stay in IRELAND

愛蘭滞在記(1)〜Dublin編


 世界をチラリと垣間見たゴールデンウィーク。私にとって1人旅はある意味、修行でした。この修行の完遂が、今後の人生にどう影響を与えるか。
2001年4月27日(金)〜2001年5月5日(土)の小見出し一覧
 27(金)@ 出発前の素朴な疑問  A 入国審査でのトラブル  B アイルランド入国まで
 C そしてステイ先  28(土)@ 不便で育つ社会性  A 夢の庭園へ


2001年4月27日(金)@ 出発前の素朴な疑問
 ドキドキの出発日。
 朝7時に家を出ました。成田に向かう電車の中で私が何に悩んでいたかと言うと……。
(ホームステイ先で)外から家に戻ってきた時って、何て言えばいいのかな……。
 日本語の「ただいま」に当たる英語って……辞書で引くと「Right now」だけど、これって「ただ今参ります」とかの「ただ今」だもんなぁ……。うーん……。
 アレ? そう言えば「ご飯よ〜」とか呼ばれた場合は何て言うんだ? 日本語の「はーい」に当たる言葉って……「イエース」とでも言えばいいのかな??

 はいはい。分かっていますよー。自分がかなり頭悪いって。


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2001年4月27日(金)A 入国審査でのトラブル
 まずは基本情報、行きの飛行機の予定から掲載しておきます。
飛行機の予定
NH201B 11:25 成田発 → 15:40 ロンドン/ヒースロー空港着
BD131V 17:30 ロンドン/ヒースロー空港 → 18:40 ダブリン着

 上記のように現地到着時間は19時前の筈だったというのに、よくあることですが出発が遅れ、現地に到着したのは20時過ぎでした。
 ロンドンのヒースロー空港でのトランジットは2時間でほどよく余裕がある時間割でしたが、世界一入国審査が厳しいとされているヒースロー空港の噂は本当だったようです。ただでさえ初めての一人旅でビビっている状態だったにも関わらず……と言うか、だからこそ、ヒースロー空港ではお約束(?)のトラブルが起きました。

 まず、トラブル以前の出来事報告から。
 自分が搭乗手続きを取っているか分からなかったので、インフォメーションを見て利用している航空会社のチケットカウンターに行き、受付の女性にチケットを差し出したのですが、彼女が何を言っているのかサッパリ解らない、という初歩的な第1関門にぶち当たりました……。本当に、何を言っているのか欠片すらも解かりませんでした。ある意味パニック状態に陥っているため、話題の推測も出来ませんでした。
 後々になって彼女が搭乗ゲートを教えてくれていたのだと時間差で理解(と言うより推測)したのですが、とにかく英語が全く通じない事実に暫くの間かなりショックを受けていました。覚悟はしていたつもりだったのですが、私も根が楽観的なのか事態を甘く見ていたのか、もう少しどうにかなると思っていたようです。しかし、どうにもならないんだということを、漸くこの時点で痛感しました。
 言葉が通じないというのはそれだけでハンデです。「どうにかなるよ」というのは、「だって結局通過できたし」というレベルであって、それは見方を変えると「どうにもなっていない」状態なのです。私の場合もしかり、アイルランドに入国できた訳ですから、「どうにかなった」と言えばどうにかなっている訳ですが、これは「どうにもなっていない」状態であることの自覚からはじめなければならないようです……。

 続く入国審査では、通常以上のスッタモンダが待ち受けていました。
 事前情報によると、アイルランドへの入国は比較的簡単とされていました。私の場合はたった1週間ですので、下手に「留学」と言うよりも「観光」としてしまった方が更にスムーズに進めるだろう、という事前アドバイスもあり、心の中で「sightseeing」の発音まで練習する周到ぶりでした。言い方を変えると「馬鹿っぷり」ということにも通じそうですが、本人は可哀相なまでに真剣です。
 さあ本番の入国審査だ、という段になり私以外に誰もいない Immigration gate を前に緊張も高まる訳ですが、いかにも気だるげなイギリス入国審査官がお約束の台詞をやはり気だるげに吐き出したことで一気に緊張も解けます。
管理官 「What's the purpose of your visit ?(入国目的は?)」
鷹瀬 「Sightseeing.(観光です)」
 ──おお! 予行演習通り! ふぅ、無事通過か? と思いきや、続く「滞在先は?」の問いに「ホームステイです」と答えてしまったことからトラブルは発生してしまったのです……。
 「Homestay」という言葉の発音が悪かったのか、この単語自体が一般的でないのか、何度繰り返しても「What ?」と苛付いた調子で聞き返されてしまい、しどろもどろで「アイルランドの普通の家庭に宿泊します」と説明しました。すると、「住所は?」と畳み掛けて質問されます。住所……住所ならあります。留学エージェントから渡された、アイルランドの語学学校からの滞在先を記したFAXのコピーを持っています。
 とにかく慌てていたもので、鞄の中から書類を取り出し、「こ、これで良いですか?」とばかりにそのコピーを見せたのですが、それがマズかった……。その書類には語学学校のロゴがデカデカとあり……。
管理官 「ん? これは語学学校からの手紙じゃないか。語学学校に通うつもりなのか?」
鷹瀬 「は、はい」
管理官 「君はさっき『観光』と言ってたじゃないか」
鷹瀬 「たった1週間なので、観光と言いました」
管理官 「君は◎△≒§※∇♯*」 (←かなり苛付いた調子)
鷹瀬 「え? え?」
管理官 「◎△≒§※∇♯*!!!」 (←怒っているらしい)
鷹瀬 「あ、あのっ、何ですかっ?!?!」
 うわーんっ! 何言ってるのっ?!?! んもう、メチャメチャ恐かったっす……。
 私が何をどうしても「?」という顔をしているので、あちらも怒りを通り越して徐々に呆れはじめます。お! これは良い感じ。そのままどうでもイイような気分になってくれないかなぁ……と私が早くも諦めモードに突入しているというのに、管理官のお兄さんはなかなか諦めてくれません。
管理官 「∴○§×Å△……パイ……△≒§※∇♯……?」
 語尾が不自然に上がっていることで何か疑問形の文章であることだけは解かりましたが、何を問い掛けられているのかは解かりません。
管理官 「∴○§×Å△……パイ……△≒§※∇♯……? パイ? ……document……school……you……パイ?」
 「??」という顔で返事をしつつも、何やら何度も出てくる「パイ」がキーワードであることは解かりました。しかし「パイ」って何?? もう混乱を極めているため、アップルパイとかフルーツタルトとか、そんな呑気でスイートなイメージが頭の中に渦巻き始め、我ながら「ヤベぇ、ヒアリングに集中できない……」状態でした。
 入国管理官は渋い顔を作ってさも呆れたように、しかししつこく私の提出した語学学校からのFAXを指差し、「パイ」と「document」を繰り返します。
 ──そして漸く、唐突に、私にひらめきの神様が降臨したのです。
「パイ」って「pay」かーっ! 学校に行くなら入学証明書と支払いの領収書を見せろっつってんのか、この人はっ!! これがかの有名なイギリス英語なのかーっ!!! 「マンデー」は「モンダイ」みたいなーっ!!!!
 ワタクシめに天啓が下った瞬間でした。後半少々混乱気味ですが、それでもこの時のクリアな感動は1年経った今でも鮮明に覚えています。私はこの時、奇跡の人の「Water !!!」という叫びの裏に隠れた理解への歓喜を実感しましたとも。いやー、良い経験した!!

 さて、事情は把握できたものの、事態はちっとも改善していません。今回の留学はあまりにも直前申し込みしたために必要書類がまったく揃っておらず、留学エージェントも「1週間なら観光で入国できるから」とばかりに領収書や入学許可証などは一切用意していなかったのです。「パイ」が「pay」だと判って歓喜にむせび泣いているレベルの人間が、こんな複雑な事情をどうやってガイジンに伝えれば良いのでしょう……。
 もーこーなったら!とばかりに、私は作戦を変更しました。いや、正直に言えば最初から作戦などありませんでしたが、とにかく、あちらがしつこく「パイ」を繰り返したように私だって……。
管理官 「∴○§×Å△……パイ……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「I don't have any documents. But I will stay for only 1 week !」
管理官 「∴○※∇♯*§×Å△……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「Only 1 week !」
管理官 「∴○※∇♯*§×Å△……△≒§※∇♯……?」
鷹瀬 「Only 1 week !」
管理官 「……you……」
鷹瀬 「Only 1 week !」
管理官 「……」
鷹瀬 「Only 1 week !」
 相手の口数が減ったことで、この不毛な闘いの終結が近付いていることを察知した私は、アホ以下の勢いで「Only 1 week !」を繰り返します。さすがにここまでのアホの相手をすることに少々疑問が生じたらしい管理官は、ついに観念したのか吐き捨てるように言いました。
管理官 「...Do you have a return ticket ?」
鷹瀬 「Yeeeeeeeeees !!!!」
 初めて明確に聞き取れる文章が現れ、喜び勇んで帰りの航空券を見せると、入国管理官のお兄さんは深い深ーい溜息と共に、パスポートに入国許可の判子を押してくれたのでありました。
 所要時間約30分。私にとっては1週間分の仕事に値する心地良い疲労と達成感がありました。
「ふう。やれば出来るじゃん!」
 出来ていません。しかし本人はノリノリです。哀しいほどに。


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2001年4月27日(金)B アイルランド入国まで
 ホウホウのテイで入国審査を終えBD搭乗口82番ゲートに進む間に、目的地を同じくするバックパッカーをしているらしい関西人の女性(30代半ば?)に出会い、アイルランドに着くまでの間、正確にはアイルランドに到着してから語学学校の送迎担当の人とご対面するまでの間、この方に随分助けて頂きました。
 彼女は、アイリッシュと結婚するスイス人の友人の結婚式のために、このゴールデンウィークを利用してアイルランドに来たようです。私が入国審査で手間取っているのを見ていたらしく、最初から「大丈夫ですか?」という心配モードで接して下さいました……。うう……。人の情けが身に染みます。

 ロンドン・ヒースロー空港からアイルランドの首都ダブリンまでの飛行機の搭乗口で待つも、どうやら搭乗時間が遅れているようで、癖のある発音でアナウンスが入ります。……………………当然分かりません。しかし今度は頼れるお姉様が一緒です。
 「出発時間は遅れているみたいですよ」「そうなんですか」──たったこれだけで安心感は格段に違うのです。言葉って素晴らしい。人の温もりって良いモンですね。

 彼女は旅慣れているせいか、アイルランドの情報を全く調べておらず、初日に泊まる宿さえも現地で決める予定なようです。言葉で助けて貰っているお礼とばかりに、出発までの間、私の持っている紙ベースのアイルランド情報などを教えると非常に喜んで下さいました。ああ、これが道中での助け合いなのね……などと悦に入って、短い間に起こる様々な出来事がビビりながらも楽しくて仕方ありません。

 さて、搭乗時間になり、無事飛行機に乗り込んでしまえば後は到着を待つだけです。
 ヒースローからダブリンまでは約1時間。緊張しているため眠れはしないのですが、乗り物酔いをし易い体質のため、無理矢理眠るように目を瞑ります。そんな格闘をしていれば、1時間などあっと言う間です。

 飛行機が着陸し、空港に降り立ったところで自然と先ほどの女性と合流し、荷物が出るのを待ちます。彼女の荷物はすんなり出てきましたが、「捨てないで……」というオーラを放っていたせいか、親切にも私の荷物が出るまで一緒に待っていてくれました。しかし、待てど暮らせど出てこない。
 余りに長い間待っていたのでなんだか申し訳なくなり、「後は自分でやりますから。ありがとうございました」と別れを告げようとすると、余程心配だったのでしょう。「荷物が出てくるまで見届けますよ」との暖かいお返事が……。うう……(感涙)
 私のスーツケースが出てくるまでの間、彼女の荷物を見せてもらっていたのですが、布製バックパックのジッパーには鍵など一切なし……。
鷹瀬 「え、コレ、防犯は……」
彼女 「こんなの中に大事な物が入ってないのは一目瞭然だから大丈夫だよー」
 ……………………防犯対策の匙加減の難しさを知りました。

 さて、依然として出てこない私のスーツケースですが、そろそろ本格的に心配になって来た……という頃にタイミング良くアナウンスが流れ、その中で私の名前が呼ばれました。何を言っているのかは案の定聞き取れませんでしたが、名前を呼ばれたことだけは解かったのです。
 私の名前が呼ばれたことを彼女に告げると、もしかしたら荷物にトラブルがあったのかもしれないということで、インフォメーションセンターで聞いてみようということに。まずはセンターの場所が分からず、空港の人に尋ねると、ソレって英語なんですか?という感じの言語で何やら教えて貰いました。もう私の方は一杯一杯ですので、縋る思いで彼女を見ると、彼女も複雑な顔をして言うのです。
彼女 「…………今の、英語だよなぁ……。なんかめっちゃ癖あって分からへんよ……。多分あっちだって言ってたみたい」
 ………………私、この国で英語を習うのかぁ……。いきなり幸先不安です……。

 教えられた通りインフォメーションセンターに行き、アナウンスで私の名前が流れたことを話すと(話したのは彼女ですが……)、どうやら荷物の件で呼び出された訳ではなく、語学学校の送迎担当の人が私がなかなか出て来ないので、心配してアナウンスを入れたと言うのです。
 漸く事情が分かり、とりあえずその送迎担当の方に会うために出口を潜り、私の名前のカードを持った人を見付けます。やあやあ良かったね、と言うことで、ここでバックパッカーの女性とはお別れしました。本当に、彼女がいなかったらどうなっていたのでしょう……。「どうにかなる」と言うのは、どんな状況でもこの様な偶発的な出来事に支えられて進んで行く現実の摩訶不思議を表した言葉なんですね……。

 さて、語学学校の送迎担当の方に出会えるも、まだスーツケースを手にしていないことを思い出した私は、慌てて事情を片言英語で説明し、空港に戻ろうとしました。すると今度は一度出口を出てしまったために、出入り口警備のお兄さんに侵入を阻まれ質問されます。
 うおー。助けてくれる人は去っちゃったよ〜。今度こそ本当の独り立ちだよ〜。
鷹瀬 「荷物取らズに出てキタ。荷物まだ中。取りに行きタイ。私、間違えた。アナウンスで名前を呼ばれたので、勘違いシタ。荷物まだ中。取りに行きタイ」
 こんな感じの幼子のごとき訴えを……。するとどうやら「一度表に出たからには、ここではなく別の入口から入り直せ。ここは出口専用だ」と、そんな内容のことを言われました。うう……コレって第何関門目?
 指差された方向へ行き、入口に当たる場所を探すのですが見付かりません。送迎の人を待たせていることもあり、かなり焦っています。なんだかよく分かりませんが、スタッフ専用通路のようなところがあったものだから、ええい!とばかりにそこを突っ切ろうとしました。すると当然のように制止の声が……。
警備員 「∴○※∇♯*§×Å△◎*△≒§※∇♯!!」
 すんません、もー勘弁して……。先ほど同様、荷物がまだ中にあり、それを取りに戻りたいと片言で伝えますが、この方には伝わらない様子。事情がまったく見えていないらしく、遂には見当外れの質問が……。
警備員 「Do you have a ticket ?」
 ………………うう、完全に誤解しています。この警備員は、私が飛行機に乗るために入場しようとしていると思っているようなのです。くっそう、質問の内容が分かっても、事情が説明できない……。
 もう誤解しているなら誤解しているまま、とにかく一時的にでも入場できれば良い!ってことで、私は入国審査の時に大活躍した帰りの航空券を鞄から取り出し、日付部を親指で隠した状態で警備員に見せました。こんな見当外れの場面でキセル紛いのことをすることになるとは……トホホ。
 冷静になって考えてみれば、この航空券が本日のものでないとバレれば事態はより一層複雑化していたことでしょうが、そこは大雑把なアイリッシュ……
警備員 「O.K.」
 私が見せた1週間後の航空券を色ツヤ形のみで判断し、ろくに確かめもせずに入場を許可して下さいました……。どうにかその場は逃げ切れたけど、なんかこの解決方法は間違っている……。
 しかしもう良いのです……。
 急いで荷物を探して漸く見付けると、慌てて送迎員の待つロビーへと引き返します。出口を潜る私を先ほどの警備員が不思議そうに見ていましたが、知ったこっちゃありません。ほとほと疲れました。

 漸く荷物を持って現れた私に、送迎員ともう1人若い女性もくたくた気味。すみません、本当に。
 この女性はどうやら同じ便で来た留学生で、この送迎員は私と彼女を一緒にステイ先に送り届けるようです。国籍や名前、年齢などは後に判るのですが、取り敢えず彼女のプロフィールは、イタリア人、24歳、アウレリアです。
 アウレリアは問題なく話せるようで(この時点では私の目にはそう映った)、しかも私を待っている間に既に打ち溶け合ったのか、送迎員との会話が弾んでいます。車に乗り込むと、助手席に座った彼女と送迎員の会話にはターボが掛かり、バックシートに独り寂しく座った私は英語力の面からもとても口を挟める状況ではありません。スタッフの男性は、私とは会話が出来ないせいか何となく冷たく感じます。

 実は、この送迎員が語学学校のスタッフだと知ったのはこの車内での会話の途中で、それまで私はこの人がステイ先のお父さんなのかと勘違いしていました。そして、アウレリアと同じ家に滞在するのかと勘違いしていたのです。そのため、出足からして会話が出来ないがための孤独に陥っている私は、かなりブルーでした。
 しかし、車内での話の中で、「君の家の方が僕の学校に近くて、アウレリアの家はちょっと遠いよ」などと聞き取れたことで、この運転している人が学校のスタッフで、アウレリアとは別のステイ先なんだと言うことを知りました。
 少なくとも良かった……。何がどう改善した訳ではないけれど、良かった……。


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2001年4月27日(金)C そしてステイ先
 最初に私のステイ先に到着したために、送迎員とアウレリアとはここでサヨナラです。一応、月曜日から通う語学学校のスタッフである送迎員に「学校は何時始まりで、どうやって行けばいいのですか?」とカタコトの英語で尋ねると、「家の人に聞きなさい」となんとも素っ気無いお返事……。送迎員スタッフはまごつく私には目もくれず、私のステイ先である家の玄関の呼び鈴を押しています。
 何となく精神的にボロボロになってスーツケースを引き摺りながら送迎員の元に行くと、家の中から現れたのは感じの良さそうな若い女性です。
──あ……なんか良い感じ。アレ? でも、私のステイ先って60代のおばあさんの独り暮しだったような……。
 送迎員は「俺の仕事は済んだ」とばかりに、ろくに挨拶もせずにアウレリアの待つ車に戻り、去って行ってしまいました。私ってばこの先どうすれば……と所在なく佇んでいると、若い女性はニッコリ微笑んで、私のスーツケースを家の中に引き入れてくれます。
 きゅーんきゅーん、もう大好きっ!ってな勢いで後に続き、私も家に入りました。
 ステイ先への第一歩は、このように混乱を極めたものでした……。

 さて、落ち着いたところで自己紹介です。
 私を家に招き入れてくれた女性は、この家にホームステイしているハウスメイトのクラウディア(イタリア人29歳)で、ホストレディは今週末は結婚式のため明日の午後まで留守なのだそうです。
 うおっ、いきなりいわゆるホストファミリーとの温かい交流のイメージが崩れ去ります。
 しかし、クラウディアが非常に親切に家の中のことを教えてくれ、ゆっくり丁寧に話してくれるので、こちらも片言英語でなんとかコミュニケーションをとることが出来ました。

 クラウディアに案内された私の部屋は、4畳あるかないかの狭い部屋で(5畳は絶対ない)、スーツケースすら完全に広げることが出来ないほどでした。外国=広い部屋、という偏見があったため、この部屋の狭さはある意味衝撃的でした。家の外にはスペースがあるのですが、家の中は日本と同程度の狭さと言いますか……。
 続いて案内されたシャワールームも、服の置き場すらありません。うーん……色々と「外国」に対する見方を変えなければいけないかもしれません……。

 そして何よりも辛かったのは、寒いってことです。ベッドサイドに窓があるのですが、窓際のため特に空気が冷たく、シャワーの温度も上がらないため、お風呂で暖まることも出来ず、この日は震えながら寝ました。念のため、と思ってきた日本で真冬に使用する厚手の室内着を寝間着の上に2枚着込んでベッドに潜り込みますが、んもう焼け石に水。寒くて寒くて深夜になっても眠れませんでした……。
 ベッドサイドの窓の下にはヒーターがあるのですが、元栓と思われるネジを捻ってもウンともスンとも言いません。きっとどこかに大元があって、そこを開かないとダメなのかも……。

 ベッドの中でガタガタ震えながら、「1週間で良かった……。早く帰りたいよう……」と思った初日の幕引きでした……。


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2001年4月28日(土)@ 不便で育つ社会性
 昨晩は寒くて寝入るまでにかなり時間がかかったものの、そこはやはり疲れていたもので、一度寝てしまえば朝までノンストップで寝ていたようです。
 緊張しているせいか目覚ましに頼らず目が覚めましたが、何時に朝食なのかよく分からず、取り敢えず顔を洗って自室に戻り、いつでも起き出せる準備を整えた上でクラウディアが起きる気配がするまでベッドの中に潜っていました。こういう時、ホームステイしている留学生は「独り暮ししたーい!」と思うようです。気持ちは分かります……。
 天気はかなり寒いものの取り敢えず晴れ。月曜日から学校が始まってしまえば遠出するような観光は不可能です。今日と明日の休日中に行っておきたいところがあるので、天気が良いと助かります。
 ベッドの中で「地球の歩き方」を確認しながらゴロゴロしていると、どうやらクラウディアが起き出したようです。後を追ってキッチンへ顔を出します。

 朝食はコーンフレークと牛乳と紅茶。パンもあるから食べたければご自由に。ジャムは冷蔵庫の中。そんな生活ルールを教えてもらいながら、2人で朝食をとります。
 どうやらクラウディアは明日この家を出てフラットに引っ越すらしく、その前に私に学校までの行き方やシティセンター(市街地)の案内、交通機関の乗り方などを教えておくよ、ということで、私の遠出観光の前にシティセンターに向かうことになりました。

 アイルランドは……というか、少なくとも首都ダブリンは完全なバス文化の都市で、ダブリンの中央に位置するシティセンターから放射状に無数のバスが出ています。ダブリン市内を走るすべてのバスはシティセンターに通じると言っても過言ではなさそうな勢いです。
 ヨーロッパではどこでもそうだと思いますが、バスには「××行き」というような親切な表示はありません。すべては番号で区別され、「シティセンターから家に帰るなら19番バス、どこどこに行きたいなら何番バス」という具合です。有名な観光地でもない限りバス停でのアナウンスもしてくれませんから、利用者は風景を頼りに降りる意思表示をしなくてはなりません。こんな調子では初心者が誰も頼らずに目的地に行くのは非常に困難なのは当然ですが、面白いのはそう言った不便さを補うかのように人々が親切だということです。

 他の国は知りませんが、少なくともアイルランドでは、バスに乗り込んで運転手に地図を見せ、ここで降りたいとの意思表示をすれば、取り立てて嫌な顔をせずに目的地に着けば教えてくれます。もちろん、日本でも外人が「ここに行きたいので道を教えて欲しい」と意思表示すれば、そう言った頼みを無視する人間の方が圧倒的に少ないでしょう。
 しかし日本は過剰とも言える標識矢印案内板の嵐なので、余所者である人間が他人に頼らなくてもどうにかなってしまうのです。これは、良い面もあり悪い面もあります。

 ヨーロッパに行くと、恐らくあらゆる面で日本よりも不便です。人の助けを借りなければ分からないことも多く、基本的にその土地に詳しくない人間は、土地の人にヘルプを出さざるを得ません。これはごく自然に余所者に対して牽制をかける効果や、地元民の優位を確保する効果があるのではないかと思うのです。そして同時に、半ば強制的にでも人と人との関わり合いを持たせる場面を作っている……と言うか、逆ですね。日本が人と人との関わり合いを無くそう無くそうとしているだけですね。
 日本のこの、あらゆる場面で他者を頼らずに物事を行えるシステムというのは、便利で煩わしさがない反面、社会性教育の不足やコミュニケーション能力の欠如を引き起こしている気がしてなりません。ハイテク文化も相俟って、直接に人間同士で遣り取りする場面がどんどん減っているというのは、国際化社会で生きるには大きなハンデになるでしょう。

 そんなことを考えながら、クラウディアにシティセンターまで連れて行って貰いました。
 シティセンターに着くと、学校のあるグラフトン通り(Grafton St.)からメインストリートであるオコンネル通り(O'Connell St.)までの簡単な案内をしてもらいました。クラウディアは「私はもう使わないから」とバスの時刻表と往復チケットを私に譲ってくれ、そこから先は個人行動です。

 こうやって、既に街に馴染んでいる留学生が新しく来た留学生に生活の基本ルールを教える、という行為をどの留学生たちもごく自然に行っているようです。恐らくアイルランドに限らずどこでもそうなのでしょうが、留学生たちの暗黙の助け合いの姿勢が非常に心地良いのです。
 私のために時間を割いてくれて、往復チケットまで譲ってくれて、細々と世話を焼いてくれるクラウディアを見ていると、ああ、私も自分が馴染んだ頃には次に来る新米さんに自分の持っている情報を出来る限り渡そう、と思います。1冊の詳しい生活マニュアルを渡され安心して留学生活に臨むよりも、こんなふうに人から人へ語り継いで行く方がよほど素晴らしいことだと思います。

 不便は悪いことばかりではありません。不便ゆえに、便利な世の中では鍛えられない筋肉を鍛えることが出来るのではないかと、私は思います。今し方別れたばかりのトモダチに「今何してる?」などと探りの携帯メールを入れるより、不便の中で困っている人間に手を差し伸べる方がよほど社会性のある行為ではないかと思うのでした。


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2001年4月28日(土)A 夢の庭園へ
 明日……。


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