stay in IRELAND

愛蘭滞在記(3)〜Cork編@


Cork編A ->>


 さて、1年間(予定)留学の始まりです。3度目のアイルランドですからある意味慣れてはいるのですが、今度は真剣味というか深刻度合いが違います。……多少違うはずです。
 始まりはアイルランド第2の都市、南に位置するコークからお届けします。
2002年5月16日(木)〜22日(水)の小見出し一覧
 5/16(木)@ 出国前の厄落とし  A 入国審査でのトラブル・再び  B そしてステイ先
 5/17(金)@ 学校訪問  A 子供との付き合い方  B 結局、子供が勝つ
 C 予期せぬ状況  5/18(土)@ やはりアイルランド  A 文化交流再トライ
 B 念願の引越し  C フランス人カップル  5/19(日)@ 食事事情
 A 結婚式リハーサル  B 親族一同集会に参加  5/20(月)@ 学校初日
 A 初めてのネット接続  B バスパス獲得  5/21(火)@ 国際学生証獲得
 A 親切なアイリッシュ  B バスパスの威力  5/22(水)@ 改めて学校3日目


2002年5月16日(木)@ 出国前の厄落とし
 やっぱりドキドキの出発日。
 御歳28歳――当然のように独りで出国するつもりでしたが、母が成田空港まで見送りに来ると言い出し、まぁもう少なくとも1年は会えないのよねぇ……となると、やはり母大好き人間の私としてはそれでも「来なくていいから」と言えるはずもなく、「あ、じゃあ」と言うことで2人揃って家を出ました。
 早速、駅に向かう途中で気が付いたのが、なんとなく大勝負(?)のときにいつも身に着けるお守り代わりの指輪を忘れてしまったというコト。これがすべてのケチの付き始めでした……。別に今まで拘って着けていた訳ではないのに、忘れてしまったという事態が既に気持ち的にはアウトな訳で、「ああ……もうなんか駄目カモ」という嫌〜な雰囲気が安易に立ち込めます。
母 「あとですぐに送ってあげるわよ」
鷹瀬 「あーうーん……いや、もーいーや」
 しょせん、この程度なのです。にも関わらず、自分の注意散漫なせいで忘れてしまったということ自体に博打的な要素を絡め、なんとなくガッカリし始めます。

 教訓1:大事な荷物(もの)は前の日に用意しておくこと。

 気を取り直して電車に乗り込み、まずは成田空港に向かう京成線への乗り入れのために、JR日暮里駅を目指します。
 「本当に行くのねー」「ねー」みたいな会話をぼんやり交わしつつ、ふと「で、今何駅?」と駅名を確認すとそこは日暮里。「え? ここで降りるんじゃ……?」とか何とか言っているうちに扉が閉まり、おいおい電車出発しちゃったよ、みたいな。
 ……いい歳した大人が2人も雁首揃えて一体何をしているのでしょう……。
 万が一のために少々早めに家を出ていたので、折り返して日暮里を目指しても成田空港行きの特急には10分の余裕がありました。ありましたが、やはりこれ気持ち的にはアウトでしょう。
 しかし余裕をもって家を出て良かった……。本当に良かった……。

 教訓2:ここ一番大勝負のタイムスケジュールは余裕を持って組むこと。

 気を取り直して成田空港行きの特急に乗り込み、さあもう後は1時間45分後に到着予定の成田空港駅まではゆっくり出来る……そう思った途端、母に異変が起きたのであります。
母 「お……お腹が痛い……。次の駅で降りるわ……」
鷹瀬 「え? ええぇぇぇっ?!」
 なまじ特急に乗ってしまったもので、なかなか現れない「次の駅」。脂汗を掻き始める母。
 なんかもー凄いことになってるんじゃないでしょーか……。僕、自分を取り巻く現実と折り合いつけるの難しい……。
 とにもかくにも日暮里駅から次の青砥駅までの約10分間、ウンウン苦しむ母を横に私のジャーニーは幕を開けたのであります。

 教訓3:トイレはあらかじめ済ませておくこと。

 「空港の英国航空(BA)のチェックインカウンターでね!」の言葉を残して青砥駅で降りる母。なまじ独りで出発するよりもよほど大変な目に遭っている気がする娘。親の愛ってときどき重い……。

 この後も色々ありましたが、取り敢えず、私がチェックインを済ませた後くらいに母が現れ、無事「きちんとした」別れを遂げることが出来たのであります。まさかこの私が、と思っておりましたが、泣きましたよこの後。絶対泣かないと思っていたのですが、人間どんなに心は平静なようでも、一度ほろりと来ると結構来るモンですね……。
 母は母で
「もう3回悪いことが起きたから、厄は終わったわよ」
とか訳の分からないこと言ってるし。3番目のトラブルも私の厄に換算しちゃっていいンすか?とも思いますが、何が起ころうとも「娘万歳!」的強引な論理展開にまたまたホロリと来る訳で……出国ゲートを潜って完全に母の姿が見えなくなる頃にまためそめそ泣いていました。そして泣きながら、「私別れ系の嘘泣きは出来ないと思ってたけど、こりゃーやろうと思えば出来るな」とか考えていたのであります。

 だって、今これを打っていてもじんわり来てますもん。
 もーこの文章読めば自分的には何度でも泣けちゃう、みたいな。ご飯3杯行けちゃう、みたいな。(←基本的にお笑い体質らしい)


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2002年5月16日(木)A 入国審査でのトラブル・再び
 さて、1年前の初めてのアイルランド行き同様、今回も世界一入国審査が厳しいとされているロンドン・ヒースロー空港経由でのアイルランド入国です。しかも今度は色々と面倒が予想される要素を既に自覚しています。
 まず、航空券が片道しかない。これはいきなりかなりのピンチです。つまりどういうことかと言うと、入国審査の際に帰りの航空券を提示できないと言うことで、これは「帰る気がない」とみなされる可能性が高く、審査が当然厳しくなることは容易に予想されます。本来は1年OPENチケットや、もしくは格安1ヶ月FIXなどを購入し片道を捨てる、という方法をとるのですが、まぁ諸事情があり片道購入してしまったのです。

 別に長く滞在する予定でも、学校に通うなどの目的があれば良いのです。入国審査官の目的は「不法労働者の取り締まり」な訳ですから。
 しかしここで第2の問題点です。「状況によって計画は変更しよう」と考えている私は、もちろん1年分の入学許可証など揃えていません。最初の9週間分の入学証明書しか持っていないのです。
 本当は詳しく説明をすれば分かって貰える事態なのですが、詳しく説明ったってねぇ……何語で?みたいな……。今度はさすがに1年前のように「Only 1 week!」を連呼しても通してもらえない気がします……。(←1年経った今でも言葉で説明する自信がないらしい)

 さて。言葉で説明できる自信がないなら証拠をもってその場を収めちまおう、と言うことで、用意したのが郵便局で無料作成した残高証明書です。しかもコズルイ手を使って、先の9週間分の学費を払う前に郵便局に有り金すべてを注ぎ込み、MAX値に達した際に作成しておいたいわば満額満ち満ちた状態の過去の残高証明書です。「これだけ持っているんだから、アタシャ働く気なんかコレっぽっちもございません」と言い切るに相応しい金額を提示することで、その場を収めてしまいましょう、と、そういう算段です。
 実際、そんなに心配はしていませんでした。しつこく審査されるかもしれませんが、入国を拒否されることはないだろうと。いざとなれば悪意なんぞこれっぽっちもない純朴そうな(馬鹿そうな、とも言う)顔して「?」と小首を傾げていれば通してくれるだろう、もしくは時間が解決してくれるだろうってなモンです。ええ、ワールド・ワイドに世の中舐めてます、私は。はい。

 いざヒースロー空港に降り立ち、自信に満ちた足取りで乗り継ぎのためにターミナルを移動します。余談ですがこのときのロンドンの気温は25度。1年前薄着をしてきて泣きを見た経験から、厚手のアンダーウエアに長袖のTシャツ、その上に毛の薄手のカーディガン、その更に上にフリースの厚手のカーディガンを着ていた私は、空港に降り立ったと同時に汗だくです。ロンドンでこんな感じだとアイルランドではどうなのさ。
 いきなり先行き不安になりながら今回持って来た衣服を思い返してみると、ほぼすべてが防寒具です。うーん……。

 まあいい。それはどうにかなるでしょう。Tシャツなんて現地調達すればいいんだから。防寒具を買うよりは安く済むでしょう。OK、衣服問題は済んだ。(済ませた?) 今は目の前のことから。そう、目の前の入国審査に立ち向かわねば。気を取り直す頃にはターミナル4から1への移動も済んでいます。
 入国審査を目前にした持ち物チェックだって何のその、何のそ……
審査官 「君、こっちに来なさい」
 え? 私っスか? なんで?? 別に何も悪い物なんか持ってないよ?
 いくら私がそう思っても審査官はそうは思わない訳で、仕方がない、バックパックを開けることになりました。
 嫌だなぁ……バックパックの中って確か、スーツケースに入れ忘れた下着とか生理用品とか無造作に突っ込んで来たような気がするんですけど……。せめて私が、と自分で開けようとすると、手を触れるなとばかりに審査官が制します。無言でバックパックの中身を探る審査官。丁度日本人の団体ツアー客が横を通っており、開け放たれたバックパックの中身を通りすがりにじろじろ見てゆきます……。
 せっかく袋に入れておいた下着もしっかり覗かれるし……しかも中身が危険物でないと分かると審査官、露骨に詰まらなそうな顔するし。アンタ乙女の下着覗いたんだから、せめて申し訳なさそうな顔か恥ずかしそうな顔か嬉しそうな顔くらいしなさいよ、まったく。

 とにもかくにも、私が足止めを食らった理由は文房具袋に入っていたハサミでした。よく見ると審査官の後ろにあったダンボール箱の中はハサミやらカッターやらが山ほど放り込まれています。と、言うことで私も同様にここでハサミ没収。基本的なことを忘れていましたね。刃物類はすべてスーツケースなど、預ける荷物に入れましょう。

 教訓:刃物類はスーツケース(預ける荷物)に入れるべし。

 入国審査前に嫌な風が吹いちゃったようです。ま、しかし今度こそ私の厄も終わりかな、と。訳の分からぬ気持ちの切り替えをし、さあ、いざ勝負の入国審査です。
審査官 「入国の目的は?」
鷹瀬 「英語の勉強のための留学です」
審査官 「期間は?」
鷹瀬 「13ヶ月です」(←片道チケットのための布石)
審査官 「13ヶ月?」
鷹瀬 「そうです。だから帰りのチケットはアイルランドで購入する予定です」
審査官 「なるほど。――仕事は?」
鷹瀬 「日本でSEをやっていましたけど、3月末で辞めました」
審査官 「なるほど。英語はその仕事に必要なの?」
鷹瀬 「英語は今や何にでも必要です」
審査官 「……入学許可証は持ってる?」
鷹瀬 「これですが、9週間分しかありません。この後にアイルランドで学校を見てから手続きをする予定です」
審査官 「この後の学費を払える証明書みたいなものはある?」
 やった! 狙い通り!! さあ見てくれこの満ち満ちた郵政省承認の残高証明書を! んもー凄ぇ順調!! しかも英語通じるじゃん!!
 鼻息荒く、クリアファイルから残高証明書を取り出し審査官に渡す私。「***JPY」とある証明書の残高をしばらく眺めた後、おもむろに計算機を取り出しユーロに換算する審査官。
審査官 「……君、何でこんなにお金持ってるの?」
 え? ええ?!?! あったらあったで不審がられるのかーっ?!?! こ、これは計算外っ!! そらもう日々節約してるんで、なんて微妙な説明できないよっ?!
鷹瀬 「えっと、えっと、SEの時の給料が良かったので」
審査官 「月いくら?」
(ええっ? そんなコトまで?と思いつつ……)
鷹瀬 「**万円です」
(また計算機でユーロ換算している)
審査官 「……なるほど。なんで仕事辞めたの?」
鷹瀬 「正直な話、余りSEって好きじゃないんです」
審査官 「でも英語を勉強するのは仕事のためなんでしょう?」
鷹瀬 「そうですね、日本でより良い仕事を見付けるためです」
審査官 「SEではなく?」
鷹瀬 「もうSEはやらないと思います」
審査官 「なるほど」
 うお?! なんだこの会話。入国審査ってこんなもんか? なんか違わない?? 遠い異国の地で人生相談することになるとは思わなかったよ。
 その後もなんだか非常に会話ちっくな審査が進みます。
審査官 「アイルランドに友達はいるの?」
鷹瀬 「いません」
(私のパスポートを見て)
審査官 「でも過去にアイルランドに来たことがあるんだよね?」
鷹瀬 「はい。知っている人はいますが、友達はいません」
審査官 「なるほど。この9週間が終わったらの予定はもう立てている?」
鷹瀬 「**大学に行こうと思っています」
審査官 「なぜ?」
鷹瀬 「え? えっと、良い学校だと聞いたので」
審査官 「誰に?」
鷹瀬 「え? えっと、エージェントとか友達に」
審査官 「なるほど。どんなところが良いの?」
鷹瀬 「え? えっと、図書館が24時間開いているとか、学生寮があるとか、その他施設が完備しているとか、プログラムがしっかりしているとか……」
審査官 「どういうコースに入るつもり?」
鷹瀬 「普通の一般英語です」
審査官 「ふーん」
 あ……あの……これ、何の審査なんでしたっけ??
 こんな感じで延々とだらだら喋り、「もしかしてコレ、審査というより君の暇潰しなんじゃ……」と思い始めた頃、ようやく1ヶ月分の滞在許可の判子を押してもらい、「コークでも入学許可証を見せて滞在許可書を貰うんだよ」との言葉をもって入国審査は無事終了しました。
 曲がりなりにも会話が成立していたためか全然ドキドキすることなく、しかし時間は掛かっていたようで所要時間20分。言葉というのは通じれば通じるほど事態を楽しめますね。

 私にしては上出来なイギリス入国を果たしたのであります。ふい〜。


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2002年5月16日(木)B そしてステイ先
 イギリス・ヒースロー空港からアイルランド・コーク空港に到着し、ここでも多少時間の掛かる入国審査がありましたが、動じることもなく無事通過し、なかなか出て来ない荷物を待ちます。
 私のスーツケースはサムソナイト、メタリックカラーのハードタイプですが、ヨーロッパ人でハードタイプのスーツケースを持っている人は多くありません。今回の東洋人がほとんどいないコーク空港では、出てくる荷物の8割方は布製のスーツケースかボストンバックで、時々見かけるハードタイプのスーツケースもボロボロで年季を感じさせるものばかりです。ですから逆に、硬くて綺麗なスーツケースを持っていると「日本人です。狙ってください」と言っているようなもので、結構怖いです。スーツケースはなるべく汚すようにしているのですが、それでも限度があり、やはり私のスーツケースはどう見ても綺麗な部類に入ってしまうので考えものだなぁ〜と悩んでしまいました。

 さて、荷物が出てきて出口を潜り、「コーク空港に東洋人なんてほとんどいないから、あっちが探してくれます」というエージェントの言葉を頼りに出入口付近で仁王立ちでお迎えを待ちます。するとエージェントの言う通り、本日だけお世話になる家の方が声を掛けて下さったのであります。

 本日だけ、というのは、実は6週間お世話になるご家庭のご夫婦は明日まで旅行中で、本日だけそのご夫婦の義理の娘さんの家に宿泊させていただくことになっていたのです。
 これがまためちゃめちゃ感じの良い方で。今までお世話になった家の方ももちろん良い方ばかりでしたが、意思の疎通率が上がったためか、単に彼女の発音が綺麗なため聴き易いからなのか、はたまた波長が合うからなのか、とにかくかつてないほどに「会話」をしている気がします。いや、「気」じゃなくてしてると思います。いや、「思います」じゃなくて、してるんです。……多分。(←あくまでも英語力に自信がないらしい)

 とにもかくにも家に辿りついたのが21時、それから彼女の旦那さんも加わって3人で1時間半ほど話してから就寝時間です。通された部屋も天窓付きの広い部屋で、感動したのが照明が日本人にも充分と感じられる程度に明るかったことと、シャワーが熱かったことです! これはポイント高いっす。
 今まで経験した2つの家や他の留学生からの情報によると、「照明が暗い」のと「シャワーがぬるい」のはもはやヨーロッパの家庭では必須という結論に辿り着いていたので、これら2つが満たされているなんて、もはやそこは天国です。無理を承知で更に要望を言うならば、あとは部屋に学習机があったら完璧なんですけどねー……。今のところ、いわゆる学習机がある部屋に当たったことは1度もありません。パソコンはまあノートなので膝の上でもOKですが、やはり真剣に勉強しようと思うなら学習机がないと厳しいです。姿勢も悪くなるしね。

 何にしても、私はこの家には1泊しかしないので、こんなことを色々言っても始まらないのですが。
 ――と、言うことで明日に引越しを控える身なので、荷物はほぼ開かずにそっと就寝したのであります。


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2002年5月17日(金)@ 学校訪問
 9時に起きるという予定でしたが、生活感溢るる喧騒で8時には目を覚ましました。そう、この家には子供が2人いたのです。(4歳の女の子と2歳の男の子) 昨日私が到着した時には既に就寝していましたので、ご対面は今日が初めてです。
 しかしやはり眠いことは眠かったので、うだうだとベッドの中で9時までまどろんでしまい、私が起き出した頃には家族全員外出した後でした。

 午後には月曜日から通う学校へ挨拶へ。小さな学校なので生徒は20人前後で、生徒と先生とで毎日ランチを取るらしく、それに参加しないかということになり、喜んで参加させていただきました。しかしねぇ……日本人多すぎですね。ランチに参加した9人の生徒の内6人が日本人ですもん。これ、どうよ。このランチに参加していない生徒も半数くらいはいるようですが、それにしても日本人比率がちょっと高いかもしれません。
 まだ授業が始まってもいないので何とも言えませんが、ランチの最中の様子を見る限り、長テーブルの半分に4人の日本人が固まって日本語で話していたのがちょっと気になりました。どういう訳か私は「私は日本人とは話さないぞ!」という意志が窺い知れる日本人の女の子の側に座ったため、左右前ともにヨーロピアンで初日にしては良いスタートを切ることができました。
 しかし私は別に「日本人とは話さないぞ!」とまでは思っていないのですが、真剣に英語力を伸ばそうと思った場合、やはりそのくらいの強い意志を持たないと異国の地で日本語ばかりを話す羽目に陥らないとも限らないようです。難しいもんですね……。普通に協力はし合いたいんだけどな。

 ランチを終えると、ヨーロピアンのチームはヨーロピアンのチームで今週で授業を終える女の子の送別会をするらしく、日本人のチームは日本人のチームで今週で授業を終える女の子の送別会をするらしく、それぞれ別行動していましたが、正確にはまだ生徒でもない私はそのどちらにも属さずに早速シティセンターの散策を開始しました。
 先生に地図をいただき、そこに目的地(一番大きな郵便局)まで描き込んで貰ったというのに、案の定と言うか何と言うか、いつまで経っても目的地に辿り着けない私……。
 しかし独りで街をふらつくと言うのは実に良いものです。何と言っても重度の方向音痴の私は人の助けなしには目的地に辿り着けませんから。するとどういうことになるかというと、必ず地元民の方と接する機会を持てるのです。しかしだからと言ってわざと迷子になっている訳ではなく、毎度毎度ナチュラルに、深刻に、迷子になっているだけなのですが……。

 さて、地図を片手に市街地のど真ん中の、しかし人通りの少ない裏道で迷子になり、目に入った通りの名前(アイルランドでは通りの名前が住所代わり)を地図上に探そうとも載っておらず、いよいよ助けがないとどうにもならんところまで行き詰まりました。
 もうこれは聞くしかない。丁度向かいからやって来る(恐らく)主婦2人に狙いを定め、さあ聞くぞとばかりに彼らに向かって一歩踏み出すと、私が口を開く前から笑顔で語り掛けて下さるお二人。
主婦A 「あらあら、迷ったの?」
主婦B 「顔に『困ってる』って書いてあるわよ」
 きゅーんきゅーん、もう大好きっ!
 ここらで一番大きな郵便局に行きたいとの希望を伝えると、なんとそこまで連れて行って下さるとのこと。
 きゅーんきゅーんっ!! フリフリッ!

 もうねー……本当に、よく迷子になるので他人の親切って心底嬉しくてねー。これはもう舞台が日本でもそうなんですが、日本だと教えてくれる人がいかに親切でも、誰しもが時間に追われているという状況上、なかなか目的地まで一緒について行ってくれることはないですからね。ってーか、単に日本語が通じるからわざわざ目的地まで一緒に行く必要がないということもあるのかもしれませんが。
 私も日本にいれば年相応に見られますが、恐らくアイルランドではただでさえ若く見られる東洋人ということに加え、常に「?」という疑問系の雰囲気も相俟って、かなり子供っぽく見られているのかもしれません。去年は確か空港でお喋りしたアイリッシュのおばあちゃんに「17歳?」とか恐ろしいことを言われた経験もあることですし。
 若く見られるというのはそこそこであれば嬉しいかもしれませんが、余り桁外れに若く見られるとそれは何か根深い問題を孕んでいそうで恐いです。根深い問題というのはこの場合ズバリ「馬鹿」ということなのですが……。

 ともあれ、郵便局に着くまでに「今はワールドカップでたくさんのアイリッシュが日本に行ってるから、彼らが道に迷っていたら教えてあげてね」とか言われ、「もちろんです。私は方向音痴で道によく迷って色んな人に助けてもらっているので、自分の分かっている場所で迷っている人には絶対に教えます」とか返してみたり。うふ。こんな些細なことでも楽しかったり。あは。言葉が通じなくっても気持ちが通じるってことが素晴らしいよね、みたいな。てへ。

 本日はそんな微笑ましい昼下がりを過ごしていました。


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2002年5月17日(金)A 子供との付き合い方
 よく「子供に好かれる人」というのがいますが、私は恐らくそれではありません。「恐らく」というのは子供と付き合ったことがないので、自分が子供受けするかどうかさえ分からないのですが、それでもまぁ漠然と「いや私は無理でしょう。キャラ的に」と思っています。
 しかしお世話になっている家の子供とは出来れば上手くやって行きたいと人並みに思っており、同時に「子供に好かれる人」というそのシチュエーション自体にも憧れています。子供が好きなのではなく、子供に好かれる人に憧れているのです。ええ。
 コレ、薄汚い根性の持ち主なら共感していただけると思うのですが、同じようなパターンに「旅が好きな訳ではないが、旅行人に憧れる」「英語が好きな訳ではないが、英語が話せる人に憧れる」というシチュエーションなどがあります。…………頷いてしまった方――シェイク・ハンズ!

 話を戻しますが、そんな訳で2歳の男の子は17日昼現在、私を見ると母親の陰に隠れてしまい国交断絶状態なので、4歳のお姉ちゃんに願いを託します。じっと見られればニッコリ微笑み返し、目を逸らされれば仕方ない私も逸らす。この繰り返しです。しばらくそのような無言の遣り取りを繰り返し、その内彼女も私が敵ではないことを悟ったようです。徐々に彼女の笑顔がはっきりとしたものに変化してゆき、何となくゲーム紛いの行為を仕掛けてくるようになったので、素直にそれに乗ってみます。
 半年前に付き合った2.5歳のアニータよりは1.5歳長く生きているだけのことはあります。今度の彼女は自分の要望をハッキリと言葉をもって伝えてきます。
「Can you catch me?」
 …………姫の要望は鬼ごっこのようです。
 取り敢えず鬼ごっこに近いゲームをしたりしている内に子供特有の破壊行動に走り始めたため、姫の気持ちを逸らす目的に加え、一度やってみたかった文化交流の意味合いも込めて、近場にあったメモ用紙で鶴なんぞ折ってみました。ジャパニーズ・ペーパー・アート! ジスイズ・オリガミ!!ってなもんです。(※注:いくらなんでも言ってませんよ、こんなこと。最近カタカナが多いのはかぶれた訳ではなく、単に冗談ですから……)

 ほうら、鳥さんだよー。というNHKのお姉さんを参考にしたボディランゲージと共に完成した鶴を彼女に差し出すと……彼女はそれを引ったくり……そして……そして……握り潰したのでありますっ!
 ショックの余り声も出ないワタクシ。呆然とするワタクシをけらけらと笑う彼女。彼女は掌を開き、今度はくしゃくしゃになった鶴の両羽を掴むと無造作に左右に引っ張り……そう、引き千切ったのです! ダブルショックを受けている私に更に追い討ちを掛けるかのように、彼女はその鶴の無残な死骸を私に向かって投げ付けたのであります……っ!!
 ……………………もう二度と鶴なんか作るもんかっ! 子供と浅はかな文化交流をしようとした私が馬鹿だった……ッ!!
 立ち直るのに1日掛かりそうです……。

 教訓:外人の子供に鶴を折って見せる場合、その子の性質を充分に把握してからにすべし。


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2002年5月17日(金)B 結局、子供が勝つ
 さて、本日の午後に本格的にお世話になる家へ引っ越す予定でしたが、現在旅行中のご夫婦から、なんでも帰国便にトラブルが起こり戻りが明日になる、という連絡が入り、本日も引き続き彼らの息子夫妻のご家庭にお世話になることになりました。

 手作りの鶴を惨殺されて傷付いている私とは対照的に、姫は完全に私を「遊び相手」とみなしたようです。今日の朝には目が合うだけで視線を逸らしていたというのに、夕方には物凄い「遊んで」攻撃を受けることになりました。逸早く外人と馴染んだお姉ちゃんを見て、あれだけ警戒心を露にしていた弟も徐々に態度を軟化させてゆきます。そして私は夕食時には完全なる構ってオーラを姫と王子の両名から受けることになったのであります。子供の順応力の高さには本当に恐れ入ります……。
 しかしいざその可愛いくりくりした瞳で「遊んで遊んで」と言われると、それはもう自然と笑顔が零れてしまうもので、やはり子供には敵わないなと心底思いました。そしてこうなってくると、「子供が好きな訳ではなく、子供に好かれる人に憧れる」なんていう意識はふっ飛ぶのです。よほど捻くれていない限り子供は問答無用に可愛いですし、それに子供は遊んでくれる人なら誰でも好きですしね。

 主に姫と遊び始めて分かったことですが、彼女に鶴を折って見せたのは私のミステイクでした。彼女が繰り広げる遊びときたら、ぬいぐるみを使ったキャッチボール、ソファーからジャンピング・クッションへのダイビングなど非常にアクティブなものばかりで、そら折り紙みたいなインドアな遊びを勧められても彼女のパワーは有り余っちゃうよね、みたいな……。トホホ。

 何にしても本日は非常に有意義な時間を過ごさせて頂きました。分かったことは、子供は嫌いではありませんが、ホームステイをしながら真剣に勉強しようと思うなら、やはり子供のいない家を選ぶ方が無難です。彼らの構ってパワーは生半可ではありませんから。

 教訓:「暖かい触れ合い」を求めて子供のいる家を希望する場合、それ相当の覚悟をすべし。


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2002年5月17日(金)C 予期せぬ状況
 さて、おおよそ1日をコークで過ごしてみて、あらゆる面で予期していた事態よりも良い目が出て非常に嬉しい思いをしています。
 まず、思っていたより英語が通じる。(……いや、単に思っていたレベルがかなり低いだけの話なんですが) 部屋が明るい。覚悟していたより全然暖かい。そして美味しい。本当に、言うことありません。
 しかし悲しいかな、何かに満足すれば何かに不満を抱くのが人間というやつで、私の目下のところの不満は持参した荷物の構成です。5月上旬と9月上旬の2度の訪問を経て、とにかくアイルランドは寒い!という記憶しかなかった私は、ダウンジャケットを筆頭に、フリースの厚手のジャンパー、厚手の靴下、遠赤外線のアンダーウェア、膝掛けだけに留まらず、果てはホッカイロまで……とにかく防寒具ばかりに力を注いで荷造りをしていたため、約28kgの大半がかさばるだけで不必要なものに成り下がってしまっているのです。この事態は嬉しいようであり、悲しいようであり……微妙な気分です。

 考えてみると最初に訪れたダブリンも次に訪れたポートムナも、北アイルランドまで含めた島の真中に位置し、今回訪れているコークはほぼ最南端に位置する訳で、その緯度の差を考慮に入れなかったのは敗着でした。
 今日など半袖でも充分OKではと思わせる蒸し暑いくらいの気候で、持ってきた衣服の最も薄いものを着ていても汗をかいていました。ただでさえ邪魔な荷物を持て余しているというのに、早急にTシャツを購入する必要がありそうです……。

 今のところ不満と言えば己の短慮に対するものであり、状況に対する不満は一切ありません。暖かいのだって本来なら大歓迎ですし。
 しかし、こうなるとコークには冬に来れば良かったなぁ……としみじみ思います。夏こそ北の方に滞在して、冬になるにつれて南下して、春になるにつれて北上するようなスケジュールを組めば良かった……。結果的にはモロに逆を辿っていますが。

 さて、食事についてですが、現在お世話になっている家のご飯はもー美味しくて! アイルランドにしては珍しく手作りだし、すべて味OKだし。今日なんか蒸しチキンとマッシュルームのガーリックバター焼き添えが出て来て、一切の無理をせずに全部平らげてしまいました。本当に良い家にお世話になっているなぁ……としみじみ思います。こんなに完璧だと、いっそ本来のステイ先に戻る明日からが恐いくらいです。
 しかしまあ、一応どんなに酷いところに放り込まれてもOKという心構えはして来たつもりですし、今のこの状況こそがオカシイと既に幸せを疑いつつあるので、取り敢えずは大丈夫だと思うのですが……。

 問題はインターネット環境ですね。今現在日記は日々単位で更新していますが、いかんせん、アップロードできない状態です。と、いうことですので、更新されるときは多分一気にドカッと更新されます。

 では、本日分はこの辺りで……。


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2002年5月18日(土)@ やはりアイルランド
 昨日は1日暖かく、自分が持ってきた厚手の衣服に激しい後悔の念を抱いておりましたが、やはりここはアイルランド。刻一刻と変わる天気を舐めてはいけませんでした。
 本当に、たった今まで嵐だったかと思うといきなり晴れて暖かくなり始めたり、暖かいことに油断して上着を脱ぐと同時に寒くなり始めたり……とにかく、くるくる変わる天気に対応するために、重ね着をして臨機応変に脱ぎ着できるようにしておかなくてはなりません。
 一方傘ですが、これはもう活躍の場がありません。日本ならばほぼ確実に100%の人が傘を開き始める程度の降りになっても、アイルランドではほとんどの人が傘を差さずに往来しています。恐らく「すぐに止む」と思っているからで、実際にそうなのです。さすがにかなりの降りになれば皆さん傘を差しますが、逆に言えば、ただでさえ大雑把な彼らは「かなりの降り」にならなければ傘なんぞ差しません。

 とにもかくにも、最も寒い時にはフリースの厚手のカーディガンを着ていても寒いので、持ってきた防寒具の半分程度は役に立っています。


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2002年5月18日(土)A 文化交流再トライ
 本日の午後にはこれから6週間ほどお世話になる家に引っ越すのですが、それまで、つまり午前中はまだ「子供のいる家」にお世話になっている訳で、当然リビングに行けば姫の遊んで攻撃が待っています。昨日私は「子供は可愛いよね、やっぱさ」みたいな調子の良いことを書いたようですが、いや、今でもこの言葉に偽りはないつもりですが、それでも暴れ馬のごとくはしゃいで走り回り、しかも「これをして!」「あれをして!」と命令してきて、しかも言うことを聞かない姫にしばらく振り回されると、「…………野郎……(怒)」という気持ちが頭の片隅を掠めるのも事実でして……。

 私と4歳の姫が遊んでいると、2歳の王子がヨタヨタと近寄ってきて仲間に入ろうとするのですが、姫は冷たい口調で弟に向かって言い放つのです。
姫 「Go out! This is girl's game!」
 ………………意地悪だなぁ……。一応私も言葉は不自由でも人格的には姫より大人なので、泣き出す弟をなだめ、姫を説得して3人で遊ぶように提案したり……。王子は泣き止まないし、姫は暴れ出すし……つ……疲れる……。

 子供というのはこちらが思う以上に敏感で、何だかんだ言って私が心の中で「……ふぅ」と思っていることを悟るらしく、しばらく自分勝手に遊んでいたかと思うと、いきなり「トーコは何がしたいの?」などと聞いてきたりします。――私? 私は部屋で休んでいたいよ……と思いつつも、そう言えるはずもなく、仕方ない、何か姫のお気に召すような遊びを提案すべく考え込みます。
 ――そうだ。ジャンケンなんてどーよ?
鷹瀬 「じゃあさ、こんなのはどうかな……日本でよくする遊びなんだけどね。グーとチョキとパーがあって、グーが石で、チョキがハサミで、パー……」
姫 「ハサミ? ハサミならあるよ! パパ! ハサミどこ? トーコがハサミ欲しいって!」
 ………………ンなコト言ってねえだろッッ! 人の話をちゃんと聞けよッ!!
 私がいくらそう思おうとも事態は既に動き始めてしまったようです……。なかなか見付からないハサミ。結局パパまで巻き込んでハサミを探す羽目に……。「違う違う、そうじゃない」と事の起こりを説明するにはちょっとパワーが不足気味のワタクシ……。もう流されるままにハサミを探し、ハサミが見付かった暁には姫がそのハサミで雑誌を切り刻み始め、何でも姫の真似をする王子がハサミに手を伸ばすとパパが「No!」と強い口調で制止し、姫も一緒になって「Nooooo!!!」と王子を追い払い、王子はこの世の終わりの如く泣き叫び、元凶を作ってしまった私はただジャンケンをしたかっただけなのに……と呆然とこの地獄絵図を見守るしかなかったのであります……。

 教訓:文化交流にはそれ相当の覚悟を持って臨むべし。


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2002年5月18日(土)B 念願の引越し
 今までの経緯を見ていただければお分かりかと思いますが、どんなに家が綺麗でも、どんなに部屋が大きくて明るくても、どんなシャワーが熱くても、どんなに食事が美味しくても、すみません、私は子供がいる家は嫌です。

 と、言うことで、いよいよ念願の……というか本来なら最初からお世話になる予定の家人が旅行から戻って来ました。私を迎えに息子夫婦の家にやって来たホストマザーに連れられて、念願の「子供のいない家」にお引越しです。
 迎えてくださったホストファーザーもお茶目でメチャ感じの良い方で……。
 つい先ほどスペインから戻ったばかりでお疲れ気味のはずの2人だと言うのに、なんとホストファーザーが夕食を作って下さいました。(その間ホストマザーは新聞を読んでいました……)
鷹瀬 「旦那さんが食事を作るんですか?」
HM 「2人とも作るけど、今日は私が疲れているから……」
鷹瀬 「素敵な旦那さんですね」
HM 「あなた、トーコが『素敵な旦那さん』ですって」
HF 「こんなことは当たり前のことだよ。僕たちは2人でやっているんだし」

鷹瀬 「ウチの父親なんか全然動きませんよ。どんなに母親が大変でも絶対に手伝いませんもん」
HF 「それは酷いな……」
 うん、酷いと思う……。

 しかし、後に色々なご夫婦を見て思うことですが、私が現在お世話になっている家のホストファーザーは凄まじく気が付きますし、フットワーク軽くよく動きますし、何でもやりますし、親切です。普通のアイリッシュのご夫婦はここまでではありませんが、それでもやはり程度の差はあれど旦那さんが家の手伝いをするのが普通です。恐らく、アイリッシュの一般的な男性が、日本人のかなりよく気が付く部類の男性と同程度でしょう……。
 これは労働条件やゆとりの問題も関わってくるでしょうから、一概に「日本の男は使えねえ」とは言えないのでしょうが、それでもこの明らかな違いを目の当たりにすると最近では変わりつつあるとは言え、「…………日本の男ってなぁ……」と少々思ってしまったり……。
 文化や趣味趣向がありますから良し悪しは言えませんが、それでも恐らく日本人女性がホストファーザーを見てしまったら色々なことを考えてしまうことでしょう……。
 言葉を濁したままこの話は終わります……。

 さて、少々心配していた食事ですが問題ない……どころか美味しいです。そしてシャワー……熱いです。部屋は……2日間お世話になった息子夫婦の家よりはひと回り小さくなりましたが、念願の勉強机が用意されていました! 机と言ってもタンスの横についている小さなものですが、取り敢えず勉強できる程度の大きさはあるので一安心です。

 と、言うことで物理面、精神面共に良い環境をゲット出来たようです。


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2002年5月18日(土)C フランス人カップル
 いずれ時間が出来たときに書きます。


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2002年5月19日(日)@ 食事事情
 私が初めてアイルランドを訪れた1年前、ダブリンでの余りに酷い食事に耐え兼ねて「他人が私のために作った料理は残さない」の誓いを1日で破ってしまった私は、その後他の留学生が「ホームステイしていて絶対にしたくないのがご飯を残すことだよね」と語っているのを聞いたとき、本当に恥じ入りたい気持ちになったものです。
 しかし、ダブリンの次に訪れたポートムナのご家庭、そして今回コークで既に2つのご家庭、合計4軒のアイリッシュのご家庭を覗いた今おおよその「平均」が見えつつある訳ですが、「私がダブリンで毎晩夕食を残していたのは仕方ないと思うな……」という結論に至りました。
 そう、最初のダブリンでのホームステイは食・住共に群を抜いていたと思うんですよ、私はっ。ある意味、あのダブリンでの1週間の記憶があるからこそ、もう何が来ても平気、と言うか……。

 今にして思うと、あれはもしかしたら神様の試練だったのかも。「これにめげずにアイルランドに再び足を運ぶようなら合格」みたいな。何に合格したのかは不明ですが……。
 とにかく、1週間で4kg痩せてしまった1年前とは対照的に、今回は何だか既に太り始めているようで恐いです。残したら悪いと思うせいで、日本での食事の1.5倍くらいは食べているもので……。このホームステイが終わったら、また食事量を適量に減らして行きたいと思います。
 しかし、ランチで利用するパブやレストランの最も安いメニューを頼んでも、結構なボリュームが来てしまうのが玉に瑕です……。機会があったら写真を撮って掲載したいと思います。


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2002年5月19日(日)A 結婚式リハーサル
 さて、本日は昨日までお世話になっていた家庭の奥さんの妹(姉?)の結婚式リハーサルで、「良かったら見に来ない?」と言うことで喜んで参加させていただきました。ちなみに、日本での私はこういうことには一切参加するようなタイプではありませんが、「せっかく外国に来ているんだし出来るだけ何でも体験してみよう」という初心者にありがちな心意気を今のところ持ち続けているため(まだ3日目だしね……)、結構疲れていましたが正直少々無理をして参加しました。

 結婚式のリハーサルがどこで行われるのかはまったく知りませんでしたが、東京に住んでいた私の短慮から、何となく……本当に根拠などなく、何となく、車で30分くらいに考えていたのですが……その3倍の時間を掛けて片田舎の教会に辿り着いた時には既にくたくたでした。
 トイレが近い私にとって「車」「田舎」はデンジャラス・ワードです。きちんと事態を把握しておかないとここでは命取りになりかねないことを、この日、骨髄液から悟りました……。

 アイルランドの結婚式は、日本のものと形式は一緒でも根本がまったく違います。なぜなら日本にある教会は「人々が祈る場所」ではなく「結婚式のために作られた施設」に過ぎません。キリスト教の本場の国では、教会は日常生活でしばしば訪れる場所で、「綺麗」と言うより空気が重く「荘厳」な感じがします。丁度日本の神社仏閣がそれに当たるのでしょうか。
 今回の結婚式が行われる教会は、綺麗な椅子も綺麗な床もなく、すべて人々が長年に渡って使ってきたことが分かる古さを醸し出しており、これこそが本来あるべき姿だよなぁと思わせる重みがあります。日本人が教会で結婚式を挙げても、それはスタイルを真似しているだけで、根底にある思想や精神を理解してのことではないので、教会は単なる綺麗な場所に過ぎず、空気の重みがまったく違うと感じました。
 まぁでも日本で神社仏閣で結婚式を挙げたところで特に歴史を理解している訳でもなく、同様にスタイルだけになる可能性は高く、重みが出るとも思いませんが……。これも「形式重視」と言う名の日本文化なのかもしれません。

 何にしても、「すべてが素朴」というのがトータルの感想です。

 余談ですが、日本での「お祝儀」は外国人からはクレイジーと思われる習慣だと聞いたことがありました。私が聞いたのはアメリカ人で、私が「友人の結婚式でお祝儀として3万円出した」という話をした際、「私の結婚式にも是非来てくれ」と冗談を言われたのが印象的でした。基本的に彼らは決して高くないプレゼントを贈るのが慣わしなようで、現生(お金)を包むと言うのはありえないとのことでした。
 しかし、今回のアイルランドで結婚式のリハーサルに参加していた親族の1人が「今年は結婚式ラッシュでお金が出て行くわ……」と零しており、詳しく聞いたところ、遠くまで行くのでお金が掛かるという意味の他にも(基本的にはプレゼントを贈るけれど、)時々お金を贈ることもある、とのことです。それでも「3万円」と言うのには驚いていましたが……。
 「結婚式はめでたいけどお金が掛かるので……」という気持ちはどこでも一緒で国境を越えたものなのね……と、少々感動してしまいました。

【10日後の追記】
 上記記述に関して、クリスチャンの方から下記のようなメールをいただきました。
 おそらくこれは結婚式場にある教会をさしておっしゃっているのだと思いますが、日本にも「人々が祈る場所」としての教会はあります。私はカトリック信者なのですが、わたしたちが通う教会は「結婚式のために作られた施設」ではなく「人々が祈る場所」です。
 なんだかその存在を軽んじられている気がして気になりました。

 確かに日本にも当然キリスト教信者の方はいらっしゃり、その方たちが利用している教会もあるのは承知しています。そしてその存在を軽んじているつもりは全くありません。私が言っていてるは当然そういう方たちのことではなく、キリスト教徒でなくても形式もしくはファッションとして教会を結婚式に利用している人たち、もしくは風潮のことです。教会で結婚式を挙げるカップルの何%がキリスト教信者かと言うことを考えれば、上記の話の中ではキリスト教信者の方はむしろ「例外」に当たります。(本来なら「例外」ではなく、正当な方々に当たる訳ですが……)

 だからと言って、これもまた簡単に「キリスト教でもないのに結婚式に教会を利用するなんてっ!」と一概に非難している訳ではありません。なぜなら現在日本人が結婚式を挙げようと思った場合、どうしても「教会で挙げる」というのはメジャーな選択でしょうし、予算の関係ということだって考えられます。
 私が言っているのは、「背景にある思想や精神を輸入せずに形式だけ輸入するのが日本の大々的な特徴なんだよねぇ」という点なのです。これはもう何の分野にでも言えることだと思っています。
 ――この辺りをご理解頂けると幸いです。


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2002年5月19日(日)B 親族一同集会に参加
 結婚式リハーサルの後そのまますぐに帰れるのかな、と思いきや、明日が姫の誕生日とのことで、結婚式で集まったのを良い機会とし、親族一同が大集合しました。そしてその誕生パーティに成り行きで私も参加することになりました。
 一応、主役は姫ですが、本当の主役は今回の結婚式の新郎新婦で、新郎側の親族および今回私がお世話になっている新婦側の親族、総勢20名強が会したのであります。
 私が言葉が不自由だと知らないためネイティブのスピードで喋られることに加え、少々田舎に来たために訛りが強いことも相俟って、中央に座る曽祖父(?)を筆頭に、彼らが何を話しているのかサッパリ分かりませんでしたが、田舎の伝統的な農夫の家と料理、そして何となく古き良き大家族の交流を垣間見ることが出来て楽しかったです。

 しかし、思いましたね。何だか生活を楽しんでいるなーって。ゲームとか映画とか旅行とかカラオケとか飲み会とか、そういう楽しみ方ではなく、やはりここでも「素朴に楽しんでいるなぁ」と思ったのであります。日本でも田舎ではこんな感じなのかもしれませんね。私は故郷を持たない都会っ子なので、こういう大きな親族の集まりにはちょっと憧れてしまいます。


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2002年5月20日(月)@ 学校初日
 本日が学校初日ということで、通常9時〜13時までの授業の前半分を使ってクラス分けのテストをしました。
 私と日を同じくスタートするのは2人、スペイン人男性とドイツ人男性で、どちらも仕事の傍ら英語スキルを伸ばすために2〜3週間の短期でこの学校に来たようです。
 スペイン人は往々にしてアクセントなど癖は非常に強くて聞き取りにくい英語を話すのですが、それでも喋るのが非常に早く、ラテン語源の言語を母国語としていることも相俟って、すぐにペラペラになってしまいます。ドイツ人は強い癖もなく言語体系もスペイン同様ラテン語源なため、やはり最初からかなりハイレベルというケースが多いです。少なくとも語学学校で会うドイツ人はほとんどが既に私から見たら問題なく話せるレベルで、クラス分けでも一番上のクラスに属すのが常です。

 さて。クラス分けのテストは文法問題100問の筆記テストと、校長のインタビューによる会話のテストで構成されています。しかし、国籍別人数制限をしている小規模校ながら日本人が非常に多く、学校側も日本人の扱いに慣れているようで、
「日本人は文法で良い点を取れても、クラスで会話についてゆけないから、点数がどんなに良い人でも会話が出来ない場合は最初はエレメンタリー(一番下)コースに入ってもらうことにしているの」
と最初からお達しがありました。私もこのケースに漏れず、文法テストの結果は良かったらしいのですが(いや、良いと言っても真ん中のクラス程度)、インタビューの結果、会話が完全に不自由なため、3段階ある内で一番下のクラスに入れられることになりました。
 ――と、言うことで、私のクラスの国籍は日本3人、韓国3人、スペイン1人、ベネズエラ1人というメンバー構成です。早く速く喋れるようになりたいなぁ……。

 ただ良かったことは、先週末ランチに参加させてもらったときは日本人が固まって日本語を話していたシーンを見掛けて心配していたのですが、今日の様子を見る限り、日本人が固まっていることもなく、更には日本人だけになっても英語で喋ろうと努力している子が多いようで、取り敢えずは安心したのであります。
 一応学校に「母国語を喋った場合罰金」というルールがあるため、同じ国籍同士でも英語で話し易い良い環境なのです。他の学生に聞くと、やはりどんなに本人が「同じ国籍同士でも英語を話すぞ!」と思っていても、周りがそれに乗ってくれないと結局は母国語を話す羽目に陥ってしまうようなので、このように学校でルールを設けてくれるとこのルールに賛同した人が集まり、同じ国籍の人に英語で話し掛けても変な目で見られることがなく非常に良かったと言っていました。
 取り敢えずは英語が不自由な期間にこの学校を選んで正解だったかなと思っています。


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2002年5月20日(月)A 初めてのネット接続
 何はなくてもインターネット!と思って、あらゆる手立てを検討してきましたが、非常にラッキーなことに、現地でのプロバイダさえ確立できれば家で5〜10分程度なら毎日使用しても良い、との了承をこんなに早い段階でホストファミリーから頂くことができました。他の留学生の話を聞くと「電話は家族が使うから駄目」と断られた人が多く、本当に良いホストファミリーに当たったんだなぁ、と己の幸運をしみじみ噛み締めています。
 ここまでお膳立てが出来たものの、現地で接続を開始するためのスタートキット(CD-ROM)がどこをどう探しても見付からず、郵便局からモバイル(携帯電話)ショップ、PCショップ、電気屋とおおよそ心当たりがある店を何軒も渡り歩いて目的のCD-ROMを探しましたが、本日は見付けることが出来ませんでした。
 それでもとにかくメールだけでも読みたいと思い、最初に訪れたインターネットカフェで自分のマシンを使う(線だけ貸して貰う)ことが出来るか交渉してみることにしました。事前情報によると、アイルランドのとある街では5軒断られ、1軒OKだったとのことです。まぁ悪くない確率でしょう。
 最近なんだか以前より格段に英語が聞き取れるような気がするし、これもプラクティスよね、みたいな。――さあ、勢い付いたところでいざ出陣。目の前を歩いていた若い店員を捕まえ、交渉開始です!
鷹瀬 「Could I use only line? Because I have my own laptop PC.」
店員 「∴○※∇♯*§×Å△……△≒§※∇♯……?」
 10秒で撃沈……。疑問形であることしか分からん……。ナニ今の英語?レベルに解りません。今まで私が聞き取れる気になっていたのは、話し相手が「私が言葉に不自由な外人だと知っている人々」だったからで、ネイティブの容赦ない普通の速度の会話、しかも万国共通たるくて締りのない喋り方をするティーンエイジャーの会話にはついて行くことすら出来なかったのであります。
 しかしもう後には引けないところまで来てしまっています。仕方なくチャレンジ再開……。
鷹瀬 「Could I use only line? LAN line. I have a LAN adapter.」
店員 「Do you have a PC card?」
 あ、何か今の質問はハッキリ聞こえた……。でも質問の意味が分かっても、答えが分からない……。なんで? LAN接続のためのコネクタはマシンに内臓されているんだけど、PCカードって別に必要なの??
 今度は語学面だけでなく、事態そのものがよく分からないので、仕方ないもうこうなったらボディランゲージに頼るしかありません。おもむろにマシンを鞄から取り出し、店員にケーブルの差込口を見せるワタクシ……。
店員 「Have you ever ♯*Å△……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「…………」
 …………く……今度は英語も分かンねぇ……。でも何だろう、「Have you ever 〜」ってことは現在完了形? 恐らく何かの経験を聞いている? もしかして「use」とか言ってた? しかも今君ケーブルの差込口を指差してたよね?
 よーし、解った。「今までにこのLANのジャックを実際に使ったことあるの?」って聞いているんだね?! OK、多分そうに違いない!
鷹瀬 「Yeeeeeeeeees!」
 返答に少々時間が掛かった割に力強く答える私を胡散臭そうに見遣る店員。取り敢えず無駄に微笑んでみせるワタクシ。お願い、もうこのまま使わせて……。
 しかし世の中そんなに甘くはないようです。何か拭い切れない胡散臭さを感じたらしい店員は、再度私に質問の嵐を浴びせ掛けます。
店員 「§×∴○※§×∇♯*§×Å△……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「Yes!」
店員 「§○※×ŧ§×∴○※§×∇♯※§×……×∇♯*△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「Yes!」
店員 「×∇♯*+§×∴#○※$§×∇♯*§$×Å△……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「Yes! Yes! So, we try! Let's go!」
 もう何を質問されてもよく分からないことを悟った私は、とにかく1度彼の目の前で繋いじまおうと考え、空いている席目指して歩き出し、勝手にその席のキーボードを退かし、代わりにノートPCを広げ始めてみました。そんな私をどう扱っていいのか困っているらしい店員の背中を押すべく、その席のマシンのLAN線を勝手に引っこ抜き、自分のPCのジャックに差し込んで電源を入れてしまいました。そして「さあ、どうぞ!」と言わんばかりにキラキラした(もしかしたらギラギラしてたかも……)笑顔を店員に向け、IPアドレスなどの設定をしてもらうべく席を彼に向かって回転させたのであります。
店員 「………………………………OK. I'm going to try it.」
 ふむ。人が諦める瞬間をリアルタイムで確認させていただきました。

 結局、日本語が読めなくてもアイコンなどで設定場所を把握できるようで、私が何も説明せずとも問題なくIPアドレスを設定してもらうことができ、自前のマシンをインターネットカフェで使用することが出来たのであります。
 こういう無理矢理なことを繰り返すうちに、人は「言葉なんか通じなくてもどうにかなるさ」という誤解を深めて行くのでしょう。私は特にこの傾向が強そうなので、十二分に気を付ける必要がありそうです。どうやって気を付ければ良いのかはよく分かりませんが、「どうにもなんねぇ時はどうにもなんねぇよ」とか時々呟くのも有効な手段かもしれません。

 しかし、なかなかツイてる。そしてどうにかなった。それは紛れもない事実なのでありました。


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2002年5月20日(月)B バスパス獲得
 さて、行きはホストファーザーに車で学校まで送ってもらいましたが、それは初日の特別サービスであり、これからの通学にはバスを使わなければなりません。毎日歩いてもOKな距離(バスで15分程度)なのですが、いかんせん雨が多いアイルランドでは歩くには辛い天気の日が多いことが予想され、更には重度の方向音痴の私にとって、この似たような建物が延々と続く郊外で自分の家を探し当てるのは至難の業ということに気付き、大人しくバスで通うことにしました。
 そうと決まると、より安くバスを利用するためにはバスパス(定期券)を早急に購入する必要があります。

 こちらのバスパスは少々面白いシステムで、1週間パスならば日曜日から土曜日まで、1ヶ月パスならば月初(1日)から月末(30日or31日)までと期間が決められています。私の場合は5月20日から6週間の滞在が決まっているのですが、月中のためいきなり1ヶ月のパスを購入することはできません。まず、6月になるまでは1週間パスを購入する必要があります。しかし今は既に月曜日、しかも本日は帰り分しか使う予定がありません。うーん……。
 家から学校があるシティセンターまでのバス料金は片道0.85ユーロ(約100円)、1週間パスは初回12.5ユーロ、通常10.05ユーロ。家とシティセンターを7回往復しないと元が取れない計算です。しかしホストマザーやホストファーザーによると、普通の留学生は夕食のために一旦家に戻り、夕食を終えてから再びシティセンターに戻って友人とパブなどで過ごすので、バスパスを購入した方が断然お得だと言うのですが……。

 本日の様子だけ鑑みるならば、9時から13時までの学校を終え、慣れないクラスメイトたちと昼食を取り、ネット接続のために必要なCD-ROMを街中探し回り、ネットカフェに寄って、既にかなり疲れ気味の私……。これで家に戻ってからシティセンターに戻ってパブに行く体力など当然なく、本日からして早速のパブの誘いを断っています。
 ただでさえ疲れていると言うのに、授業に対する理解度が低いため勉強もしなくてはならず、しかも街の地図を把握することも重要事項で、最初の1〜2週間はこんな感じでとても夕食後にシティセンターに戻る気にはなりそうもありません。そうなると私は1週間に往復5回、片道10回しかバスを利用しない計算になります。

 また一方でバスパスを学生料金で購入するためには本来なら国際学生証が必要で、国際学生証は通常6ヶ月以上の入学許可証がないと取得できません。「通常」と言うのは運が良ければ3ヶ月の入学許可証でも学生証を取得できることもあるそうで、誰に聞いても口を揃えて言うことが、
「受付の人による」
という大変ファジーな回答なのです。しかしこのファジーな回答はアイルランドで長期滞在者が必要とするあらゆる手続きの場面で囁かれているキーワードでもあります。滞在許可(VISA)を申請する際、半年分の入学許可証を持っているにも関わらずたった1ヶ月分しか承認を貰えなかった人、逆に1ヶ月分の入学許可証を見せただけで3ヶ月分の滞在許可を貰えた人。受付によって必要書類も多少変わってくる始末です。とにかくファジーなのです。

 そんな訳で、私は現在9週間分の入学許可証しか持っていないので、どうやっても国際学生証は作れないのですが、このアイリッシュのファジーさ加減に付け込んで、受付が変わる度に申請しに行っていつか学生証が作れたらラッキーと思っていました。1年も滞在する予定なので、学生証の有無によってあらゆる機関の料金が違ってきます。こと交通費に関しては割引額が大きいらしく、出来れば勢いに任せてでも学生証はゲットしたいのです。しかし取り敢えずの今現在、こんな調子ではいつ国際学生証が作れるか見当もつきません。
 こんな難しい問題を抱えつつも、バスパスに関しては国際学生証や滞在許可に比べて遥かに審査が甘いそうなので、学生証がなくても6週間の入学許可証を持ってバスセンターのチケットカウンターにて交渉すれば、シティセンター内で使用できるバスパス程度なら購入できる可能性は多少高いとのことでした。
 実は、1年前のダブリンではたった1週間の入学許可証しか持っていなかったためか、私は学割料金で通学することが出来ませんでした。――そう、ですからこれはある意味リベンジ! そして同時にプラクティス!

 ………………ちょっと浮かれてますよね。行動が。しかし何分初日ですから。こんなものでしょう。

 こんな経緯で鼻息荒くチケットカウンターを訪れたのであります。以下、会話のぎこちなさを日本語で表現してみました。
鷹瀬 「私は学生です。1週間のパスを購入したいのですが、学校は今日が初日でまだ学生証を持っていません。しかしここに入学許可証があります」
受付 「うーん……今日からなのね……。OK、いいわ。でも次回からは学生証を持ってきてね。今回は特別よ」
 早っ。しかもめっちゃ簡単。受付のお姉さん、入学許可証なんか見てないし。なんだよ、どうしよう。ますます「どうにかなるじゃん」って思ってしまいそう……。

  
1週間のバスパス(表)、(裏)、バスパス専用の身分証明書

 次回? こうなりゃ次回は次回で学生証が取得できなければ今回取得したバスパス用の身分証明書と今週分のパスを見せて、「次の週を購入します」とか何とか言って遣り過ごせば良さそうじゃーん? バスパス購入は来週1週間分と、その次に1ヶ月分を購入すれば終わりだしねーん。

 ちなみに、「こんな割引額じゃねえ……」と買い渋っていたバスパスですが、この日の帰りに早速降りるバス停を間違えてしまい、1カウント。1歩得に近付きました……。自分の方向音痴を甘く見てはいけなかったようです……。


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2002年5月21日(火)@ 国際学生証獲得
 昨日のバスパスに引き続いて、本日は国際学生証ゲットへの飽くなき挑戦をしてみようと思い立ちました。どうせならこういった面倒な手続きは早めに済ませ、駄目な場合は何度でもチャレンジ出来るように態勢を整えておいた方が良いと思ったからです。早く取得できれば早いだけお得になりますから。
 しかし国際学生証取得の本来の条件は「同じ学校に6ヶ月以上通い続けるという入学許可証を所持していること」ですので、6週間分の入学許可証しか提示できない私は相当不利……というか、不可能なのです。本来なら。しかしここはアイルランド、挑戦してみる価値はあるでしょう。
 さて、昨日のバスパスは語学学校の先生から「多分大丈夫よ」とお墨付きを貰っていましたが、今度の国際学生証に関してはアイリッシュお得意の「受付による」に加え、「せめて3ヶ月以上の入学許可証がないと難しいでしょうね……」と言われていました。私が所持している入学許可証は2校合あわせても9週間分。3ヶ月には3週間ほど足りません。

 まぁ端から1度でどうこう出来るとは思っていません。取り敢えず今日は国際学生証を申請する学生旅行社Usit(ユージット)の場所を確認する程度の気持ちでのチャレンジです。しかしどうせ行くなら不意を突ける可能性の高い昼下がりが狙い目な気がします。ランチの後、なんだかもう会社勤務なんてどうでも良くなる昼下がり……というシナリオですが……。
 Usitに足を運ぶと、5〜6人の学生が待合場所のようなところで雑談しており、受付は3人。番号札を引いて順番を待ちます。おお〜〜ちょっとドキドキするよ〜〜。
 私の番が来て、手の汗でよれよれになった入学許可証とパスポートを持っていざ出陣!
鷹瀬 「学生証を作りたいのですが……」
受付 「OK。じゃあそこのピンクの申込用紙に必要事項を書いて提出して」
 あ、ハイ。えっと、先に書類とか確認しないんですか? そうは思いつつも、入学許可証を9週間分しか持っていないなどという余計なことは一切言わずに、素知らぬ顔をして申込用紙を記入します。途中どう書いて良いのか分からない部分を聞きながら、同時にいつ書類をチェックされるのかドキドキしつつ、申し込み手続きを進めて行きます。
 私が記入した申込用紙のみを見て、キーボードで情報を入力して行く受付のお姉さん。………………い……いいのかな。ここまで手続きが進んでいたら、いっそ最後に入学許可証の期間が足りないことに気付いても、面倒くさくなってそのまま学証を作ってくれないかな……。

 私の思惑とはまったく無関係に淡々とキーボード入力を続ける受付のお姉さん。彼女がエンターキーを押すと、彼女の後ろにあったプリンターから何やら印刷物が出てきます。
 …………出てきた印刷物は、どう見ても国際学生証です……。あ……遠目にも私の名前と生年月日、そして学校の名前が印刷されています……。え……だから……いいの? 書類の確認しなくて……。いや、私はいいんだけど……いいの? 本当にいいの?
 事が余りにも簡単に進むので、いっそ事態が恐くなるワタクシ。
受付 「写真は持ってる? これね。ちょっと大きいから切るわよ。……これでいいわ」
 う、うん。写真のサイズはいい。ってーか、どうでもいい。そんなことより、私はまだアナタに1度も書類を見せていないんですけど、それは良いんですか?
受付 「はい。出来上がったわ。19ユーロね」
 うおっ?! よく分からない内に出来上がっちゃったよっ?!?!
 ヘドモドしながら料金を払い、釣銭が多かった時のように慌ててUsitから出るワタクシ……。

 
国際学生証 19ユーロ(約2200円)

 物事が余りにもスムーズに進むので、少々恐い今日この頃。しっぺ返しがいつ来るんだろう……。

【追記】
 さて、この国際学生証取得劇ですが、首都ダブリンに半年留学していた友人から以下のようなメールが届きました。
 私の知る限りまわりで国際学生証持ってたのは中国人だけだった。長期滞在するから。ウチの学校は半年在籍しないと国際学生証用書類を発行してくれなかったよ。ダブリンUsitは学校に支払済期間しかダメだったよ。
 アバウトなコークUsitで作って正解だね!手にしたらこっちの物だし。

 なるほど、同じ学校の留学生に聞いたところ、やはり3ヶ月未満の入学許可証で国際学生証を発行できたようです。(でも一応書類は見られたようですが) 発行出来なかった人もいるようなのでまぁラッキーだったのは確かなようですが、ほどほどにラッキーだっただけでスペシャルにラッキーだった訳ではありません。良かった……運を使い果たした訳ではなさそうです。
 しかしアイルランドに長期留学をする方には、最初の数週間をコークで過ごすことをお勧めします。やはり首都ダブリンではすべての手続きが厳しいので、アバウトな街で国際学生証発行、銀行口座開設などの必要手続きを済ませてから厳しい都市に移るのも手でしょう。

【追記の追記】
 その後、3ヶ月の入学許可証を持った留学生がコークのUsitを訪れましたが、彼女は何度トライしても国際学生証を作ることが出来ませんでした……。やはりラッキーだったのかもしれません。


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2002年5月21日(火)A 親切なアイリッシュ
 いずれ時間が出来たときに書きます。


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2002年5月21日(火)B バスパスの威力
 さて、昨日は降りるべきバス停を見逃したので、今日こそちゃんと帰るぞと鼻息荒く意気込んで乗り込んだ2番バス。アイルランドではバスはすべて番号によって行く先が決められています。私が毎日利用しているのは2番です。ってことで、OK2番だ。
 今度は行きにきちんと降りるバス停の直前の景色を覚えておきました。そう、スーパーが見えて来たら降りるんだ。降りるんだったら!

 バスが発車し、景色が動き出します。スー。ハー。落ち着いて……。今度こそ正しいバス停で降りるんだったら。

 ………………こんな私が再び自分がミステイクを犯したことに気付いたのは、バスが走り始めてから5分ほど経ってからでした。
 シティセンターから家までは片道15分程度の距離ですから、いつもならそろそろ見覚えのある風景に突入する筈です。なのに、どうしたことでしょう。なんだかまったく見覚えのない風景に見えるのですが……。確かに2番バスに乗ったはずなのに……。あ。そうこうしているうちに、バスは坂を登り始めます。おいおい。坂なんか登らないってば。

 そしてようやく気が付いたのです。私が乗ったのはまさしく2番バスですが、逆方向の2番バスだったということに……。
 このままずーっと乗っていればいつか正しい方向に戻るよね……と半ばやさぐれて、しかしまぁこれも街の周囲を知る良い機会かも、とか気を取り直し、流れる風景をいつまでもいつまでも見ていたのであります……。
 ハイ、これで2カウント。計らずもまた1歩お得に近付きました……。バスパスを購入しておいて良かった……。


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2002年5月22日(水)@ 改めて学校3日目
 さて、そろそろ学校の様子が分かるようになってきました。まだ全然馴染んではいませんが。
 とにかくまぁヨーロピアン(&コリアンも)は元気で、20時からパブに行こうよと誘ってきたり(もちろん終わるのは真夜中)、毎日のように夜出掛けたり、「やっぱ日本人は良いやぁね」とか変な部分で思ったりしています。だって体力的について行けませんもん。

 本当は学校が終わってすぐにでも家に帰りたいのですが、なかなかそうも出来ません。と、言うのは、余り早く帰って夕食後も出かけないと、ホストマザーやホストファーザーから「友達はいないの?」と心配されてしまうからです……。まあ実際問題いないのですが、そんなに深刻なレベルでいない訳じゃないんです……と説明したくても、彼らの感覚からすると夕食後パブにも行かずに家にいる、というのは余り歓迎できる態度ではないようです。

 これは他の都市でホームステイした日本人留学生も言っていたのですが、ヨーロピアンは基本的に毎晩のように夕食後にシティセンターまで行ってパブで夜中までワイワイやってるらしいのですが、さすがに日本人は体力的な問題で結構みんな「家にいたい……」と言う人が多いようです。しかし、
「余り家にいると、『もっと楽しむべきよ!』とか『友達はいないのか?』とか言われちゃうんだよね……」
というのが、ホームステイをする人に比較的多い悩みなようです。
 私の場合は「今はとっても疲れているから」とか「日本人はヨーロピアンと違って体力ないから」とか布石を打っているので今のところは理解ある態度で家にいても「なぜ?」「どうして?」と責め立てられることはありませんが、長くいれば余り家にいると心配されるかもしれません。

 体力的に厳しいのでパブに行かないということもありますが、どうしても大勢の人とワイワイやるのが苦手で1人で行動する傾向にあります。しかし会話を伸ばそうと思った場合、パブに行くのは良い勉強になるので、身体が慣れた頃に頑張って行くようにしたいと今のところ思ってはいます……。出来れば友達も作りたいですし。

 とにもかくにもやはり何かと頼りにしてしまうのが日本人で、つい日本人に近寄って行きたくなる気持ちを抑えつつ日々過ごしています。(近寄ってますが……) 滞在許可証とかVISAとか銀行口座の開設とかは、つい日本人に日本語で説明を求めたくなってしまうのです……。
 普通の時は日本人同士でも英語で話していますが、やはり日本人の英語は思考回路や語彙が似ているせいか分かり易く、単に言葉が理解できるというのは人との関係において非常に有利な条件なんだなぁ……としみじみ会話の重要性を思い知る毎日です。


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Cork編A ->>