stay in IRELAND

愛蘭滞在記(4)〜Galway編


<<- Cork編B Limerick編@ ->>


 あっと言う間だった6週間のコーク滞在が過ぎ、今度はゴルウェイに3週間滞在する予定ですが、恐らく本当にあっと言う間でしょう……。
2002年6月29日(土)〜7月20日(土)の小見出し一覧
 6/29(土) 住めば都か?   6/30(日) 嵐のエクスカーション  7/1(月) クラス分けと初日
 7/2(火) 自活第一歩  7/3(水)@ 入国審査とお国柄  A 予約手続きとお国柄
 7/4(木) スペインとイタリア  7/5(金) 先生改造計画  7/6(土) 西洋人の基礎体力
 7/7(日) 同居生活の運不運  7/8(月) 「気遣い」と「敬意」  7/9(火) 皆勤賞はドイツ人
 7/10(水) 久し振りの外食  7/11(木) それぞれの思い  7/12(金) 続くビザ取得劇
 7/13(土)@ 先生の質  A 立て続けの外食  7/14(日) 小休憩
 7/15(月) 愛蘭風苦情対処  7/16(火) ダンスを習う  7/17(水) 観劇で障害者考
 7/18(木) フラット探しのコツ  7/19(金) 引越し前夜  7/20(土) さよならゴルウェイ


2002年6月29日(土) 住めば都か?
 居心地良い……本当に最高とも言える環境で過ごした6週間を終え、移り住むことになったゴルウェイ、そして学生村(寮)。
 方向音痴の私がバス停から学生村に辿り着くまでにはそれはもうナチュラルに色々あったのですが、総じて言えることは、物事が少々大変になるのは英語が出来ない(聞き取れない)からで、逆に言えば英語さえ聞き取れるようになればどうとでもなるんじゃ……という勘違いを更に深めて第2幕を開けることになったという現実でしょうか。

 初めてのシェアフラットに初めての自活。自分的には不安になったりするんだろうかとずっと以前に心配していましたが、いざ事態に直面すると引越しのための荷物が重くてそれどころではありませんでした。
 たとえ荷物が重くとも「タクシーで Door to Door だし……」と事態を舐めてかかっていた私は、バスを降りてタクシーを捕まえるまでに荷物を抱えたまま30分も彷徨うことになるとは夢にも思っておらず、タクシーを降りた学生村の入口から自分のアパートまで歩いて10分の距離を30kg相当の荷物を自力で運ぶ羽目に陥ることを計算に入れておらず、更にはスーツケースにはホイールが付いていますが敷地内がホイールが意味をなさない砂利道であることはやはり計算に入れておらず、アパートに辿り着いたときには息も荒く汗だくで、疲労以外に何の感慨もなく3週間滞在するアパートに足を踏み入れたのであります。

 アパートに何人住むのか、どの程度の部屋の広さなのかなど、事前に何も知らされていなかった私は、この日ようやく自分の同居人がスペイン人の女の子であることを知りました。「スペイン人」=「夜中まで大騒ぎ」という微かな偏見を抱いていましたが、そういうことはまずないだろうと思える落ち着いた感じの子で、第一印象はかなり良好です。長く住めば色々あるかもしれませんが、良いと思える時は素直に良いと思っておこうというのが最近のモットーなので、好調なスタートを切ることが出来ました。

 3週間お世話になるアパートには、シングル1部屋、ダブル1部屋、ツイン1部屋の3部屋、バス&トイレ1つ、トイレ1つ、キッチン&リビング1部屋という構成で、最大5人で利用するアパートですが、現在は夏休みで閑散期のため1人に1部屋割り当てられ、後に加わる日本人の女の子と3人で利用しています。
 私に割り当てられた部屋は幸運にもダブル部屋だったため、1人で2人分のスペースを利用することができ、アイルランドに来て初めての部屋的快挙を遂げたのであります。(詳細は写真集参照)
 写真で見ると綺麗に見えるアパートですが、床は絨毯でどれだけ掃除機をかけていないのか聞くのが恐いほど細かいゴミだらけ、各部屋にはダニと蜘蛛と名前の分からない虫が生息しており、まずはこの環境で生活する心構えが必要になりそうです。幸い私はこういう意味では神経質ではないので、角に近寄らないようにしながら生活すればいいや、と数分で気持ちの折り合いを付けましたが、「蜘蛛など見るのも嫌!」という人には厳しい環境かもしれません。

 台所には食器や鍋などが一応備え付けてはあるのですが、皿はともかく、スプーンやフォーク、ナイフなどは「最後に洗ったのはいつ?」という斑模様で鈍く光っており、鍋はカビなのかホコリなのかよく分からない何かで覆い尽くされており、洗った食器を置くカゴはなく、もちろん食器を洗うスポンジも洗剤も食器拭きもありません。
 私がここに到着した時には、2日ほど早く入居していた同居人マリアが基本的な食器や調味料、台所用品などを購入して生活を始めていたため多少スムーズに自炊生活に突入することが出来て本当にラッキーでした。自活をしたことのない私が独りでいきなりこの環境に放り込まれたら……と思うと少々ビビります。

 本日は土曜日のため構内のカフェも閉店しており、シティセンターに買い物に行くのも大変だということで、マリアが彼女の食材を分けてくれ、それで簡単な夕食を作って当座を凌ぎました。
 夕食の最中に彼女から構内のことや設備について教えてもらい、取り敢えず無事に入居を果たしたのでありました。

【追記】
 さて、一番心配していたフラットメイトですが、初日にはスペイン人のマリア(23歳)だけでしたが、翌々日になって日本人のナツコ(同年代?)が加わり、落ち着いたメンバー構成の下にシェアフラット生活をしています。同居人に料理の得意な日本人が加わったことで、彼女から料理を教えてもらい、この後のリムリックでの本格的な自炊生活を前に非常に良い環境を得ることが出来ました。
 何だか私にとって肝心なことがタイミング良く順調に進むので、多少面倒なことがあっても全く苦になりません。恐らく端から見ると順調とは言い難い面も多々あるのかもしれませんが、下を見ればキリがなく上も見てもキリがないので、本人的に満足している今の環境に感謝しています。
 現在不法滞在2週間目に突入しておりますが、まぁそれもいずれどうにかなるでしょう。


▲TOP
2002年6月30日(日) 嵐のエクスカーション
 今回の3週間のサマーコースは授業料(605ユーロ)、滞在費(546ユーロ)が共に高く、しかしこれは「エクスカーション(周遊観光旅行)代が込みだから」という理由があったため納得していました。ゴルウェイは見所の多い街なので、この際観光は学校のエクスカーションにすべて任せ、自費は一切使わないで行こうという計画だったのであります。
 3週間の間に行われるエクスカーションは3回、その第1弾に当たるエクスカーションが最も期待していた「アラン諸島観光」で、それが何と到着翌日の最初の日曜日に行われると知ったのは3日前のことでした……。「参加しますか? しませんか?」という問い合わせが3日前にメールで届いた時、「土曜日に到着して日曜日にアラン諸島か……」と一瞬躊躇しましたが、そこが悲しい「エクスカーション代込み」で、これに参加しなければ損してしまいます。「……疲れてるだろうなぁ……行きたくない……」という気持ちを抑えつつ、参加の意を伝えます。

 一旦意を決したものの、当日になって「……やっぱり行きたくない」という気持ちは強まる一方でした。だってね……朝起きたら大雨ですよ……。アラン諸島へはフェリーを使って行くため、多少の揺れは覚悟しなければなりません。乗り物に弱い私にとって、晴れた日のフェリーですら酔ってしまう私にとって、本日フェリーに乗るというのは一種自殺行為に近いものがあるのです。ってか、それもそうだし、この雨の中アラン諸島を観光するんですか……?
 行きたくない。しかし代金込み。……このスケジュール組んだの誰?

 そもそも授業は月曜日から始まるため、全生徒が土曜日に到着するとは限らず、実際に日曜日に来る人もいた訳で、そういう人はこのエクスカーションに参加できないことになります。しかも土曜日に到着した生徒も当然疲れている訳で、そんな中翌日早朝からアラン諸島観光ツアー、そして更に翌日には授業というのは非常にタイトなスケジュールなのではないでしょうか……。
 たった3週間しかないのだから、有効な土日を駆使してエクスカーションを行おうとしている、というなら話は分かるのですが、3回のエクスカーションの残りの2回は何と「パブでアイリッシュダンス鑑賞」と「ボートで川下り」……………………パブなんか行きたきゃ1人で行くし、パブでの飲み物代は自腹です。このエクスカーションのどの辺りにお金が掛かるのでしょう……。なぜ初日授業が始まる前の日曜日にメインのアラン諸島観光ツアーが組まれているのでしょう……。実は参加して欲しくないから??
 ……このスケジュール組んだのってば一体誰?

 様々な疑問を抱えながら、総勢12名の生徒+引率の先生(……)で大雨強風吹きすさぶ中アラン諸島イニュシュモア島にGo!
 酔うのではと恐れていたフェリーの前に、もっと身近に酔えるバスで約1時間揺られフェリー乗り場に向かいます。既にちょっぴり酔い掛けている私にとって、見るからに揺れているフェリーはもう……もう……。しかも予想していたよりも寒く、まさに凍える思いという状況です。
 ガタガタと震えながら乗り込んだフェリーは予想していた通り揺れに揺れ、約40分を耐えに耐えた暁に待っていたのは海と空の境目すら見えないほぼ嵐状態のイニュシュモア島でした……。

 愕然としつつも凍える生徒たちに、先生は3つの選択肢を提示します。
「さてと。フェリーが出るのは16時半だから、16時15分にはここに集まるように。さっきフェリーで配った地図を見れば分かると思うけど、イニュシュモア島はこのコースが見所になっているんだ。そこで、このコースの周り方として3つの選択肢がある。1つはこの散歩コースを歩いて見て周る。もう1つは自転車を借りてサイクリングというのもいいだろう。最後の1つはミニバスに乗って島内観光という手だね。料金は8ユーロ。今日は天気が悪いから、バスがいいんじゃないかな」
 ……あのぉ……「天気が悪い」と言うよりも、嵐なんですケド……。この嵐を前に、選択肢が3つあることになるのでしょうか……。しかも今アナタ「8ユーロ」って仰いましたね? エクスカーション代込みってのはどの辺りに適用されているのでしょうか? フェリー代オンリーのこと?
 しかもそろそろお昼時……こんな調子じゃ昼食も自腹なのかも……と懸念する私に、その必要はないとばかりにこの一言。
「レストランはこの突き当たりにあるから。じゃあ私はあそこのパブでワールドカップの決勝戦を観てるから、16時15分にここで」
 あ……やっぱり自腹っすか。

 嵐の中取り残された生徒たちは、一見3つの選択肢の中から適切な1つ、つまり8ユーロ払ってミニバスツアーを選び、曇った窓ガラスをびしょ濡れになった袖で拭きながら、晴れていればさぞ美しいであろう景観に虚ろな目を向けます。
「……ってかさ、何で今日な訳?」
「これで風邪引いて月曜日の授業に出られなかったらどうしよう……」
「このバスのドライバー、多分先生の友達だよ。さっき話してるの見たもん」
「申込書に『エクスカーション代金を含む』って書いてあったのに……」
「他のエクスカーション知ってる? 『パブに行く』とかなんだよ。もちろん飲み物代は自腹だよね」

 スペイン人と私の間でこんな遣り取りが飛び交いつつ、アラン諸島一の見所古代遺跡ドン・エンガスに向かいます。入場料、もちろん払います。
 さて、何やらボロボロになりながら観光名所に辿り着くと、ミニバスドライバーは私たち全員を下ろし、自分は近場のパブに行くので15時半にここで、と言うではありませんか。うおー、どいつもこいつもー。

 こんな経緯の下に、嵐の中ドン・エンガスをびしょ濡れになりながら堪能し、本日のエクスカーションは幕を閉じたのであります。
 嵐の中カメラを出すことも出来ず、それでも頑張った3枚がコレです。

【おまけ】
 ドン・エンガスの頂上で強風に煽られ折り畳み傘が壊れました……。その後安売り店で購入し、4ユーロの出費。お金が湯水のように流れて行きます……。


▲TOP
2002年7月1日(月) クラス分けと初日
 前の学校では「Beginner」から始まり、「Pre-Intermediate」、「Upper-Intermediate」、「Advance」と最終的に1番上のクラスに上がって終了しましたが、今度の学校はそもそも初級者を受け付けておらず、1番下のクラスが「Intermediate」、中間が「Advance」、1番上のクラスが「Proficiency」とこの3レベルしか用意しておらず、このクラス分けで行ったら当然1番下だろうなと思っていたら、本当に1番下でした。
 クラス分けのテストを取っても非常にレベルが高く、日本人によくあるパターン
文法は出来るのでクラス分けの試験で上のクラスに入ってしまうけれど、話せないので授業について行けない。
という悲劇は起こりようのない、よく出来た試験内容でした。

 生徒のレベルも前の学校に比べて非常に高く、自分のクラス自体や教材に不満はありませんが、クラスメイト4人中日本人が3人という点と、先生が未熟で授業の進め方がマズイという点に不満があります。
「このクラスのボスは僕じゃない。君たちなんだ」
という先生の言葉が表面的なものでないことを信じて、様子を見つつ、軌道修正をして行かねばならないようです……。

 ちなみに授業が終わったのは14時。自分の食料品を何ひとつ持っていないので、とにかく買出しに行かねばということで、本日はスーパーに行って帰って食事を作って1日が終わりました。
 学生村から学校までは歩いて15分、学校からシティセンターまでは歩いて20分。学生村と学校とシティセンターはほぼ直線上に位置しているため、シティセンターで買い物をした場合、学生村まで徒歩35分の距離を重い荷物を抱えて帰ってこなければならず、食料品の買出しも大仕事です。牛乳、パン、りんご、バナナ、トマト、シリアル……というように、必要最低限のものを買い揃えようとすると軽く5kg程度になってしまいます。しかしなるべく1度で済ませたいという気持ちから、つい買い物の量が多くなる……というジレンマを繰り返す毎日です。

 本日ちょっと面白かったことは、3週間しかいないので、皆で洗濯用の洗剤をシェアしようということになり、日本人の女の子が特殊表示のしてある1番安い洗剤を選んで「これなんかどうだろう?」と他の生徒に聞いたところ、スペイン人の男の子が
「君が環境のことを考えないならそれでいいんじゃない?」
と言ったことでしょうか。うわ、スペイン人に注意されちゃったよ、みたいな。
 あ。深い意味はありません。ただ個人的に非常にウケただけで……。


▲TOP
2002年7月2日(火) 自活第一歩
 この日記は7(日)に振り返って書いています。そう、自活。自炊生活を振り返って……。

 ただでさえ料理なんか得意じゃないっちゅーのに、自炊を迫られた環境がアイルランド……これは痛いです。何が痛いのかといいますと、「取り敢えずご飯」が通用しません。「取り敢えず味噌汁」が通用しません。「取り敢えず鍋物」が通用しません。――そう、想像できる料理を作る食材が揃わないのです……。
 と、言うことで、現在毎朝シリアル+トースト、毎晩パスタ+ポテトの日々を送っています。


ある日の夕食

 時間的にも気持ち的にも余裕のある生活を送っているため、食事を作るのも面倒がらずに楽しく感じながらやっています。「面倒がらずに」と言うよりも本当に単純なものしか作っていないという気配が濃厚ですが……。どこかで「パスタは料理が出来ないヤツの免罪符」と聞いたことがありますが、まさに毎日免罪符を振りかざして生きています。
 外で食べても高い上に美味しくないため、外食に逃げることもありません。毎日欠かさず作っています。アイルランドは自炊の習慣を身に付けるのに適した、独立心を促す素晴らしい国だと思います。いやあ、はっは。

 また、自分で作るからこそ野菜を食べねばという強迫観念から、毎日闇雲に野菜を使っていることに加え、肉が高くてなかなか買う気になれないため、計らずもベジタリアンのような食生活を送っています。上のパスタの具にはトマト、玉ねぎ、マッシュルーム、ズッキーニ、ピーマン……もう料理というよりも取り敢えず思いついた野菜を炒めてみた、というか、副菜のシンプルさを見ても分かるように、ほとんど素材をそのまま食べているという感じです。
 同居人のナツコが料理が上手いので、彼女から「簡単に作れる美味しいもの」を学んでいる毎日です。次はご飯に挑戦してみようかと……。

【追記】
 その後、スーパーで「リゾットライス」なるものを発見し、おかゆに挑戦。イタリアの米は日本の米に似た味だとどこかで聞いたので……。


洋風おかゆ

 ……恐らくおかゆも「おかゆは料理が出来ないヤツの免罪符」と囁かれるメニューに属すのでしょう。でも満足。
 ちなみにこの日の夕食は、このおかゆとヨーグルトとりんご。エライ健康的な食生活を送っている気がします……。ってかここまで来ると一種の病院食?

【おまけ】
 現在の侘しい食生活と対比すべく、前回コークでの素晴らしい食生活写真集をアップしました。


▲TOP
2002年7月3日(水)@ 入国審査とお国柄
 不法滞在17日目にして漸く、本日無事、滞在許可をゲットすることが出来ました。少々長くなりますが、自分の記録のために事の経緯を明記しておきたいと思います。

 そもそも振り返れば5月16日の入国の際から既に失敗していたと言えます。私は8月上旬にドイツ旅行をするため、入国から3ヶ月以内に一時的に出国することになります。これはどういうことかと言うと、何も言わずに旅行者を装って入国すれば3ヶ月の観光ビザで当座を凌げた、ということなのです。しかし当時事情がよく分かっていなかった私は、イギリスの入国審査で変に正直に中途半端な9週間分の語学学校の入学許可証などを見せてしまったため、たった1ヶ月の学生ビザしか押して貰えない状況でコーク入りを果たしたのでした。

 
2002年6月16日までの滞在許可

 アイルランドへの入国審査はイギリスの入国審査同様、ここ最近特に厳しくなっているようですが、日本人が留学する場合、入学許可証などの必要書類を提示さえすれば最低でも3ヶ月の学生ビザを貰えるのが普通という話を耳にしました。――と言うことで、私は特に運が悪かったらしく、誰しもかこの状況に陥る訳ではないようです。
 ……それどころか、入国審査が厳しくなったとは言え、他の日本人留学生に「イギリスの入国審査で過去2回とも20分くらい掛かった」と言うと大変驚かれます。「いかにも働きそうに見えるのかもね」という大変不本意なコメントもあり、どうして私ばかりが毎回厳しい入国審査に当たるのか、その理由を知りたい今日この頃です……。

 とにもかくにもたった1ヶ月分のビザしか獲得できなかったため、この学生ビザを延長してもらうべく、現地銀行口座開設および残高証明書など必要書類を揃えてコークで入国管理事務所に2回赴きましたが、「同じ学校に3ヶ月以上通う証明書がないとビザを与えることは出来ない」と言われ、結局コークでビザを獲得することは出来ませんでした。(※注:この「同じ学校に3ヶ月以上」という規則の運用はあまり厳格でなく、地域や係官によっても対応が違ったりするようですが、ダブリンやコークなどの大都市では比較的厳しいようです)

 当初、6月16日を過ぎてもビザを得ることの出来なかった私がエライ心配していると、「コークではそういうことはよくあるよ。多少期限を過ぎても一応入国審査に行ってる実績があるんだし、次のゴルウェイで貰えば大丈夫でしょう」という落ち着き払ったアドバイスをいただき、ホストファミリーも「警察が来たら事情を説明してあげるよ」とのんびり構えていたので、そういうものなのかー……と私も妙に落ち着いてしまいました。
 この認識が正しいのかどうか、未だによく分かりませんが……。

 話は遡りますが、現地の銀行で残高証明書を発行するまでも色々ありました。
 入国審査の特に厳しいコークでは財政証明として銀行の残高証明を提示する必要があるのですが、16日のビザ期限切れを前に早く書類を揃えねば、と言うことで6月6日に残高証明を作成してもらうよう銀行に頼みに行くと、「5営業日ほどで、郵送で届きます」との素っ気ないお返事が……。16日が日曜日のため、14日までに入国審査事務所に行かねばならず、土日を挟むとギリギリです。事情を説明して急いで欲しい旨訴えてもダメ。取り敢えず5営業日待つことになりました。
 ところが、と言うか、案の定、と言うか……14日になっても届きません。ここでもう一度銀行に行って残高証明書が届かない旨訴えると、イケシャーシャーとこんなお返事です。
銀行員 「今はワールドカップで郵便事情が混雑しているのかも。あと1日待ってみて」
 1日待つと土曜日になってしまいます……。入国審査に間に合いません。もう一度事態の緊急性を訴えると今度はこんなお返事が。
銀行員 「残高証明書(Statement)だったら、ATMの領収書(Mini statement)で大丈夫だよ」
鷹瀬 「入国審査に必要な書類なんですよ? 正式な書類じゃないとダメだと思うんですけど……」
銀行員 「ATMの領収書で大丈夫」
鷹瀬 「確かですか?(Are you sure?)」
銀行員 「もちろん」
 ……もちろん不確かでした。この後に入国審査官にペラペラのATMの領収書を提示すると鼻で笑われたものです。
審査官 「こんな紙ペラは正式な書類として通用しないわ。期日は多少過ぎても構わないから、正式な残高証明書を揃えてから出直してらっしゃい」
 ブーメランで銀行に引き返し、「こんな領収書じゃダメだってば!」と訴えても、「じゃあ書類が届くのをもうちょっと待って」の繰り返し……。書類……そもそもこの書類、本当に届くんですか? ってかそれ以前に本当に発送済み?
 「もちろんよ」「Are you sure?」「Yes.」――虚しい確認ですが、取り敢えず確認しなければ気が済みません。

 この「Are you sure?」という言葉は、こちらに来てからかなりの頻度で使っている言葉ではありますが、だからと言って事態が改善したことはありません。もしかしたら「気は確か?」というような少々失礼な言い回しなのかもしれませんが、本当に「気は確か?」と聞いてやりたくなる気もするので、この言い回しをより丁寧なものにする予定は今のところありません。
 「このテレホンカードは国際電話に使えますか?」「使えるわ」「Are you sure?」「Yes.」――でも使えません。
 「急いでいるんですけど」「明日あなたの携帯に電話するわ」「Are you sure?」「Of course.」――でも掛かってきません。自分から掛けました。
 「税金返却用の書類を作って欲しいんですけど」「このレシートで代用できるよ」「Are you sure?」「Yes.」「Are you sure?」「Yes!」――代用できないことが後日分かりました。2回聞いたのに……。
 「ポットが壊れたんですけど」「スペアがないから今日中に直して明日の朝までに部屋に届けるわ」「Are you sure?」「I'm sure.」――3日経っても来やしません。
 「FAXが届いている筈なんですけど……」「届いてないみたいよ」「Are you sure?」「Yes.」――身を乗り出して自分で調べた結果、届いていました。
 ……………………もう一度言いますが、このもしかしたら失礼なのかもしれない言い回しを直すつもりはありません。

 話を戻しますが、結局この後待てども待てども残高証明書は届かず、4〜5回銀行に掛け合い、再度作成申請をして、最終的に私が残高証明書を手にしたのは26日のことでした……。申し込んだのは6日ですから20日掛かったことになります。
 そしてホウホウノテイで手に入れた残高証明書を持って再度入国審査に訪れたというのに、素っ気ない入国審査官のおばさん……。
審査官 「1つの学校に3ヶ月以上いない場合は滞在許可を与えることは出来ないわ」
鷹瀬 「……じゃあ私はどうしたらいいんですか? 滞在許可は10日前に切れているんですけど……」
審査官 「次の学校はゴルウェイなんでしょう? ゴルウェイの入国管理事務所で貰えばいいわ。多少期限を過ぎていても大丈夫よ」
鷹瀬 「……Are you sure?
審査官 「もちろんよ」
 ………………虚しいよう。

 こんな経緯を経て不法滞在のままゴルウェイに渡り、多少ドキドキしながら、しかし「コークの審査官が大丈夫って言うんだし……」とどこかのんびりムードで構えていたのですが、昨日クラスメイトの日本人にこの状況を話すと……。
学生 「ええっ、それマズイよ。不法滞在が見付かったら最悪強制送還とかになるんじゃ……」
鷹瀬 「でもコークで2回入国管理事務所に行っている実績はあるし、審査官が大丈夫って言ってたんだし、今では今年度末までの入学許可証も持ってるし、説明すれば分かってくれるよ」
学生 「……随分のんびりしてるんだね」
 のんびりしているのは私ではなくアイリッシュです。
 不法滞在のことよりも、入国管理事務所の場所が分からないと心配している私に、多少呆れたようにクラスメイトは言いました。
学生 「ウチのホストファミリーの息子が警察官だから、今日聞いてみてあげるね。……もちろん、場所も」
 おお! これはありがたい!
 そして本日。
学生 「なんかね、トーコさんの状況を話したら『それは凄くマズい状況だ』って言ってたよ。今日どうこうすることは出来ないけど、もし滞在許可が下りなかったり、何かマズい事態になったら協力してあげるって」
 え……? 警察官の手を借りるほど深刻な事態なんですか? 今の私って……。
 多少ビビりはしたものの、コークで滞在許可が下りなかった人は私の他にも結構いましたし、私は書類も完璧に揃っているのだし、いざとなったら学校の先生に一緒に行って貰えば大丈夫だろうし、それでもどうにもならない場合は最悪強制送還ということで、命に別状がある訳ではないし……もうそうなったらネタになるかも……などと思って入国管理事務所に向かおうとすると、クラスメイトの日本人2人が「一緒について行ってあげるよ!」と言うのです。
 き、気持ちは非常にありがたいけど、複数人で行ってもどうにもならない時はどうにもならないし、どうにかなる時は独りでもどうにかなると思うのですが……。
学生 「心配でしょう? 入国審査について行ってあげるよ」
鷹瀬 「あ……いや、別に……。大丈夫だと思うし……何人で行っても事態は変わらないというか……」
学生 「でも強制送還とかになっちゃうかもよ」
鷹瀬 「最悪強制送還でしょ? 死ぬ訳じゃないから。それにちゃんと書類持ってるし、多分大丈夫だよ。心配なのは事態を英語で正確に伝えることが出来るかどうか、ってことだけで……」
学生 「開き直ってるねぇ」
 え……いつもナチュラルにこんな感じなんですけど……。それにこの場合、開き直ってるのはやっぱりアイリッシュの方だと思うんですが……。

 そんなこんなでゴルウェイの入国管理事務所に赴き、少々ドキドキしつつ順番を待ち、40分待った末に通された部屋で審査官とのご対面です。事を順序立てて話そうと勢い込んだ結果、却って混乱してしまった私の英語力をそのまま日本語に超訳してみました。
鷹瀬 「先月の16日でビザが切れているんですけど。あ、その前にコークで2回入国審査に行ったんですけど、『ゴルウェイで貰いなさい』と言われまして。あ、まず第一に、この2回行ってもビザが貰えなかったのは、入国審査に行ったときにコークの学校の残り日数がもう数日しかなかったからで、今ではコークの学校の出席証明書と、今通っている学校の入学許可証と、今後通う学校の入学許可証と、すべて揃っている状態で来ました!」
審査官 「………………落ち着きなさい。君はかなり混乱している」
 ぐは……っ。僕の必死の説明は「混乱」と名付けられてしまったようです……。
 私の説明など端から聞いていないかのような態度で、渡した書類を確認する審査官。実は今回のゴルウェイの学校が終了してから次の学校が開始するまで2ヶ月ほど空いており、この間の入学許可証がないので、もしかすると今回の学校の終了時分までのビザしか貰えないかも……という心配があったのですが……。
審査官 「はい、じゃあ今年度末までのビザだね」
 やた。彼ってば最後の書類しか見てないっ! これぞアイリッシュ!! 許可が下りない時もファジー、許可が降りる時もファジー。 ビバ・アイリッシュ!!

 ――上記のような経緯を経て、今年度末までの学生ビザを一気にゲットすることが出来たのであります。
 下手にコークで短期間のビザを取るよりも、よりスムーズに事態が収まったようで良かった良かった。長く待った甲斐がありました。


▲TOP
2002年7月3日(水)A 予約手続きとお国柄
 いきなりですが、先週6/27(木)に、コークの旅行代理店でホテルの予約をしました。私は29(土)にコークからゴルウェイに引っ越すため、「即日手配出来るならば」という条件でホテルを探していたのですが……。
6/27(木)
鷹瀬 「29(土)にゴルウェイに移動するので、今日手続きが済むなら申し込みたいのですが……」
係員 「大丈夫、FAXを入れて即日返答が来るから、その場でチケットを渡せるわ」
鷹瀬 「じゃあこのホテルでよろしくお願いします」
係員 「これが受付票になるから、30分以後にこの票を持って来て」

(1時間後)
係員 「FAX? まだ届いてないわよ」
鷹瀬 「え……私、明後日コークを離れるので、チケットを取りに来るチャンスは明日しかないんですけど……」
係員 「じゃあ明日来て貰える? 今日はもう閉店の時間だし、多分返事は来ないと思うわ」
鷹瀬 「明日、何時ごろ来れば確実にチケットが来てますか?」
係員 「そうね、午後なら確実でしょうね」

6/28(金) 閉店間際
係員 「FAX? まだ届いてないわよ」
鷹瀬 「あの……私、言いましたよね……明日ゴルウェイに行くって……」
係員 「でも届いてないのよ」
鷹瀬 「じゃあいつなら届くんですか?」
係員 「月曜日か火曜日には確実に届くでしょうね」
鷹瀬 「……その時にはゴルウェイにいます」
係員 「じゃあゴルウェイに郵送で送るわ。但し、郵便事故があった場合の保証は出来ないわよ」
鷹瀬 「はぁ? でもこれってそちらのミスですよね? 即日手続きできるから申し込んだんですけど……」
係員 「キャンセルも出来るわよ」
鷹瀬 「……仕方ないので送ってください。ただ、送った後に電話いただけますか?」
係員 「もちろんいいわよ。月曜日か火曜日には絶対に電話するわ」
鷹瀬 「Are you sure?
係員 「Of course.」
 案の定、本日になっても電話がないため、私から電話しました……。しかも何度かけても誰も出ないし……。10回くらい掛けて漸く係員が出たときには、不覚にも「あ、良かった……」なんてほんわかムードになっちゃったり……。
 電話というのは身振り手振りが通用しないため一番難易度の高い英会話シーンで、大抵の人は尻込みしますし、私も自発的に掛けようとは思いませんが、状況が私を追い込んで下さるので勉強になって有り難いやら何とやら……。
鷹瀬 「英語圏の人間ではないので、ゆっくり喋ってください。先週末にホテルの予約をした者ですが、昨日までにチケット送付の確認の電話をいただけることになっていたのですが、未だに連絡がないのですが……」
係員 「そうですか。お名前は? ホテル名は? 宿泊日は? ――少々お待ちください。ああ、はい。チケットですね。こちらに届いていますが、どうしますか?
鷹瀬 「……送って頂けることになっていたんですけど……」
係員 「あ、そうですか。どちらに送りましょうか? この登録先の住所でよろしいですか?」
鷹瀬 「……そこに送ってもらう予定だったので、その通りにお願いします」
係員 「では、今から投函しますね」
 ――毎日がこんな感じです。

 こういう状況を「英語が通じなくて大変でしょう」と受け止める方がいらっしゃいますが、時間と気持ちに余裕があるせいか、私的に「大変」と感じたことは今のところありません。どうやったら「大変」と「忙しいし面倒だけど大変じゃない」という状況の違いを伝えられるのか、難しいところでもあります。
 言葉が通じない程度の大変さや、書類集めの大変さ、食事作る大変さ、環境の変化の大変さなどは、この時間に余裕のある大らか国にいれば私的には「大変」なうちに入りません。日本で会社に5分長く縛り付けられる方が私的には余程「大変」と感じました……。残業を全く苦に感じない人もいるように、これは適性の問題なのかもしれません。
 元から問い合わせや交渉などは好きな方なので「言葉がもっと上手ければなぁ」と思うことは多々ありますが、言葉が通じない不便さに大変さは重なり合いません。(「ええい!」と思うことはしばしばありますが……) そしてこういう不便さが「大変」にならないのは、性格もさることながら、アイルランドののんびりとしたお国柄によるところが大きいのだろうと思います。

 時間に余裕のある人生と、ない人生では、物事の受け止め方も大分変わってくるのだろうと心底思うのでした。


▲TOP
2002年7月4日(木) スペインとイタリア
 同じラテン系ということで、今までは違いがまったく分からなかったスペインとイタリア。しかしこちらに来て多くのスペイン人とイタリア人と付き合うようになるにつれて、徐々にその違いが見え始めています。
 詳細は追って書きます……。


▲TOP
2002年7月5日(金) 先生改造計画
 前回の学校が1週間からでも生徒を受け付ける、コースらしいコースのない私立の語学学校だったのに対し、今回の学校は国立大学が運営する夏季だけの3週間と決まった語学コースだったため、かなりの期待をして臨んだのですが、あらゆる面でガックリ来ています。(※注:この日記を書いているのは13(土)なので、これは現在2週間を終えての感想になります)

 まず、国立大学のサマーコースということで教師の質にそれなりの期待をしていたのですが、なんと夏の語学コースの教師は同国立大学出身の中学校(Secondary School)新米教師(25〜6歳)のバイトでした……。これはどういうことかと言うと、「常日頃から非英語圏の人間に英語を教えている教師ではない」ということで、要するに「非英語圏の人間に英語を教える」ことに関してはほとんど素人という、詐欺のような事実だったのです。
 クラスメイトによっては
「でもカナダの語学学校の方がもっと酷かったよ。こっちの先生の方が全然マシだよ〜」
との意見もあるようなので、たまたま私が今まで良い学校、良い先生に巡り合っていたために贅沢な視点で今回のサマーコースを見ているだけなのかもしれませんが……。

 それでもコースの初日に
「文句があったら最後ではなく、その時に言ってください。生徒からの要望には耳を傾けますので」
と表面的に体裁の良いことを言われていますが、実際に要望を言っても教師の態度はほとんど変わりません。私だけが文句を言っていて、他の生徒はこれで良いと思っているなら教師の態度が変わらなくても多数決でOKなのですが、私以外の生徒も同じことを言っても態度がまるで変わらないので、あの台詞は何だったんだと少々頭に来ます。

 まず、とにかく1人で話しています。「スピーキングの練習に……」と一瞬生徒を指すのですが、生徒が何か言い始めるとすぐに話題を掻っ攫い、自分1人でベラベラと話し出してしまい、結局生徒は常に常に聞き手に回る羽目に陥っています。授業中に生徒同士が「まただよ……」という感じで目配せするのも、ほぼ日課と化しています。ちなみに最初の金曜日と2度目の水曜日と2度目の金曜日の3回に渡ってに「私たちに喋るチャンスを下さい」との要望を出しましたが、その度ごとに「ああ、もちろん!」と快諾して、しかし態度はまるで改まりません
 いっそこれもリスニングの勉強になって良い……と素直に言えないのは、彼の発音に非常に癖があり、「何を言っているのか分からない」状態なので、彼が話している間は「どうしようもない時間」として過ぎて行くからです……。最初は私のリスニング能力が低いために聞き取れないのだろうと思っていたのですが、他のクラスメイトどころか上のクラスの生徒にさえも「私、トーコの先生が何を言っているのかサッパリ分からないんだけど……」と言われ、問題点が自分にではなく教師にあったことを再確認しました。

 更には、黒板を全く使いません(でした)。現在まで延べ10日の授業中に私が「Please write it down.」と言った回数は、軽く50回を越えているような気がします……。最初は私だけが言っていたのですが、最近では他のクラスメイトも事ある毎に「Please write it down.」と言うので、さすがに先生も自発的に書くようになりつつあります。

 リスニングのレッスンに関しては(……も?)酷いものでした。問題文の載ったテキストを配り、1回テープを流して答えを言い、それで終わろうとした時には切れそうになりました。4人の生徒の中で1番要望という名の不満を直接先生に言っているのが私で、この時も下手な英語で懇々と訴えなければならず、非常にヨイベンキョウをさせて頂いております……。
先生 「授業の進め方で何か要望があったら是非率直に言ってくれたまえ」
鷹瀬 「あの……リスニングの進め方なんですけど、最初に1回流して聞くのは良いと思うんですけど、その次にキーワードやらイディオムやらを取り上げて、それを黒板に書いて説明して、その後もう1度テープを聞いて、今度は解答に関わるキーワードが出てくる場所ごとにテープを止めてもらえると分かり易くて良いと思うんですけど……」
生徒 「同感。トーコの意見に賛成だわ」
先生 「そうか、そうだね! じゃあ次からそうしよう」
 しかしこの次の時もテープを繰り返し聞くことはありませんでした……。結局この次の時に結構キツめに「この前も言ったように……」と訴えたことで、徐々にやり方を直していっている毎日です。
 「教え方を教えてやってる」ということで、授業料を取りたいくらいです。

 取り敢えず先生自身も教え方を探っているようで、常に生徒からの意見を聞こうとするのですが、だからと言ってこちらから挙げた要望が充分に反映されることはまずありません。毎度毎度20%くらいの反映率で非常に疲れます……。
 他のクラスの先生は……と真ん中のクラスを見てみても、「生徒に話させる」という点は良いらしいのですが、振る舞いが過度に子供っぽいらしく、生徒が失笑している現場をよく見かけます……。1番上のクラスは、と言うと、真ん中のクラスでは物足りないと1番上に上がった子が1日だけ1番上のクラスを体験し、「真ん中のクラスの方が授業がマシ」とのことで舞い戻っていました。こんな調子からして、どうやらどこのクラスも多少の問題点はあるようです。

 私の同居人は2人とも真ん中のクラスなので、私が「真ん中のクラスの先生が一番良さそうだよね」と言うと、マリアがこんなことを言っていました。
「スペインのことわざでね、『盲目の国では片目しか見えない人でも幸せ』ってのがあるんだ……。ウチのクラスの先生は、3人の中では1番良いかもね……」
 以前の学校で何気なく毎日の授業を受けていましたが、あの先生はプロ中のプロだったんだなぁ……としみじみ思う今日この頃。先生業も大変ですね……。


▲TOP
2002年7月6日(土) 西洋人の基礎体力
 詳細は追って書きます……と思っていましたが、もう遡って書くことはないでしょう。単に西洋人はめちゃめちゃ元気だという話。


▲TOP
2002年7月7日(日) 同居生活の運不運
 私の同居人のマリアはスペイン人には珍しく非常に細やかな気配りができる人ですが、フツーのスペイン人はやはり「同居したくない国籍No.1」であると言って良さそうです。一般的に言って、日本国内でどんなにガサツな部類に属していようと、世界レベルで見れば日本人は非常に細やかな神経を持っている部類に入ってしまうので、その日本人から見れば西洋人の生活態度というのは大部分が「自分よりガサツ」という分類別けになるのですが……。
 ここで私が言っているのはあくまでも「同居」というケースでの話であって、「私の友達にスペイン人がいるけど、別に普通だよ」という人には、「是非その子と一緒に住んでみて」と言いたいものです。これはカップルにも当てはまることですが、点で付き合っているだけでは分からない、共に生活して線で付き合って初めて分かる難点――その難点が、文化の違うガイジンの場合は少々強烈というだけの話です。

 外人とのフラットシェアの際、よく聞く話としては、「片付けない」「共有部分を汚す、散らかす」「他人のものを勝手に食べる」に始まって、「友達を呼んでパーティーをする」「真夜中(明け方)に帰ってきて騒ぐ」「基本的にうるさい」というのが定番のフルコースといったところでしょうか。酷いものになると「お金を盗まれた」というケースもあるようです。

 今回の実例はここまで酷くはないのですが、定番コースの基本中の基本、「片付けない」「共有部分を汚す、散らかす」が度を越しているためイライラしている、スペイン人2人と計3人で同居している日本人がいます……。可哀想に……。
 使った鍋やフライパンや食器を絶対に洗わない、片付けない。居間で大声で喋るので、部屋にいてもうるさくて勉強できない。2人で夜遅くに帰ってきて騒ぐ。他のアパートの友達を呼んで居間でパーティーをする。
 遠く話で聞いているよりも、身近な人からリアルタイムで具体例を織り交ぜながら涙の訴えを聞くと、1つ1つは大したことでなくても、これが日々の生活になると深刻だなぁ……と思えるだけの威力があります。

 私の同居人のマリアは、食器は概ね洗いますし、遅くに帰って来る時には静かに行動していますし、夜中に台所を使う時には扉を閉め、TVの音も静かにしていますし、他のアパートにパーティーをしに行くことはあっても、人を呼んでパーティーをすることはありません。これはもしかしたら日本人2人とスペイン人1人という構成だからかもしれません。そういう意味でも、スペイン人2人と日本人1人という構成は、最悪とも言えるでしょう……。

 私は次に移り住むリムリックでシェアフラットを借りるつもりなので、現在情報誌などで物件を探している最中なのですが、物理的に良いフラットというのも確かにあるのですが、とどのつまりは生活の良し悪しはフラットメイトの質に左右されるので、こればかりは下見をしても分からず、運だなぁ……と戦々恐々とする日々です。
 なまじ現在のシェアが非常に上手くやっているので、これ以上を望むことはまず無理でしょうし、下手に良い環境を見てしまったため、今後半年暮らすシェアフラットに対して失望しそうで恐いっす。


▲TOP
2002年7月8日(月) 「気遣い」と「敬意」
 話は少々毎日の身近な生活から離れて一般的なことになりますが……。
 現在はネット環境が落ち着いていることもあり、出来る限りインターネットで日本のニュースをチェックしていますが、明るいニュースが少ない……どころか、ないですねぇ……。
 もちろん海外でも深刻な事件は多々ありますが、実際に街に出て人々の生活を見ている限り、基本的な人間の質が高い気がします。また同時に人生に対する姿勢も、普通に「贅沢」をしている感じがするのです。
 そんな訳で、はぁ〜何この差は……と毎日しみじみ思うほどです……。

 他のヨーロッパ諸国を知らないので、アイルランドだけに限った話になりますが、こちらでは外見からして「Stupid!(馬鹿)」という感じの若者でさえ、バスなどで年寄りや障害者に必ず席を譲っています。それも気負うことなくアッサリと、素早くです。
 日本では親が子供に席を譲ることが珍しくない状況で……と言うか、最近では席が空けば大半のケースで親が子供に座るように促しているほどですし……。年寄りが目の前に立っていても席を譲る若者の方が珍しいくらいですし……。私からすると、これは末期的な状況と言えます。
 こういう話を外人にすると、
「どうして? 目上の人に敬意を抱いてないの?
という言い方をされて、彼らにとって「席を譲る」という行為は「思い遣り」や「気遣い」ではなく、「respect(敬意)」なんだ……と非常に感銘を受けました。
 私もこういう話を機会があれば片っ端からしているので、色々な国籍の人から回答を得ているのですが、面白いことに、ドイツもフランスもイタリアもスペインもアイルランドもインドも、奇しくも全員この「respect」という言葉を使っていたので、「気遣い」で席を譲るというのはもしかしたら日本独自の感覚なのかもしれません。

 他にも、1対1の個人レッスンを専門に英語を教えているアイリッシュの英語教師が、こんなことを言っていたといいます。
「日本人は自分から要望を言わないで、私(先生)に面倒を掛けてはいけないとか、手を煩わせてはいけないとか、そういうことを気にする。これは他の国籍では見られない特徴で、『謙遜』や『遠慮』というものは日本人独特の非常に興味深いものだわ」
 私はこのような日本の感覚が結構好きなのですが、どの道薄れつつある国民性です。
 それにやはり若者が目上の人に敬意を抱かなくなったら、世の中おしまいだなぁ……と思うのでした。


▲TOP
2002年7月9日(火) 皆勤賞はドイツ人
 ドイツ人――もちろん人によると思いますが、一般的には硬いイメージで有名です。他にも「合理的」「ユーモアのセンスが悪い」「規則規則が好き」「『〜ねばならない』という姿勢が強い」など、色々な角度で表現されても、とどのつまりは「硬い」というイメージが基盤にあることが伺えます。最初にも言ったように人にもよるのですが、この「硬い」というイメージはおおよそ当てはまると考えても良さそうです。そして硬い人はいかにも!という感じで非常に面白いです。

 また、やたら丈夫です。スペイン人の元気とはまた違った意味で元気なのです。そしてそれは「元気」と言うよりまさに「丈夫」と表現した方がぴったりくる雰囲気で、わいわい騒ぐ訳ではないけれど、ほとんど毎日飲み歩いていますし、ぐったりしている様子もありません。
 面白いのは、スペイン人はわいわい騒ぎますし、やはり毎日飲み歩いたり、深夜3時頃に帰ってきてみたり、「元気だねぇ……」としみじみ言いたくなるような生活を送っているのですが、彼らはちゃんとぶり返しが来ていると言いますか、夜遅くまで遊び歩いた次の日は多少グッタリしているのです。
 精神の元気さに肉体がついて行かないことが時々あるらしく、そういう様は見ていて微笑ましいです。

 しかしドイツ人は違います。いつ見てもピンシャンしています。
 この私の言っている「ドイツ人」と言うのは真ん中のクラスの同い年の女の子で、見るからに丈夫そうなのですが、学校の企画するエクスカーションや学生同士での飲み会など全出席しています。そして学校や学生村で見かける彼女の疲れている様子は、まだ見たことがありません。
 彼女は普段から毎日ジョギングしているようで、このコースが始まった頃に「一緒に走らない?」と誘われたのですが、軽く頷き掛けたら「1時間少々で10キロの距離を」と言われ、慌てて遠慮したことがありました。
 ドイツというとビールの国だけあってお酒にも強いし、物理的にも精神的にも頑丈で、それがいかにも「お国柄!」という感じで見ていて非常に面白いっす。


▲TOP
2002年7月10日(水) 久し振りの外食
 本日クラスメイトのホストファーザーに連れられて、ゴルウェイから車で40分ほどの小さな村(Clarinbridge)にある9月のオイスター祭で有名なレストランに行って参りました。
 本当に小さな村なのですが、B&B街でもあるせいか道にはたくさんの車が駐車しており、レストランも賑わっていました。

 そこで食べた久し振りの豪華な外食。美味しかった……本当に美味しかった……。
 

  
シーフード・チャウダー(5ユーロ)/生牡蠣(10ユーロ)/シーフード・スペシャル(18ユーロ)

 恐らく日本でこれと全く同じものを食べたら「まぁまぁかな」とか冷静に受け流していたと思いますが、ここはアイルランド……。本当に美味しかったっす。


▲TOP
2002年7月11日(木) それぞれの思い
 詳細は追って書きます。


▲TOP
2002年7月12日(金) 続くビザ取得劇
 7/3(水)に既に取得許可が下りているビザですが、現物、つまり滞在許可印の押されたパスポートと同じサイズの写真付きの冊子はまだ受け取っておらず、前回「10日後に取りに来なさい」と言われていたので、本日受け取りに再び警察内にある入国審査事務所を訪れました。
 私が警察に辿り着いたのは14時半で、前回よりは短い4人の列が出来ていました。前回は倍の人数の列が出来ていて40分待ちましたから、今回は20分くらいで済みそうです。しかも今回は単に冊子を受け取るだけ。15時前には余裕ですべてが片付いているでしょう。
 そもそも冊子の受け渡しくらい列に並ばずに別の窓口で行ってくれないものかと思い、前回交渉してみたのですが、担当の警官が1人しかいないらしく、「早く来れば列にもなってないよ」という婉曲な拒絶をいただいております。仕方がない、列に並ぶしかなさそうです。

 さて、そこから先、待てど暮らせど初めの1人が呼ばれません。私の後にも着々と列ができ、計8人が入国審査の手続きを待っているのですが、そもそも入れ替わりで現れるはずの「入国審査を終えた人」が出入口から出て来ないのです。……相当てこずっているのかもしれません。可哀想に……。国籍はどこの人なのでしょう。
 いよいよ30分が過ぎ、「……なんかおかしくない?」というムードが列の間に立ち込め始めた頃になって、長過ぎる休憩時間を終えて戻ってきた警官が入国審査待ちの列を見て一言。
警官 「入国審査のために並んでいるのかい? 今日は担当の審査官、昼で帰っちゃったよ。月曜日の9時に出直しなさい」
 ……………………まただよ。ってか、メモ書きでいいから貼っておいてよ……。
 私より先に並んでいたアジア系の女の子など、諦めとも怒りともつかぬ深い溜息を吐きつつ、最後は疲れたように笑っていました。恐らく彼女も毎度毎度この手のアイリッシュによる洗礼を受けているんだろうなぁ……と遠い目で見守りつつ、「……を取りに来ただけなんですけど」とウンザリしたように警官に詰め寄るイタリア人の男性からも目が離せません。そうそう、私も冊子を取りに来ただけなんですけど。
警官 「私は入国審査の担当じゃないから分からないんだ。分かるだろう?」
 私も君の担当じゃないから分からないよ……。

 こうして、私のビザ取得劇は未だに続く……という結果をもって今週末を迎えることになったのであります。


▲TOP
2002年7月13日(土)@ 先生の質
 5(金)の日記にも書きましたが、今回のサマーコース3週間を受講してみてコトある毎に思うのが、「……もしかして先生の質、本格的に悪いんじゃ……」ということです。先週、今週共に週の後半を明け方近くまで生徒たちと共にパブで飲み明かし、先生が二日酔いで翌日の授業に影響が出ることもあり、一緒になってパブ通いをしている生徒たちはともかく、そういうドンチャン騒ぎに参加していない生徒たちからは静かな不平不満が上がっています。
 「そういうドンチャン騒ぎ」に参加している生徒は主にスペイン人たちで、受講生徒のスペイン人人口は最も多いので文句も表沙汰にはなりませんが、恐らく今回参加している生徒の中で最も大人な態度を取っているイタリア人や日本人は、この状況に大概呆れています。

 一部の生徒たちが呆れているのは、何も酒を飲んで二日酔いのまま教えているから、というだけではありません。今週の火曜日にドッグ・レースに行ったのですが、その時にも先生3人共が大金を賭けていたり、この国では高価な煙草をガンガン吸っていたり……。そういう先生たちの様子を冷めた目で観ていたイタリア人女性が、ある日堪り兼ねたように言ったものです。
「賭け事はするわ、煙草は吸うわ、明け方近くまでパブにいるわ、お酒の飲み過ぎで翌日は二日酔いのまま学校に来るわ……信じられない」
 基本的に教師であろうとなかろうと、プライベートでは何をしても勝手だとは思うのですが、二日酔いのまま授業に臨み、声が出ないからと言って授業の質を落としたり、挙句の果てには授業中にあくびをしてぼーっとしていたりする様を見ていると、なんだか出来の悪い弟を見ているようで、教師として尊敬することは出来ません。
 私のクラスと真ん中のクラスの先生は実際に私よりも1、2歳年下なのですが、振る舞いが「子供」という感じで、「私の授業料はコイツの賭け事か飲み代に消えて行くのかー……」と思い始めてしまうともう駄目です。
「昨日の夜3時まで飲んだ後、家に帰ってからプレステやっちゃったよ。1時間で止めたけど」
と、我がクラスの先生があくびをしながらご丁寧に報告してくださった時には、「お願いだから何も言うな」と心底ガックリ来たものです……。この話を同居人のナツコに訴えると、
「ってか、今頃プレステかよっ!
という斬新な角度でのツッコミを入れていて、それはそれで面白かったのですが、現実問題としては面白くありませんっ!

 そんなこんなが続く毎日ですが、本日の朝、私たちのアパートの居間(台所)に真ん中のクラスの先生が寝ていた時には、驚きを通り越して呆れ、呆れるのに飽きて疲れてしまいました……。
 先生が私たちのアパートの居間に寝るに至った経緯はこうです。
 昨日金曜日の夜23時頃、私の同居人のマリアを含むスペイン人4人とドイツ人1人の5人の生徒たちがパブで飲んでいると、偶然先生が同じパブにおり生徒たちの輪に参加してきたと言います。パブが閉店する深夜2時頃にはかなり盛り上がり、スペイン人の1人が「今からウチでパーティーをやろう!」と言い出したそうです。(※注:このアパートにはスペイン人2人、日本人1人が住んでいます……。詳細は7(日)の日記参照)
 計6人がアパートに着いたのは深夜3時半、それから居間でドンチャン騒ぎです。この時の状況を同じアパートに住む日本人から別の角度で聞きましたが、「うるさくて眠れなかったから耳栓をして寝た……」とのことです……。
 明け方6時頃になると先生がウトウトし始めたので、5人の生徒たちが先生の寝場所を確保しようと相談しますが、なかなか場所が見付かりませんでした。仕方がないのでマリアが「ウチのアパートの居間にあるソファーで……」と彼をウチに連れて来た、という経緯だったようです。

 朝、私の部屋の扉の下からマリアからの手紙が差し込まれており、その手紙にはこんなふうに書いてありました……。


Don't be afraid !! ***** is sleeping in our kitchen.
It is a long story... I'll tell you tomorrow !


 ……………………私のクラスの先生ではなかったことだけが救いです。
 あ、ちなみに10時半頃に目を覚ました彼は、戸棚を開けて勝手に私の紅茶を飲み、冷蔵庫を開けて勝手に私のジャムを食っていました……。

【追記】
 夏だけのたった3週間のコースともなるとホリデー感覚で受講している人もいるので、一概にこの先生の態度が悪いと言えないかもしれません。もしかしたらこういう先生の態度を「親しみやすくて会話の勉強になった」と感じる人がいるのかもしれませんし。また、短期で取り敢えず雰囲気だけ満喫したいというなら、こういうコースの方が良い面があるのかもしれません。
 このコースに何を求めているのかも個人個人によって違うと思うので、もしこの文章を読んでこのコースの受講に迷うようなことがあれば、試しに受講することをオススメします。「楽しかった!」という感想も多く聞きますし、本格的な留学を前に掴みとして参加するには良いコースなのかもしれませんし。生徒が一緒に住んでいるので会話のチャンスも他の学校よりも多い可能性は高いですし、体力さえあれば「パブ通いで会話力を伸ばした」の典型的なコースを歩むことが出来るかもしれません。

 ただ1点追記として書くならば、「パブ通いをして会話力を伸ばした」という点について、私は少々疑いを持っています。――と言うのは、基本的に単語が似ているため既に語彙力があるヨーロッパ人は、本当に話せば話すほど日一日と会話力が伸びて行くのが分かるのですが、英語力のレベルが低いアジア人がパブ通いをしても、ヨーロッパ人ほどの成長は見られないというのが現実ではないかと思うのです。
 最初に基礎知識があり、あとはそれをどう使って行くか、という段階になった時に会話に力を入れればグンと伸びると思うのですが、何もない状態で「会話の訓練のために」とパブ通いをしても、しょせん時間は無駄に過ぎて行くような気がします。ただこれは「レベルが低い」場合なので、語彙力や文法力があるのに話せないという人は、恐らく話せば話すほど流暢に話せるようになるでしょう。
 要はインプットとアウトプットのバランスの問題なのだと思います。


▲TOP
2002年7月13日(土)A 立て続けの外食
 ゴルウェイも残すところあと1週間。観光に力を入れて精力的に街を観て周っていたコークと違って、生活に追われて全く観光をしていないゴルウェイですが、本日いきなり夕方に思い立って、「地球の歩き方」に載っている有名レストランに行こう!ということになりました。その白羽の矢が当たったのが「マクドーノフズ」という評判のシーフードレストランです。3日前に贅沢三昧をしたばかりなのですが、変に勢い付いてしまって……。


Mc'Donagh's
「地球の歩き方」にも市街地地図にも載っている有名なシーフードレストラン

 取り敢えずゴルウェイ一押しのレストランらしく観光客で溢れ返り、店の外にまで行列が出来るほどの混雑ぶりでした。40分ほど並んで漸く席に着くと、財布と相談、1人当り15ユーロを越さないよう節約しながら3人でシェアすることを前提に注文です。

  
生牡蠣(9ユーロ)/Samon 鮭(12ユーロ)/Cod 鱈(11ユーロ)

 ……思ったより小振りの魚登場に、少々気抜けする私たち。
 生牡蠣は先日10(水)に食べたレストランの方が美味しかったですし、鮭も鱈も日本で食べたらどうってことはない味なのですが、それでもやはりここはアイルランド。少ないながらもめちゃめちゃ美味しかったです。鮭の下にある野菜はモヤシなのですが、アイルランドに来て初めてモヤシを食べました。こちらではモヤシは高価な野菜なので……。(※注:日本の約3倍の値段)

 しかし今週は贅沢三昧をしていますが、たんぱく質の食べ貯めということで……。自炊していると肉類をほとんど食べないもので、健康を通り越して栄養不足に陥りそうな気さえします。月に1度くらいは肉類や魚類をお腹一杯食べたいものです……。


▲TOP
2002年7月14日(日) 小休憩
 もう今週で次の場所に引っ越さねばならず、ただいまリムリックでのアパート探しに追われています。良いフラットが見付かるといいのですが……。
 と、言うことで、珍しく完璧に天気が良いというのに、スーパーで買い物をしてあとは家にずっといるという不健康な生活を送ってしまっています。本日特記すべきことは、ずっと挑戦したくて躊躇っていたチョコレート味のヨーグルトを購入したことでしょうか。


チョコレート・ヨーグルト(0.46ユーロ)

 …………なんかちょっとヘンという程度で、酸味がある中に仄かにチョコレートの味がするという想像の範囲内の味でした。

 そう言えば本日、日本の友人に国際電話をした際に「私って神経細い方だと思ってたけど、周りと比較してそうでもないみたい」と心の内を打ち明けると、秀逸な返事が返ってきました。
「神経細いィ? どこがっ?! 細かくはあるけど、細くはないでしょ
 上手いっ! きゅーんきゅーん、日本の友達万歳っ! 日本語万歳っ!! 会話してるって感じっ!!!


▲TOP
2002年7月15日(月) 愛蘭風苦情対処
 先週末13(日)に書きましたが、教師の質がちょっと……と言うことに加え、夜中の3時に居間でパーティをされるなどのダイレクトな迷惑を被っている日本人が昨日ついにキレまして、今回のコースの管理者に匿名で抗議メールを送ったようです。
 するとソウイウ意味デハ行動が早いと言うか何と言うか……今まで書類上で名前だけは見たことがあるけれど実物を見たことは1度もなかったという、この夏のコースのマネージャーにあたる女性が、本日の授業の休憩時間に速攻で満足度調査(?)に乗り出してきました。
管理者 「はじめまして。夏のコースを担当している者ですけど、どうですか、このコースは? クラスに何か不満はない?」
生徒 「……あります。先生がいつも1人で喋っていて、私たちに喋るチャンスが全くないんです。『不満があったら言ってくれ』と言うので何度も『私たちに喋るチャンスを下さい』と頼んでいるのですが、結局同じことの繰り返しで全然やり方が変わりません」
管理者 「そう……それはごめんなさいね。私から言っておくわ。他には? 例えば、学生寮の方は何か問題はない?」
生徒 「あります。先週末、先生の1人が明け方3時頃に一部の生徒たちと一緒にアパートに来て、居間でパーティーをやっていたために私は眠れませんでした」
管理者 「そうなの……本当にごめんなさいね」
 一通りこのような質疑応答が繰り返され、とにかくたった3週間のうちの最後の週になってこんな満足度調査に来られても……なんで?という感じで戸惑いつつも、生徒の方も忌憚ない意見と言いますか、終始余すところなく不満を述べました。ラスト5日ではありますが、これで事態が解決するならそれもまた無駄ではないでしょう。
 調査を終えた女性が教室を出て行ってしまってから、残された生徒たちで「今のは一体なんだったんだろうね」「何で今頃なんだろうね」と囁き合っていると、生徒の1人が「私が抗議メールを送ったからだと思う」と告白したことで「ああ、そうなんだ」と事態の裏側を知りました。

 休憩時間が終わり、「さっきの管理者は私たちの苦情をもう伝えたのかな」と教室に戻って来た先生の様子を窺いつつ授業に臨みましたが、いつもと全く同じ授業――すなわち先生が一方的に喋りまくる授業が展開され、「……まだ言ってないんかい」とガックリ来ます。
 しかし、私たちがガックリ来ている一方で、杜撰とも無神経とも取れる管理者による聞き込み調査が展開されていたようです。
 私の同居人のナツコは、今回の聞き込み調査のそもそもの原因である教師が担当している真ん中のクラスなのですが、彼女もまた本日の休憩時間中に同じ管理者から聞き込み調査を受けたと言うのです。そしてそこから判明したアイルランド風苦情対処法に、取り敢えず驚かせていただきました……。
「なんかね、飲み物を買おうと思ってクラスメイトたちと一緒に列に並んでいたら、いきなり夏のコースの管理者だっていう人が来て、『クラスはどう?』『先生は誰?』『不満はない?』とか聞いてきて、その時は何の調査だか分からなかったから軽いノリで『楽しいし不満はないでーす』みたいに応えちゃったんだけど、その人が立ち去ってからふと前を見たら、先生がほんの1〜2メートル先にいてさ……。あんな状況で『不満はない?』とか聞かれても、不満があるなんて言えないじゃんねぇ、って話してたんだけど……」

「それにね……もしかして彼女、先週末の件に関して抗議メールを送った? って言うのは、確かじゃないんだけど、トップクラスの先生が他の先生たちを『ちょっと』って感じで呼び寄せて、3人でA4判の紙を覗き込んでたんだ。でね、そのフォーマットがなんかメールっぽかったの。文章までは読めなかったんだけど、左側に文字が偏ったような特徴のあるプリントでさ……。それを私たちがいる横で皆で覗き込んでて……何となく深刻ムードだったんだけど……」

 ってかね、確かではない訳ですが、恐らく99%そのプリントは生徒からの苦情メールをそのままプリントアウトしたものでしょうよ。このデリカシーのない大雑把で杜撰な苦情対処法はいかにもアイルランド!って感じがします。抗議メールを直接先生に見せるなんて……もう何のために管理者がいるのか全く分かりませんが、これは今回のケースだけではなく、全く別の学校でも同様のことがあったので、お国柄という可能性が非常に高いのです。
 他の学校での話ですが、とある日本人留学生が、やはり同様に管理者の立場の人から「文句があったら何でも言ってね」と言われ、その言葉を真に受けて、個人レッスンの先生を名指して「合わないので代えて欲しい」という要望を出したら、次の授業の時に先生から「君は僕が必要ないと言ったそうだね」と言われたこともあったそうです。

 アイリッシュの杜撰な対応をいちいち真剣に受け止めていては馬鹿を見ることも多く、ガイジンが「悪いところがあったら何でも言って」と言ったからといって、本当に「悪いところ」を指摘してしまうのは少々危険が伴う覚悟をしなければならないようです。と言うのは、いざ苦情を訴えても、事態は好転するどころか、ただ単に関係が気まずくなるというケースは少なくないからです。
 そしてこういったケースを目の当たりにするにつけ意外に思ったことなのですが、面と向かって苦情を言うのは、今までのケースを見る限り、もっぱら日本人ということです。イメージ的に外国人の方がもっとズバズバと不満を言うのかと思いきや、私が先生に直接要望を言っているのを「ええ、そんなこと言うの?!」という感じで驚いたり、他の学校のケースでも日本人だけが面と向かって教師に文句を言って、他の国籍の子は影では色々言うものの、決して本人の前では言わないなどの実例もあります。
 ここで言っている「外人」はヨーロッパ人であって、アメリカ人は含まれていないので、ここにアメリカ人が加わればまた違った様相を織り成すのかもしれません。

 基本的には、単にその時のタイミングやたまたまの個性の問題もありますから何とも言えませんが、総じて「苦情を言うのは難しい」と感じたのであります。そして幾度とない苦情を聞いても全く態度を変えないアイリッシュに、変な意味での強さを見たのであります……。


▲TOP
2002年7月16日(火) ダンスを習う
 本日アイリッシュダンスの講習会を行っているパブに行って参りました。一緒に行ったメンバーのうち1人は既に4回ほどこの講習会に通っている経験者で、もう1人はかつてタンゴを習っていたという経験者で、もう1人は私と同様一般素人でしたが、とてもこのメンバーの前でアイリッシュダンスを習う気にはなれず、本当は見るだけのつもりでノコノコとパブに赴いたのであります。
 しかしこういう考え方は日本人特有の完璧気質とでも言いますか、「下手だから止めておく」などと言おうものなら「自分が楽しむことが一番大切なことでしょう?」とヨーロピアンから心底不思議な目で見られてしまい、更にはよくよくフロアを見渡せば、私が安心して踊り出してしまうことができるレベルの人も堂々と踊っており、こんなチャンスはそうあるものじゃないんだし……と言うことで、素直にアイリッシュダンスを習うことにしました。

 英語の習得時にもよく言われることですが、日本人は「間違いを恐れる」という気質が他の国に比べて群を抜いて強いようです。これは余り良いとは言えない性質だと思いますが、同時に昨日の一件を絡めて考えるならば、日本人は恐らく誰かから間違いを指摘された場合には、比較的素直にその間違いを直すのではないかとも思いました。(最近はどうだか分かりませんが……)
 これらの気質は外からの目、つまり「世間体」を気にしていることに通じるのかもしれません。そう考えると、良い点と悪い点は起源を同じくする振る舞いの裏表なのかなぁ、とも思えてくるので、単純に片方だけを良しとして、片方を切り捨てるというのは難しいことなのかもしれません。

 何はともあれ、アイリッシュダンスですが、端から見た自分を確認できないので上手く踊れたのかどうかはサッパリ見当もつきませんが、楽しく踊れたことだけは確かです。基本的な3つの動作を組み合わせてダンスを構成しているものを習ったのですが、クルクルと激しく回転するため、途中で酔ってしまったのも良い思い出です。
 普通、車で酔う人でも自分が運転する場合は酔わないと言いますが、私は自分で運転していても酔います。そして今回踊っていて酔ってしまった自分の三半規管の弱さを「ここまで筋金入りなら……」と優しい気持ちで受け入れることが出来そうです。


The Crane Bar でのアイリッシュダンス講習会

 私自身は途中で酔って気持ち悪くなってしまったので脇に避けて休んでいたのですが、一緒に行った「ずっとアイリッシュダンスを習いたかったの!」というイタリア人の女性が本当に心底嬉しそうで、そんな彼女を見ていてこちらもほんのりと幸せになってしまいました。


▲TOP
2002年7月17日(水) 観劇で障害者考
 現在ゴルウェイは第25回アート・フェスティバルで街中大賑わいです。シティセンターに行くと街は観光客で埋め尽くされており、そこここで英語ではない言語が飛び交い、一体何%が地元民なんだろう……という疑問もお馴染みになって来た今日この頃。本日はそのアート・フェスティバルの催し物である劇を観に行って参りました。

 さて、劇自体は大したコトないと言いますか、単に私の興味の範囲外だったと言いますか……とにかく全く楽しめなかったのですが、それでも行って良かったと思ったのは、ヨーロッパ諸国での障害者の在り方を体感することが出来たからです。
 劇が行われたのはアート・フェスティバルのために野外に設置された900人収容できる大規模な特設会場で、本日の客席は満席でした。中央に舞台があり、その舞台を左右に挟む形で客席が配置され、左右のブロック共、最前列に計4〜5人の車椅子の観客がいました。車椅子の観客は、単に足が悪いから車椅子を使用しているというケースの人だけではなく、中には身体のコントロールが出来ないという人もいました。(※注:私はよく分かりませんが、連れは「多分ダウン症だと思う」とコメントしていました)

 そこで、今回の話です。デリケートな話ですので書くのが難しいのですが、なるべく正直に書きたいと思います。もし不快に感じる表現等ありましたら本当に申し訳ありません。

 車椅子の観客のうちの1人が、約2時間の劇の間ほとんどずーっと奇声を発したり手を叩いたりしていたのですが、驚いたのは周囲の観客の態度です。真ん中の舞台を挟んでほとんど対角線上にいた私が「……うるさいな」と思う程度でしたから、恐らく900人の観客全員に行き届く声量で奇声を発していたのですが、誰一人として文句を言う人がいませんでしたし、「ちょっと……」という雰囲気すらも感じなかったのです。
 劇中でヒロインがラブシーンに突入すると、それまで以上の奇声を発して、シーンとしている会場に彼の声だけが響き渡るという状態になり、劇に支障が出るのではと心配に思うほどだったのですが、会場の雰囲気としてはそれに対して非難が出るようなことはなく、それどころか少々の笑いが起きるほどの穏やかさでした。
 その車椅子の観客を連れてきている(恐らく)家族も、手を叩こうとする彼の手を時々抑えたりするのですが、基本的には放置状態で、どんなに大声で奇声を発しても出て行くような素振りは全く見せませんでした。
 例えば私がその家族の立場なら、何となく居たたまれなくなって彼を連れて会場から出て行ってしまうと思うのですが、そう考えるということ自体、私の中に「うるさい」「迷惑」という思いがあることの証明のようなものだと、後でイタリア人の子と話している時に気付かされました。

 劇が終わった時点では、「障害者の人権を守っているヨーロッパ諸国の対応は立派だと思うけど、あそこまでうるさいケースに対しても寛大というのはどうなんだろう……」と思っており、一緒に劇を観ていたイタリア人の子に、本音ではどう思っているのかを知りたくて、丁度もう1人の日本人も「あれには参ったね」的な雰囲気だったことも手伝って、何気なくこんなふうに切り出してみました。
日本人 「今日の劇さ……ずーっと手を叩いたり叫んだりしていた人がいたじゃない? でも皆、全然文句とか言わなかったから、ちょっと驚いちゃった」
イタリアン 「なんで? 彼らにはああいうエモーショナルなことは必要だし、叫んだりするのは単にそういう器官のコントロールができないんだから仕方ないじゃない。文句なんて誰が言うの?」
日本人 「ヨーロッパでは皆そんな考え方なの?」
イタリアン 「多分ね」
日本人 「そうかぁ……。いや、日本ではあり得ない環境じゃないかな、って思う。日本ではもっと障害者の人の立場が弱いから。別に誰かが本当に追い出したりする訳じゃないけど、雰囲気的に障害者の人はそういう場所に行きづらい状態になっている気がする」
イタリアン 「それは良くないわね……。彼らは彼らにしかない素晴らしい能力を持っているのよ。ヨーロッパでは彼らは国から様々な特権を与えられているわ」
日本人 「彼らは特別な学校に行ったりするの? 今日も見ていて、周りの人が凄く自然に彼らに接しているから感心しちゃった。イタリアでは彼らへの接し方とか、どうやって学んで行くの?」
イタリアン 「日本では障害者は特別な学校に行くの? それは良くないと思うわ。イタリアでは彼らは普通に私たちと一緒の学校に通うし、ボランティアも多いから普段の生活の中で彼らと普通に接するのは当たり前のことなのよ」
 話を聞いているうちに、自分が劇中に「うるさいな……」などと思ったことが恥ずかしくなってしまいました。
 家に帰って本日の話をスペイン人のマリアにすると、彼女からもこんな答えが返ってきました。
マリア 「もしも障害者の人に向かって『うるさいから出て行け』なんて言おうものなら、周りの人から『お前が出て行け!』って言われちゃうよ」
 「うるさいな」と感じること、イコール、自分の教養レベルの低さ、日本教育の遅れと理解の欠如なのだと痛感しました。
 物理的な待遇もさることながら、やはり大きいのは教育から来る意識レベルの差でしょう。とにかくこの差は余りにも大きく、日本が障害を持つ人たちにとって住みやすい国になるにはまだまだ掛かりそうだと残念に思うのでした。


▲TOP
2002年7月18日(木) フラット探しのコツ
 今週末にここゴルウェイを去り、新天地リムリックを目指す訳ですが、今までの移動と違って今度の移動では滞在先を自分で探さなくてはなりません。しかも現地で探せる期間は20(土)〜23(火)、B&Bを予約してあるたったの4日と限られています。4日間で半年住むことになるアパートを探すのです。
 (これが無謀であると知ったのは、フラットが決まってしばらく経ってからで、当時は「フラットは見付かる時は1日で見付かる」という言葉の良い面しか見ずに行動に移ったのであります。「見付かる時は1日で見付かる」というのは、当たり前のことですが、裏を返せば「見付からない時は1日では見付からない」ということなのですが……)

 所詮は家を見ずに決められるはずもなく、ゴルウェイにいながらにしてできる事と言えば、地元ポスト誌の情報を元に、リムリックに着くその日、土曜日の見学の予約を入れることくらいです。そこでまずFAXで送ってもらった地元情報誌に目を通し、取り敢えずは「場所」や「条件」などから見学の予約を入れる家を選別します。
 しかしいざ情報誌を見ると、意味の分からない簡略表記が多く、まずはその意味を地元の人に聞かなければならないことに気付きました。更には「××エリア、1人募集」程度の情報しか掲載されていない情報が多いため、電話の際に聞くべきことがたくさんあることにも気付きました。
 ――と、言うことで、この段になって漸く、電話を掛ける前に略称の意味調べや質問表作りから始めなければならないことを知ったのです。…………何でも早め早めに着手するのが良いですね……。


毎週木曜日発行の Limerick Post 情報例

 「professional」は「社会人のみ(騒がしい学生お断り)」、「All mod cons.」は「All modern conveniences.(最新設備が整っている)」、「OFCH」は「Oil fired central heating.(石油を燃料とする暖房を使用)」、「NS」は「Non Smoker」、「En-suite」は「バス・トイレ付きの部屋」など、大分表記に慣れたところで質問表作成に取り掛かりますが、質問表を作る傍らで、ふと既にコークで3人の外人と共にシェアフラット生活を始めている日本人の友人を思い出し、メールで「シェアフラットを探す際に何かアドバイスはある?」と問い合わせてみました。すると速攻で返って来たのはシンプルな……しかしその背景には計り知れない重みが隠されていると感じられるこんな1行メールでした。

「もう、全ては住人次第です」

 「最新設備がイイ」とか「禁煙がイイ」とか言っている場合ではなかったようです。
 ……………………他人……しかも赤の他人の外人との共同生活を始めるに当たって、様々な覚悟が必要そうだとうっすら悟ったフラット探し2日前。良いフラットが見付かるといいのですが……。


▲TOP
2002年7月19日(金) 引越し前夜
 毎週木曜日に発行される情報誌 Limerick Post に掲載されているシェアフラットの情報をまとめ、希望エリアで見付かった40件の情報を「Single Room」「Professional」「Non Smorker」「All mod cons.」などの条件を元にふるいに掛け、取り敢えず20件ほどに絞ります。そして1時間ほどかけて練った挙げ句に先生に校正してもらった問い合わせの文章を前に、深い溜息と共に電話に向かいました。

 
電話での問い合わせのための涙の質問事項メモ

 電話での問い合わせというのは言葉が不自由な者にとって恐らく最高レベルに厄介なシーンです。アイルランド在住暦10年を越す日本人がこんなことを言っていました。
「外国で暮らす際に、ある種の到達レベルの基準として『電話で事態を解決できるかどうか』というのがある」
 大抵のシーンは身振り手振り、果ては絵を描くなどしてどうにか対処することが出来るのですが、音声のみで物事を解決しなくてはならない電話は出来れば回避したい手段でもあります。
 例えば歩いて1時間の場所にカスタマーサービスがあったとして、何か問題を抱えている場合、私なら思わず「歩いて1時間」を選んでしまうでしょう。そうは言っても「バスで4時間」の距離はさすがに選ぶことが出来なかったために、2週間ほど前の3(水)には電話で事態を解決した訳ですが、たかだか1回このような事態をこなしたからといって、ほいほい気軽に電話できるようになった訳ではなく、やはり苦手なものは苦手なままなのです。
 しかも今度は「たかだか1回」というレベルではありません。少なくともリストに挙げた20件は電話を掛ける対象であり、状況によってはそれ以上ということも充分に考えられるのです。唯一の救いは毎回聞く内容が同じなので、ある意味「勉強には最適の状況」ということですが、自分に選択権があるのならこんな武者修行のような勉強方法はイヤです……。

 とにかく最初の1軒目はかなり緊張しました。読み上げる文章を何回か小声で復唱し、ドキドキしながら明記されている電話番号をダイヤルします。
鷹瀬 「――Hello, I'm ringing to enquire about accommodation. I saw in 'Limerick Post' on the 18th.」
相手 「Oh, sorry. Already gone.」
 早っ! 続く「I would like to look at the house. Could I visit this house at about 2 o'clock on this Saturday?」を披露する間もありません。
 何度掛けても多少は違えど同内容の返事が返って来て、見学の予約どころか基本的な質問にすら辿り着きません。昨日発売の情報誌がこの調子というのは非常にマズイのではないかと、この時になって少々不安にありました。しかし采は投げられた……もうどうすることも出来ません。

 最初は電話を掛けること自体にドキドキしていましたが、徐々にそれどころではなくなり、次第に「たった4日間では見付からないのでは……」という現実にドキドキし始めます。電話の内容が多少複雑になって、事前に用意していた文章では間に合わなくなっても「別に……。そんなことより予約が入れられない……」という感じで、とにかく電話を掛けて掛けて掛け捲る展開に突入しました。
 当初、条件を元にフィルタリングを掛けていた情報も、とにかく手当たり次第という感じになってきて、約40件の情報のうち半数以上が「Already gone.」……つまり既に売却済み。10件ほどが留守番電話。土曜日に見学の予約を入れられたのはたったの2件、続く日曜日に1件でした。

 ――と、言うことでいよいよ明日、たった3件の予約からリムリックでのフラット探しを開始します。


▲TOP
2002年7月20日(土) さよならゴルウェイ
 ようやくゴルウェイにも慣れた頃ではありますが、いよいよ観光名所、西の港町ゴルウェイを離れ、犯罪が他の都市に比べて比較的多く、アイリッシュからも仄かに嫌われている、アイルランド第3番目の人口の産業都市リムリックに引っ越します。

 今度のリムリックは少なくとも今年度末まで住み着く予定です。今後通うコースが気に入れば来年も引越しせずに留まるつもりですが、今のところ来年の予定は分かりません。学校と探し当てたフラットの様子によりけりでしょう。


▲TOP

<<- Cork編B Limerick編@ ->>