なかったのに、今は家に帰るのウキウキだもんなぁ……。物凄い変化だなぁ……。
 途中ショッピング・センターに寄って買い物をしていると、サラから今度は電話が入りました。早く帰って来いコールです。
 うお、先に始めてて良いのに。と思いつつも、買い物を終えると小走りに我が家に向かいます。

 果たして家に到着し、はぁはぁ言いながら玄関の扉を開けると、仕事でいないナズ以外のハウスメイト全員に加え、現在我が家に居候中のアミットの親友ルシ、そして初めて見るアミットのもう1人の友達の計6人が一斉に「トーコ、誕生日おめでとう!」と拍手で迎えてくれるではありませんか。
 うお〜〜〜想像できますかね、この時の私の感動がっ!
 元からフィクション関係に関してだけ涙腺がゆるく、現実関係では滅多に泣かないタイプだったのですが、これにはマジ泣きそうになりました……。
 彼らがカレーを振舞ってくれるのは既に「いつものこと」なのですが、「さぁさぁ、主賓はこの席に」と真ん中の椅子に座らされると、サラが隣の部屋からケーキを持って来るではありませんかっ!
 キャルはハグしてくれるし、アミットとルシはいつも通り唄って踊ってるし、ザックはカレーを用意し続けているし、サラは着々とテーブルセッティングをしているし……。

 何でしょう……この恐いくらい幸せな日々は……。恐い……「幸せすぎて恐い」などという絵空事のような事態が自分の身に起こっているこの現実が恐すぎます。でも嬉しいものはやはり嬉しいのです。
 皆に何度「ありがとう」「凄く嬉しい」と言ってもこの感謝と喜びの気持ちは完全には伝えられず、しかしこの誕生会の間に私のデジカメでサラが撮った写真を後で確認すると、どの写真の私も目一杯破顔しており、「これは言葉が拙くても伝わってるだろうなぁ……」と思えるほど幸せそうでした。


「本当は名前を入れようとしたんだけど、間に合わなかったんだ」
というケーキ。――いやいや、名前はない方が都合が良い。


ろうそくに火が点いたままだというのにいきなりケーキカットを
始めようとするどこまでもセッカチな私に、
「まぁ待て。まず火を消せ」と指摘するザック。

 はぁ……何て言うのでしょうか……愛し愛されて生きているなぁ、と。家族っていいなぁ……と。
 実の家族は愛がないとは言いませんが大概クールなので、こんな素朴な愛に包まれた生活を送るのは今年の夏が初めてなのでした。
 そうですね、例えば父は私が本日29歳になったことを知らないでしょうし、知ったら知ったで恐らくこんな感じです。
父 「かぁ〜、お前ももう29か? 立派なオバサンじゃねぇか。一丁前に年だけは取ってるけど、やってることは未だに未熟者だから29なんて気がしねぇな。わっはっは! それよりお前なぁ、今後どうやって生きて行くつもりだ? 何で稼いで行くつもりかって聞いてるんだよ」
 …………………………いや、ネタじゃなくてね、正真正銘これが私の28年間の生活な訳でして……。いや、基本的に父は私を愛していますし(多分)、私も父を愛していますよ(多分)。でもね……時々ね……こう……色々と思うことがある訳です。
 日本に残してきた家族や友人を思うと、今のこの完全無欠に幸せな生活をふと「申し訳ないな……」と思ってしまうこともあるほど現在満ち足りた生活を送っているのですが、今までの私の人生を振り返ると「いや、このくらいの幸せは当然かも」とか思ってしまうこともあります。ええ。本当に。
 振幅の大きい人生って好きだからイイですけどね。

 何にしても大家族に囲まれて、もう絶対に人が自由に出入りできるオープンで暖かい家庭を築こうっと、とか真剣に考えた29歳初日。日本にいるときは自分は「考えすぎ」の部類に属す複雑な人間だと思っていましたが、こちらに来て……と言うか、彼らと生活して、どうやら基本はえらく単純なことに気付かされました。これはそのまま、日本社会が人々の生活から単純なものを殺ぎ落とし、物事や生きることを複雑にしているからではないかな、と思ってしまうのでした。


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